エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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二章の頃より文章が下手になった気がします。反省。
筆者の事情により、次の投稿はしばらく先になります。申し訳ありません。


Chapter3 (非)日常編③

 あの恐るべき裁判が終わった直後、前木君はこう叫んだ。

 

『三ちゃん!!! リュウ!!! 御堂!!! 俺はお前らが大好きだったぞ!!! 他のお前らが何と言おうと、俺はお前らのダチだ!!! そうだろ、三ちゃん!! 三ちゃんが言いたかったのは、そういうことだろ!!! だから、俺がそっちに行くまで待ってろ!!! お前らの苦しかったこと、俺が全部受け止めてやる!!! きっと、必ずだ!!! リャンも土門も、絶対絶対待ってろ!!! またな!!!』

 

 それは、仲間の死を背負った彼の強い意志によって放たれた言葉だった。

 

 だが現実は俺たちが思っている以上に非情だった。

 この言葉を発した時、既に前木君の精神には限界が来ていたんだ。

 そして彼は、誰にも知られないまま密かに壊れた。

 特に仲の良かった釜利谷君と土門君の記憶を脳内から自動的に消去し、それによって何事もなかったかのように明るくふるまうことを可能としていた。

 

 今日、俺と伊丹さんに”現実”を教えられるまでは。

 

 

「ごめん、前木君」

 俺はバカだ。

 彼の苦しみを、これっぽっちも分かっていなかった。

「ごめん」

 伊丹さんに抱きしめられて子供のように泣きじゃくっている前木君に、俺はただ謝ることしかできなかった。

 

 

 

 朝食はいつも通り行われた。

 前木君の事情を知られないため、先に個室に戻らせ、みんなには体調不良と説明しておいた。

 何も知らず、昨日のスイカ割り大会の興奮冷めやらぬみんなは楽しく話していた。

 

 だがその裏では、俺たちの日常の崩壊は着実に進んでいた。

 

 

 

「葛西殿、葛西殿!」

 朝食後、声をかけてきたのは丹沢君だった。

「何やらお元気のなさそうな様子ですな! 何かござりましたか?」

「いや…ちょっと眠くてね…。昨日寝つきが悪くて…。でも今はもう大丈夫だよ」

 適当なことを言ってごまかすしか選択肢はなかった。

「踏む…。では葛西殿、前に入間殿とやっていた”あれ”、拙者とともにやってみせぬか?」

「…え?」

 丹沢君の言葉に、思わず俺は首をかしげた。

 

 

「…”あれ”って、このガチャのこと…?」

 丹沢君は大真面目にうなずいた。

 連れられた先は、一階の端っこにある売店だった。

 いつだったか忘れたが(おそらく初日だった気がする)、モノパンダからこんな話を聞かされた。

 校内のあちこちにモノモノメダルというものがばらまかれていて、それをここに鎮座しているこの”モノモノマシーン”に投入し、ガチャガチャを回すことで変わった物がもらえる、というものだ。

「懐かしいな……。最後にやったのっていつだったっけ」

 俺は自分のうちに眠る微かな記憶を引きずり出した。

 

 あれは……初日か。

 入間君に引っ張られてこのガチャを何度も引かされたっけなあ。

 みんなが生きていたこともあって、遠い遠い昔のことのように感じられる。

 そう言えば、裁判の時……そう、クロを当てて投票した瞬間。

 スロットからは大量のモノモノメダルが払い出されており、モノパンダはそれを「お前たちのものだ」と言い放った。

 当然、俺たちにそんなものを受け取る余裕はなかった。

 するとあのパンダは、何故か俺の部屋に籠いっぱいのメダルを置いていったのだ。

 理由を尋ねても『主人公だから』とかいう訳の分からない答えしか返ってこなかった。

 

「そういうわけで、大量のメダルを保持している葛西殿のお力添えが必要なのでござる!」

 丹沢君は曇りのない目で俺に迫ってくる。

「……何か欲しいアイテムでもあるの?」

「それは手に入ったら教えまする!! さあ、まずは葛西殿の部屋からメダルを持ってきますぞ!!」

「ええ~、めんどくさいなあ……」

 こんな時に力持ちのリュウ君や土門君がいればなあ……山村さんはあんな状態だし……

 

 

 数分後、俺の部屋。

「ぐぐぐ、ぐぎぎぎぎ……」

「いや重いよ!無理だって!」

 籠には、二回分の裁判の支払いメダル、ざっと五百枚ほどは入っている。

 元々一枚のメダルが大きくて重いこともあり、とてもとても非力な男二人で持てるものじゃない。

「たまたま通りかかって見てみたら……。あんたら何してんの?」

「あ、亞桐さん!」

 彼女は空いたままの部屋のドアから呆れの混じったまなざしでこちらを見つめていた。

 

「…へえ。こいつを持っていきたいわけね?」

「そういうわけで手伝ってはくれませぬかギリビッチ殿!!」

「いや何意味不明なあだ名つけてんだよドアホッ!!あれか、夢郷の入れ知恵か!!!あいつぶっ飛ばす!!」

 謎の口論は無視するとして、冷静に考えて女子に力仕事の手伝いを乞うって相当恥ずかしい状況だよな…。

 でも今は一人でも助けが欲しいところだからあれこれ言っている余裕はない。

 

「う、うううう…」

「んぐぐぐぐ……」

「お……っらあああああ!!!」

 ズン、とメダルを満載した籠は無事に売店の床の上に置かれた。

「ふう…ふう……あんた…なんでこんなにたくさん貯めこんでるんだよ…! もっとちょっとずつ使うとかしろよ…!ぜえぜえ……」

「そんなこと言ったって……モノパンダが一気に渡してくるから……」

 俺はぶつぶつ不平を言いながら籠から一枚のメダルを取り出してガチャを回した。

 ゴトン、とカプセルが落ちてくる。

 

『コラ・コーラ』

 

 丹沢君の方を向くが、彼は黙って首を横に振る。

 これじゃないらしい。

 しかしこのコーラ、カプセルサイズというだけあってひと缶30㏄!少ない!!

 一口で飲み干すともう一度ガチャを引く。

 

『愛蔵リアクション芸集』

 

「え、なにこれ! ちょっと見せて!」

 俺から奪うようにその雑誌を手にした亞桐さんは、すぐに「ぶひゃひゃひゃひゃ!!!ゲラゲラゲラ!!!!」と下品な笑い声を上げ始めた…。

 しかし、丹沢君は険しい表情のまま、首を横に振るばかりである。

 

 

 それから小一時間が経ち、メダルは順調に減っていった。

 亞桐さんは携帯ゲーム機で遊んだり昭和ラジオを聴いたり浮き輪ドーナツを完食したりと、実に有意義な売店ライフを過ごしているようだった。

 丹沢君の探し物を引き当てるために呼ばれたはずなんだけど、完全に亞桐さんを楽しませる会と化しているよね。おかしいよね。ずっと真面目にガチャ引き続けている俺はなんなんですかね?

「うひゃー! 蝶ネクタイの変声機だってさ! すげー!! 『僕は貧乳が好きだ』 うわー出た!!!アイツの声が出ちゃったよ!! 言ってるだけでもムカつくー!!!」

 すごい。一瞬だが本当に夢郷君の声が聞こえた。

 ってそんなことに気を取られている場合じゃないんだ。

 

 丹沢君は相変わらず神妙な顔で出てきたカプセルの中身を確認していた。

 普段の彼なら絶対手に取りそうな携帯ゲームもあっさり亞桐さんに受け渡しちゃうし、飛び上がって喜びそうな「プリンセスぶー子」のフィギュアが出てきたときも、一瞥してからポケットにしまっただけだ。

 何か今の彼はおかしい。

 

 その疑問は、さらに十数分後に露わになることとなった。

 

「……出た!!」

 不意に、丹沢君は叫んだ。

 カプセルの空き容器をまとめていた俺がぎょっとして顔を上げるころには、彼は一つのカプセルを掴んで売店から走り去っていった。

「ちょ、丹沢君!」

 携帯ゲーム機に夢中になるポンコt……亞桐さんを置いたまま、俺は彼の行く先を追いかけていた。

 

 ついた先は、……美術室だった。

 

 そこには、安堵の表情でカプセルを開ける丹沢君の姿があった。

 彼が取り出したのは、小さな一つの花束。

 そこには、美しく儚い薄桃色の花が咲いていた。

 

『桜の花束』

 

 そして、彼の目の前には布がかけられた謎の物体が…。

 すると、丹沢君はその布をばっと取り払った。

 そこに現れたのは……。

 

 着色まで完全に施された、制服姿の津川さんの等身大フィギュア…というより彫刻だった。

 満面の笑みを浮かべてこちらに向いているは、間違いなく第一の事件が起こる前の、穢れも絶望も何もない津川梁さんそのものだった。

 丹沢君は彼女の右手に桜の花束を握らせた。

 可愛らしいたたずまいに可憐な花束が映える。

 

「これは……」

 俺は思わず声を漏らす。

「ちょうど製材が美術準備室にございましたので。本来はフィギュアがよろしかったのですが、さすがに材料がござりませんでしたな」

 丹沢君は苦笑する。

「こちらは最初の一体にすぎませぬ。まだあと四人分の仕事が残っておりますからな…」

 四人分、ということは…。

 ここで死んだ全員の像を作ろうとしているのか。

「…大変なんじゃないの? 等身大の作品を作るって」

「相当な労力はかかりましたが、これしき、亡くなられた方々の無念を思えば屁でもありませぬ」

 彼は強い目つきで言った。

「それが、拙者から死者たちにしてやれる唯一の供養なのです…」

 その表情は、超高校級のみんなが時々見せる『プロフェッショナル』の姿そのものだった。

 正直スケベなチビメガネとしか思ってなかったけど、彼も立派な才能の持ち主なのだと思い知らされた。

 

「ですが葛西殿! そ、その…。いかにこの像が精巧に作られておるからといって、け、決してエッチな目で見てはいけませぬぞ……! スカートの中身までは彫っておりませぬゆえ…」

 …やっぱりスケベなチビメガネじゃないか。

 

 

 美術室を出ると、偶然に入間君と出くわした。

「わわっ!! あなたまで結梨の存在を疑うのですか!??」

 何も言っていないのに、会うなりその言いざまである。

「いやいやいや……俺は疑ってないから……」

「おお、神よ! 恋人一人いるだけなのにどうしてこのように辛い試練を与えるのですか!!」

 俺の話など全く聞こえていないようだ……。

「……その結梨って子とはどこでいつ知り合ったのか、よければ聞かせてもらってもいいかな…?」

 俺は恐る恐る尋ねてみた。

「そうですね…。あれは私が15の頃、久々に仕事の合間に日本へ帰国した時のことでした」

 入間君は語りだす。

 この話の信憑性によって、彼の恋人とやらが妄想の産物なのかそうじゃないのか見極めてやろうじゃないか。

「久々に通っていた中学に顔を出したのですが、学校に所属していたのは形ばかり。仕事詰めで滅多に顔を出さず、出席日数の不足分は、私の功績をネームバリューにしたい学校からは黙認されていました。そういう身分ですので、当然私には友達などおりませんでした。まあ、一人で寂しく授業を受けていたわけです。

 ですがある日、隣のクラスの女の子が、顔を真っ赤にしながら私に語り掛けてきてくれたんです。『あなたのお仕事ぶりを尊敬しています。よければこれを使ってください』と、本人が使い込んでいたであろう英和辞典を渡してね。中学生が使うレベルの辞書ですから、そこに載っている内容など、とっくの昔に私の頭に叩き込まれていたことばかりですよ。笑ってしまいました。ですがその気持ちが嬉しくて、辞書はありがたく受け取りました。今でも大切に保管してありますよ。その子が結梨なわけです」

「…………」

 話を聞く限り、入間君に彼女がいるのは本当みたいだな…。

 なんだか、長いスパンののろけを聞かされたみたいで気分が非常に悪かった。

「で、そこから交際が始まったわけなんですが、まずパリに行かせろなどというものですから……」

 夢中になって一生懸命話し込む入間君からそっと離れ、俺はその場を後にした。

 のろけ話なんてたくさんだ。

 

 気分を晴らすには、あの場所がいいな。

 俺が向かったのは娯楽室だった。

 たぶんここには誰かがいr……

 

「ハイヤー――ッ!!!」

 パシンパシン!!と乾いた音が響く。

 

 そこにいたのは、不思議な格好をした亞桐さん……だった。

 茶色のジャケットとスカートにつばの曲がったオシャレなハットにスカーフ…。

 この格好……カウガール…?

 そして手には鞭。

 乗っているのは、娯楽室の奥にあった乗馬体験マシーン。

 うん。カウガールだね。

 

 亞桐さんはこちらを見つめたままピクリとも動かなかった。

 というより、作動する乗馬マシーンに揺られるがままになっていた。

 沈黙すること一分。

 乗馬マシーンが作動を停止した。

 亞桐さんの顔がゆっくりと真っ赤になっていくのが、はっきりと分かった。

 

 

 というわけで、誰かが来る前に事情聴取に移った。

 

『薔薇の鞭』

 

 俺と丹沢君が売店を出た後、すぐにそれを引き当てたのが事の発端だったようだ。

 

「……その、子供のころからカウガールに憧れてて……リャンちゃんからもらった仮装もあったし…鞭が手に入った勢いで……つい……」

 震える声で亞桐さんは語る。

 津川さんからいつの間にかそんなものをもらっていたのも驚きだが、それ以上に薔薇があしらわれた鞭なんて明らかにカウガール向きではないよなあ……。

「いや、まあ……似合ってるし可愛いと思うよ」

「ほ、本当!? ありがとう!! …で、でも乗馬マシーンではしゃいでたのはマジで黙っててくれると助かる……」

「う、うん。言わないよ」

 まあ、乗馬マシーンにまたがりながら鼻息荒く鞭をふるう姿など、本人にとっても恥ずかしいだろうからね…。

 

「美少女コスプレの匂いがする」

「能力者コスプレの匂いがするぞよ!!!」

 夢郷君と安藤さんが娯楽室の扉を開けて雪崩れ込んできた。

「きゃああっ!?」と亞桐さんが悲鳴を上げるころには、二人はもう彼女の目の前まで肉薄していた。

「その太ももの太さは筋肉なのか、脂肪なのか。なぜただの肉なのにここまで僕の気持ちを駆り立てるのか。非常に探求のしがいがある」

「亞桐殿!!その姿になることによって、いったいどのような能力を得たのかえ!!?? あらゆる人間を乗りこなす能力? 百発百中のガンマンならぬガンウーマンになれる能力?? 早く教えるぞよ!!」

「もうお前らどっかいけーーー!!!!!」

 亞桐さんの怒号は、いつもよりひときわ大きかった。

 

 しかしこの後、みんなで仲良くダーツやビリヤードをしたのだった。

 

 

 時計が五時を指したころ、俺はとある人を探していた。

 その人は植物園のベンチにいた。

 

「みんな、君と遊びたがっていたよ。伊丹さん」

 意気消沈した様子で座っている彼女に、俺は声をかけた。

 精神的なダメージを負ったのは前木君も山村さんも同様だが、その二人を間近で世話している伊丹さんこそ、俺たちの中で最も大きなストレスを抱えているように見えた。

「私のことは気にしないで。少し休んだらまた前木君のケアをしないと…」

「伊丹さん。俺は君に元気になってほしいんだよ」

「無理よ」 

 彼女はきっぱりと言い放った。

「私は怖いのよ。自分が少しでも手を抜いてしまったら、そのせいでまた殺し合いが起きてしまうんじゃないかって。みんなは遊んでていい。でも私が気を抜くわけにはいかないの」

「どうして君なの?」

 伊丹さんは言葉を詰まらせた。

「……ごめん。まずは俺が謝らなきゃだよね。前木君にショックを与えたのも、その後の処理を任せっきりだったのも俺の非だ。本当にごめん。だから明日は、俺が前木君と山村さんのケアをするよ。他のみんなにも、ローテーションでやってもらうようにしよう。俺たちの問題は俺たちが解決する。君だけの仕事じゃないんだから」

「……心のケアは簡単なことじゃないのよ。多少なりとも医療の知識を有するの。私じゃなければ」

 

「そんなことないわよ?」

 不意に第三者の言葉が響く。

 その言葉とともに植物園に入ってきたのは……

「小清水さん…と山村さん…?」

 自信に満ちた笑みを浮かべた小清水さんの後ろについて回るのは、やけに上気した表情の山村さんだった。

「ああっ!!! つい先日まで私は自分のことが嫌で嫌でたまりませんでした!! ですが!! ここの美しい蝶々さんや頑張り屋の蟻さん達を見ていたらっ!! 少しだけ生きることの素晴らしさが分かったんです!!!」

 伊丹さんも俺も目を見開いてキョトンとした顔をしていた。

「どう? 私が審美なる昆虫界の一片を見せただけで早くも立ち直りの兆しが見えてきたわよぉ?」

 小清水さん、満面のどや顔。

「はああっ!! 私も蝶々さんに吸い尽くされたい! じゅるる……」

 立ち直ったというよりも、完全に洗脳してるよね?? ちゃんと元に戻るんだろうね??

「…驚いたわ。ただの昆虫オタクだと思っていたのに、彼女の精神をわずかながら修復してしまうなんて…」

「時間がたてば治るってあなたは言ってたけど、やっぱりこうやってケアして治してあげるのが一番よねって思っただけよ。さあ、二人も昆虫界の何たるかを一緒に学びましょう!」

「今は結構です!!」

 俺は青い顔で断った。たまったもんじゃない。

「と、とにかく、これで分かったよね? 俺たちにも心のケアぐらいならできるから…。明日からは、伊丹さんもみんなと遊んだり、探索して脱出の手がかりをつかんでほしいな!」

「………」

 伊丹さんは何も言わなかったが、少し俯いて震えているように見えた。

 

 まだだ。

 まだ日常は崩壊させない。

 俺たちはやれる。

 そう確信した。

 

「あ、見て見て!! こんなところにおっきいムカデさん!!」

 小清水さんが子供のようにはしゃぎながら指さすと、

「ギェエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!」

 空間を割るような叫びを残し、亜音速の走りで山村さんがその場から消えた。

「まだ洗脳が足りないか……」

 小清水さんが恐ろしい呟きを放つ。

 完全に洗脳って言っちゃったよ…。

 

 

 いろんなことが起きた一日だったが、だからこそやりがいはあったと思う。

 前木君のことだが、体調不良でごまかし切るのは無理があると判断し、交友が深い入間君と丹沢君にだけ本当のことを打ち明けた。

「夕食は私が彼のもとに持っていきましょう。なあに、対話は得意中の得意ですから任せてください!」

 入間君は意気込んで前木君のもとへ夕食を運んで行ってくれた。

 

「かなり憔悴した様子ではありましたが、ある程度は元気にしてあげられましたよ。明日の朝食は来てくれるそうです」

 ……流石だと素直に感心するほかはなかった。

 この入間君も、数日前は錯乱して伊丹さんと一触即発だったのに。

 ここにきて再び、俺は仲間という存在の強さを思い知らされた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「ぎひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 翌日。

 

 

 何事もない、いつも通りの朝食の席だ。

 だが、その「いつも通り」がいつまで続くのか、誰にもわからない。

 俺の見立てが正しければ、今日か…遅くても明後日までには。

 コロシアイの、”動機”が配られるはずだ。

 

 そうなったら、もう誰も安全ではいられない。

 誰も殺さない。

 そう思っていたのに、五人死んだ。

 

 だが俺たちは負けない。

 負けられない。

 仲間の強さを信じて。

 自分の強さを信じて。

 絶望と戦う。

 

 

「私のようなゴミでもこんなに美味しいものをいただけるなんて………この世界は素晴らしいですよぅ…」

 一晩経って小清水さんの洗脳が吹っ飛んだらしい山村さんは、相変わらず人一倍飯を食っている。

「………」

 昨日のショックから完全に立ち直れてはいない前木君だが、辛うじて箸は運んでいる。

「ですから、私には本当に恋人が…」

「信じないよ僕は。君もだろうギリビッチ君」

「やっぱりそのあだ名お前考案だったのか!!!! あとでぶっ飛ばす!!! それはともかくウチも絶対信じないかんなー!!」

 未だに入間君の恋人発言で言い争っている三人。

「亞桐殿、夢郷殿、なりませぬぞ! リア充憎しの想いは某も同じですが、愛の形は人それぞれありますゆえ……。ここは某に免じて、どうか抑えてくだされ」

「…ちっ。丹沢がそこまで言うなら……」

「…分かった。彼に対する憎悪はやまないが、ここは一度矛を収めよう」

「いやなぜ私が一番悪い奴みたいな流れになってるんですか?? おかしいですよね??」

「むわはははっ!! 次の作品の題材は入間殿がよろしいかの~」

 ここら辺の雰囲気は明るくてよさそうなんだけど……。

 少し視線を横に向けると。

「葛西君はあんなドロドロな人間関係とは無関係だもんね~」

 ニコニコと不気味なまでに笑顔を振りまいてくる小清水さんがいる。

「やっぱり人間はダメよ。昆虫のように思考が単純で純真素朴な葛西君こそが私の理想に相応しいのに」

 ぶつぶつと恐ろしいことをつぶやいているし、聞き間違いじゃなければ完全にバカにするようなことも言っていた気がする。

 やっぱり女の人は怖いよ……。

 

 なんとか今日の朝食も無事に終わり、伊丹さんがコーヒーを希望者に振舞っていた。

「……ねえ、大丈夫? コーヒー飲む…?」

 伊丹さんは心配そうに前木君に声をかけるが、「いい……」と断り、彼は部屋に戻っていってしまった。

 彼の心が開くのはまだもう少し先のようだ。

 

「いやあ、食後のコーヒーは優雅なお味でござるな!」

 丹沢君がグビグビとコーヒーを飲み干す。

 伊丹さんもゆっくりとコーヒーを飲む。

「それにしても、小清水君の胸はここ最近さらに成長したと思わないかい?」

 優雅な時間をぶち壊す夢郷君の言葉に、俺は思わず顔をしかめる。

「間違いありませぬな……あれはまだまだ育ちまするぞ!」

 丹沢君も真面目な顔で何を言ってるんだよ。

「お胸はやはり大きい方がよいのであろうか……」

 丹沢君に寄り添うようにこの場に残った安藤さんが、自分の胸を撫でおろしながら不安げにぼやいた。

「おや、そんなことを気にするなんていよいよ安藤君もメス化がはじまったか?」

 下品な言い方をするな夢郷。

「ふうむ、とはいえ安藤殿も女性の端くれですし、少しはあるものかと思っておりましたが」

「いや……この通りだぞよ」

 そう言うと、なんと安藤さんは丹沢君の手を掴み、自分の胸に当てさせたのだ。

「!!!!!」

 俺も夢郷君もびっくりしたが、一番びっくりしているのは間違いなく丹沢君本人だろう。

「ほれ、この通り全く平べったいのでのう……」

 元々そういう概念については疎い人だと理解はしていたが、ここまでとは思っていなかった。

 

「…!!」

 胸から手を放すと同時に、丹沢君の鼻から鼻血が溢れてきた。

「ほえっ!? なぜに血を?」

 慌てる安藤さんをよそに、こちらを呆れてみていた伊丹さんも、ようやく立ち上がってティッシュペーパーを手に取ろうと立ち上がった。

「ふわぁ……某……一生の……果報者に……ござる……」

 血がぽたぽたと垂れる中、丹沢君は確かにそう言った。

 

 丹沢君にとってのヒロインは安藤さんなんだな。

 その光景を見た俺は、そう納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、鼻血が勢いを増した。

 直後、排水溝から水が流れるときの音のような、重く大きな音を立てながら、丹沢君は吐瀉物と赤黒い血を床に吐き出した。

 

 

「?????」

 

 

 俺たちの時間がぴたりと止まった中で、丹沢君だけが動いていた。

 数リットルも一気に吐き出した彼は、一瞬だけ天井を見て、驚愕と恐怖が入り混じった表情でブルブルと震えた。

「おおおぁぁぁああぁぁ!!!!!!!」

 断末魔に近い絶叫をあげながら、今度は正面のテーブルに血を吹き付けた。

 元々出血していた鼻だけでなく、目からも、耳からも、心なしか全身の毛穴からも少しずつ血が噴き出ているように見えた。

「丹沢君!!!」

 ここにきてようやく止まっていた俺たちの時間軸を取り戻させたのは、伊丹さんの叫びだった。

「あっぁああああぁぁーーーーっっ!!!!」

 伊丹さんが腕を掴もうとするのを振り払い、丹沢君は手足をばたつかせながら壁に激突した。

 意図的に伊丹さんの接触を断とうとしているのではなく、単純に苦しみ悶えているように見えた。

「丹沢君!!!!」

 次に夢郷君が同じように叫び、彼に向っていった。

 だが、彼と目が合った瞬間、電撃に打たれたように動きを止めた。

 充血し、今にも零れ落ちそうなほど飛び出た目玉と全身が血液にまみれたその様子が、夢郷君の生物的防衛本能に訴えかけ、その動きを止めさせたのであろうことは容易に察しがついた。

 俺はその場から動かずして既にその状態に陥っていた。

 

 

 完全に、そのものだった。

 最初に事件の時の津川さん。

 二度目の事件の時の御堂さん。

 それぞれが、この世でこれ以上辛い死はないであろうと確信させるほどの壮絶な死にざまであった。

 今の彼は、再びその死をこの場において体現する存在と化していた。

 ゆえに生物的な本能はより一層強く働いたのである。

 

 

「死ぃぎひっひっぃぃぃぃいぁああっ、あ゛あ゛ぁがぁあ゛ぁ゛ーーーっっ!!!!!」

 声が空間を支配していた。

 丹沢君はもがき苦しむ過程で、自らの手で制服の第一ボタンを引きちぎり、ちぎられたそれは俺の足元に落ちてコンと音を立てた。

 意味もなく振り回した手足が壁や床に何度も当たり、恐らくどこかの骨が砕けた。

「保健室っ…!!薬……!!」

 上ずった声を発しながら伊丹さんが廊下に消えた。

「うぎっひぃいぃいいぃぃぃぃ」

 絶叫は、かすれたような声に変わった。

 喉をかきむしり、皮膚が破けて鮮血があふれ出す。

 

 いつの間にかすぐそばまで迫っていた安藤さんが、暴れまわる丹沢君の肩を押さえつけ、床に押し倒した。

「丹沢殿っ!!!!!」

「ひゅ、ひゅがっ、がぁっぁああああぁぁあ!!!!!」

 ぶはっと吐き出した血が安藤さんの頬を真っ赤に彩った。

 そんなことなど歯牙にもかける様子はなく、安藤さんは「丹沢殿っ!!」ともう一度呼び掛けた。

「丹沢……駿河っ!!! 死ぬな!!! 深呼吸を!!!」

「か、かか、かっは」

 血を大量に失ったその顔は土気色に変色し、飛び出た眼球は真っ赤に染まって赤いビー玉のように変貌し、その様はもはや人と呼ぶことに躊躇を覚えるほどであった。

 

 その時、伊丹さんが薬の瓶を大量に抱えて保健室から戻ってきた。

 言葉もなく伊丹さんはそのうちの一つを開け、中の錠剤を丹沢君の口の中に入れた。

「駿河っ……駿河…!! 死んではいかんぞよ……!!」

 安藤さんが涙ながらに丹沢君の顔に自らの顔を近づけ、そう囁いた。

 丹沢君は小さくせき込みながら錠剤を吐き出した。

 安藤さんはそれを自分の口に含ませると、かみ砕き、丹沢君の口に移した。

 

 治ってくれ。

 いや、もうそんな願いに意味がないことなんて、みんな分かっていたはずだ。

 丹沢君は涙なのか血なのか分からない液体を眼球から溢れさせながら、ぴくぴくと痙攣していた。

 何故そうなったのかも分からないまま、俺たちは現実に直面しなければならなくなった。

 

 

 

 

 その数秒後、彼は動かなくなった。

 

 

 

 

 ピンポンパンポーン、とチャイムが鳴る。

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 久しぶりに聞く声だった。

 

 

「駿河」

 安藤さんは”死体”の頭を抱きかかえたままつぶやいた。

 

 再び、俺たちの時間は止まった。

 

「うぅ」

 安藤さんが小さくうめき声をあげるのが聞こえた。

 

「ねえ!! 死体って……きゃぁああああぁぁああぁああ!!!!!??」

 次に聞こえたのは、食堂に入ってきた亞桐さんの悲鳴。

 

 

 

「うっ……ぶ」

 すると、安藤さんは死体の上に、赤黒い血をぼたぼたと吐き出した。

「うっ、うぐっ、うげっぇえぇえぇえええええ」

 喉の奥から絞り出すような声とともにゆっくり立ち上がる。

 

 その目は大きく飛び出し、口からも鼻からも目からも血が流れ落ちるさまは、まるで。

 

 

 

 

 

 

 絶望、きたる。

 

 

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