エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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過去最速の速度で更新しました。次回はちょっとお待たせするかもしれないです。
せっかく出て来たばかりの吹屋喜咲は今回はお休み! ごめんなさい!
謎解きが捗りますね~。


Chapter4 (非)日常編③

 ◆◆◆

 

 

 前木常夏はその夜、何の気なしに廊下を歩いていた。 

 自室のトイレではなく、一階の共用トイレに行っていたのだ。

 その行為に特に理由があるわけではなかった。

 ただ、何となく深夜の廊下を歩きたい気分になっただけだった。

 

 だが、”不幸にも”彼は聞いてはならない声を耳にしてしまった。

 誰かの笑い声。

 それも、聞き覚えのある笑い方。

 

 前木はふと足を止めた。

 声がするのは休憩室だ。

 扉の中に誰かいるのだろうか?

 

 前木は扉に耳を当てた。

 カラオケルームを兼ねている割には、この部屋の防音設備は個室ほどしっかりしていない。

 中から声が聞こえる。

 

『ぎひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!』

 けたたましい笑い声が中から聞こえてくる。

「(……モノパンダ?)」

 前木が最初に思い浮かんだのはそれだった。

 この笑い声は今までさんざん聞いてきた。

 モノパンダの忌々しい笑い声だ。

 

『よくオイラの正体に気付いたなぁ!! 流石は”超高校級”の頭脳を持ってるだけあるよ!!』

「(いや、待て……。この声……)」

 前木の脳裏に違和感が走る。

 この声はモノパンダではない。

 むしろ、記憶の片隅にあるとある声に似ている。

「(いや……ウソだ……そんなわけ………)」

 前木の体がガタガタと震える。

 

「それがあなたの本性ですか。今までずっと、私たちをこのような場所に閉じ込めて、憎しみ殺しあう姿を眺めて楽しんでいたのですね」

 中から入間の声が聞こえた。

 しかし今の前木にはそんなことさえどうでもよくなっていた。

 その次に入間が発した言葉に全ての謎への回答が込められていた。

「……土門隆信さん」

 

「!!!!!!」

 前木の全身に稲妻が落ちたような衝撃が走る。

 それは、この場において聞くはずのない、しかし片時たりとも忘れたことのない名前だった。 

 だがモノパンダの笑い声を発したあの声は、確かに土門のそれに似ていた、否、そのものだった。

「う、う、う、ウソだ……」

 小さくそう呟きながら、ガクリと膝をついた。

 

「ところがどっこい、これは現実です」

 背後から不意に声が響く。

 前木が振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべる小清水彌生が立っていた。

「夜尿に出たばかりに知ってはいけないことまで知ってしまったようね。これも”超高校級の幸運”だからこそ成せることなのかしら?」

「違う……ウソだ……だって土門は……」

 前木は混乱と絶望にまみれた表情を隠すこともせず、たわごとをつぶやき続ける。

「そうよ。土門隆信は津川梁を殺し、オシオキされた。私たちの目の前で。でも彼はドアの向こうにいる。そして入間ジョーンズ達に追い詰められている。それが事実よ」

 小清水の言葉が容赦なく前木の胸に突き刺さる。

「ねえ、どうせ知ってしまったのなら私と取引しましょう?」

 そんな前木に、小清水は人差し指を立てて提案した。

「私が知っていることを全部教えてあげる。このコロシアイ生活の謎を解く鍵も、入間ジョーンズ達でさえ知らないことも、全部。その代わり……」

 

 

「私の計画に協力しなさい」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「…最初に違和感を覚えたのは、あなたが津川様を殺害し、クロであると自白した直後です」

 休憩室で”土門”と対峙する入間は、自らの推論の根拠を語り始めた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

【Chapter1 非日常編③】

 

 

『 前木君が叫ぶのも当たり前だ。

 

 俺だって信じられない。

 

 あの彼が、みんなの兄貴分だった彼が、津川さんを殺害しただなんて。

 

 

 

 でも、それを否定する材料はない。

 

 辻褄は合ってしまう。

 

 

 

 

 

「もういいんだ…。モノクマ、モノパンダ。始めてくれ………投票を」

 

『りょうかーーい!! んじゃ、みんなの手元にそれぞれの名前が書かれたボタンを渡すよー!』

 

 そう言ってモノクマとモノパンダが各々に渡したのは、スイッチのようなものが並んだ四角い物体だった。』

 

 

 ◆◆◆

 

「あの時、あなたは誰に促されるわけでもなく『投票を始めてくれ』と仰いました。ですがそこがおかしいのです。あの事件は、裁判やコロシアイのルールについて十分に説明されることなく起きた事件です。ましてや最初の裁判である以上、裁判がどのようにして進行するかすらも知らぬまま行われました。しかしあなたは裁判の最後に『投票』があることを知っていた。だから何のためらいも疑問もなく『投票を始めてくれ』などと言えたのでしょう」

「…………」

 土門はにやりと笑ったまま、何も言わなかった。

「第一の事件があった時、夢郷君は確かに我々と共に生活していました。しかしあなたはいつの間にか彼とすり替わっていた。そのタイミングも、おおよそ察しがつきます」

「へえ」

「第三のエリアが解放されて数日後、プールでスイカ割り大会を行いましたね? スイカ割りが終わった後、私に恋人がいることを話したらたくさんの人に追われたものです。今となっては懐かしい。…ですが、そういう話題なら先頭に立って追いかけてきそうな夢郷君が、何故か私を追わずにプールサイドに座っていた」

 

 ◆◆◆

 

 

【Chapter3 (非)日常編②】

 

 

『「恋人って……恋って…なんなんだろうね…」

 

 そんな光景を唖然と眺める俺はぼんやりとつぶやいた。

 

「そういうのは吾輩の専門外だぞよ~」

 

 いつも通りの穏やかな笑顔でスイカをむさぼる安藤さんが答えた。

 

「”恋とは何か。”…それは難しい問いだ」

 

 不意に声がした方を振り向くと、夢郷君が俺と安藤さんの間に座り込み、一緒にスイカを食べ始めた。

 

「あれ?君は入間君を追いかけないの?」

 

「はっはっは。さすがに彼が哀れに思えてね」

 

 泳ぎは入間君より早かったはずだが、旧友の間柄であるからか、情が働いたようだ。』

 

 

 ◆◆◆

 

「ほんの些細な違和感でした。しかし私はある可能性に行き着いたのです。『彼は水に入らなかったのではなく、”入れなかった”のではないか…と」

「水に入れないって…どういうことですか…?」

 山村が問う。

「簡単な話です。”泳げない”のですよ」

「えっ…? でも、我々の中に泳げない人はいなかった気が……」

「いますよ。たった一人だけ、泳げないことを明言されている方が」

 

 

 ◆◆◆

 

【Chapter2 (非)日常編②】

 

 

『「……プール大会の話、聞いたか?」 

 

「う、うん。前木君も参加するよね?」

 

 しない、と言ったらどうしようと思ったけれど。

 

「ああ、するよ。心配すんな」

 

 いつもの陽気な笑みを浮かべてそう答えた。

 

「”彼”だったら…こういうイベントには絶対参加したがっただろうね」

 

 スポーツと聞いて陽気にはしゃぐ彼の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 言ってはいけないことだったのかもしれないけど、口をついて本音が出てしまっていた。

 

「あぁ? お前知らねーのか? あいつカナヅチなんだぞ? ガキの頃に溺れたのがトラウマなんだとよ」

 

 思った以上に明るい口調で前木君はそう答えた。

 

「え、あ、そうだったんだ……」 』

 

 

 ◆◆◆

 

「…そういえば、私も前木君から聞いたことがあります。土門君はカナヅチだって……」

「そうなんですよ。運動神経抜群の彼が唯一致命的に苦手なスポーツ…それが水泳です」

「………よくそこまで気が付いたなあ。ま、証拠って呼ぶにはどれも弱いけど、別にオイラは誤魔化す気も逃げる気もないから安心しろよ」

 土門はそう言いながら布切れを脱ぎ捨て、タンクトップ姿となった。

「体格は元々似てたし、髪もわざわざこんな色に染めて声も完璧に作ったのになあ。そっかそっか、こんなに早く見抜かれちまうとはな」

「あなたはオシオキの末に死んだ…。皆そう思っています。しかし、実際にはあの時、あなたは鎖で別空間に逃げ込んだだけ。我々が見せられたオシオキの映像は巧妙に作られた合成映像ですね。オシオキが執行されたかのように見せ、公式には”死んだ”存在となったあなたは夢郷君の姿を借りて再び私たちの中に紛れ込み、コロシアイをさせるべく裏でいろいろ画策していたのでしょう。そのいい例が、私たちが吹屋様を見つけた時のあなたの反応です」

 

 

 ◆◆◆

 

 

【Chapter4 (非)日常編①】

 

 

『 ゴッ。

 

 固い音とともに前木君は勢いよく壁に頭をぶつけた。

 

「いってー!!」

 

 前木君は頭を抱えて倒れ込む。

 

「ま、前木君!!」

 

 みんなが前木君の方に駆け寄る。

 

 

 

「意識は問題ないようだけど、たんこぶになっちゃったわね……」

 

 伊丹さんが前木君の頭を撫でながら言った。

 

「足をつまずかせて転ぶなんて、超高校級の幸運らしからぬ不運ですね……」

 

 入間君が不安そうに呟く。

 

 

 

「……な……」

 

 と、俺は、夢郷君の驚きの声を聞いて振り向いた。

 

「こんな…バカなことが……」

 

 

 

 なんと、前木君が頭をぶつけた部分の壁にヒビが入って、一部が割れて崩れていた。

 

 壁はとても薄く、その後ろにもう一枚壁がある。

 

「え……? なにこれ…?」

 

 亞桐さんがひび割れた壁を触りながら呟く。

 

「待て!! 触るな!!」

 

 と同時に夢郷君の声が飛び、亞桐さんは「ひゃっ!?」と手を引っ込める。』

 

 

 ◆◆◆

 

「前木さんが頭をぶつけて薄壁を壊した時、あなたは一人だけ強く動揺していました。また、亞桐様が薄壁に触ろうとした時も強く諫めていましたね。これは、私たちが吹屋様の部屋へと繋がる階段に到達してしまったことに対して、モノパンダさんが予想外の展開に驚いていたのと同じように、あなたにとっても想定外の事態だったからではないのですか?」

「…………なるほどねえ」

 

 

 ◆◆◆

 

「じゃあ……あいつは……ずっと夢郷と入れ替わってたのか……」

 廊下に座り込み、小清水の話を聞く前木の顔からは、すっかり血の気が失せていた。

「”ずっと”という表現は些か不適切ね。ついこの前までは夢郷郷夢は本物だった。入れ替わったのは恐らく、第二の事件と第三の事件の間ね」

「なんでそんなことが分かるんだよ?」

「考えてもごらんなさい。スイカ割り大会の時、彼がプールに入らなかったと言ったでしょう? でもね、第二の事件の前に私たちは水泳大会を行った。その時は…」

「あ…! 夢郷もプールに入って泳いでた…‥!」

「そう。だから、少なくとも”あの時点までは”夢郷郷夢は本物だった。入れ替えを行うのに適した時間があるとすれば、それは第二の事件の裁判が終わった後。裁判の後、それもあれだけ凄惨な裁判の後なら誰もが個室で寝ているはずだものね。それに、黒幕にとって最大の強敵である龍雅・フォン・グラディウスを葬った直後ですもの、黒幕が動き出すには絶好のタイミングよね。夢郷の性格からして、呼び出せば簡単に一人で来てくれそうだし」

「夢郷は……第二の事件が終わった後、土門に呼び出されたってことか……?」

「その通り。そしてその顛末がこれ」

 小清水は白衣のポケットに手を突っ込んだ。

 

「なっ……!!」

 前木はさらに驚愕の表情を浮かべた。

 小清水が取り出したのは、ビニール袋に入った人の指だった。

 しかし肉の部分は朽ち果て、黒く変色し、惨たらしい有様だ。

「信じられる? これが植物園の地面の中に埋まっていたのよ」

「人の指………だよな?」

 前木は、人の遺体の一部を見てもそれほど取り乱さない自分を内心嫌悪した。

 それはつまり、このコロシアイ生活を経て、自分が死体に慣れすぎてしまったことを意味しているからだ。

「現場に行けば、ちゃんと全身があるわよ。最も、損壊が激しくて”体格のいい男性”というくらいしか判別はつかないけどね。植物園の温暖な気候と虫さん達による捕食のせいで遺体の分解が早かったのでしょうね。前々から水質に汚濁が見られないのに植物園全体から変な臭いがすると思っていたけど、こんなものが埋まっていたなんてね」

「その指って………まさか……」

 前木の声は震えていた。

「本物の夢郷郷夢、と考えるのが自然でしょうね」

 前木は荒れ狂う感情のまま思いきり床に拳を打ち当てた。

「そんな……そんなのアリかよ………」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 その頃入間も、小清水と同じように袋に入れた指を土門に見せていた。

「これが……私の親友のなれの果てです」

 入間の口調は落ち着いていたが、その拳がわずかに震えているのを伊丹は認識していた。

「このコロシアイ生活は、あまりにも犠牲が大きすぎました。もう少し早く核心に行き着いていれば、犠牲者は少なくて済んだかもしれません。それを思うと今でも胸が穿たれる思いです。ですが、この絶望のコロシアイ生活ももう終わる。あなたを倒し、ここから脱出させていただきます」

「……ぎひゃひゃひゃひゃ、ぎーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 土門は大口を開けて笑った。

「入間君さあ、それで終わりなの? 君の謎解きはそれでオシマイ?」

「…どういうことですか」

「ぎひゃひゃひゃひゃ!! ダメダメダメ!! ぜんっぜんダメ!! たったこれだけの推理じゃあ、”このコロシアイの根本”が何も分かってないじゃんかよ!! オイラの正体が分かっただけじゃあ、10点もあげられねーなあ!!」

「黙れ!!」

 入間が不意に机を叩く。

「これ以上私を愚弄するな!! 夢郷君の命を奪っておいて、お前は」

「入間君!!」

 伊丹の怒号が入間の声を止めた。

「ここで挑発に乗る利点はないでしょう。それに、彼の言う通り私たちにはまだまだ解き切れていない謎もあるのだから」

「ですが、ここで彼の言葉を鵜呑みにする必要はあるんですか? 今ここで彼を倒さなくては、何のために覚悟を決めてここに来たのか!」

 山村が両の拳を打ちつけながら言った。

 

「オイラを殺したってここから出られる方法があるとは限らねーぞ?」

 そんな三人を嘲笑うように土門が言う。

「管制室にあるのはあくまでも施設内を管理する設備だけだ。この施設自体の出入り口は違うところで管理してる。今オイラを殺したところでここを出る方法なんてない」

「詭弁を。あなたの助けなどなくとも、ここから出る方法は自分で見つけてみせます。あなたを倒した後にね」

 入間は強いまなざしで告げる。

「そうピリピリするなよ。オイラを倒すなら、ちゃんと議論して打ち負かせよ。全てのコトダマを集めきって、完全無欠な論破をしてみろよ。そうすれば、潔くオメーラ全員を脱出させてやるからさ」

「それまでは、このコロシアイ生活を続けろってこと?」

 伊丹が問うと、「流石、伊丹は察しが早いなあ!」と土門は笑いながら言った。

「ふざけるな!! もう二度とあんなコロシアイを起こさせてたまるか!!」

 入間は逆上して土門に詰め寄った。

「そう思うなら、コロシアイなんかしなきゃいい。オメーラは絶望になんか負けねーんだろ?」

「今までそう言ってみんな死んできた!! お前の!! お前の卑劣な策略によって!!」

「入間君、やめなさい!!」

 土門の胸ぐらにつかみかかった入間の手を、伊丹が引き離す。

「今、彼に何かしたら最悪モノパンダやモノクマたちに処刑される可能性もあるのよ! 落ち着いて行動して!」

「待ってください! そのために私がいるんでしょう? 数体程度のヌイグルミなら私が倒せますよ!」

 山村が構えながらそう言ったが、土門は余裕そうな表情で大きく笑い声をあげた。

「無駄だよ、無駄無駄。龍雅戦の後、オイラは秘密裏にあの型のヌイグルミをたくさん発注しておいた。もうこの施設内には数えきれないほどのモノシリーズが待ち構えてるんだぜ? 龍雅の時とは比べ物にならないほどたくさんな!」

 土門は両手を広げて高らかに宣言する。

「そ、そんな……」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「この遺体は私が見つけ、伊丹ゆきみにだけ密かに教えたのよ。奴なら遺体の検死もできるしね。伊丹はその情報を入間ジョーンズと山村巴に共有して、三人は今そこで黒幕側の人間たる土門を追い詰めている…って筋書きよ」

「土門が何で黒幕なんかに……。くそっ!! 急に言われたって頭がついていくわけないじゃんかよ…!!」

 前木は頭を抱えながら呟く。

「…でもね、あの三人は決定的な事実を知らない。よく聞いておきなさい、前木常夏。あなただけが真実を知る権利を得るのだから」

「…これ以上……これ以上何があるってんだよ……」

「この遺体、見つけたのは確かに私。だけどね、そう仕向けたのは他ならぬモノパンダなのよ」

 前木の顔が驚きに歪む。

「そんな……? なんでそんなことを…? 夢郷が入れ替わってるのをわざわざ教えるようなことをするなんて…」

「そう、その通り。そもそも、第三の裁判の時、葛西幸彦を論破して私の罪を暴いたのは他ならぬ入れ替わった後の夢郷郷夢…つまり土門隆信。彼が”普通の”黒幕なら、正しい結論が出ずに私たちが全滅するのはむしろ好都合のはず。わざわざ真実を暴いて解決に向かうように議論を誘導する必要なんてないでしょう?」

「黒幕の考えることなんて分かんねえよ…。あの土門は、もう俺の知ってる土門じゃないし…」

 前木は自暴自棄気味に呟く。

「いえ。私には分かる。…そう、全ては”脚本”なのよ」

「…脚本………?」

「そうよ。私が論破されて罪を明かされたのも、その後に安藤が真のクロとして君臨して暴かれたのも、私が植物園で遺体を発見したのも、今ここで入間達が土門を追い詰めているのも。全ては【予め書かれた脚本通り】。土門隆信は私たちを絶望させる役というよりは、【脚本に沿った展開にコロシアイが進むように調整する役】と解釈するのが最も筋が通っているの」

「脚本って……。そんなのどこの誰が書いたんだよ……」

「さあ。あの忌々しいチビ脚本家が書いたようには思えないし…。あるいはその才能を何らかの形で受け継いだもの、たまたま同じ才能で入学したもの、かつてその才能で卒業したOB…。いろいろな可能性が考えられるわね」

「てか……どうして脚本だなんて荒唐無稽なことが思い浮かんだんだよ」

「荒唐無稽? 笑わせないで。これまでのモノパンダの口ぶりをよく思い出してみなさい」

 

 

 ◆◆◆

 

 

【Chapter3 (非)日常編①】

 

 

「もう言うこともないでしょう…。さっさとお帰りください」

 

 疲れたように入間君が言うと、「親不孝ならぬ教師不孝は非行少年の始まりだぜ!!」などと不平を言う。

 

「オイラは絶望を経て成長していくオメーラのことを何よりも大切に思って……うう……」

 

 なぜか涙ぐむモノパンダ。

 

「だからこそ、オメーラにはここで何よりも美しい”絶望を演出”してもらわないと困るんだぜ!」

 

 

 

 ……?

 

 

 

「”絶望を演出”……?」

 

 亞桐さんが呟く。

 

「はっ! オイラとしたことが、口が滑ってしまった! 校長センセーに怒られるぅぅぅぅぅ!!!」

 

 モノパンダは顔を真っ赤にしながら一目散に逃げだしていった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【Chapter4 (非)日常編①】

 

「私は……人間の全てが憎い……。私という人間の愚かさもまた、たまらなく憎い……」

 

 心の声を漏らすように、小清水は前を向きなおしてつぶやいた。

 

「安藤の言うとおりだった…。あんなチープなトリックでコロシアイに臨もうなどと…。なんと愚かな…」

 

 

 

「気を落とすなよ! あれはしょうがなかったんだよ!」

 

「……? どういうこと…?」

 

 モノパンダの不可解な言葉に、小清水は怪訝そうな表情をする。

 

「だって、小清水さんの”絶望”は”野望”だもんな! ”野望の脚本”はもう終わってるんだよ!」

 

「……野望…?? 何の話?」

 

「ぎひゃひゃひゃひゃ! いずれ分かるようになるよ! 失敗したとはいえ、コロシアイをしてくれた小清水さんへのオイラからのヒントだよ!」

 

 モノパンダは不敵に笑いながら言った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ヌイグルミ共はこのコロシアイ生活を何か喜劇のようなものになぞらえている。どういうカラクリかは知らないけど、奴らはこの後に起こる展開も全て預言して知っているのよ。私たちはずっとあのヌイグルミの手のひらで踊らされるってこと」

「予言って……。土門に…そんな力があるのか………??」

 ”超高校級”の生徒というものは得てして常人には信じがたいような能力を持っている。 

 だがそれでも、”予言”などという超能力じみた能力は聞いたことがない。

「こうして私が思案を巡らせて奴らの計画を見破ろうとしていることすら、きっと奴らはお見通し。だからまともに頭脳合戦なんて繰り広げていても奴らには勝てない。絶対にね」

 小清水は顔を前木の顔へと近づける。

「…で、そこであなたの出番ってわけよ」

「…なんで、俺が……?」

「どうして私がわざわざ憎んで止まないお前たちに手を貸したのか。あまつさえ、自分が知りえている情報を全てあなたに教えてしまったのか。全ては前木常夏、あなたの【才能】にかかっているからなのよ」

「才能……? ”超高校級の幸運”が……?」

「そうよ」と小清水は笑みを浮かべた。

「このコロシアイ生活は全て黒幕が仕立てた”脚本”通り。現に第二の事件でヌイグルミたちがほぼ全滅させられた時も慌てているようなリアクションは取っていなかった。だけど、奴らが唯一明確に動揺した場面がある」

「…俺達が吹屋がいる空間への入り口を見つけたときか!」

 

 

 

 ◆◆◆

 

【Chapter4 (非)日常編①】

 

 

『「ぎひゃーーーー!!! なんでだぁーーー!??!」

 

 と同時に、モノパンダが血相を変えて現れた。

 

「なんで補修した場所にピンポイントで…‥!! こんなの聞いてねーぞ!!」

 

 俺たちは訳が分からず唖然とするしかなかった。

 

 

 

 だが、さらに状況を混沌とさせる自体が起きてしまう。

 

「どきなさい」

 

 氷のように冷たい声が響く。

 

 誰もが動きを止めた。

 

 

 

 今まで姿を見せなかった小清水さんがやってきたのだ。 

 

 彼女は部屋を見回しながらコツコツと壁に空いた穴の方に向かう。

 

「いや、待てよ!! ダメだって!!」

 

 モノパンダが慌てて小清水さんを止めようとするが…。

 

「触るな、ケダモノ!! 私は校則違反など犯していないでしょう!?」

 

 そう怒鳴られて「ぐっ……!!」と動きを止めた。』

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「あの時モノパンダはこう言った。『なんで補修した場所にピンポイントで』…と。モノパンダにとって誤算だったのは、他ならぬあなたが壁の補修を行った部分に【運よく】頭をぶつけて薄壁を砕いてしまったことなのよ」

「……それが俺の”幸運”の才能のおかげだってことなのか…?」

「私はそう考えているわ。そして決定的な事実が導かれた」

 

 

「黒幕は、”超高校級の幸運”の能力の発動を予測できない」

 

 

 ◆◆◆

 

「……では、我々にまたこれまでのコロシアイ生活に戻れと……?」

 怒りと焦燥を隠そうそもせず表情に浮かべた入間が土門に尋ねる。

「そうだよ。お前たちが絶望に負けてコロシアイをするのが先か、オイラ達の正体を暴いて”最終裁判”を起こすのが先か…」

「最終裁判というのは何?」

 すかさず伊丹が問う。

「いつもと同じように裁判場で裁判をするのさ。ただし議題は【この学園の全ての謎】。オイラ達が何者で、何を目的とし、どのようにしてオメーラを選出し、拉致し、監禁し、コロシアイを行わせているのか。オイラ達とオメーラの行き着く先は何なのか。全部明らかになったらオメーラの勝ちだ。それまでに生き残っている全員をこの学園から脱出させてやるよ」

「…その約束を遂行する保証はあるのですか?」

「嫌だなあ! 今更そんなに疑われても困るぜ! オイラはいつだってルールに沿ってコロシアイを進めてきた。オイラの側から規則を破ったことは一度もない。それが主催としての矜持だよ」

「…くだらない」

 入間は吐き捨てるように言った。

「でも、オイラもオメーラのガバガバな推理に付き合ってやったんだ。こっちからも一つ条件を出させてもらうぞ」

「条件…?」

「簡単さ。オイラは今後も可能な限り”夢郷郷夢”として生きる。だから、今この場にいない奴にオイラの正体を教えるな」

「っ……!?」

 三人の表情が固まった。

 

「どういうこと? 私たちが自力で解いた謎を仲間に共有してはいけないの?」

 伊丹が不満そうに反論する。

「自力で解いたっつっても、とても完璧とは程遠い推理だったけどなあ。むしろオイラはオメーラにもう一度チャンスをやるんだぞ? これくらいの要求は聞いてほしいんだけどな~」

「でも……正体がバレてもまだあなたは夢郷君に成りすますつもりなんですか……? 私達にはもうバレているというのに……?」

「ああ。それさえ守ってくれればこの夜のことは不問にするよ」

 この場の流れを土門に支配されていることに、入間は内心で憤りを覚えた。

 しかし、この場で一番力を持っているのは他ならぬ土門だ。

 幾千ものモノパンダたちを保有しているという言葉が真実かどうかは分からないが、試すにはリスクが大きすぎる。

「悔しいですが……引き下がるしかないようですね」

 

 

 ◆◆◆

 

「黒幕側は何らかの力で私たちの行動を先読みすることができる。だけど、あなたが”超高校級の幸運”としての能力だけは読むことができない。だから黒幕にとってあなたが壁に頭をぶつけ、入り口の発見につながったことが予想外だった」

「俺の……”幸運”が……?」

 前木が自分の頭をさすりながら呟く。

「でも…俺はたまたま希望ヶ峰に入れただけで、普段から運がいいわけじゃないぞ。クジに当たったこともそんなにないし、お金を拾ったこともない。俺はれっきとした幸運じゃないんだよ」

「いえ、あなたには確かに幸運としての才能があるわ。普段はそれが発動していないだけ。どんな状況下で発動するのかは定かではないけど、ここぞという時には発動してくれると信じるしかない。あなたが今この場に現れたのもその証左。偶然に見せかけた必然なのよ。あなたの才能こそ、黒幕を倒す唯一の”希望”の光!」

 小清水は興奮した口調で前木に詰め寄った。

「そうか……だから俺に全部言ったのか……俺に協力しろと言ったのも……」

「そう、その通り! 私の崇高な目的のためには、まず何としてもあの黒幕を倒す他に道はない。あなたはどうあっても私に協力するしかない。友人と共にこの場所から脱出するためにはね」

「…俺がお前から聞いた情報を入間や伊丹に流すっていう可能性は考えないのか」

「それは無理ね。なぜなら……ほうら、私のタブレットを見てみなさい」

 そう言って小清水は校則が書かれているタブレットを見せた。

 

【校則(一部の生徒向け):夢郷郷夢の正体について、口外することを禁じます。他の生徒に知られた場合、校則違反として罰します。】

 

「たった今追加され、そして入間、伊丹、山村、そして私にだけ通知された校則。あなたには通知されていないでしょう?」

「…本当だ。俺のタブレットにはない…」

「”あなたが土門の正体と目的について知っている”ということを黒幕が知らないからよ。でも、もしあなたが入間や伊丹に自分の知っていることを言ってしまったら…」

「俺が知らないはずの事情を知っているから、校則違反としてお前ら四人が処刑される…?」

 前木の言葉に小清水が頷いた。

「そうなればあなたは大事な友達を失うだけでなく、黒幕に勝つ算段も失ってしまう。黒幕側の監視もいよいよ厳しくなるでしょうし、こっそり伝えるなんて手法も無理でしょうね」

「マジ……かよ……」

「だからあなたは知らないふりをしなければならない。これからもずっと。だけど、時が来たら私に協力しなさい。そうしなければあなた達は黒幕に勝てない」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ほら、たった今新しい校則を追加したぞ。これをちゃんと守ってくれよな」

「………」

 三人は黙って自分のタブレットを見た。

「これを守れば……とりあえず今まで通りの生活は送れるということですね…」

「ダメなんだ、今まで通りじゃ…!! それじゃ何も変わらない…!! またきっと、同じことが…」

 入間は膝をつき、怒りをこらえるように声を絞り出した。

「そう思うなら変えてみせろよ」

 土門は、今まで浮かべていた笑みを消して吐き捨てるようにそう言った。

「オメーラの手でこの物語を中断できるって言うなら、やってみせてくれよ。楽しみにしてるからよ」

 そう言って土門は立ち上がる。

 

 

 ◆◆◆

 

「さあ、いつまでもあの四人がその部屋に籠ってるとは思えない。連中が出てくる前にさっさと自室に戻りなさい。そして考えるのよ。自分が勝利し、生き残る方法を」

 小清水に声をかけられて、前木が力なく立ち上がる。

「小清水……。駿河を…俺の友達を殺した罪を……生きて償えってあの時言ったよな? …ありがとう」

「………?」

 小清水は怪訝そうな顔をした。

「お前がこうやって、曲がりなりにも黒幕に勝とうと努力してるのを見ると、俺が言った言葉は無駄じゃなかったのかなって思えるよ」

「どう解釈しようがあなたの勝手だけど……。私はここを出たら、お前たちを含むすべての人間を虐殺する。その目的に何のためらいも抱いていないわ」

「そうか。それならそれでもいいよ。……でも」

 最後に前木は小清水の方を向いてこう言った。

「駿河はお前の中で生きている。お前が死ぬまで、一生な」

 そう言うと真っすぐに部屋まで歩き去っていった。

 

「………くだらない」

 小清水は微かに舌打ちをした。

 

 

 ◆◆◆

 

「……おや」

 それから間もなく、土門が休憩室から出てきた。

「ひょっとしてオメー、オイラ達の話を盗み聞きしてたな?」

「何か不都合でも?」

 小清水は平然と対応した。

「はっはっは! オメーにも校則は届いてんだろ? オメーの気持ちは分かるが、あまり変な動きをすんなよ? オイラ達は所詮演じ手なんだからな! ぎーひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 けたたましい笑い声をあげながら土門は夢郷の部屋へと戻っていった。

 

「…あなたは」

 続けて出てきたのは入間ジョーンズだった。

「その様子だと、大した成果はなかったようね」

 小清水の言葉に、入間は顔をうつむけた。

「私には…あなたの考えが分かりません。あなたは敵なのか、味方なのか」

「敵よ。私の味方なんていない。必要ない。人間に味方される筋合いなんてない。……だけど、利用はする。使えるものならね」

「私はあなたと対話することをあきらめていませんから。その日まで、どうか命を無駄にすることの無いよう」

 そう言って入間も去っていった。

 

「…どいつもこいつも、忌々しいことこの上ない」

 小清水は植物園へと足を運んだ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 それぞれの思惑と歪な真実が交差する中。

 大嵐の夜が過ぎ去った。

 

 

 

 希望の夜明けは、まだ来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 


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