エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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Chapter2 Gradius
chapter2 (非)日常編①


 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

『リャン様なりーーーーー!!!』

『やっぱ大工仕事はサイコーだな!!』

 

 聞きなれた声が、反復する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が、死んだ。

 それも、俺達と数日を共に過ごしたかけがえのない仲間。

 

 二人も、死んだんだ。

 

 その事実はどうも俺の頭に定着してこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『アタシを……殺してほしいなり』

『やっぱ俺、死にたくねえわ!』

 

 

 

 

 

 それでも。

 あの光景はあまりにもリアルで。

 

 焼き焦がされた津川さんの遺体と。

 画面越しではあるが、俺たちの目の前で鉄骨に叩き潰されて死んだ土門君の姿は。

 凄まじく、惨たらしいほどにリアルだった。

 一切の救済も慈悲もない、リアルな”死”そのものの光景だった。

 

 祖父母の臨終に立ち会ったことのない俺にとっては、これが人生で初めて目にする死で。

 よりにもよって初めて目にする死があんな姿だなんて。

 とてもじゃないが、受け入れられるはずもなかった。

 

 

 

 こうして俺達は、”みんな”ではなくなった。

 

 たった一日のうちに。

 あれだけ仲の良かった俺達は、もう”俺達”ではなくなったのだ。

 

 誰も、悪くはないのに。

 それぞれの形で、愛する仲間を守ろうとしただけなのに。

 なぜ、こんなことになってしまったんだ?

 

 なぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると視界に飛び込んできたのは、やはり見慣れた天井。

 

 昨日、あの思い出したくもない事件が起きた日に見上げた天井と全く同じだ。

 

 でも、もうここは今までとは全く違う場所のようで。

 ぬくもりが感じられなくて。

 ほろり、と涙が零れ落ちた。

 

 彼との、彼女との淡い思い出が脳裏をよぎっていく。

 

 もう一度、もう一度だけでいい。

 会いたい。

 会って話したい。

 でももう、それすらも叶わない。

 

 

 彼らを守る方法はなかったのか?

 あれが正解だったのか?

 

 ……いや。

 考えるのはよそう。

 みんなのところへ行かなくては。

 

 

 

 

 

「おはよ、葛西!」

 

 食堂に着いた時、真っ先に飛んできた声の主は……

 亞桐さんだった。

 

 昨日、あんなことがあったなんて嘘みたいな……

 カラカラに明るい笑顔を浮かべていた。

 

「もう! 悲しんでもしょうがないよ? 起こっちゃったことはもう元には戻らないんだし、だったらさっさと受け入れて今を楽しく生きようよ! ねっ?」

 亞桐さんはそう言ってウインクしてきた。

 でも、俺は気づいてしまった。

 彼女の目の周りが…うっすらではあるが、赤く腫れていることに。

 そして、その目の下にはっきりとくまが浮かび上がっていることに。

 

「うん、ありがとう。…俺も気持ち切り替えるよ」

 だが今は彼女の精一杯の心遣いを汲んでおこう。

「うんうん、そうこなくっちゃ! 今日の朝食は彌生ちゃんと夢郷が作ってるみたいだよ! 夢郷のやつ、料理作れるんだね…ちょっと意外かも」

 夢郷君の料理……。

 どんなものを普段食べているのだろう。

 ちょっと期待できるかもしれない。

 ……なんて、いつもなら思っていたのかもしれないけれど。

 とてもじゃないけど、今は………。

 

「……あれ? 安藤さんと伊丹さんは?」

「……二人とも…個室でお休みしてるみたいです」

 俺の問いに山村さんが答えてくれた。

「……そっか」

 やっぱり、二人とも心の傷は癒えていないようだ。

 当たり前だ。

 だって、つい一昨日まで何事もなく元気にしてた親友が、あんな姿になってしまったのだから。

 亞桐さんは……本当に強いな。

 まるで、亡くなった津川さんの魂と才能が乗り移ったみたいだ。

 

 でも、同じくらい傷ついているはずの前木君と釜利谷君はちゃんと食堂に来ていた。

 二人も十分に強い。

 俺だって歩くのが億劫になるくらい沈んでいたのに。

 

「ま、まあしょうがないよ! 今日はそっとしておいてあげよ!」

 亞桐さんは相変わらず可愛らしい笑顔を浮かべながら言った。

 

「あ~、あれこれ考えるのメンドクサくなってきた! やめだやめだ!」

 突然、釜利谷君が頭をかきむしりながら言い出した。

「思い悩むのは俺のガラじゃねえな。亞桐、オメーが正しいわ。嫌なこたぁさっさと忘れちまおう。土門はいい奴だったけど、あいつの話はこれで終いだ。残酷かもしれんけど、あいつはそれを望んでるだろうからな。…んじゃ寝る」

「いい話だったのに最後でぶち壊すなっ!」

 亞桐さんのツッコミが飛ぶ。

 

 二人とも、そうやって辛い気持ちを抱え込んで、それでもそれを誰にも言わずに明るく振る舞っている健気な姿は。

 完全に津川さんと土門君そのものじゃないか。

 そう思うと、意図せずとも涙がこぼれてしまう。

 でも俺はそれを知られたくなくて、咳き込むふりをして慌ててぬぐった。

 

「みんな、おはよう! 元気が出るように朝食はカレーにしたからね! いっぱい食べてちょうだい!」

 厨房から小清水さんが顔を出した。

 亞桐さんの影響か、彼女も昨日のことが嘘みたいに屈託のない笑みを浮かべている。

 俺も、彼女たちの気持ちを裏切れないな。

 

 

 丹沢君とか入間君とか、未だ絶望に打ちひしがれていた人も多かったけど。

 なんとか朝食を通してそれなりに明るさを取り戻してくれたようだ。

 ……夢郷君が大量にカレーにレモン汁を入れて食べていたのには正直驚いたけど。

 

「…あ、そういえば」

「小清水さん、どうしたの?」

「えっと………昨日、裁判から帰るときの話なんだけど………。エレベーターに乗ったじゃない? 確か…二階のボタンが点灯していたような気がして……その…行けるようになったんじゃないかなって」

 

「そのとーり!!」

 小清水さんの言葉を聞いていたかのように、テーブルの下からモノパンダが飛び出してくる。

 もうこの出方には驚かない。

「いいところに気が付いたなー、小清水さんよ! オメーラには裁判をクリアするたびに、『校舎内の新エリアを探索する権利』が与えられるぜ! せいぜい新しい発見に胸をドキドキさせるといいんだぜ!」

 いつものあくどい笑みを浮かべてモノパンダは去ろうとする。

 

 この笑顔のために、土門君と津川さんは死んだ。

 そう思うと、意識せずとも黒い感情が胸の奥から込みあげてくる。

 

「待てよ」

 それを引き留めたのは前木君だった。

 そして、モノパンダを睨みながらテーブルを思い切り叩いて…

「俺はお前を絶対に許さねえ!! 必ずぶっ殺してやる……必ずだ!!」

 モノパンダを指さし、吼えた。

 かけがえのない友人を卑劣な方法で死に追いやらせたヌイグルミへの怒りと憎しみは想像するに容易い。

「やめとけ」

 机に肘をついたまま釜利谷君がぶっきらぼうに言った。

「そんなんじゃこいつの意のままだぞ。こんなやつ、相手にするだけメンドクセーだけだよ」

「…ぅるせえうるせえうるせえッ!! お前がルールを黙っていたからっ!! 津川も土門も死んだんだ!! なんにも悪くねえのに!! 悪いのは全部お前なんだよっ!!!」

「結果を変えられなかったくせに醜く喚くな。騒々しい」

 御堂さんが舌打ちを交えて吐き捨てるように言った。

「お前らはっ!! お前らは何とも思わねえのか!! このパンダのせいで二人とも死んだんだぞ!! それでもお前らは!!」

 

 ポン、と。

 リュウ君が前木君の肩に手を置いた。

「今更やつに怒りをぶつけても詮無きことだ。お前も分かっているだろう?」

 前木君を優しく見下ろしながらそう言いかける彼の姿は、しかしどのような怒りも委縮させてしまうような圧倒的強者の威容を放っていた。

 案の定、前木君もその威容に気圧され、力なく頷きながら椅子に座りなおす。

 

「安心しろ」

 憔悴する前木君に、リュウ君が静かに告げる。

「あんな悪夢は、もう起きない。起こさせはしない」

 そして、モノパンダの方へと向き直る。

「……絶対に、な」

 

 圧倒的強者の威容を放つリュウ君の視線がモノパンダを貫き通す。

 

 モノパンダは何も言わず、不気味な笑みだけを残して去っていった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 静かにエレベーターの扉が開く。

 

「ここが二階、か………」

 土門君が、津川さんが、来られなかった場所。

 二人のためにも。

 この場所の真実を解き明かそう。

 

 そう思って俺は二階に足を踏み入れた。

 

 

「技術室……か」

 俺と小清水さんが最初に訪れたのは、技術室と書かれた教室だった。

 その名の通り工具や電気回路らしきものが所狭しと置かれた部屋だ。

「…秋音ちゃんが見たら喜びそうね」

 おぼろげな笑みを浮かべながら小清水さんが呟く。

 確かに、エンジニアの御堂さんならばこの手のことは詳しいだろうな。

 きっと、建築に詳しい土門君も、この部屋に来たら大喜びして……。

 

 なんてことを考えているんだ、俺は。

 ダメだ。ダメだ。

 忘れなきゃ。

 

「忘れなくていいのよ」

 俺の心を見透かしたかのように。

 小清水さんは優しく語りかけてきた。

「釜利谷君の言うことも正しいけど……私は二人を忘れることなんてできない。だって、どっちも大事な大事なお友達だったんだもん」

 まただ。

 また、二人の笑顔がよみがえる。

「そうだよね。忘れられるはず……ないよね」

 小さな声で俺は呟いていた。

 言葉に続いて、涙がほろりほろりと零れ落ちた。

「俺は……二人を忘れないよ。一生、永遠に忘れない。二人の笑顔も、悲しみも、希望も、絶望も、全部引きずって生きていくよ」

「それでいいのよ」

 小清水さんは俺の頭を撫でながら呟いた。

「私もそうする。辛いのはみんな一緒だから……今度こそ、みんなで協力してここから出ましょ?」

 そう言って笑顔を浮かべる彼女の頬にも、涙の筋が降りていたのだった。

 

 

 後ろ髪を引かれるような気持ちで技術室を後にし、次に隣の美術室に向かった。

「……おや、葛西殿ですか」

 丹沢君が物珍しそうに美術品を眺めていた。

「ご覧くだされ! ここには拙者が仕事を行うには十分すぎるほどの道具と材料が揃っておりまする!」

 丹沢君が指さした先には、彫刻品を作るのに使うであろう石のような材料や、加工に用いるノミなどの道具が並べてあった。

 なるほど、フィギュア製作者の彼なら心躍ってもおかしくはない。

「うぅ~む、この像などなかなかに美しき造形。やはりモノホンの彫刻家にはまだまだ及びませぬなあ、拙者も」

 古代の作品らしき石像を眺めながら彼は感慨深そうに呟いた。

「ここで作品を作ってみたいの?」

「もちろんでござりまする!」

 俺が尋ねると、丹沢君は元気に答えた。

 朝食の時の意気消沈した姿が嘘みたいだ。

「…あのお二人の像を最初にお作りしようと思います。せめてもの手向けとしたいので」

 かと思いきや、悲しげな顔になってそう言った。

 やはり、彼も大切な仲間を失ったことについて思うことがあるのだろう。

 当然だ。

「…うん。いい作品を作ってあげてね」

「もちろんでござりまする! 不肖丹沢駿河、誠心誠意を込めて最高の作品を作る所存!!」

 そうガッツポーズを決めて意気込む姿は、こみ上げる黒い感情を必死に抑えつけようとしているようにも見えた。

 

「……ん?」

 美術室を出ようと振り返った俺は、部屋の隅の方で茫然と立っている人物を見つけた。

 夢郷君だ。

「夢郷君、どうかしたの?」

 彼のもとに歩み寄った俺は、彼の目の前にある石像を見て……

 

「……え?」

 言葉を失った。

 

 彼の目の前に置いてあった石像は、有名な「考える人」の像だった。

 しかし、その石像の顔は……まさに夢郷君そのものだったのだ。

「う、うそ…。なんで君の石像が……?」

「僕が聞きたいくらいだ」

 夢郷君は冷や汗を流しながら呟いた。

「…彫刻家から仕事の依頼がきた覚えはないんだが…。一体誰が、いつの間にこんなものを作ったというんだ…?」

「う~ん…。俺たちの先輩に”超高校級の彫刻家”がいて、勝手に君の像を作っちゃったとか…?」

 無断で作るなんてあまり誉められたことじゃないけど。

「そんなに僕は有名だったのだろうか…。なんだか嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分だ」

 頭をかきながら近くにあった椅子に腰かける夢郷君。

「誰が、いつ、どうして僕の像を彫ったのだろうか……」

 そして例の考える人ポーズで思考を始める。

 その姿、完全に石像の生き写しだった。

 

 次に訪れた部屋は、化学室。

 入るや否や、ツーンとする薬品のにおいが鼻をつく。

 実験台が中心に置いてあり、周囲を薬品棚がぐるりと囲んである。

 

「…伊丹さん」

 実験台に向かって、彼女は座っていた。

 ビーカーやメスシリンダーを置き、バーナーを動かす準備をしているようだった。

 薬物の実験だろうか。

「……なに? ここにいちゃ迷惑?」

 伊丹さんはこっちに背を向けたまま、ぶっきらぼうに言った。

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど。朝食、来なかったから心配で……」

「…ちゃんと食べたから。心配しないで」

「…そっか。なら、いいんだけど…。えっと…何の実験してるの?」

「薬品の組成を調べているのよ。毒薬もあるみたいだから」

「えっ!? 毒薬!?」

 俺は思わず後ずさってしまった。

「そんなに驚くことないでしょ。ちゃんと毒にはドクロマークのラベルが付いてるみたいだし」

 そ、そんな漫画みたいな警告で大丈夫なんだろうか…。

「でも、毒だって分かるだけじゃ足りないわ。ちゃんと物質を同定してどんな効用もあるか確かめておかないと気が済まないの。だって、毒物にも効きやすいものと効きにくいものがあるじゃない?」

 バーナーで粉末の入ったビーカーの底を炙りながら彼女は淡々と述べた。

「例えば、ボツリヌストキシンなんて500gで人類を滅ぼせるというし…」

「そ、そうなんだ……」

 そんなに恐ろしい毒薬がここにはないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 そして、俺はそっと部屋を後にした。

 彼女の顔を正面から見つめるのが怖かったから。

 彼女が何を思って実験しているのか、想像したくなかったから。

 

 

 

 

「…ここは……更衣室?」

 次にたどり着いたのは更衣室の目の前だった。

「あ、葛西君じゃないですか!」

 背後から声をかけてきたのは山村さんだった。

「さっきここを調べたんですけど、ここから男女別の更衣室に入れて、その先には室内プールがありました! とっても広くて驚きましたよ!」

 室内プール…。

 そんなものまで用意してあるのか。

「水着も更衣室に置いてありましたし、後で気分転換がてら泳いでみようと思います! 亞桐さんや小清水さんも誘ってみたいですね。葛西君もどうですか?」

「あ、え、俺…?」

 急に話を振られて俺は慌てた。

 みんなの水着姿なんてピンク色の妄想が膨らんでしまうけど(丹沢君や入間君が大はしゃぎするんだろうな…)、あいにくみんなの前で泳ぎの下手さを晒すわけにはいかない。

「う~ん。俺は苦手だから遠慮しとくかな…」

「…そうですか。面白いのにもったいない。よし、試しに一人で泳いできますね!」

 そう言って山村さんは更衣室の中へ入っていった。

 

 

 津川さんの死へとてつもない罪悪感を抱いていた彼女。

 彼女もまた、心の中の鬱屈した感情を覆い隠していたのだろうか?

 

 

 

 

 その後も二階を探索したが。

 他にあった部屋は、初めに俺が目を覚ました場所のような”普通の教室”が二つあるだけだった。

 脱出の手がかりになるようなものもなく。

 俺は心を沈ませながら休憩室に入った。

 

 

 

「……あ、リュウ君」

 そこには、漆黒のコートとシャツを脱ぎ、上は薄手の肌着一枚になったリュウ君が休んでいた。

 包帯の巻かれた右腕や、屈強な筋肉に覆われた左腕を思わず俺はまじまじと眺めてしまった。

「……葛西か。ホール階に開かなかった扉があっただろう? あそこが開放されていたぞ」

「え? 本当?」

「ああ。中はトレーニングルームになっていてな。少し体を動かしてきたところだ」

 だからそんなに薄い格好をしているのか。

「俺は二階を見てきたんだけど……」

 リュウ君とテーブルをはさんで向こう側に座った俺は、自分が二階で見たことを話した。

「……そうか。後で俺も行ってみるとしよう」

 そう言ってリュウ君は冷蔵庫からペットボトル入りの水を取り出し、ぐっと呷った。

 そして、一息ついて。

 

 

「…葛西。人が死ぬのを見たのは初めてか?」

「……!」

 突然の質問に俺は言葉を見失ってしまった。

「……いや、答えなくていい。あの時のお前の反応ですぐに分かった。あの場にいた者はほぼ全員、死を見るのは初めてだったようだな」

「…君は、見たことがあるの…?」

 聞いちゃいけない気がしたけど、それでも聞かずにはいられなかった。

 

 

「ああ、あるとも」

 あっさり、彼はそう答えた。

「正直に言おう。腐るほどある。男も女も、大人も子供も、数えきれないほど見てきたさ」

「……そんな…じゃあ、君は……!!」

「いずれまた話す」

 俺の言葉を遮るように、彼はペットボトルの中身を飲み干して服を着なおし、さっさと部屋を後にしてしまった。

 だが、部屋を出る直前、ふと立ち止まり………

 

 

「お前は……お前たちは、思い悩むがいいさ。俺はそれすらできなくなった、哀れな人間だ」

 

 

 

 後に残ったのは、どうにもやるせない疑問だけだった。

 彼の正体もそうだし、目的も、心境も。

 何もかもわからないまま、感情の渦は洪水のようになって俺の胸のうちで荒れ狂っていた。

 

 彼は、いったい何なのだろう?

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 何もしていないのにひどく疲れたような気がした俺は、ふらつく足取りで部屋まで戻っていった。

 

 

「……ん?」

 

 廊下を歩いていた俺は、廊下に置いてある見慣れないものを見つけた。

 それは……俺の隣の部屋…土門君の部屋……だった場所の目の前にあった。

 

 

 

 

 一つの花束だった。

 

 まるで、交通事故の現場のように。

 

 

 

 

 

 昨日のこの時間。

 彼は津川さんの部屋で、寂しそうに一人で立っていた。

 

 あの時、彼はすでに自分の罪の重さに耐えきれなくて、死にそうなくらい苦しんでいたんだろう。

 あの恐ろしいルールが発表されたせいで、余計にどうすればいいか分からなくなっていたんだ。

 

 

 

『俺は……二人を忘れないよ。一生、永遠に忘れない。二人の笑顔も、悲しみも、希望も、絶望も、全部引きずって生きていくよ』

 

 

 さっき、小清水さんに言った言葉がよみがえってくる。

 

 でも、あんなのは本心じゃない。

 きれいごとだ。

 

 本当に俺が抱えている感情、それは……

 

 

 後悔。

 

 ただそれだけなんだ。

 

 

 動機のDVDになんて興味を抱かなければよかった。

 いち早く、津川さんの相談に乗ってあげればよかった。

 俺が彼女のターゲットになればよかった。

 

 

 何で俺は、今もこうして平気な顔をして生きているのだろう。

 みんなを助けようとした津川さんが、その津川さんを助けようとした土門君があんなにむごい殺され方をされて。

 それなのに、何もできなかった俺がなぜこうして生きているんだろう。

 理不尽だ。

 

 

 

「あ、葛西じゃん! こんなところで何して」

 明るい声で駆け寄ってきた亞桐さんは、花束を見て言葉を止めた。

「……や、やめてほしいよね、こういうの! せっかく悲しいことは忘れようって頑張ってんのにさ」

 そう言って、すぐに花束から目をそらす。

 でも、語尾の方は声が震えていた。

「もう、泣き疲れたよ…。なのに、なんでまだ涙がでるんだろ。ねえ、葛西。なんで…?」

 それは。

 君にとって、それだけその二人が大事な存在だったって他ならぬ証拠だよ。

「ウチってばさ、DVD見終わった後、リャンちゃんだけじゃなく土門にも慰められちゃってさ。あの時のあいつ、めっちゃカッコよくて、やさしくて…。ウチらは、そんな土門を死なせたんだよね。追い詰めたんだよね。否応なしにオシオキさせちゃったんだよね……!」

 涙にむせびながら悲痛な言葉を綴る。

「あー、もうダメだ! 踊ってくる!」

 感情をこらえきれないかのように、そう言って亞桐さんは休憩室に駆け込んでいった。

 

 やはり、そうだったか。 

 朝食の時の彼女の気丈な振る舞いにも限界があったんだ。

 彼女もまた、津川さんを失った悲しみ、土門君を追い込んだ罪悪感、そういった感情と戦っていたんだ。 

 

 

 土門君の部屋の前に置かれた花束を見て、俺はもう一つの場所を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラッシュルームに赴くと、そこにもやはり花束が置いてあった。

 電子生徒手帳のスキャナーは電源が付いておらず、シャッターには下手な字の張り紙が貼ってあった。

 

 

 

「 じけんの しょうこひん を 始末されると 困るので これからは モノパンダせんせい が ゴミを 処分します 。 シャッターの 前に ゴミを おいておくこと」

 

 

 

 そして、花束の前に跪いている人は。

「…安藤、さん」

 両手を組み、祈りをささげているような体勢の彼女の横顔は。

 とても悲しくて、寂しくて、それでいて安らかで。

 心の底から津川さんの冥福を祈っているのがすぐに分かった。

 数日間の関係、しかしかけがえのない大切な親友だった彼女の健やかな来世を願う安藤さんの純粋な願いが。

 

「葛西殿」

 彼女の邪魔はすまいと俺が黙って出ていこうとしたのを引き留めたのは、他ならぬ安藤さん自身だった。

「現実は理不尽で非情だと思わぬか?」

「……うん。本当に、本当に非情だよ……」

 俺は彼女に背を向けたまま、答えた。

「なあ、葛西殿。お主も創作物を作る者ならば感じないか? 所詮我々が作る物語など、ご都合主義に溢れた妄想の産物にすぎんのだと。我々が作る”グッドエンド”など、創作物の中の結末でしかないのだ。現実はそんなものよりもよほど悲惨で、救いようがない」

「……………」

 何も答えれらなかった。

 彼女の言う通りだった。

 俺が描いてきた作品なんか、結局夢物語に過ぎない。

 現実は決してそんなに甘くはないんだ。

「…そんなこと、分かってはいた。いや、分かっていたからこそ、吾輩は創作品で人々に希望を与えたかった。こういうことが、現実でも起こるかもしれないと示すことで、人々に希望を与えたかった。……が、その顛末がこれだ。これ以上ないくらい惨たらしい現実を見せつけられた。吾輩がやっていたことに意味はあるのだろうか…?」

「……ダメだよ、そんなこと言っちゃ」

 俺にできることといえば、精一杯の言葉で彼女を慰めることだけだ。

「現実が悲惨だからこそ、より一層希望を強く描かなくちゃダメなんだよ……! 津川さんならきっとそう言うよ!」

「……現実を知り、現実に絶望し、それでもなお現実に抗うか。さすがは”超高校級の脚本家”よ。強いな」

「強くなんかないよ。でも……モノパンダは言ってたじゃないか。『お前たちの絶望が目的だ』ってさ…。ここで絶望したらあいつに負けたことになるんだよ。それじゃあ……本当に津川さんと土門君の死は無駄になっちゃうんだよ。だから、せめてそれだけは……」

 

 おかしいな。

 さっきまで、俺は後悔しかしていなかったはずなのに。

 なんでこんな言葉が出てくるんだろう?

 さっきの俺は、安藤さんと同じようなことしか考えられなかったのに。

 なんでこんなきれいごとを平気な顔をして言えるんだ?

 

 ………違う、違う違う!!

 

 これは俺の本心だ。

 紛うことなき本心なんだ。

 きれいごとで何が悪い。

 後悔も本音、ならばこの感情だって本音でいいじゃないか。

 人の感情は複雑なんだ。

 正も負も、両方抱え込んでいたっていいんだ。

 

 そう。

 二人の死が無駄になってしまうこと。

 それだけは、絶対に阻止したい。

 死んでしまった二人にはもう、俺達がどうなっているかなんて分からないのだけれど、それでも俺は二人の意思を汲んであげたい。

 俺にはもう、それぐらいしか二人のためにやってあげられることはないのだから。

 

 

 後ろから、安藤さんは俺の手を握ってきた。

「気を遣わせてすまんな…。だが……ありがとう」

 そして、俺の腕をつかんで、その袖で涙をぐいぐいと拭いた。

「吾輩は……吾輩はもう負けはせぬ! うむ! 負けはせぬぞ! それが二人の望んだことなのならば!」

 安藤さんは元気にそう言い放って俺の前に進み出た。

「その……言いづらいのだが、朝からずっとここにいたせいで、腹が減ってしまってな……」

 少し頬を赤らめながら安藤さんは呟いた。

 そんなに長い間ここにいたのか…。

 そりゃあ、お腹が減るのも当然だろうな。

「分かった。ちょうどお昼ごろだし、みんなで昼食食べようよ」

 こくり、と安藤さんが頷いたのを確認し、俺は彼女の腕を引っ張ってトラッシュルームを後にした。

 

 

 

 だけども。

 トラッシュルームを出る瞬間、彼女はシャッターに向かって、確かに言った。

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら、リャン様」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その後は何も言わず、食堂まで歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 そんなこんなで、結局お通夜ムードの抜けきらない一日になってしまった。

 でも、それも無理もないことだ。

 だって、あの恐ろしい事件が起きたのは、まだ昨日のことなんだから。

 みんな参ってしまってても仕方ないんだ。

 

 

 

 起こってしまったことはもう、元には戻らない。

 まだ生きている俺達は、ここで起こったすべてのことを背負って、残りの人生を生きなくてはならない。

 それは果てしなく辛いことだ。

 でも、そうせざるを得ない。

 逃げ道はない。

 

 だから、追い込まれた俺達は、死に物狂いで現実に突き進んで……

 

 希望を、掴んでやる。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ………なんてこと、よくもまあいけしゃしゃあと思っていられたもんだよ。

 

 だってさ、このコロシアイ生活は。

 

 大いなる絶望の象徴は。

 

 

 

 まだほんの序章に過ぎないというのに、ね?

 

 

 

 

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