エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

41 / 65
いや~、長かったですね、四章。
本当に激動の章でした。
どうぞ最後までお楽しみください。


Chapter4 非日常編⑤ ???編

 

 

『”超高校級の建築士”、土門隆信君、そして彼の人格を移植したモノパンダにもオシオキを受けてもらいましょ~う!! Hooooooo!!!』

 

 

 

 

 裁判場に衝撃が走る。

 その理由はただ一つ。

 モノクマがあっさりと告げた”処刑宣言”だった。

 

「………!??」

 土門君は呆気にとられた表情でモノクマを見つめる。

「ぎ、ぎひゃーーーー!?!??」

 だが、それ以上に驚愕の表情を浮かべていたのはモノクマの横に座るモノパンダだった。

「こ、校長センセー!?」

『なに? 何か不満でもあるの?』

 そんなモノパンダの表情とは裏腹に、モノクマはキョトンと玉座に座り続けていた。

 自分の判断に何の疑いもないという様子で。

「じょ、冗談……ですよネ?」

『ボク、冗談は好きくないの! たまに言うけどさ! でも今言ったことは天に誓って本当だよ!』

 グっと親指を立てるモノクマ。

「な、な、なんで!!!??!?」

『なんでも何も、その方が盛り上がるでしょ? せっかく犯人を追い詰めて暴いて、ワックワクドッキドキのオシオキをしたって、生身の人間のオシオキじゃなきゃつまらないじゃない!』

 体をくねらせてリアクションをとりながらモノクマは言った。

 

「つまらないって……。そ、そんなことで、仲間を見限る気でありんすか…??」

 吹屋さんが震える声で言った。

『仕方ないよ! より良い脚本を作るためだもんね! だってさ、君達はあんな脚本で満足してるワケ?』

 モノクマは俺達の顔をじろりと見つめながら言う。

『アルターエゴが涙を流して謝って、死んだみんなに変身してメッセージ? そりゃ見た目だけはいい話っぽいよ。でもさぁ、そんなことで感動ムード出されたら、殺された亞桐さんはどうなるの?』

「……!!」

 モノクマの鋭い指摘に俺達は言葉を失う。

『アルターエゴはあんなに残酷な方法で亞桐さんを殺したんだよ。死にたくないってもがいてる彼女に、アルターエゴはさらに矢を撃ち続けたんだよ。たかだか後で改心したからって、あれっぽっちでアルターエゴに同情する雰囲気になっちゃう君達って本当に脳みそがお花畑だよね!』

「…………」

 俺は何も言い返せず、顔をうつむける。

「そんなの…元はと言えばアンタらがあんな音を聞かせたのが原因でありんしょ!!」

 吹屋さんが顔を真っ赤にして怒鳴ったが、モノクマは意に介していない様子だった。

『やっぱり君達は精神年齢小学生以下のお子様だったってことが判明したね! こんな人達に見放された亞桐さんって本当に可哀想! うぷぷぷぷぷ!』

 満面の笑みで俺達を侮辱するモノクマ。

「き……貴様……ッッ!!!」

 赤いオーラを纏って山村さんが威嚇する。

「落ち着いて、山村さん!」

 伊丹さんの鋭い声で何とかモノクマへの攻撃は思いとどまるが、それでも彼女の表情は怒りに満ち満ちている。 

『ん? ボク何か間違ったこと言った? やっぱりね、未熟な君達にはもっと最低の絶望を見せなきゃダメだなって結論になったの。そしてそれにふさわしい絶望がここにいるんだよ!』

 そう言ってモノクマは土門君の方を向いた。

『土門君とモノパンダ。君達をここでオシオキするっていう絶望がね!!』

「…………」

 それでも土門君は何も言わなかった。

 放心しているのだろうか?

 

「センセー!! そんなの無茶苦茶だよ!! このコロシアイは全部オイラが……」

『もちろん君には感謝してるよ? 君がいなきゃこの脚本を作ることなんてできなかったんだからね!』

 力強く親指を立てて賞賛を述べながらモノクマは横に座るモノパンダの背中を叩いた。

『ボクが感謝を込めて送り出すから、後悔なくオシオキされちゃいなさーい!』

「そ、そ、そんな………」

 どういう原理かは分からないが、モノパンダの目には涙が浮かんでいた。

 

「な、なんて奴だ……!!」

 入間君が敵意を持った視線をモノクマにぶつける。

「いい気味じゃないの。散々私たちを弄んだんだし、これくらいの償いはしてもらわないと」

 すました顔で小清水さんが返す。

「………」

 一方、当の本人である土門君は相変わらずうつむいたまま何もしゃべらなかった。

 

『じゃあさ、君達にも納得がいくような展開にしてあげるね!』

 モノクマがそう言うと、背後に先ほどのスロットが再びせり出してきた。

『皆さん、お手元の投票ボタンを押してください! 投票するのは‥‥”超高校級の哲学者”、夢郷郷夢君を殺したクロでーす! うぷぷぷぷぷぷ!!』

「………!!!!」

 電撃が走ったようにモノパンダが固まる。

「そんなの…分かりきったことじゃねえか……」

 前木君が呟く。

『やっぱりさ、こっちの都合で起こしたコロシアイだからって例外にするのはよくないよね。学級裁判はできなかったけど、せめてクロ決めとオシオキはちゃんとやっておかないと! さあさあ早く押して! 無投票はオシオキだからね!』

 モノクマが両手足をジタバタさせながら俺達を急かす。

 

「こ、こんな投票……アリなんですか…!?」

 山村さんが混乱した面持ちで叫ぶ。

「いきなりこんなこと言われたって……どうすれば……」

「投票しなければ殺されるだけよ…。死にたくなければ、押すしかない」

 伊丹さんの冷静な声が俺達を現実に引きずり戻した。

「で、でも……こんなの無茶苦茶でありんすよ!! こんな無理矢理な投票に」

 吹屋さんがそこまで行った時だった。

 

「押せッ!!!!」

 土門君の怒号が裁判場を貫く。

 

「押せ。今まで四回繰り返してきたんだ、できるだろ?」

 下を向いたままの彼の表情は、固く、暗く……どことなく投げやりだった。

「押せばいいだけだ。夢郷を殺したのは誰だ。お前らが思う奴のボタンを押せ」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよう!!」

 土門君とは打って変わって、声を震わせて止めに入ったのはモノパンダだった。

「こんなの酷すぎるよ!!! みんな、ボタン押さないでくれよ!!! オイラが悪かったよ!! 償えることなら何でもするよ!! だから押さないでくれ!! ”土門隆信”のボタンを押さないで!!! お願いだよ!!!」

 玉座から転げ落ち、両手両足を地面について土下座するモノパンダ。

『………』

 モノクマは玉座からモノパンダを見下ろすが、何も言わない。

 

 俺はどうすればいいのだろう?

 小清水さんの時は、俺はボタンを押さなかった。

 だが今はあの時とは状況が違う。

 ボタンを押さなければ死、すなわちオシオキが待っている。

 

 夢郷君を殺したクロ。

 それは、アルターエゴとの会話でとっくに暴かれている。

 疑いようもない答えがある。

 俺は。

 俺は。

 

 

 

 

 

 

 

『うぷぷぷぷぷ!! だいせいかーい!! ”超高校級の哲学者”、夢郷郷夢君を殺したのは、”超高校級の建築士”、土門隆信君でした! 満場一致で大正解! やったね!』

 投票の結果は実にあっさりしたものだった。

 みんなどんな思いで票を投じたんだろう。

 自らの命を守りたいと思う保身の心か。

 あるいは、津川さんと夢郷くんを手にかけたことへの憎悪か。

 俺は……どっちだろう。

 

「うわあぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」

 モノパンダはその場にうずくまって泣き崩れた。

「なんでだよぉ!!! こんなの、こんなの酷すぎるよぉ!!!」

『醜いなぁ、醜いよ、教頭。自分だって散々死んでいった人を嘲笑っていったのに、自分の番になるとこれだよ。パンダのクセに変に人間らしいところ、ボクは好きくないなあ』

「だって!!! だってオイラは!! 校長センセーのために!!! 全部校長センセーのためにやったんだ!!! ここを用意したのも、津川さんや夢郷君を殺したのも!!! 裏でたくさん仕事したのも!!! 全部全部、校長センセーと校長センセーの脚本のためにやったのに!!! こんなの酷すぎるよーっ!!!」

 泣き叫びながら言い訳をするモノパンダ。

 その姿は、どことなく御堂さんに重なる。

 

『ふーん。それが君の本心なんだ、土門君』

 モノクマは黙り込んでいる土門君に笑顔を振りまいた。

『アルターエゴはその人の性格を正確に写し取り、正確に再現する。今の君が強がって隠している感情を、教頭は全部吐き出してくれているんだよ! 恥ずかしいねえ!』

「……………」

 それでも土門君は何も言わなかった。

 御堂さんのように泣き叫んで命乞いをするモノパンダ。

 信じていた仲間に裏切られ、絶望するモノパンダ。

 それこそが今の土門君の本心なんだ。

 

 確かにモノパンダ、そして土門君は許されざる罪を犯した。

 無邪気で可愛い津川さんを、あんなに残酷な方法で殺した。

 真実を追い求めていた夢郷君を、誰にも気づかれないところで殺した。

 ここで無残に殺されて当然の罪だ。

 今更泣き叫んで命乞いなんて、身勝手の極みじゃないか。

 

 頭では分かってる。 

 それなのに、何故だろう?

「うわぁぁああああん!!!! うぁあぁあぁああん!!!」

 心の底から絶望して泣いているたった一匹の小さなヌイグルミが、どうしようもないくらいに哀れに思えてしまうのは。

 

「まえなつ!? まえなつはオイラのこと助けてくれるよね!?」

 モノパンダは”前木君”といういつもの呼び方を捨て、土門君本来の呼び方で前木君を呼んだ。

 一度は殺意を向けられた相手だが、親友ゆえの情が働くと思ったのだろうか。

「まえなつ!! まえなつ!! 助けて……。助けて……」

 モノパンダは前木君にのろのろと近付く。

「土門…。ごめん……。お前は取り返しのつかない過ちを犯した。償わなきゃ、津川と夢郷が可哀想だ…。生まれ変わったら、次はいい奴になれよ。そして、もう一回友達になろう。ずっとずっと、待ってるからな」

 前木君は涙を頬に伝わらせながらモノパンダ、そして土門にそう告げた。

「そ、そんな…!! 来世なんて言わないでよぅ!!! オイラを助けてよぉ!!! うわぁあぁぁん!!」

 親友にすら裏切られたモノパンダは再びうずくまって泣きじゃくる。

 

「もういい! もうやめろ、モノパンダ!」

 土門君は怒声をあげると、モノパンダに近付いて抱き上げた。

「俺は逃げも隠れもしない。オシオキしろよ、モノクマ!」

「わぁっ、嫌だっ、嫌だーーーっ!!!! 離してーーーっ!!!」

 相反する二人の反応。

 しかし、土門君の体が微かに震えているところからも、彼の本心が垣間見える。

 

『うぷぷぷぷぷ! じゃあ時間も無くなってきたし、始めちゃおうか! ボクが用意した最大最強のとっておきスペシャルオシオキ! 言っとくけど今度のは別空間に逃げるとか、映像だけとか、そういうのは一切ナシだからね! 本当の本当に繰り広げられるリアルオシオキだよ!』

 モノクマはニッコリ笑って宣言した。

 その言葉には、今から行うオシオキが今までのものとは一線を画するという意味合いがはっきり読み取れる。

 

「葛西!」

 モノパンダを抱える土門君が不意に呼びかけてきた。

「勝てそうか? モノクマ(こいつ)に」

「分からない……。けど、絶対に勝つ。勝って脚本に書くよ。ここで起きたこと、ここで死んでいった人たちの思い。全部をまとめた脚本を」

 そう答えるしかなかった。

「そっか! その脚本、見たかったなあ!」

 土門君は笑って頭をポリポリ掻く。

 その姿は、最初に出会った時の土門君のようだった。

 

「みんな、ごめんな!」

 次に土門君はみんなにそう声をかけた。

「あなたはリャンを殺した。これ以上ない苦しい方法で。そして夢郷君も殺した。あなたに同情なんてない。地獄に墜ちればいいと思ってる。…でも」

 伊丹さんは強い視線を向けながら土門君に告げる。

「ずっとずっと、平和な希望ヶ峰でお友達でいられれば良かったのに…って思ってる自分がいる。たぶん、これからもずっと思い続ける」

「ああ、全くだな」

 心に響いているのかいないのか分からない返事を返す土門君。

「なんで、なんでこんなことになっちまったでありんすか…! あちきの知ってるドモモンは、こんな子じゃなかったのに!!」

 吹屋さんが涙を浮かべて叫ぶ。

「残念ながらこんな子だったんだよ。ま、それも含めて人間だわな」

 その言葉には皮肉っぽく返す土門君。

 

「こんな結末では……こんな結末では…夢郷君が浮かばれない…」

 入間君は歯を食いしばりながら呟いた。

「あいつにも悪いことしたなぁ……。今更どうにもならないけどな」

「………あなたには何と言えばよいのか分かりません。恨みもありますが、僅かなりともともに過ごした間柄でもあります……。一体どういう感情が正解なのか全く分かりません」

「入間って本当、厳しそうに見えて甘い奴だなあ。親友を殺した奴にそんなこと言うか、普通?」

「………」

 入間君は黙り込む。

 

「………」

 小清水さんは腕を組んで黙り込んだまま何も言わなかった。

 

 

『それでは、”超高校級の建築士”土門隆信君のオシオキと参りましょう! レッツオシオキタイム!』

 モノクマがそう言うと、その正面に赤いスイッチがせせり出てくる。

 

 ここにきて俺は、先ほどまで抱いていた違和感の謎が氷解した。

 今の土門君の口調はモノパンダより、最初に出会った時の彼に類似しているんだ。

 彼の本性は、たぶんモノパンダの方の人格じゃなくて………。

 ……いや、今となってはもうそんなことを考えても無駄だろう。

 

 

「ここまでかー。ま、このコロシアイができただけでも儲けもんだったな。みんな、ありがと!」

 いよいよ死が目前に迫った土門君の体は、さっきより確実に大きく震えていた。

「わぁぁぁあああああ!!!! 助けてぇぇぇぇええええ!!!」

 彼の腕の中で叫ぶモノパンダも同様だ。

 

 

 

 モノクマがハンマーを振り下ろし、赤いスイッチを押した。

 

 

『ドモン タカノブ さん が クロ に きまりました。 オシオキ を かいし します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……良かったんだよな」

 

 涙を流しながら前木君が呟く。

 その言葉が引き金だった。

 

 

「………!!!」

 その瞬間、土門君の表情がにわかに変わる。

 彼は拳を振り下ろし、思いきり裁判台を叩き壊した。

 みんなが驚きの表情を浮かべる暇もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「良いわけねぇだろバカヤローーーーッッッッ!!!!!!」

 

 

 汗と、涙と、鼻水と。

 あらゆるものでグシャグシャになった顔を振り乱して、全身全霊でそう叫んだ。

 

 

 どこまでも身勝手で、自由気ままで、悪い奴。

 だけど、最後の最後まで彼は、”人間”だった。

 絶望になりきれず、ゆえに絶望の餌となってしまった。

 

 

 

 次の瞬間、暗闇から伸びてきた鎖がモノパンダを抱いた彼の体を捕え、奈落へと引きずり込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 画面の向こうに広がっていたのは、葛西たちにとって今までのどのオシオキよりも異様な光景だった。

 

 一言で言うなら、壊れた街。

 巨大なビルや建造物が立ち並び、()()()()大都会だったことが容易にうかがい知れる。

 だがそれらの建造物は半壊したり燃えたりと、原形をとどめているものはほとんどなかった。

 そしてその街の中を、爪をむき出しにしたモノクマたちが徘徊していた。

 中にはモノクマの姿をしたロボットやグロテスクなマシンも一緒になって蠢いていた。

 

 そこはまさに絶望の世界。

 そんな中に連れてこられた土門とモノパンダは、身を寄せ合って震えていた。

 何が起こるか分からない恐怖に、二人はただ怯え震えるしかない。

 

 

 ただ一つ分かっていることは。

 

 

 ―――――これから始まるのは、究極のオシオキ、究極の絶望。

 

 

 

 

 

 

[断・犯・ロンパ ――絶望の学園と絶望の高校生――]

 

 

 

 

 不意に二人の目の前に大きな影が現れる。

 それは、2mほどもある巨大なモノクマだった。

 しかし黒いコートを羽織り、色付き眼鏡をかけて白髪を生やしたその姿は、まるで……。

 

 大きなモノクマはグッ、と拳を握りしめると。

 一撃で土門の腕の中にいるモノパンダを空の彼方へと吹き飛ばした。

 衝撃で土門も地面に吹き飛ばされる。

 

 土門がやっとのことで顔を上げると、既に目の前に大きなモノクマが迫っていた。

 彼が抵抗する間もなく、モノクマは土門の左の二の腕を掴むと……。

 

 ゴキッ。

 

 腕の骨を握力で粉々に砕いたのだ。

 だらり、と腕が下に垂れ下がる。

 土門は絶叫して地面に転げまわった。 

 

 だが休む間もなく次の刺客が現れる。

 いつの間にか目の前には、違う姿のモノクマが立っていた。

 ベージュ色の髪の片側を編み込んで、人を見下すような厳しい目つきをした少女型のモノクマが。

 

 少女型のモノクマは手にした黒い槍を振り上げ、折られたばかりの腕の根元に突き刺した。

 さらなる激痛が土門を襲う。

 土門がのたうち回ることにより傷口は広がり、槍の穂先はさらに腕を切り裂いてゆく。

 やがて彼の左腕は根元から千切れ落ちた。

 

 次の瞬間、少女型のモノクマがぱたりと地面に倒れ込む。

 左腕の断面を押さえて悲鳴を上げていた土門は、右腕にまとわりつく何かに気が付く。

 そこには、ミイラと化した赤子の群れが群がっていた。

 土門の顔が恐怖に歪む。

 そして目の前で倒れた少女型のモノクマもミイラのように萎れた姿で土門の右腕にしがみついた。

 いつの間にかその右腕も同じように水分を失い、干からびてゆく。

 土門が絶叫して間もなく、右腕は根元から折れて外れた。

 

 

 上空から落ちてきた鎖が土門をどこかへと連れ去る。

 

 

 廃墟の中に連れてこられた土門は、暗い部屋の中で椅子に縛り付けられていた。

 両腕を失った激痛で悲鳴を上げる気力すら失った土門に、部屋のどこからか伸びてきた管が襲い掛かる。

 管は土門の口にねじ込まれ、一錠の錠剤を喉奥へと送り込んだ。

 管が口から抜き取られると同時に、土門は激しく咳き込む。

 そして血と嘔吐物が混ざった物を勢いよく地面に吐き出した。

 目玉が飛び出しそうなくらい目を見開いている姿が彼の苦悶を物語っていた。

 

 

 それが済むと、またもや鎖で縛られて次の空間へ。

 

 

 土門は、右足は下に突き出し、左足は折りたたんで腹に抱え込んでいるという奇妙なポーズで鎖に縛られていた。

 鎖が下に降りてゆくと、だんだんと下から明るく赤い光が見えてくる。

 それは、ぐつぐつと煮えたぎる溶鉱炉だった。

 それを見た瞬間、土門は全身全霊でもがこうとする。

 しかし両腕を失った土門に抵抗の術はない。

 

 鎖はどんどん加速していき、溶鉄の手前でピタッと止まった。

 助かった? と土門が思った瞬間……。

 ズブリ、と右足が溶鉄に浸かる。

 土門は絶叫する。

 地獄にも勝る痛覚で意識が飛びかけ、目は半分白目を剥いていた。

 鎖が引き上げられると、黒焦げになった右足は根元から折れ、溶鉄の中に沈んでいった。

 

 

 

 いつの間にか土門は次の空間へと進められていることに気が付く。

 そこは先ほどとは打って変わって静かで風流な空間。

 和風の建物の緑あふれる庭。

 彼は、その庭に立てられた的に縛り付けられていた。

 

 直後、三体の無骨なロボットがそこに現れた。

 ロボット達は手にした弓をつがえると、真っすぐに弓を撃ちだした。

 矢は残された土門の左足へと突き刺さる。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 蓑虫のように矢が大量に刺さった足に、ロボットが最後の一撃を加える。

 足の根元に突き刺さった矢によって、左足は重力に引かれて引きちぎれた。

 

 

 

 両手、両足の全てを失った土門は、息も絶え絶えに椅子に縛り付けられていた。

 先ほど吹き飛ばされていたモノパンダも一緒に括り付けられている。

 椅子はベルトコンベアーに乗って、教室のような空間を突き進んでいく。

 上に設置されたモニターでは、インベーダーゲームの戦闘画面が繰り広げられている。

 自機が被弾するたびに、土門達の後ろに設置された「補習」と書かれた鉄塊が少しづつ下に降りてゆく。

 コンベアーは「補習」に向かって進んでいく。

 

 

 痛み、苦しみ。

 悲しみ、怒り。

 裏切り、憎しみ。

 全ての絶望が入り交ざった土門は、虚ろに開かれた目から涙を流した。 

 

 

 終わる。

 長い絶望が、今終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、コンベアーの動きが止まった。

 モニターの画面は暗転し、「補習」の動きも止まる。

 土門は朦朧とした意識で異変を察知し、僅かに目を見開く。

 

 

 一体、何が起きたのか?

 

 

 その答えはすぐに分かった。

 

 

 暗転したモニターに現れたのは。

 満面の笑みを浮かべた津川梁の顔だった。

 

 

 コンベアーだけが再び動き出す。

 「補習」は動かない。

 コンベアーが動く先にあるのは。

 深い奈落の底。

 

 

 

 

 嫌だ。

 

 

 土門とモノパンダは助けを乞う。

 許しを乞う。

 

 

 嫌だ。

 

 こんなの嫌だ。

 

 

 コンベアーは止まらない。

 絶望は止まらない。

 

 

 

 そして、その時は来た。

 

 

 椅子ごと、土門とモノパンダは深い穴へと放り出される。

 生々しい叫びをこの世に残して。

 

 彼らが墜ちていった先にあったのは――――。

 

 

 

 焼却炉、だった。

 

 

 彼らの全身が業火に包まれる。

 

 けたたましい叫び。

 消えてゆく命の最後の抵抗が全空間に響き渡る。

 

 その命を薪にして炎はさらに勢いを増す。

 

 

 

 

 絶望。

 

 

 

 

 

 

 

 火が消え、焼却炉だったそこはただの薄暗い空間になった。

 その中央には、土門とモノパンダだった灰が盛られていた。

  

 全てが燃え尽きた静寂の中。

 上から一枚の紙がふわりと舞い落ちる。

 

 

 

 

『不審火上等、土門建設』

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 そうか。

 これが。

 

 これが、本当の絶望

 

 

 それしか思い浮かぶ感情がなかった。

 

「………土門……」

 前木君は必死に感情をこらえながら呟く。

 彼は親友の死を、最後まで目を背けることなく見届けた。

 胸中は計り知れないものがある。

 

「はっ、はっ……」

 伊丹さんは呼吸を整えていた。

 過呼吸になるのも無理はない。

 それくらい凄惨で、絶望的なオシオキだったのだから。

 

 

 でも、冷静になって考えれば疑問もたくさんある。

 例えば―――――。

 

「…あれ…アルターエゴ………?」

 吹屋さんが呟く。

 土門君が今まさに鉄塊に押しつぶされそうになった時、それを止めたのは―――。

 

 アルターエゴにしかあんなことはできない。

 でも彼女は間違いなく俺達の目の前でオシオキされたじゃないか。

 それに、いくら土門君にとはいえ、彼女があんな酷いことをするなんて……。

 

『う……うぷぷぷぷぷ……』

 モノクマの声で俺の思考はかき消された。

「……!?」

『ぶーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!! えくすとりぃぃぃぃむ!!!! さいっこうだね!!! やっぱりオシオキはこうじゃないと!!!』

 玉座の上で転げまわって喜ぶモノクマ。

「仲間をあんなにあっさり裏切っておいて笑うなんて……」

 山村さんが怒りの表情を浮かべる。

「これこそが、私たちの真の敵……」

 入間君がモノクマを睨みながら呟く。

 

『ん? ん? そんな頑張ってボクに喧嘩売らなくていいよ。もっと感動しなよ? 絶望しなよ? 今メチャクチャエモ~い感情でしょ? もっと自分に素直になっていいんだよ!!』

「っ………!!」

 そんなこと。

 そんなことしてたまるか。

 絶望なんかしてやるもんか。

 

 

 でも俺達は知ってしまった。

 俺達が相手にしている存在の大きさを。

 

 散々俺達を弄び、俯瞰し、嘲笑ってきたモノパンダ。

 それすらも絶望を演出する道具として使い捨てるほどの、”絶望”。

 その大きさと恐ろしさは、十分すぎるほどに俺達の心に刷り込まれた。

 これと戦わなくてはならないという恐怖も。

 

 

『まあいいや! きっと後からじわじわ来るタイプだと思うからね! まあ今日は本当にこれでオシマイにするけど、最後に一つボクから面白い情報を教えてあげるよ!』

「……?」

 モノクマはぴょんとジャンプして一回転しながら玉座から飛び降りた。

『それはね……‥』

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 十数分後、俺達はエレベーターの中にいた。

 今回はあまりにも多くのことがあった。

 最後の最後にあんなことも言われて……整理がつくわけがない。

 

「ユキマル」

 囁くような小さい声で、隣に立つ吹屋さんが声をかけてきた。

「あちきの言葉なんかが助けになるか分かんないけど……聞いてほしいでありんす」

「…」 

 彼女の言葉に俺は小さく頷く。

「…人生はお噺とは違うでありんす。人生にオチなんてないことがほとんどだし、綺麗なサゲでまとめることもできない」

「でも、そういう何の救いもない終わり方に、なんとかしてオチやサゲをつけるのがあちき達噺家の務めでありんす。きっと…ギリポンやアルたんやドモモンの死にも、何か落としどころがあるとあちきは思うでありんす」

「それを見つけるためにも、あいつには負けられないね」

「……そういうことでありんす。じゃ、お疲れ様!」

 そう言って吹屋さんは俺の背中をポンと叩いた。

 

 俺はオチを見つけることはできるのだろうか?

 サゲにたどり着く日は来るのだろうか?

 

 

「………っ!!」

 エレベーターの扉が開くと、俺達は異様な光景を見た。

 

 廊下のあちこちに、電源の切れたモノパンダたちが転がっているのだ。

 土門君の死とともに中のアルターエゴがアンインストールされたのだろうか。

 

 正真正銘、ただのヌイグルミと化したモノパンダたち。

 そんな彼らの死が転がる廊下を進みながら、俺は部屋に戻る。

 

 

 吹屋さんやアルターエゴと出会ったのがとても昔のことのようだ。

 本当に……長い日々だった。

 でも、これからもまだ続くんだ。

 

 

 俺達の、果てしない闘いの日々。

 絶望との激闘の日々が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Chapter4 オチ無しサゲ無し希望無し! 完】

 

 

 

 

 アイテムを入手した!

 

 

『小さなネジ』

 Chapter4クリアの証。

 ノートパソコンの部品。

 この章で繰り広げられたありとあらゆる希望と絶望が詰まっている。

 




次話は五章ではありません。
皆さんが気になっているあのシーンを書きたいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。