エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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今回はシリアスとギャグの切り替えが早すぎて読者の皆さんを戸惑わせるかもしれません。予めお詫び申し上げます。


Chapter3 (非)日常編②

 ◆◆◆

 

 

 龍雅・フォン・グラディウス

 ”超高校級の殺し屋”。我らにとって最も注意すべき人物の一人である。グラディウスは絶望を是としない。グラディウスにとって我々”絶望”は抹殺の対象となりうる。

奴は生きる中で真の絶望を知り、それでも類まれなる精神で絶望に抗っている。江ノ島様自らが動かれれば奴を絶望に取り入れることも可能であろうが、残念ながらあのお方はそこに至る前に飽きるであろう。

学園生活の最中は決して奴に我らの存在を知られてはならない。奴に依頼をするであろう人物も警戒する必要がある。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「いただきまーす!」

 みんなの挨拶が響く。

 おとといの現実から逃げたがっているせいなのか、みんなやけに明るくふるまっているように思える。

 俺もそうなれればよかったのだろうが、どうも脚本家という職業柄、物事を客観的に見てしまう癖がついてしまっている。

 今ばかりはその無駄な冷静さが憎くもある。

 

 

 今日は改めて図書室に行ってみようと思う。

 何せ図書室は書物の宝庫。情報の溜まり場だ。

 調べ物をするにはもってこいだろう。

 俺達には分からない謎が山ほどある。

 

 図書室に着くと、俺はポケットから一枚の紙を取り出した。

 龍雅君の手記だ。

 

 龍雅君が命と引き換えに残した言葉。

 ”超高校級の絶望”。

 彼は、その超高校級の絶望こそがこのコロシアイ生活を引き起こした黒幕だと書き残していた。

 それに加担するのが釜利谷君、そして御堂さんであるとも。

 

 しかし解せないな。

 彼らが黒幕側なのなら、何故わざわざ俺達の中に紛れ込んでコロシアイ生活に参加したのだろう。

 モノクマやモノパンダを操っているであろう黒幕と同じ空間にいればよかったものを。

 …ていうか、なんで釜利谷君は仲間であるはずの御堂さんの記憶まで消してしまったんだ?

 

「絶望だからじゃないですか?」

 不意に声が聞こえ、俺は驚いて振り向いた。

「入間君…!」

 彼はいつもと変わらぬ穏やかな顔で俺に歩み寄り、近くの椅子に座った。

「なんで俺の考えてることが…?」

「”それ”を見て考えることといえば大体決まってきます。大方、黒幕一味の動きが不審に思われたのでしょう?」

 その言葉を聞いて俺は手元の手記に目をやる。

「人の感情を推し量ることは対話をするうえで重要なステータスですよ。たとえそれが犯罪者や悪人であっても、です」

 それが翻訳者として世界中を駆け巡った人物が持つ能力なのだろう。

「…だから君には”絶望”の考えることが分かるの?」

 俺は恐る恐る尋ねる。

「個人的推測による部分が大きいですが、”理解”はできます。”納得”は断じてできませんがね。わたくしが思うに、彼らの目的は単純明快。”絶望し、絶望させること”です」

「絶望し、絶望させること……」

「”絶望させる”とは紛れもなくわたくしたちのこと。このコロシアイ生活で我々を絶望させることに他ならないでしょうね」

 希望の生徒として選ばれた俺達に最大の絶望を強いる…。

 なんと皮肉が効いたことか。

「そして彼らにとっては、彼ら自身の絶望すらも悦びなのです。ゆえに釜利谷さんや御堂様も自らの意志でこのコロシアイ生活に加入されたのでしょう」

 俺の疑問を氷解すべく答えを示してくれた入間君だが、却って俺の頭の中にはさらなる疑問が湧いて出るばかりであった。

「その人たちには…”絶望”がそんなに大事なの…? ”絶望”のためになんでそこまでできるんだよ…」

「”超高校級の絶望”ですから」

 そう言って入間君はずっと携えていた一つのファイルを俺に差し出した。

「隣の図書準備室に置いてあった資料です。”超高校級の絶望”について詳しく書かれていますよ。わたくしが彼らの思想をスムーズに理解できたのはこれのおかげです」

 

【超高校級の絶望に関する暫定的資料】と銘打たれたクリアファイルの中には、手書きの乱暴な文章がいくつも載せられていた。

 

「希望ヶ峰学園の生徒の中に……”絶望”は紛れ込んでいた……」

 俺はそこに書かれている文面の一つを読み上げ、言葉を失った。

 俺たちはそんなところに入学しようとしていたのか。

 と、いうことは。

 既に希望ヶ峰学園は”絶望”に制圧されたということか…?

 それならこんな異様な状況に俺達を置かせることも可能だろう。

 

「これを読みますとね、絶望が何を考えているのかよく分かりますよ…。彼らは絶望するのが自分であろうが他人であろうが関係ない。絶望がそこにあればいいんですよ」

 今も黒幕はこの会話を聞いて嗤っているのだろうか。

 異常、というレベルの話ではない。

「しかし……覚悟はしていたものの、いざ知ってしまうと恐ろしいものですね。なぜこんなにすんなりと理解できてしまったのか…。わたくしの才能がそうさせているのか、それともわたくしもまた”絶望”なのか」

 その言葉に思わず俺は入間君の目を見つめた。

「え? 君が?」

「ありえない話ではありませんよ。だって記憶を消されているのですから。以前のわたくしが絶望だったのかそうでなかったのか、今のわたくしには知る術はないのです」

 ぞわり、と恐怖が俺の背中をなでる。

 入間君の理論は俺にも適用できること。

 もしかしたら俺は以前、絶望として活動していたのかもしれない。

 そして多くの人にこのコロシアイ生活のような絶望を強いたのでは……。

 

 がくがく、と体が震えた。

 しかし、次に感じたのはぬくもり。

 入間君の手が肩に乗せられていた。

 人の手って、こんなに暖かかったっけ?

 

「……とは言ってみたものの、実際のところわたくしたち……少なくとも、わたくしとあなたが絶望であった可能性はない…か、著しく低いはずですよ」

 入間君の言葉に、俺は「え?」と首をかしげた。

「リュウさん……いや、龍雅・フォン・グラディウス……。彼は生前、手記にこう書き残していました。『超高校級の絶望を抹殺する』と。そしてその意思に従い、御堂様に”呼び出し状”を送り付けたのでしょう」

 つい数日前の事件が遠い昔のように感じられるのは、俺自身の頭が忌まわしい記憶を遠くへ追いやろうとしているためだろうか。

「彼がどのような方法で絶望を突き止めたのかはわかりません…。ですが、あの夜わたくしたちのもとに呼び出し状なんて届かなかった。それこそが、最低でも龍雅氏の中では、わたくしとあなたは絶望ではなかったということに他ならないと思いませんか?」

 筋の通った理論だった。

 反論の術が見当たらない。

「じゃあ……安心してもいいのかな……」

「いいと思いますよ」

 入間君は優しくそう告げた。

「それに、仮にあなたが本当に絶望だったとしても、わたくしはあなたを憎んだり恨んだりしません。人を殺めてしまった御堂様も土門さんも龍雅氏も、一時とはいえ共に過ごした仲間です。人は善の心と悪の心を両方持ち合わせているのが当然の姿。ゆえにわたくしは罪を犯した人々のことも認め、対話したいと思うのです」

「…でも、俺達にこんなことを強要している黒幕っていう奴が、俺たちの話を聞いてくれるとは思えないよ…」

「確かに、この世には価値観が著しく異なる方もいらっしゃいます。ですが、そのような方にも価値観が狂ってしまった”理由”が存在するはずです。それを理解したうえで説得すれば、必ずや……」

 入間君の視線は強かった。

 

「はいはい、難しい話はそこまで!!」

 不意に大きな声が届いた。

「前木君!?」

 いつの間に図書室に入ってきたのか、前木君が俺の背後に立っていた。

「…どこから聞いていたのですか…?」

「何も聞いてねーよ、今来たばっかりだもーん!」

 入間君の問いにそう答えた前木君は俺の両脇に手を差し込んできた!

 くすぐったい!!

「うわぁああああ!!!」

 俺は悲鳴を上げて彼を引き離そうとするが、背中に引っ付いて離れない!

「あれこれ悩んでないで遊ぶぞ、ゆっきー!!」

「遊ぶってなに!?」

「いいから来い!ジョーンズも!」

 前木君はそういうが早いか俺の手を引っ張って図書室を出ていった。

 訝しげな表情の入間君が後に続く。

 

 

 連れていかれた先は……

「プール?」

 …だった。

 そこには、いつの間にか水着に着替えたみんながいた。

 この前のプール大会では女子は山村さんしか泳がなかったけど、亞桐さんや小清水さんは既にプールに入ってはしゃいでいる。

「アメンボさん走りー!!」と手足をジタバタさせている行動は謎だが、たわわな巨乳が目に悪い。

 ギャラリーでじっと座っている夢郷君はたぶんその胸を凝視してるんだろうな。くたばれ。

「なんでみんな集まってるの…? またプール大会でも?」

「いーや!もっと楽しいことさ!」

 前木君は自信満々に答えた。

 もっと楽しいこと…?

 

「連れてきたけど」

 突如背後から声がした。

 振り向くと、スカート付きの漆黒のビキニを着た伊丹さんと、彼女の脇に抱えられた山村さんがいた。

「うわぁぁぁん!!皆さんの貴重な酸素を消費してごめんなさぁぁい!!!」

 相変わらずツッコミづらい自虐を言い続けている。

 まだ直るには時間がかかりそうなんだな…。

 

「よし、全員そろったな!じゃあお楽しみの大スイカ割り大会を始めるぞー!!!」

 前木君の号令を聞いた俺はキョトンとしてしまった。

「スイカ割り大会…?」

「はっはっは、前回といい今回といいシリアス調なシーンが多くて死亡フラグを疑われているわたくしですが、ここらで一発はっちゃけておきましょうかね!!」

 シリアス調とか死亡フラグとかよく分からないことを言っているが、いつの間にか水着に着替えた入間君も元気そうだ。

 それにしてもスイカ割り大会なんてまたパリピみたいなこと考えたもんだなあ。

(※パリピ…「パーリーピーポー」の略。大勢で集まって楽しいことをするアウトドアな人たちのこと。葛西の苦手な人達。)

 

 モノパンダに注文したら新鮮なスイカをくれたらしく、それはブルーシートの上にドンと置かれた。 

「みー閣下によるスイカ入刀だぞよ~」

 入刀という言葉の意味を分かってなさそうな安藤さんが目隠しを付け、金属バットを振り回しながら息巻く。

 ていうか、彼女の水着姿が拝めるとは思わなかった。でもビキニとかじゃなくスク水なんだね。

 いつものベレー帽だけは変わらずかぶっている。水に入る気はないのかな…?

「ひぃぃぃなんですかその棒は!! それで私を滅多打ちにする気ですか!!ああっ!!でも私にはふさわしい罰なのかもしれません!! さあお願いします!! 私を痣だらけにして下さい!!!」

 いい加減うるさいな、山村さん。

 それにこの人を殴ったらバットの方が折れそうな気がする。

「それじゃあトップバッターは安藤な! スタート!!」

 前木君が笛を鳴らしてスイカ割りが始まる。

「ほいっ!! そりゃっ!!」

 全く見当違いのところを殴り続ける安藤さん。 

 ドス、ドスと重い音が響くあたり、案外彼女は腕力があるのかもしれない。 

「ん?ここらへんにある気がするぞよ」

 そう言ってなぜか彼女は丹沢君の方に近づいていき、彼の足のすぐ横にバットを振り下ろした。

「わーーっ!!」と叫んで逃げ出してく丹沢君。

「む!!逃がさぬ!!逃がさぬぞえーーーっ!!!」

 完全に丹沢君をスイカと勘違いしたようで、鬼のようなオーラをまといながら丹沢君の移動した後の床をボコボコに殴っていく。

 結局、制限時間の二分の間、彼女はスイカに一撃も当てることができなかった。

 

 次に名乗り出たのは夢郷君だった。

「スイカと女子のガードは僕の前に砕け散る」だってさ。黙れ。

 などと小馬鹿にしていたのもつかの間、なんと開始十秒でスイカに命中させたではないか。

 だが、ゴン、と鈍い音が響いたにも関わらずスイカは割れず、ゴロゴロとブルーシートの上を転がっていくばかりである。

「あ、モノパンダが言ってたけどそのスイカは普通ののに比べて皮の硬さが10倍らしいぞ!」

 なんでそんなスイカよこすんだよ!! あのパンダめ、嫌がらせしやがって!!

「こうなれば波状攻撃ですぞ!!全員で順番に攻撃をして奴の装甲を削るのです!!」

 こうしてみんなが次々にスイカに猛攻を仕掛けていったが、みんなの番が終わってもまだスイカには傷一つつかない。

 俺もやったけどまずバットが重くて腕がつらいし、スイカを打った瞬間に腕に電撃が走ったしで最悪だった。

 

「あなたの番よ。さっさと立ちなさい」

 伊丹さんは山村さんにぶっきらぼうに声をかける。

 このメンツの中で唯一スイカ割りを行っていないのは彼女だけだ。

 しかし、今の彼女が素直に要求に応じてくれるとは…。

「うわぁぁぁん!!!どうしてですかぁ!!」

 目隠しを付けられた彼女は突如立ち上がり、泣きながらバットを構えた。

「どうしてスイカ一つのために皆さんがつらい思いをしなきゃいけないんですかぁ!! 苦しめられるのは私だけでいいのにぃ!!」

 別につらい思いはしていないと思うのだが、彼女はそう言ってバットを振り上げる。

「まずい!!今の彼女では、お力を制御できません!!」

 入間君の言葉が飛ぶが、時すでに遅し。

「こんなものがあるからいけないんですぅぅ!!!」

 その言葉とともに、バットは超音速で振り下ろされた。

 俺たちは思わず顔を伏せる。

 

 しまった。

 彼女の力を見くびっていた。

 いくら十倍の硬さを持つスイカといえど、彼女の馬鹿力をもってすれば蠟のように脆い。

 これじゃスイカは粉々に……

 

 と思いつつ恐る恐る顔を上げた俺はあんぐりと口を開けてしまった。

 俺だけではない、その場にいた誰もが言葉を失っただろう。

 なぜなら、スイカは粉々に弾け飛ぶどころか、ひとかけらも飛び散ることなく綺麗に真っ二つに割れていたからだ。

 どんな力の込め方をすればこんなに綺麗に割れるんだよっ!??

「うわぁぁぁん!!目隠しだけじゃなくて猿ぐつわもつけてくださぁい!!なんなら両手両足も縛ってくださいよぉ!!罪深い私を心ゆくまでいじめてくださいぃ!!」

 相変わらず訳の分からないことを口走って泣きじゃくる山村さんをよそに、誰かがつぶやいた。

「スイカ、食べよっか」 

 

 真っ二つに割れたスイカを、みんなでスプーンでほじくって食べた(山村さんは泣きじゃくりながらも誰よりもガツガツ食べていた)。

 皮が十倍硬いからなのか知らないが、甘さも十倍強かった。

 しかし、こうして10人でスイカを囲んでいるのもおかしな絵だな…。

 

「あれ?昆虫の餌用に持って帰ったりしないの?」

 一心不乱にスイカを食べる小清水さんの姿を見て、俺は思わず尋ねた。

 彼女ならてっきりそうするかなーと思ったんだけど。

「別に必要ないわよ」と小清水さんは笑顔で返した。

「カブトムシさんとかを飼っている人はよくスイカを食べさせてるけど、スイカやメロンのように水分が多いものはおしっこをたくさん出す要因になるから、飼育ケースが不衛生になっちゃうのよ。まあ植物園だとその心配もないんだけど、私が定期的に樹液を生成してるから餌には困らないはずよ」

「へえ……樹液って作れるの…?」

「あら、虫さんを飼ったり捕まえたりするには必須の知識だと思うけど? …今時の子って虫取りとかしないものね~。捕まえて閉じ込めるのはかわいそうだけど、一緒に過ごしてみることで新しい発見や愛着が湧いてくるものなのよ」

 へえ~、そうなんだ…。

 実をいうと小学生の頃にカブトムシを幼虫から育てたことはあるのだが、羽化したそれはぱっと見で雌なのか雄なのかわからないほど角が小っちゃくて、同級生に「飼い主そっくりの弱虫」と大笑いされた記憶がある。

 その時の悔しさをバネに、角の小さなカブトムシが下剋上を繰り広げる脚本を書き下ろし、映画化されて500万人ほど動員したんだけど、どうやら小清水さんは知らないみたいだな…。

「本当は昆虫ゼリーが一番栄養もあって安定するしモノパンダに言えばくれそうな気もするんだけど、やっぱりできるだけ自然のままの食性で生活させてあげたいのよね」

 昆虫学者としてのこだわりなんだろうな、と思った。

「こんなにおいしいスイカ、虫にあげるなんてもったいないっしょ!!ウチらで食べちゃわないとね~」

 亞桐さんが口を挟む。

「なるほど…。このスイカはカブトムシさんだけじゃなく野生のギャルの餌にもなるのね」

「いや誰が野生のギャルだ!!!」

 曇りない目で謎の考察を繰り広げる小清水さんにいつも通りキレキレのツッコミをかます亞桐さん。

「独り身=野生という意味合いで用いているのならば正しい表現なのかもしれませんね!」

 入間君の言葉に「余計なお世話だボケ!! どーせアンタも独り身だろーが!!」と亞桐さんは怒鳴る。

「あ、申し遅れましたが私には故郷に恋人がございますので…」

 

「  ?  」

 一瞬、場が凍り付く。

 

 

「なんじゃそりゃぁぁぁあああああぁぁ!!!!!」

 丹沢君と前木君と亞桐さんが叫ぶのはほぼ同時だった。

「名は結梨と言いまして、私が世界中を仕事で駆け巡っている間も必ず文通してくださる素晴らしいお方ですよ」

「うるせぇやめろぉぉぉぉ!!!!」

「わわっ!!??」

 亞桐さんが血眼になって入間君を揺さぶり倒す。

「入間君。長年の付き合いだが、今回ばかりは君を軽蔑させてもらう」

「えっ!? なんで!!??」

 夢郷君ですら鬼の形相で入間君を睨んでいる。

 いや、正直俺もだいぶショックだけどね…。

「予定変更!! スイカ割り大会ではなく入間カチ割り大会開催決定!!!」

 前木君も鼻息荒げに謎の新企画の開催を宣言。

「くそっ!! 結梨に会うまでは死ぬわけにはいかぬのです!!」

「うるせぇ、ひけらかしてんじゃねえぞ!!!」

 そして、プールに逃げる入間君をみんなで追い掛け回す事態に発展。

 

「恋人って……恋って…なんなんだろうね…」

 そんな光景を唖然と眺める俺はぼんやりとつぶやいた。

「そういうのは吾輩の専門外だぞよ~」

 いつも通りの穏やかな笑顔でスイカをむさぼる安藤さんが答えた。

「”恋とは何か。”…それは難しい問いだ」

 不意に声がした方を振り向くと、夢郷君が俺と安藤さんの間に座り込み、一緒にスイカを食べ始めた。

「あれ?君は入間君を追いかけないの?」

「はっはっは。さすがに彼が哀れに思えてね」

 泳ぎは入間君より早かったはずだが、旧友の間柄であるからか、情が働いたようだ。

「…そういえば、君と入間君っていつから知り合いなの?」

 この際なので、俺はずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「初めて会ったのは五年ほど前だね。とある遠国の地で講演を行うことになったんだが、現地の言葉が分からなくてね。その地で使われる言葉は少数言語であり、通訳もなかなか見つからなかった。しかし、ネットの情報を頼りにたまたま見つけたのが入間君だったというわけさ。初めて会ったときはお互いに驚いたよ。こんな年でこんな仕事をしているのか、とね。それ以来何度か仕事を共にしているというわけさ」

「ほお、仕事仲間とは感心よの。吾輩も小さい頃は姉と漫画を描きあいっこしていたのだが、物心ついたあたりから姉は恋愛漫画ばかりにうつつを抜かすようになってしもうてのう……。中学に上がったあたりからめっきり話さなくなってしまったぞよ」

 それは…思春期ならではの価値観の違いってやつなのかなあ…。

 確かに安藤さん、恋愛とか興味なさそうだもんね。

 いずれにせよ、仕事の話ができる相手が父親くらいしかいなかった俺からすれば羨ましいことこの上ない。

「入間君とはプライベートで関わったりしなかったの?」

「そこまで多いわけじゃないが、共に出歩いたり語り合うこともあったよ。僕の趣味を理解してくれるからとても嬉しかったよ」

 ……ひょっとして、入間君が丹沢君とかとスケベ話で盛り上がってたのはこいつの入れ知恵のせい…?

 だとしたらとんでもない奴だな、この男は。

 

「話を戻すが、恋というものは女体と並んで僕が長年探求し続けているものだ。人が人を好きになる、その感情の根本的部分が”恋”というものだ」

 突然夢郷君は大真面目な顔になって語り始めた。

「人が人を好きになる…。では吾輩はゆっきー殿に恋しておるぞよ! 吾輩はゆっきー殿が大好きなのでの~」

「ふぇっ!!??」

 唐突な物言いに俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ほう、安藤君は葛西君が大好きなのか。だが、果たしてその”好き”は恋と呼b」

「ねえねえ、何のお話をしているの?」

 突然顔を突っ込んできたのは、入間君追いかけっこをじっと眺めていた小清水さんだ。

「なんだか葛西君のことが好きみたいな声が聞こえたんだけど気のせいよね?」

 心なしかすごく威圧的な口調に聞こえるんだけど……。

「ん?吾輩はゆっきー殿が大好きだぞよ~~!!」

 安藤さんは屈託のない笑みを浮かべて答える。

「は?」

 小清水さんの額に青筋が浮かぶ。

「あなたみたいな部屋にこもりきりの根暗な女の子が葛西君を好きになっちゃダメよ?? 今度ウジ虫さんの飼育キット用意してあげるからそこに移り住んだら??」

 真顔で凄まじいことを言い放つ小清水さんに、俺も夢郷君も表情を凍り付かせるばかりだ。

「葛西君は私と一緒に最高のビオトープを作り上げるって決めたの。残念だけどあなたの出る幕はないから」

 いや、なんで勝手に俺の将来決めちゃってるの!?

 ビオトープって何!? 昆虫に囲まれて一生暮らすなんて嫌だからね!?

「ふーむ…。ひょっとして小清水殿、ご機嫌斜め?」

 いや今気づくのかよ。鈍感ってレベルじゃねーぞ。

「ま、まあ落ち着き給え小清水君。君は大きな勘違いをしている。安藤君は葛西君を好きといった。だが果たしてそれは”恋”と呼べるのか?」

「………?」

 女子二人は顔をかしげる。

「人間として”好き”という感情と”恋”は異なるものだ。恋とはもっと胸が熱くなり、その人物と一生添い遂げても構わないと思えるくらい強い感情のことなんだよ」

「あ、じゃあ恋ではないぞよ!」

 そんなにきっぱり言われるとちょっと悲しいんですけど。

 そして、そんな安藤さんのリアクションを見て小清水さんが小さくガッツポーズしたのを俺は見逃さなかった。

 

「なるほどのう。恋とは難しい感情であるな!」

 そこから小一時間、何故か俺たちは夢郷君の恋愛口座を聞かされた。

 小清水さんは途中で飽きていなくなるし、追いかけっこしていた入間君たちはいつの間にかプール遊びに移行してるし、山村さんは目隠ししたままどこかに走り去っていくし、俺はすごく無駄な時間を過ごす羽目になった。

「どうだい? 少しは恋というものの素晴らしさがわかったかい?」

「うん…まあ」

 適当に返事しとこう。

「吾輩、今までバトルと無縁の恋という概念に甚だ興味がなかったのであるが、夢郷殿のお話を聞いてそういう話も書いてみたくなったぞよ!! 姉とも復縁できそうだぞよ~~」

「はっはっは。それはよかった。どうだい?君の人生の中で、今まで恋のような感情を抱いた相手はいなかったのかい?」

 さりげなく人のコイバナを引き出そうとする技術だけは流石だな。

(※コイバナ…「恋話」のこと。人の恋愛事情に関する話。葛西には縁がない…と思いきや最近はそうでもない。)

 

「うーむ……」と考え込む安藤さん。

「恋…とはちょっと違うかもしれぬが………一生一緒にいたい人ならいる……いや、いた…ぞよ。なんというか…友達以上、みたいな」

 少し彼女の表情が重くなる。

 俺も夢郷君もそれまでとは打って変わって暗い雰囲気を察知した。

「吾輩の大親友、リャン様だぞよ!!」

 だが、安藤さんは敢えてなのかわからないが、明るい口調でそう言い放った。

 可憐で小さな美少女の無垢な笑顔が脳裏によみがえる。

「ああ……そうか。確かにとても仲が良かったね」

 夢郷君は空気が重くなりすぎないよう配慮し、いつもと変わらぬ冷静な言い方で返した。

「吾輩はリャン様が大好きだったぞよ。漫画の話も、吾輩が好きなキャラの話も、いっぱいいっぱいしたぞよ。吾輩が望んだコスプレをいつもしてくれたぞよ。数日間だけだったのに、すごくすごく、幸せだったぞよ」

 幸せ。

 それは、数日後に待ち構えていた絶望をより苦しくするための”飴”だった。

「可愛くて、優しくて、時には子供のように泣きじゃくって、そんなリャン様が妹のように尊くて、眩しくて…………う、うっ、うえっ、うぇえ、ふぇええぇ」

 涙をぼろぼろとこぼし、泣き崩れる安藤さん。

 何も言えない空気になってしまい、正直言って俺は困惑した。

 部屋にはまだ、津川さんが生前に残してくれた「ホープ仮面2号」の覆面が残っている。

「ごめん……ごめんなさい……」

 彼女らしからぬ口調で謝りながら必死に涙をこらえていた。 

「生きているものは死ぬのが摂理だ。彼女の死にざまは到底受け入れられるものではなかったが…それでも失われた命には誠意をもって祈りをささげることが我々にできる精一杯の手向けではないだろうか?」

 夢郷君の言葉はもっともだ。

「いつか吾輩も、リャン様のところへ…」

「え……?」

 今なんて?

 

「何でもないぞよ! お二方、今日は礼を申すぞ! じゃあの~~」

 安藤さんは俺が呼び止める間もなくどこかへ消えてしまった。

 言いようのないモヤモヤが残った。

 

 ”いつか、吾輩も”。

 ”今すぐ”とは言っていない。

 ……大丈夫、だよね…?

 

 

 そんな俺たちの様子など全く気付く様子はなく、相変わらず入間君や前木君たちはプールで騒いでいた。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 次の日、俺は珍しく自ら朝食を作ることにした。

 

「あら、おはよう。昨日はずいぶん楽しそうだったわね」

 厨房で俺を迎えたのは伊丹さん。

 いつもの黒ずくめの服装の上に白のエプロンと三角巾を付けていて、若女将感がすごい。

「俺、昨日はそんなに遊んでないけどね…。で、何作ればいい?」

「何もしないで」

 え?

「そんなこと言わないでよ…せっかく来たんだし」

「私が全部できるから。足手まといはいらないわ」

 ひどいこと言うなあ……。

「よっ! 俺がなんか手伝ってやろうか~?」

 軽快な口調で現れたのは前木君だ。

 だがそんな彼の姿など歯牙にもかけないで伊丹さんは…

「あら前木君、おはよう。早速だけど手を洗ったらお味噌汁を作ってほしいのだけれど」

 !!??

 なんでーーー!!??

「葛西は下手くそなんだから奥で待ってろよ!」

 滅菌器からエプロンを取り出しながら前木君は俺を外につまみ出そうとする。

 俺って料理下手くそだったっけ…?

「きょ、今日はちゃんとやるから! 簡単なことならできるから!!ねえ!!」

 せっかく頑張って早起きしたのに、無駄になったらたまらない。

 

 俺の懇願を聞いた伊丹さんはため息をつく。

「じゃあ昨日からたまってる洗い物でもやっておいて頂戴」

 …完全に食事作りではなく雑用ですが、大丈夫です。誠心誠意込めてやらせていただきます。

 

「しっかし、お前も変わったよなー。最初は誰にでも毒吐いててすげえ感じ悪かったのに。今じゃこうして飯作ったり山村の世話してくれたりして助かるばかりだぜ」

 前木君が味噌汁をかき混ぜながら言った。

「根本は何も変わってないわ。私は相変わらず未熟で馬鹿正直なだけの浅はかな女。だからリャンも秋音も、誰も救えなかった」

 伊丹さんは俯いてつぶやいた。

「それはお前ひとりの責任じゃねえだろ。気を強く持てよ。おまえは俺たちに必要な存在だよ」

「…バカみたい。くよくよ悩んでいたって仕方ないのに。あなたが羨ましい。大切な友人を何回も失ってもなお、そんなに元気に振舞っていられるあなたが羨ましいわ」

「そうだな~、御堂は嫌味だったけどいい奴だったし、あんま覚えてないけど、なんか悲惨な死に方しててかわいそうだったよな。あと、なんだっけ。あ、リュウだ。あいつもいい奴だったよな…。でも俺は大丈夫だ! あいつらの死を乗り越えていく覚悟はできてっからよ!!」

 

「…?」

 俺は少し首をかしげた。

 なぜ、つい数日前まで一緒にいた仲間の記憶が曖昧になっているんだろう?

 あんな壮絶な死にざま、俺は一生だって忘れられそうにない。

 リュウ君の戦いぶりだって、今後二度とみられないであろうほど強烈なものだった。

 それを、”あんま覚えてない”って……?

 

「きっと、釜利谷君も土門君もそれを望んでいるよね」

 俺はフォローのつもりで声をかけた。

 ほんのフォローのつもりだったんだ。

 

「え、と? 釜利谷? て?」

「え?」

 俺も伊丹さんも表情をこわばらせた。

「釜利谷君だよ…!? 君が三ちゃんって呼んで、あんなに仲良くしてたじゃないか!」

 俺は自分が直面している事実が信じられなかった。

「さん、ちゃ」

「釜利谷君と、土門君と! 三人であんなに仲良くしてたじゃないか!!」

 まさか、忘れてる??

 そんなこと、あり得るのか???

「ど、も、ん?? え、ナニコレ?」

 突然前木君は膝をつき、ぽろぽろと涙を流し始める。

 その勢いは昨日の安藤さんとは比べ物にならない。

「あ、え?? おれ、忘れて、??」

「君は、君は一体どうしちゃっt」

「やめて!!!」

 伊丹さんの大声が俺の言葉を塞いだ。

 

 作りかけの総菜も放り出して伊丹さんは前木君のところに歩み寄った。

「ごめんなさい。私、あなたを買いかぶっていた。あなたも人間だもの、当り前よね」

「お、おれ、おれおれおれおれ」

 言葉が言葉になっていない。

「いいの。いいのよ。あんなに仲良かったものね。忘れでもしなきゃ耐えられるはずがないわ。あなたは悪くない。ちっとも悪くないのよ」

 伊丹さんもまた涙をとめどなくこぼしながら、前木君を抱きしめた。

「葛西君、ごめん…。ご飯の続き、お願いしてもいい?」

 その言葉を受けた俺は数秒たってから「あ、うん」と辛うじて返事をした。

「さん、三ちゃあん!!!どもぉぉおん!!!うぁっ、うっ」

「あなたは私と同じ。いつだって心のよりどころを求めている。そうでしょ?」

「うぁあぁあぁあぁぁぁん!!!」

「泣いていいのよ。私も泣いてる。辛かったよね。もう、嫌だよね」

 

 

 安藤さんも前木君もそうだ。

 気丈に振舞っている人ほど、心には絶大な闇を持っているのだ。

 

 

 確かに俺たちは、絶望を乗り越えて成長しているのかもしれない。

 だが、成長すればするほど、心に癒えようのない大きな傷を負ってゆくのだ。

 もう、俺たちは長くないのかもしれない。

 俺たちが真っ当な精神を保てる時間は残りわずかなのかもしれない。

 

 

 ――――絶望の時は、すぐそこに。

 

 

 

 

「―――――ぎーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

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