UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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以前に投稿しました、親愛なる真澄十氏の代表作「Fate/Next」とのクロスオーバー番外話の後篇です。
戦闘しかしていません。二万文字ずっと戦いっぱなし。
しかし魅力溢れるキャラクター達を、頑張って書き上げてみました!
楽しんで頂ければ幸いです!


番外話 『倫敦/Next』 - 後篇

 

 

 

 side Miyu Edelfelt

 

 

 

「目標、敵サーヴァント。魔力弾―――発射(シュート)ッ!」

 

 

 戦場も生活も、長年を共にした無二の相棒サファイアを振り切って、サファイアが並行世界から供給してくれる魔力を魔術回路を通して発射する。

 一切の容赦ない小手調べ。ある意味では矛盾しているけれど、並の相手‥‥それこそ凡百の食屍鬼(グール)動く死体(リビングデッド)ならば薙ぎ払えるだけの火力。

 そして同時に魔力を固めてスタート台をいくつも作り、大きく距離をとる。

 

 

「‥‥やっぱり速い」

 

『おそらくはライダー、あるいはランサーのクラスのサーヴァントかと思われます。騎馬からも宝具の気配が』

 

「うん、そうだね。油断すると、すぐに距離を詰められる」

 

 

 ヒュンヒュンと空気を切る音と共に追撃の魔力弾。

 回避か防御を強要するサーヴァント本体への弾丸。将を射んとすれば、の諺通りの騎馬狙いの弾丸。そして回避を妨げる足元への弾丸。

 今までの少なからぬ戦闘経験から引き出された、速度のある敵に対する必勝の常套手段。けれど、私もサファイアも攻撃の手を緩めない。口にした通り―――

 

 

「覇ァアァ―――ッ!!」

 

「サファイア!」

 

『Explosion‼』

 

 

 魔弾が巻き起こした土煙を斬り開き、ロケットのように飛び出して来た漆黒の騎影。

 回避が出来る速度ではない。防御が出来る威力ではない。その黒い塊にしか見えないナニカから突き出されんとする牙を見てとるや否や私は叫び、そして相棒もそれに応えた。

 

 

「‥‥やるわい、小娘の癖に恐れいる。のう黒兎、お前もそう思わんか」

 

 

 攻撃しようとした瞬間を狙った、全力の魔力爆発。いわば至近距離の炸裂弾。決して足止めだけではなく、当たれば無論、必殺の攻撃。

 しかし騎馬武者は爆発を冷静に裁き、およそ馬には不可能な動きをその類稀なる手綱捌きで可能にした。

 煤すら被っていない余裕、堂々たる姿だ。しかも―――

 

 

『美遊様、傷は‥‥?』

 

「掠っただけ。まさか避けると同時に斬り付けてくるなんて、思わなかった」

 

 

 思いの他、間合いが長い。大刀の柄の半ば辺りを握っていたはずが、瞬時に端の方へと持ち替えてみせた神業。魔力の運用効率を考えてギリギリの強度に抑えていたとはいえ、サファイアの魔力障壁を突破するだけの威力。

 ‥‥あの刃に毒が塗られていたならば、もう私は戦えなかったことだろう。

 

 

「‥‥質問を」

 

「む?」

 

「貴方は意思を持ったサーヴァント。クラスカードによって召喚された、英霊の現象と化した、“黒化した”英霊とは違う。話が通じるはず」

 

「‥‥そうさな、まぁ戦口上を述べるだけの頭はあるがな。しかし相手に聞く気がないなら意味がない、違うかね?」

 

「それは、どういう」

 

「沙沙が問答無用と言ったのだ、俺も砂の一粒ほども容赦してやる気がないのさ。粋はさておき、無駄は省くべきではないかね、ん? それとも。もしやお前も戦う前に長々と説教を垂れるクチかね?」

 

「別に‥‥そういうわけじゃない」

 

「ならば始まってしまった戦いを冷めさせるようなことをするな、娘よ。今はこの熱き猛りに身を任せるのみよッ!」

 

 

 獅子の咆哮にも匹敵する、漆黒の軍馬の恐ろしい嗎。およそ助走というものを感じさせない素早さで突っ込んできた鋭峰を、物理保護を最大にして弾き、逸らし、いなした。

 ビリビリと肩まで震えるが、決してサファイヤは手放せない。勢いに逆らわず身を任せ、宙で反転して大地へフワリと着地。唸りを上げた魔術回路が、再び攻撃を開始する。

 

 

「対魔力が効果を発揮しない弾丸、厄介だのう! しかし当たらなければどうということはないわいのう! そぅれ駆けよ黒兎!」

 

 

 掠った魔弾の性質を見てとったか、豪快に嗤ったサーヴァントは大きく円を描くように私の周りを旋回し、その圧倒的な速度と卓越した手綱捌きで全ての魔弾を避けきった。

 さっきの土煙の中だって、殆ど視認も出来なかったはずの攻撃を、自分自身の身体ですらない軍馬を操って避けきったに違いない。余裕すら感じさせる好戦的な笑みをその老齢の巨木にも似た貌に浮かべながら。

 

 

『美遊様、脚を止めては‥‥!』

 

「分かってる、サファイア。けど駄目、動いたら紫遙さんから離れちゃう。‥‥咄嗟に、援護が出来なくなる」

 

『しかし!』

 

「真っ正面から殴り合う。それしか‥‥ない!」

 

「雄雄雄ォオオォォォ―――ッ!!!」

 

 

 距離を取っての砲撃戦が、本来ならばカレイドの魔法少女の常套戦法。無限の魔力供給が私たちの最大の武器。特に相手が近距離パワー型の魔術師ないしはサーヴァントあるいは魔獣だったりした場合、相手の攻撃の届かない距離から魔力配分を考えない全力全開の砲撃を繰り返すだけで勝てる。

 このサーヴァントも、おそらくは同じ戦法が通じるはずだった。宝具次第、そしてこの驚異的な突進力にさえ気をつけていれば、基本的には近距離の攻撃手段しかもたないサーヴァントは遠距離攻撃への対抗手段がない。

 ‥‥相手が並の、サーヴァントであるならば。

 

 

「Muskulöse Macht wird gestärkt, Achtzig prozent! Der Körper wird geschützt, Zwanzig prozent!」

 

「Ja, meine Meisterin!」

 

 

 がっし、と大刀とサファイアが真正面からぶつかり、火花を散らして互いに互いを弾く。くるりと回した石突での反撃、届かず。あっという間にサーヴァントは駆け抜けて、すぐに反転してまた迫る。

 魔力弾での追撃の暇もない鋭い機動。歯噛みしながらも、再び交叉。

 

 

「はっはぁ! 女だてらに何たる剛力! 魔術師とは斯くも不気味なことよなぁ! しかし俺はどんどん疾くなるぞ、小娘よ、ついてこれるか?」

 

「ッ! Muskulöse Macht wird gestärkt, Neunzig prozent!」

 

 

 一度の閃光に、衝撃は二回。背筋に走った悪寒に急かされる侭に胴体と首を守るように構えたサファイアを持つ手が痺れる。魔力による身体強化を緩めた瞬間に弾き飛ばされ、或いは叩っ斬られていた。

 ‥‥あの質量、あの速度に対して真正面から殴り合うのは明らかな下策。というより、もう無理だ。あと数合も刃を交えたら、私は文字通り押し斬られてしまう。

 けど―――

 

 

「美遊様、空中を利用した多方向からの機動戦を提案しますが‥‥」

 

「ダメ。少しでも隙を与えたら紫遙さんが轢かれちゃう」

 

「ならば―――」

 

 

 ガィン、と鈍い音と共に交わす杖と刃。弾き合う瞬間、叩き込んだ蹴りは大刀を握っていない方の、大木のような腕に防がれ、反動を使って跳躍、宙を蹴って再び襲いかかる。

 けれどそれも、目の前から消え失せるかのような素早い反転によって空振り。騎馬も、まるで同じ生き物みたい。あれほどの巨軀があれほどの速度と機動性を持つ。チッ、と舌打ち、軽く振り回された大刀を打ち返した。

 

 

「‥‥うん、そうだね。“アレ”をやろう。隙を作るよ、サファイア」

 

「かしこまりました、マスター」

 

 

 みしり、と手の甲の骨が軋むのを感じながらサファイアと言葉を交わし、深く長く吐息をつく。もともと何年も前にサファイアとルビーが私とイリヤに渡され、クラスカードという大事件へ挑んだ時は、相手が感情と理性を持たない“黒化した”英霊だったから対抗出来たのだ。

 “黒化した”英霊は弱い。スペック馬鹿、と凛さんは言っていた。目の前の敵を自分の持っている手段と武器で、ただただ機械的に処分するだけの兵器。対戦ゲームと同じで対人対戦の方がAI対戦よりも熱い、と紫遙さんは言っていた。無数の選択肢から最適なものを選択することが出来ても、新たに選択肢を創り出すことが出来ないのだと。

 それは戦闘において、どれだけ不利であることか。だからこそ今、初めて戦う意思持つ英霊。その戦いが、堪らないプレッシャーを私に与えていた。相手は正真正銘、歴戦の英雄。熱く燃え、どんな思惑も貫き通す矛のような瞳が私を睨み付ける。

 

 

「さぁどうする娘御よ、もう手詰まりかッ?!」

 

「そんな、馬鹿なことっ!」

 

 

 再びの突進。愚直なまでの力圧しを、今度は低く屈んで宙を滑り、躱す。小細工を力と技と速度で叩き潰せるという圧倒的な自負。しかし、その通りだ。

 ならばこちらも、同じだけの力と技と速度を用意してやるより他に‥‥ない!

 

 

「―――Satz(告げる)

 

 

 掌の裏に隠したカード。英霊の座へと干渉(アクセス)。導き、引き出し、憑ろす。

 英霊の情報を我が身へとダウンロード。自分自身の上に、英霊の皮を上書き。英霊そのものに、自分自身を書き換える。

 

 

「Du überläßt alles mir《汝の身は我が下に》 Mein Schicksal überläßt《我が運命は》 Alles deimen Schwert《汝の剣に》」

 

「‥‥む、その呪文は」

 

「Das basiert auf dem Gral《聖杯の寄るべに従い》 antwort wenn《この意》 du diesem Wille《この理に》 und diesem Vernunftgrund folgt《従うならば応えよ》ッ!!」

 

 

 一瞬のフェイントから、足元を薙ぎ払いに来た刃を低空で宙返りして躱し、小声だが、確かに、契約書の文面を確かめるように慎重に。

 交叉する瞬間、僅かに目を見開いたサーヴァントとぶつかる視線。思わず私もニヤリと口元を歪めて応えた。

 

 

「Lieg des Gelüdbe hier《誓いを此処に》 Ich bin die Güte der anze Welt《我は常世総ての善と成る者》 Ich bin das Böse der ganze Welt《我は常世総ての悪を敷く者》 Du bist der Himmelmit drei Wortseelen《汝三大の言霊を纏う者》」

 

「何か仕出かすつもりよな、娘御! 見届けて‥‥いや、容赦はすまい!」

 

『Beschleunigung!!』

 

 

 大きく、しかし鋭く弧を描いて旋回する騎馬を反転して追いかけ、方向転換が済んだところで追い抜き、挑発する。さしもの名馬も、加速していない状況で急な方向転換は難しい。

 もっとも稼げた時間も僅か一秒程度。でも高速詠唱の技術を用いれば、それでも十分に過ぎる!

 

 

「komm,aus dem Kreis《抑止の輪より》 der Unterdrückung《来たれ》 der Schutzgeist《天秤の》 der Balkenwaage《守り手よ》―――ッ!」

 

 

 クラスカードという魔術具に込められた神秘が扉を開く。迸る魔力の奔流が空気を撹拌し、霧が生まれ、私の姿を覆い隠した。

 主観が変革する。存在が書き換えられる。位が一つ上へとシフトし、新たな皮を得て、私の意識は広く大きく広がり高みへ押し上げられる。

 

 

「―――ハ、ハハ、ハハハハハハッ! やりおった、やりおったわい娘御め! どういう手品だそれは。“この俺と同じ高さまで”自分を書き換えるとは!!」

 

「それを貴方に言う必要が」

 

不妨(ブゥファン)!! 否、むしろ良い! 期待させてくれる姿だ、娘御!」

 

「‥‥貴方にとって良い結果でないことを、期待する」

 

「どちらにしても俺は一向に構わんのだ。お前の思惑に沿うことになろうがなるまいが、面白い戦いが出来そうだということには、何ら変わりはないのだからな!」

 

 

 跨るは世にも聞こえし空を駆ける翼もつ天馬。気が付けば纏う、普段なら絶対に選ばない体にぴったりとフィットした、裾の短い黒い装束。そして視界を覆い隠し、一切の支障ない皮の眼帯。

 何より五体に漲る活力。宙を舞ったら何処までも飛んでいけそうなぐらい、体が軽い。岩をも素手で砕けそうな膂力と、地平線の果てまで駆けていけそうな脚力が体中に溢れていた。思わずニヤリと口元を歪めてしまいたくなりそうな、命を懸け、互いの力を競う戦いへの愉悦もまた。

 

 

夢幻召喚(インストール)、クラスカード・ライダー」

 

「ほぅ‥‥。さしづめ今のお前は此の俺、ライダーのサーヴァントも同じと言うわけか。仕組みも効果も分からぬが、言うだけの武勇を俺に味あわせてくれるのだろうな?」

 

「勿論、嫌がったって、たっぷりとッ!」

 

「応さ! 面白い相手だとは思ったが‥‥沸くのぅ、涌くのぅ!!」

 

 

 互いに馬を疾らせ、競う。彼は疾風のように地を駆け、私は雷霆のように宙を滑る。鬱蒼と茂る木や草が進路を邪魔しても関係ない。切り払い、踏み潰し、打ち砕いて意のままに進む。

 どちらも速度は同じぐらい、目にもとまらぬ突進は、しかし今度は私が有利。

 宙を駆け、木を蹴り砕いて激しく方向転換し、手に持った鎖釘で中距離から投擲攻撃をしかける私のペースだ。鎖釘の投擲を騎兵は難なく弾くが、それでも私の猛攻を前に、攻めあぐねた様子。少なくとも、これなら紫遙さんに刃が届くことは‥‥ッ!

 

 

「さて、お前ちょいと俺の主を嘗めちゃおらんかね?」

 

「‥‥何?」

 

「初見だが、確かにお前の旦那も中々腕の立つ魔術師よな。時計塔‥‥お前たちの総本山だったかね? 其処の老師とやらをやっているそうではないか。だからこそ俺と沙沙を引き離し、互いに決着をつけようと策を弄したのかもしれぬが‥‥いやはや、甘い」

 

 

 ズドン―――ッ!!

 腹に響く重低音と共に、天馬の騎首は前へと向けたまま振り返った。

 古代の神殿の柱のように、並び生えていた木々が薙ぎ倒されている。抉れたのもあれば、綺麗に斬られた断面も見える。まるで闘技場(コロッセウム)のように倒れた木々は重なり。その中心には二つの人影。

 もはや騎馬から降り、長大な斧槍(ハルバート)を上段に掲げた白銀の女騎士と、手ぶらで立つ義理の父親。

 

 

「横目でチラと見ておったが‥‥ぬかったな、あの老師め。白兎は確かに優れた駿馬よ。しかし沙沙はな―――」

 

 

 降りた方が、強い。

 そう言い放つや否や、踏みしめた地面を爆発させて飛び掛かってくる漆黒の巨体。全身の筋力を集め、渾身の一撃にて迎撃、即座に飛び退った。

 

 

「よしんばお前が俺を倒して奴の加勢に行こうとしていたなら、更に愚かなことよ。この俺をも嘗めきった報い、受ける覚悟は完了しておろうな?」

 

 

 僅かに天馬の翼を掠め、自信の程を証明するかのように鈍い輝きを見せる大刀。獲物ではなく、好敵手を前にした獰猛な笑み。思わず竦みそうになる覇気。

 断じて油断していたわけではない。多分、おそらく‥‥。

 

 

『様子見だったと、いうことでしょうか‥‥!』

 

「やっぱり、英霊‥‥。サファイア、全力で」

 

『Ja. 飛びましょう、美遊様。我々の翼で』

 

 

 どこから聞こえているのか、サファイアの声がした。そうだ、撤退するにせよ勝ち抜くにせよ、先ずは相手を無力化する必要がある。それに私がこうやってギリギリの均衡の中であっても戦い続けることで、紫遙さんも自分の戦いに集中できるのだ。

 本当は助けに行きたいけれど、本当は一緒に戦いたいけれど、そうも言ってはいられない。この敵を打倒しないことには、決して許してくれないだろうから。

 

 

「‥‥戦いを愉しんでいる余裕は、ない。一気に決めさせて、貰う―――ッ!!」

 

 

 両手に持った鎖釘を次々に投げつけ、それを弾く隙を狙って大きく距離を取った。鎖釘は、もう手放す。

 距離をとって、紫遙さんが狙われないだろうか。そんなことは考える必要がない。

 にやりと口の端を持ち上げて余裕を見せるサーヴァントはここで落とす。この一撃で屠ると決めた。例え彼がどんな俊足であろうと、私が切ったこの(カード)ならば、確実に、墜とせる。

 

 

「いくよ、サファイア」

 

『お任せください、美遊様』

 

 

 現れる、黄金の手綱。今までは手綱も鐙もなしに騎乗していたことに気づいたサーヴァントが目を見開いて驚いた。いや、それそのものというよりは、現れた手綱の美しさにか。

 実体が確かめられない程に光り、高貴な輝きを放つ手綱は明らかに人の手によって創り出されたものではなく。

 神々しいまでの金色に、誰もが目を奪われる。

 

 

「まさか宝具まで使えるというのかッ?! 何者だ娘御‥‥ッ!」

 

「そういう魔術、とだけ。それだけ知って、ここで沈めッ!」

 

 

 サファイアが魔力を解き放つ。手綱が輝き、天馬は光る。その潜在能力の全てを騎乗兵の英霊を象徴する手綱によって引き出され、一つの流星となって敵を穿つ。否、弾き散らし轢き潰す。

 漆黒の騎馬、如何なるものぞ。所詮は人間の歴史の枠に囚われた英霊に、神代の宝具は防げまい。

 

 

「翼持つ馬とは‥‥稜王も斯くや、凄まじき力よ! だが嘗めるなよ、借り物の力で懸命に戦う娘御よ。勝利への曇りなき思いこそが英雄達のぶつかり合いの行方を決めるのだ!

 照覧あれ、この身は悪鬼羅刹も震え上がらせる神速の騎将也! ゆくぞ、娘御よ、この俺がゆくぞ! ―――張来々! 遼来々!!」

 

 

 ビリビリと、力持つ言葉が私の総身を打ち据える。古代の武士(もののふ)の戦口上。かつて互いに互いを鼓舞し、敵を震え上がらせ、味方を勇気付けた威風堂々たる名乗り。それこそが彼の宝具。それこそが彼らの力。

 この身が竦むのは、決して単純に歴戦の騎兵の覇気に怯えているからではない。圧倒されているからだけではない。天馬すらも手綱で御さなければ怯えて逃げ出す程の効果の威力。

 威圧という概念そのものを叩きつける概念武装。威圧、畏れという概念が宝具の域にまで昇華したもの。だが、こちらも退けはしない。このまま黄金の手綱で天馬を御し、突っ込む!

 

 

「喰らえ、『騎英の手綱(ベルレフォーン)』―――ッ!!!」

 

我冲锋(ウォーピンイン)我冲锋(ウォーピンイン)ッ!!」

 

 

 風を巻き込んで唸りを上げる大刀。風を引き裂いて迫る流星。

 まるで迫力の違う、まるで迫力の同じ二つの轟音が激突し―――

 

 

 私の頭の中は最高潮の興奮と、その衝撃にホワイトアウトしたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「‥‥意外ですね」

 

「何が?」

 

「てっきり、彼女に私の相手をさせるものだと思っていました。従者と名乗ってはいましたが‥‥娘、なのでしょう?」

 

 

 

 新しい煙草に火をつけ、騎上から俺を見下ろす雪の女神のような美しい女性の言葉に応えた。

 肺を満たし、戦闘を前に生まれた焦燥や火照りを吐き出す行為は所謂そう、儀式のようなものだ。煙草の灯は夜の闇ではルーンを描くことも出来るし、相手に余裕をアピールすることも出来る。中々に優れものなのである。

 現に、この女性‥‥サーシャスフィールなる彼女も訝しげにこちらを睨み付けている。ただ、やはりというか流石というか、隙なんてものは欠片もありはしない。

 

 

「愛する娘をサーヴァントの相手なんかに放り出した俺を、冷血漢と誹るわけかい? ミス・アインツベルン」

 

「そこまでは。ただ、意外だと」

 

「まぁ誰しも、そう勘違いしてくれるだろうね。しかし君は俺の義娘を嘗めている。彼女はエーデルフェルトが誇る切り札(ジョーカー)。英霊に匹敵する力を持つ、七色(カレイド)の称号を持つ“相棒”さ」

 

 

 ブルル、と透き通るような鼻息。サーシャスフィールの白銀の戦装束に合わせたかのような、一面に足跡すらない雪原にも似た美しい駿馬。氷山のように重厚な蹄、上等の絹糸のような鬣が見る者を美しさで圧倒する。

 俺は敢えて、真っ正面で対峙する彼女たちを少し避けて煙を吐いた。戦う相手に敬意を払ったり、厭味だったりするわけではない。ただ、女性には優しくするように、教育されているだけだ。

 

 

「英霊に匹敵‥‥。大きく出たものですね、教授(プロフェッサー)

 

 

 ギャイン、と背後で鋭く刃が噛み合う音がした。だけど、振り向くことはしない。

 美遊(かのじょ)が持つ"七色(カレイド)"の字は伊達や自称では決してない。彼女自身が、この世界へ来てからエーデルフェルト家の一員として様々な事件に関わり、やがて協会すらも認めた紛れもない二つ名である。主に降霊術の一種として、今は既に解体された聖杯戦争の一端を伝える魔術を、封印指定された狂った魔術師の編み出した奇蹟の術を使いこなす彼女には全く相応しい。

 誰もがその秘密を探り、そして理解した。かつては“カレイドの魔法少女”と呼ばれた彼女が操る大魔術に触れることすら出来ないことを。彼女が、もはや魔法に最も近い魔術師であることを。英霊に等しい戦力を持つことを。

 それはエーデルフェルト家の名前を、蒼崎家の名前を高め、彼女自身の名声をも生んだ。協会の学生達の中にはファンクラブも出来ていると聞く。勿論、生半可な野郎に大事な義娘をくれてやりはしないが‥‥。

 そんな彼女を心配することなんて、俺には出来やしない。信頼し、託し、あとは俺が仕事をこなすだけだ。逆に心配されて、しまわないようにね。

 

 

「貴方の彼女への評価が、身内贔屓でないことを願っていますよ」

 

 

 ゆらり、と斧槍(ハルバート)が持ち上がる。大の大人の男である、俺の胴体を真っ二つにするには十分過ぎる程に分厚く重い武器を、軽々と彼女は片手で構えた。

 ガッ、ガッ、と白馬の蹄が土を蹴り上げる。軽妙なやりとりをしていたサーシャスフィールの瞳は既に凍り付いた湖面も斯くや。触れれば傷ついてしまいそうなぐらいに、冷たい。

 吸い終えた煙草を地面に落とし、踏みにじって残り火を消す。流石に戦いながら煙草を咥えていられる程、俺は器用じゃあない。

 

 

「問答は不要。宜しいですね?」

 

「話を振ってきたのは、君じゃあないかね?」

 

「それは失礼。では、ここからは刃で語るとしましょう。いざ―――ッ!!」

 

Drehen(ムーヴ)―――ッ!!」

 

 

 助走も無しに、鐙による一蹴りだけを合図に飛び上がる蹄。そして俺を真下から真上まで両断せんと迫る刃。

 普通の人間なら何が起こったかも分からない内に召されてしまいそうな、閃光の速度と濁流の重さを持った一撃。だけど、その時を待ち続けていたならば話は別。

 

 

「―――Samiel(ザーミエル)!!」

 

 

 斜め後ろへと跳び退りざまに、地面に置いていたトランクを蹴り付けて呪文を紡ぐ。

 ただの一声で、もう何年も付き合い続けた仲間達は即座に起動し宙を舞った。

 

 

「Ihr nennt mich Samiel 《吾が名はザミエル》!」

 

 

 木々の隙間を縫うように円を描いて旋回する七つの球体。俺という魔術師の代名詞、魔術礼装『魔弾の射手(デア・フライシュツ)』。おそらくは時計塔でも最も位階の高い礼装の一つ。

 人間に視認出来るギリギリ限界の速度。小手調べに二つを両側から突撃させ、様子を見る!

 

 

「‥‥温い」

 

 

 ギラリ、と白銀が煌めき、風が断ち斬られる音。

 そして続けて響く、鈍い衝突音。ただの一振りで両側から迫る魔弾を反らし、眉を顰めることすらしない。というより、まるで明らかに十キロを超えるだろう超重武器を小枝のように振り回さなかっただろうか、この淑女。

 

 

「意外ですね、この程度でしたか。もう少し手強いものかと」

 

「こっちこそ。てっきり避けてくれるものだと」

 

「そう都合良くいきません。と、いうより、この程度なら避ける必要もありません」

 

「‥‥言ってくれるね、ミス・アインツベルン」

 

「気を使ってあげるほどの力を見せてくれませんか、プロフェッサー・アオザキ。それとも、舞台が不服でしょうか」

 

「ッ!」

 

 

 白馬の蹄が上がり、そして振り下ろされる。途端、響く轟音と振動に俺はぐらりと僅かに体勢を崩した。

 大地の悲鳴が、俺の膝を抜いた。それは物理的な振動だけではない。元来、歩兵は騎兵を恐れたものだ。馬とは兵器の王である。よく訓練された軍馬は物凄い迫力を持つのだ。百戦錬磨とは言わなくても、それなり以上の場数を踏んだ俺が完全に気圧される。

 

 

「私が貴方の時間稼ぎに付き合う必要はありません。本気を出さないならば、一息で―――」

 

 

 再び震える大地を踏みしめ、両腕を広げて魔弾の指揮を執る。

 風が一瞬、止んだ気がした。

 これからの嵐に、備えるかのように。

 

 

「―――踏み潰して、さしあげます」

 

 

 

 パカラ、パカラ、と大きく蹄が円を描く。

 俺の周りをぐるぐると、これじゃあ西部劇か時代劇だ。しかし、武術の理には適っている。同じ距離を保っている内は、そこに隙が生まれることはない。ましてや相手は軍馬。ただでさえ間合いと上背に違いがある。

 

 

「Wen wählest du zum Streiter 《神よ、問おう、戦士たるは誰なのか》―――ッ!」

 

 

 しかし彼女は一騎。対する俺は七つの魔弾を従えている。

 魔術回路から迸る魔力を礼装へと繋がる霊脈(レイライン)へ通し、二つの魔弾(カスパール)を俺と彼女を繋ぐ線分をなぞるように突撃させた。

 その軌道は、直線ではなく螺旋。紙一重の回避を許さぬ高速旋回。掠るだけでも十分な威力のある攻撃、だけど‥‥ッ!

 

 

「―――やはり、温い」

 

「ッ?!」

 

 

 ゆらり、と騎影がブレた。波のように、霞のように。

 ただそれだけで、白い騎兵は数メートルの間合いを一瞬にして詰めていた。轟音も伴わず、烈風も伴わず、風の隙間を裂いて。

 魔弾を放った俺が見たのは、もう目の前まで近づいて白銀の斧槍を振りかぶるサーシャスフィールの姿。背筋に走る悪寒。本能のままに、そして少ないながらも積み上げた戦闘論理(ロジック)のままに腕を振る。

 

 

「Der trete vor 《いざ来たれ》ッ!」

 

「ッ一撃は躱しましたか。しかし、安心するのは早いッ!」

 

 

 いざという時に備えて近くを周回させていた魔弾の射手(デア・フライシュツ)に飛び乗り、緊急回避。だけど速い! 掠りこそしなかったけど、とんでもなく速い!

 振り下ろしたのではなくて、薙ぎ払ったなら真っ二つにされてたぞ。あの一瞬の判断、間違えなかった俺、ナイスッ!

 

 

氷れる棘よ(スリサズ)ッ!」

 

「この程度のルーンで阻めるものですか! いやぁっ―――ッ!!」

 

 

 飛び乗ったはいいけど、球体を足場にいつまでも飛び続けられるわけもなく、蹴り飛ばしてカウンター代わりにすると同時にポーチから小石をバラ撒いた。

 けど、スリサズを刻んだルーン石も蹄の一撃で粉々に。か、仮にも俺はルーン学科の講師だぞッ?!

 

 

「化け物めッ!!」

 

「淑女にその言葉はどうかと思います‥‥よっ!!」

 

 

 回避の様子を見て振るわれた横薙ぎの一閃を、無様に転がって辛うじて躱した。トンデモねぇ淑女である。こんな重量物を軽々と振り回すのが淑女だと言うなら、淑女とのお付き合いは遠慮したい。

 ‥‥残念ながら、この手の淑女とのお付き合いは今のところ実に濃厚である。

 

 

「Neidlicher Stahl!《万人の羨む貴き剣よ》 Zeig' deiner Schärfe schneidenden Zahn《汝が玉散る刃を見せよ》!」

 

 

 風車も斯くや、手首の捻りによって恐ろしい鋭さで返され迫る切っ先を前に、腰に忍ばせたアーミーナイフに手を伸ばし‥‥すぐさま身を翻して逃げる。こんなにデカイ斧槍にナイフなんかで立ち向かったって真っ二つにされるのが目に見えている。

 まるで滝を纏って暴れているかのような、瀑布にも例えられる凄まじい連続攻撃を前にしてはナイフも小枝も変わらない。ぶ厚い刃が斬り裂いた風に打ち据えられるだけで痣の一つぐらい出来てしまいそうだ。

 

 

「ふむ、少なくとも逃げ足は四階位に届きますか」

 

「やかましい! heraus aus der Scheide zu mir《鋭き切っ先で鞘を払え》―――ッ!」

 

 

 自分の体を掠めるようにして魔弾が飛ぶ。大振りの一閃を見舞おうとしていたサーシャスフィールも堪らず後退した。

 魔弾は片時も止まらず旋回し続ける。複雑な軌道を描き、氷と炎と風のシュプールを描く。

 牽制のためでもあり、迎撃のためでもあり、時間稼ぎのためでもあり、攻撃のためでもある。描く軌跡は魔法陣であり、詠唱だ。

 

 

「確かに学者肌ではあるけどな、伊達に色んな看板は背負ってない‥‥ッ!」

 

 

 魔弾にルーン石を混ぜ、小規模な爆発を重ねる。

 騎兵は一度スピードに乗れば何者でも止められない突破力を持っている。そしてサーシャスフィールの手綱捌きだ。彼女は例え並足でも自分の手足のように操り、人馬一体の俊敏さを見せる白銀の騎英は歩兵のように俺の攻撃を防ぎ、躱す。

 けど、それも騎兵の特性の範疇を逸脱することはない。即ち前進。これこそ騎兵の特性だ。迂回でも跳躍でも、とにかく前進ではなく後退を強いられた騎兵は弱い。

 故に―――

 

 

 

「よし、そこだッ!」

 

 

 当てようとする必要はない。弾幕を張り、前進を止めるだけで良い。前進と旋回を許さぬ布石さえ打てば、騎兵は止まる。止まってしまえば、その一瞬だけは無防備と化す。

 避けた先を封じるように、馬足を乱すように。ダメージを与えることを考えず、ひたすら攪乱と牽制に終始。束縛、までは不可能。足止めも、数瞬。だからその瞬きほどの短い時間で確実に攻撃を当てる。それしかない。

 足が止まった。この一瞬を狙って避けきれない確実な一撃を叩き込む!

 

 

「竜も四つ足、馬も四つ足。龍退治の魔剣を受けろッ!」

 

 

 意味のないように見えた、魔弾の旋回。描いたシュプールがこの機を逃さず一斉に発光、魔法陣を作り出した。

 拘束するための呪文ではない。これは空間を精査するための魔法陣だ。避けさせないのではなく、避けられない一撃を叩き込むためのもの。生み出されるのは不可避の魔弾。龍をも屠る鋭き切っ先の一撃。

 俺の周りに光り輝く球形の魔法陣と、サーシャスフィールを含めて俺たちを取り囲む大きな球形の魔法陣。目に見えない魔力網(レイライン)が二つの魔法陣を繋ぎ、サーシャスフィールの動きの子細を掌握する。

 彼女からすれば単純に魔弾の軌跡が描いた少しの魔法陣しか見えていないだろうけれど、俺から見ればまるで二重構造のプラネタリウムだ。空に輝く数多の星々はさしずめ夜を見張る刑吏。逃げることは不可能。

 

 

 

「―――『破龍の七星(ノートゥング)』ッ!!」

 

 

 引き絞った両手に浮いていた三番(カスパール)に激突する、絶えず加速を続けていた七番(ザミエル)。十分な魔力の供給、数多の魔法陣による強化を受けて魔弾が翔けた。

 必中の場を作り出し、龍の鱗をも穿ち抉る切っ先‥‥とまで豪語できたらいいんだけど。しかし紛うことなき必殺必中の大技。

 

 

「ッ!」

 

 

 どう逃げようとしても魔弾はその動きを先読みして軌道を変える。

 動こうとした際のベクトルを感知して未来位置を予測する。瞬間移動でもしない限りは逃げられない閃光。

 過たずサーシャスフィールを襲う魔弾。当然、逃げることなど出来るはずもなく。

 

 

「く‥‥う、はぁぁあああッ!!!!」

 

 

 激しい衝突音。殆ど目に見えない速度で放たれた『破龍の七星(ノートゥング)』と、あろうことか斧槍の柄で鍔迫り合いをしてみせるサーシャスフィールの姿。

 一瞬あんまりにもあんまりな有様に呆然としてしまいそうになり、慌てて気を取り直して魔力を注ぐ。

 注がれた魔力によって加速し続ける魔弾と壮絶な鍔迫り合いを続けるサーシャスフィール。半径五メートル以上にも及ぶ大規模魔法陣によるブーストを受けている俺の必殺の一撃が、たかだかトンデモマジカル素材の斧槍に受け止められている事実に、心が折れそうだ。

 

 

「うおおおおおおッ!!!!!」

 

 

 魔力だけではダメだ、魔法陣を回転させる。

 魔力供給速度を。魔力運用効率を。どんどんどんどん加速する。魔力回路が焼き切れてしまいそうだ。けれど退けない。俺にだってプライドがある!

 

 

「っしゃあっ!!」

 

「いやあぁぁああっ!!」

 

 

 爆音、炸裂。

 何かが砕ける音。硬いモノ同士が擦れ合う音。空気を切り裂いて重量物が飛ぶ音。

 魔術回路が引きちぎれてしまうかのような激痛と共に、俺は三番(カスパール)が破壊されたことを確信した。

 それは果たして負荷に耐えられなかったからだろうか。あの斧槍によって砕かれたからだろうか。

 衝撃で巻き起こった土煙が晴れ、そこには―――

 

 

「‥‥化け物、だな」

 

「だから、淑女にそのようなことを、言うものではありませんよ、プロフェッサー‥‥!」

 

 

 果たしてそこには、白銀の騎兵が五体満足で屹立していた。

 手にした斧槍は柄の半ばから真っ二つに折れ、脇腹には魔弾の掠った痕跡。額には脂汗が滲み、しかし表情は変わらない。

 魔力による得物の強化。身体能力の強化。そして武人としての直感と経験だろうか。俺の魔弾を受け止め、逸らし、弾いて、あまつさえ最後に砕いてさえ見せた。トンデモない淑女だぜ。化け物以外の何だというのだろうか。

 

 

「参ったな、今のは俺の切り札だったんだけどね」

 

「切り札の名に相応しい一撃でした。前言は撤回しましょう。時計塔で教鞭を振るうだけのことはあります」

 

「そりゃ、どうも。見事に防いでおいて、嫌味にしか聞こえないけどな」

 

「敢えて誤解を恐れずに申し上げますが、貴方こそ私を嘗めているのではありませんか? 聖杯戦争の始まりの御三家が必勝を望んで送り出したマスターに、研究者が勝てると思う方が間違いでしょう」

 

 

 二つになってしまった斧槍を片手にまとめ、彼女は涼やかに騎馬から降りた。

 愛おしむように白馬を撫で、軽く尻を叩いて走らせた。目から離れないぐらいの、戦いに巻き込まれないぐらいの距離まで。

 

 

「‥‥騎馬武者が馬から降りて、どうするんだい?」

 

「白兎には、少々無理をさせてしまいました。足を痛めさせてしまっては今後の戦いに支障が出ますので」

 

「今後、か。その短くなった物騒なもので、俺の魔弾の射手(デア・フライシュツ)と張り合うつもりか? まさか魔力弾なんて撃てるわけでもあるまいし」

 

 

 サーシャスフィールが両手に斧槍を持ち替え、こちらに向き直った。

 彼我の距離は五メートル強。魔力で身体能力を強化すれば一足飛びに詰められる間合いに過ぎないけれど、しかし得物の差は歴然だ。あの斧槍が如何なる業物であろうと、俺の魔弾に比べれば攻撃が可能な距離というものが違いすぎる。

 ましてや彼女は騎馬から降りた。只の歩兵だ。俺の魔弾から逃れられるはずはない。

 

 

「貴方は鍛冶師です」

 

「む?」

 

「鍛冶師は立派な武具を作るのが職分です。武具を振り回すのは戦士の仕事。如何に鍛冶の腕が良くても―――」

 

 

 斧槍を持った彼女の腕が上がる。砲弾と斧槍。まともに考えれば優劣は明らかな戦力のアドバンテージを保有している俺が、一歩気圧される。

 背筋を氷みたいに冷たい筆で撫で上げられるような、そんな感触がした。

 こんな時、絶対いいことは起こらない。小さいことならルヴィアと遠坂嬢の小競り合いから、大きいことなら斬った張ったの命のやり取り‥‥つまり今のような状況まで、経験が自然に体を動かした!

 

 

「―――戦場で、戦士に敵う筈もない。shape(形骸よ)ist(意を) Leben(なぞれ)!!」

 

 

 みっともなく身を投げ出して遮二無二躱した銀色の烈風。

 俺は見た。彼女の腕から伸びた幾本もの銀糸が、撚り編み合わされ縄となるのを。

 その縄が蛇のように、短くなってしまった斧槍に絡みつくのを。

 そして鎖鎌よろしく振り回された斧刃が、ぐるりと一回り、俺が二人は協力しないと抱えられないような大木を一刀両断にしていくのを!

 

 

「‥‥やってくれるぜ」

 

 

 いつの間にか、斬り倒された木々が円陣を作っていた。

 巨木が折り重なって、さながら檻だ。魔弾の射手(デア・フライシュツ)の動きには如何なる支障もないけれど、彼女から俺へは一足飛びの距離。

 

 

「一つ、貴方にとっては残念なお報せを申し上げましょう。‥‥私は、騎馬から降りた戦闘の方が得意なのですよ」

 

 

 穏やかな声が迫る。いや、声だけじゃない。口を開くと同時に、滑らかに一歩踏み込んできた。

 折れた斧槍と結ばれていた銀縄は今は外され、手斧と呼ぶにはあまりにも巨大な刃が俺の首めがけて閃光のように疾る。もちろん虚を突かれては横たわる大樹を飛び越えて逃げることも適わず、覚悟を決める他に道はない。

 ええい、なにくそ! もとより楽に勝てるだなんて考えてやいなかった!

 

 

「っしゃあ!」

 

 

 後ろ足に体重をかけ、大きく体を反ると同時に屈む。

 頭のてっぺんの僅か数ミリ上を刃が通り抜け、恐怖に負けずに俺はサーシャスフィールの腹めがけて渾身の足刀蹴りを叩き込んだ。

 カウンター気味の一撃。しかし靴の側面に感じたのは、隙なく挟まれた柄。

 

 

「抜け目ないなッ!」

 

『‥‥ふむ。存外、いや、案の定苦戦しているようだなマスター』

 

「お前は黙ってろ! いや、早く策を寄越せ!! 役に立たない礼装め! Samiel(ザーミエル)!!」

 

 

 すぐさま彼女の向こう側へ飛び込み、腕を振るった。

 指揮者の周りを旋回するように集まり、その中に巻き込むように攻撃を始める魔弾。しかしその全てを両手に持った壊れた得物で弾き、逸らし、白銀の女騎士は俺へと迫る。

 魔弾は一つ減って六つ。正確には、反動で暫く攻撃には使えない七番(ザミエル)を除いて五つ。しかも今は殆ど接近戦。格闘戦をするような間合い。これでは十分な加速を得られない。

 普段ならば大きく弧を描く複数の軌跡を辿る七つの魔弾が絶え間なく襲いかかるのが俺の戦法。しかし如何に軌道をプログラム化してマルチタスクの処理を大幅に削いでいるとはいえ、減ってしまった魔弾で、しかもこんな至近距離で、戦闘行動が取れるほど俺は器用ではない。残念ながら。

 

 

「粘りますねプロフェッサー!」

 

 

 やむを得ず抜き放ったナイフで踏み込むと同時に防御。

 すかさず左手で掌底を見舞おうとするも、右手一本では斧槍を支えきれず、両手でナイフを押さえてその場に踏みとどまってしまう下策。歯噛みする暇もなく、襲いかかる柄による突きを、腹にまともに喰らって吹き飛んだ。

 懐に潜ませていた奴のおかげで、なんとか自分自身への直撃は防げたけど‥‥。

 

 

『‥‥痛いではないか、ふむ』

 

「嘘をつけ礼装。知恵を出せと言ってるだろう」

 

『ふむ、黙れと言ったのはマスターではないかね?』

 

「余計なお喋りをやめろと言ったんだ! 必要な時に必要な知恵を出せないでお前は何様のつもりだ?!」

 

『正面から殴り合いに誘ったのは私ではなくてマスターだ。こんな状況で策もへったくれもあるものかね、ふむ』

 

「むがーッ!!!!」

 

 

 少しだけ開いた距離を、今度は詰めずに先ほどと同じ銀鎖が俺を襲う。

 今度は一条ではない。懐に潜ませていたのだろう投げナイフらしきものに、都合三本。石突きが尖った斧槍の柄に一本。計四本の鞭が情け容赦なく振るわれた。

 こと戦いに関して、引き出しの数が違いすぎる!

 俺はなんとかナイフが括りつけられた三条の銀鎖を魔弾で砕き、最後の一条、なんとかギリギリで腐りをつかみ取った。

 

 

「‥‥かかりましたね」

 

「ッ?! 腕を‥‥!」

 

 

 しゅるりと柄から解けて俺の腕に絡みついた、銀鎖。

 驚愕の間もなく、引っ張られ、ジェットコースターのようにサーシャスフィールへと突進を強いられる。

 

 

「えぇいッ!!!」

 

「が‥‥ぁ‥‥?!」

 

 

 突進した速度を利用しての、腹部への強烈な右フック。

 いつの間にか斧槍を手放していたのか。嬲るつもりなのだろうか。突っ込んだのと同じ速度で、そのまま数メートルは吹き飛んだ。

 

 

「ば、馬鹿力め‥‥斧槍使わないぐらいじゃ、手加減って言わないんだぞ‥‥!」

 

「半殺し、のつもりだったのですが。意外に丈夫なのですね。まぁ、私としては喋れるだけの余力を残しておけばよいので、構いませんね」

 

「尋問でもするつもりか。何も話すことはないぞっ」

 

「情報の価値は私が決めます。貴方は何も考えず、ひたすら知識を吐き出せばいいのですよプロフェッサー」

 

 

 予め仕込んでおいた堅牢(エイワズ)のルーンが効いたか、とりあえず内蔵までは傷ついていない。このダメージ、回復するまで暫くは必要。けど戦闘が不可能な程ではない。

 手に絡みついた銀鎖は外れる様子がない。解呪のルーンを試しても効果がない。

 

 

『ふむ、これは束縛の礼装ではないな。金属形態の人造生命(ホムンクルス)‥‥。いわば使い魔(ファミリア)だな、ふむ』

 

「道理で感触がおかしいと思ったぞ。普通の手段じゃ解けない。なら‥‥」

 

『ふむ』

 

「お前の出番だな、マクスウェルの魔弾」

 

『やっと仕事だな、ふむ。精々頑張るとしようか、マスター』

 

 

 再び引っ張ろうとする力に逆らいながら、懐を探り、礼装を取り出した。

 姿を現したのは、短く切り詰められた銃身を持つ古ぼけたマスケット銃。全体に髄のような気色悪い装飾がついていて、もちろん喋る。さっきまで喋ってた相手は、こいつである。

 こいつ、甚だ気にくわない礼装ではあるけれど、意思持つ礼装の例に倣って非常に性能が良い。製作過程は反則ギリギリ。しかし魔術礼装としてのランクは、魔弾の射手(デア・フライシュツ)をも超えるのだ。

 

 

「‥‥この音は、美遊か。よし、こちらも負けてはいられない」

 

 

 背後で聞こえた轟音と、背中で感じた閃光。そしてあまりにも濃い神秘の圧力。

 美遊が、クラスカードを切った。あれは魔力の消費が激しすぎて、長時間は使えない。美遊がクラスカードを切る時は、即ち必殺の勝負に出た時だ。

 ならば父親として、無様なところは見せられない。あまり意味がないことかもしれないけれど、沽券に関わる。俺も、ここで勝負を決めるぞ! そう意気込み、マックスウェルの魔弾の重厚を、手首に押しつける。

 

 

「―――Wahlem(ムーヴ)

 

「ッ?!」

 

 

 カチン、という軽い音。

 そして何かに驚いたかのように、解れ、撓み、弾ける銀の鎖。

 すかさず手首を自由にし、素早く後退。

 

 

「‥‥何をしたのですか、プロフェッサー」

 

「言うと思ったかい?」

 

『ぺらぺらとお喋りしてやる義理はない、な。ふむ』

 

「お前が言うか。しかし、道理だな。もし知りたいなら、一発馳走してあげるけど、どうかな?」

 

「巫山戯たことを。‥‥制御が一瞬完全に奪われたことは確かです。しかし弾丸が詰められていないその骨董品に、何が仕込まれているのか。興味が涌いてきましたよ、プロフェッサーッ!」

 

「恐悦至極ッ!」

 

 

 銀鎖を仕舞い、再びサーシャスフィールが駆ける。

 右から、いや、左から来る! 再び礼装を構え、引き金を引いた。

 

 

「ッ! またッ?!」

 

「ぜりゃあっ!!」

 

 

 カチン。金具の音と共に、一直線に迫っていた斧槍の刃が逸れ、今度は俺のナイフがサーシャスフィールの首筋を掠った。

 至近距離での反射神経の鋭さ。そして最適な戦いの手段を選び取る勘。しかし俺も負けてばかりじゃいられないんだ。礼装で斧槍を牽制しつつ、さらに鋭く刃を振るう。

 

 

「Wonne voller Tücke《邪なる喜悦よ》! Truggeweihtes Glücke!《虚なる幸いよ》!」

 

 

 俺の背後から魔弾が迫る。骨まで響くぐらいに俺の体の近くを掠めて、しかしサーシャスフィールはそれも疾風のような斧捌きで弾き避ける。

 そこまでは確かに今までと同じ。しかしもう一つの礼装を抜いた俺は、一味違う!

 

 

「―――Wahlem(ムーヴ)ッ!!」

 

 

 弾き返された、その魔弾に向かって引き金を引いた。

 あまりにも近い。そして強烈に弾かれた魔弾。

 しかし何ということだろう、我が不本意なる相棒マックスウェルの魔弾の銃口を向けられ、引き金を合図にして、その魔弾は真反対に軌道を変え、再びサーシャスフィールに襲いかかる!

 

 

「面妖なッ!」

 

「これも弾くかミス・アインツベルン!!」

 

「嘗めてもらっては困る! 魔術師ふぜいに!!」

 

「そちらこそ嘗めるな“蒼崎”をッ!!」

 

 

 一度攻撃を凌がれると、次の攻撃まで時間が必要な魔弾の射手(デア・フライシュツ)。しかしマックスウェルの魔弾によって、まるで見えないホッケーのプレイヤーに囲まれたかのように、俺とサーシャスフィールは魔弾の嵐の中で戦っていた。

 恐ろしいまでの反復する魔弾の勢い。しかし彼女はそれを何度でも防ぎ、俺へ反撃を届かせる。

 切り札を切ったにも関わらず、彼女を追い詰めることが出来ない。俺は山ほどの切り傷で、体中が鋭く痛む。対して彼女は眉を顰めながらも余裕がある表情。俺は、脂汗までかいているっていうのに。

 

 

『これはマズイ流れだな、ふむ』

 

「そう、思うなら、もっと手を尽くせ!」

 

『尽くしているさ。しかし“場が悪い”ぞ。これでは我らは十分に戦えん、ふむ』

 

「そんなことは分かって―――ッ?!」

 

 

 かくん、と足から力が抜けた。

 斧槍(ハルバート)の爪《ピック》だ。それで膝の裏を引っ掛けられた。ズボンも防刃繊維だから皮膚まで通りはしなかったものの、致命的な、隙。

 

 

「腕の一本、頂戴しますッ!」

 

 

 手の中でくるりと斧槍を回転させ、即座に逆袈裟に斬り上げんとする刃。

 俺は防げない。例え礼装を盾にしても、コイツごと叩き斬られ、吹き飛ばされる。程々に積み上げられた戦闘経験が警鐘を通り越して覚悟を促す。

 そして俺も瞬間的にその指令に従って覚悟を決めた、そのとき‥‥!

 

 

「―――紫遙さんッ!!」

 

 

 轟。

 聞き慣れた義娘(むすめ)の声。急速に後ろへ流れる視界。顔に感じる風。

 小さいけれど、力強さを感じる細腕が俺の腕を抱えている。いつもは結んでいる髪が、解けて風に乗っている。

 その姿は年頃の女の子としては、ちょっとどうなんだろうかと小言をこぼしたくなるキワどい衣装。これは、成るほど、ライダーのサーヴァントのクラスカード!

 

 

「すまない美遊! 助かった! ライダーは?!」

 

「轢いてきました! ‥‥まだ、無事のようですがっ!」

 

 

 不安定な足場で、なんとか姿勢を立て直して眼下を見下ろす。

 美遊が召喚した天馬からは、少し口惜しそうな顔をしたサーシャスフィール、そして泥と土に塗れてはいても清冽な笑みを浮かべた騎兵のサーヴァントの姿が見えた。ボロボロのようで、全身から発する覇気に如何ほどの衰えも感じさせない。まるで小娘をあしらってやったわ、とでも言いたげに。

 トンデモない。あのサーヴァント、美遊の真名解放(ベルレフォーン)を喰らって無事なのか?!

 

 

「‥‥ライダー、仕留めきれませんでしたか」

 

「いやさ、あの娘御も中々にやるわい。最後に宝具を見せあったのだがな、まるで流星だったぞ。俺の偏月刀に罅を入れよった。ほれ見ろ、腕も痺れておるわ」

 

「成る程あれは英霊を自身に降ろしているのですか。天馬を駆る女戦士の英霊‥‥。間違いなく神代の存在。単純な武ならともかく、神秘の比べ合いでは分が悪い」

 

「おうおう、言ってくれるな沙沙よ。なぁに正体と手管が知れたのだ。次こそは切り札を切らせず、素っ首叩っ斬ってくりょうものよ」

 

「‥‥期待させて頂きましょう。しかし、これは撤退を見逃すより他ありませんね。残念です」

 

 

 冷静にこちらを睨み付ける、吹雪を宿した瞳。今はもう戦意を収めたのだろう。探るようでいて、もはや興味は失ったような色も見える。

 俺の前では天馬の手綱を握った美遊が、油断なく下を伺いながら魔法陣を描いていた。当初の目的は撤退。もはや阿吽の呼吸で俺の意図を汲み取れるとは、改めて頼れる義娘(むすめ)だ。

 

 

「‥‥紫遙さん」

 

「あぁ、分かっている。‥‥ミス・アインツベルン!」

 

 

 もはやすぐにでも撤退は可能、との合図を受けて、俺は声を張り上げた。

 すでにサーシャスフィールは白い騎馬の轡を引き、白へと帰る用意をしていた。勿論、その眼はサーヴァンと共々こちらをしっかりと捉えながら。

 

 

「三日後の昼、深山町の別邸まで来られたし! 正式に会談を申し込む!」

 

「‥‥その申し出、私が受ける必要はありますか?」

 

「貴女も俺に聞きたいことがあったはずだ! でなければ、俺を嬲る必要はなかったのだからね! ならばその質問、戦いのない昼に承る! 元より俺も美遊も、仲間も、聖杯に懸ける望みなどありはしない! 俺たちが戦う意味はないぞ!」

 

 

 両の袖を捲り、聖痕がないことを証明する。或いは何者かが脱落した時、はぐれサーヴァントと契約する資格もないと。

 俺たちは聖杯戦争に参加するために冬木へやってきたわけではない。あくまで謎の空間の歪みの正体を調査し、解決するための来訪だ。こうしてサーヴァントと、まさかマスターまでもが現れているとは露知らず、こんなことに巻き込まれるとも、露知らず。

 こうして叫ぶ通り、俺たちには彼女に聞かなければいけないことが山のようにある。

 何故、彼女たちが聖杯戦争を戦っているのか。他のマスター達の正体は。そもそも彼女たちが言うところの聖杯戦争はどのような経緯で始められたのか。サーヴァントを召喚したのは解体計画が進む冬木の聖杯なのか。彼女が会ったという遠坂凜は何者なのか。

 そして彼女も俺に聞きたいことがあるはずだ。蒼崎を名乗る俺が冬木へやってきた理由。アインツベルンの森に進入を果たした、美遊の操る謎の術式の正体。そもそも彼女からしてみれば支離滅裂なことを語る俺の話の真実。

 こちらの陣営には一人として好戦的な人間はいない。向こうだって、猪武者ではないことは今まで刃を交わしてよく分かった。ならば話し合いの余地は、ある。

 

 

「‥‥いいでしょう。しかし、場所がわかりませんね」

 

「問題ない。エーデルフェルトの名前で調べればすぐに分かるさ、昼食はこちらで用意するけれど、構わないね?」

 

「私は食事を不要としているのですが‥‥」

 

「おう、そいつはいいな! 現代の食、まだまだ堪能したいと思っていたところぞ! まさかと思うが、酒もあるかね?」

 

「承知!」

 

「重畳重畳! 沙沙よ、敵の招きに応じるのも将たる者の度量ぞ!」

 

「‥‥はぁ、分かりました。馳走になるとします」

 

 

 呵々と大笑いするライダーのサーヴァンとに、サーシャスフィールは呆れ気味の溜息を零した。なんと好対照な二人だ。良き主従の、まぁ面白い一例なのだろう。

 多分、美遊も呆れている。背中だけでよく分かった。

 

 

「‥‥鏡界回廊固定完了。紫遙さん」

 

「うん、わかったよ美遊。ではミス・アインツベルン! 楽しみにお待ちしている!」

 

「こちらこそ、プロフェッサー・アオザキ。よい会談になることを、祈るとしましょう‥‥」

 

「‥‥はぁ、余裕綽々だな。気に入らない‥‥というか、あっちこっち痛い‥‥」

 

 

 最後まで、互いに睨み合うようにして光の奔流が俺たちを遮った。

 美遊もライダーを睨み付けていたように思える。一方のライダーは楽しそうな笑いを浮かべていたのが印象的だった。どんな戦いをしていたのか非常に気になるけど、何故かヘソを曲げてしまったらしい美遊は終ぞ俺に戦いの様子を教えてくれなかった。サファイアにも聞いたんだけど、主人は美遊だからと何も話してくれなかった。期待はしていなかったけど。

 ちなみに逆にどんな戦いをしたのか美遊に聞かれた。流石にあんまりにもあんまりな戦いっぷりを聞かせては義理の父親の沽券に関わるので黙秘権を行使させて頂きまして。

 あとで整備のために机の上に放置していた我が不穏になる相棒、マックスウェルの魔弾が全部暴露しやがりましたそうで。

 暫くの間、美遊がすごく優しかった時期があって、あとで問い詰めたら白状しやがったあのクソ礼装。そう何度も頻繁に使う機会はないだろうと、一ヶ月間エーデルフェルトの屋敷の一番湿っぽいところに放置してやった。

 

 あとサーシャスフィールは短い間の付き合いながら、会う度にこのときの戦いを持ち出しては俺に嫌みを言うことになる。ライダーはこの時代のタバコが随分とお気に召したようで、勝手に箱ごとかっぱらっていっては吹かしていた。

 全てが終わった今になってみれば、結局あの出会いの責任の過半数は遠坂嬢にあったわけだけど、俺たちが冬木を訪れたことによって、いったい何が変わったのかという思いに耽ってしまう。

 それも所謂、過ぎたことなのだろうか。写真も形見も何も残さず、ただ俺たちの頭の中に遺る、匂いのような、味のような残滓。存在したことすら不確かな思い出。

 ただ僅かの間、一所に駆け抜けた戦場の空気は、この煙まみれの肺の片隅に今も少しだけ漂っていて。

 

 そこから微かに香る思い出は、世界という容れ物を超えた、ただ己の生き様を何かに刻みつけられたのだと俺を今も励ましている。

 

 

 

 

 

 Another act Fin.

 

 

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