UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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番外話 『魔導師と魔弾』

 

 

 

 

 

 side Nanoha Takamachi

 

 

 

「‥‥こちら時空管理局機動六課、スターズ分隊長、高町なのは一等空尉。ロングアーチ応答願います、ロングアーチ、応答願います。時空管理局機動六課スターズ分隊長、高町なのは一等空尉です。ロングアーチ、応答願います。 ‥‥やっぱり駄目か。まぁ、もう何回もやってるしね。レイジングハート、広域緊急通信は?」

 

『I have already sent. Master, This is a serious problem. The Emergency signal was sent many times. But there is no one answered』

 

「うん、そうだね。多分もう普通の方法じゃ誰も応答してくれないと思う」

 

  

 吹き付ける風が、やけに空虚な感触をバリアジャケット越しに、体の芯まで伝えていた。

 瞳に映る景色はモノクロ写真のように色褪せたものだった。もっともこれは実際に目の前にはセピア色の物体しか存在していないというのが理由かもしれない。

 大地は真っ黒、あるいは灰色の瓦礫で埋め立てられていて、そこに乱立するビルも当然ながら焦げ付いたコンクリートの色をしている。空は今まで見たこともない程に暗い曇天で、ひとりぼっちで立っている私を圧し潰そうとしているかと思うぐらいに重苦しかった。

 

 

 周りを見回しても、少なくともビルの残骸の隙間から僅かに見える地平線まで、全てが同じような景色の繰り返ししだ。さっきちょっと飛び上がって遠くまで見渡してみたけれど、私の視力の届く限りに及ぶ。

 

 

「‥‥参ったなぁ。シャマル先生なら広域走査で辺りを調べてくれるだろうけど、私はそんなこと出来ないし、はやてちゃんにも通信が繋がらない‥‥」

 

 

 少なくとも同じ次元世界なら、はやてちゃんなら何らかの手段を用意して私に通信を繋いでくれるはず。

 でもミッドチルダ郊外に突如として出現した謎の次元歪曲の調査に、スバル達の訓練も兼ねて出動した私が、その次元歪曲に巻き込まれてこの空間に来てからそれなりの時間が経つけど、一向に通信が繋がる様子はない。

 これだけの時間があって、私を見つけられてないってことは‥‥。

 

 

「この空間自体に通信を歪める効果があるか、それとも通信が繋がらないくらい遠くに強制転移させられたか‥‥」

 

 

 どちらもありえない話じゃない。

 こういう事故は決してよくあることじゃないけど、同じように前例がないわけでもなかったはず。 

 私がいた第九十七管理外世界。つまるところ地球に比べて、時空管理局の管理下‥‥っていうと語弊があるけれど、事件や事故を扱っている範囲は比べ物にならないくらいに広いのだ。

 

 例えばあの次元歪曲がロストロギアとかによって引き起こされた可能性が考えられる。

 あの場所には何も無かったはずだけれど、離れた空間に効果を及ぼすロストロギアなんて私が今まで見たことがあるものの中にも一つか二つはあった。次元世界全体ならば、もっといっぱいあるだろう。

 確か私達が存在している、次元世界とは別概念の三次元空間と異なる別次元の異空間を創造するロストロギアの話を聞いたことがある。クロノ君だったかな? 私にその話をしてくれたのは。

 そういう類のロストロギアが作り出した異空間の中に取り込まれちゃったのなら、通信が効かないのも理由が説明出来る。

 

 ただ、勿論ただの次元歪曲が原因っていうのも否定出来ない。そもそも次元世界同士の繋がりは、今でも完全に解明されたわけじゃない未知の部分が多いから。

 次元漂流者と呼ばれる、異なる次元から突発的な事故で流れ着いてしまった人達は今の私みたいに自然に出来てしまった次元の断層に巻き込まれて、その歪みが引き起こした跳躍が原因の場合もあるし。

 ‥‥もっとも、そういう事例はそもそも次元の断層が出来た原因が次元世界間の行き来によるものであることが大半で、その歪みが蓄積された結果としての次元歪曲らしい。なら今の私みたいに、明らかに管理外世界としか思えない場所に紛れ込むのは極めて稀有な事例じゃないのかな。

 人為的な、例えば未成熟な次元間通信や航次システムの実験の余波っていう話も聞いたことがある。そういう場合は管理外世界からの次元漂流も十分にあり得て、それを契機に新たな管理局と交流を持つことになった次元世界もあるんだとか。

 

 

「シャマル先生もそうだけど、フェイトちゃんもいてくれたらもっと色んなことが分かったのに。やっぱり通信が繋がらないのが、一番痛いかなぁ‥‥」

 

 

 管理局でも抜群の知識と経験を持つ職業である、現役の執務官のフェイトちゃんなら私よりもっともっと沢山のことを知っているだろう。もしかしたらこういう前例についての知識も持っているかもしれない。

 あるいは指揮官としての知識も持っている私の現在の上官、はやてちゃんも頼りになる。エース・オブ・エースだとか言われているけれど、やっぱり私はこういう時にあんまり役に立たない人間だ。

 ‥‥何よりも長い付き合いの、幼馴染と言っても良い二人がいれば精神的に安心する。そう考えたら、私は仕事上冷静であろうとしているくせに、それなりに不安なんだろうと何処か他人事みたいに思った。

 

 

「ともかく、このまま待機していてもしょうがないことは分かった、ね。次元跳躍をしちゃったのか異空間や結界の類に閉じ込められたのかは分からないけど、どっちにしても移動したら通信が繋がらなくなる、みたいなことはないだろうし。

 だとすると少し歩いてでもこの場所がどんなところか調べないと‥‥。どんな危険なものがあるかも分からないし、もしすぐに救助が来なくて餓死とか渇死とかは勘弁だもんね」

 

 

 辺りは一つの大きさが防波堤で見ることが出来るテトラポットよりも大きな瓦礫ばっかりで、とてもその上を歩くことは出来そうにない。

 けど元々この場所が賑やかなビル街だったなら、きっと大通りだったんだろうなという部分だけ何故か綺麗に瓦礫が退けられていて、その箇所なら普通に道路を歩くように進むことが出来そうだった。

 空戦適性を持っている空戦魔導士の私なら苦もなく空を飛んで辺りを探ることも出来るけど、それはまだやっちゃいけない。あまりにも安直に過ぎる。

 空戦って便利なようでいて結構脆い。普通なら足元には地面があるから自分の下を警戒する必要はないけれど、空戦をしていると陸戦なら気にしなくて良い自分の下方も警戒しなきゃいけないから、すごい負担になるし、隙も自然と大きくなるんだよね。

 それにもし不意打ちを貰ったり、何かの事故で飛べなくなったとき、安全に着地出来るか分からないって言えばどのくらい不安定なものなのか理解(わか)ってもらえるかな?

 付け加えて言うなら魔力も温存しておきたいし。ここは歩いて辺りを探索することにしよう。

 

 

「‥‥それにしても不気味なところ。人間どころか生き物がいる気配もないし、もしかして完全に文明が廃れてしまった管理外世界なのかな?

 いまのところ大気に有毒なものは含まれてる気配はないけど‥‥。もし異常があったら知らせてね、レイジングハート?」

 

『All right, my master』

 

「ご苦労様。いつもありがとうね」

 

『No thanks. It's my pleasure』

 

 

 チラチラと大通りから外れて瓦礫の少ない路地を見てみても、小さなコンクリートの破片と埃ばかりの無味乾燥な光景が広がっているばかり。もちろん人なんていないし、それどころかネズミとかの小動物はおろか昆虫の姿も見えなかった。

 ありとあらゆる、生き物の気配がない。そういえば呟いていて気づいたんだけど、雑草に至るまで一切の植物も見当たらないよね? こういう言い方はなんだけど、もしかしなくても何かの原因でこの次元世界の生物は絶滅してしまったんじゃないのかな。

 核戦争、生物兵器、次元技術実験の失敗、他にも色んな原因が考えられる。同じように滅んでしまった次元文明は管理局の歴史を紐解いてみても決して少なくない。

 時空管理局の存在意義は次元犯罪の防止や治安維持もそうだけど、どっちかっていうと未発達な次元技術を持つ世界の正常な発展の助けになることでもあるんだ。私は、砲撃魔法の一芸特化なんだけどね。

 いや、別に他のことだってちゃんと出来るよ?! って、何を必死になってるんだか私は‥‥。

 

 

『Master, There is reaction that is partern of living for my search』

 

「えっ? 本当なの、レイジングハート?」

 

『Of course sure. Do you suspect my search?』

 

「そ、そういうわけじゃないよッ! けど、さっきまで全然反応がなかったのに一体どうしたんだろう‥‥? どの辺りにいるの?」

 

『Behind of the billding. I think this partern is from human who has some magical elements』

 

「‥‥現地の魔法技術を習得した人か、あるいは私と同じ次元漂流者。コンタクトしておくに、越したことはないよね?」

 

『I agree with you』

 

 

 用心に、片手でしっかりと掴んでいた私の大事な相棒、レイジングハートから電子的な響きを含んだ声が聞こえた。

 もう聞こえ慣れた綺麗な女性の声。もしかしたらお父さんお母さんよりも一緒にいたかもしれないパートナー。どうやら私に代わって辺りを調べていてくれた結果が出たみたいだ。

 シャマル先生と違って私とレイジングハートだとごくごく狭い範囲しか調べられないけれど、それでも人の反応がするというのは、この膠着した状況を打開する契機かもしれない。

 

 

「どうしよう、出来れば刺激しないように穏やかに接触しないと‥‥」

 

『Is there any problem?』

 

「うん。もし現地の人だったら管理局の人間と会うのは初めてかもしれないでしょ? もし誤解されたりしたら、それだけで管理局に対して悪印象を抱いちゃうかもしれないし‥‥」

 

 

 管理外世界の人間との接触には、多分管理局の中で魔法技術の行使に次ぐ量の規則が定められている。

 時空管理局は本来なら、管理外世界には不用意に接触しない方針をとっているんだ。管理外世界の正常なな発展を阻害するのは、管理局の大原則(プライム・ダイレクティブ)に抵触するから。

 それでも不可抗力でどうしても接触しなければいけない場合、それこそ何十個もの基本規則を守った上で、さらに幾つかの手順を何通りにも場合分けした接触規則を守らなきゃいけない。

 けど、結局のところは臨機応変だ。その規則通りに現場で出来るかと言えば、そんなのはとてもじゃないけど出来やしない。だからこの大原則(プライム・ダイレクティブ)が何を示すかといえば、心得のようなものらしい。

 この大原則(プライム・ダイレクティブ)を頭に叩き込んでおけば、実際に臨機応変に対応しなければいけない状況に直面しても根っこの部分に不干渉の規則が染みついてるから、それに基づいた行動がとれる。

 私と同期の空士を育てた教官がそんなこと言ってたっけ。もっとも私は文明が進歩した管理外世界では殆ど活動しなかったから、今の今まで役に立たなかったんだけど。

 けど、今こうして役に立ってるなら教えてもらったことに意味はある。

 

 

「レイジングハート、シーリングモードで待機ね。敵意がないことを示して、接近するよ」

 

『I understand, my master』

 

 

 ビルの周りを軽くチェックして、瓦礫の少ない方から回り込んでいく。

 もしレイジングハートが反応を感知した相手が現地の次元世界の人だったら、見たこともない風体の侵入者に対して自分たちの世界を守ろうと過敏に反応するかもしれない。もし私と同じ次元漂流者だったら、未知の状況に精神を圧迫されて興奮状態にあるかもしれない。

 決して刺激しないように、敵意がないことをアピール。かつ言葉が通じない可能性も考慮して、マルチタスクで翻訳魔法の準備もしておく。

 ファーストコンタクトは慎重に。そう何度も言い聞かせながら最初に私たちが立っていた場所から見てビルを挟んだ反対側へ移動した時だった。

 

 

『———Master! Anknown patern has just disapeared!』

 

「反応が消えた? どういうこと?!」

 

『I think, he set in a magic that would hide his magical behavior———Escape! Master!!』

 

「———ッ?!」

 

 

 突如消えた魔力の反応。そして即座に背筋に疾る悪寒。

 レイジングハートの警告のままに、今までの管理局での勤務で身につけた本能と経験のままに身体を横ッ飛びに投げ出してみっともない回避をする。

 

 

「ナイフ‥‥いや違う、短刀ッ?!」

 

「ちぃッ!!」

 

 

 普通の人間だったなら無様に地面に転がるところを、瞬時に今まで控えていた飛行魔法を本能的に発動してある程度の間合いをとる。

 穏便なファーストコンタクトを完全にカッ飛ばして物騒な接触。横目でしっかりと相手を確認した。

 

 

「誰ッ?!」

 

『I don`t know』

 

 

 瓦礫の山の上から跳躍して、真上から私の首を躊躇せずに狙いに来たのは、私よりも若干年上に見える青年だった。

 くすんだ渋い色合いのミリタリージャケット。ダメージとかのお洒落な言葉とは無縁なくたびれた古くさいジーンズ。清潔というよりは新品、純白というよりは無地の白いシャツ。堅い感触のしそうな前髪だけ長い奇妙な髪型の額には色褪せた紫色のバンダナ。

 奇襲を逃がし、着地した彼の瞳には冷静かつ冷酷な殺意が宿っている。まるで機械のように淡々と、業務のように真剣に。私の命をそこら辺の雑草相手にするかのようにあっさり刈り取ろうと、狙っている。

 

 

Drehen(ムーヴ)———ッ!!」

 

 

 私の問いかけに、一言も返さない。ただ吹き矢を吹くような鋭い吐息で、英語じゃない、私には分からない国の言葉を呟くと、腰に提げた袋に手を伸ばす。

 多分、私に奇襲をかける瞬間には何かの魔法を使って隠していた気配が、解き放たれている。決して多いわけじゃないけど、どこか悪寒を感じる魔力の気配。

 私たちの使うミッドチルダ式の魔法とは全く技術体系の違う未知の技法で、彼の全身を魔力が駆けめぐった。

 

 

「Dem Himmel Fluch《天には呪いあれ》———ッ!」

 

『Terible emotion! That`s effect of curse!』

 

「呪いッ?! まさか、そんな前時代的な魔法技術が‥‥くぅッ!!」

 

 

 ぞくり、と背筋に奔るおぞましい悪寒がレイジングハートの言葉を肯定する。

 あれはそう、体系化された管理局のミッドチルダ式魔法には存在しない暗い側面を全開にした、旧時代の遺物。けれど、だからこそ見たことがなくて、恐ろしい。

 決して速くはない小石の投擲を、私は本能のままに全力で回避した。

 

 

「———逃がしはしない、ここで倒れてもらう! 氷れる棘よ(スリサズ)ッ!」

 

 

 けれど、その人間に可能なことの範疇を超えない投擲は、単なる布石に過ぎなかった。

 先の投擲より数段遅い、それこそバスケの試合で至近距離のチームメイトに軽くパスをするぐらいの速さで、私の回避した先の足下に放られていた数個の小石。

 欠片も魔力を感知できない、只の小石。それが、突如として魔力を爆発させる。

 

 

 軽い音と共に地面を叩いた小石から生み出される、氷の棘。ううん、それはもう槍とか杭とか呼んだ方がいいくらいに凶悪な代物だった。

 氷結の魔力変換。先天的な素養である魔力変換資質を持っているかどうかは分からないけれど、A〜Bランクの魔力行使としては発動が異常に早く、隠密性も高い。

 少なくともミッドチルダ式やベルカ式、もしくはそれに準じるどんな術式とも全く異なる魔法技術。おそらく、より先鋭的限定的に進化したもの。

 未発達と馬鹿に出来ない。私達があたりまえのように使っている魔力弾のような攻撃とは全く毛色が違うからだろうか、どんな攻撃が来るのか欠片も想像出来なかった。

 

 

水流よ(ラケズ)凍結せよ(イーサ)是乃ち吹雪也(ハガラズ)!!」

 

 

 氷の棘が私を貫こうとしていた瞬間、すでに振りまかれていたらしい幾つもの小石。地面に跳ね、飛び、物理的にありえない加速をして私を囲むように激しく旋回する。

 そして湧き上がる水、巻き上がる冷気、吹き上がる風。大きく杭のような棘を避けた私を囲むようにして猛吹雪が吹き荒れた。

 

 

「———守って! レイジングハート!!」

 

『Circle Protection』

 

 

 自分の全周を守るサークルプロテクションを発動、しっかりと魔法を防御する。

 確かに先鋭的な観点に着目した、原則そのものが異なる特殊な魔法技術だけれど、威力自体はAに届くか届かないかというもの。決して弱いわけでもないけど、強くもない。

 このぐらいだったら十分に防御出来る。

 だったら———

 

 

「先ずは制圧してから、交渉。いつも通りいくよ‥‥レイジングハート!」

 

『Accel Shooter』

 

 

 生成するのは四発の誘導弾。私の意志とレイジングハートの制御で自由自在に動いて敵を射つ射撃魔法。

 四発は私としてはそこまで多い方じゃない。でも、様子見としてはこれで十分。先ずはこれで様子を見る!

 

 

「シュート!!」

 

「‥‥ッ!」

 

 

 地上に立つ青年の様子を見ると、空戦適性はないんだろうか。空を飛んで追ってこないのを確認して大きく数メートルの高さへ飛び上がった私は、弧を描くようにして四発の誘導弾を発射する。

 弾速は普通だけれど、着弾範囲が広い。そしてバリアで一度に防げるものでもない。たかが射撃魔法といっても、そもそも防御力が低くなってしまいがちなバリア魔法で、そこまで容易に防がれる魔法じゃないはず‥‥。

 

 

「くっ、魔力弾か! イリヤスフィールや美遊嬢みたいな真似を‥‥ッ! Samiel(ザーミエル)

 Wo ihr des Knigs Schild gewahrt,《王の盾のある限り》 dort Recht durch Urteil nun erfahrt《正義の裁可は下される》———ッ!」

 

 

 あの小石が、アリアさんが使うカードみたいな魔法媒体になっているのだろうか。だとしたらあの小石を使って何かしらの魔法を発動するはず。

 そう思って未発達の独創的な魔法を解析するために注意していた私の予想は覆されることになる。

 いつの間にか、多分さっき私を奇襲するために地面に置いていたのだろう大きな円柱のようなバッグを手に持った彼が叫び、そして円柱から飛び出した七つの球体。

 金属のような、石のような光沢を持ったそれらには魔力の反応があった。そして、螺旋を描くようにくるくると彼の周りを旋回すると、加速を付けて私の放った魔力弾を打ち砕く。

 ロストロギア‥‥という程の物じゃない。けどヴィータちゃんのシュワルベフリーゲンみたいに魔法で生み出されたものでもないみたいだ。

 

 

「あれは‥‥ロストロギア、じゃない。デバイス?」

 

 

 あの小石と同じ魔法発動体にしては、利便性がない。けどこんな風にデバイス自体が誘導弾のように飛び回るっていうのも聞いたことがない。

 かなり乱暴な使い方をするアームドデバイスも、流石にここまでのものはないだろう。

 

 

「Nicht eh'r zur Scheide kehr' das Schwert《剣よ鞘へと戻ることなかれ》 bis ihm durch Urteil Recht gewhrt《王が正義の裁可を下すまで》——ッ!」

 

『Master!』

 

「ッ詠唱が早い?! レイジングハート、隙を見つけて距離を離すよ!」

 

 

 ミッドチルダ式、ベルカ式のどの魔法にもここまで詠唱が長いものはない。はやてちゃんやフェイトちゃんの高域破壊儀式魔法は流石にかなり詠唱が長いけど、常にこれだけの詠唱が必要なわけじゃないし。

 けど注目するべきは、詠唱の早さ。発音と息の使い方を工夫して、さらに何かの方法で詠唱を圧縮しているみたい。省略じゃなくて圧縮することで術の効果が落ちないようにしている。

 私の目から見てもかなり有効な運用手段だけど、そもそも詠唱が長すぎる。多分、運用そのものに対して洗練されていない。

 ‥‥もしかしてミッドチルダ式やベルカ式みたいに、戦闘行動に最適化されているわけじゃないのかな。 

 

 

「あれ、もしかして魔法の術式がプログラム化されてない?」

 

『It defies all logic. If he uses device like us, It has always programed some manual that is magical suport』

 

「ううん、多分あのデバイスを機動させることが魔法になっているからだと思う。私たちみたいに魔力弾や砲撃を扱ったりするのとは別のアプローチを魔力に対してしてるんだ」

 

『Do you think it is deferent magical tecnic?』

 

「魔法技術そのものに対する概念が、違うのかもッ!!」

 

 

 七つ全ての魔弾が私を狙って効率よく、間断なく飛来してくる。

 普通は誘導弾を人間が扱う場合、ある程度の数までしか効率的に運用出来ない。私も本当に効率よく誘導弾を制御しようと思えば、十個も無理だ。それに、そもそもそこまでやる必要がない。

 誘導弾自体はそれなりの威力を持っているけど、あまり多くの誘導弾が迫ってきているなら相手は全周囲を防御するタイプのバリア魔法を使って守られてしまう。

 まさかこの七つの魔弾全てを制御しているの? だとしたら、マルチタスクの応用技術も持っているかもしれない。

 

 

「‥‥けど、大丈夫。戦い慣れてるわけじゃないみたい。なら、私とレイジングハートならッ!」

 

『Accel Shooter』

 

「———ッ?!」

 

 

 生成、誘導弾七連。

 さっきは難しいし、あまりやらないとは言ったけど、私とレイジングハートなら十分に可能な多数の誘導弾の制御。

 彼が操っているこの魔弾、巧みに軌道を交差、隠蔽してるけど基本的に円か楕円の軌道しか描いていない。弾速はどんどん早くなって来てるけど、捉えられないわけじゃない!

 

 

「———今ッ!」

 

『Break out』

 

 

 真っ直ぐ飛んでくる弾丸を横から殴りつけて迎撃することは出来る。さっき彼がやったのと同じ要領だ。けど高速で好き勝手に動いているボーリングの玉ぐらいの物体の真芯に、七つもの誘導弾を直撃させるのはちょっと難しい。

 なら、当てて撃ち落とすんじゃなくて、誘導弾を炸裂させることで吹き飛ばしてしまえばいい。これなら、少しぐらい外れてしまっても十分に目的を達成出来る。

 

 

「レイジングハート!!」

 

『All right』

 

 

 全ての魔弾を迎撃、一瞬だけ彼が無防備になる。

 またさっきの小石を投げてくるかもしれない。他にも何か奥の手があるかもしれない。

 けれど、チャンスは今しかない。“おはなしを聞く”なら今しかない。

 レイジングハートに加速を頼んで、私は飛んだ。

 

 

「———ッ?!」

 

「‥‥‥‥ッ!」

 

『Mission complete』

 

 

 互いに突きつける杖と、刃。

 全力全速で間合いを詰めた私と、渾身の速さで一旦は腰に収めた短刀を抜き放った彼。

 私の杖は砲撃を放てば最も効果的に魔力ダメージを全身に浸透させることが出来る胴体に。彼の短刀は少しでも刀身をズラせば危険な血管を掻っ切ることが出来る喉に。

 彼には私が既に瞬きをするよりも早く砲撃を放てるように魔力を収束しているのがわかっていて、私には彼が既に喉を掻っ切る寸前だったのを、あと一寸のところで止めたのがわかっている。

 お互いに、これ以上先にも後にも動かない、動けない状況。

 だからこそ、“おはなし”が出来る。

 

 

「時空管理局古代遺物管理部機動六課所属、高町なのは一等空尉です。

 こちらにこれ以上の交戦の意思はありません。そちらは、どうですか?」

 

「‥‥互いに武器を突きつけた状態で、そんな言葉が信用出来るわけがないだろう」

 

「成る程、わかりました。では先ず、私が武器を捨てましょう。ごめんね、レイジングハート」

 

『Master?!』

 

 

 和平の使者は、槍を持たない。

 いつかヴィータちゃんに教えてもらった言葉のままに、私が先にレイジングハートを地面に置いた。

 パートナーであるレイジングハートには申し訳ないけど、こうでもしないと目の前の彼は私の言葉を聞いてくれそうになかったから。

 

 

「‥‥まさか、本当に捨てるとは。正気かい?」

 

「正気です。貴方は話が分かる人みたいだから、これ以上無益な争いはしたくありません。

 多分だけど、私と貴方の戦闘は偶然か勘違いが招いた事故。私は貴方とお話がしたいだけなんです。なんならこのままナイフを突きつけていてくれても構いません」

 

「‥‥なんとまぁ、剛毅なお嬢さんだ」

 

 

 しっかりと真っ直ぐに目を見て言い放った私に、茫然とした顔をする彼。

 抱き合えるぐらい近い距離を遮る短刀に込められた力が、少しだけ緩んだ。

 

 

「君なら空を飛べない俺の射程外から一方的に嬲れただろうに‥‥。

 近づいて来たのも、俺から話が聞きたかったからだって言うのかい? 最初に奇襲をかけたのは俺だけど、それでも俺がこのまま君を殺さないって信じるとでも?」

 

「目を見たら分かります。私、こう見えても色んな人と戦ってきましたから」

 

 

 フェイトちゃんに、シグナムさんやヴィータちゃん。それからゆりかごで戦ったヴィヴィオ‥‥。

 本当に相手を傷つけたいわけじゃない人は、お話が出来る人は、どんなに冷酷に見えても瞳の奥には優しい光がある。

 だったら、何か事情があってお話が出来ないなら。先ずは事情がどうでもよくなるくらい、どうしようもなくなるくらい全力でお互いの力を絞りあって、お話はそれから。

 そう言った私の顔をまじまじと見つめて、彼は堪えきれなくなったように大笑いを始めた。

 

 

「あっはっはっはっは! いやぁ今時そういう面白い考えの子が遠坂嬢達の他にもいるとはね!

 ‥‥君も奥の手をしっかり隠してるみたいだけど、こっちだって同じさ。真っ直ぐ目を見てくれるなら、どうとでも出来るわけだけど‥‥」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。こっちだって君がそういう気なら戦いを続けるつもりはないよ。

 というか、謝らなきゃいけないのかもしれないね。まさか単次元創世の実験で出来た空間に他の人間がいるとは思わなくて‥‥」

 

「単次元創世?」

 

「ま、友人の手伝いでね。どうやら君は俺たちの実験に巻き込まれてしまったらしい。それも含めて謝罪するよ」

 

 

 私の喉元に突きつけていた短刀を鞘へと収めたその人は、にっこりと笑った後にも決まりの悪そうな苦笑いを浮かべながら頭を下げた。

 さっきまでの、機械のような無機質な顔とは全然違う。人好きのする穏和な顔立ちをしている。多分、友人も多いのだろう。周りにたくさんの人が自然と集まる、そんな雰囲気が感じられる。

 

 

「何かこの空間についてご存知なんですか? 私は、ミッドチルダ郊外に発生した次元歪曲に巻き込まれたみたいなんですけど‥‥?」

 

「ミッドチルダ? ‥‥それが何処かは分からないけど、俺たちが実験をしていたのは倫敦だよ」

 

「ロンドン? それって、もしかして第九十七管理外世界‥‥地球の、イギリスの首都の?!」

 

「あぁ、第九十七管理外世界云々については知らないけどね。しかし妙だな、いくら次元論に干渉する実験だったとはいえ、あの実験規模でここまでの大惨事になるわけはないんだけど‥‥。

 っと、いけない。自己紹介が遅れてしまったね」

 

 

 地面に落としてしまったレイジングハートにごめんねと言って、拾い上げる。やっぱり相棒を、やさしくとはいえ放り投げるのは心が痛んだ。もちろん大丈夫とは言ってくれたけど。

 英語で流暢に喋るレイジングハートは随分と彼にとって珍しいものらしい。怪訝なものを見る目で観察していたけれど、とりあえずは据え置くことにしたのか、こちらに視線を戻して開いた右手を差し出してくれた。

 

 

「魔術協会所属の魔術師、蒼崎紫遙だ。時計塔でルーン学科の講師をしている。どのぐらいの付き合いになるかは分からないけど、よろしく頼むよ」

 

「あ、はい! 高町なのはです、どうぞよろしく!」

 

 

 しっかり握手し合った手はやっぱり男の人のもので、ゴツゴツしていて、硬くて、同時に温かくて繊細だった。

 もう暫く会ってないけれど、お父さんやお兄ちゃんと同じ優しい手。これがさっき、私に向かってあの悍ましい呪いを放ったとは思えないぐらいに。

 

 これが、私と彼のファースト・コンタクト。

 短い間だけど、とても忘れることなんて出来ない奇妙で貴重な体験の始まり。

 この後にお互いの事情を確認した私達は二人りそろって驚きのあまり目を白黒させ、またその後の大騒動、大事件でも共に手を組んで必死に戦い、また驚きのあまり叫び声を上げたりするんだけど———

 

 それはまた、次の機会に。

 またはやてちゃんやヴィータちゃん達にお話するときにでも、まとめてお願いします。

 

 UBW〜倫敦魔術綺譚2wei!

 リリカルマジカル? きっといつか始まります!!

 

 

 

 

 another act Fin.

 

 

 


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