エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
オシオキ編もこの勢いで完成させたい。
あと放置気味になってる番外編も。
小清水さんが放った言葉。
それはこの場に立つ誰もを戦慄させるに十分だった。
「え……ちょっと…どういうことでありんすか!」
吹屋さんの叫びに前木君は答えない。
彼はただ青くなった顔から滝のように汗を流してうつむいている。
「最初っから分かってたのよ、私には」
そんな前木君を尻目に小清水さんは続ける。
「だってこの事件は私と彼で仕組んだものだったのだから」
「…!?」
次々に彼女の口から出てくる予想外の事実。
俺達は呆気にとられるほかはなかった。
「こ、小清水、俺は」
「さあ、導いてごらんなさい。私と彼がどんな脚本を描いてどんな顛末を迎えるのか!」
前木君の言葉を遮って小清水さんはそう言った。
「…つまり、さっきの前木君の証言は嘘で、実際には彼は倉庫に赴いてモノドロイドのプログラミングを行っていたということですね…」
「山村様の言うとおりです。しかし、モノドロイドが弓を撃つ場所は固定されています。その場所に被害者となる人物を誘導する必要がありますね」
入間君の言うことは正しい。
でも、亞桐さんを呼び出した人物なんて俺の記憶にはない。
「じゃ、じゃあ前木っちはギリポンを弓道場に呼び出して…? あれ、でも確かギリポンは『夢郷がいるから』って自分の意志で向かったような…」
混乱して頭を抱える吹屋さん。
俺達は何か勘違いをしているようだ。
確かに実際に殺されたのは亞桐さんだ。
でも、あの場にいたのは彼女だけじゃない。
あの異様な状況こそが、あの犯行の謎を解く鍵になっているんだ!
【人物指名】
「彼らが殺そうとしていたのは亞桐さんじゃない。コロシアイの黒幕である土門君だったんだ」
にやり、と土門君が笑った。
「その証拠が、これだ」
【提示コトダマ:録音テープ
土門が所持していたテープ。小清水から「9:30ちょうどに弓道場に来るように」と声をかけられる様子が録音されている。
俺はポケットに入れていた録音テープを再生した。
『土門隆信。9時半に弓道場に来なさい。面白いことが起きるから』
「この声は…‥小清水さんですか!?」
「他人の声を録音だなんて…随分いい趣味してるのね」
小清水さんは威圧的な笑みを浮かべながら土門君に言った。
「怒るなよ。どうせオイラが『小清水がこう言ってました!』なんて言ったって誰も信じねーだろ? だからあらかじめ確固たる証拠にできるように準備させてもらったんだよ!」
そう答えてぎひゃひゃひゃ、と土門君は笑う。
「その筋書きも脚本に沿ってるのかしら?」
その瞬間。
小清水さんが”脚本”と言った瞬間だった。
ズキン、と鋭い頭痛が走った。
俺は思わず頭を押さえてうなだれる。
なんだ……片頭痛でも起きたのか……?
俺が顔を上げると、議論は既に次のステージへ進んでいた。
「じゃあ、前木君と小清水さんの狙いは初めから土門君で……彼を殺すことでこのコロシアイを終わらせようと?」
「ま、そんなところね」
伊丹さんの問いに小清水さんは澄ました表情で答えた。
「馬鹿な! そんな方法で黒幕と戦おうと!?」
声を上げたのは入間君だった。
【ノンストップ議論開始】
入間ジョーンズ:「その殺害方法はあまりにも粗末と言わざるを得ません!」
アルターエゴ:「私もそう思いますなり…」
アルターエゴ:「土門様を弓道場に呼び出しただけでは…」
アルターエゴ:「弓が当たる確率は限りなく低いのですなり」
伊丹ゆきみ:「的の前に立たせたのならまだ分かるけど……」
伊丹ゆきみ:「さっきのテープにはそういう音声もなかったわね」
吹屋喜咲:「地球に針を落としてあちきの家に刺さる確率と同じくらいでありんす!」
「アルターエゴ、それは違うかもしれない…」
【提示コトダマ:超高校級の幸運
前木常夏の才能は”超高校級の幸運”。黒幕と対峙する際にその能力が発動することがある。
◆◆◆
【Chapter4 非日常編① 捜査編】
「あなたにだけ、私の”持ち駒”をちょっとだけ分けてあげようかなって」
「……?」
また彼女は意味深な言い方を……。
何を考えているか全くわからない分、その言葉の意味も類推しがたい。
「何故、俺に?」
口を突いて出た言葉はそれだった。
何を知っているのかは分からないが、入間君や伊丹さんの方が彼女の知識を生かせそうなのに……。
「何故って、あなた脚本家でしょう?」
「……?」
「脚本を築けるのはあなたしかいない。だからあなたに言うのよ。よく聞いておきなさい」
そういう意味合いでそんなことを言うんだろう……。
だけどそんな考えは、続けて発せられた彼女の言葉によって吹き飛ばされてしまった。
「前木常夏の【超高校級の幸運】。それが黒幕を倒す鍵になる」
「………どういうこと……?」
「彼の幸運は…黒幕と対峙するときに幸運として発動する。吹屋喜咲を見つけた時のようにね」
「………?」
◆◆◆
フラッシュバックしたのはあの時の小清水さんの言葉。
「詳しいことは分からないけど……前木君は黒幕と対峙するとき、”超高校級の幸運”としての能力が発動するらしいんだ」
「幸運の能力……?」
「確かに今確認したトリックはとても不安定だ。土門君が
「自らの”幸運”の力で奇跡を起こす……。それこそが前木様と小清水様の狙いだったのですね」
アルターエゴの言葉に俺は強くうなずいた。
いったい前木君はいつから小清水さんに自らの才能のことを話したのだろう…。
そして二人はいつから結託を……?
◆◆◆
【Chapter4 (非)日常編③】
「ねえ、どうせ知ってしまったのなら私と取引しましょう?」
そんな前木に、小清水は人差し指を立てて提案した。
「私が知っていることを全部教えてあげる。このコロシアイ生活の謎を解く鍵も、入間ジョーンズ達でさえ知らないことも、全部。その代わり……」
「私の計画に協力しなさい」
◆◆◆
「時が来たら私に協力しなさい。そうしなければあなた達は黒幕に勝てない」
◆◆◆
俺の知らないところで、全ては始まっていたんだ。
何日も前から、この事件は動き出していたんだ。
俺はそれに気付けなかったんだ。
「でも、実際には殺されたのはドモモンじゃなくてギリポンでありんすよ!! 何故でありんすか!!」
吹屋さんが小清水さんに訴えかける。
「さあね。私も彼の幸運については詳しく分かっていないの。でもこの場面で正常に機能しなかったってことは、所詮黒幕を倒すには値しない能力だったってことね」
「テメエっ!! 前木を侮辱するなっ!!」
久しぶりに逆鱗モードに移行した山村さんが吠える。
「何を勘違いしてるのかしら? 私はずっと私の野望に向けて歩みを進めているだけ。いつあなた達人間の営みに引き戻されたというの? それに、あなたが前木君をかばう義理なんてないはずよ。何故なら……」
小清水さんは横目で前木君を睨む。
「この男は苦し紛れにあなたに罪を擦り付けようとしたんですものね?」
「馬鹿ッ!! 違うッ!! 信じるなみんな!!!」
ずっとうなだれていた前木君は突然叫んだ。
「それって……アレのことかな?」
【提示コトダマ:弓道着
大ホールの横にあるトレーニングルーム、ロッカーの中に弓道着が入っていた。同じロッカーには空手の道着も入っていた。
ロッカーは特に施錠されていない。
「トレーニングルームのロッカーの中に弓道着が入っていたんだ。同じ場所に空手の道着も置いてあったから、山村さんの個人ロッカーと見て間違いないだろうね」
「なっ……?」
山村さんは驚きの声を上げる。
「そっ…それがなんでモノドロイドの着てたものだって分かるんだよ!!! たまたま他の弓道着が置いてあっただけかもしれねーだろ!!」
前木君は牙を剥いて叫ぶ。
俺だって彼を追い詰めることはしたくないけど……。
真実を明かさなきゃいけないんだ。
【提示コトダマ:消えた弓道具
弓道場の控え室から弓道着が1着、矢が10本、矢筒が1本なくなっていた。道着は女性側の控え室でなくなっていたが、控え室に施錠のシステムはない。
【提示コトダマ:矢筒と弓
弓道場の床に落ちていた。犯人が使用後、投げ捨てたものと思われる。
「弓道場の女性控え室から弓道着と道具が一式無くなっていたんだ。そのうち矢筒と弓は犯行現場に落ちていたんだけど、弓道着だけ行方が分からなかった。他に無くなった弓道着は一着もなかったから、ロッカーに入っていたのはモノドロイドが着ていた弓道着で間違いないね」
「………!!!」
絶句して頭をクシャクシャとかき乱す前木君。
今の彼は直視に堪えない。
「彼の中では、弓道場では土門君が亡くなっていて、コロシアイは終了しているはずだった。でも実際に亡くなっていたのは莉緒だった…。彼は非常に動揺したけど、こうなってしまった以上他の人に疑いの目を向けさせる必要があった…。そこで彼は倉庫に戻り、モノドロイドから衣服を剥がしてすぐさま山村さんが使っていたロッカーに忍ばせた…という寸法なのね…」
伊丹さんは悲痛な面持ちで流れを語った。
「もう十分でしょう? この事件はこれで終わり。何も得るものがない事件だったけど、あの忌々しい音が止んだだけでも儲けものだったかしらね」
こんな………。
こんな理不尽な事件が今回の脚本なのか……?
「じゃ、今回ぐらいは私がまとめようかしらね。これがこの事件の真相よ」
《クライマックス推理 ――真実への羽化――》
Act.1
事の始まりは、ふとしたことからこの私、小清水彌生が犯人の幸運の秘密に気付いたことだった。
この幸運の能力は黒幕の打倒に使える…。そう判断した私たちは黒幕を倒す機会を虎視眈々と狙っていた。
その時は意外と早くに来たわ。というより、ここで殺さないと私たちが危なかった。あの奇怪な音で私が殺されかけ、他の誰かが殺されてもおかしくなかった。だから私たちはこのタイミングで計画の実行を決意した。
Act.2
計画はいたってシンプルよ。まず今朝の朝食後、私は土門隆信を弓道場に呼び出した。ちょうどその時刻に犯人がモノドロイドをプログラミングする。そして後は運に任せるだけ…。犯人の幸運の能力で、運よく黒幕である土門を殺害できているはずだった。
Act.3
だけど弓道場に倒れ伏していた死体は彼ではなく、亞桐莉緒だった。虚しくもコロシアイは続行し、犯人は誰かに罪を擦り付ける必要性に駆られた。ちょうど弓道着の出どころが女性控え室だったことから、彼は女性である山村巴に罪を押し付けるため、モノドロイドが着ていた弓道着を山村巴のロッカーの中に放り込んだ。あれだけの短時間では、それくらいしか隠蔽の手段がなかったのね。
幸運の才能を持ちながらそれを生かすことなく敗れ去ることになる犯人。
それはあなたよ――――”超高校級の幸運”、前木常夏!!
無音。
誰もが言葉を失っていた。
前木君は裁判台の前に膝をつき、頭を抱え込んで黙っていた。
「…はあ、モノドロイドが乱闘なんて
『うぷぷぷ! 犯人はもう決まったのかな? スクロールバーが真ん中らへんだからここで話が終わるとは全然思えないんだけど、投票タイム行っちゃいましょ~う!!』
「校長センセー!! そのメタ発言はだいぶアウトですぜ!!」
………乱闘。
厄介な行動。
「ご主人タマ………」
モノドロイドの特徴。
「ご主人タマ、私は―――」
◆◆◆
【Chapter4 (非)日常編⑤】
「へー、これでモノドロイドに命令をするんだね」
そう言いながら亞桐さんが文字を入力していく。
『食堂に移動する』
エンターキーを押すと、『以上の内容でよろしいですか?』というメッセージが出てくる。
この状態でもう一度エンターキーを押すと『命令確認中……』という文言が浮かび上がった。
「うわっ、動いた!」
機械音を立てながらモノドロイドが動き出す。
「でもおっそいな……」
前木君が呆れ顔で呟いたとおり、人間に比べるとその動きは半分くらいだ。
「ま、今の技術だと機械の動き方なんてこんなもんだよな。とりあえず食堂に向かうか!」
◆◆◆
『はい、じゃあお手元のボタンで投票を行ってk』
『それは違うよ!!!』
その弾丸が、モノクマを撃ち抜いた。
「――私は何があろうとも、ご主人タマを信じていますなり」
アルターエゴの言葉を背に受けて、俺は小清水さんの方を向いた。
心なしか彼女は少し満足げな笑みを浮かべているように見えた。
「そうだ。俺自身が一番よく分かってる。モノドロイドは、モノドロイドでは絶対にありえない動きをしているんだ」
【提示コトダマ:犯人の行動
犯人は突然現場に現れ、葛西と乱闘の末、弓を撃つとすぐさま弓道場から逃げ出した。
「…葛西君、一体どういうことですか?」
「思い出してみてよ、山村さん。二日前にプログラミングをして食堂に歩いていったモノドロイドを。とても緩慢な動きだったはずだ」
「……あぁっ!」
その様子を思い出した山村さんは驚愕の表情を浮かべる。
「そう。プログラミングされたモノドロイドはとても動きが遅い。とてもじゃないけど、決死の人間と乱闘をして、しかもその後すぐさま逃げ出すなんて動きはできない」
「えっ……? じゃあ犯人はやっぱり人間ってことでありんすか? 嫌だ―!! そうなったら一番矢が上手いあちきが怪しくなるでありんす!!」
「吹屋様は落ち着いてください…」
「でもね、葛西君。モノドロイドがプログラミングをされている以上、弓道場には絶対に現れるはずなのよ」
伊丹さんの言うことは最もだ。
その矛盾は未だに分からない。
だけど、犯行を行ったのは少なくとも絶対にモノドロイドではないんだ。
誰なんだ?
アリバイの情報が不十分過ぎて全く絞れないじゃないか。
いや、やっぱりモノドロイドに何かの細工をして………
「ふわぁあ、眠くなってきたなぁ。せっかく終わりそうだったのに終わらせてくれねえなんてよぉ」
「そう思うならドモモンもちゃんと推理するでありんす! ルール上謎解きはやるって言ってたくせに、裁判始まってからクソの役にも立ってないでありんす!!」
「だってオイラは今回完全に置いてきぼりなんだよぉ。ただ小清水に呼び出されて、面白半分で葛西を呼び出して、そしたら亞桐に弓刺されて、亞桐が死んで、裁判始まっただけなんだよぉ。俺自身が持ってる情報なんて、録音テープぐらいだしさぁ…」
そんな他愛ない会話が流れてくる中。
「………あぁ」
俺は唐突に気付いてしまった。
「いや、あり得ない」
だけど、その気付きをすぐに唾棄した。
「あり得ないよ、そんなの」
「ご主人タマ」
そんな俺に、アルターエゴが優しく声をかけた。
「何かお考えがあるなら、躊躇わず言ってほしいですなり。私が全力でお助けしますから」
「………無理だよッ。無理だよ!!」
俺は下を向いたまま語勢を荒げた。
「だって……‥!!!」
そう。
その犯行が可能なのが一人だけいたんだ。
モノドロイドでありながら、ある意味人間でもある。
人間のような動きができるのに、あくまでも機械である。
そんなのは一人しかいない。
言えるはずがなかった。
言えるはずがなかったのに、気が付いたら言っていた。
【人物指名】
「アルターエゴ。君だったんだね」
「………は?」
声を上げたのは、前木君だった。
「なん……どういうことだよ…??」
◆◆◆
【Chapter4 (非)日常編⑤】
「モノパンダ。…一つ質問があるのだけど」
伊丹さんの言葉に、ニヤニヤと俺達を見守っていたモノパンダが「はいはい、はいよ!」と答える。
「アルターエゴが中に入っている状態でこのキーボードで命令を出すとどうなるの? キーボードの命令が優先されるの?」
「いんや、アルターエゴの方がモノドロイドの内部知能より優れてるから、アルターエゴが中にいる間はキーボードの命令は一切受け付けないぜ! 仮にキーボードの命令を実行中にアルターエゴがインストールされた場合、その時点で命令はキャンセルされてアルターエゴの意思が優先されるぜ!」
モノパンダはビシッとポーズを決めながら答えた。
「……そう」
伊丹さんは短く返事をすると、食堂へ向かうみんなに混じっていった。
◆◆◆
【同上】
そして俺達は夢郷君がジャージに着替えるのを待って大ホールに移り、一日中球技を楽しんだ。
午前中はバスケ、お昼に伊丹さんと山村さんの手作り弁当を食べて午後はバレー。
女子チームと男子チームに分かれたりもしたが、如何せん女子チームが強いのなんの。
スポーツ万能の女子が山村さん、伊丹さん、吹屋さんと揃い、亞桐さんもかなり動ける方だ。
さらに後半はアルターエゴの覚醒ぶりが凄まじく、人間よりも素早く動いていた。
◆◆◆
「アルターエゴは……アルターエゴはモノドロイドの命令を打ち消して自らがモノドロイドの司令部となることができる。しかも彼女は俺達とのスポーツで体の動かし方を学んだ。上達していった。最後には人間を上回るほどの動きを身につけた。彼女なら……彼女ならできるんだ。モノドロイドの身体のまま、人間以上の動きをすることが」
「ご…ご主人タマ………」
アルターエゴは画面の中で両手を胸に当てていた。
「な……なんと……それなら確かに……説明はつきますね……」
入間君が顎に手を当てて思考を整理しつつ呟いた。
「でも…信じたくはないわね。丹沢君が私たちのために命を賭けて託してくれた希望が…事もあろうに人を殺すなんて……」
伊丹さんの言葉は皆の総意だった。
「ま、待てよ……」
前木君がよろよろと立ち上がりながら言う。
「なんでアルターエゴが亞桐を殺すんだよ……? 亞桐が死んだのは俺のミスだろ……??」
そんなこと、俺だって聞きたいよ…。
彼女が亞桐さんを殺害する理由なんてないはずだ。
彼女は俺達の希望。
黒幕打倒のための大切な仲間のはずなんだ。
「ふふ……」
重苦しい空気が流れるその空間に、不自然なくらい屈託のない笑みが聞こえてきた。
「ふふふ…ご主人タマ…私は傷ついてなどいません。裁判ですからあらゆる可能性を吟味すべきです。ご心配なく。私の無実は私の手で証明いたしますなり」
彼女の安らかな表情は、心なしか不気味にすら思えた。
「ご主人タマの言うとおり、確かに私ならばモノドロイドを人間と変わらぬ精度で操ることができますなり。しかしもう一つ、忘れてはいけない性質が私とモノドロイドの間に存在するのです」
アルターエゴは動揺を見せることなく冷静に述べる。
「…そうか! インストール時間ですよ!」
山村さんの言葉で俺は思い出す。
◆◆◆
【Chapter4 (非)日常編⑤】
「そう…。理由は分からないけど、あんたに体をあげるってさ」
亞桐さんがそう説明するが、アルターエゴは首をかしげる。
「まあとにかく、害はなさそうだし一度中に入ってみたら? メモリーを差し込めばいいの?」
「いえ、その必要はありませんなり。私に搭載されているハッキング機能の応用で、半径数十m以内の電子頭脳に電波を飛ばして自動で移ることができますなり」
アルターエゴはそう答えると、ゆっくり目を閉じる。
「では、電波を飛ばしますなり……」
それと同時に、モノドロイドの背面の画面に『アルターエゴ インストール中… 1%』との文字が浮かび上がる。
「ほえー、アルターエゴってのは凄い代物でありんすねー! あちきの家にも一台ほしいでありんす!」
「アンタが持ってたってこき使うだけでしょ?」
「失礼な! あちきの下で奴隷になれるならむしろ光栄と思うべきでありんすよ!」
「こき使うのは否定しないのかよ!」
相変わらず物騒なことを言う吹屋さん。
流石に冗談だと思うけどさ…。
「でもこれ、インストールにかなり時間がかかるみたいよ」
黒い画面を見ながら伊丹さんが言った。
見ると、こうやって俺達が会話している間も画面の中の数字は1%から上昇していない。
「アルターエゴ、もう少し時間かかるのか?」
前木君が問いかけるが、返事はない。
「インストール中は会話を含め一切のアクションができないみたいですね…」
山村さんが言うとおり、アルターエゴには一切のリアクションが見られない。
読書したり会話したり、各々の方法で時間を潰すこと30分。
「こんにちは!」
「「「うわっ!!!」」」
突然アルターエゴの声が響いたので、俺と亞桐さんと吹屋さんは同時に悲鳴を上げた。
◆◆◆
「モノドロイドに私がインストールされるのにかかる時間は約30分…。インストールが行われている間は会話などを行うことはできません。この条件こそが、私の絶対の無実を証明するのです」
彼女は理路整然と反論を述べる。
しかし俺は既に気付いてしまったんだ。
彼女の論理の綻びを。
だけど、もう真実から目を逸らさない。
もうあの時のように、全てを投げ出して誰かに脚本を任せたりしない。
脚本を作れるのは俺だけなのだから。
【アルターエゴの反論】
アルターエゴ:「私が亞桐様を殺した犯人など、あり得ないのです」
葛西幸彦:「………」
アルターエゴ:「入間様の証言を思い出してください」
葛西幸彦:「………」
アルターエゴ:「私が30分かけてモノドロイドに入りこむ時間的余裕などなかったのです」
葛西幸彦:「……………」
アルターエゴ:「なぜなら私は、9:00過ぎまで入間様と会話していたのですから」
「アルターエゴ!! もうやめてくれ!!!」
【使用コトノハ:音声読み上げアプリ
入間とアルターエゴが遊んでいたノートパソコンに入っていた。履歴は存在せず、削除されたか元から存在しないかのいずれか。
「君が入間君と会話していた時に入っていたノートパソコン…。そこには一つだけアプリが入っていた。音声読み上げアプリだよ」
「……? それがどうしたというのでしょうか」
「君はこの読み上げアプリを使って、入間君との会話を演じたんだ」
「え………!?」
入間君が表情を変える。
「音声読み上げアプリには削除済みの履歴が一件だけあった。これがきっと入間君との会話を先読みして作成したプログラムだろう。朝食の後、アルターエゴは入間君とオセロをしている間にこれを作っていたんだ」
「そんな……私とお話していた時に違和感など微塵も感じませんでしたが……。あっ、でも何やら口数が減っていたような気も……」
顎に手を当てて必死に思い返す入間君。
わずかに思い当たる節もあるみたいだ。
「オセロを終えた時間は8:40と言っていたね。その直後にアルターエゴは電波を飛ばしてモノドロイドへのインストールを開始した。それでも時間的猶予は多くない。履歴を削除する時間はあったけど、アプリそのものを削除する時間はなかったんだろうね」
全員の視線がアルターエゴに突き刺さる。
「……ふん、どうやら決まりのようね」
ずっと黙っていた小清水さんが鼻を鳴らしてそう告げた。
「お待ちください」
趨勢が決まりかけた議論を遮るように、その声は響く。
「皆さん……。憶測で自らを死地に追いやるのは私が最も望まぬことです。その音声アプリが私が使用したものである証拠は何もありません。別人がたまたまこのノートパソコンを用いて使っただけでございます」
あくまでも焦燥を見せることなくアルターエゴは言い逃れる。
「じゃあ確認しましょう。この中で音声アプリを使った人はいる?」
伊丹さんが問いかけるが、手を上げるものは誰もいない。
「伊丹様、正気ですか? この場において真犯人が名乗り出るわけがないでしょう。私に罪を押し付けるため黙るのが真犯人にとって最善手なのですから」
「もういいよ……」
俺は懇願するようにアルターエゴに呼びかけた。
「これ以上俺を苦しめないでくれよ……アルターエゴ…」
「何をどう苦しめるのですか、ご主人タマ? そもそも犯人当ての議論は前木様という結論で一度決着したではありませんか。モノドロイドが高度な動きをしたのも前木様の幸運の賜物と考えた方が自然ではありませんか?」
「俺の力は…そこまで便利なものじゃねえよ……”たまたま”起こり得ることを確実にするくらいの力なんだ……。存在しない機能を追加するなんてことはできない」
前木君の弱々しい反論でますますアルターエゴは追い詰められる。
それまで至極冷静だったアルターエゴの眉間に僅かに皺が寄る。
「真犯人の反論など聞くに値しません。全て虚偽です。先ほどは素直に自らの罪を認めていらっしゃったのに、なぜ今更意見を翻すのですか。前木様は潔くオシオキを受けるべきです」
「俺は最低のことをしたから……俺が死ぬのは別にいい。でも、ここで俺に投票したら、葛西たちまでオシオキされちまう。それだけはダメなんだ…」
目に涙を浮かべながら前木君は呟く。
「笑わせないでください。あなたが真犯人なのだから、オシオキされるのはあなただけです! 彼は”自白”という明確な犯行の証拠を有していますが、私には該当するものはございません! これでもまだ私の犯行を疑う気ですか!」
「”笑わせるな”はこっちのセリフよ」
小清水さんの言葉がアルターエゴを黙らせた。
「一度犯行を起こした”先輩”から助言させてもらおうかしら。あなたの犯行は0点ね」
「…どういうことですか」
「前木常夏の犯行と場の混乱を利用して上手くやったつもりなのだろうけど、あなたは犯行における基本的なことを見落としている。”証拠の必要性”よ。そもそもあなた、証拠という存在の意義を理解してる?」
「………?」
「証拠とは、”その人がクロである可能性が100%ではないがある”という前提の下で必要になるものよ。でもこの犯行は”あなたがクロである”という可能性しか許容しないのよ。あなた以外の人間が『モノドロイドを高度に制御する方法』なんて絶対にないんですものね。言うなれば、この事件の状況そのものが巨大な証拠なのよ。だからあなたがクロである証拠なんて今更必要はない。今必要なのはむしろ、『あなたがクロではない証拠』なのよ。何かあるなら聞いておきましょうか?」
小清水さんはスラスラと言葉を述べ、アルターエゴのさらなる反論の余地を奪っていく。
まさか、彼女……。
俺が気付く前から、既に……?
あんな推理を披露したのも、俺を誘導するために……?
「そ、そんな、そんな理論無茶苦茶です!!! あり得ない!! あってはならない!! 私を生かした丹沢様の思いを裏切るおつもりですか!!」
アルターエゴは先ほどの冷静さはみじんも見られぬほど顔を真っ赤にして叫ぶ。
「裏切ったのは他ならぬあなた自身じゃないの。あなたも私と同じように、丹沢駿河に呪われて生きていくしかない。…あぁ、あなたはここで死ぬのだったわね」
「死ぬ!? ふざけたことを言わないでください!! 私に投票すれば死ぬのは皆さまです! ご主人タマにとって、皆様にとって、私とはその程度の存在だったのですか!?」
「葛西君……お願いしてもいいかしら」
アルターエゴの足掻きが続く中、伊丹さんはぽつりと言った。
その言葉が何を意味しているのか、俺にはすぐに分かった。
「分かったよ。俺の手で決着をつける。この事件の本当の脚本を書きあげよう」
《クライマックス推理Extra ――抗えぬ真実――》
Act.1
事件は今日の朝、食事の時間が終わった後には動き始めていた。
食事の後、俺や前木君は個室に、伊丹さんと山村さん、吹屋さん、亞桐さんは食堂に、入間君とアルターエゴは休憩室に、
土門君は大ホールに、小清水さんは図書室にいた。この時、既に小清水さんと前木君が土門君の殺害を企画していたんだ。
Act.2
食事の後、小清水さんは土門君を弓道場に呼びつけ、さらに個室で謹慎していた前木君はモノドロイドに「弓道場で弓を撃て」と設定した。
弓道場に立ち入った土門君に向けてモノドロイドが弓を撃つように、ね。
さらに予め弓道場から拝借した弓と弓道着を着せ、顔を隠すなどの細工もした。
運任せの要素が強いトリックだったけど、前木君は犯行の成功を自分の幸運の才能に任せたんだ。
現に、幸運にもモノドロイドは弓道場へ向かう道中、誰にも遭遇しなかった。
Act.3
しかし実際は事は上手く運ばなかった。
前木君がモノドロイドにプログラムを行った後、入間君と談笑していたはずの犯人が、モノドロイドに入りこんだんだ。
彼女は予めノートパソコンの中の音声読み上げソフトを用いて、入間君との会話を続けているかのように演出していた。
こうして自分の意思でモノドロイドを制御することに成功した彼女は、犯行に及ぶことを決意した。
Act.4
運命の9時30分、弓道場には土門君と亞桐さん、そして俺がいた。
犯人は土門君ではなく亞桐さんを執拗に狙い、弓で射殺した。妨害した俺とも壮絶な格闘戦を繰り広げたのち、素早く逃走した。
プログラミングされただけのモノドロイドとは思えない執拗かつ俊敏な動きはまるで人間のようだった。
Act.5
亞桐さんの殺害を終えた犯人は倉庫に戻り、休憩室に置いてあったノートパソコンの音声読み上げソフトの履歴を消すと、倉庫に戻った。
その後すぐ、モノドロイドでの殺害の失敗に動揺した前木君が弓道着と矢筒を回収し、罪をかぶせるためにトレーニングルームの山村さんのロッカーの中に隠した。
最後に犯人は何事もなく捜査に参加すると見せかけてモノドロイドの姿のままで俺達に加わった…。
でも君は、俺との乱闘の際についてしまった唯一の傷に気付いていなかった。そこが運命の分かれ目だったね…。
前木君を欺き、人間のような動きで俺達を翻弄し……。
しかしその高度な動きゆえに自らの犯行を裏付けてしまった犯人……。
それは君だ……。
人工知能、”アルターエゴ”!
◆◆◆
『――私は何があろうとも、ご主人タマを信じておりますなり』
ついさっき聞いた言葉だ。
この言葉の意味はなんだったのだろう。
彼女は一体何を考えていたのだろう。
アルターエゴは何も言わなかった。
他のみんなも、何も言わなかった。
重い沈黙が空間を支配する。
そして。
「…………はぁ」
アルターエゴはうつむいてため息を吐いた。
「………本当、人間にはがっかりさせられますなり」
失われていた語尾が再び彼女の口から語られた。
もうどんまいなんて言えない。