エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お久しぶりです。物語が佳境に入るにつれて展開を考えるのがムツカシくなってきました。ですが本作は自分のやりたいことを最後まで貫いていきたいと考えていますので、例え既存のナニカと展開が被ったとしてもゴーイングマイウェイの精神でやっていきたいなと思っとります。というわけで続きをお楽しみください。


Chapter5 (非)日常編④

 ◆◆◆

 

 

 ”それで黒幕に勝つつもりでござるか?”

 

 声が聞こえた。

 

 ”甘いですぞ、小清水殿。それでは勝てませぬぞ……”

 

 聞き慣れた声が重く彼女の耳に響く。

 

 ”拙者を殺しておいて負けるなど、許しませぬ”

 

 

 

 

 小清水はゆっくりと目を開ける。

 どうやら、自室の椅子にもたれかかったまま寝ていたようだ。

 

 元来睡眠時間は人より少ない小清水であったが、それでも最近の睡眠の少なさには限界が来ていたようだ。

 しかし、この熟睡のおかげで眠気はすっきり覚め、体はかなり楽になった。

 時刻は既に九時を回っていた。

 葛西たちはすでに朝食を終えてそれぞれの行動に移っている頃だろう。

 

 小清水はシャワーを浴びながら、先ほど見た夢のことを考えていた。

 

 

 

『駿河はお前の中で生きている。お前が死ぬまで、一生な』

 

 

 

 第四の事件の前、前木常夏に言われた言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 小清水が殺した命。

 その声が何度も小清水の脳内を飛び交った。

 

 直接とどめを刺したのは安藤だが、あの時すでに丹沢の身体はモノウイルスに侵されていた。

 安藤が薬を与えなくても死ぬ運命にあった。

 小清水は、もう戻れない場所まで足を踏み入れていた。

 それでも生き残ってしまったのだ。

 その声は、いつまでも小清水の思考を遮るように反響し続けた。

 

 

「くだらない」

 湯を浴びながら小清水はそう吐き捨てた。

 

 

 なぜ殺そうとした命のことをわざわざ夢に見なければならない?

 では人間どもは殺した虫たちの悪夢を見るというのか?

 

「命の価値に差などない。あってはならない」

 自らに言い聞かせるように小清水は呟く。

 

 牛、豚、魚、虫、植物から空気中の微生物に至るまで。

 地球に存在する命に差などあってはならないのだ。

 命が他の命を食らって生きるのは自然だが、人間の営みはその範疇を遥かに超えている。

 ならば、人間が害虫を駆除するのと同じように、人間を地球から駆除するのが私の役目なのだ。

 

「たった一つの命を顧みている暇なんてない」

 

 

 ”それが、小清水殿の信念でござるか”

 

 

「黙れ!!」

 小清水は叫びながらシャワールームの壁を強く叩く。

 

 夢ばかりでなく、幻聴も聞こえるほど私は心を侵されているというのか?

 小清水は己の現状に辟易することしかできなかった。

 

「私の頭から出ていけ……」

 体を細かく震わせながら小清水は怨嗟を込めて呟いた。

 

「…………」

 幻聴は聞こえない。

 小清水はため息をついてシャワールームを出た。

 

 

 

 

 新しい服に着替えた小清水は、倉庫から持ち出した軽食で手早く朝食を済ませた。

 そして身支度を整えて、部屋を後にする。

 

「もう、時間がない………」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 朝食の後、俺はトレーニングルームへと足を運んだ。

「本当に来てくれたんですね」

 山村さんが嬉しそうに俺を出迎えた。

「正直、来てくれないかとも思ったんですよ」

「どうして?」

「だって怪しいじゃないですか。”他の人にバレないように来てほしい”って。普通なら絶対に行かないか、行くとしても武器の一つや二つ持っていきますよ」

 山村さんは口をとがらせてそう言った。

 …呼び出した本人がそう言うのか。

「私だって、怪しまれないように呼び出す方法を考えたんですが……。他の人に気づかれないように呼び出すのって結構難しいんですよね。それでもあなたは来てくれた」

「そりゃまあ、仲間だし……」

 とりあえずお茶を濁すようにそう言ったが、言われてみれば不思議だ。

 

 ”仲間だから”なんてこの状況では一番弱い根拠じゃないか。

 だって俺達は、信じていた仲間同士で四回もコロシアイをしているのだから。

 

 一応、昨日の俺もそれを疑ってはいたけど。

 殺す気なら手渡しで手紙を渡すはずがない…とか思って疑うのをやめたんだっけ。

 ……そんなことで疑うのをやめていい段階なのかな?

 何か別の根拠があったような気がする。

 

 どうして俺は何の疑いもなく丸腰でここに来られたんだろう。

 

「……君! 葛西君!」

 山村さんに呼ばれていることに気づいた俺はハッと顔をあげた。

「ごめん…考え事をしてた」

「こんな状況なので考えることがあるのは分かりますけど……。私のお話を聞いてくれないと呼び出した意味がないじゃないですか!」

「ごめんごめん……」

 慌てて両手を合わせて山村さんに謝る。

 ふう、とため息をついて山村さんは本題を切り出した。

 

「最近の伊丹さん、何かおかしいと思いませんでした?」

「伊丹さん……?」

 そういえば、紙切れにも伊丹さんのことでお話があるって書いてあったっけ。

「一昨日くらいまではいつもよりおとなしいなあって思ってたけど……。昨日のバーベキューの時は普通だったかな……」

「……そうですか……」

 山村さんは顎に手を当てて何かを考える。

「…伊丹さんについて、何か知ってるの……?」

「何か…というか…………」

 急に困ったような顔をする山村さん。

「……うん、ダメですね。呼び出しておいて悩むようじゃあ…」

「……?」

「…誰にも言わないでくださいね。伊丹さんとの約束を破ってまで、あなたに相談しようと決めたんですから…」

 山村さんの表情が険しくなる。

 俺も思わず気が引き締まる思いになった。

 

「伊丹さんには、好きな人がいるんです」

「えっ!?」

 予想だにせぬ言葉が飛び出たので、素っ頓狂な声が出てしまった。

「本当、誰にも言っちゃダメですよ! あなたに言うのも伊丹さんにはナイショにしてるんですから……」

 驚くとともに、俺はなんだか肩透かしを食らったような気分になった。

 わざわざ手紙まで書いて呼び出しておいて、したかったのは恋バナなの……?

「誰のことが好きなの…?」

「えっ、それも言わなきゃダメですか……?」

 顔を紅潮させる山村さん。

 あっ、流石にいきなりそれを聞くのはダメだったか。

「いや、別にいいけど……。それで、何を相談したいの?」

「……伊丹さん、様子がおかしいんですよ」

「……?」

 俺は首をかしげる。

 

「そりゃあ恋をしているんだし、いつもと様子は違うんじゃない…?」

「ええ、そうですよ。でも、それ以外にも何かあると思うんです」

 山村さんは急に真剣な顔つきになってそう言った。

「それ以外にも……?」

「はい……。具体的にって言われたら困るんですけど…。ただ……」

 山村さんは俺の顔を見てグッと拳を握り締めた。

「乙女の勘です!」

 

 そこまで自信満々に言われると、俺も何か疑わしくなってくる。

 とはいえ、伊丹さんに真っ向から尋ねたって正直に答えるわけがない。

 何かうまく引き出す方法はないかな……。

 

「これがただの学園生活なら恋バナで済んだのですが……生憎今はコロシアイという状況に身を置かれているんです。ちょっとした人間関係のもつれが何を生み出すか分からないのは葛西君が一番よくわかってるかと思います……」

「…………」

 そうだな、と俺は自分に言い聞かせた。

 今でもたまに夢に見る。

 俺を抱きしめてくれた小清水さんのぬくもり。

 そして、俺やみんなを裏切った彼女の姿を。

 もう、俺以外の誰にもそんな思いは抱かせたくない。

 

「……だから、コロシアイを未然に防ぐために、一つ手伝ってほしいことがあるんです」

「俺にできることならなんでもするよ」

 俺は力強く頷いた。

 

 

 そして――――――。

 

 

 俺が手を引かれるままにたどり着いたのは、技術室だった。

「…ここに一体何の用が?」

「葛西君は第二の事件のこと、覚えていますか?」

「うん…。あの時、御堂さんはここで爆弾を制作してリュウ君を返り討ちにしたんだよね」

「そうです。ここは、爆発物や殺人に用いられる兵器を開発することさえもできてしまう場所なんです。今まで野放しになっていましたが、何か対策を打つべきだと思いませんか?」

 山村さんの言うことはもっともだ。

 『ここで製作できる爆弾は簡易なもので殺人能力はない』とモノパンダは言っていたが…それはあくまで一個だけの話で、何個分もの炸薬を一か所に集めれば通常の爆弾をしのぐ威力になるかも分からない。

 それに、化学室で後になってモノウイルス制作キットが発見されたように、何か危険物が後から追加される可能性だってある。

 

「さあ、どうします?」

「えっ?」

 山村さんから急に問いかけられたので、俺は思わず声が漏れてしまった。

 対策をしようと考えているだけで、具体的な対策案は何も考えていないということか。

 彼女らしいと言えば彼女らしいな。

 …まあ、それくらいは俺が考えた方がいいな。

「一番いいのはこの部屋を封鎖することだけど……。鍵がないことにはどうしようもないよね」

 そう言って俺は技術室の扉をまじまじと見つめる。

 

 かつて校舎として使われていた名残なのか、スライド開閉式の扉には鍵穴がついている。

 しかし、その鍵穴に差し込む鍵がなければ全く意味がない。

 モノクマやモノパンダから鍵に関する話は一切出されていないが、仮に鍵をよこせと言ってもくれるはずがない。

 更衣室と個室以外のロックは全て鍵によるもののようで、このままでは施錠は不可能だ。

 

「…となると、中の道具をどこかに運び出すとか?」

 非効率的だけど、それが一番確実に思えた。

「例えば俺の部屋に爆弾や毒物を全部置いておけば、理論的にそれらの道具を使えるのは俺だけになるはず。その状態でそれらの道具を使った事件が起きれば、明らかに怪しいのは俺だけになるよね。つまり俺は毒や爆弾を使えなくなるはずだ。そして、俺の部屋はこの電子生徒手帳で完全に施錠できる。こうすれば、誰にも毒物や爆弾は使われなくなるんじゃないかな?」

「おお! あんまりわかりませんでしたが、なんだかとっても頭が良さそうな作戦ですね!! それでいきましょう!!」

 目を輝かせて拳を握り締める山村さん。

 

『とまあ、そうは問屋が卸さないんだけどね!』

 

 と、あの耳障りな声がその場に響く。

 振り返ると、廊下に仁王立ちするモノクマがいた。

「クソッ!! せっかく妙案を思いついたのにまた邪魔する気かテメエ!!」

 逆鱗モードに移行して山村さんがモノクマを威嚇する。

『べつに君たちの行動を邪魔しようとは思ってないよ! ただ、君たちに無駄骨を折らせるのが痛ましくってさあ!』

「無駄骨……?」

『そう! 君たちがこの部屋の備品をどこに動かそうと君たちの勝手だけどさあ、この部屋からなくなったものはボクが責任をもって補充しますよってコト!』

「余計なことすんなコラァ!!!」

『余計じゃないでしょ! なくなったものを補充するのは校長として当然の仕事だよー!! むしろちゃんと働いてることを褒めてほしいくらいだね! 君たちがコロシアイを始めてから、雨の日も風の日も休みなくウン十連勤もさせられてるんだからねこっちは! 世が世なら大問題になってるところだよ!』

 腕を振り上げながらモノクマは山村さんに威嚇し返した。

 すごく素朴な意見だけど、このままズルズルとコロシアイを続ければ、黒幕を過労で倒せるんじゃ…。

 いや、流石にそこまで甘いわけないか。

 

『というわけで、これからも君たちが無駄骨を折らないようにボクが積極的に意見していくからね! ボクの優しさを骨身に染み込ませながら学園生活を楽しんでね!』

 そう言ってモノクマは廊下の通気口の中へと滑り込んでいった。

 

「ちっ……」と舌打ちをしながら山村さんは自らの体を覆うオーラを消し、元の人格に戻る。

「…ふう。モノクマの話、真に受けるべきなのでしょうか?」

「でも…今までのモノクマの言動から考えて、それこそ意味のないことは言わないと思うんだ…。あいつの言ったことは事実と受け止めて良さそうだね」

 俺は顎に手を当てて考えながらそう言った。

「そうですか…。ではどうやって……」

 と山村さんが困り果てた声を出した時だった。

 

「答えは案外身近にあるものですよ」

 その声が聞こえてきたのは、技術室の中だった。

「…入間君!?」

 技術室の扉をあけて出てきたのは、他ならぬ入間君だったのだ。

「話は聞かせていただきました。私も同じことを考えていてちょうどこの部屋を探っていたところなのです」

「そうだったの…。でも、その口ぶりからすると何か答えを見つけたってこと?」

「はい。こちらです!」

 入間君はそう言って500mlペットボトルくらいの容器に入った液体を差し出した。

「技術室の隅の方に置かれていた工具です。なんでも”モノボンド”と言うらしく、一度接着すれば物理的にはほぼ破壊不可能であるとラベルに書いてあります!」

 またモノクマ特製の摩訶不思議な道具が出てきたのか。

 でも、それが本当なら話は早い。

「つまり、わざわざ物を移動させるような手間を作らなくても、このボンドで扉を接着して開けないようにしてしまえば危険道具の封じ込めには十分だということですね!」

 山村さんが嬉しそうに言う。

「じゃあ早速部屋の中にあるボンドを全部運び出そう。技術室と弓道場、あと一応化学室もふさいでおいた方がよさそうだよね」

 

 こうして俺達は日曜大工のごとく、扉にボンドを塗る作業に勤しむこととなった。

「気を付けてくださいね、かなり強力なボンドなので手に付いたら大変です」

 入間君の助言を受けながら、俺は慎重に付属のヘラにボンドを乗せ、扉と壁の隙間に塗っていく。

 

「おお、凄いです、これ!! 全くビクともしません!!」

 ボンドはものの十秒ほどで乾燥し、乾燥した後は山村さんでも動かせないほどの頑強さを誇った。

「この中で一番力がある山村さんが動かせないなら、問題なさそうだね」

「いやあ、私の発見がお力になれてよかったです! この対策をもう少し早く思いついていれば他の方の犠牲も防げたのかもしれませんが……」

「…余裕がなかったからね。過ぎたことを悔やんでも仕方がないよ。他の部屋もこうやって…」

 と、入間君を慰めている最中だった。

 

 よそ見をしていたのがよくなかった。

 ぶにゅ、と俺の手にボンドがついてしまったのだ。

「あっ!!」

 大声を出した時には、既にべったりとボンドは俺の握り拳に広がっていた。

「ま、マズいですよ! どうすれば!」

「ちょ、拭かせてよ!」

「いやーー!!」

 俺がとっさに山村さんの袖で拭おうとすると、彼女は悲鳴を上げて避けてしまった。

「あ~~~……多分もう固まってしまいましたね…‥」

 入間君がため息とともに言った。

「そ、そんな!」

 俺は一気に泣きそうな表情になった。

 それもそうだ、もう一生この拳をパーにできないなんて。

 

『心配ご無用だよーっ!!』

 今ばかりはこの声が待ち遠しいような気がした。

 再び俺の前に現れたモノクマは、誰が見ても腹が立つようなどや顔を浮かべて俺の前に立ち尽くした。

『いや~、実はモノボンドは最近になってこっそり技術室に追加したスペシャルアイテムだったんだよね! 既に解放された部屋でも新しい発見を与えることで探索に新鮮味を与えようというボクの優しさなんだけどね! でもまさかあんな隅っこに置いたアイテムを見つけてくれるなんてボクは校長として鼻が高いよ! ゾウよりも鼻が高いクマになれそうだよ!』

「それはそうと、この手はどうにかなるのですか?」

 モノクマの冗談をスルーして入間君が尋ねる。

『ああ、問題ないよ! っていうかラベル全部読んだ? ゆとり世代は書いてあることすらまともに読まないで全部聞こうとするから校長は嫌になっちゃうよ!』

「ラベル……? あっ、モノボンドは熱に弱いって書いてありますよ!!」

 山村さんが指差した部分には、確かに該当する説明が書いてあった。

 モノボンドはきわめて強力な接着剤だが熱に弱く、風呂のお湯程度の熱でも容易に溶けてしまうのだと。

『そのとーり! そしてボクちゃん、今なんと偶然にも熱々の濡れタオルを持っていたのでーす!』

 そう言ってモノクマが自分のお腹を開くと(もう完全にヌイグルミであることを諦めているようだ)、中から湯気の立つ濡れタオルを取り出した。

 …が早いか、俺は自由な方の手で即座にそのタオルをひっつかんで奪い取った。

「…あちっ! あちっ!」

 思っていた以上の熱さに驚きながらも、俺はすぐに熱々のタオルを接着された拳に押し付けた。

 

 しばらくして拳を覆っていたボンドは溶け、タオルに付着しだした。

「ああ…よかったです……」

 山村さんはほっと胸をなでおろした。

「葛西さんの手が自由になったのは嬉しいのですが……。ここで一つ問題が生まれましたね」

 と、入間君が深刻そうな表情で告げる。

「熱に弱いという特性がある以上、たとえここの扉を物理的に塞いだとしても、お湯でも持ってこられてかけられたら簡単に再解放できてしまうということになりますね」

「そういえばそうだね……」

 確かに、それは困ったことだ。

 いくら強固に塞がれていても、簡単に破れる方法が確立してしまっていては意味がない。

「でも、それは我々が黙っていれば良いことなのでは…?」 

 と山村さんが提案するが、入間君は首を縦に振らない。

「それでは不十分です。失礼を承知で申し上げますが、我々三人の誰かが誰かを殺そうとするという可能性も考慮に入れなくてはなりません」

 入間君ははっきりとそう言った。

 でも、俺も山村さんも入間君の言ったことを咎めることはできなかった。

 今までがそうだったからだ。

 みんな、殺さない殺さないと言って殺してきた。

 みんなを信用する勇気はもちろん必要だが、それと同じくらい全てを疑ってかかる気概も、このコロシアイには必要なのだ。

「……どうしようか……」

 俺達は口をつぐんでしまう。

 

「--というわけで、何とかならないものでしょうか、モノクマさん?」

 すると入間君は、こともあろうにモノクマにそう話しかけたのだ。

『え、何? 放置されたかと思ったらいきなり話題振られたよ! 君たち、ちょっと校長使いが荒すぎるんじゃないの?』

「あなたがどのような意図でモノボンドというものを導入したか分かりませんが、それにしてもお湯をかけたら溶けてしまうというのは欠陥な気がしますね」

『何言ってんのさ! この期に及んでボクの気遣いに文句を垂れるの!? そもそも扉をボンドで塞ぐなんてめちゃくちゃなことを容認してるだけでも十分すぎるくらい寛容なんだぞ! 教室そのものを塞がれるなんて、本当は校則違反になってもおかしくない愚行なんだからね!』

「その愚行を誘導しているのはあなたでしょう?」

 入間君が鋭い口調でそう言うと、モノクマは口をつぐんでしまう。

「”これまでと同じような手口で殺人を起こさせたらつまらないから”…と依然あなたは仰っていましたね。モノボンドを用意したそもそもの動機はそこにあるのではありませんか?」

「つまり、私たちがこうやって扉を塞ぎにかかることが、そもそもモノクマの狙いだったということですか…?」

 山村さんの問いに入間君は「ええ」と頷く。

「これまでにない斬新な殺し方こそがあなたの求めるストーリー…なのでしょう?」

『…はぁ。いくらなんでも早合点しすぎなんじゃないの? まあ、どう解釈するかは君たちの勝手だけどさ。分かったよ。モノボンドの欠陥を埋めるようにボクが手助けすればいいんでしょ?」

 モノクマがそう言った直後、ピロリン、と電子生徒手帳から音が鳴った。

 すぐに開いて確認してみると、校則の欄に以下の文言が追加されていた。

 

【校則:お湯や飲み物など、熱いものを部屋から廊下へ持ち出すことを禁じます。どうしても必要な時は、校長に申し出ること。校長が判断します。

 

『ハイ! これで文句ないでしょ?』

「なんでも言ってみるものですね」

 入間君は満足げな顔をしてそう言った。

 モノクマの意図を察してすんなりとこちらの要求を呑ませる手腕は流石対話のプロだ。

『全くもう、校長は君たちの便利屋じゃないんだよ! あんまりいい気にならないでね! 言うこと聞いてあげるのはこれっきりだから!』

 モノクマは不機嫌そうに再び立ち去っていった。

 憎き相手をこき使うことに罪悪感なんてないけど、いまいちモノクマが何を考えているのかは分かりかねる。

「とりあえずこれで一件落着ってことですかね! では他の部屋も一気にボンドで固めてしまいましょう!」

「そうだね。ボンドがある限り、危険だと思われる部屋は積極的に封じていこう」

 俺は山村さんの言葉に同意した。

 

 しかし、これだけ危険なものを封じてしまっても、殺人は起きるというのだろうか?

 モノクマの謎の自信には不気味さを覚えずにはいられない。

 それに、時期的にもうそろそろアレが始まってもおかしくない頃だ。

 

 そう―――、”動機”の配布が。

 前回のように身体的に不可避のものだったらどうすればいのだろう。

 モノパンダも、『動機はコロシアイが進むほどに強くなる』と言っていた。

 つまり、次の動機は前回のあれ以上にひどいものになる可能性が高いということだ。

 

 俺に、俺達に、耐えられるのだろうか?

 いや、自問自答するまでもない。

 耐えるしかないんだ。

 耐えられなくても耐える。

 

 鼓膜を破る程度の覚悟があれば前回の動機は耐えられたはずだ。

 例え腕を切り落とすことになろうとも、舌を抜くことになろうとも、次の動機に耐えなきゃいけない。

 

「葛西君?」

 山村さんに呼ばれて俺はビクッと肩を震わせた。

 また考え事に夢中になってしまった。

「ごめん。化学室へ行こうか…」

 

 

 一時間後。

 

「よし、これで完了かな」

 手に付着しないように気をつけながら、俺達は作業を終えた。

 技術室と化学室の扉を塞ぎ、弓道場は扉を塞ぐほどボンドの量が残っていなかったので、矢をまとめて縛った上でボンドで接着させることにした。

 これでちょうど全てのボンドを使い切ったことになる。

「できれば、厨房の刃物なんかも封じられれば良かったんですけどね…」

 入間君がため息交じりに呟く。

「…厨房の道具は常に無くなっていないか厳重に注意することにしよう。まだまだ完璧じゃないけど……できることは全部やったし、まずは満足していいんじゃないかな」

 俺はそう言って二人を元気づけた。

「そうですね!! こうやってコロシアイの防止に向けて一歩一歩足を進めていくのは絶対に無意味ではないはずです!!」

 山村さんが拳を振り上げて叫ぶ。

 些細なことでも、こうやってクロになりうる人の行動範囲を狭めるだけでも意味はあるはずだ。

 

 

 

 

 

 

「おっ、葛西。隣いいか?」

 しばらくして朝食の時間となり食事をとっていると、前木君が俺の隣に腰かけてきた。

「さっき山村から聞いたんだけど、技術室とか化学室の扉を塞いでくれたんだってな。俺も手伝えばよかったな…」

「あ、いや、いいんだよ。三人で手は足りたし」

 申し訳なさそうに恥じ入る前木君に俺はフォローを入れた。

「そっか。でもありがとな。教室を塞ぐなんて今まで思いつきもしなかったからさ。やっぱ爆弾とか毒とかあると危ないもんな…」

「うん。一応毒殺は前回の事件の前から事実上禁じ手にはなったけど、それでも使う可能性はないに越したことはないからね」

 この策を思いついた山村さんと入間君に感謝だな。

 

「ところでさ、葛西」

 前木君はパンを頬張りながら俺に尋ねる。

「言いたくなかったら言わなくていいんだけど……。…小清水のこと…まだ好きなのか?」

「っ……!?」

 また恋の話……!?

 前木君と言い山村さんと言い、どうして今日はそんな話題にばかり振り回されるんだろう……。

 

「……いや……前に裁判場で言った通りだよ。小清水さんにはもう気持ちは傾いてないし……傾けちゃいけないと思ってる……」

 率直なところを述べた。

 でも正直な話、時々施設のどこかで彼女を見かけることがあると、気になってしまうことはある。

 未練なんて残している場合じゃないのは分かってるんだけどね。

「ああ、そうなんだな……。ありがと……」

 前木君はそれだけ答えて何かを考えこんでいるようだった。

 彼も彼で、何か様子がおかしい。

「…何か悩み事でも?」

「いや……そういうわけじゃないんだけど……」

 前木君は語尾を濁す。

 

「…俺はただ、葛西のことが凄いって言いたかっただけなんだ」

 そして、おもむろにそう言ってきた。

「…?」

「葛西はさ、第三の事件の裁判の時、小清水を守ろうとして必死に裁判でみんなに抗おうとした。もちろんそれは間違った結論だったし、褒められたことじゃないのかもしれない…。でもさ、俺は、お前のそんな姿を見て凄いと思ったんだ。”大切な人を守るためにそこまでできる”ってことがさ……」

「前木君………」

 彼のまなざしには、嘘は含まれていないようだった。

「俺も……俺もそうありたいって思ったんだ。もちろん間違った結論に身を委ねるのはダメだけど……。でも、全てを失う覚悟を持ってまで自分の気持ちに正直になれるのって、凄いことだと思うから……」

 前木君………?

 

 同時に俺の脳内をよぎったのは、さっきの山村さんの言葉だった。

『伊丹さんには好きな人がいるんです』

 俺の頭の中で、何かが組みあがっていくのを感じた。

 

 ひょっとして……。

 ひょっとして前木君は……。

 

「ふう、じゃあ俺は行くわ」

 パンを食べ終わった前木君はそう言って立ち上がった。

「葛西なら()()()()()()()と思うから……これからも頼りにしてるぞ」

 ニコッと笑いながらそう言うと、彼は食堂を後にした。

 

 そうだ、今の口ぶりからして間違いない。

 彼と伊丹さんの間に何かがあった。

 表立っては言えない何かが。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 同時刻・図書室。

 

「………」 

 吹屋喜咲は一人で落語本を読んでいた。

「ぷっ、くすくす……」

 時々笑い声をあげながら。

 

 ガラッ、と扉の開く音が聞こえる。

 吹屋はチラリと図書室の入り口を見る。

 これが葛西や前木であったならば、吹屋は特に何も思わなかっただろう。

「……!」

 現れたのは小清水だった。

 

 吹屋はすぐさま本を閉じて立ち上がった。

「そんなに私と同じ空気を吸うのが嫌なの?」

「…………」

 吹屋は、普段の彼女からはおよそ想像もつかぬ冷徹な表情で小清水を睨みつける。

「…アンタはザワワを殺した」

「だから憎いの? 実際に見たわけでもないのにね」

「………」

 本を抱えてそそくさと図書室を後にしようとする吹屋。

 だが、彼女の行く手を立ちはだかるように、小清水は部屋の出口の前に立つ。

「……どいて」

 吹屋は短く吐き捨てるように言った。

「私の質問に答えたらね」

 そんな吹屋を試すように小清水は不敵な笑みとともに告げた。

 

「まず一つ、あなたは何者?」

「………」

 吹屋は僅かにうつむいて黙り込む。

「……あちきはアンタ達の同級生でありんす。アンタが信じようと信じまいと」

「第二に、何故あんなところに閉じ込められていた?」

「だから、それはこっちが聞きたいって何度も言ったでありんしょ!!」

 吹屋は怒りを込めて叫ぶ。

「ふざけてないで、さっさとそこをどい」

「第三に、あなたは葛西幸彦をどう思っている?」

 吹屋の言葉を遮るように、小清水も声を張り上げてそう尋ねた。

「っ…!!?」

 思わぬ質問に吹屋は面食らう。

「……それは……それはどういう意味でありんすか?」

「いえ、特に言うようなことがないのなら別にいいのよ。ただ、やけに好意を持ってるように見えたものだから」

「……嫉妬でありんすか」

「まさか。ただの興味本位よ」

 そう言って小清水は吹屋の頬に左手を添える。

「…………?」

 吹屋は気味悪げにその左手をじろりと見る。

 

「じゃあ最後に一つだけ、いいかしら?」

 小清水は笑みを崩さないまま告げる。

「一体何――――――」

 

 

 

 ―――バチン。

 音が響いた。

 

 

 

 

「はっ!?」

 吹屋は素っ頓狂な声をあげた。

 吹屋の意識が小清水の左手に集中している間に、小清水が右手に隠し持っていたスタンガンを吹屋の腕に当てたのだ。

「やっ……やったなぁ!!!!」

 吹屋はすぐに全力で小清水を突き飛ばす。

「っ!!」

 凄まじい力で跳ね飛ばされた小清水は床にしりもちをつく。

「くそ、くそ、よくも………うぐぅっ!?」

 吹屋は体勢を立て直しつつある小清水に近づこうとするが、そこで崩れるように膝をつく。

「あっ……あぁっ……!!! ぐぅぅうぅうっ……!!」

 吹屋は体全体をびくびくと震わせ、うめき声をあげて床に倒れる。

「………‥なるほどね」

 立ち上がった小清水は、何かに得心したように頷いた。

「スタンガンのバッテリーが切れちゃったわね。また技術室で作らないと…」

 そんな独り言を呟きながら小清水は図書室を後にする。

「うぅうぅう、うぅうぅぅ………」

 そんな小清水に怨嗟に満ちたうめき声を出す吹屋。

 

 しばらくすると、吹屋の痙攣は自然に収まっていた。

「…………」 

 痙攣が収まった後も、吹屋はしばらくその場にうずくまっていた。

 

「……あちきは……」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 伊丹さんと前木君との間には何かがあった。

 そしておそらくは二人の間に恋愛感情が芽生えている。

 けれど、それがただの恋話で終わらないらしいということもまた事実。

 何か裏がある。

 山村さんが今朝言っていた”乙女の勘”が正しかったということか。

 先手を打って技術室や化学室の扉などを塞いだのは結果的にはいいことだったのかもしれない。

 

 俺はいよいよ伊丹さんと直接話すことにした……が。

 

 

「あら、どうしたの、葛西君?」

 そこにはすでに先客がいた。

「入間くんと伊丹さんはここで何を……?」

「興味深い資料を見つけたので、二人で調べていたのですよ」

 休憩室で伊丹さんと入間君はファイルのようなものを開いて読んでいた。

 個室をノックしても返事がなかったのでここにいるのだろうとは思っていたが、まさか入間君も一緒とは。

 前木君のことを聞きたかったが、第三者がいるときに聞けるような話でもない。

 

「そうなんだ。資料って…?」

 俺はそう言って机の上に広がっているファイルの名前を一瞥した。

 

『アルターヒューマン 機構概要』

 

 ファイルにはそう書かれていた。

「以前、アルターエゴ様が述べられていた”アルターエゴⅢ”や”アルターヒューマン”などの機能について調べていたのですよ。モノクマがアルターエゴを搭載している可能性が高いということは、その機能をよく調べることで何か見えてくるものがあるかもしれませんし……」

「なるほど……」

 アルターエゴが生前に残した情報や俺が今現在把握しているメカニックは、以下の通り。

 

 

 アルターエゴ。

 ”超高校級のプログラマー”が設計したという、高度な感情表現を可能にする人工知能。

 

 アルターエゴⅡ。

 御堂さんがアルターエゴに手を加え、ハッキング能力と耐性を強化したプログラム。

 

 アルターエゴⅢ。

 人工知能に”超高校級”の才能を搭載し、全体的な能力も向上させたプログラムの究極系。

 だけど今はまだ試用段階のようだ。

 

 モノドロイド。

 この校舎内に実装されている、人型アンドロイド。

 アルターエゴをインストールさせることでほぼ人間と変わらない動きをすることができる。 

 

 アルターヒューマン。

 アルターエゴとモノドロイドを極限まで進化させたうえでそれらを組み合わせた存在。

 外見も仕草も人間と変わらず、それでいてアルターエゴⅢ由来の超高校級の才能までもを搭載したマシン。

 おそらくは、希望ヶ峰学園が最終的に生み出そうとしている存在。

 

 そのアルターヒューマンの解説書が、このファイルだというのか。

 

 

「で、こっちがアルターエゴⅠ~Ⅲの各解説書です」

 入間君は膝の上に置いていた三つのファイルを机の上に並べた。

「よく目を通してみたんだけど、やっぱり専門用語が多すぎて理解しがたいわね。秋音が生きてたら解読してくれたんでしょうけど…‥」

 伊丹さんは資料を見つめながらそう述べる。

「資料は全部見たの?」

「いえ、まだ最初の20ページほどですね。全部で500ページほどあるみたいなのですが、なにぶんそれぞれのページの情報量が多いものですから……」

「そんなにあるんだ……」

 そんな情報量がこのファイルに詰まっているのか…。

「大変だけど、時間はあるわ。葛西君も手伝ってくれる?」

「もちろん。そっちの資料借りてもいい?」

 本来の趣旨とは違うことをする羽目になったけど、入間君がいる以上は話を切り出すわけにもいかない。

 これはこれで重要なことなのは間違いないし、今はこっちに集中することにしよう。

 できれば今夜あたりに伊丹さんと一対一で話をする機会があればいいんだけど……。

 

 

「っはぁ~~~~、疲れた!」

 ファイルを一から読み上げて、気になるところがあったら付箋を貼って次のページへ。

 もう何時間この作業を繰り返しただろうか。

 俺は疲労に耐えかねて肩を動かした。

 

「何か分かりました?」

「う~~ん……こっちはアルターヒューマンの生活様式やエネルギー源が分かったくらいかな」

「と、いいますと?」

「アルターヒューマンは人間と同じ食べ物を摂取して、それを体内で燃焼してエネルギーを取り出してる…とか。燃やした後の灰を吐き出す必要があるけど、オイルや充電は必要なくて、まさに人間とほとんど変わらない生活を送ることができるって書いてある」

 俺は付箋の付いた資料をかいつまんでまとめながら彼に話す。

「な、なるほど……。希望ヶ峰学園は、本当の意味での”超高校級の才能を持った人間”を無から作ろうとしていた、ということなのですね…‥」

「人類の希望となるべき希望を育てる…というのが希望ヶ峰の理念だったようだけれど。まさか人工的に才能のある人間を生み出そうとしていたなんてね……」

 伊丹さんが真剣なまなざしで呟く。

「しかもその技術が絶望を生み出そうとする”敵”に利用されているというのですから、皮肉も皮肉ですね…」

 まさにその通りだ。

 でもこの状況を打破するには、一つ一つ謎を解いていくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポンパンポーン。

 

 

 

 

「!!!!」

 突然のチャイム。

 誰がどう考えても、嫌な予感しかしない。

 

『えー、えー、マイクテス! 久しぶりにアナウンスするのでボクも緊張してます! 皆さん、視聴覚室に集まってください! 繰り返します! 視聴覚室に集まってください!』

「これは……」

 入間君が立ち上がりながら呟く。

「……何かしらね。おそらくは動機、でしょうけどね」

 対照的に伊丹さんは冷静沈着だった。

 

 動機……。

 俺の心臓が鼓動を早める。

 覚悟はできていたはずだった。

 でも、いざ直面すると緊張が止まらない。

 

 例え五体のどれかを失うことになってでもコロシアイを止めさせる……。

 その覚悟を、今俺は問われているのだ。

 

「行こう」

 静まり返った休憩室で、俺は静かに告げた。

「大丈夫、動機なら俺が何とかする」

 もう、誰かに頼らない。

 俺自身の手で、みんなを守らなきゃ。

 

 希望の脚本を築くために。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 俺たち全員が視聴覚室に集められたころ、時刻は午後五時を回っていた。

 

『やあ、みんなこの部屋に来るのは久しぶりじゃない?』

 部屋で待ち構えていたモノクマは高らかに笑いながら告げる。

 言われてみれば確かにそうだ。

 第一、第二の事件の動機を提示する場としてここが使われて以降、俺は一向にこの部屋に足を運ぶことはなかった。

 動機で受けたトラウマを掘り返すのが嫌だったから。

 

『今回は原点に返って、みんなのためにもう一度動機ビデオを作成しました!』

「ふざけんな……。今の俺達が映像ごときでコロシアイすると思ってんのか!!」

 すかさず前木君が声を張り上げた。

 けれど、彼の拳は微かに震えている。

 彼自身も分かっているからだ。

 ”大したことのない動機ならそもそも渡すはずがない”。

 

「早く……‥見ましょ」

 吹屋さんが小さく呟いた。

 いつもの彼女からは考えられないほどよそよそしく敵意のこもった表情をしている。

 前回の音の動機では何ともなさそうにしていた彼女だが、今回に限っては何か思うところがあるのだろうか。

 

 

 

 

『お、いいねー吹屋さん! 話をてきぱきと進めてくれる生徒は大好きだよ、ボク! それじゃこの前の時みたいに一人一人にDVD配っていくからそれぞれ見ていってね! 見るときはヘッドホンして周りの音が聞こえないようにね! 他人のを覗き見したらオシオキだよ!』 

 モノクマはそう言って一つの段ボールを俺達の目の前に置いた。

 この中にそれぞれの動機DVDが入っているということか…。

「吹屋の言うとおりだ。避けられないならさっさと見てさっさと忘れたほうがいい」

 前木君はそう言って段ボールの中から自分の分のDVDを取り出す。

 彼を皮切りに、みんなはそれぞれ自分のDVDを取り出してゆく。

 いったいこの中に、何が収められているというのか?

 

『今回はみんな同時に再生してもらうからね! 早く席について! DVDを入れたらそのまま待機しててね!』

 俺達はモノクマの指示に従うしかなかった。

 

 

 俺はゆっくりと息を吐いてヘッドホンをつける。

 全員の準備が整ったことを確認したモノクマがぱちんと指を鳴らすと、真っ暗だったパソコンの画面に光がともる。

 

 

 

 

 

『葛西幸彦君の~~、恋人チャレ~~~ンジ!!』

 

 画面いっぱいに映し出されたモノクマが、愛嬌たっぷりにそう叫んでいた。

 そして画面には、モノクマのセリフ通りの可愛らしいタイトルロゴが。

 

「…………???」

 俺は意味が分からずあんぐりと口開けてしまった。

 

『思春期真っ盛りのみんなには、気になってる人の一人や二人いるはずだよね! 今回の動機は、そんなみんなの恋心を応援したい気持ちから頑張って考えました!』

 モノクマは画面の中で大の字になって高らかに宣言した。

 

『葛西君の好きな人は~~~~~~、ずばり!!!』

「!?」

 

 

『小清水彌生さん、だよね!!』

「……っ!?」

 その文字が浮かび上がった途端、俺は画面から目を背けていた。

 

 なんだ、この映像は?

 俺は小清水さんのことなんて、もう……。

 

『な~に? ”俺はもう小清水さんに興味ない”って? 何強がってんのさ! 君の本心なんてぜ~んぶお見通しだからね! 素直になっちゃいなよYOU~!! 本当はまだまだぞっこんなクセに~!!』

 顔を赤らめながらこちらを見つめるモノクマ。

 

 そうか。

 やっぱり俺はまだ、あの人が好きなんだな。

 そしてその気持ちも、モノクマには全部筒抜けだったってことか。

 でも、これが動機とどう関係するっていうんだ…?

 

『では、葛西幸彦君の想い人、小清水彌生さんの生存チェ~~~ック!!!』

「生存チェック…?」

『葛西幸彦君の想い人、小清水彌生さんは~~~~、生きてま~~~す!!! 当たり前だけどね!! おめでとうございま~~す!!!』

 モノクマがそう言うと画面が一気に鮮やかになり、ファンファーレが盛大に鳴った。

 

『さて、そんな葛西君に朗報です! なな、なんと! 今コロシアイをして勝った人には……コロシアイメンバーの中から好きな人を最大三人まで選んで一緒に脱出する権利を与えましょう!』

 モノクマがあっさりと述べた今回の動機。

 それは、”コロシアイ”のルールそのものを根幹からひっくり返すものだった。

『もちろん葛西君の場合は大好きな小清水さんを選ぶよね!! でもあと二人選べるから、葛西君の仲のいい人でもお気に入りメンツでも好きに選べばいいよ! じゃあ今から脱出メンバーの選出方法について説明するね!』

 モノクマが画面中央でくるりと一回転してポーズを決めると、電子生徒手帳から音が鳴る。

『今、電子生徒手帳の生徒名簿の欄に”ナカヨシコヨシ”っていうコマンドを用意したよ! これをタップすると”ナカヨシコヨシ”に登録され、君がコロシアイに勝ってもオシオキされることなく一緒に脱出することができるよ!一度登録すると取り消せないから誤タップに注意してね!』

 俺は自らの電子生徒手帳を開き、生徒名簿の小清水さんの欄を開いた。  

 確かに隅の方に、”ナカヨシコヨシ”と書かれたコマンドがあり、点滅している。

 

 これをタップすれば、一緒に脱出が……?

 急に恐ろしさが芽生え始めた俺はすぐに電子生徒手帳を閉じた。

 

 

『自分の想い人を知ることができたうえに、その想い人を含めて複数人で脱出する権利まで与えられちゃうなんて、これまでじゃ考えられない出血大サービスだよね!! まあ、ここまで頑張ってコロシアイを生き延びてきたんだもの、これくらいのご褒美は用意しなきゃね!!』

 無邪気に笑って自ら提示した動機を自画自賛するモノクマ。

 一方で俺はいろんな情報を一気に出されて完全に混乱していた。

 

 このルール、ひょっとするとコロシアイのゲームバランスすらも根本からひっくり返しかねない。

 クロが一人と、追加で三人生きて帰れるというのなら、クロが勝てば都合四人が生きて出られるじゃないか。

 つまり、もしクロが脱出を条件にして他のメンバーを味方につけることができたなら。

 学級裁判で「シロ側三人VSクロ側四人」という構図が存在することになる。

 多数決でシロ側が押し負けるという可能性が現実のものになってくるのだ。

 

『どうしたの? ボクの提示した動機が素晴らしすぎてウットリしちゃった?』

 そんな風に考えこむ俺の様子を悟ったかのように、画面の中のモノクマはニヤニヤと笑みを浮かべて俺に話しかけてくる。

『さあ、葛西君はどうする? 誰かが殺人を犯すのを待つ? 愛する人と共にここを出る? それともむざむざ殺される?』

「…………」

 殺しなどするものか。

 例え四人助かると言っても、それが意味するのは、少なくとも三人は見殺しにしなければならないということだ。 

 これ以上の犠牲などあってはならない。

 幸いにも前回のように身体に直接訴えかけるような動機でないのだから、理論上はいつまででも耐え忍ぶことができるはずだ。

 ここを耐えなければ、黒幕には勝てない。

 もう誰も、死なせたくない。

 

 

 動機の映像はいつの間にか途切れ、パソコンの画面は暗転しきっていた。

 俺はゆっくりとヘッドホンを外し、しばしその場で息を整えた。

 

 この動機で、誰かが殺人を犯すというのだろうか?

 小清水さんは言わずもがなかもしれないが。

 他のメンバーはどうなんだろう?

 

 いろんな思考が次々に脳内をよぎっては消えていく。

 考えに夢中になりすぎた俺は、しばらくしてふと我に返る。

 

 みんなは既に動機を見終わっていた。

 モノクマは解散の号令をかけることすらせずにその場から消えていた。

 

「…………」

 あとに残ったのは、不気味な沈黙。

 

 

「…まさか、これしきの動機でコロシアイなど起こしませんよね?」

 口火を切ったのは入間くんだった。

「…当たり前じゃないですか。これまで何のために犠牲を払ってきたのか! 私は絶対にモノクマごときに屈しはしません!」

 それに呼応するように山村さんが答えた。

「ああ。正直、前回みたいな動機じゃなくて本当に安心したよ……」

 それに続く前木君。

「油断は禁物よ。今まではしてこなかったけど、もしかしたら動機が二つあるという可能性もあるわけだし」

 伊丹さんが鋭い指摘を入れた。

 

「…………」

 小清水さんは何も言わず視聴覚室を去っていった。

 それを追おうとする者もいない。

「…夕食にしよう。みんな、来れるよね?」

 俺が号令をすると、みんなは黙々と食堂へ向けて移動を始めた。

 

 きっとみんな、ルール改変について考えることが山積みになっているんだろう。

 顔色が悪そうな人はいないと思うし、とにもかくにも夕食でみんなの様子を観察しよう。

 

「…吹屋さん、食堂に行こう」

 俺は視聴覚室の隅の席で未だ座ったままの吹屋さんに声をかけた。

「ふき……」

 しかし、彼女の横顔が視界に移ると俺は言葉を失った。

 

「………っ!!」

 彼女は両手を顔に当て、大粒の涙を流していたのだ。

「吹屋さん……!?」

「あ、いや…これは……」

 吹屋さんは慌てて目元を拭いながら立ち上がる。

「なんでもないでありんす!」

 そして俺を押しのけて視聴覚室から出て行った。

 

「吹屋さん………!?」

 彼女が動機の映像を見て動揺したのは間違いない。

 俺は彼女の後を追いかけた。

 

 

 

 だが吹屋さんは逃げも隠れもせず、普通に夕食の場に姿を現した。

「おや、吹屋様! どうやら元気がないようですね! 今宵はチーズフォンデュなどいかがですか?」

「うっひょ~~!! あちきの大好物でありんす!!」

 それも、すっかりいつものテンポを取り戻した様子で。

「…吹屋さん……大丈夫なの…? その、さっき……」

「ああ、あれ? もう、ユキマルはニブい! 初恋の相手を思い出してウルってたでありんすよ!」

 吹屋さんは少し小声になってそう言った。

 そういえば、「三人脱出ルール」ばかりに気を取られていたが、最初に提示されたのは「好きな人とその生死」の情報だったな。

 吹屋さんはそれを見て……。

「でも、こういうのはヒミツにするのがジョーシキでありんすからね! ユキマルに女の子の心なんて分からないと思うけど!」

「分かったよ、さっき君が泣いてたのは誰にも言わないから…‥」

 俺はそう言って食事に取り掛かった。

 

「いやあ、チーズなど久しぶりに食べた気がします! たまにはこういう贅沢も大事ですね!」

「力は付けるに越したことはないからな。おっ、温野菜だ!」

「みんな、お腹いっぱい食べて頂戴」

 

 見たところ、みんないつもと何ら様子は変わらないように見える。

 ……いや、杞憂であるはずがない。

 それならばあんな動機をここにきて選ぶはずがないんだ。

 やはり引っかかるのは「三人ルール」だ。

 絶対にあれを何かに利用して犯行を行おうとする人が出てくる。

 それを暴いて未然に防ぐのが…

「葛西君!?」

「はいっ!?」

 また朝のように山村さんに呼ばれて俺は飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 夕食後、俺はある提案をした。

「夜時間になると同時に全員が一斉に部屋に入り、夜時間終了まで部屋を出ず、呼び出しには絶対に応じない」という口約束だった。

 全員が互いに部屋に入る瞬間を目撃しているので全員が部屋にいる状況を作れる。

 二人以上が同時に約束を破って部屋を出なければ、コロシアイは絶対に起きない。

 今更口約束に何の意味があるのかは分からないが、言わないよりは確実に効果はあると踏んでいた。

 

「それならば私からも一つ」

 俺の提案に付け足しをしたのは山村さんだった。

「私、もう一度夜時間の見回りをしたいのですがよろしいでしょうか?」

 思わぬ申し出だった。

 彼女は再び、自らが犯罪の抑止力になることを宣言したのだ。

 龍雅君と釜利谷君が殺された、あの夜のように。

「…確かに今ならリュウのように山村を止められるやつはいない。山村がいいならいいんじゃないか?」

「……お願いしてもいいかしら?」

 みんなに不満はないようだった。

「はい! この重要な時局を越えるため、私の力を役立てることができれば光栄です!」

 こうして、彼女は寝ずの番をすることとなった。

 後顧の憂いを絶った俺は個室へと戻る。

 

 

 夕食後も終始伊丹さんは食堂にいて第三者が存在していたため、とうとう今日は彼女から前木君のことについて聞くことはできなかった。

 明日が勝負だな。

 

 このまま俺が何もしなければ、間違いなく何かが起こる。

 俺が何かしなければ。

 みんなに任せてはダメだ。

 

 

 脚本がそう言っている。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 深夜、前木常夏は個室でモノクマと相対していた。

『なになに、こんな時間に呼び出しちゃって? 君も動機について何か聞きたいことあるの?』

「……いや、質問じゃなくて頼みがある」

 前木は神妙な面持ちで静かに告げた。

「お前の回答次第では、俺はコロシアイをする」

 前木の言葉に、モノクマは思わずぴょんと飛び上がった。

『おひょっ!? 本当に!? そんなこと言われたの初めてだよ! なんだか初恋の相手に映画に誘われたときみたいな気分~! で、頼みってなんなのさ』

 

「今回の動機…。誰かを殺してコロシアイに勝った奴は、最大三人を選んで脱出できる…って話だったな」

『そうだよ! ボクは嘘をつけないタチなので神に誓って絶対に約束は破らないよ!』

 モノクマは親指を立てて前木にアピールする。

「そういう点でお前が嘘をつかないのは、これまでの経験で分かってる。……つまりだ、俺が殺人をして裁判に勝った場合、俺を含めて四人が生き残って脱出できるってことだよな?」

『そういうことになるね! ボクったらここにきて本当に優しい~!』

「その”生き残る権利”ってのを他のやつに譲り渡すという特例を認めてほしい」

『ファッ!? つまりどういうことなのさ?』

「つまり、俺がクロとして裁判に勝った場合…。俺をオシオキする代わりに、他にもう一人俺が指名したやつを助けてやってほしいんだ」

『え~~~~!?!?』とモノクマは文字通り目を白黒させる。

 

「生き残る人数は変わらない。ただ俺が死んで代わりのやつが生き残るってだけだ」

『そんなルール決めちゃっていいわけ? だって他ならぬ君が生き残れないじゃない?』

「いいんだ。俺はどうなったって構わない。ただ、この四人という数字が決め手だったってだけだ。これなら俺は()()()

『う~~~~ん……でもねぇ……。コロシアイのルールってのはボクがバランスとかを考えて一生懸命考えたんだよ? それを一人の生徒のお願いでホイホイ変えるのはねぇ…』

「お前がどう答えようと、俺の答えはもう決まってる。お前がイエスと言うなら俺はコロシアイをするし、ノーと言うなら絶対にしない。それだけだ」

 前木は俯きながらも、決意のこもった低い声でそう述べた。

『いや~、でもね、確固たる目つきで「コロシアイをする」なんて宣言する生徒はボク始めて見たし、感動したよ! だから、本当はダメなんだけど、君だけはものっっっすごく多めに見てあげる! 君にだけその特例を認めます!』

「そう言うだろうと思ったよ。いや、初めからこれが目当てでこういう動機にしたんだろ? みんな、お前の手のひらの上で踊らされてるだけだ」

 モノクマがオーケーサインを出しても、前木は全く表情を変えることなくそう答えた。

『みんな僕を買いかぶりすぎじゃない? 僕だって結構危ない橋を渡ってるんだよ、いっつも』

「………」

『今の会話の様子を監視カメラで録画してあるから、もし君が勝ったら裁判場でこの映像を流してあげる! そうしないとボクが勝手に決めたルールだって思われちゃうもんね!』

「ああ。……そうしてくれ」

 前木の口調は、どこか自暴自棄さも孕んでいるようにモノクマには聞こえた。

 

『まあでも、約束は守ってもらうからね! 方法は問わないからちゃんとコロシアイはしてね! あ、でもバレる前提の明らかに杜撰なトリックとか自白は無しにしてね! いくらなんでも張り合いがないから!』

「つまりトリックは今までのクロのように全力で作れ、と」

 そこに関しては前木は心配していなかった。

 どんなに入り組んだトリックを展開しようとも、葛西たちは必ずそれを破って真実に辿り着く。

 それは過去四回のコロシアイでほぼ完全に証明されている。

 前木は、仲間たちの能力に関しては疑う余地はないと確信していた。

 

『そ! まああとは好きにやればいいよ! ボクも君がどんな”卒業制作”(トリック)を提出するか楽しみにしてるからさ! じゃあおやすみ!』

 その言葉を残してモノクマは消えた。

 沈黙が残された。

 

「……()()()

 前木は小さく呟く。

「今の人数は七人。俺と小清水と()()()が犠牲になれば……」

 自らに言い聞かせるように、己が描いた勝利の方程式を。

「最大の敵は小清水だな…。でも、いけるはず……」

 前木は勝利を確信していた。

「これしかないんだ……。出られもしないタワーに死ぬまで囚われるくらいなら……」

 死のイメージが彼の中で増幅していく。

 微かに己の手が震えているのを実感しながら、それでも前木は己の使命を自覚した。

 

 

 

「……ごめん。伊丹。俺はお前と一緒に生きて出られない」

 前木は俯いたまま、語りかけるように呟いた。

「俺は大切な女との約束一つ守れない最低な男だ………」

 そして前木はベッドに倒れ込む。

「でも…………」

 その視界は、涙でぐにゃりと歪んでいた。

 

 

大切だからこそ……愛してるからこそ……生きてほしいんだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、伊丹も個室でモノクマと会話していた。

 

『なあに? 君も何か聞きたいの?』

 机の上に座り込むモノクマは、椅子に座って相対する伊丹に不敵な笑みを投げかける。

「『君も』ってことは他にも質問している人がいるのね」

 今日の伊丹は、これまでに比べてとても冷静だった。

 死への恐怖に慣れ、自分の宿命を受け入れる準備が着々と整いつつあることを示していた。

 

『…まあそんな言葉の綾を気にしたってしょうがないじゃない。早く本題を話そうよ』

 モノクマがけしかけると、伊丹は前置きなく本題を語り始めた。

「釜利谷君に言われたのよ。『誰を殺すか決めたらモノクマに伝えるように』って」

『え? あぁ、そういえばそんなこと伝えてたね。昔の脚本の人だから忘れかけてたよ』

 モノクマはポリポリと腹を掻く。

「それを伝える前に、一つ聞いておかなければならないことがあるの」

『だーかーら、それを早く言いなさいって言ってるでしょ! 気が長いクマで有名な僕も、流石にヒグマばりの瞬発力で襲い掛かっちゃうぞ!』

 モノクマは両手を振り上げて伊丹を威嚇する。

 

「釜利谷君に『お前はクロになってオシオキされる』と言われたものだから、ちょっと気になっちゃって。もし仮に()()()()()()()()()でクロが死んでいたら、オシオキは行われるの?」

『え? クロの状態なんてルールには関係ないよ! 例えクロが死んでいようとミイラになっていようと、裁判で負けたら絶対にオシオキは受けてもらうよ!』

「……そう。分かった」

 モノクマの答えが聞けると、伊丹はモノクマから視線を逸らした。

『だからって裁判場で自殺なんてのはボクは認めないからね! オシオキの苦しみから逃れたいからって、そんなことされたらボクが興ざめだよ!』

「…………」 

 伊丹が視線を泳がせた先には、ベッドの上に鎮座するモノパンダ人形があった。

 彼女が”常夏”に見立てて愛でていたモノパンダが。

『そうそう、君の話を聞いてなかったよ。君は誰を殺すつもりなの?』

 避けられない問いを与えられた伊丹は、一息ついて静かに答える。

 

「私が殺す相手は――――――」

 

 

 

 

 その名を告げる。

 

 

 

 

『……ふぅん、なるほどね。確かに承りました!』

 モノクマは答えを聞いて安堵の表情を浮かべた。

『でも、これは他の人にも言っていることなんだけど、みんなの目の前で死んだりトリックを自白したりするのは無しだよ!! あくまでもゲームとして成立するように殺ってね!』

「…分かってるわ、それくらい」

 伊丹は短く答える。

 

「私の用は済んだ。考え事をしたいから消えて頂戴」

『もう、冷たいなあ! …っていつもなら言うところだけど、今回は大切なクロ候補の思考を遮るわけにはいかないからね! さっさと退散します! あ、でも最後にこれだけ言っとくよ! 別に予言された脚本にこだわることないんだからね! 君がクロとして勝っちゃってもボクとしては全然構わないんだから!』

 結局長ったらしい言葉を告げて、モノクマは個室から去る。

 

 奇しくも、前木の個室からモノクマが去るのとほぼ同時の出来事だった。

 

 

 

「……よくできた動機ね」

 一人っきりになった個室で、伊丹は呟く。

 

 

 ”四人が生き残ることのできる裁判”。

 常夏が動き出してもおかしくはない動機だ。

 釜利谷君の言った通り、私が動かなければどうやっても常夏が殺人を犯す可能性は高い。

 

 仲間想いの常夏のことだ、きっと自分が勝っても自分の代わりに誰かを助けるようモノクマに頼んでもおかしくはない。

 そうすれば、四人がここから生きて出ることができる。

 自分と、小清水さんと、あと一人誰かを涙を呑んで犠牲にすれば、他の全員が脱出を約束される。

 モノクマならば、コロシアイを起こすために無茶な願いも聞き入れるだろう。

 

 もしそれが実現したら、私は迷わず常夏と共に犠牲になることを選ぶだろう。 

 でもそれではダメだ。

 結局それでは、常夏がオシオキされるという最悪の展開を辿るだけだ。

 でも常夏はそれでもいいと思っているから、迷わず殺人をする。

 

 この流れを食い止めるには、私が先手を打って殺人を犯す以外に方法はないのだ。

 

 

 

「もう、覚悟はできてる」

 伊丹はベッドに座ると、モノパンダの頬を優しく撫でる。

「ごめんね、常夏。あなたとの約束は守れないけど」

 そしてモノパンダを静かに持ち上げ、額と額をつけて語り掛ける。

 

 

絶対にあなたを守ってみせる。あなたを愛しているから

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命が交差する時は、近い。

 

 

 

 

 




実は最近エクロンキャラクターの人気投票を行なっておりました。
結果は以下のようになっております。

第一回
1位:伊丹ゆきみ
2位タイ:御堂秋音
2位タイ:小清水彌生
3位タイ:夢郷郷夢
3位タイ:安藤未戝

(第一回は投票数が少なかったので同率が多いです)

第二回
1位:伊丹ゆきみ
2位:夢郷郷夢
3位:亞桐莉緒


ゆきみんの人気が圧倒的で驚きました。やはり五章での姿に心を打たれた方が多いようです。
夢郷も人気を集めています。第二回ではギリオとのコンビで入賞を果たしました。
なお惜しくも3位は逃したものの、第一回で入賞した御堂や小清水もそこそこいい位置にいました。
ランク外のメンバーでは入間、前木、リャン様あたりが比較的いい位置にいました。

ビリは第一回が葛西、亞桐、丹沢、第二回が丹沢とモノクマです。なおモノクマは第一回には参加していません。丹沢はあまりにも可哀想なので番外編でメインを張る回を書きたいと思ってます。第一回ではビリだったギリオが第二回で3位に躍り出たのはかなり驚きでした。

また投票は行いたいと思いますので、もしタイミングが合いましたら奮ってご参加下さい。
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