エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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令和初投稿です。
平成が終わっても、エクロンは終わりませんぞー!ということで執筆頑張ってます。
ちなみにζの方は文章は書き終わってるので、キャラ絵ができれば投稿できます。


Chapter5 (非)日常編③

 四回目の裁判が終わってから三度目の朝が訪れようとしていた。

 

 朝方は空気が冷え込み、吐く息も白くなる。

 高度1000mともなればその寒さはひとしおである。

 

「せいっ!」

 その刺すような冷たさの空気を切り裂いて、拳が突き出される。

「やあっ!」

 照明のない真っ暗な大ホールの中に、山村の鋭い掛け声がこだまする。

 

 凍土のような寒さの中で、しかし山村は汗を飛ばしながら舞う。

 その肢体はさながら鞭のように空を裂く音を響かせ、彼女が人の境地をすでに超えていることを如実に示していた。

 

 窓のない大ホールは、照明がなければ永久に闇である。

 すなわちこの場所には時間という概念がない。

 皆が寝静まった後、彼女は密かにこの場所に現れ、無限に修練を重ねる。

 息が上がるまで演武を続け、その後は両足を組んで30分ほど瞑想に耽る。

 その瞑想が彼女にとって唯一の睡眠時間である。

 瞑想が終わると静かに目を開き、再び終わりなき修練へと身を投じる。

 

『オマエラ、おはようございます。7時です! 起床時間ですよ!』

 

 いつの間にかモノパンダからモノクマへと交代していた朝の放送。

 これが山村にとって無限に続くかとも思われた修行の終了を知らせる合図だった。

 

 山村はトレーニングルームに備え付けてあるシャワールームで汗を洗い落とすと、道着から制服に着替えて朝食会場に向かう。

 

「おっ、山村! おはよう!」

 前木が温かい笑顔で彼女を出迎えると、彼女もまた「おはようございます!」と返す。

 朝食当番はその日早起きした人物が担当することになっており、山村も時々修練を早く切り上げて担当することもある。

 しかし最近は料理の楽しさを覚えた吹屋が自ら担当するようになったため、ほかのメンツの負担は減っている。

 

「いただきます…」

 昔の賑やかな朝食会と比べると、今はずいぶん人が少なくなったと山村は実感する。

 会話ももちろんあるのだが、食事の時間の華やかさは昔と比べるべくもない。

 

 山村は他の者のことも忘れて思考に耽る。

 

 

 第四の事件で自分たちの団結は一見強くなったように思える。

 でもそれは表面だけだ。

 

 山村は心の中の暗雲を悟られぬよう静かに食事を平らげる。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ありがとう」

 

 

「あなたみたいなお友達を持てて良かった」

 

 

 ◆◆◆

 

 伊丹から告げられた昨夜の言葉が彼女の脳裏によみがえる。

 しかし山村はその言葉に形容しがたい違和感を覚えていた。

 

 

 

 違う。

 あれで終わりじゃない。

 

 山村はそう直感していた。

 

 

 彼女は何かを隠している。

 根拠のない勘だが、そんな予感がしてならない。

 だが、本人に問いただしても何も得られないのもまた事実。

 であれば、頼れる仲間を探すしかない。

 真実を共有し、共に立ち向かうに足る仲間を。

 

「まるで……あの時のようですね……」

 山村は目を細めて小さく呟く。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 それは、吹屋喜咲がコロシアイに加わった日の夜。

 夜時間になり、山村が個室に戻ろうとした時、こう声をかけられた。

「黒幕の正体を突き止めました」

 

 その衝撃的な言葉を伝えたのは入間だった。

「………!? え、え……?」

 山村は戸惑いの声を漏らすことしかできなかった。

「山村様、このコロシアイを終わらせたくはありませんか?」

「それは……終わらせるに越したことはないですけど……」

「私の……私たちの手で終わらせましょう。私にはその権利が与えられた」

 入間の目は、まるで炎が宿っているかのように熱く闘争心の漲った視線を携えていた。 

「権利……? 入間君、いったい何をするつもりなんですか? そもそも黒幕って一体……?」

「今から伊丹様もお呼びします。三人いれば十分でしょう。今から黒幕を倒すのです」

「っ……!!!」

「山村様、どうか力をお貸しください。私たちは勝たなくてはなりません。そのためには強く、信頼のおける仲間が必要なのです!」

 

 ◆◆◆

 

 

 そして山村たちは土門の部屋へと乗り込んだ。

 あの夜の出来事も遠い昔のように思える。

 結局すべては黒幕の術中だった。

 

 あの時の入間の目が憎悪に燃えていたのを山村は忘れられなかった。

 だからこそ自分が()()()()()なってはいけないと肝に銘じていた。

 憎悪に身を焦がせば、周囲を見失う。

 

 例え最愛の人を奪った相手でも。

 例え家族を皆殺しにした相手でも。

 冷泉から湧き出る流麗な水のごとく、平静を保たなくてはならない。

 それが、あらゆるものを失い続けた引き換えに”武の神髄”を得た山村が一番に感じたことであった。

 

 冷静に考えよう。

 この状況を打破する上での最善策は何か。

 

 頭を使うのが苦手な自分でも、”心”と”身体”の強さなら誰にも負けない。

 平静にして頑強を貫けば弱い頭にも解法が浮かぶはず。

 

 

「山村ー?」

 

「あっ、はい!」

 先ほどから呼ばれていたことに気づいた山村は慌てて返事をする。

「あっ、ごめんなさい! 最近考え事が多くて困っちゃいますね!」

 てへっ、と舌を出してみたところ、それまで笑顔だった前木が一気に真顔になった。

「……で、何の話でしたっけ?」

「いや、さっきも言ったけどせっかく屋上あるわけだし、みんなでバーベキューなんてどうかなって」

「バーベキュー!?!? あちきお空に飛び上がっちまいそうでありんす!!!」

「吹屋さん、その反応するの二度目……」

 元気にはしゃぐ吹屋に、呆れたように声をかける葛西。

「…へぇ、バーベキューですか! いいですね!」

 山村も乗り気に答えた。

 名目は「昨日発見したことの考察を深めるための会合」ということになっているが、久しぶりの全体開催のイベントに心躍っている者も数少ないだろうと山村は感じていた。

 最も、小清水は来ないだろうから以前のイベントに比べるとかなり小規模になった感は否めないが…。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 昨日の夜から、俺はいろんなことを考えていた。

 吹屋さんのこととか、土門くんのこととか。

 

 吹屋さんは相変わらず掴みどころがない。

 あんなところに閉じ込められていた以上、彼女が何か重要な秘密を隠し持っているのは間違いないんだけど、それを引き出す方法が分からない。

 当の本人は驚くほどあっけらかんとしているし。

 昨日もどこかのタイミングでそういうお話ができないかなと狙ってたんだけど、どうしても彼女と一緒にいると彼女のペースに巻き込まれてしまう。

 このままじゃマズいよな。

 みんな黒幕打倒のために頑張ってるっていうのに、俺が足を引っ張るわけにはいかないもんな。

 

 今朝の朝食会で昼はこれからの方針を話し合うついでにバーベキューをすることになった。

 気分転換にはちょうどいいかもしれない。

 昨日の報告会で大体の情報は共有できたけど、それを吟味してこれからどうするか考える機会も大事だろうし。

 

 俺たちはモノドロイドたちも動員してバーベキューの準備に取り掛かる。

 みんなでこなすイベントは久々だから、こんな時に不謹慎かもしれないけどちょっとワクワクもしている。

 

「見てください! 私たちの意図を見透かしてか、厨房にクーラーボックスと大量の食材が!」

 山村さんは巨大なクーラーボックスを二個両脇に抱えて言った。

「モノクマも、変なところで我々に好意的なのですね…。まあ、そんなことで奴を許す気にはなれませんが……」

 入間君は呆れたようにそう言いながら木炭の入った台車を押している。

「えっと…俺は何をすれば…?」

 手持無沙汰になってしまった俺はそう尋ねる。

 みんなは顔を見合わせ、そして…

「「何もしなくて大丈夫です!!」」

 っておい!? またこのパターン!?

「えっへっへ~、あちき達ラッキーくじを引いたでありんすね♡」

 同じく仕事がない吹屋さんは高らかに笑いながらエレベーターに乗る。

 俺は全然嬉しくないよ。

 なんだか最近、こういう場面でも全然みんなの役に立ててない気がするなぁ……。

 

「いやぁ、屋上は寒いな~」

 屋上につくと、前木君とモノドロイドたちが既にテーブルや網の用意をしていた。

「しかし、こんな不気味な空の下ではバーベキューの味も半減ですね…」

「吹屋さん!! せっかくのバーベキュー、どうせなら極限までお腹を空かせて臨みたいとは思いませんか!? さあ、今一度鉄塔登頂を成し遂げましょう!!」

「だ・か・ら!!! あちきはビリビリが苦手って言ったでありんしょ!!! 感電して死ね!!!」

「”死ね”は洒落にならんからやめろって…」

 みんなが文句や冗談を飛ばしあう中、バーベキューの準備は着々と進んでいく。

 今度ばかりは俺も食器の配膳や食材の準備などで活躍した。

 

「吹屋さんも手伝ってよ!」

「え~、今10コンボ中!」

 どこから持ち出したのか、携帯ゲーム機をポチポチといじる吹屋さんの袖を引っ張って俺は準備を手伝わせる。

「はは…。吹屋様といるときのあなたはさながら母親のようですね」と入間君。

「そんなことないよ…」と俺は謙遜する。

「へへ~、じゃああちきはオカンにご飯の準備してもらおっと! さいなら~」

「ほら、変なこと言うとすぐ調子に乗る!」

 全く、まるでこの子は小学生の男の子だ。

 

 その時、逃げ出そうとする吹屋さんの腕を誰かが掴む。

「げっ、ゆきみん!?」

「げって言っちゃダメだよ吹屋さん」

 伊丹さんは吹屋さんの腕を掴んで雪女のように冷たい視線を彼女に向ける。

「…みんながご飯の準備してるでしょう?? ()()()()に任せてないで、あなたも働きなさい」

「……アイマム……」

 引きつった笑みと冷や汗を浮かべながら吹屋さんはそそくさと準備に取り掛かる。

「伊丹さんはいいお母さんになりそうだな……」

 

 

 準備がてらトランプをやったりしてお腹が空くのを待っていたら、いつの間にか時刻は昼を回っていた。

 準備も整ったし、いよいよ焼きはじめだ。

 

 肉と野菜の香ばしい香りが鼻をつく。

「じゃ、焼けたやつからどんどん取って食べちゃってくれ~」

「いただきまーす!!」

 肉を思いっきりほおばる。

 焼き肉を食べるのなんていつ以来だろう。

「あ~、うまいっ!!」

「いやー、鉄塔を12往復した後のお肉はとても舌に響きますね!」

「往復しすぎでは…?」

 みんなが舌鼓を打つ声が次々に聞こえてくる。

 人数は減っちゃったけど、やはりみんなでこういうことをするのって楽しいものだなぁ。

 

「…じゃ、そろそろ本題に入るか」

 しばらく食べたところで、前木君がパンと手を鳴らす。

 そういえば、このバーベキュー会の本当の目的は、昨日の報告会を受けての作戦会議だったっけ。

「ここでバーベキューをやるって決めたのも、意味がないわけじゃないんだ。この屋上には、フェンスの四隅に監視カメラが取り付けられてる」

 周囲をぐるりと見まわしながら前木君が告げる。

「でも、ここは屋内より広いし声が籠ることもない。風も少し吹いてるから…」

「なるほど、黒幕がこちらの声を聞きにくくなるというわけですね。小声で話せば黒幕には完全に聞こえないかもしれませんね」

 前木君の言葉に入間君が補足する。

「まあ、ずっと小声でしゃべってたら黒幕も怪しむだろうし、基本は意識しなくていいと思う。本当に大事なことだけ小声で話そう」

 

「そもそも……黒幕って誰なんでありんすか?」 

 吹屋さんが割って入るように尋ねる。

「なんか前回の裁判であっという間に話が流れちゃったでありんすけど、昨夜ジョーちゃんから聞いた話だと、ドモモンがこのコロシアイを引き起こしたんでありんしょ??」

 入間君、ちゃんとあの後吹屋さんにも説明してくれてたんだな。

「いえ、それがそうとも言い切れないのです」

 吹屋産の言葉を否定したのは、他ならぬ入間君だった。

「”彼が黒幕”というのは私が()()()に勝手にそう決めつけていただけで、実際には彼は一言も『このコロシアイの黒幕は自分である』とは言っていないのです。事実、彼が死んだ後もコロシアイはまだ続いていますし…」

「その死ってのも、不慮の事故とかじゃないもんな。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 前木君の言葉であの時の情景が思い起こされる。

 最後の最後で死を否定した彼の顔。

 どこまでも悪で、醜く、しかしとてつもなく哀れな彼の姿が。

 

「つまり土門君はモノクマにとって()()()()の存在だったってことですよね……」

「そうですね。しかし彼は夢郷君に成りすまし、私たちのコロシアイ生活で何かを為そうとしていた。その目的は、モノクマが言うには『この脚本の調整役』とのことですが……」

「でも…仮に真の黒幕がいるとして、そいつが土門君を始末したってことは、少なくとも土門君がコロシアイにいることの目的は既に果たされたんじゃないかな…?」

 俺は慎重に言葉を選びながら自らの意見を述べる。

「用済みになったから消されたと…。悪役のやりそうなことですね……」

「でもさ…”脚本”って言い方が気になるよな。まるで葛西の才能になぞらえているみたいだ」

 

 そう。

 モノクマが時節述べる”脚本”という言葉。

 その言葉にいったいどんな意味があるというのだろう。

 

「葛西は何かピンとくることとかあったか? モノクマの脚本って言葉を聞いて」

「……いや、特には…。でも、なんでそんな言い方をするのかは俺も気になってる。…何か嫌な予感もするけど…」

 仮に黒幕が土門君とは別にいるとして、そいつは俺に何かをしようとしているのか?

 絶望的な脚本を見せることで俺を絶望させるとか…?

 でも、俺だけを狙い撃ちする理由が分からない。

「ですが、黒幕がこのコロシアイを”脚本”と呼んでいる以上、葛西くんとは何らかの関わりを持たせようとしているんですよね…?」

 

 黒幕が俺に対して何かをしようとしているのに、それが何かわからないなんて。

 怖い気持ちと不快な気持ちが混在した不思議な気分だ。

「まさかとは思うけどさ」

 話し合いが膠着する中、前木君が口を開く。

葛西が黒幕の仲間ってことはないよな?

「!!」

 彼の思わぬ言葉に、俺の身体を一気に緊張が走る。 

 

 考えなかったわけじゃない。 

 俺の身が潔白であることは俺自身が一番よく分かっているはず、だけど…。

 

「それはない、と言い切りたいところなんだけど……。御堂さんみたいに”記憶を消される前に超高校級の絶望だった”っていう可能性もあるから……正直言って、100%何もないって言える保証はない」

 そう答えるしかなかった。

 記憶がないってことについて深く考えてこなかったけど、こうして考えるととてつもなく怖いことなんだな。

 

「前木さん。あなたの疑問はもっともですが、無用な詮索は我々の団結を崩壊させるきっかけとなる可能性もあることを肝に銘じてくださいね」

 沈黙に耐えかねたのか、入間君が前木君にそう釘を刺す。

「ああ、そうだな…。疑って悪い。そんなこと言い出したら、俺だって同じく絶望だった可能性もあるわけだし…」

「いや、気にしないでいいよ。いずれ言われることだろうと思ってたし」

 そうだ。

 疑われるのは覚悟の上。

 だけど、もし本当に俺が”絶望”かそれに類するものだったとしたら…‥。

 その時自分の手でけじめをつける覚悟はあるのだろうか。

 

「…と言っておいてなのですが、私も一つ詮索しなければなりません」

 入間君は強いまなざしである人物の方を向く。

「……吹屋様。あなたの素性について、未だ詳しく聞いていませんでしたね」

「…げっ!?」

 吹屋さんはあからさまに嫌そうな顔をする。

 

 そう、そうだ。

 俺が聞こうと思っても、いつも彼女は煙に巻いてしまう。

 こういう場で聞くのが一番の正解なのかもしれない。

 一体君は何者だっていうんだ、吹屋さん…。

「確かに…。吹屋さんが私たちと違って別部屋に監禁されていたのも、何か理由があるはずです! 吹屋さんは何か心当たりはありますか?」

 すかさず山村さんが問う。

「え、えぇ~!! そんなこと言われたって、あちきは本当にただの希望ヶ峰の生徒でありんすよ~! みんなと何にも変わらないでありんす! 閉じ込められてた理由なんて、あちきが聞きたいでありんすよ!」

 吹屋さんは大げさなポーズを取りながらそう答えた。

 

「そうですか…。ですが吹屋様、あなたは私たちと共に学園生活で過ごした記憶があると仰っておりましたね。それは私たちが持ちえない記憶ですし、貴重な情報となるはずです。本当はもっと早くに聞いておくべきだったのですが……詳しく教えてもらえませんか?」

 吹屋さんは腕を組んでう~んと唸りながら自分の中に残る記憶を探る。

「えっと……あちきが覚えてる記憶は入学からの一年ちょっとでありんすね…。あちき達は希望ヶ峰学園第75期生として入学して、そこから普通の高校生みたく一年過ごして、みんなで進級して、それから……」

「それから?」

「う~ん、なんか進級したあたりから記憶がぼんやりしてるでありんす…。進級してから一か月くらいまでしか思い出せなくて……」

「ふぅむ」と顎に手を当てる入間君。

「私たちと同じように記憶を操作されたのか、それとも単純に忘れているだけなのか…。後者ならば何かのきっかけで思い出すといいのですが…」

「……記憶…研究書」

 ふと口を開いたのは伊丹さんだった。

「え? 何か言いましたか、伊丹様?」

「記憶研究書よ…。釜利谷君の」

 彼が残した記憶研究書。

 その内容は確か……。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

【Chapter2 非日常編③ 学級裁判前編】

 

 

 釜利谷君の部屋で夢郷君が見つけた”例の書類”といえば……あれしかない。

 

 

 

【提示コトダマ:記憶研究書

 

 

 

「記憶に関する研究の成果をまとめた書類が、ファイルに収まった状態で彼の部屋に置いてあったんだ。それによると……」

 

「”14体の被験体の記憶を制御し、封じ込めた”と記してあった。ちょうど我々から奴だけを差し引いた人数に相当するな」

 

 俺が言葉を濁した部分を、御堂さんが容赦なく述べた。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

「三ちゃんは、14人の記憶を制御したって書いてたんだよな。で、その14人ってのは()()から三ちゃん自身を差し引いた人数に等しくて……」

 あの時の状況を整理して話す前木君。

 その時、俺の頭脳を電撃が走ったかのような感覚に陥る。

「待って、前木君。それはおかしいよ!」

「……?」

 

 あの時は気付かなかったけど。

 彼が言った()()には定義されない人物が一人いるじゃないか。

「土門君は記憶を制御されていないんじゃないかな?」

「……そうか! 彼は黒幕側だから記憶を制御される必要がない……」

「となると、記憶を制御された枠に一人”空き”が生じますね!」

「それが吹屋さんだってことだよね」

 俺がそういうと、伊丹さんは黙って頷く。 

 

「…とどのつまり、あちきは記憶を制御されてるって結論でファイナルアンサー?」

「たぶんそうなるね。どうせ制御するなら俺達と同じように学園生活の分も制御すればいいものを、どうして少しだけ記憶を残すような真似をしたのか……」

「そのあたりは謎ですが、少なくとも今、吹屋様は私達とあまり変わらない状況であるということは分かりました。皆がいる中での質問になってしまい、圧迫感もあった中で丁寧にお答えいただきありがとうございました」

 入間君は柔らかな笑顔で吹屋さんに一礼した。

「へっへーん! あちきを讃えよ…と言いたいところでありんすけど、今度ばかりはこちらこそありがとうでありんす! なんだかあちきも肩の荷が下りた感じだし、これでみんなもあちきと距離を感じずに関われるでありんしょ?」

 吹屋さんもいつも通りの天真爛漫な笑みを浮かべる。

 

「あー、頭を使ったらまたお腹が空いてきちゃいましたっ! 第二ラウンドにしましょう!!」

 山村さんの号令で再び木炭に火が点けられる。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 赤黒い空はさらに暗くなり、間もなく夜のとばりが下りようとしていた。

 バーベキューの後はみんなでスイーツを食べて、トランプなんかもしてあっという間に時間は過ぎていった。

「いやぁ、食った食った……。俺はもうお腹いっぱいだし、今夜の晩飯は食いたい人だけ各自で作る感じかな?」

 前木君の言葉に異議を挟む者はいなかった。

「あー、楽しかった!! やっぱり人間、楽しいことをしている時が一番生きてる感じがするでありんすね!!」

 吹屋さんは思いっきり背伸びをしながら言った。

「さて、片付けますよ。吹屋様も手伝ってください」

「えー!! オカンがやってくれるからいいのー! ねー、オカン♪」

「いいわけないでしょ」

 いつの間にか俺は彼女のふざけた言動を一刀両断する術を身につけたようだ。

 頬を膨らませながら食器を片付ける吹屋さんをよそに、俺は伊丹さんに歩み寄る。

「楽しかったね」

「……えぇ」

 伊丹さんはゴミを袋にまとめながらも、うっすらと笑顔を浮かべて答えた。

「今日は伊丹さんもたくさん笑ってくれてよかったよ。最近、あまり元気ないように見えたから…。余計な心配しちゃってごめんね」

 人数が減ってくると、嫌が応にもみんなの態度や状態には敏感になってしまうからね……。

 今日の伊丹さんは元気があるみたいで安心したけど。

 

「ありがとう。葛西君って、とても優しいわね」

「えっ…」

 予想外なほど好意的な言葉が飛び出してきたので、俺は思わず赤面した。

「大切なお友達に出会えてよかった。これからもよろしくね」

「……うん、よろしく!」

 俺は差し出された伊丹さんの手をぎゅっと握った。

 

 

 

 その直後だった。

 トントン、と山村さんが俺の肩を叩いた。

「そのまま」

 振り返ろうとする俺にそう言うと、素早く一枚の紙きれを渡してきた。

「それ読んどいてください。他の人にバレないように」

 それだけ言うと、俺が聞き返す暇もなく彼女はエレベーターの中へと消えてしまった。

 

 …なんだろう。

 山村さんは何か隠し事をするタイプだとは思ってなかったんだけど…。

 とにかく、何か考えがあるのかもしれない。

 

 

 夜、部屋に帰った俺はその紙面を見て面食らった。

 

『葛西君へ。

 伊丹さんのことでお話があります。

 明日の朝食後、二人でお話の機会を設けたいです。

 

 一番信頼できるのはあなたなんです。

 頼りにしています。

 山村巴』

 

「二人で……?」

 まさか、殺人を企んでいるわけじゃないだろうな…。

 いや、流石にそれはないと思うけど。

 殺す気なら直接手渡しで紙を渡すはずないし。

 

 しかし、なんの話だろう。

 伊丹さんのこと?

 今日は元気そうに見えたけど…。

 また何か、俺の知らないところで事が進んでいるのか…?

 

 いつも蚊帳の外っていうのは、あまりい気分じゃないな。

 明日、しっかり山村さんと話そう。 

 黒幕打倒のため、みんなのため、俺もしっかり働かないとな。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 真夜中。

 小清水は植物園の真ん中の噴水の前に立っていた。

 水音と鈴虫の鳴き声が彼女を包む。

 

 人の営みとは無縁の自然。

 そこにこそ世界の真理が眠っている。

 ここは"自然"ではない。

 "造られた自然"だ。

 人の営みに汚され、さらには土門隆信の策謀にまで使われた忌まわしき空間。

 こんな場所からは、一刻も早くこの命たちを逃がしてあげなければ。

 それもまた、私の使命。

 だが、その使命を果たすためには……。

 

「遅かったわね」

 小清水は吐き捨てるように呟いた。

「…自分なら呼び出しておいて、結構な態度だな」

 入口の方からそう答えたのは、前木常夏だった。

()()()よりは言うようになったじゃない。私の忠実な駒であることには変わりないけどね」

「忠実? 笑わせんな、俺はお前の野望を助ける気なんてない。俺たちはただ利用しあってるだけだろ」

 やや暗い表情ながらも前木は小清水の方へと歩み寄る。

 小清水は何も言わず、ベンチに腰を下ろす。

 

「俺を呼び出したってことは、また何かやるつもりなんだろ」

「そうね。もうそろそろ動き出した方がいいかと思って」

 小清水は不気味な笑みを浮かべて告げる。

 前木は小清水のこの顔が嫌いだ。

 構わず小清水は続ける。

「貴方は"幸運"の持ち主というだけでなく、"あちら側"に自由に干渉できる有用なスパイでもあるの。貴方にしかできない任務を帯びてもらおうと思ってね」

 スパイなんて言い方をするな、と前木は心の中で呟いた。

 だがここで怒りと屈辱に耐えなければ、仲間達の脱出の道も開けない。

 耐えなければ。

 

「………吹屋か?」

「ご名答。奴から出せるだけ情報を引き出して欲しいのよ。私のことはまるで相手にしてくれないから」

「だろうな」

 珍しく前木は嫌味を言い放つ。

 その直後、自分がこんなことを言うなんて、と自己嫌悪に浸る。

「…私は以前、黒幕の脚本を狂わせる存在は貴方"しか"いないと思っていた。でもね、よくよく考えたらそんなことはないのよ。貴方の幸運によって現れた吹屋喜咲は、その存在自体が黒幕にとってイレギュラー。奴がここに存在している時点で、もう黒幕のストーリーは存分に狂っているはずよ」

「……じゃあ、ここから先のコロシアイは、黒幕でもどうなるか分からないってことか?」

「その通り。恐らくあのタイミングで土門隆信を消したのもこれが原因でしょうね。物語を『既定路線』に沿わせるのが土門隆信の役目である以上、その『既定路線』が意味をなさなくなれば奴も用済みってことよ」

「でも……先がどうなるか分からない時こそ、上手く調整する役って必要なんじゃないか…? ていうか、そもそも土門が黒幕っていう話はどうなったんだ…?」

「モノクマがいる以上、黒幕が土門隆信以外に存在するのは間違いないでしょうね。最も、あのヌイグルミの中身がアルターエゴだとしたら、真の黒幕が今生きているのか死んでいるのか、そもそもこの世に存在する人間なのかも分からないけどね」

「……………」

 前木は黙り込む。

 

「そういうわけで、吹屋喜咲は黒幕にとって何か不都合な真実を隠し持っているのは明白。だからこそ、その不都合な真実がなんなのか貴方に洗い出してもらいたいの。お願いできる?」

「……吹屋の真実………」

 

 皮肉にも、前木達はたった今日、吹屋から聞けるだけのことは聞いてしまっている。

 吹屋から得られる情報に直接黒幕に繋がるようなものはなかったことも知っている。

 それを今言ってしまうべきなのか……。

「まさかとは思うけど」

 前木の思考をかき消すように小清水が声を投げかける。

「吹屋喜咲と会話して得たことをバカ正直に受け止めているわけじゃないでしょうね」

「……どういう意味だ?」

「あの女に質問なんかしたって有用な答えなんか得られるわけないわよ。あの女、頭の中身が空っぽですもの。私は不都合な真実を”洗い出して”ほしいって言ったのよ。”聞き出して”とは一言も言ってないわ」

「じゃあ…会話以外でどうやって吹屋のことを調べろと?」

「何気ない仕草とか、普段の行動とかに隠されていないか気にしてみるものよ。あとは本人が隠していることをさり気なく発言させるよう誘導するとか。やりようはいくらでもあるじゃない? あの女、頭空っぽのくせに私のことだけはやけに警戒してるみたいでね。あなたにお願いした方がはるかに手っ取り早いの」

「……そうかよ…。分かった、できる限りやってみるよ…」

 前木は小声ながらもハッキリと答えた。

 

「感謝するわ。人類を滅ぼす時には、貴方は最後の方にしてあげる」

 小清水は満面の笑みを浮かべてそう答えた。

「……好きにしろ」

「……じゃあ、私も一つ、貴方に教えてあげようかしら」

 そう言ってふらりと小清水は立ち上がる。

「!?」

 前木は驚き、身構える。

「その前に、貴方のボディチェックね」

 小清水は躊躇いなく前木に近づき、そのまま体を密着させる。

「お、おい!」

 前木はとっさに小清水を突き飛ばそうとするが、小清水はその腕を掴むと、そのまま外側にひねり上げた。

「いっ! いててててて!!」

 前木が悲鳴を上げている間に、小清水は彼のポケットに順番に手を突っ込む。

 パーカーのポケット、ワイシャツの胸ポケット、ズボンのポケット。

 出てきたのはハンカチとポケットティッシュだけだった。

 全て確認し終わると、腕から手を離してニッコリと笑う。

「合格ね」

 前木はひねられた腕をさすりながら小清水を睨みつける。

「…盗聴器でも仕込んでると思ったのかよ。今まではこんなことしなかったくせに、どういう風の吹き回しだよ…!」

「ぶっちゃけた話、今までのは全部聞かれたところで大した問題にはならない話よ。少なくとも、"人間側"の連中にはね。でも、今から私が言うのは共有されちゃうと困るのよね」

「俺がみんなに話す可能性は? 何か口止め材料でもあるのか?」

「ないわよ。でも貴方は絶対に言えない。いい? 心して聞いておきなさい」

「っ!!」

 前木が心の準備を終える前に、小清水はその耳に口を寄せる。

 

 

 

私が最も恐れているのはーーー

 

 

 小清水は微かな声で何かを告げた。

 

 

 

「………はぁっ!?!?」

 前木は思わず後ずさる。

 様々な感情が前木の中に現れては消えていく。

「な、なんで……なんでこんなことを俺に教えるんだよっ!?」

 あらゆる感情よりも先に放たれた言葉はそれだった。

「……ちょっとは私も身を切らなきゃいけない時期かと思ってね。これで私達は互いに"秘密"という鎖で縛られる仲になった。以前よりは協力に前向きになれたでしょう?」

「……そんなことのために………」

 前木は溢れ出る冷や汗を拭う。

 

「これを伝えたかったのと、吹屋喜咲の件。この二つが達成された今、私の用は済んだわ。精々頑張ることね、()()()()()

 そう言って小清水は前木の横を歩き去り、植物園の入り口に向かう。

「……それと、最後に一つ」

 小清水はその言葉とともにゆっくり振り返る。

貴方は私の手駒(モノ)。ここを出るまでは、ずっと……ね

「……………」

 前木はただ小清水を睨み続けることしかできなかった。

 

 小清水が去った後の植物園は、前と変わらず鈴虫の声と噴水の水音が空虚に響いていた。

「………はぁ」

 前木はベンチに腰掛けてため息をつく。

 

 あんなことを知ってしまって、これからどう過ごせばいいのだろう?

 …いや、どうも何も、今まで通りに振る舞う以外の選択肢は存在しないのだが。

 でも……。

 

 そこまで考えた時、前木は植物園の扉が勢いよく開く音に気がつく。

 小清水が去ったのとは違う入り口の扉だ。

 

「………い…たみ……??」

 前木はベンチから立ち上がる。

 絶句しそうになりながら見つめた先には、目に涙を浮かべた伊丹が立っていた。

「まさか……聞いて……」

 と言いかけて前木は口をつぐむ。

 

 あり得ない。

 仮に扉の裏にずっと潜んでいたとしても、ここの扉は全て防音だ。

 だからこそ小清水もこの場所を待ち合わせ場所に選んだんだ。

 さっき小清水が身体検査を行なった通り、盗聴器だって仕掛けられていなかった。

 

「………常夏」

 伊丹は彼の名を呼びながら足早に歩み寄る。

「私には全部、お見通しだからね」

「……!?」

 前木は全く不可解だと言わんばかりの表情を浮かべる。

「……パーカーのフードの中」

 ふと伊丹はそう呟く。

「え…!?」

 その言葉を受けて、咄嗟に自らのパーカーのフードを探る前木。

「……!!」

 彼は驚愕する。

 彼がフードから取り出した拳の中には、10円玉ほどの大きさの盗聴器が入っていたのだ。

「まさかこんなところに……一体いつ……?」

「今日、バーベキューの時に」

 やられた、と前木は思った。

 完全に油断していた。

 

「…これ、昨晩技術室で作ったのよ。ご丁寧に解説書も置いてあったから」

 前木は動揺する。

 彼の中で最強と盲信していた小清水があっさり伊丹に出し抜かれたのだ。

 あれほどの頭脳を持っているのに……。

 

「でも、即興で作れる簡易的なものだから、小さすぎる音は拾えなかったの。一番大事な部分が聞き取れなかった」

「…さっきの耳打ちの部分か」

 小清水が前木に告げた最大の情報。

 幸か不幸か、そこだけは伊丹の耳に届いていなかった。

「ねえ、教えて」

 伊丹はこの前のように、前木に体をぴったり寄せて、上目遣いに尋ねた。

「…………」

 前木は追い詰められた窮鼠のような表情を浮かべる。

 

 沈黙。

 前木の喉奥からうめき声が漏れる。

 もう少しで言ってしまいそうになるが……。

 

「…………言えない」

「…………え?」

「……言えない。これだけは………」

 結局はこの前と同じような構図だ。

 しかし、この話だけは伝えられない。

 そもそも、真偽のほども確かではないのに告げるのはリスクしか伴わない。

 …ひょっとして、これも小清水の想定内なのか?

 だとしたら、やっぱり小清水の方が上手で……。

 

嘘つき!!!

 そんな前木の思考をかき消すように伊丹の叫び声が響く。

「私は嘘が嫌いって何度も言ったはずよ。貴方を好きになる前から、何度も」

「それは知ってるよ。俺がどんな嘘をついたって言うんだ」

「私を信じてくれるんじゃなかったの!? どうして私よりあの女を優先するの!?!?」

「信じてるからこそ言えないんだ。()()()()()()なんだ。今はそれしか言えない。頼むから」

「うるさいうるさいうるさい!!!!」

 伊丹は思いきり前木を突き飛ばし、そのまま押し倒す。

 仰向けに地面に倒れこんだ前木をまたぐようにして伊丹は顔を近づける。

 

「どうして私を頼ってくれないの? 私が無力だから? 使えないから!?」

「伊丹、落ち着いてくれ! 俺は」

「あんな女にたぶらかされないでよ!!! 黒幕を倒すくらい!!!」

 

 伊丹が流した涙が前木の頰に落ちる。

「黒幕を倒すくらい………私でもできるのに……」

 

 

 だがこの時、嘘をついたのは紛れもなく伊丹の方であった。

 伊丹もまた、前木が知ることのない真実を隠し持っている。

 誰かを殺し、次の裁判でオシオキされる運命を背負わされた伊丹が、黒幕に挑むことなど到底不可能なのだ。

 

 どこまで私は身勝手なのだろう、と伊丹は自分を嘲った。

 自分は絶対に言えない真実を隠しておきながら、常夏にだけ全てを吐かせようとするなんて。

 

 伊丹が許せないのは、前木が真実を話さないことそのものではない。

 それだけの秘密を共有するに足る女が存在していることなのだ。

 自分にすら開かせないほどの秘密を共有できる女がいるという事実が、伊丹の胸を容赦なく抉る。

 

「……ダメなのね」

 伊丹は顔を前木に寄せたまま、そう呟く。

「貴方は"小清水さんのモノ"ですもんね」

 伊丹はさっき小清水が最後に放った言葉をそのままなぞってそう言った。

「伊丹…! それはそういう意味じゃねえって」

「………分かってるわよ、それくらい」

 

 小清水が恋敵でないことぐらい伊丹も重々承知していた。

 それでも許すことができないのだ。

 例えそれが恋心でなくても、常夏が自分より心を許す女がいることが許せない。

 

 いや、許せないというよりは、"許せない"と思い込もうとしているのだ。

 なぜなら、伊丹は自らの運命に沿って誰かを殺さなくてはならない。

 そのためには、自分にとって殺すに足る人物がいなくてはならない。

 その標的として、"小清水を恨もう"と思い続けている自分がいるのだ。

 

 でなければ、ここまで数々の悲劇を見てきた自分がこんな身勝手な理由でここまで人を恨めるものか。

 

 

 

 

「…ごめん、本当に……」

 一方の前木も、自己の罪深さを呪いたい気持ちだった。

 

 伊丹は自分の信頼を欲している。

 その信頼の証として、小清水が自分に告げた情報を欲しがっているのだ。

 だが、よりにもよってその情報は他人の前では絶対に開封できない代物だったのだ。

 だってあんなこと、もし伊丹に言ってしまったら……。

 

 伊丹は殺人を犯してしまうかもしれない。

 そんなことは絶対にさせない。

 

「でも伊丹、俺にとって一番大切な女はお前だけだ。この言葉に偽りはない」

「常夏……」

 

 とにかく今は伊丹の心を安定させるのが全てに優先すべき目的だ。

 小清水の依頼もあるが、今は伊丹が一番心配だ。

 

 ……はぁ、なんで俺がこんな目に遭うんだろう。

 小清水には”特別な力がある”なんて言われ。

 伊丹には本気で好かれ。

 まるで何かの主人公みたい。

 俺、主人公ってキャラじゃないのに。

 ずっとそう思って生きてきたのに。

 やっぱり希望ヶ峰の通知が届いたあの日から、全部狂い始めてたんだな。

 

「だから約束してくれ」

 

 前木は床に寝た態勢のまま伊丹を強く抱きしめる。

「!」

 伊丹の顔がさくらんぼうのように真っ赤に染まる。

「絶対に生きて、ここを出よう。そしてもしここから出られたら―――」

「――俺と結婚してくれ」

「……!!!」

 伊丹は顔を両手で覆いながらバッと前木から離れる。

 

 これでいい、と前木は思った。

 伊丹が過ちを犯さないために。

 伊丹が死んでしまわないために。

 伊丹に生きる希望を与えるために。

 俺は最善を尽くした。

 

「小清水は俺たちの敵じゃない。…少なくとも今は。だから変なことは考えないでくれ。お互いのために、黒幕に勝とう」

 そう言って前木は立ち上がる。

「今、俺が言ったことを忘れないでくれ。お前の心には確かに響いたと思うから」

「ぅ……ぅ……」

 伊丹は顔を覆ったまま、声にならないうめき声をあげる。

 

 嬉しさなのか感動なのか分からないが、俺の言葉に驚きが隠せていないようだ。

 今はそっとしておこう。

 前木はそう思い、あえてこれ以上何も言わずに立ち去った。

「おやすみ。…また明日」

 その言葉だけを残して。

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 前木が去った後も、伊丹は目を見開いてうめき声をあげていた。

 

『俺と結婚してくれ』

 

 意中の人物からの告白。

 だが伊丹が感じているのは、その言葉への感慨ではなかった。

 

「ぅ、ぅ……ぅ……」

 

『変なことは考えないでくれ』

 

 小清水を殺すな、という意味の言葉。

 そしてそれ以上に彼女の心を抉ったのは、さらにその前の言葉。 

 あの時も言われた言葉だった。

 

『絶対に生きてここを出よう』

 

 

 

 

 

「だから出られないって言ってんでしょうがぁぁあぁぁぁ!!!!!!」

 伊丹は髪をかき乱しながら絶叫した。

 

 

 一瞬やんだ鈴虫の声は、数秒後には何事もなかったかのように再開する。

 

 

 前木が自分を元気づけようとしているのは伊丹にも痛いほど伝わった。

 だが、現実はあまりにも残酷だ。

 その前木の言葉こそが、最も自分を追い詰めてしまっているのだから。

 

 私はどうあっても殺さなくてはならないというのに。

 どうして常夏は私をこんなに苦しめるの??

 こんなことならあなたを好きにならなければよかった。

 

 私は何をしているんだろう。

 小清水さんを恨む理由が欲しくて、ただそれだけのために盗聴器まで用意したというのに。

 結局迷いを生み出すだけの結果に終わってしまった。

 私が殺したいのは、小清水さんなのか?

 私が本当に殺したいのは…………。

 

「…!?」

 その時、伊丹の脳裏を何かがよぎる。

「………そうか」

 ぽつりとそう呟いた。

「これで、いいのか」

 何かに得心した伊丹は、植物園の出口に向かって歩き始める。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 長々と語ってすまなかったな、伊丹。

 俺の話はこれで終わりだ。

 

 最後にもう一度念を押しておくが、お前にとって最良の道は”脚本に従うこと”だ。

 たとえこの話をみんなに知らせて対策したとしても、最良の結果にはならない。

 そう予言されているからな。

 

 …もし、誰を殺すか決まったらモノクマがこっそり教えてほしいそうだ。

 別にコロシアイを手伝うわけじゃねえ。

 意思確認がしたいだけだとよ。

 

 じゃあ、先に地獄で待ってるぞ。

 頑張れよ。

 

 親愛なるダチへ、”超高校級の絶望”釜利谷三瓶より。

 

 ………………

 

 

(音声が途切れる音)

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 どうしても”脚本”に抗えないのであれば。

 ”脚本”の中で私は抵抗するだけだ。

 

 

「私は……愛する人を守りたい。助けたい」

 

「私はもう迷わない。私に力を貸して―――」

 

 

「---お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 同時刻。

 

 

「ふぅっ」

 漆黒の闇の下、屋上に現れた吹屋は短く息を吐く。

 

「ふんふんふーん♪」

 鼻歌を歌いながら屋上の隅へと駆け寄る。

「うわぁ、不謹慎だけどキレーイ!」

 遥か下には滅びゆく世界の夜景が、恐ろしいほどに美しい夜景となって広がっていた。

 

「よしっ!」

 吹屋は鼻を鳴らすと目の前のフェンスをよじ登り始めた。

 3m近くもある鉄柵を楽に上ると、およそ人とは思えぬほどの跳躍力で頂上の有刺鉄線を乗り越える。

 そして鉄柵の反対側へ降りると、まっすぐ前に進んで足場の端に進み出た。

 高度1000mからの落下を遮るものは、何もない。

 

「うひょ~~!!」

 吹屋は満面の笑みを浮かべて端に座り込み、足を外側へと投げ出す。

 僅かでも尻の位置がずれれば、高さ1000mを真っ逆さまの状態である。

 しかしそれを気にする様子は全くない。

「絶景、絶景♪」

 吹屋はその眺めに一人で拍手を送る。

「やっぱり人生は楽しく美しく、でありんすね」

 その言葉を聞く者はいない。

 

 

「絶対生き残るぞ~~~!!!」

 吹屋は大きく腕を伸ばして思い切り叫んだ。

 

 

 その声は誰にも届くことのないまま、絶望の虚空に消えていった。

 

 

 




愛と勇気だけが友達でもいいじゃないか。
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