エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お待たせいたしました。
四章は今までに比べるとかなりマシなペースで進んでいるので助かっています。
とはいえ、ボリュームもその分大きいんですけどね。


Chapter4 (非)日常編⑤

 吹屋さんが参加してから今日で三日目。

 彼女は、昨晩は山村さんの部屋に泊まったようだ。

 何事もなく(小清水さんを除く)全員が朝食の場へ現れたので安心したのもつかの間、音もなくモノパンダが現れてこう言ったのだ。

 

「ちょっとした報告があるので、朝食が終わったら倉庫の前に集合!」

 それだけ言うと即座にいなくなったモノパンダ。

 当然、俺達は怪しんだ。

 

「”動機”……なのでしょうか」

 山村さんがそう呟くと、全員の面持ちが暗いものになる。

 

 ”動機”。

 それは、モノクマたちが俺達にコロシアイをさせるために用意した、様々な仕掛け。

 

 最初の動機は、”外の世界”。

 俺の作品である『希望の蔓』がめちゃくちゃに壊され、お客様は皆殺しにされ。

 挙句、映像が嘘ではない証拠として”血の付いた万年筆”を渡された。

 外の世界がどうなっているのか知りたければ、殺人をしろ、という動機だった。

 

 この動機によって、津川さんは自ら殺される道を選んだ。

 そして土門君の手違いで、生きたまま焼殺された。

 絶望の歯車は回り始めた。

 

 第二の動機は、”将来の夢”。

 自らが思い描く夢を達成させるため、ここから脱出したいという心情を煽る動機。

 その動機は多くの人に影響を与えた。

 リュウ君は自らの本性を思い出し、御堂さんは家族を作り直すために脱出を決意し、小清水さんは人類を滅ぼす夢を見出し、同じく脱出を決意した。

 

 これまで何度も”不殺”を誓ってきた俺達に対し、しかし動機は確実にその心を蝕んできた。

 その動機が、再び俺達に突きつけられることになるのか。

 

 

「………とか思ってたら大間違いだぞー!!!」

 そんな俺のモノローグに対し、いつの間にか再び現れたモノパンダが盛大にツッコミを入れてきた。

「あのなあ、これはオイラからのささやかなプレゼントなんだぞ!? いいから倉庫前に集合!!」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「嫌な予感しかしねえけどな……」

 倉庫の前に全員が集まると、前木君がふと呟く。

 いつの間にか、みんなから離れたところに小清水さんも腕を組んで立っている。

「もー!! 人を呼び出しといて待たせるなんてマナーのなってないパンダでありんすね!!」

 昨日の俺との言い争いなどすっかり忘れた吹屋さんが、怒りを露わにする。

 

「どっひゃー!! 待たせちゃって悪いなー!!」 

 そうこうしているうちに、倉庫の扉を開けてモノパンダが現れた。

「いいから用事を言えよ!」

 亞桐さんがお得意のツッコミを入れると、「ほれ、今来るぞ!」とモノパンダが返す。

「来る……?」

 その言葉の意味が分からず首をかしげる俺だが、その真意はすぐに分かった。

 

 

 ガシャン、ガシャン、と倉庫の中から音がする。

「え、なになになに!?」

 すると、不意に倉庫の扉から”ヒト型の何か”が現れた。

 

「「ぎゃーーーーっ!!!」」

 亞桐さんと吹屋さんが抱き合って同時に叫び声をあげた。

 山村さんは咄嗟に構え、気を高める。

 

 現れたのは、機械でできた骨格標本のような…。

 無骨なロボットだったのだ!

 

「じゃじゃーん! こいつは御堂秋音さんが希望ヶ峰の生徒だった時代に開発したマシンを、オイラが手を加えて発展させたロボット! 人呼んで”モノドロイド”だぜー!!」

 ”モノドロイド”と呼ばれたロボットは一歩進んでお辞儀をした。

「こいつはまだ試作品だから、背中のキーボードから入力した簡単な行動しかできないけど、力仕事とかめんどい役を任せちゃえば今後の生活が一気に楽になるんだぜー!!」

 バシッと決めポーズをして語るモノパンダ。

 アルターエゴⅡに続いて、さらに御堂さんの発明品が登場したというわけだ。

 改めて彼女という人間の凄まじさを実感させられる。

「”モノドロイド”……? なぜそんなものを、今このタイミングで?」

 入間君が如何にも怪しそうな表情を浮かべて尋ねる。

「なんでって、ちょうど人数も減ってオメーラの人手も足りなくなってきただろうし、何より昨日アルターエゴさんが”体がある人間は羨ましい”とかいうもんだから、オイラが張り切って一晩で取り寄せてやったんだぞ!」

「アルターエゴのために……?」

 俺は昨日の会話を思い出した。

 

 

 

 ◆◆◆

 

【Chapter4 (非)日常編④】

 

「私には皆さんが羨ましいですなり。私と違って、皆さんには肉体がある。遊ぶことも、探索することも、戦うこともできる。私はただの知能。考え、伝えることしかできませんなり」

 

 ずっと無表情だった津川さんのアバターが、初めて寂しそうな表情をした。

 

「そっか……そうだよね。……ごめん。こんな時、なんて言ってあげればいいのか…」

 

「…いえ、謝るのは私の方ですなり。どうにもならないことを言って、悪戯に葛西様を戸惑わせてしまうようでは人工知能失格ですなりね…」

 

 アルターエゴはますます下を向いて悲しそうな顔をする。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 確かにそんな会話をしたけど…。

 いったいなんでモノパンダがアルターエゴに肩入れするんだろう……。

「じゃあ、アルターエゴをこのロボットの知能に移植することができるってこと?」

「そのとーりだぜ!」とモノパンダは伊丹さんの問いに答える。

「まだ試作品だからインストールに時間がかかるかもしれないけど、移植が済めば完璧にモノドロイドを自分の体として扱うことができるぜ! これで複雑な命令もお茶の子さいさい!」

「…でも、せっかく手に入れた身体があんな不気味なのじゃアルターエゴちゃんが可哀想だよね~…」

 亞桐さんの言う通りかもしれない。

 果たしてアルターエゴは喜んでくれるのだろうか……。

 

「じゃあさ、試運転がてら食堂でアルターエゴに移植してみようぜ!」

 前木君が提案すると、特に反対もなくみんなは食堂へと移動することとなった。

「わーすごい! ここにキーボードがあるでありんすよ!」

 吹屋さんがロボットの背面にある蓋(?)のようなものをパカっと開けながら声をあげた。

 そこにはキーボードと黒い画面があり、キーボードに打ち込んだ文字が黒い画面に表示された。

「へー、これでモノドロイドに命令をするんだね」

 そう言いながら亞桐さんが文字を入力していく。

 

『食堂に移動する』

 

 エンターキーを押すと、『以上の内容でよろしいですか?』というメッセージが出てくる。

 この状態でもう一度エンターキーを押すと『命令確認中……』という文言が浮かび上がった。

「うわっ、動いた!」

 機械音を立てながらモノドロイドが動き出す。

「でもおっそいな……」

 前木君が呆れ顔で呟いたとおり、人間に比べるとその動きは半分くらいだ。

「ま、今の技術だと機械の動き方なんてこんなもんだよな。とりあえず食堂に向かうか!」

 

「モノパンダ。…一つ質問があるのだけど」

 伊丹さんの言葉に、ニヤニヤと俺達を見守っていたモノパンダが「はいはい、はいよ!」と答える。

「アルターエゴが中に入っている状態でこのキーボードで命令を出すとどうなるの? キーボードの命令が優先されるの?」

「いんや、アルターエゴの方がモノドロイドの内部知能より優れてるから、アルターエゴが中にいる間はキーボードの命令は一切受け付けないぜ! 仮にキーボードの命令を実行中にアルターエゴがインストールされた場合、その時点で命令はキャンセルされてアルターエゴの意思が優先されるぜ!」

 モノパンダはビシッとポーズを決めながら答えた。

「……そう」

 伊丹さんは短く返事をすると、食堂へ向かうみんなに混じっていった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ところで入間君」

 皆が食堂に向かう列の最後尾で、小清水が入間に声をかける。

「前木君に伝えてくれた? 昨日の伝言」

「いえ、話しかける暇がなかったものですから。そんなに伝えたいのであればご自分で伝えればよろしいのでは…?」

 入間は毅然とそう答える。

「それじゃつまらないじゃない。()()()()()()()()()に意味があるのよ」

「………?」

 入間は目を細める。

「ま、深く考えないで。ただの伝言ゲームだから」

 小清水はそう言って食堂とは反対方向に去っていった。

「…………」

 入間は相変わらず不審なものを見る目で小清水の背中を見送った。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……モノパンダが、私に?」

 食堂へアルターエゴを連れてきて説明してやると、案の定彼女はパソコンの中で不思議そうな顔をしていた。

「そう…。理由は分からないけど、あんたに体をあげるってさ」

 亞桐さんがそう説明するが、アルターエゴは首をかしげる。

「まあとにかく、害はなさそうだし一度中に入ってみたら? メモリーを差し込めばいいの?」

「いえ、その必要はありませんなり。私に搭載されているハッキング機能の応用で、半径十数m以内の電子頭脳に電波を飛ばして自動で移ることができますなり」

 アルターエゴはそう答えると、ゆっくり目を閉じる。

「では、電波を飛ばしますなり…‥」

 それと同時に、モノドロイドの背面の画面に『アルターエゴ インストール中… 1%』との文字が浮かび上がる。

「ほえー、アルターエゴってのは凄い代物でありんすねー! あちきの家にも一台ほしいでありんす!」

「アンタが持ってたってこき使うだけでしょ?」

「失礼な! あちきの下で奴隷になれるならむしろ光栄と思うべきでありんすよ!」

「こき使うのは否定しないのかよ!」

 相変わらず物騒なことを言う吹屋さん。

 流石に冗談だと思うけどさ…。

 

「でもこれ、インストールにかなり時間がかかるみたいよ」 

 黒い画面を見ながら伊丹さんが言った。

 見ると、こうやって俺達が会話している間も画面の中の数字は1%から上昇していない。

「アルターエゴ、もう少し時間かかるのか?」

 前木君が問いかけるが、返事はない。

「インストール中は会話を含め一切のアクションができないみたいですね…」

 山村さんが言うとおり、アルターエゴには一切のアクションが見られない。

 

 読書したり会話したり、各々の方法で時間を潰すこと30分。

「こんにちは!!」

「「「うわっ!!!」」」

 突然アルターエゴの声が響いたので、俺と亞桐さんと吹屋さんは同時に悲鳴を上げた。

「ビックリしたぁ……」

「…なるほど。これが”体”ですか。自由に動かせる部位があるというのはいいものですなりね」

 胸をなでおろす俺達をよそに、モノドロイドに乗り移ったアルターエゴは両手を握ったり広げたりしていた。

 声は喉の部分のスピーカーから出しているようだ。

「…でもやっぱりその姿だとちょっとおどろおどろしく見えちゃうよね」

 亞桐さんがため息交じりに言った。

 確かに、骨格のような姿なのに声は津川さんのものだから、余計に怖い。

「見た目の改良はいずれ行うとして…。これで私も皆様のお手伝いができますなり。私に疲労という概念はございませんので、なんなりと用事を申しつけてくださいなり」

 アルターエゴはそう言って丁寧にお辞儀した。

 

「そんなこと急に言われてもね…。どうする?」

 亞桐さんがみんなに尋ねると、前木君が「じゃあさ!」と声を張る。

「とりあえずみんなで大ホールで遊んでみるのはどうかな? 最近体動かしてないし、運動したい気分なんだよな! 球技大会しようぜ!」

「お~! それいいね!」

「私も久しぶりに体を動かしたいわ」

 彼の提案に賛意を示す亞桐さんと伊丹さん。

 散々弓道をやった俺と吹屋さんと入間君にとっては昨日の今日だが、昨日ずっと図書室にいた前木君は体を動かしたくてウズウズしている様だ。

 

「もちろん葛西は来るよな?」

「……もちろん!」

 ……って答えるしかないよね。

「えっとー、私は用事があるので」

「もちろん入間も来るよな?」

「……分かりましたよ、行きますよ……」

 入間君も巻き添えになったのを見てちょっと安心する俺。

「うっひょー楽しそー!! ちょっとジャージに着替えてくるでありんすね!」

 昨日の疲れが露骨に出ている俺や入間君と違って、吹屋さんは乗り気で部屋に駆け込んでいった。

 俺達よりも体力があるんだなあ。

「よっしゃー! 私もやる気が出てきたので道着に着替えてきますね!!」

 吹屋さんに影響されたのか、山村さんも威勢よく部屋に戻っていった。

 大ホールで球技をするのに道着なんておかしな気もするけど、彼女はジャージを持っていないのかな?

「……と、俺もジャージに着替えなきゃな…」

 

 少しすると、みんながそれぞれの運動着(大半はジャージ)に着替えてその場に現れた。

 伊丹さんと吹屋さんだけが長袖長ズボンで、あとはみんな半袖短パンだ。

 ジャージなんて久しぶりに着たなあ…。

 吹屋さんの髪を留めるかんざしはヘアゴムに置き換わっており、溌溂としたスポーツ系女子といった見た目だ。

「わー、着物以外の喜咲ちゃんって斬新だなー」と亞桐さん。

「あちきはこう見えてアウトドア系でありんすからね! 昨日も見せた通り運動神経は抜群でありんすよ!」

 自分で言っちゃうのが彼女らしいが、確かに彼女は弓道も上手かったし、運動神経は十分にありそうだ。

「じゃあ、大ホールに行きましょう。…アルターエゴ、ちゃんと動ける?」

「はい。だいぶこの身体にも慣れてきましたなり」

 伊丹さんが問いかけると、機械音を鳴らしながらアルターエゴが答えた。

 モノドロイドは、先ほど前木君が文字を入力して動かしたときに比べればかなり滑らかに動いている。

 

「…あ、ユメちゃん!」

 こうしてみんなで大ホールに向かう途中、本をもって廊下を歩く夢郷君に遭遇した。

「やあ。みんなで出歩いてどうしたんだい? …そこにいるのはモノドロイドか?」

「実はこれ、アルターエゴちゃんが中にいるんだよ! ねっ!」

「はい。私がモノドロイド内にインストールされ、これを動かしていますなり」

 亞桐さんの声にアルターエゴが答え、夢郷君にお辞儀した。

「おお。もうその機能を実行しているのか。彼女が実体を得れば文字通り百人力だね」

 夢郷君は嬉しそうな笑みを浮かべてそう言った。

「で、今からこの子の試運転を兼ねて大ホールで球技大会をすることになったんでありんす! 良ければユメちゃんも一緒にどうでありんすか?」

 吹屋さんが天真爛漫な笑みで問いかけると、夢郷君は顎に手を当てて考えたのち、答えた。

「今日はやろうと思っていたことがあったが、せっかくの機会だ。僕もご一緒させてもらおうか」

「やったー!! 久々にみんなで遊べるね!」

 亞桐さんは心の底から嬉しそうだった。

 小清水さんはいないけど(あの人は流石に誘っても来ないだろう…‥)、それ以外の全員でイベントをするなんて、先週のスイカ割り大会以来だな。

 なんだか俺もワクワクしてきちゃったな。

 

「……? どうしたの、前木君」

 どこか前木君の様子がおかしい気がしたので、俺は思わず尋ねてしまった。

 だって、大ホールで遊ぼうって言った言い出しっぺだったのに、なんだかすごくよそよそしいというか、気まずそうな顔をしていたから……。

「ん? どうかしたか?」

 しかし、俺が声をかけるとすぐさまさっきの明るい笑顔に戻った。

 俺の思い過ごしだったのかな。

「いや、ごめん…。大ホール、行こっか」

 

 

 そして俺達は夢郷君がジャージに着替えるのを待って大ホールに移り、一日中球技を楽しんだ。

 午前中はバスケ、お昼に伊丹さんと山村さんの手作り弁当を食べて午後はバレー。

 女子チームと男子チームに分かれたりもしたが、如何せん女子チームが強いのなんの。

 スポーツ万能の女子が山村さん、伊丹さん、吹屋さんと揃い、亞桐さんもかなり動ける方だ。

 さらに後半はアルターエゴの覚醒ぶりが凄まじく、人間よりも素早く動いていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 管制室。

 もはや隠すことさえされず自由に入れるようになったこの場所に、小清水はいた。

「随分と呑気な連中ね」

 監視モニターにはカメラの様子が映され、大ホールで球技に興じる皆の様子が見える。

「あれだけ黒幕に喧嘩を売っておいて、こんなに呑気でいられるのはむしろ尊敬に値するわね」

「まあ、そう言ってやるなよ!」

 ひょこ、と管制室の扉からモノパンダが現れる。

「話を聞く分には、アイツらにもちゃんと考えがあるみたいだぞ! ぎひゃひゃひゃ!」

「無駄よ。あいつらではあなたに勝てない。勝つのはこの私」

 モノパンダに視線を向けることなく小清水は答える。

「入間は私があげたヒントの意味にも気付けないようだし」

「ヒント?」

 モノパンダは不審そうに首をかしげる。

「こっちの話よ。気にしないで」

「ふーん。まあ、オイラを倒すために思考を巡らせてくれるなら大歓迎だぜ!」

 グーサインを出しながらモノパンダは不敵に笑う。

 

「じゃあ、私が思考を巡らせて辿り着いた仮定があるんだけど、答え合わせをお願いしてもいいかしら?」

 その言葉とともに小清水は初めてモノパンダの方を向いた。

「んあ? まあ、話を聞いてから考えるよ!」 

 どこからか取り出した笹をかじりながらモノパンダは答える。

「あなた、アルターエゴでしょう?」

「ブフッ!!」

 小清水の言葉と同時にモノパンダは笹を吐き出す。

 

「あなたが何故このタイミングでモノドロイド(あんなもの)を用意したのか…。無論()()()()のアルターエゴに体を与えたかったからなんて理由ではないわよね。私たちに都合のいいロボットを与えたかったわけでもない。理由はただ一つ。他ならぬあなた達が私たちを牽制するため」

「………」

 モノパンダは不機嫌そうに頬を膨らませたが何も言わなかった。

「入間達からの宣戦布告を受けて発注したんでしょう? ヌイグルミよりあのドロイドの方が背も高いし力もあるでしょうしね」

「……何言ってんだよ。オイラ達はこの美しくて可愛らしいフォルムを気に入ってるんだぞ! せっかくのコロシアイマスコットが人体模型みたいな姿だったら嫌だろ? だからオイラ達がこの身体以外の身体を使うことなんてないよーだ!」

 べー、と舌を出しながらモノパンダは答えた。

「本当かしらね? 負けそうになったらなりふり構わず抵抗しそうなものだけど」

 小清水はモノパンダを見下ろしながら嫌味っぽく笑った。

 

「そもそもなぜオイラがアルターエゴだって言えるんだよ」

「簡単な話よ。土門隆信はあそこにいるのに、あなたがこうやって動いているのが何よりの証拠」

 小清水はモニターの中、大ホールでバレーボールをする夢郷(の姿をした土門)を指さす。

「思えば、最初っから気付くべきだったのよ。生身の人間が24時間休みなく私たちを監視し続けられるはずがない。複数の人間が関与している線もあり得るけどね。あなたの中身が土門隆信と判明した以上、あなたの正体が”土門隆信の人格をコピーしたアルターエゴ”であることは明白」

「………」

 モノパンダは困っているようないないような微妙な表情を浮かべる。

 

 その頃、希望側のアルターエゴもまた、同じような内容の会話を葛西と交わしていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「…モノパンダたちもアルターエゴなの?」

 バレーボールの試合の合間の休憩の時間のことだった。

 アルターエゴが思わぬことを口にしたので、俺は思わず聞き返した。

「…はい。私はそう思いますなり」

 アルターエゴはしゃがみ込んだ態勢のまま答えた。

「確かにあいつらも機械だしな……。言われてみればそんな気もするよ」

「…実は先日、私の中に眠っていた情報データを発見したので解凍し直しましたところ、私のお母様…すなわち御堂秋音様の発明品についてのデータがございましたなり。私はハッキング能力とハッキング耐性を得ただけの改良型ですが、その発明にはまだ続きがあったんですなり」

「続きが……!?」

 俺はボトルに入ったミネラルウォーターを一口呷ると、身を乗り出して話を聞き入った。

 他のみんなにも教えた方がよさそうな情報だが、アルターエゴは俺だけを特別信頼してこの情報を教えてくれているようにも見える。

 今は俺と彼女だけの秘密にしておこう。

 

 大ホール内では他のみんなも同じように休憩していたので、俺は世間話をする風を装って密かにみんなから離れたところにアルターエゴを誘導した。

 今この場で話を切り出したのも、二人っきりで話すよりもこういう時間に話した方が黒幕にも怪しまれにくいと彼女が判断したのだろう。

 十分に離れたと判断した場所で俺は彼女の発言を求めた。

 

「はい。データに残っていた発明品は二つ。…第一に、”アルターエゴⅢ”」

「…Ⅲもあるのか」

「Ⅲ型は私達Ⅱ型のハッキング能力を向上しつつ、人工知能の飛躍的な強化によって”超高校級の才能”の搭載に成功した究極のアルターエゴですなり」

「超高校級の才能を!?」

 思わず俺は大きな声を張り上げてしまい、慌てて口を押えた。

 無から生まれた機械が俺達と同じ”才能”を手にしたとしたら、それはとんでもないことだ。

 それこそ”超高校級の人間”は不要になり、機械が全てを支配する世界にだって……。

「はい。希望ヶ峰学園が超高校級の才能をデータ化する研究を続け、その過程で生み出されたアルターエゴですなり。ですがⅢ型は未だ発展途上であり、搭載できる才能は極めて限られている…と私のデータにはございますなり」

「……もしかしたらあのヌイグルミたちはⅢ型かもしれないってことなのか……」

 もしそうだとしたら、モノパンダやモノクマは何らかの才能を持っていることになる。

 いったい何の才能なのだろう……。

「まだ確定したことではありません。…が、私がモノパンダなどのコントロールを奪えないということは、少なくともハッキング能力についてはⅡ型以上のものを有していると考えて間違いございませんなり」

 やはり俺達の敵は途方もない規模だ。

 そんな奴らを出し抜いてここから脱出なんてできるのだろうか……?

 

「…じゃあ、残るもう一つの発明は?」

「それを知るための直感的なヒントは、今私が動かしているこの身体…”モノドロイド”ですなり」

 アルターエゴは自分の両手をのぞき込みながら言った。

「このアンドロイドは、私と同じくアルターエゴである黒幕たちがより自由に動くために用意したものである可能性が高いですなり。もし黒幕たちがアルターエゴⅢだったとしたら、それが取り憑いたモノドロイドはどうなるでしょう?」

「超高校級の才能を得たアルターエゴを搭載したアンドロイド…。それってもう、”超高校級の生徒”そのものじゃないか………!」

 俺の声はいつしか震えだしていた。

 希望ヶ峰は、そして御堂さんは、そんなものを開発していたというのか。

 人類の希望たる”才能”。

 それが機械となって量産される世界。

 それが、希望ヶ峰の目指す世界なのか…?

 

「そうですなり。究極のアルターエゴを搭載した究極のアンドロイド…。それが我が母、御堂秋音の最終発明品、”アルターヒューマン”ですなり」

「アルターヒューマン……」

 それが、俺達の敵。

 黒幕がモノドロイドに乗り移った姿なんだ。

 

「しかしながら、アルターエゴの感情や知能は十分でも、アンドロイドの研究がそれに追いついていないのが現状。まだまだ人間そのものを生み出すには遠い…とデータにはございますなり」

 確かに、そう話すアルターエゴの姿…すなわちモノドロイドの姿は、人間には程遠い。

 御堂さんは、それを極限まで人間に近づけようとしていたのか。

 全ては、失われた家族を蘇らせるために。

 しかしその思い、情熱、知識は、全て黒幕に悪用されてしまった。

 

「やっほーい! ユキマル! アルちゃん! 第二セット始めるでありんすよ!」

 バレーボールを弾ませながら声を張る吹屋さんの言葉が聞こえた。

 体も火照ったのに長袖長ズボンを貫く彼女は意外とガードが堅いんだな。

 

「…今話したことを胸に留めておいてください。きっと、役に来る時が来ると思いますので」

 アルターエゴは短くそう言うとみんなの輪の中へ戻っていく。

「うん……。ありがとう」

 俺も短く返して輪に入っていった。

 

 今日は楽しい日だけど、考えることは多そうだな。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 こうして今日という日が終わった。

 彼らは汗を流し、つかの間の幸福を楽しんだ。

 

 

「あ、そういえば、前木さん。小清水様が……」

 へとへとになって食堂へと向かう集団の中で、入間はようやく小清水からの伝言を伝えた。

「…と、このように仰っておりました」

「小清水が…………」

 前木は複雑な表情を浮かべる。

「これを伝えろと言われたとき、私は虫唾が走る思いでしたよ…! 丹沢さんが身代わりになって亡くなられたときのことを、未だに幸運となじるなど……」

 入間は拳を震わせて怒りを露わにする。

 しかし前木には分かっていた。

 

 小清水が自分に向けていった”幸運な子”とは、丹沢が飲んだ毒コーヒーを飲まなかったことに対する皮肉ではない。

 自分の幸運に、黒幕を倒しうる素質があることを言っているのだと。

 

 しかし悲しいことに、入間がそれに気づく様子はなかった。

 この言葉をわざわざ入間づてに伝えさせたのも、小清水が入間を試しているからだとすぐに分かった。

 敢えて前木の幸運についてのヒントを出し、前木の幸運の本質に気付くかどうか、試しているのだ。

 だが入間はうわべの意味に引きずられ、盲目になってしまった。

 

「……そっか」

 前木にはこう返すことしかできなかった。

 入間に真実を教えたいが、それが校則違反になる可能性を孕むことはこの前小清水によって示された。

 教えたくても教えられないもどかしさ。

「…虫唾が走るのはこっちだよ」

 誰にも聞こえない声で、前木はぽつりと呟いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 一方、山村と伊丹は夕食を作る厨房の中でこんな会話を交わしていた。

 

「伊丹さん。今日一日運動してみてどうでしたか? やはり私の仮説は正しかったでしょう?」

「…恐れ入ったわ。あなたがこんな発見をしてくれるとは思わなかった」

 ストンストンと野菜を切りながら伊丹は呟く。

 

「ずっとあの大ホールで修業をしていて思っていたんです…。『いつもより少し疲れやすい』って。初めはたまたまだと思ったんです。でも、何回修行しても同じように感じられて…」

「失われた数年間の記憶の間に体力が低下するようなことがあったのかもしれないけど…。別の可能性として、あなたは一つの結論に行き着いたわけね」

「はい。『この場所自体に原因がある』…と」

 話をしながらも二人の手際は早い。

 ごま油を敷いた鍋で肉を焼き、焼き色がついたら水と野菜を投入する。

 

「それであなたの相談を受けて、今日一日運動してみることにした。偶然にも前木君がああいう提案をしてくれたから自然に運動する流れに持ち込めたのは幸いだったわね」

 菜箸で鍋をかき混ぜながら、伊丹は調味料をその中につけ足していく。

「私の感覚が正しければ…だけど……。この場所は、普通の場所よりほんの少し……”酸素が薄い”

 その言葉に山村がコクンと頷く。

「つまりこの校舎は、それなりに標高が高い場所にあるんです!」

 山村がそう総括する。

 

「あとはその仮説をどこに生かすか、ね……」

 伊丹は完成した鍋の味見をしながら、思案に耽っていた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 夕食の後、俺はアルターエゴをノートパソコンに戻し、一緒に部屋に帰った。

「お疲れさま。今日は楽しかったね」

「葛西様……」

 そう言って顔を赤くするアルターエゴ。

 そういえばこの子、みんなの前では隠していたけど俺に惚れてたんだっけ。

 嬉しいは嬉しいんだけど、参ったなあ……。

 

「ごめんね。本当はたくさんお話したいんだけど、今日は疲れちゃったからさ……。シャワー浴びたら、寝るね」

 俺はバツが悪そうに笑いながら言った。

「いえいえ、お体を大切になさるのがご主人タマにとって一番大事ですから」

「……? ”ご主人タマ”……?」

「あっ…」と声を漏らしてますますアルターエゴは顔を赤らめ、両手で顔を隠した。

「ご、ごめんなさい…。その…。身も心も虜になった相手にだけ、この呼び名を使うようにしているんですなり…。今後も私をお好きなようにしてくださいなり、ご主人タマ……」

「……あ、あはは……」

 デレデレ過ぎて苦笑いしか出ないよ。

 俺、そんなに好かれるようなことしたかなあ……?

 

「せっかく熱くなってくれたところで悪いんだけどさ、今日の最後に一つだけ、真面目な質問をさせてもらってもいいかな?」

 待ちきれなくなった俺は遂に主題を切り出す。

「……? 何でございましょう」

 アルターエゴも俺の真面目な様子を汲み取って表情を直した。

「ほら、この前言ってたじゃないか…。”夢郷君が夢郷君じゃない”って…」

 こんなところで話していたら黒幕には筒抜けだろうが、今は仕方ない。

 一刻も早く情報が欲しいし、夢郷君()が黒幕側なのかも分からないし。

「…そのことですか。それに関して、実は今日の運動の時間に検証を行っていましたなり」

「……検証?」

「はい。運動をしている夢郷様の鼻筋、輪郭、目元の位置などを私が所有している皆様のデータと照らし合わせて確認してみましたなり」

「すごいね……そんなこともできるんだ」

「……その結果、夢郷様は私が持つ”夢郷郷夢”のデータと【86%】一致しましたなり。本人様であれば時間の経過による顔立ちの変化を加味しても、【94%】以上の値でなければなりません。【86%】という値は、よく似た兄弟か、高度な変装をしている人物に多い値ですなり」

「変装……!?」

 その言葉はつまり、夢郷君ではない人物が夢郷君に成り代わっているということを示している。

 

「一方、夢郷様のデータは別のとある人物と【96%】の一致を見せておりましたなり」

「………!!」

 その人物というのが、夢郷君に成りすましている人物…?

「その人物は………他ならぬ、土門隆信様ですなり」

「っ……!??」

 予想だにせぬ答えを聞き、俺は思わず立ち上がっていた。

「そんな……バカな!!??」

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 少しづつだが、確実に歩みを進める希望達。

 一枚ずつ明かされていく真実。

 絶望という闇の深い底、その先に……ほんの一条、糸のように細い光を見出しつつあった。

 

 

 そう、黒幕は……その”光”を待っていたのだ。 

 光が差し、皆が僅かな希望を見出して胸躍らせる時を。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 結局、あの晩は夜遅くまでアルターエゴと談義していた。

 夢郷君は既に亡くなっているとか、土門君は何らかのトリックでオシオキを逃れたとか、彼が黒幕側で裏で暗躍しているとか。

 彼女から告げられた仮定は、にわかに信じがたいことばかりだった。

 そんな談義の後だから、ぐっすり眠れるはずもなかった。

 モヤモヤとした意識の中で、俺は………。

 

 

「……う、ん……?」

 俺は目を覚ます。

 体が無理矢理何かに起こされているような、とてつもない不快感を感じる。

 なんだ、一体?

 

「………?」

 その理由はすぐに分かった。

 キーンと、謎の高音が頭の中で反響しているんだ。

 耳鳴り?

 なんでこんな症状が?

 

「葛西、なんかずっと変な音しない?」

 最低限の準備をして朝食に向かうと、開口一番亞桐さんにそう言われた。

 昨日のアルターエゴとの会話を経て夢郷君が既にこの世にないかもしれないと知った俺は、亞桐さんとどう接すればいいのか大いに悩んだのだが、今はそんな思考すらもこの高音にかき消されてしまっていた。

「亞桐さんも聞こえるんだ、この音……」

「ウチどころか、ゆきみんも入間も、みんなだよ!」

「ふぇ~~~…。朝っぱらからこんな新幹線の中みたいな音を聞かされたらテン下げでありんす~……」

「…全員が聞こえているということは、ただの耳鳴りではないようね」

 見ると、その場にいるみんながぐったりしている。 

 この音、ただ不快というだけでなく、どことなく人の神経を逆撫でするような、苛立たしくさせるような、そんな感じがする。

 

「おっはよー!!!」

「!?」

 くるくると回りながら天井からモノパンダが降ってくる。

「あれれ? みんな朝から元気ねーな! まるで嫌な音でも聞いてるみたいだぜ! ぎひゃひゃひゃ!!」

「…やはりこの音はあなたが起こしたものなのですね」

 敵意のこもった目つきでモノパンダを睨みながら入間君が言った。

「だいせいかーい!! 実はこの音、人間工学を極めた天才パンダであるオイラが、人間が最も不快に聞こえる周波数の音をスピーカーに乗せて流してるんだぜ~!!」

「お前、俺達に直接手は下さないんじゃなかったのか!!」

 前木君がダンと机を叩いてモノパンダに怒鳴った。

 

「仕方ないんだよ~~!! これが今回の動機だから!」

 モノパンダは両手を広げてそう告げた。

「ど、動機……!?」

「そのとーり!! みんながコロシアイを起こすまで、この音はずっと流れ続けるんだぜ!!」

 みんなに戦慄が走る。

 

 今までとは一線を画する動機だ。

 今までのようにDVDを配布して、その内容でコロシアイを掻き立てさせる…といった内容だとばかり思っていた。

 だが、今回の動機はかなり強引なものだ。

 俺達がコロシアイをしなければ、この不快音は容赦なく俺達を追い詰め、精神をバラバラに破壊するのだろうか。

 

「ウチらが……コロシアイをするまで……??」

 亞桐さんの顔が見る見るうちに絶望に歪んでいった。

「そんな……。今までの動機に比べて、随分と強引で公平性を損なうのではありませんか?」

 入間君は精一杯の言葉で反撃を試みる。

「いいんだよ!! だってコロシアイを経れば減るほどみんなはコロシアイに対して慎重になっちゃうだろ? だから動機もコロシアイが進むほどに強くなっていくぐらいがちょうどいいんだよ!」

 こじつけにしか思えない理論で自らの意見を正当化し、不敵に笑うモノパンダ。

 なんて、なんて卑劣なやつなんだ。

「それに、飯を食わせないとか、睡眠をとれないとか、そういう命に関わるものでもねーだろ? ただ”嫌な音がするだけ”だぞ!」

「でも……でも……!」

 

「みんな、動揺してはいけないよ」

 混沌とする場を鎮めたのは、夢郷君だった。

 いや、彼は………土門君……なのか……?

「音で僕たちを支配しようというのなら、イヤホンでもヘッドホンでも付けていればいいじゃないか。いずれも倉庫に行けばあるだろうし、モノモノマシーンの景品にもなっているかもしれない。嫌な音には栓をしてしまえば何の問題もない」

「ぎひゃっ!? それは痛いところを突かれたぜ! だけどな、オイラが自信をもって世に送り出したこの音を舐めてもらっちゃ困るなあ! こいつはイヤホンとかヘッドホンすらも貫通する音波なんだぜ!」

「それでも耳栓をすれば多少はマシになるはずだ。みんな、僕たちがこんな動機で負けるはずがないだろう? 僕たちは既に三度のコロシアイをくぐり抜けてきたのだから」

 

 夢郷君の言うことは最も…のように思える。

 彼が本当に土門君で黒幕側だったら……そんなことを言うだろうか?

 それとも、場をかき回して楽しんでいるだけなのか?

 …アルターエゴの情報は正確だと思うけど、やはり彼が土門君だなんて信じがたいな……。

 

「うっひょ~!! いいこと言った~!! 流石ユメちゃんでありんす!!」

 吹屋さんは嬉しそうに夢郷君に向けてガッツポーズを送った。

「そ、そうだよね。ウチらがこんなところで負けるわけにはいかないもんね!」

 亞桐さんもそれに同調する。

 だけど、そのほかのみんなの表情は暗いままだ。

 

「ぎひゃひゃひゃ! この動機に耐えられたら大したもんだぜ! じゃ、せいぜい頑張ってくれよ~」

 その言葉を残してモノパンダは天井の穴に吸い込まれていった。

 

「…と、とりあえず私は人数分のイヤホンを持ってきますね」

 それと同時に山村さんは食堂を後にした。

 

 

 こうして、俺達の戦いの日は始まった。

 昨日と違って、誰もみんなで何かをしようと言い出す者は現れなかった。

 みんな、黙々と自分にとって一番楽しいと思うことをした。

 俺は最初のうちは図書室で読書をしていたが、すぐに集中できなくなってやめた。

 モノパンダの言うとおり、この不快音はイヤホンをしていても、イヤホンで音楽を聴いていても、はっきりと耳をつんざいてくる。

 

 机を挟んだ向かい側では伊丹さんが図書室のノートパソコンで調べ物をしていた。

 しかし集中できないのか、時節髪をかき乱したり机に突っ伏していた。

「……伊丹さん、大丈夫…?」

「大丈夫よ、放っておいて」

 彼女のぶっきらぼうな言い方に無性に腹が立ったが、俺はその感情をぐっとこらえた。

 全てはこの不快音のせいだ。

 堪えなきゃ、全てがモノパンダの思う壺だ。

 

 いてもたってもいられなくなった俺は、校内を散策することにした。

 四階に上がると、何やら音楽室からピアノの音が聞こえる。

 俺は音楽室に入ってみた。

 

「…あ、吹屋さん…」

 そこでは、吹屋さんがピアノを弾いていた。

「お、ユキマル! どうでありんすか? あちきのピアノ、とってもお上手でありんしょ?」

 満面の笑みで伴奏を続ける吹屋さん。

「すごいね…。こんなにピアノが弾けるとは思わなかった」

「へへっ! 子供の頃、噺の稽古と並行してお勉強してたんでありんすよ! このピアノであの嫌な音を上書きしてやりましょ!」

 吹屋さんは得意になっていろんな曲を弾き続ける。

 様々なメロディがピアノの音に乗って………。

 

 しばらく経った。

 彼女のピアノはまだ続いている。

 心安らかにさせてくれる演奏のはずなのに……。

 あの音が消えない。

 消えないばかりか、ますます俺の脳内にガンガンと響き続けている。

 

 吹屋さん、ちゃんと弾いているのかな?  

 手を抜いて弾いてるんじゃないだろうな。

 っていうか、なんでこの状況でピアノなんて弾いてるの?

 ピアノ上手いのをひけらかしてるのかな。

 うわ、気持ち悪……。

 

「っ!???」

 ……??

 今、俺、何を考えてた???

 俺……俺……大丈夫だよね??

 

 ブンブンと顔を横に振る。

 吹屋さんには申し訳ないけど、これ以上ここにいちゃいけない気がする。

 何か変なことを言い出す前に、ここから……。

 

「…おい!!」

 そう思っていた矢先、突然音楽室の扉が開いた。

 現れたのは前木君だ。

「前木っちもあちきのお上手な伴奏を聞きに来たんでありんすか?」

 吹屋さんはピアノを弾きながら笑顔で前木君を迎えた。

 しかし、前木君の様子はどこかおかしい。

 

 彼は俺には目もくれず、つかつかとピアノに歩み寄っていった。

「……? 前木っち?」

 ようやく異変に気付いた吹屋さんが首をかしげる。

 それと同時に…‥。

 

 ガン、と前木君はピアノの足を蹴った。

「ガンガンピアノ鳴らしやがって、うるせえんだよ!!」

「っ!!??!」

 俺と吹屋さんは混乱して言葉を失った。

 しかし、俺は一瞬後に彼の感情を理解した。

 彼はこの不快音に呑まれてしまったんだ。

 

「待って!! 前木君!」

 俺は立ち上がって声を張り上げた。

「うるせえっ!!! お前に関係ねーだろ!!」

 前木君の凄まじい剣幕に俺はたじろいでしまった。

「こんなモン鳴らしてんじゃねーよ!! ますますイライラするんだよ!!」

 続けざまに前木君はピアノの足を何度も蹴りながら叫んだ。

「………!!」

 吹屋さんは立ち上がった。

 その顔からは血の気がスーッと引いていった。

 

「何か文句あんのか!?」

 前木君がそういった瞬間、ドン、と吹屋さんは両手で彼を突き飛ばした。

 前木君は尻もちをつく。

「み、みんなのために…。あ…あちきは、みんなのためにできることをしようと思って……」

 吹屋さんの目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。 

「必死に!! 必死に頑張ったのに!!」

 吹屋さんは腰を落とすと、ピアノの鍵盤に突っ伏して号泣した。

「うぁぁぁぁああああん!!!」

「……」

 前木君は何も言わずに立ち上がる。

 

 そこから先は、俺もほとんど自我を失っていた。

 

 次の瞬間、俺は前木君の頬を全力で殴っていた。

「あ……謝れ!!! 吹屋さんに謝れよ!!!」

 体勢を崩した前木君の髪の毛をわしづかみにし、地面に押し付けた。

「こうやって謝るんだよっ!! 今すぐ謝れ!!」 

 しかし、俺はすぐに体が浮くのを感じていた。

「調子乗んなよ」

 体格の小さい俺は、すぐに前木君に投げ飛ばされていた。

 

 全身に痛みが走った…のだろう。

 だけどこの時の俺は、もう痛みなんて感じていなかった。

 アドレナリンが全身を駆け巡る。

 イラつく。

 ムカつく。

 

 

 殺してやる。

 

 

 

 

 

 

 どれぐらい俺達は殴り合ったんだろう。

「何してんだテメエら!!」

 逆鱗モードの山村さんが止めに入ったとき、前木君は俺の上に馬乗りになり、全身をタコ殴りにしていた。

 

 

 入間君や伊丹さんらが話し合った結果、俺は保健室に、前木君は個室に謹慎処分となった。

 大して重い怪我ではなく、明日には保健室を出られるだろうということだった。

 アルターエゴは俺の手から取り上げられ、亞桐さんが管理することとなった。

 あまり覚えていないが、話し合いの間に、時節怒鳴り声のような声が聞こえた。

 みんなも苛立ちを隠せずにいるようだ。

 

 こんなに脆いなんて。

 あれだけの地獄を乗り越え、絶対にコロシアイをしないと決めた俺達の覚悟と決意が、こんなに脆かったなんて。

 たった一つの音だけのために、壊されてしまうなんて。

 こんなものだったのか、俺達の存在って。

 

 

 保健室にいる間も、ずっと音は流れている。

 何かを壊したくなるが、壊せるようなものは何もない。

 俺は壁を殴って時間が過ぎるのを待つ。

 

 もういっそ、全部が終わってしまえばいいのに。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

「このままでは、私たちは崩壊します。そう遠くない未来に」

 

「黒幕に勝つためには、先手を打つしかありません」

 

「ええ、そうです」

 

 

 

 

 

 

「―――殺しましょう、あの人を」

 




まだ死体出ませんでした。ごめんなさい。
でもまあ、ここまで不穏になれば流石に次くらいには出るでしょう…ねえ?
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