エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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前章の幕間から一週間足らずですが、五章はじめっぞ!
凄まじい勢いで書き進めて完結まで突っ走りたいえそらです。


Chapter5 愛 can do it ! Can 勇 do it?
Chapter5 (非)日常編①


 第四の裁判の後、伊丹ゆきみは個室に戻った。

 

「………はぁ」

 ため息とともに椅子に座り込み、机に頭を突っ伏す。

 

 

 

 

 

 あまりにも辛く、長い裁判だった。

 

 今朝親友を失い、捜査と裁判を経て、新たに二人死んだ。

 そして真の敵との戦いが始まった。

 

 感情を整理する暇などないままに。

 戦いが始まろうとしている。

 

 

 

 だが自分にはやるべきことがある。

 そう思って伊丹はゆっくり顔を上げる。

 

「…………」

 そして机の上に置いてある紙切れを持ち上げる。

 

 

 

 

 

『一筆啓上 伊丹ゆきみ

 貴殿の正体を看破した。AM2:00、2-Bまで。来る来ないは貴殿の自由に。』

 

 そう書かれた紙切れを上に掲げて眺める伊丹。

 この紙切れは二回目の動機発表が行われた日の夜に彼女の部屋の扉に差し込まれていたものだ。

 これが何を意味しているのか。

 彼女にはとうの昔に分かりきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は、二回目の裁判を終えた後まで遡る。

 

 あの時、部屋に戻った彼女はあるものを見つけた。

 何も置かれていなかったはずの机に、一個のカセットテープが置かれていたのだ。

 

 彼女は好奇心でそれを再生した。

 

 

あー…音入ってるか? 入ってるみたいだな……

 

 そのカセットテープから聞こえてきたのは、この日龍雅に殺された釜利谷三瓶の声だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 えーと、伊丹。

 この音声を聞く頃には俺はこの世にいねーはずだ。

 俺が死んだ後の裁判中にコイツをお前の部屋に置いとくよう頼んであるからな。

 

 で、本題に入るんだが。

 再生中は絶対に音声を止めたり他の奴に聞かせたりしないで、一人で一気に聞いてくれ。

 お前にとって、他の奴に知られると恐ろしくマズいことが吹き込まれてるからだ。

 俺がわざわざこんなメンドクセーやり方でお前にメッセージを与える意味をよく考えて聞けよ。

 

 じゃあ話そうか。ここからは停止厳禁だぞ。

 

 

 

 伊丹、記憶を消されてるから分からねーだろうが、このコロシアイが始まる前、お前は俺と同じ【超高校級の絶望】だった女だ。

 昨晩、龍雅からの呼び出し状が届いてただろ?

 それは絶望だったお前を龍雅が始末しようとしたからだ。

 だが、”脚本”じゃーここでお前は殺されないことになってる。

 代わりに俺が殺され、龍雅が御堂に殺される。

 そして御堂がクロとして裁かれ、オシオキされる。

 今お前は二度目の学級裁判と御堂のオシオキを終えて部屋に戻ってきたはずだ。

 自分が絶望って言われてまだ信じられねえかもしれねえが、こればっかりは受け入れてもらうほかねえ。

 

 記憶を消される前、お前は俺とともに【記憶の研究】を担当していた。

 俺達の後輩である松田夜助が始めた研究で、あいつが死ぬと同時に俺達がその研究を引き継ぐことになったんだ。

 研究は主に脳科学者である俺が主導で行った。

 お前の役目はただ一つ、”記憶を制御する薬”の開発だ。

 

 結論だけ言うが、その薬はまだ完成してねえ。

 いや、一応完成はしてるがまだ究極形じゃねえ。 

 そもそも脳は神経細胞の無限大の組み合わせでできてる。

 それを化学物質の一つや二つで制御するなんて不可能だ。

 それでもお前は一つの薬を作り上げた。

 ”制御された記憶を元に戻す”薬だ。

 

 

 …現時点で教えられるのはここまでだ。

 ここから先の音声は、四回目の裁判を終えた後に再生可能にさせるようモノクマに頼んである。

 四回目の裁判が終わったらもう一度再生してくれ。

 

 いいか、もう一度言うがくれぐれも他の奴にこの音声の内容を知られるなよ。

 存在も知られるな。

 まあ脚本でお前が誰にもバラすことはないと予言されてるから大丈夫だと思うが……。

 じゃあ、また四回目の裁判の後にな。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 二回目の裁判の後、突然に告げられた宣告。

 ”伊丹ゆきみは超高校級の絶望だった”。

 

 その事実が、何度も何度も彼女の胸を抉った。

 第四の裁判を終えた今も。

 

 

「知りたくなかった………」

 ぽつりと伊丹は呟く。

「ごめんね、リャン……。秋音……。莉緒………」

 伊丹の瞳から涙が溢れ出る。

「私は、みんなの敵だった………」

 

 

 

 

『私が』

 

 

 

 

「私はみんなを裏切っていた………」

 

 

 

 

『私がみんなを死に追いやった』

 

 

 

 

「でも……私は知らなかったのよ」

 

 

 

 

『知らなくても、やった事実はなくならない』

 

 

 

 

「うぅ、うぅぅうぅぅぅううぅ」

 伊丹は涙をこぼしながら床にうずくまる。

 

 

 アルターエゴのオシオキの直前。

 御堂に扮したアルターエゴはこう言った。

『お前はもうどこの誰にも強がる必要はない』

 

「違う………」

 頭を抱えながら伊丹は呟く。

 

 ”私は見せられない……。

 私の本性を、誰にも見せられないの。”

 

 

 誰にも言えないまま二回の裁判を戦い続けた伊丹。

 その心は、とうの昔に限界を超えていた。

 

「ぅぅぅ……ぅぅぅ……」

 頭を抱えたまま小刻みに震える伊丹。

 

 誰かが死ぬたびに、彼女の心に釘が打たれるかのような重い衝撃が走った。

 そしてその責が密かに自分に降りかかり続けていた。

 自らがいかに醜く卑怯であるかを痛感するたび、堪えがたい感情に支配される。

 

 

 もう一人の自分が伊丹の心の中に囁く。

 

 

 

『私が殺した』

 

 

 

「違うッ!!!」

 

 

 

『みんな、殺した』

 

 

 

「私は何もしてないッ!!!」

 

 

 

 

『だって私は”超高校級の絶望”だから』

 

 

 

 

「やめて!!! もうやめて!!!」

 

 

 

 

 

『私こそ醜くオシオキされるべき存在』

 

 

 

 

「うぁぁああああぁ!!! 嫌嫌嫌嫌!!!!」

 

 

 

 

『私なんて』

 

 

 

 

 

「私なんて!!!」

 

 伊丹はバッと立ち上がり、机に向けて駆け出す。

 一心不乱に引き出しの中からカッターナイフを取り出すと、乱暴に袖をまくり……

 

「ごめんなさい!!!」

 自らの腕を切り刻む。

「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

 自らの涙が傷口に染みてゆく。

 

「うぅっ……んんんん……!!!」

 袖の下に隠れていた腕には既に無数の生傷が刻まれており、その傷を抉るように再びカッターの刃が差し込まれる。

 堪えがたい激痛を、自らのスーツの襟を噛むことでこらえる伊丹。

 

 私なんて。

 私なんて………。

 

 

 

 

「……‥!!??」

 

 数秒後、突然自分が何をしているかを認識した伊丹は驚きのあまりカッターを取り落とす。

 

「………???」

 私は今、何を??

 

「っ…!?!? っはぁ、っはぁ!!」

 過呼吸になりながらその場に膝をつく。

「……!!」

 そして四つん這いで床を這いながら机の引き出しの一番下に手を伸ばす。

 

 震える手は、なんとか引き出しから一つの錠剤を取り出すことに成功する。

 伊丹は震える指ごと錠剤を咥え、飲み込んだ。

「ふっ、ふっ」

 息を整えながら、違う引き出しから包帯を取り出して腕に巻き付ける。

 

 バクンバクンと心臓が波打つのがはっきりと感じられた。

 

「また………」

 またやってしまった。

 たまに訪れる、発作的な自傷行動。

 精神をどす黒い何かに支配される感覚。

 

 薬で矯正できるのにも限界がある。

 それは薬剤師の彼女が一番よく分かっていた。

 

 傷が痛む。

 

 こんなことをしても誰も救われないのに。

 私はいつまでこんなことをくり返すのだろう。

 

 やっぱり私に必要なのは……。

 

 自傷とは異なる熱い感情が芽生えかけ、すぐに伊丹はそれを胸の奥へと追いやった。

 

 

 伊丹は心の底からため息を吐く。

「落ち着け、私」

 自分にそう言い聞かせ、タオルで床に飛び散った血を拭きとる。

 左腕がじんじんと痛む。

 後でモノポーションを借りに行こうと彼女は決意した。

 

「今私がすべきなのはこんなことじゃない……」

 そう呟いて伊丹は目の前のカセットテープに目を向ける。

 

 今なら、聞くことができる。

 この音声の続きを。

 

「ねえ、釜利谷君」

 伊丹はカセットテープに向かって話しかける。

「あなたって本当、悪魔のような人ね。女の子をこんなに苦しめて楽しいの……?」

 そう言って伊丹は再生ボタンを押した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 久しぶりだな、伊丹。

 第四の裁判はどうだった?

 

 ここだけの話だがな、土門には言ってねえんだが、第四の裁判で土門がオシオキされただろ?

 モノクマは『脚本を変えた』と言ってたと思うんだが、あれは嘘だ。

 土門が消されるのも全て筋書き通りだとよ。

 つくづくモノクマは化け物だと思うわ。

 ま、俺が死んだ後のことなんかどうだっていいわな。

 

 それで話を続けよう。

 お前が作った”記憶を取り戻させる薬”だが、コロシアイの中で適宜使わせてもらった。

 例えば……龍雅のタバコの葉っぱにその薬を混ぜておいた。

 あいつが自らの生い立ちと”超高校級の絶望”に関する情報を自力で思い出したのは単なる偶然じゃねえってことさ。

 まあ何が言いたいかって言うと、お前の薬は脚本を作るうえで大いに役に立ってるってことだ。

 

 ◆◆◆

 

「……!!!!!」

 釜利谷の言葉は、伊丹にとって死刑宣告のようなものだった。

『お前の作った薬が大いに役立っている』

 それはつまり、伊丹が間接的に友を殺していたことの証左となるからだ。

 

 再び発作が起きそうになる。

 カッターナイフに向けて動き出そうとする右手を必死に左手が押さえつける。

 

『伊丹……俺の言葉で動揺しちまったみてえだな』

 

「うるさいっ!!!」 

 伊丹はそう叫んでカッターナイフをカセットテープに投げつける。

「なんで……なんで私の心が分かるのよっ!!!」

 

 ”気持ち悪い”。

 伊丹の脳裏に浮かんだ感情はそれだけだった。

 

 これはかなり前に収録された音声のはず。 

 釜利谷君はとうの昔に死んだはず。

 なのになぜ、あたかも今、私の行動を見ているかのような声を?

 

『そう怒るなよ……。脚本の力があれば全部分かるんだ。お前が次に発する言葉も、仕草も、全部脚本が教えてくれるからな。今の()()には未来の全てが見渡せる』

 ぞくっ、と伊丹の背筋に悪寒が走る。

 あり得ない。

 そんなこと、あり得るはずがない。

『伊丹……くれぐれも変な気は起こさずに黙って聞いてくれよ?』

 

 伊丹は生唾を呑み込み、その音声に耳を傾ける。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 朝が来た。

 あの地獄のような殺人劇とオシオキから一日が経った。

 相変わらずコロシアイの次の朝は気分が優れない。

 

 もう一度、亞桐さんと話したいなあ。

 アルターエゴも俺の傍らで「おはようございます」って言ってくれたのに。

 

 モヤモヤする感情はそのままに、俺はシャワーを浴びて新しい服を着る。

 ブレザーのネクタイを締めて部屋を出る。

 

 いつも通りの廊下。

 ただ一つ違うのは、未だにモノパンダの死骸がそこら中に転がっているということだ。

 

 ここは、土門君が建てた”絶望タワー”。

 俺達のはるか下では、今も崩壊した世界で争いが繰り返されている。

 むしろ俺達の方が日常らしい日常を過ごしているとすら思えるほどに崩壊した世界で。

 

 何もかもが信じられなかった。

 でも、ある意味では現実から目を背けるように、俺達は裁判で戦う以外の選択肢を失っていた。

 外がどうなっているか、もっと詳しく知りたいけど……。

 今は何も考えず、がむしゃらに黒幕と戦うしかない。

 そうするしか………。

 

 

「おっはよーでありんす!!!」

 朝食場に向かうと、着物の袖をまくっておたまを持った吹屋さんが出迎えてくれた。

「あぁ……おはよう」

 俺は彼女に挨拶する。

 あんなことがあった後でも彼女は切り替えが早いな。

 

「ユキマル! あちきは練習の末、みんなの舌に合う料理を作る術を身に着けたでありんす!! これで今日からの戦いもバッチリでありんす!!」

 おたまを掲げてポーズを決める吹屋さん。

「あぁ……そうなの?」

 そういえば彼女の料理は数日前はロクなもんじゃなかったけど……大丈夫なのか?

 

「おや、おはようございます」

 と、入間君が厨房から顔を出す。

「シンプルですがこんな日はリラックスできる朝食にしようと思いまして。吹屋様が見違えるほど上達したので助かりましたよ」

「へっへ~ん! あちきの腕前はついにジョーちゃん公認になったでありんす!!」

 こんな時でも当たり前のように早く起きてご飯を作ってくれる二人には頭が下がるばかりだ。

 

「……おはよう」

「おはようございます」

 口々に食堂に入ってくるみんな。

「みんな………昨日はあんなことがあってうやむやになったけど……本当にごめん!!」

 食堂に来るや否や前木君はそう言って頭を下げる。

「俺は許されざることをした。みんなからどう思われてもしょうがないと思ってる。でも」

「いいのよ、前木君」

 彼の言葉を遮って伊丹さんが彼の肩に手を置いた。

「大丈夫、あなたが私たちの仲間であることは何も変わらないわ。信頼を失ってもいない。みんなもそうでしょう?」

「うん」と俺は頷く。

「確かに俺達に一言相談してほしかったとは思うけど……。結果的には、彼も小清水さんに利用されてただけだし………」

 複雑な気分だ。

 彼女はまたもや、(土門君とは言え)同級生を手にかけようと動いた。

 それも、自らの手は汚さず、前木君を使ってだ。

 やはり彼女は卑劣な殺人者でしかないのだろうか?

 

「そうですよ!!」

 山村さんが拳を握って声を張る。

「事情はどうあれ、前木君も黒幕と戦う志を共にしていたことに変わりはありませんよ! 私は全身全霊であなたを受け入れます!!」

「誤解を生むからその言い方はやめた方がいいでありんすよ!」

「みんな……本当にすまなかった…。でも、ありがとう」

 謝りつつも少し笑顔を浮かべる前木君。

 以前はあんなに病んでいた彼が……。

 彼も強くなったんだな。

 こうやってみんなが一致団結して黒幕との戦いに向かっていければいいんだけど……。

 

「ふふ、良かった……」

 その様子を見ていた伊丹さんが、なんだかいつもより機嫌がいいように思えた。

 

「ですが、裁判の次の日となりますと……」

 出来上がった朝食を食べている最中、入間君がふと言い出す。

「新しいエリアの開放……があるのでしょうか…」

 山村さんの言う通り、今までと同じ流れなら裁判の翌日には”エリア開放”があるはずだ。

 

『そう言うと思ってスタンバイしてたよ!』

 その言葉とともに現れたのはモノクマだった。

『やあみんな! 裁判場以外で会うのは初めてかな? 久しぶりかな? まあどっちでもいいや! 今日からはボクがみんなのお世話をするよ! オムツ交換してほしかったら言ってね!』

「馬鹿にするなでありんす!」

 フ―ッと息を吐いて吹屋さんが威嚇する。

『うぷぷぷぷぷ! 冗談はさておき、今回もエレベーターで新しい階を開放しておいたから行ってみるといいよ!』

 モノクマは両手を広げて言った。

「はいはい、分かりました! とっとと行ってください!」

『つれないなぁ山村さんは! せっかくボクがみんなの新たな担任になったっていうのに! まあボクは優しいクマだから今回はこれで』

「待てよ! あちらこちらに転がってるモノパンダはいつになったら片付けてくれるんだよ! …なんていうか、そこら中に転がってたら不気味じゃんか……」

 去ろうとするモノクマに前木君が声をかける。

『え? あぁ、数が多いから大変なんだよね。まあ数日中には片付けるよ。欲しかったらあげるから、部屋に置いといてもいいよ。あ、でもバラすのはダメだからね!! クマ虐待はこの学園で一番重い罪だからね!!』

 ビシッと指を差しながらモノクマは言った。

 

 あれだけ俺達をいいようにしてきたモノパンダたちも、今じゃゴミ扱いか……。

 俺達とは不倶戴天の存在だったけど、なんだか複雑な気分だ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、新しい階に行きますか。安全のため、皆さん一緒に参りましょう」

 朝食を済ませた俺達は、入間君の号令の下エレベーターに乗った。

「…あっ! 5階のボタンが光ってるでありんす…」

 階層を示すボタンを見ながら吹屋さんが言う。

 新しい階が解放されるのも彼女にとっては初めてだもんな。

 

 ゴウン、と音を立ててエレベーターが動き出す。

 俺達を乗せた鉄の箱は上へ上へと進んでゆく。

 ”5階”と呼ばれる場所につき、扉が開いた先に待ち受けていたのは……。

 

「…っ!? まぶし!」

 やけにまばゆい光。

 そして―――

「寒い!!」

 吹屋さんがそう叫ぶ。

 

 ここは?

 ここは一体―――

 

「外! 外ですよ!!」

 エレベーターを出ていった山村さんの言葉に俺は耳を疑った。

「そんな馬鹿な!?」

 そうして俺が彼女の方へ駆け出していくと……。

 

 そこは”屋上”だった。

 大ホールよりも広いその空間は、3mほどもある極めて頑丈な鉄柵で周囲を覆われていた。

 鉄柵の頂上には有刺鉄線。

 しかしそれを乗り越えて鉄柵を超えられたとしても、俺達に希望はない。

 何故ならここは地上1000mのタワーの最上階。

 そう―――

 

 鉄柵の向こうには、ところどころから煙が上がった不気味な都市が広がっていた。

 都市を遥か下に臨むこの屋上は、さながら天空の庭だ。

「す、すごい……!!」

 吹屋さんと山村さんは興奮したように鉄柵に身を寄せる。

「わぁあっ!! こんなの酷すぎますっっ!!!」

 そう叫んだのは入間君だ。

 見ると、彼はエレベーターの床にしがみついて涙を浮かべていた。

 そう言えば、昨日の裁判で壁が透明になった時も叫んでいたような……。

 そうか、彼は重度の高所恐怖症なんだな…。

 

「でも、なんだよこの空……」

 俺の横に立つ前木君が上を見て呟く。

 俺達を久方ぶりに迎え入れてくれた大空。

 しかしその空は赤く染まり、黒い雲が顔をもたげている。

 夕焼けとも違う不気味な赤さだ。

 

「……やっぱり…俺達の記憶がない間に変わっちまったんだな。この世界は……」

 前木君は下を向いて悲しげに呟く。

「まだ受け入れるには時間がかかるけど……今はここから出ることを考えなきゃな」

 そう言って彼は目の前にそそり立つ鉄塔に向かって歩いてゆく。

 

 広い屋上の真ん中には、太く大きい鉄塔が建てられていた。

 高さは50mほどもあり、その頂上がこのタワーの本当の”頂上”だ。

 頂上にはアンテナのようなものがびっしりとついており、どうやらこのタワーが電波塔も兼ねているらしいことが分かる。

 改めて、土門君は凄いタワーを設計したんだな…。

 

「……ってあれ!?!?」

 鉄塔を見つめていた俺は思わず声を出した。

「どうした? 葛西?」

「あれ!! 上見て!!」

 俺が指さした先には――――

 

 なんと鉄塔の中腹部に小清水さんがいたのだ。

 小さい足場に身をもたげ、どこで入手したのか分からないが双眼鏡を片手に持って崩壊した世界をじっくりと眺めていた。

 

「なんであんな所にいるの!? よじ登ったの!?」

「なんて奴だ…命知らずもいいところだぞ!」

 どうりで見かけないと思ったら、一足先に来てあんなところに登っていたなんて……。

 ああいう関係とはいえ、あんな場所にいられると流石に心配になってしまう。

 

「我々も負けてられません! 吹屋さん、私達も登りましょう!」

 鼻息を荒くしながら山村さんは袖をまくる。

「ヤダ―ッ!! 絶対嫌でありんす!! 鉄塔に登って感電でもしたらどうするでありんすか!!!」

「大丈夫です! 幼い頃に電柱に登って感電したことがありますが、慣れれば平気ですよ!」

 平然と恐ろしいことを言う山村さん。

「そういう問題じゃないでありんす!!! あちきは生まれた瞬間からビリビリするものが大っ嫌いなんでありんす!! 悪戯で電気ペン握らされるのも無理なんでありんす!! ぜーったいに行かないでありんすからね!!!」

 顔を真っ赤にして嫌がる吹屋さん。 

「それでは仕方ありませんね! 葛西君、共に参りましょう!」

「なんで俺!? 無理だよ!!」

 俺も全力で否定した。

 当たり前だけど、鉄塔は登るものじゃないからね。

 

 そんなこんなで結局山村さんが一人で頂上まで登った(そのおかげで鉄塔全体を探索できたけど…)。

 山村さんが登り始めると同時に小清水さんは慣れた手つきで下まで降りてきた。

「小清水、お前―――」

 前木君は何か声をかけようとしたけど、言葉に詰まってしまった。

「………」

 彼女は何も言わず俺と前木君の横を通り過ぎてエレベーターに向かっていく。

 エレベーターの近くで本を読んで俺達の探索が終わるのを待っていた入間君も、彼女が近づくと何も言わず距離を取った。

 

 彼女は何も言わないまま、エレベーターで下の階へ降りていった。

 

「……はぁ、今後、小清水様とどのように関わるべきなのか……」

 ため息をつく入間君。

 一度彼女を殺しかけた彼は、余計にこれからのことを思うと胸が痛いんだろうな…。

 

 …そういえば、伊丹さんは何をしているんだろう。 

 エレベーターにいたときは一緒にいたと思うけど……。

 俺は屋上内をぐるりと見まわす。

 

 いた。

 彼女は端の方で、鉄柵に指をかけてぼんやりと外を見ていた。

 ……なんだろう。

 今までの彼女よりも、どことなく儚げに見えるような……。

 

「伊丹さん?」

 俺は彼女に声をかけるが、返事がない。

「あの、伊丹さん!」

「あ、え?」

 伊丹さんはビクッと肩をすくめてこちらを振り返る。

「あぁ、葛西君……ごめんなさい、ちょっとボンヤリしてて…」

「そっか…こっちこそ驚かせちゃってごめん」

 彼女がぼーっとするなんて、なんだか珍しいな。

 

「…ねぇ、葛西君って、小清水さんのことがまだ好きなの?」

「えっ!?」

 唐突にそんなことを聞かれるとは思ってなかったので、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。

「あの、えっと…う~ん……」

「そう、まだ好きなのね」

「何も言ってないよ!?」

「態度で分かるのよ。そっか……男の子ですものね、無理もないわ」

 俺の表情を見てくすくすと笑う伊丹さん。

 今まではこんな話をする人じゃなかったんだけどなあ……どうしちゃったんだろ。

「でもあの人は…悪い女の子ね。葛西君をたぶらかして、その上……」

「?」

 彼女がぼそぼそと呟くので、後半が上手く聞き取れなかった。

「ごめんなさい。なんでもないわ。探索も十分したし、もう戻りましょう」

「あ、うん」

 すたすたと伊丹さんがエレベーターへと進んでいくので、俺は慌ててついていった。

 

 こうして屋上の探索は終わった。

 新しいエリアはこれだけだったため、探索は早く済んだ。

 エレベーターにはもうボタンはなく、つまりこれ以上新しいエリアはないということを示している。

 これはつまり、もうコロシアイは起きないということを意味しているのだろうか…‥?

 そんな簡単な話なのだろうか……。

 

 

 その日の夕食もみんな静かだったが、朝よりは活気がある印象だった。

 山村さんと吹屋さんの会話が特に賑やかだった。

 二人とも、亞桐さんの代わりを果たそうと頑張っている様子が垣間見える。

 俺も頑張らなきゃな。

 

 

「それでは皆さん、おやすみなさい!」

 何気ない挨拶でみんなは自室へ。

 何度も事件が起きた後だと、夜そのものが怖い。

 気を抜くといつ事件が起こるか分からない。

 

 

 それでも夜は静かに過ぎてゆく。

 明日が静かにやってくる。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 真夜中。

 

 前木常夏は密かに大ホールへと足を運んだ。

 

 

「……こんな時間に呼び出して、何の用だよ、伊丹」

 モノパンダの死体が転がる薄暗く広い空間の真ん中に、伊丹は立っていた。

「来てくれてありがとう。正直来ないかと思ってたのよ」 

 穏やかな笑顔を見せて伊丹は前木に歩み寄る。

「……今はあまり腹を割って人と話したい気分じゃない。今朝は許してもらったけど、やっぱり俺がしたことはそう簡単に忘れられることじゃない」

 前木は顔をうつむけてそう呟いた。

「黒幕だったとはいえ、ちょっと前まで親友だった土門も死んじまった。今はとてもじゃないけど何かを考えられるような状態じゃ……」

 

 その時、前木は不意に暖かい感触を覚えた。

「っ!?」

 前木のうなだれた頭を包み込むように、伊丹が抱きしめていた。

「本当に優しいのね、前木君……いえ、常夏と呼ばせてちょうだい」

 

 前木は以前にも伊丹に抱きしめられたことがある。

 二回目の事件が終わって数日後、親友の死に耐えきれず記憶と精神が錯綜していたころだ。

 でもあの時とは感触が違う、と前木は感じていた。

 あの時は包容力のある、母性のようなぬくもりだった。

 けれど今感じる暖かさはそれとは違う。

 伊丹の激しい心臓の鼓動が直接彼の胸に響き渡ってくる。

 この感情は、まさしく……。

 

「伊丹……こんな時にどういうつもりだよ」

 前木は伊丹の肩を押して彼女を引き離した。

「ごめんなさい。あなたの気持ちを逆撫でするつもりはないの……ただ……」

「ただ……?」

「少し、気になったことがあるの……」

 伊丹は紅潮した顔を下に向け、上目遣いに前木を見つめる。

 前木の心に邪な感情が芽生えかけるが、すぐに顔を横に振ってそれを振り払う。

 

 だがその次に彼女から発せられた言葉によって、前木は冷静に戻らざるを得なかった。

「…小清水彌生はあなたに何をしたの?」

「………!!」

 前木に緊張が走る。

 

 言っていいのだろうか。

 自分の才能――幸運についての話は裁判であらかた明らかになってはいる。

 土門の正体を口外することを禁じた校則……あれも今となっては形骸化している。

 小清水が自分に教えた内容をそのまま流すだけだ。

 問題はないはずだ。

 

 このコロシアイが脚本になっていること、土門がその脚本の調整役だったこと、吹屋の参入でその脚本が狂い始めていること……。

 伊丹なら信頼できるし、言えば戦力になるはずだ。

 

「………実は」

「………っ」

 前木はそう話しかけて口を閉じた。

 

 俺が下手に動いてしまっていいのか?

 俺みたいな馬鹿が勝手に動くと、小清水の黒幕打倒計画がめちゃくちゃになるかもしれないじゃないか。

 伊丹たちがこの情報を知らないことにも、きっと意味があるんじゃないか?

 

 いや、ともう一人の前木が心の中で呟く。

 なんで俺を利用して捨てようとしたやつに配慮なんてしてるんだ?

 伊丹に言ってしまった方がどう考えてもいいじゃないか。

 

 ……だけど……。

 小清水と協力するのは小清水のためじゃない。

 俺達が黒幕に勝つためだ。

 

 小清水は全て分かったうえで俺を利用している。

 俺もまた小清水を利用するしか黒幕に勝つ手段がない。

 俺達は暫定的な協力関係にあるが、実際には俺よりはるかに事実を見渡せている小清水の方に意思決定権があるのは明白だ。

 結局俺は、小清水の意向無しに下手に動くリスクは背負えない。

 何も分からない俺が、べらべら喋る資格なんてないんだ。

 

「……?」

「……ごめん、今はまだ…言えない」

 苦渋の決断だった。

 今はこう言うしかない。

 危ない橋は渡れない。

 黒幕に勝ってここを脱出するため、ほんのわずかな失敗の可能性すらも排除しなくてはならないのだ。

 

 伊丹は、明らかに前木にも聞こえるほどの大きい舌打ちをした。

 

「やっぱりあの女にいいように使われているのね……」

「……伊丹?」

 一瞬、伊丹の表情が鬼のような様相を呈したことに、前木は動揺した。

「私たちの仲間に手をかけて、私たちを嘲笑って、挙句常夏まで………」

 伊丹の額に青筋が浮く。

 拳は怒りに震え、瞳からは光が消失する。

「伊丹! 待てよ! 別に脅されたりしてるわけじゃないんだ!」

 そんな伊丹の様子を見て前木は慌てて取り繕う。

「そんなことは関係ないのよっ!!!!」

 突如発せられた伊丹の怒声で前木はすくみ上がった。

「ほんの少しでもあの女の影響下にあるのが許せないのよ!!! あなたは私の全て!!! 私もまたあなたの全てにならなければならないのにっ!!!

 顔を歪ませてそう叫ぶ伊丹の目から涙が飛び散った。

「!!! お前……」

 前木はその言葉でようやく全てを察した。

 

「……そうよ………」

 とめどなく流れ落ちる涙を拭うこともせず、伊丹は消え入りそうな声で前木に告げる。

「三回目の事件が起こる前……傷ついたあなたを助けたあの時から……私はずっと、あなたを愛していた……」

「…………」

 前木は何も言えなかった。 

 これほどの美女にそう告げられて、普通の男なら飛んで喜ぶべきなのかもしれないが。 

 連日の傷心の後にそのようなことを言われても、喜びを感じることはできなかった。

 

「でも…私はあなたを愛してはいけなかった…。だから…この気持ちは今まで伝えなかった」

 子供のように泣きじゃくりながら伊丹は続ける。

「愛しては……いけない……?」

 言葉の意味が分からず前木は首を傾げた。

「私に愛された人は皆死んでいくのよ……。リャンも、秋音も、莉緒も、みんな死んだ。私に愛されると死んでしまうのよ! だから私はあなたを愛してはいけなかった!」 

 首を横に振りながら声を張る伊丹。

 

 


 

【Chapter3 (非)日常編②】

 

 作りかけの総菜も放り出して伊丹さんは前木君のところに歩み寄った。

 

「ごめんなさい。私、あなたを買いかぶっていた。あなたも人間だもの、当り前よね」

 

「お、おれ、おれおれおれおれ」

 

 言葉が言葉になっていない。

 

「いいの。いいのよ。あんなに仲良かったものね。忘れでもしなきゃ耐えられるはずがないわ。あなたは悪くない。ちっとも悪くないのよ」

 

 伊丹さんもまた涙をとめどなくこぼしながら、前木君を抱きしめた。

 

「葛西君、ごめん…。ご飯の続き、お願いしてもいい?」

 

 その言葉を受けた俺は数秒たってから「あ、うん」と辛うじて返事をした。

 

「さん、三ちゃあん!!!どもぉぉおん!!!うぁっ、うっ」

 

「あなたは私と同じ。いつだって心のよりどころを求めている。そうでしょ?」

 

「うぁあぁあぁあぁぁぁん!!!」

 

「泣いていいのよ。私も泣いてる。辛かったよね。もう、嫌だよね」

 

 


 

 

 

 あの時既に、その想いは芽生えていた。

 

 

 ずっとずっと隠し続けてきた感情。

 知らぬ顔で過ごし続けてきた日常。

 だが、彼女の心は遂に限界を迎えた。

 押しつぶされるくらいの劣情に堪えられなくなったからこそ、伊丹はここにいるのだ。

 

「でも! でも私は……あなたを愛せずにはいられなかった。どんな夜もあなたのことを想い続けていた。気が付くとあなたのことばかり見ていた。あなたと同じ空気を吸いたくてたまらなかった。どんな些細なことででもあなたと繋がりたかった」

「伊丹………」

 ある意味気持ち悪いとすら思えるほどの熱烈な想いを吐露する伊丹。

 その姿は普段の大人びた様子からはかけ離れた、少女の姿だった。

 そしてそのシルエットが、どことなく三回目の裁判の最後の葛西を彷彿とさせた。 

 

「愛する人が次々に死んでいっても…私は誰かを愛することをやめられない。私はこの世の誰よりも罪深い女なの……。この世の誰に嫌われてもいい。恨まれてもいい。でもあなたにだけは……」

 そう言いつつ伊丹は前木に顔を寄せる。

「伊丹……?」

 伊丹は右手で前木の頬に触れ、左手はワイシャツのボタンを上から外してゆく。

「……お前……!!」

「常夏……私の愛しい常夏……。どうか、私の愛を………」

 伊丹は目を閉じ、一気に前木にその唇を押し付けた。

 

「やめてくれ!!!」

 しかしその唇は前木が顔の前に出した右手につけられていた。

 そして彼の左手は、ワイシャツのボタンを外そうとする伊丹の左手を押さえていた。

「今こんなことしてる場合かよ!! 友達がたくさん死んだばかりなのに……!!」

「…………」

 伊丹はしばらく硬直していた。

 

 

「あ、ご、ごめん……。その、お前の気持ちはすごく嬉しいんだ。けど…今はそういうことを考えられる状態じゃないっていうか……」

「………ふふっ、いいのよ。私は傷ついてなんかいないわ」

 伊丹は笑みを浮かべながら涙で濡れた目元を拭った。

「本当にごめん…。でも、少なくとも今考えなきゃいけないのは、俺達がどうやって黒幕に勝つか…。そのために何ができるか…だと思う。恋とかはここを出た後にいくらでも考えればいいんだと思う…。あんなことをした俺が言えたことじゃないけど…」

 前木は自信なさげな表情ながらもそう告げる。

「うん……ここから出られたら、ね……」

 伊丹はそう言ってくるりと前木に背を向けた。

「こんな時間にごめんなさい。私の話を聞いてくれてありがとう」

「伊丹………」

 前木は茫然と立ちながら伊丹の背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 ―――ここから出られたら。

 その言葉が伊丹の胸に重く突き刺さる。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 伊丹……くれぐれも変な気は起こさずに黙って聞いてくれよ?

 

 まずは、ここまで聞いてくれてありがとうな。

 次で最後だ。

 お前に一つ頼まなきゃいけないことがある。

 これがこの音声をわざわざ収録して託した最大の目的なんだ、心して聞いてくれ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 エレベーターが一階に着くと、伊丹は自室に向かって駆けだす。

 心なしか、身が軽くなったように感じる。

 

 廊下に落ちていたモノパンダを拾い上げると、自室に持ち帰った。

「ふふっ」

 伊丹はモノパンダに顔を寄せて笑った。

「ねえ聞いて秋音。私、さっきついに常夏に言っちゃったの!」

 伊丹は興奮気味にそう言った。

 モノパンダは何も答えない。

「ふふふふっ。結果はね……うふふっ! 秘密!」

 伊丹は子供のように無邪気な笑みを浮かべてベッドに寝転ぶ。

「あ、でもね、体は見てくれなかったの…。本当の私を見せようと思ったのに…」

 そう言って伊丹は上着とワイシャツを脱ぎ捨てる。

「ほら、秋音は見てくれるでしょ? 本当の私」

 下着だけになった伊丹の上半身は、至る所に痛々しい生傷が刻まれていた。 

「引くでしょ? 私、ダメな女ですもんね」

 そう言って伊丹は涙をこぼす。

 しかし数秒後、突然表情を変え始めた。

「…えっ? 秋音はそう思うの? …ありがとう!」

 伊丹はモノパンダをきつく抱きしめた。

「うん、そうよね。きっと常夏もそう言ってくれるわよね。自信ついた。ありがとう! やっぱり私は秋音が大好きよ!」

 伊丹はモノパンダの頬にキスをすると、そのまま毛布に潜り込む。

「ああ、私って本当に幸せだわ……」

 うっとりとした表情を浮かべながらそう呟く。

 

「ふふふふっ」

 自然と笑みがこぼれる。

「うふふふふふっ、あはははははっ」

 赤く火照った顔をモノパンダに押し付け、猫のように顔を摺り寄せる。

 

 

 

 もうお薬なんていらない。

 ありのままの私でいよう。

 

 

 私に誰かを愛する資格なんてない。

 私が愛した人間は残らず不幸になっていったから。

 

 

 それでも私は誰かを愛せずにはいられない。

 誰かを愛せない人生なんて生きている意味はない。

 

 それならばいっそ―――

 無限の愛の中で、愛に焼かれて死んでいきたい。

 

 

  

 あぁ……私の愛しい常夏。

 

 あなたに愛を伝えることができて、私は幸せよ。

 私の愛の呪いは、もう終わる。

 

 

 なぜなら私は。

 伊丹ゆきみという人間は。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 伊丹、脚本ではお前は第五の事件のクロになってオシオキされる。

 どうかその命をかけて引き受けてくれねえか?

 まあ脚本に書かれてる以上、運命に逆らうのは無理だがな。

 

 

 申し訳ねえ。

 最初っから決まってたことなんだ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――もうすぐ、息絶えるのだから。

 

 

 

 


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