エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
悲しいことにえそらのバレンタインは暇な一日なので書けちゃいました。
降りてゆくエレベーターの中で、俺は肩の傷をさすった。
犯人との格闘で矢が掠めた傷だ。
思いのほか傷が浅く出血もほとんどなかったせいか、俺は捜査の最中この傷のことをすっかり忘れていた。
しかしエレベーターに乗り込む直前で鈍い痛みとともにこの傷を思い出し、昨晩の小清水さんの行動からモノポーションの存在をも思い出したんだ。
モノポーションの回復力はすさまじい。
傷口に塗ってものの五分で痛みが消え、ガーゼの下ではもうかさぶたができ始めている。
亞桐さんにも手遅れになる前にこれを塗ってあげられれば、あるいは……。
俺達の後悔、疑心、憤怒、悲哀、あらゆる感情と絶望を乗せてエレベーターは降りる。
深い闇の底、死の裁判が繰り広げられる学級裁判場へと。
◆◆◆
もう二度と起こすまいと決意していた学級裁判。
その裁判台の前に、俺達はいた。
新しく加わった遺影は満面の笑みとダブルピースを浮かべる安藤さん。
キリっとした可愛らしい表情を浮かべる亞桐さんのものだった。
そして……すべてを悟ったかのような安らかな表情の夢郷君。
代わりに土門君の遺影は取り払われており、もう使われることはないと思われていたその席には再び土門君がついた。
「よっこらしょっと。ここにつくのも久しぶりだな~」
のんびりとあくびをしながら土門君は言った。
『やあ、みんな! 久しぶりだね! 前回の裁判で見事生き恥を晒すことになった小清水さんも元気かな?』
耳障りな声が響く。
モノクマだ。
裁判場の奥に鎮座し、絶望する俺達を高みから俯瞰する真の”敵”。
その不気味な瞳の奥に、どんな思惑が眠っているのかは誰にも分からない。
「………」
モノクマの言葉に小清水さんは何も答えない。
『うぷぷぷぷ! 元気なさげだね! 君の野望、達成できそう?』
「………さっさと裁判を始めなさい」
しびれを切らした彼女はモノクマにそう吐き捨てた。
「あの……私はどの席にいればいいですなりか…?」
俺の腕の中に抱かれたノートパソコン、その中からアルターエゴが尋ねた。
「あの…あちきの席も無いでありんすけど……」
吹屋さんも恐る恐る声を発する。
彼女も黒幕たちにとってはイレギュラーな存在。
席は用意されていない。
「って言ってますけど校長センセー、どうします??」
モノパンダが横を向いてモノクマに問う。
『う~ん、イレギュラーだからって仲間はずれにするのはよくないよね。よし、アルターエゴは津川さんの席を、吹屋さんは夢郷君の席を代わりに使っちゃいなさい!』
「あいさ~!」と答えたモノパンダは、素早い動きで津川さんと夢郷君の遺影を取り外し、席を開けた。
俺は恐る恐る津川さんの席にノートパソコンを置くと、円状の裁判台の中心にパソコンの画面を向けた。
「ありがとうございますなり…」
「いや…。君が共に戦ってくれるのならとても頼もしいよ。一緒に真実を暴こう」
そう声をかけてノートパソコンを撫でると、俺は自らの席に戻った。
「あの…。なんでユメちゃんの席にしたでありんすか…?」
吹屋さんは夢郷君の席に収まりながらも怪訝そうに問いかける。
アルターエゴはアバターが津川さんだから津川さんの席につくのは納得できる。
しかし吹屋さんは夢郷君の席を使うように指示された。
『ん? 深い意味はないよ。夢郷君は正式な手続きを踏んで死んだわけじゃないしね! せめて席ぐらいは再利用してあげようっていうボクのささやかな心遣いってワケ! うぷぷぷぷぷぷ!!』
「流石校長センセー! 聖人! じゃなくて聖クマ!」
醜い笑みをこぼす二体のヌイグルミたち。
死者を侮辱するなんてこいつらにはもうなんてこともない行為なんだ…。
こいつらを許すことはできない……けど……。
「ま、肩の力抜いていこうぜ」
重苦しい空気の中、声を発したのは土門君だった。
「ルール上オイラも謎解きはちゃんとやるからよ。みんなでクロを暴き出そうぜ」
「忌々しい人間め、偉そうに……」
小清水さんが舌打ちとともに吐き捨てた。
二人とも、今の俺達にとっては敵だ……。
敵だけど…‥‥。
まずはこの事件のクロを、暴かなきゃいけない。
亡くなった亞桐さんのために…。
そして、俺達が明日を生きるために。
【学級裁判・開廷!】
『それでは、分かりきったことだけど論破作品のお約束としてボクからもう一度学級裁判のルールを説明します! 学級裁判では、被害者を殺害した犯人をみんなで話し合い、投票で決めてもらいます! 正しいクロを指摘できればクロだけが、指摘できなければクロ以外の全員がオシオキされ、クロは卒業となります! それじゃあ、真実に辿り着けるよう頑張ってくださーい!』
モノクマも言ったとおり、学級裁判のルールなんてもうみんなとっくに分かりきっている。
これまで三回はみんなの力もあってなんとかクロに勝利を渡すことなく切り抜けることができた。
だが、勝負はもう四回目。
クロもこちらの思考や謎解きの手法をある程度理解して事件に臨んでいるはずだ。
今回は、勝てるかどうか……。
「今回の事件はかなり異色の展開を辿りましたね…」
そんな重苦しい空気の中、沈黙を破ったのは入間君だった。
「何せ、犯人が葛西さん達の目の前に現れ、直接犯行に及んだわけですから。その分、犯人の候補は最初から何人かに絞られたわけですが……」
「…考えてみれば不思議な手口だわ。何故わざわざあんな方法で殺したんでしょうね…。葛西君や土門君が犯人候補から外れるというだけでも犯人にとっては結構なリスクだし、挙句葛西君と乱闘を繰り広げるなんて…。一歩間違えばその場で顔を見られていてもおかしくない状況よ」
伊丹さんがそう続く。
あの時のことがただただ悔やまれる。
俺が一本でも射撃を止められていたら。
あるいは、犯人の顔を覆う布を剥がしていれば。
それですべてが終わっていたのに。
「ユキマル、落ち込んじゃダメでありんすよ!」
「!」
顔をあげると、吹屋さんがこちらに微笑みかけていた。
「ギリポンを助けようと必死に戦ったユキマルのこと、きっとギリポンは天国で誇りに思ってるでありんすよ! だから胸を張るでありんすよ! 胸を張って、この裁判を勝つでありんす!」
俺は自分の両頬を叩いた。
吹屋さんの、みんなの思いに応えてあげないとな。
「ご主人タマ」
俺の隣、津川さんの席に置かれたノートパソコンからアルターエゴの声がした。
「私がどんなことをしてでもご主人タマを全力でお助けしますなり。何なりとご命令を」
俺のいる場所からノートパソコンの画面は見えなかったが、彼女がどんな表情をしているかは想像がついた。
「……ごめんね、いつも……」
二人の言葉を受けて、俺は自らの拳を固く握りしめた。
「じゃあ議論を始めよう。まずは死体の状況の確認からだ」
俺はみんなの顔をぐるりと見まわしながら告げた。
始まる。
みんなで意見を出し合う議論だ。
この感覚に慣れたくはなかったが、こうなったらやるしかない……。
【ノンストップ議論開始】
入間ジョーンズ:「被害者は”超高校級のダンサー”、亞桐莉緒様……」
入間ジョーンズ:「死因は弓を撃たれたことによる失血死…」
アルターエゴ:「なんとむごいことを……」
吹屋喜咲:「まあ、死因は明らかでありんすね…」
伊丹ゆきみ:「犯人は弓の腕に自信があったのかしら…?」
前木常夏:「適当に撃ってたまたま当たっただけかもな……」
「前木君、それは違うよ」
俺はコトダマを吐き出し、前木君の議論を修正する。
……あぁ、この感覚をまた味わうことになるとはね。
【使用コトダマ:矢の被弾箇所
10本の矢はほぼ全て正確に亞桐莉緒に命中していた。
葛西幸彦が庇ったにもかかわらず隙間に差し込む形で全弾命中させたため、犯人は相当矢の扱いが上手である。
「犯人は十本の矢をほぼ全部亞桐さんに当てている。当てずっぽうにやったとは思えない。犯人は矢の扱いが相当上手いと考えて間違いないだろうね…」
「それ! それでありんすよ!!」
不意に大きな声を出したのは吹屋さんだった。
「【矢が上手い人が犯人】っていうのはかなり重要でありんすよ!! 犯人の性質を表す今のところ唯一の情報なんでありんすから!」
吹屋さんの言うとおりだ。
矢の扱いが達者な人…。
「限定的だけど‥‥俺は知っている。ここにいる何人かの弓の腕前を」
思い出すのは、数日前、弓道場で入間君と吹屋さんと三人で弓を撃った時のこと。
【提示コトダマ:弓の腕前
弓道の腕前は、葛西が下、入間が中、吹屋は上。他は不明。
俺はそう言って自分がメモ書きした。
「俺が覚えてるのはこんな感じかな……」
「ほら! これで犯人の手がかりも掴mうぇぇええっーーー!?!!?」
メモを見て吹屋さんは飛び上がった。
「これを見る限り、吹屋様が一番怪しいということになりますね……」
入間君が顎に手を当てながら言った。
「………」
伊丹さんは何も言わなかった。
そう、数日前に弓道をやった時、一番的に近いところに当てていたのは吹屋さんだ。
犯人と亞桐さんの距離は、弓道の時の俺達と的の距離よりも短かった。
吹屋さんの腕前なら、至近距離の亞桐さんに当てることはできたんじゃないだろうか?
「でもさ、葛西とか入間もわざと弓を下手に撃ってた可能性もあるんじゃないか…?」
前木君の言葉に俺達は言葉を失った。
俺はあの時正真正銘弓を撃つのが下手くそだっただけなんだけど、それを証明する手立てなんてないもんな…。
事件を起こすことを見据えてわざと弓が下手であることをみんなにアピールしてたって言われちゃえば反論の余地はない。
これはあまりヒントにはならないかもしれないな……。
「何を小難しい議論をしてるのよ?」
俺達の話に割って入ったのは小清水さんだった。
「ここにいるじゃない。犯行を目の前で目撃して、犯人とも組み合った人物が」
彼女は俺を指さしながらそう言った。
「回りくどい議論なんてしてないで、さっさと彼に聞けばいいじゃない。事によってはそれだけで犯人が分かるかもしれないわけだし」
「確かに……言われてみればそうですね」
入間君が彼女の言葉に同調する。
現時点で俺が分かること…。
大した情報じゃなくても言うしかない。
【提示コトダマ:犯人の外見
犯人は弓道着を着て黒い頭巾を被り、顔にも黒い布を巻いていて顔は見えなかった。
弓道着の下には黒のアンダーシャツと手袋を着けており、肌の露出は一切なかった。
俺は自分が見た犯人の姿を事細かに伝えた。
事細かといっても、人物を特定するに至る細かい点は認識することができなかったんだけど…。
「全身黒ずくめか……。目元とかも隠れてたのか?」
「うん…。目元には顔に巻いてる布にごく小さい切込みがあったくらいで…。あれじゃ視界も悪いと思うけど…」
「そんな視界で矢を全弾命中させるなんて……」
前木君は声を震わせる。
「背丈はどれくらいだったでありんすか?」
「それが…あんまり印象に残ってないんだ。土門君ぐらい大きければはっきり分かるんだけど…。身長は俺からプラスマイナス10㎝以内の平均的な背丈だったと思う」
「平均的……」
何かに引っかかったかのように伊丹さんが考え込む。
「で、肌も全て隠れていて見えなかったと?」
「……」
小清水さんの言葉に俺は黙って頷く。
「じゃあ、犯人の手がかりはほとんどゼロってことだな! ぎひゃひゃ!」
そう言って土門君が俺達を嘲笑う。
「はいっ! それはつまり、犯人が人間ではないという可能性もあるのではないのでしょうか!」
勢いよく挙手してそう言ったのは山村さんだった。
「よしっ! 本日最初の発言、見事に決まりました! やっぱり山村巴は役に立つ女です!」
そして一人でガッツポーズを浮かべる。
「あれ? ともちんなんで今まで黙ってたでありんすか?」
「前回の裁判で入間君に『あなたが出てくるとややこしくなるから黙っていてください』と言われたからです!」*1
山村さんは何故か自信満々な表情で即答する。
「うっわ! ジョーちゃんひどいでありんす!!」
吹屋さんは両手を口に当てて驚愕の表情を浮かべながら入間君を弾劾する。
「あ、あれはほんの冗談ですよ!」
と、慌ててフォローを入れる入間君。
「で、話を戻すけど」
伊丹さんのドスの効いた一言で、緩みかけた空気は一気に張り詰める。
「犯人が人間じゃないってどういうこと?」
「あ、はい!」と元気な返事をして山村さんは語りだす。
「えっと、犯人が顔を隠すのはまだ納得できるのですが、手足の先まで皮膚が見えないようにする理由はあるのでしょうか? もちろん肌が白かったり焼けていたりと多少人による違いはありますが、そんなに明るくもない弓道場では見分けはつかないはずです! なのに犯人が末端部まで肌を隠していたのは、そもそも肌そのものが存在しないからではないかと思うんです!」
「なんだよそれ…? 肌が存在しない人間って……おぇええ!!」
「あ、前木っちがなんかグロいのを想像してるでありんす!」
「なるほど、そういうことか!」
入間君が得心したように頷いた。
「ありますよ、肌が存在しない、しかし人間のような姿をしたものが……」
それってつまり……
【提示コトダマ:モノドロイド
一階の倉庫に置いてある簡易型アンドロイド。簡単な命令を入力することで動作する。
見た目は鉄の人体模型のようで明らかに人間と外見が異なり、プログラミングされたモノドロイドは動きもぎこちない。
「モノドロイド、でございますね」
アルターエゴがちらりとこちらを見ながら言った。
「アレをプログラミングして弓を撃たせたっていうの…?」
伊丹さんが驚きの声を上げる。
そうか、その可能性は考えてなかったな…。
「しかしご主人タマ、いくら黒ずくめの恰好をしていたとはいえ取っ組み合った相手が人間かアンドロイドかくらいは判断できなかったのでしょうか?」
アルターエゴが俺に問いかける。
正直言うと……。
「…どうなんだろう。本当に無我夢中だったから…意識してなかったな。触れた部分も全部道着越しだったし、硬いとか冷たいとか、そういう感覚を認識してる余裕はなかったな……」
それが率直な感想だった。
つくづく自分が情けない。
「でも、凄い力は強かったね。俺の身体なんて軽く投げ飛ばしたし…」
「それだけで犯人を決めつけてしまっていいものかしら…」
伊丹さんは山村さんの意見に懐疑的な様子だった。
「俺もにわかには信じがたいかなあ……」
前木君も頭を掻きながらそう呟いた。
「さあて、どうだろうな」
土門君は不敵な笑みを浮かべる。
「私はご主人タマを信じますなり」
アルターエゴはいつものように強いまなざしで告げる。
「この程度の真実も見抜けないようじゃ、先が思いやられるわね」
小清水さんは腕を組みながらため息とともにそう言った。
前回の裁判のように、真っ二つに割れた裁判場。
この混沌を終結させられるのは俺しかいない。
俺のコトダマをここにいる全員に突きつけるんだ!
【議論スクラム開始】
Q.犯人は人間なのか? モノドロイドなのか?
前木常夏・伊丹ゆきみ・土門隆信・吹屋喜咲VS葛西幸彦・山村巴・小清水彌生・入間ジョーンズ・アルターエゴ
山村巴:「犯行を行ったのはモノドロイドに決まっているんです!」
伊丹ゆきみ:「機械の行動なんてこの犯行にはそぐわないでしょう?」
入間ジョーンズ:「いえ、強い腕力や優れた矢の命中精度はむしろ機械の方が説明がつきます」
前木常夏:「いくら何でも機械が相手なら気付くはずだろ!」
アルターエゴ:「無我夢中で気付かなかったとご主人タマが仰っておりますなり」
吹屋喜咲:「そんなの、ユキマルがでっち上げればいくらでもごまかせるでありんす!」
小清水彌生:「彼が犯人ならそもそも犯人と格闘するだなんていう派手な演技をすると思う? リスクが増えるだけよ」
土門隆信:「犯人が機械だってんなら、もちろん根拠はあるんだよな? オメーのコトダマを見せてみろよ、希望の脚本家さんよ!!」
葛西幸彦:「分かった。見せてあげるよ。これが俺の導き出した脚本の根拠だ!」
【使用コトダマ:モノドロイドの命令履歴
『9:30に弓矢を10発、的の方角へ撃つ。その後倉庫へ戻る。』
「倉庫に置いてあったモノドロイドに命令の履歴があったんだ。一つは二日前にプログラミングした『食堂へ移動する』というプログラム。そしてもう一つはこれだ」
『9:30に弓矢を10発、的の方角へ撃つ。その後倉庫へ戻る。』
その内容を俺が伝えると、裁判場は騒然となった。
「確かにその命令履歴は私も捜査の際に確認しております。彼の言う内容通りの履歴がございました」
入間君が捕捉を加えたことにより、履歴の存在は確固たるものとなる。
「これはつまり……モノドロイドに亞桐さんを撃つよう命令した人物がいたということですよね!?」
山村さんの言う通り、犯人はモノドロイドを使って自らの手を汚すことなく殺人を行ったんだろう。
「…でも待てよ。この命令、結構ざっくりしてないか? 『倉庫へ戻る』っていう命令はあるのに、『弓道場へ行く』っていう命令はないじゃんか。場所を指定しないと動き出さない気がするけど…」
…確かに、前木君が言うことも一理ある。
「機能に関することなら、それを知っている人間に聞けば済む話よ」
小清水さんはそう言って土門君に視線を向けた。
「え? オイラは知らねーよ。オイラはここ最近ずっとみんなに紛れてたからコロシアイの運営にはほとんど関わってないし、モノドロイド自体つい最近届いたものだし」
「すっとぼけんなでありんす! 黒幕の言うことなんか誰が信じるでありんすか!」
「おいおい、ここでオイラがクロをかばったって何も得るものがないだろ? 知らないことをどう説明しろって言うんだ」
『はいはい、静粛に! こういうのはボクの役目でしょ?』
カンカン、とモノクマが
「校長センセー、いつの間にそんな裁判官アイテムを!!」
『裁判場には必須だと思って用意してたんだけど使う場面が無くてね! ようやく使いどころが決まって最高にハイって感じだね!』
「いいからさっさと教えるでありんす!」
『今の若者はせっかちだなあ! いい? モノドロイドは簡単な命令でも意訳して実行してくれる優れたAIなの! アルターエゴには及ばないけどね! ボクから与える情報はそれだけだよ!』
「…つまり、細かい部分は抜きにしてもちゃんと命令として機能するってことね…」
伊丹さんの言葉が結論となった。
「つまりこの命令でもきちんとモノドロイドは弓道場で矢を撃ち、倉庫に戻ったはずです! もし人間がこの犯行を行ったのなら、プログラムされたモノドロイドと弓道場で鉢合わせになっていたはずです!」
「ですが実際に弓道場に訪れた実行犯は一人…。ということは、モノドロイドは実行犯そのものであるということですね」
山村さんと入間君が導き出した論理には誰にも反論させない説得力があった。
「…って待つでありんす。ということは…ユキマルとドモモンも犯人の可能性があるってことでは…!?」
「!?」
吹屋さんの言葉で俺はにわかに表情を変える。
確かにそうだ。
実行犯が人間ならばその場に居合わせた俺や土門君は確実に犯人候補から外れる。
しかし実行犯が【プログラミングされたモノドロイド】なら話は別だ。
事前にプログラミングを行うだけなら、犯行の場に居合わせていても殺害は可能だ。
「じゃあ、犯人は決まったようなもんだろ!」
俺がそう考えるのに呼応するかのように、前木君が勢いよく語りだした。
【ノンストップ議論開始】
前木常夏:「犯人は土門しかいねえ!」
土門隆信:「へえ~」
前木常夏:「土門は前の晩のうちにモノドロイドにプログラミングして…」
前木常夏:「事件現場に居合わせることで無実を装ったんだ!」
伊丹ゆきみ:「そんな単純な事件なのかしら……」
アルターエゴ:「前木様、その論理ではご主人タマも同様の手口で犯行が可能ですが…」
前木常夏:「土門はこのコロシアイの黒幕だぞ!?」
前木常夏:「人を殺すとしたら、コイツの方に決まってるだろ!」
土門隆信:「いや~、オイラも嫌われたなぁ! 悲しいぜ、まえなつ!」
前木常夏:「………」
「残念ながら前木君、それは違うんだ」
【使用コトダマ:モノドロイドの命令機能
モノドロイドに下す命令は短文形式で、1時間以上先の動作は指定できない。
「また俺かよ!?」
そう言えばさっきの議論でも前木君を論破したんだっけ…ごめんね、なんか…。
でも間違った方向に議論を進ませるわけにはいかないからね…。
「えっと…モノドロイドの命令は一時間以上先の動作を指定できないんだ。だから少なくとも前の晩にプログラムをすることは不可能なんだ」
「命令機能の制限は私も確認しておりますなり。間違いなく一時間以上先の指定はできませんなり」
俺とアルターエゴの論理に反論する人はいなかった。
「そうだったのか……じゃあ命令をしたのは…」
「プログラミングされた命令は『9:30に弓矢を10発、的の方角へ撃つ。その後倉庫へ戻る。』というものだったわね。つまり犯人がプログラミングを行ったのは9:30の一時間前、8:30ということになるわ」
伊丹さんが言うとおり、犯人がプログラミングできるのは8:30以降だけだ。
つまりその時間のアリバイがある人は犯人から除外できる。
だが、そう思った直後。
「それならあちきにはアリバイがあるでありんす!」
「私はあの時間ですね…」
「俺は……」
吹屋さんと入間君と前木君が別々に口火を切り始めた。
「もう! 前回と言い、アリバイの話になるとなんでみんなこうなっちゃうんだ!」
俺はみんなに叫ぶが、口々に話す勢いは止まる気配がない。
しかも今回は三つの議論が同時に進んでいる。
分かりづらいけど、一つ一つの話に耳を傾け、おかしい部分があったら指摘するしかない。
【パニック議論開始】
議論⑴吹屋喜咲:「あちきは朝食の後…」
議論⑵入間ジョーンズ:「朝食を終えた後…」
議論⑶前木常夏:「俺は朝食にはいなかったし…」
議論⑴吹屋喜咲:「ずっと食堂にいたでありんす!」
議論⑵入間ジョーンズ:「アルターエゴとともに休憩室に赴きました」
議論⑶前木常夏:「その後も部屋にいたんだ……」
議論⑴伊丹ゆきみ:「私も吹屋さんと一緒に食堂にいた」
議論⑵入間ジョーンズ:「そして彼女とパソコンでオセロをした後…」
議論⑶前木常夏:「でも、8:30くらいに小清水が部屋に来て…」
くっ、凄い情報量だ…。
でも投げ出したらダメだ。
耳を済ませろ。
真実の鍵はきっと目の前にある!
議論⑴吹屋喜咲:「つまりあちき達のアリバイは完璧でありんす!」
議論⑵アルターエゴ:「彼のアリバイは私が保証しますなり」
議論⑶前木常夏:「アナウンスが鳴るまでずっと話し合ってたんだ!」
議論⑴山村巴:「私はトレーニングをしようと早めに食堂を出てしまったので…」
議論⑵入間ジョーンズ:「ですが休憩室は9:00過ぎくらいに出たので…」
議論⑶土門隆信:「オイラはずっと一人でブラブラしてたぜ!」
議論⑴山村巴:「アリバイが中途半端になっていますね」
議論⑵入間ジョーンズ:「そこから犯行までの30分足らずはアリバイがございません…」
議論⑶小清水彌生:「同じく、私はずっと一人で行動してたけど?」
「小清水さん。ちょっとお話を聞かせてもらっていいかな?」
【使用コトダマ:
小清水の証言
小清水は朝方に一人で朝食を済ませ、その後もずっと単独で行動していたという。
前木の証言
自分は昨日の夜からずっと個室におり、今朝も部屋で食事をとった。ただし8:30頃に小清水が部屋を訪れ、話し合いをしていた。
そして死体発見アナウンスが鳴るまで話し合っていたという。
俺が力強くそう言うと、混沌としていた議論は一気に停止する。
「…なに? 私はただアリバイがないと言っただけなのだけれど」
彼女は不機嫌そうに俺を睨みながらそう言った。
「それがおかしいんだよ。何故なら、君のアリバイを証言してくれてる人がいる。…そうだよね、前木君」
俺は彼の方を見た。
だが彼は…なぜか体をガクガクと震わせている。
「小清水……なんでだ」
彼はか細い声で尋ねる。
「ああ、彼の発言なんて気にしなくていいわよ」
前木君の問いかけを無視して小清水さんは俺にそう告げた。
「…まずさっきまでの議論の情報を整理しよう。入間君や女子四人のアリバイは捜査時間に俺が聞いた通りの情報だった。他の人の発言と照らし合わせても特に齟齬はなかった」
【提示コトダマ:
入間の証言
入間は休憩室におり、ノートパソコンでアルターエゴとオセロのゲームで遊んでいた。
ゲームは8:40頃に終了したが、9:00過ぎに入間が部屋を出るまで二人は会話していた。
吹屋の証言
自分と亞桐、伊丹、山村は8時以降も食堂にいた。9時前くらいに亞桐が食堂を出て、その少し後に山村も出た。
そして事件発生とほぼ同時に吹屋が弓道場に向かった。
「だけど一組だけ、照らし合わせると食い違ってしまう証言があった。それは前木君と小清水さんの証言だ。小清水さんは『ずっと一人で行動していた』と証言していた。けれど前木君は『8:30頃に小清水さんが部屋に来た』と言っているんだ。この二つの事象は同時には成り立たない」
「つまり少なくともどちらかが嘘をついている、ってことね」
伊丹さんは二人を交互に見つめながら言った。
「小清水、何で嘘をつくんだ…? 俺はお前の無実を証明してやってるのに」
そう尋ねる前木君の額には粒のように大きな汗が垂れている。
「馬鹿みたい。もう十分ね」
はあ、と小清水さんはため息をつく。
「
「必然的に前木様、ということになりますなり」
入間君とアルターエゴが容赦なく告げると、前木君は一歩後ずさる。
「な、な……」
「なんだよお前ら!! さっきから俺にばっかり突っかかってきやがって!!! 俺に恨みでもあんのかよ!!」
突然、前木君は吠えた。
「恨みはねーけど疑問はあるんじゃねーか?」
「お前は黙ってろよ黒幕!!!」
「おー、怖っ!」
前木君……。
「俺の何が怪しいんだよ!! 確かに昨日葛西と取っ組み合いになったのは事実だけど‥‥でもちゃんと反省したしあれは音のせいだろ!! 俺が亞桐を殺す理由があんのかよ!!」
前木君、嘘だよね…?
◆◆◆
【Chapter4 非日常編① 捜査編】
「葛西………」
「?」
不意に伊丹さんではない声が俺の耳に届いた。
「前木君?」
目に涙を浮かべ、今にも崩れそうなくらいグシャグシャになった表情を浮かべて彼は立っていた。
「葛西………俺は………」
「前木君………?」
「………」
彼はとても辛そうにしていた。
「……ごめん……何でもない……」
「前木君……?」
彼は一体何を………。
「前木君。何か隠しているみたいだけど、この捜査と裁判は私たちの命がかかっているのよ。今すぐにとは言わないけど、正直に告白する覚悟は決めておいた方がいいと思う」
冷静沈着な伊丹さんの言葉に、前木君は「ああ」と答える。
「大丈夫……後で絶対言うよ…今はそれよりも……」
◆◆◆
前木君……やっぱり君は…‥。
「面白くなると思って黙ってたけど、大したことなかったわね。期待して損した」
「…やよ様、どういうことでありんすか?」
「こっちの話よ」
「今までどれだけ俺がみんなのことを想ってきたと思ってんだ!!! 恩知らずもいい加減にしろ!!!」
「黙りなさい!!!」
小清水さんの怒声が前木君を威圧した。
「早く言ってしまいなさい。亞桐莉緒を殺した犯人は自分ですって」」
「!!!!!」
【学級裁判・中断】
前木どんまい。