エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お久しぶりです。実は本日2月13日は入間ジョーンズの誕生日です。


Chapter5 非日常編④ オシオキ?編

 ◆◆◆

 

 

 ―――入間君。

 君と出会って、この学園に入学し、暫くの時が経った。

 今だからこそ、君に一つ問いたいことがある。

 

 君は、僕がなぜ君をここまで気に入ったか、分かるかい?

 

 

 答えはとてもシンプルさ。

 

 

 ―――君は、狂っているからさ。

 

 君は僕が今までに見たどんな人間よりも”秩序がない”……。

 生まれて初めてだよ、こんな人間に出会ったのは。

 

 ……ふふ、そんなに面白いかい?

 僕も同じ気持ちさ。

 

 何故君がここまで狂ってしまったのか、僕は非常に興味が湧いたんだ。

 

 有り余る疑問に胸を躍らせながらも、人生の核心となる問いを見つけることができなかった無為の日々…。

 そんな日々に終焉をもたらしてくれたのは、他ならぬ君の登場だった。

 

 君をこれほどまでに狂わせた”恋”とは一体何なのか―――。

 これを僕の人生を賭けた哲学にしようと思う。

 

 君のおかげで素晴らしい日々を過ごせそうだ。

 礼を言うよ、親友。

 

 

 ―――これからも、どうかよろしく頼む。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 入間君は口角を大きく釣り上げたまま不敵に告げた。

 

「私が登録した三名の方は、私がこの裁判に勝つことによって無条件に私と共に脱出できます。一方、選ばれなかった二人はオシオキされることになりますが………」

「……っ!!! お前っ!!!」

 前木君が敵意のこもった目つきと共に叫ぶ。

 

 恐れていた事態が起きてしまった……。

 やはりこの動機は、クロにチャンスを与えさせるのが目的だったんだ。

 予想はできていたけど、対抗手段がない。

 

「バカなことを言わないでください!」

 にらみ合う入間君と前木君に割って入るように、山村さんが声を張り上げる。

「入間君…。あなたが伊丹さんを殺した犯人だなんて思いたくないです…。ですがあなたが犯人であるのはこの話し合いで十分すぎるほどに理解できました…。たとえ無条件で外に出られるとしても、仲間を見捨ててあなたについていくことなんて私にはできません!!!」

 拳を固く握りしめ、山村さんは強く言い放った。

「どんな事情があろうと、あなたはクロです。自分の罪に向き合って、オシオキを受けてください……」

「………えぇ、分かりますよ、山村様」

 けれど、入間君は些かも動揺したそぶりを見せてはいない。

 

「そう、皆さんにとって私はそのような評価になってしまいますよね…。そう思うのは当然の思考です。どんな理由があろうと、私が醜い人殺しであることに変わりありません。…ですが、それが分かっていてもなお私は皆様にお伝えしなければならないことかございます……」

 運命の投票を目前にして、クロに好き勝手に話をさせてしまっていいのか。

 それが分かっていてもなお、俺は彼が話そうとするのを止めることはできなかった。

 

「…伊丹様に自殺の手伝いを頼まれたのは、今朝のことでした。急なことだったので私も焦りましたよ…。ですが伊丹様は私にこう言ったのです。『私を常夏と一緒に死なせてほしい』……と」

「なっ………!!」

 前木君の表情がにわかに変わった。

「『ここを出るために犠牲が避けられないというのなら、せめて愛しい人と一緒に死にたい』……と」

「バカ………言ってんじゃねえよ……」

 前木君の拳はぷるぷると震えていた。

「今更そんなこと言われて信じられるわけあるかバカヤロー!!!」

「言えなかったんですよ!!」

 入間君もまたすさまじい剣幕で返す。

「言えるわけないじゃないですか……そんなこと…。言えば必ずあなたは伊丹様をお止めになった。伊丹様もそれを分かっていたからこそ、本人には言わないでほしいと私に頼まれたのです。彼女の想いを踏みにじることが躊躇われたからこそ、今の今まで言い出すことができなかったのですから…」

 

 

 何を言っているんだ……君は。

 そんなの、「共犯者の裏切り」というさっきの裁判の流れを完全に無視しているじゃないか。

 この事件が伊丹さんにとって想定外の要素を含んでいたことは、屋上にいた時の彼女の反応から既に証明されている。

 それに、それが本当だとしたら、さっきみたいな挑発的な態度を取る意味がどこにあったっていうんだ……?

 

 あり得ない。

 100%あり得ないよ、入間君。

 

 

「さきほどのご無礼は申し訳ございませんでした…。私も気が動転していたのです…。しかし、今更どう思われようと私は構いません。ただ、伊丹様が亡くなられたのは彼女自身の願いでもあったということだけをお伝えしたかったのです」

「そんなの…そんなの…嘘に決まっているじゃないですか……!! だって伊丹さんは、屋上に来た前木君を見て動揺していたんですよ!? もし本当に二人で死ぬ気なら、動揺するのは明らかにおかしいですよね…!? それがあったからこそ、"自殺計画の共犯者が裏切った"という流れになったじゃないですか!」

「死にゆく人の感情というのは分からないものです。死の直前になって、心変わりしたのかもしれません…」

「そんな……そんな苦しい言い訳で俺達を騙せると思ってるのか、君は!」

 俺は思わず声を張り上げた。

「こんなに追い詰められてもまだ抵抗するなんて……そんな入間君はもう見たくないんだ……。命が惜しい気持ちは痛いほど分かるよ、でも君は……伊丹さんを手にかけてしまったんだ…。頼むから自分の運命を受け入れてくれよ…」

 そう言い放つ俺の目には、いつしか涙が浮かんでいた。

 

「命、ですか……」

 入間君は天を仰いでそう呟く。

「よろしい。ではモノクマに一つお願いをしたく思います」

『え? ダメだよ』

「即答でありんすか!」

 モノクマの無視も吹屋さんの鋭い声も意に介さず、入間君は続ける。

 

「私が勝った場合……私が生き残れる権利を彼に譲渡したいのです」

 そう言って彼が指差したのは、他ならぬ俺自身だった。

「……え………!??」

 当の俺は困惑に支配されてしまってまともな答えを返すことができなかった。

「彼はこれまでも謎解きを懸命に先導してきました。私よりも生き残るに相応しい」

「…ウソ…だろ……?」

「は………何を言ってるんですか!?」

 俺だけでなく、前木君たちも混乱しているようだった。

 彼は、生き残る気がないのか…!?

「このルール変更が許されるのであれば、私は最初からこうしたかったのです。どんな理由があれ、人殺しが醜く生き残る世など救いがありませんからね…」

 やや下を向いて物悲しそうにそう呟く。

 嘘を言っているようには見えないが……。

 

『…ふーん、まあいいんじゃない?』

「え、認めた!???」

『そっちの方が盛り上がりそうだしね! それにそのルールは()()()()()()()()()()し、片方だけ拒否るのは失礼だしね!』

「前木君に…?」

 全員が一斉に前木君の方を向く。

「…………ああ…」

 彼もまた、自分を犠牲にして殺人を起こし、他のメンバーを助けようとしていた…。

 だけど、それには何人かの犠牲が必ず伴う。

 前木君が誰を犠牲にしようとしたのかは分からないけど……。

 今は彼と入間君が"犠牲"に指名されている。

 

「さあ、これで理解して頂けたでしょう…? 私は己の生存など微塵も考えていないのです。ただ伊丹様の願いを聞き入れ、僅かに生き残った仲間達がこの場所を生きて出てくださればそれで良いのですよ」

「……君は……」

 

 まさか彼は……本当に……?

 

「……でも、前木君は助からないんですよ…? 結局仲間を犠牲にしなければならないのなら……私は賛成なんてできません!」

 あくまでも強情に山村さんはそう言った。

「そう…だよ。例えここからの脱出が約束されていても……仲間を見捨てて行くなんて…絶対に……やっちゃダメだ…」

 彼女に続いて俺もかろうじて言葉を発する。

「………」

 前木君は何も言わなかった。

 言葉が見つからないようだった。

 

「伊丹様が願われたのは、『愛する人と共に死ぬ』ことです。私はただその願いを聞き入れるべく、お二人を一緒に殺害するように仕向けたのですよ。前木さんが上手く伊丹様の自殺に巻き込まれるように工夫して、ね……」

 

 支離滅裂なはずの彼の論理展開は、しかし何故か次第に現実味を帯びてきているように俺には感じられた。

 これが、数々の国を渡り歩き対話の才能を有する彼の能力だというのか……?

 

「皆様、本当にいいのですか? 確かに私に投票すれば私以外の皆様は生き残れるでしょう。しかしそれは、ここから複数人が脱出できる機会を逃してしまうことになります。もう二度と、あんな動機は訪れないかもしれませんよ。それでもいいのですか?」

「で、でも………」

「モノクマの力なくしてここから脱出することができるのですか? 地上1000mで孤立したこの空の孤島から。無駄ですよ、結局私たちはモノクマの手を借りずにここから出ることなど不可能なのです」

 彼の目的は何なのか、全く分からなかった。

 ここから生きて脱出するためでないとしたら、一体何のために?

 

「もう十分話し合ったでしょう」

 腕組して話を聞いていた小清水さんが、静かに口を開いた。

「そろそろ投票の時間にしましょう。私の肚はとっくに決まっているから」

「やよ様……」

 彼女がどんな選択をするのか、想像に難くなかった。

 人類絶滅の野望を諦めていない彼女は、当然この場所からは一刻も早く脱出したいはずだ。

 

「待てよ…‥。お前ら、本当に入間の言うことを信じるのか?」

 前木君が冷や汗を流して反論する。

「別に俺は命が惜しいわけじゃない。だからと言って死にたいわけでもないけど…。でも、入間の言っていることだけは絶対に違うんだ!!」

「前木さん。いい加減諦めた方がよろしいですよ。恋人だからこそ、彼女の元に駆け付けてあげるのが男の筋ではありませんか?」

「恋人だからこそ!!! 伊丹を好きだったからこそあり得ないんだよ!!! その考えは!!!」

 前木君は頭を抱えてそう叫ぶ。

「本当に相手のことが好きだったら…。相手のことが大切だったら……。”一緒に死のう”なんて思わない。自分がどうなろうが、世界がどうなろうが……愛してる人だけは……絶対に生きてほしい…。少なくとも俺はそうだったし……伊丹もそう思ってたはずだよ…」

「対話を侮ってはいけませんよ。相手が何を思っているかなど、分かるはずが」

「分かるだろ………。本当に…愛し合っていたら………心は一つなんだから……」

 前木君はとめどなく流れる涙を拭おうともしなかった。

「お前なら………分かる……だろ………」

「………………」

 

 

 

 動機発表の後の伊丹さんの姿が脳裏に浮かんだ。

 

『私は殺人を犯す気はない。なぜなら、私の好きな人は生きているしすぐ近くにいるから。私がここを出る理由なんてない』

 

 あの時の彼女の表情は、とてももうすぐ死ぬような人には思えなかった。

 儚くも力強く、生き生きとした目をしていた。

 あれは彼女自身が生きるためではなく、()()()という覚悟と決意に起因するものだったんだ。

 ”この命を懸けてでも、自分の愛する人を絶対に守り通してみせる。” 

 その決意を固く胸に誓っていたからからこそ、彼女はあれだけ強い眼差しをしていたんだ。

 そして、前木君も………。 

 

 

 

 沈黙が場を支配する。

 

 

 死してなお固く結ばれた愛の絆は、もう誰にも切り離させることはできなかった。

 

「……本当………そういうところですよ……」

 入間君が小さな声でそう呟いたのを、おそらく俺だけが聞いていた。

 その言葉に底知れぬほどの殺意が込められているのを感じて、俺は酷く怖くなった。

 

 

 これ以降、もう入間君は何も言わなかった。

 

 

 

 結局、入間君の最後のあがきが功を成すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 泥沼の展開を見せた裁判は、あっさりと終わりを告げた。

 スロットに揃った入間君の顔と、大量に払い出されるモノクマメダル。

 

 それは、未曽有の展開を繰り返した五回目の裁判の終焉を告げていた。

 

 

 

 

 

「終わりだ」

 

 前木君が小さな声で言った。

 

「終わったよ。お前の負けだ、入間」

 

「…………」

 俺は発する言葉を見つけられないまま座り込む入間君を横から見つめることしかできなかった。

 

「結局、君の目的は一体何だったんだ……?」

 俺はたまらず問いかけたが、答えは返ってこなかった。

 

「……………」

 全てを出し切ったかのようにうなだれる入間君。

 

 強く、聡明な彼はどこへ行ったのだろう?

 明るく、爽やかな彼はどこへ行ったのだろう?

 

……っぁっぁっぁ……

「?」

 喉の奥から微かに漏れる笑い声。

 その声の主は、他ならぬ入間くんだった。

「くっ……っはははははっ………ははっはぁぁあ………」

 大声をあげるような笑い方ではなく、はち切れそうな笑いを無理矢理こらえているような、いびつな笑い。

 時々声が裏返り、息苦しそうにしながら漏らす笑い声は、彼の狂気を伝えるには十分すぎるほど不気味だった。

 

「どうして……まだ笑えるんだ……?」

 俺は誰に促されるでもなくそう呟いていた。

 

 なぜ?

 モノクマに負け、裁判に負け、投票にも負けた彼が、それでも笑う理由はなんだ?

 いったい彼に、何が残っているというんだ?

 俺は底知れぬ恐怖に身を支配されながら、入間君が次の言葉を発するのを待った。

 

 

「目的……目的ですか……? カッ……カッカッカッカッカッカ……」

 入間君は笑いながら髪をぼさぼさにした顔を上げ、俺達の方を見た。

 焦点の合わない目が俺の顔にギョロリと向けられる。

「 …っぁっあっぁっぁ……」

「笑ってんじゃねえ!!!」

 前木君が怒鳴り声と共に裁断台を蹴る。

 その顔は真っ赤に染まっていて、今にも暴れだしそうだ。

「どこまでもふざけやがって……!!! どうして伊丹を殺したかって聞いてるんだよ!!!」

「お前だよぉぉぉぉ!!!!!!」

「!!!!」

 急に吐き出された、入間君からは想像もつかないほどの絶叫。

 その剣幕に、前木君も俺達も言葉を封じられてしまった。

 

「お前を……お前と伊丹を……殺してやりたかった……!!! 片方じゃダメなんだよ!!! 両方!!! 一緒に地獄に落としてやりたかったんだよぉぉぉ!!!!」

 彼は床に膝をついてそう叫び声をあげる。

 その壮絶な姿と絶叫に、俺達はただ気圧されることしかできなかった。

 

 

 

 これまで俺達はこの事件以外に、四回のコロシアイを経験してきた。

 だけど、純粋にここまで被害者への”憎い”という感情を持ったのは彼が初めてだ。

 アルターエゴでさえ、亞桐さん自身ではなく俺たち全員への失望が原因だった。

 

 たった二人の人間を。

 それも、ここに至るまでの地獄を共に生き抜いてきた仲間を。

 ”殺したい”ほど憎む理由は一体なんだっていうんだ。

 

 

 お願いだ。

 嘘だって言ってくれよ。

 ”地獄に落としてやりたかった”なんて、嘘なんだろ?

 頼むから、嘘だって……。

 

 

「前木っち……何か……恨まれるようなことでもしたでありんすか…?」

 吹屋さんが冷静に前木君に問いかけるが、前木君は青ざめた顔を横に振るだけだった。

「そ、そんな……バカな…。俺が……俺と伊丹が…何をしたっていうんだよ!!」

 前木君は嘘をついているようには見えなかった。

 

『ストーップ!!!』

 混沌とする裁判場を収めたのはモノクマだった。

『クマ界じゃ常識だけど、物事には順序ってものがあるんだよ! 今の入間くんじゃマトモに説明するのは無理そうだし、いつも通りボクがシャキッと動機をおさらいしてあげるよ』

 シャキッ、という言葉通りにシャキッとポーズを決めながらモノクマが言うと、裁判場にスクリーンが降りてくる。

 

 今度は一体、どんな絶望が映し出されるというのか?

 

 

 

 

 

 スクリーンに光が照らされて、明るく輝く。

 

 

 映ったのは、ワンピースを着た可愛らしい女の子だった。

 ただ、その女の子の瞳は、若干ではあるが白く濁っていた。

 

『誰か分かる?』

 モノクマはいたずらっぽく笑って問いかけるが、それに答えられる人はいなかった。

「あぁあっ………」

 代わりに、入間君が涙を浮かべてスクリーンに向けて手を差し伸べる。

結梨(ゆいり)っ………私の愛しい結梨………」

「結梨……?」

 その名前には聞き覚えがあった。

 

 

 

 


 

【Chapter3 (非)日常編②】

 

 

「あ、申し遅れましたが私には故郷に恋人がございますので…」

 

「名は結梨と言いまして、私が世界中を仕事で駆け巡っている間も必ず文通してくださる素晴らしいお方ですよ」

 

 


 

 

 

 

 そう。

 入間君の故郷にいる、彼の恋人。

 その名だ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 この子は新発田結梨(しばた ゆいり)さん。入間君が心の底から愛している彼女さんだよ!

 彼女って言っても、そこらの学生みたいな”抱いた抱かれた捨てた捨てられた”ってレベルの浅はかな恋とは全然違うよ。正真正銘彼はこの子を世界一愛していたんだよ!

 

 前に入間君自身から話は聞いたと思うけど、おさらいも兼ねてなれそめをサラッと話すね。

 

 もともと彼女は入間君と同じ中学の同級生だったんだよ。

 でも生まれつき色盲で視力も良くない体質で、授業を受けるのも苦労してたみたい。

 そんな彼女にとって憧れの星だったのが、その時既に世界中を駆け巡っていた凄腕翻訳者の入間くんだったんだ!

 彼女は視力に不自由を抱える身だったからこそ、”話すこと”に人一倍強い執着があったんだね。

 入間君が母校に顔を出した数少ない機会に、彼女は必死に入間君にアプローチをかけ、そして……。

 

 見事に二人は結ばれたんだ!

 物心ついたころから仕事ばかり、その仕事でも人の醜い面をさんざん見てきた入間君。

 そんな彼にとって結梨さんの存在はとても尊くて何物にも代えがたいものになって言ったんだね。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「…………」

 入間君は膝をついてうなだれたまま何も言わなかった。

『だからね、入間君には分かっていたんだよ。伊丹さんの気持ちも、前木君の気持ちも。だからこそ、伊丹さんは入間くんなら自らの自殺計画を分かってくれると信じていたのです!』

 

 だけど繋がらない。

 どうして、入間君は殺してやりたいほど前木君と伊丹さんを憎んでいたのか。

 その恋人の存在が、どう繋がるのか?

 

「……めろ……」

『え?』

「……もう、やめろ………」

 子供のようにぼろぼろと涙を落とし、顔をくしゃくしゃにして入間君は懇願する。

「結梨は……死んだんだ…。…もう、あの子の話は……する…な………」

「………!!!」

 

 ……死んだ……。

 入間君の、想い人は、もう……。

「…! そうか…! あの動機の映像で……」

 俺の脳内で、点と点とが繋がった。

 

 今回の動機の最初に流れた『恋人生存チェック』の映像。

 俺にとっては何ら意味のない映像だったけど……。

 

『流石葛西君、鋭いね! そう、入間君は動機の”恋人生存チェック”の映像を見て恋人の死を知ったんだよ! それまではだ~い好きな彼女が死んでいるとも知らず彼女を助けるために必死に頑張ってたんだよね! 流石のボクも同情するレベルの健気さだったよ!』

「……うふふ……健気……健気かぁ…くふふ………」

 壊れたように歪んだ笑みを浮かべる入間君。

 

『たとえ自分が死んだとしても、誰かが彼女を守ってくれればそれでいいとすら思っていたんだよ。だから彼は、コロシアイ生活の中で自分が犠牲になることすら厭わなかった』

「でも………その恋人は亡くなられた……」

「…………」

『そう! 身寄りのない彼女が”絶望の残党”に襲われたのは、実はそんなに昔のことでもないんだよね。いやぁ、ボクがやったわけじゃないけど、あれは酷かったよ。並のオシオキの方がマシなんじゃないってくらいの死に方だったね』

「……………ッ!!!!!」

 その言葉を聞いて入間君がすくみ上るのがハッキリと分かった。

 

 絶望の残党……?

 その連中が、入間君の恋人を惨殺したというのか。

 どんな集団かは分からないが、もしそんな連中が世の中に出回っているのだとしたら、俺の家族や古い友人も…。

 …いや、今はそんな心配をしている場合じゃない。

 

「入間……お前は………」

 前木君が震える声で呼びかける。

「一緒だったんで…ありんすね…。”恋人がいる”ってだけじゃなく……。”恋人を失った”というところまで…」

「……でも……それは結果論ですよね…? 結局のところ、あなたが伊丹さんと前木君を殺そうとした理由は一体何なのですか?」

 山村さんは語気を強めて問いかけた。

 みんなが一番聞きたいのは、結局そこだ。

 

 前木君はともかく……伊丹さんには何か後ろめたいものがあったんじゃないだろうか?

 例えば……黒幕の協力者だったとか。

 入間君は自殺計画を聞き出す際、それを知ってしまって…。

 

 今のは俺の空想に過ぎないが、とにかく何かがあるはずだ。

 入間君が二人に殺意を抱いてしまうほどの何かが。

 

「……っぅ……うっふふふふふふ……」

「…………」

 入間君んの壊れた笑いに怒気を飛ばす人間は、もういなかった。

 その次に繰り出される言葉……彼を突き動かした真実に、誰もが耳を傾けていたからだ。

 

 ……でも、次の言葉を聞いた途端。

 誰もが驚愕で我を失いそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって………ムカつくじゃないですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

「命より大事な恋人が死んだ矢先に、”好きな人を助けたい”なんて相談されたら……ムカつくでしょう?」

 入間君は、まるで非行を暴かれた少年のように、下を向いてぼそぼそとそう言った。

 

 

 

 

「……………」

 

 誰もが、理解するのをやめていた。

 

『ん? なに? ”それで本音は?”みたいな顔しないでよ。これが彼の本音だよ。みんな動機を聞きたがってたんでしょ? 聞けて良かったじゃない』

 

 

「………本音……」

 これが?

 これが彼の本音?

 

「悪いですか?」

 俺の呟きに呼応するように入間君はこちらを睨んで言った。

 

「変な冗談…やめろよ……」

 前木君が青い顔に汗を浮かべて呟く。

「そんなはずないだろ!! 五回目だぞ!!? 四回アレを乗り越えてきたんだぞ!!?? そんな()()が、そんな理由で人殺すわけないんだよ!!! あるんだろ、本当の理由が!!」

 そして、入間君の言葉を信じたくない気持ちを押し出すかのように大きく叫んだ。

「入間君……。なにか言いたくない理由があるのは分かりますが…。せめて真実を告げて散るのが最後の罪滅ぼしだと思うんです…。頼むから本当のことを言ってください……」

 前木君と山村さんの言葉を受けても、全く心に響いた様子を見せない入間君。

 ただ苛立たし気に二人の言葉を受け流している。

「だからぁ、さっきから本当のこと言ってるでしょ……」

「嘘だ!! そんなの嘘だ!!」

「本当のこと言わないと…本当の本当にジョーちゃんのことキライになっちゃうでありんすよ…!?」

 

黙りなさい!!

 不意に放たれた小清水さんの怒声が、全員を黙らせた。

「冷静になって現実を受け止めなさい。…この男にはこれ以上何もないのよ。目を見れば分かる」

 小清水さんの静かな一言を聞いて、前木君はガクリと膝をつく。

 

「そ、んな……嘘だろ……?」

「嘘なら良かったんですけどねぇ………」

 他人事のように入間君はぼやく。

「だってムカついたんだからしょうがないでしょ…?」

 

 ムカついたって?

 伊丹さんと前木君がいちゃいちゃしていることに?

 ムカついたから、二人とも殺そうとしたのか?

 伊丹さんを殺したのか?

 

 

 

「人間なんて……」

 小清水さんは憎悪の表情を浮かべ、喉の奥底から低い声を出す。

「人間なんて……こんなもんなのよ」

 

 

「………!!」

「幼稚だって言いたいんですかぁ……? あのねぇ、君たち……。命かけて人を愛したこともないクセに偉そうに正義ぶってんじゃねーよって話ですよね…??」

「命を懸けて……?」

「命だよぉ、命ぃ!!! 人生の全部使ってでも()()()()()()()()()って思えるくらいに!!! 全身!!! 全霊で!!! 人を!!! 愛して!!! 愛しつくしてから!!!! 偉そうなこと言えって言ってんだよこっちはぁぁぁぁ!!!!!」

 入間君は何度も裁判台を叩きながら、子供のように喚き散らす。

 

 

『あのねぇ、”ムカついた”って理由で人殺したキミこそ一番偉そうなこと言っちゃいけない立場でしょ?』

 モノクマが呆れ気味に言うと、入間君は「うるせぇんだよ!!!」と怒鳴り散らす。

「テメェがこんなとこ閉じ込めたのがそもそもの原因だろうがよ!!! お前がいなけりゃ結梨は!!!!!」

『助かったかもって? んなモン君の勝手な決めつけでしかないよね? むしろボクがいたおかげで()()死なずに済んでるっていう考え方もできるよね?』

「え…?」

 その発言は一体どういう……。

 

『まあ、その命も今ここで消え去るんだけどね! どう? 心から愛する人を殺されて、憎き相手も片方殺し損ねて。絶望たっぷりでしょ?』

「絶望してんのは……こっちだよ……」

 前木君がポツリと呟く。

 

 入間君は血が出るほど何度も何度も拳を裁判台に打ち付けた。

「返せよ!!!! 私の結梨返せよぉぉぉ!!!!」

『無理でーす。てゆーかボクが奪ったわけでも殺したわけでもねーし。世界のどこかで勝手に死んだ人になんか干渉できないよ、ボクは』

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ちくしょぉおおぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 入間君は両手に頭を抱え、額を勢いよく裁判台に打ち付ける。

「死ねぇぇえぇぇぇ!!! みんな死ねえぇぇぇえぇえぇえぇぇ!!!! みんな殺して私も死゛ん゛て゛や゛る゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!!」

「………」

 誰も手出しができなかった。

 

 

 御堂さんのような幼児退行とも違う、彼女以上に狂気的な壊れ方だった。

 その狂気を宥めることも、抑えることもさせない妖気を、彼自身が纏っていた。

 彼に触れると、自分にまで絶望が感染してしまいそうな気がして。

 

 今までに罪を犯した人たちは、許されないこととはいえ、それぞれに固い信念があった。

 自分が為すべきことを真摯に見つめ、命を懸けて事件と裁判に臨んでいた。

 

 だが、入間君はどうだ?

 彼には信念も義理も何もない。

 ただ恋人を殺されたという絶望に支配され、何の利益も目的もなく伊丹さんを殺した。

 ”いちゃいちゃしているのがムカつく”という、たったそれだけの理由で。

 

 今までに見てきた誰よりも、彼は絶望していた。

 

 

「こんな脚本で……いったい誰が納得するっていうんだ……」

 ぽつりと俺は呟いていた。

『残念だけど、これは現実です! ()()()()()()()()じゃないんだよ! 物語みたいな納得のいく展開とか心情が都合よく出てきてくれるわけないでしょ? 実際の死刑囚とか調べてみなよ、ほとんど意味わかんない理由で人殺しまくってるからね! 安藤さんだってアルターエゴだってぶっちゃけ意味わかんなかったじゃん』

 そんな俺の脚本へのこだわりを侮辱するように、モノクマはそう言い放つ。

 

 

 

 結局、こうなるんだ。

 

 

 心の奥底で納得のいく脚本を求めても、現実は一つもその通りにはならない。

 いつも最悪で理不尽な結末を迎える。

 

 

 もう何度目だろうか。

 

 

 

「もう……疲れたよ」

 俺はため息交じりに呟く。

「もう何も見たくない……聞きたくない……」

 

 

「あはっ……あはははっ………」

 精魂尽き果てて叫ぶ体力も無くなった入間君は、地面に両膝をついたまま笑った。

「早く……早く殺してくれ……」

 

『まあ焦んないでよ。最期に入間君には見てもらわなきゃいけないものがあるんだからさ』

 

 モノクマはそう言ってどこからか取り出したリモコンのスイッチを押す。

 俺達の感情を置き去りにしたまま、スクリーンには新しい映像が浮かび上がる。

 

 

 

 

『よう』

 

「…………?」

 映ったのは、椅子に座った釜利谷君だった。

 彼の姿を見るのは久しぶりのことだった。

 しかし、これまでの出来事に疲れ切っていた俺達は、前木君も含めて誰も驚きの声を漏らせなかった。

 

 

『五回目の裁判お疲れさん。お前らも知っての通り、俺はもうとっくの昔に死んでる。…あ~、怪しまねえでくれ。別に降霊術とかそういうワケ分かんねーコトしてるんじゃねーんだ。こいつは()()()()()()()()に録画したモンだからな。訳あってコロシアイの内容を()()()()()させてもらったからよ、先にこの映像を撮ってるわけだ』

「…………」

 

 釜利谷君が何かを言っている。

 そういえば、彼は”超高校級の絶望”だったんだっけ……?

 

 でも、もうそんなこともどうだっていい。

 

 彼の話の内容も、一つも俺の頭には入ってこなかった。

 

『あいつは…伊丹は、自分がクロにならなきゃいけないと思ったからこそ自分を殺してクロになろうとしたんだ』

 今までの議論で判明していることを勿体つけながら彼は語る。

『……なあ、お前ら。伊丹が何であんなことをしようとしたか分かるか?』

「……………」

 いまさら何を言われようとリアクションする気力なんてなかった。

 

 

『俺だよ』

 画面の向こうの釜利谷君は、自らを指さしながらにんまりと笑った。

『俺が伊丹に()()したんだよ。まえなつの命を人質にとって』

「………へ?」

 そこまで言われて、初めて前木君が声を上げた。

『お前がクロにならなきゃまえなつがクロになるぞって言ったらすぐにクロになる決意を固めてくれたよ。まあ、実際なりかけてたしな』

「ちょっと……待て……。三ちゃんが……伊丹を……?」

『そうだ。俺が伊丹の心を()()()してやったんだよ。…だけど勘違いすんなよ? 俺は()()()嘘は言ってねえし、条件を付けて無理矢理クロにさせたわけでもねえ。ただ()()()してやっただけさ』

「…どうして会話が成り立っている…? 録画のはずなのに…」

 小清水さんが顎に手を当てて訝しむ。

 

『可哀そうになあ。みんな自分が好きな奴を必死に助けようとしてただけなのになあ……。なあ、入間……』

「…………」

 入間君は廃人のようにうつろな目で釜利谷君を見つめる。

『お前は覚えてないだろうけどよ……記憶を消される前によ……お前、俺に恋人の居場所教えてくれたんだよ……「何かあったら結梨のことを守ってあげてくれ」ってなぁ……』

「………へ?」

 既にすべての感情を投げ捨てていたはずの彼の目に、わずかに色が戻る。

 釜利谷君の口から語られた”真実”が、彼と俺たちの気を引き留めたのだ。

 ………だが。

 

 

 

 

『申し訳ねぇことをしちゃったもんだよ。俺が()()()()お前の恋人の居場所を呟いたら、どっかから話が広がっちまったみたいでさぁ』

「…………!!!!!」

 

 彼が口にした真実は、俺たちの想像を超えて遥かに残酷だった。

 

 

 

 

『あぁ……可哀想だったなぁ……。可哀想可哀想。お前の恋人、好きでもない男たちにあんなことされまくって…しまいにゃ……誰かも分からないくらいグチャグチャに…されちゃってさぁ………』

 釜利谷君は必死に笑いをこらえながら言い放つ。

「ぁあああ、あぁああぁあぁぁあぁぁぁ…………」

 入間君はぽっかりと開いた口から声を漏らす。

『復讐したいか? したいよな? 俺の顔を判別できないくらいボコボコにして、全身を末端から少しづつ切り刻んでやりたいだろ? 分かるぜ、その気持ち。 …でもごめんな…それは無理なんだ。………だってお前らこれを見てる頃には、()()()()()()()()()()()もんなぁ!!!』

 釜利谷君は口角を歪め、両手を広げながらあふれる笑いとともに叫んだ。

 それと同時に。

「ぁあぁあああああぁあぁぁあああああぁあぁぁっぁぁあぁぁぁあ!!!!!!!!」

 

 

 入間君の全身全霊の叫びがその空間を支配した。

 これまでのどの絶叫よりも深く、限界を超えて全身の身の毛を震わせるような強烈な負の感情を備えて。

 

 

『ようやく気付いたか? この地獄から逃れる唯一の方法は”死”なんだよ。このコロシアイは死んだモン勝ちなんだ!! 良かったなぁ入間、お前もこれで勝ち組だ!! お前の価値も、恋人も、仲間も、全部無くなっちまったけどな?』

「もうやめろッッ!!!!!」

 前木君が全力で叫ぶ。

「反吐が出る…。お前なんかを一瞬でも親友だと思った俺が馬鹿だった…!! お前は醜くて卑怯な絶望の手先でしかなかった!!!」

 涙をまき散らしながらかつての親友を糾弾する前木君。 

 あまりの壮絶さに、俺は言葉を発することすらできなくなっていた。

 

 

 

『俺はな、羨ましかったんだ』

 しかし、釜利谷君の予期せぬ言葉が前木くんの言葉を遮った。

『俺は人を愛したこともないし愛されたこともなかった。親父が愛したのは”仕事”で、家族や同級生が愛したのは”仕事をする親父”だ。…まあ俺の話はどうでもいい。要するに俺はリア充が嫌いなんだ。羨ましいからな。そして入間もそうだった』

「………」

『自分の愛する人間が死んでしまったのに、のうのうと目の前で愛し合ってるまえなつと伊丹が羨ましかったんだ。羨ましくて羨ましくて仕方なかったんだ。…なあ、俺の気持ちが分かっただろ?』

「………」

「負け犬だ…。お前は負け犬だ……!!! どこまでも哀れで……ゴミのように無価値な負け犬だ…」

 前木君が精一杯の語調で釜利谷君に言葉の弾丸を浴びせるが、その表情からは彼の心が絶望に押し負けているのがよく分かった。

「でも、死してなお人を”負け”の道に引きずり込んだんだから大した負け犬根性ね」

 皮肉なのか賞賛なのかわからないが、小清水さんがそう呟く。

 

『入間……もうすぐだぞ。もうすぐこっち側に来られるぞ……。地獄で…仲良くしようぜ……』

 釜利谷君がそう言うと、映像は徐々に乱れ、音声は遠くなっていく。

「あっ………ぁあ………」

 入間君はもはや動物のように言葉にならないうめき声を漏らすだけだった。

『あぁあ……なんて絶望的なんだ……最高だぜ……最高の……』

 そしてスクリーンの向こうから声は聞こえなくなった。

 

 

 

『ハイ、終わり! どうだった? 衝撃の事実も明らかになって面白かったでしょ?』

 モノクマがハイテンションに呼びかけるのとは裏腹に、誰もその言葉には答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ たし  は ……」

 

 微かに自我を取り戻したのか、入間君がポツリと呟く。

 

 

 

 

「なん の ため に 生まれて ……」

 

 

 

 

 


 

お初にお目にかかります! わたくしは”超高校級の翻訳者”、入間ジョーンズでございます!

 


 

 

 

 

 

「なん の ために 生きて きた の で しょう か ………」

 

 震えながら途切れ途切れに発せられる悲痛な言葉に、俺はただ涙を流してあふれる感情をこらえることしかできなかった。

 

 

 

 

 


 

さあさあ、暗い気分をキープしていても仕方がありません! 助けが来るまでの間、ここで気ままに暮らしていようではありませんか!

 


 

 

 

 

 

「さいのう も 」

 

 

 

 

 

 


 

もう、終わりにしましょう。終わりです。あなたの全てが、今ここで終わる

 


 

 

 

 

 

 

「なかま も 」

 

 

 

 

 


 

おや、吹屋様! どうやら元気がないようですね! 今宵はチーズフォンデュなどいかがですか?

 


 

 

 

 

 

 

「愛し た  人  も ……」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 ―――ですが、どんな真実が待っていようと、絶望が待っていようと、私は生きねばなりません。

 大切な人に……私を待っている、結梨にもう一度会うまでは…。

 ……絶対に。

 

 


 

 

 

 

 

 

「 何 も…… な にも …… のこ ら な かった ……」

 

 

 

『ハーイ! じゃあ長かった五回目の裁判もいよいよクライマックス!! ワクワクドッキドキの五回目のオシオキ、いってみよーか!!』

 

 

 

「……クソッ!!!」

 前木君が裁判台を叩く。

「なんで……恋人をあんな理由で殺した奴に……こんなに同情しちまってるか分からねえ…。…だけど…!!」

 そして入間君を指さす。

「お前の死は…生は…これまでの積み重ねは……無駄じゃないと……そう思いたい。いや、必ずそうして見せる」

 その言葉は、入間君に対してというより、自分自身に向けて言っているようだった。

「…わ…私も同じです…。あなたの罪は消えないけど…功績もまた消えないんです…。あの瞬間”までは”、入間君は確かに仲間だった、その事実だけは絶対に消えないと思います……」

 山村さんも同じように言葉を紡ぐ。

「…………」

 吹屋さんは涙を浮かべたまま何も言わなかった。

 

 俺は……。

 俺は一体、なんて声をかければよかったのだろう?

 

 

 

「……もう、どうでもいいですよ……」

 入間君がそう呟いた直後、例のボタンがモノクマの目の前にせり上がってきた。

「結梨もいない…。私も死ぬ…。そんな世界がどうなろうと……もうどうだっていい……」

 

 

 

「もう全部全部全部、どうでもいいんですよ……」

 

 

 

 

『イルマ ジョーンズ さんが クロに きまりました。オシオキを かいし します 』  

 

 

 

 

 

「あーっ…はっはっは……あっ…ははははっ…」

 とめどなく溢れる涙と共に、彼はもう一度笑う。

 声はかすれ、喉は潰れ、彼自身の生き様であった"対話"など到底果たせないくらい弱々しい声で、笑った。

 

 暗闇の中から鎖が伸びる。

 

 入間君の視線が俺のそれとぶつかった。

 

「…あーあ…………」

 

 

 

 

 

「いいなぁ…」

 

 

 

 

 それが、俺が彼から聞いた最期の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 私が最初に結梨に出会った時、彼女に教えたのは宗教学のお話でした。

 

 西洋宗教の終末思想に”怒りの日”というものがあります。

 世界が終焉を迎える日、現世の歴史を生きた全ての人間は蘇り、その行いを審判されるのです。

 

 審判を受けた人々は、永遠の命を得て神の住む天国へ。

 或いは、未来永劫責め苦を味わい続ける地獄へ。

 

 そのお話を聞いた結梨は、少し儚げな顔でこう言いました。

 ”天国に行っても地獄に行っても永遠に人生が続くなんて嫌だ”

 

 ”全てのものは、終わりがあるからこそ楽しく美しい。人も出会いも、記憶も人生も”

 

 

 …結梨。

 私の愛しい結梨。

 

 あなたがそう思うのなら教えてほしい。

 

 

 私が受けている苦しみには、責め苦には、終わりはあるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 Dies irae(怒りの日)

 

 

 

 

 

 これまでに翻訳してきた数多くの言葉が脳内に響き渡ります。

 他民族を、人種を、嗜好を憎み、攻撃し、虐殺してきた者達の言葉。

 必死に言語を紡いでも、心は紡げなかった者達の言葉。

 

 ここはどこで、私はどうなったのでしょう?

 

 

 

 

 ぼんやりと薄暗い視界が開かれていきます。

 

 私が目にしたのは、全く見たこともない異世界でした。

 ですが、今更何を見ようと驚きはしません。

 驚くほどの心が、もう残っていないのです。

 

 私のすぐ近くを荒れ狂う炎が舞い上がっています。

 黒い瓦礫が私の前に立ちふさがり、その向こうに僅かに見える街並みは、とっくの昔に廃墟と化してしまったようでした。

 

 空は血のような真紅に染まり、遠い空に巨大なキノコ雲がそびえ立っています。

 見たこともない機械が空を飛び、四つ足の歩行機械がレーザーを撃って子供を焼き殺していました。

 

 私には分かりません。

 この世界が何処なのか、そもそも私が見ている光景が事実なのかどうかも。

 ただ一つ感想を言うならば……これは世界の終焉と呼ぶに相応しい姿でした。

 

 

 

 

 

Dies iræ, dies illa(怒りの日、その日は―――)

solvet sæclum in favilla:(世界が無に帰す日である)

teste David cum Sibylla(―――ダヴィデとシヴィラの予言の如く)

 

 

 

 

 

 全てが私が住んでいた世界とは無縁に思える世界。

 しかし、そんな世界で私は確かに目にしたのです。

 

 廃墟の中で、一人何かを語っている少女。

 あれは――――。

 

 

 しかし、私の思考は一筋の光によって一挙にかき消されました。

 思考どころか、視界もかき消すほどの凄まじい眩さでした。

 

 私の目に視界が取り戻された時、私の目の前には数えきれないほどの人がごった返していました。

 体格も、着ているものも、あふれんばかりの人がどこからともなく現れ、皆が膝を折って祈りを捧げています。

 

 そして眩い光の中心にいたのは、白いローブを身に纏った神々しいモノクマでした。

 神々しいというより……神そのものと言って差し支えない様相でした。

 人々が祈りを捧げている先は、間違いなくそのモノクマだったのです。

 

 

 

 

Quantus tremor est futurus,(審判者が現れて)

quando judex est venturus,(全ての者が厳しく裁かれる時)

cuncta stricte discussurus(その恐ろしさは如何ほどであろうか)

 

 

 

 

 モノクマが手を振り上げると、大地が割れてマグマが溢れ出し、人々を飲み込んでいきます。

 もう一度手を振り上げると、淡い光が天から伸びて人々を天国へといざないます。

 

 私がどちらになるのか、考えるまでもありません。

 

 

 とうに力尽き果てていた私は、人々の群れに押し潰されそうになりながら、ガクリと膝をつきます。

 マグマのしぶきが熱気となって私の肌を徐々に焼いていきます。

 

 その時、私の肩に暖かい手が触れました。

 私は俯けていた顔を静かに上げます。

 

 

 嗚呼、神よ――――。

 思わず私はそう呟いてしまいました。

 

 私が目にしたのは、神の奇跡。

 

 天使の羽を生やした、神々しいくらいに美しい結梨が……そこにいたのです。

 

 

 

 

 私の全て。

 

 私の結梨。

 

 罠でも、幻でもいい。

 

 もう一度、もう一度だけ、その手を……。

 

 

 

 

 全てを忘れて結梨を抱き締めようとした私は、気が付くと真紅に染まっていました。

 結梨が吐いた血によって。

 

 

 結梨の白い肌を抉って血塗れの刃をのぞかせる”メス”。

 結梨の背後で顔をゆがめて笑う白衣の男。

 

 釜利谷三瓶。

 

 

 

 舌を出して呻き苦しむ結梨の体から、何本も何本もメスが突き出ていきます。

 天使の羽は赤く染まって根元から折れ、可愛らしい瞳は白く染まって彼女の第二の死を物語っていました。

 

 

 

 

 私の全ては奪われました。

 

 私の全ては壊されました。

 

 

 

 流す涙すら枯れたまま、私は血とマグマの地獄の中へと引きずり込まれていきます。

 高らかに笑っていたはずの釜利谷三瓶も一緒に、深い深い地獄の底へと。

 

 突然に恍惚を崩され、混乱と恐怖を携えたまま激痛でもだえ苦しみ、白骨化していく釜利谷。

 

 

 私は何も感じませんでした。

 マグマが私の身を焼こうと、血の池が私の体内に入り込んでかき回そうと、暴徒によってバラバラに引き裂かれてゆく結梨が視界の端に入ろうと。

 

 もう私は何も思いませんでした。

 

 

 

 

 

 何もない。

 

 私にはもう、何もないのです。

 

 

 

Dies iræ, dies illa(怒りの日、その日は―――)

solvet sæclum in favilla:(世界が無に帰す日である)

teste David cum Sibylla(―――ダヴィデとシヴィラの予言の如く)

 

Quantus tremor est futurus,(審判者が現れて)

quando judex est venturus,(全ての者が厳しく裁かれる時)

cuncta stricte discussurus(その恐ろしさは如何ほどであろうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 裁かれて地獄に落ちた人間は永遠に責め苦を受け続けると言い伝えられています。

 

 

 

 

 

 私の責め苦に。

 

 私の苦しみに。

 

 

 

 

 私に終わりはあるのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 超現実的な世界。

 白骨化した入間君と釜利谷君。

 

 

 その映像だけを残して、五回目のオシオキは幕を閉じた。

 

 

「……コロシアイは終わらないんだな……」

 前木君がポツリと呟いた。

「…最後の一人になるまで………」

 

 

 

 誰も彼もが、絶望に疲れ果てていた。

 それも当然だろう。

 

 数多くの困難と絶望を超えた先に待っていたのが、この事件だったのだから。 

 

『うぷぷぷぷぷ!! 今回も最高だったね!! やっぱり色恋沙汰こそ……あれ? どうしたの? 前回の裁判が終わった時の超絶敵意のこもった視線はどこに行っちゃったのさ!!』

 モノクマの呆れたような声に答える人はいなかった。

 

 みんな、重い足取りでエレベーターに向かう。

 

 

 

 

 

 明日も続く。

 希望のないコロシアイが。

 

 いつまでも続く。

 

 俺達が全滅するまで。

 

 

 

 

 

 

「止まりなさい」

 

 

 

 そう、そのはずだった。

 

 

 

「全員、裁判台に戻りなさい」

 

 

 号令を発したのは小清水さんだった。 

 

 

「……?」

 誰もその言葉の意味を理解できなかった。

「戻りなさいと言ったのよ」

 小清水さんは自らの言葉を反復する。

 

『何勝手に仕切ってんのさ。裁判はもう終わったんだよ』

「終わってなどいないわ。()()()()しただけ」

 小清水さんは静かに髪をかき上げながら言った。

 

「何を……始めるっていうんだ‥……」

 俺は警戒のまなざしと共に彼女に尋ねた。

 

 

 

 ふ、と彼女は笑い。

 

 

「反撃よ」

 

 短く答えた。

 

 

『あのー、ボクの話聞いてた? 裁判は終わったんだよ? 裁判が開催されなければこの場所は使えないんだよ』

 

「だから、その裁判を始めようと言っているのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伊丹ゆきみを殺害した真犯人であり、コロシアイ学園生活においてルールを破った、このモノクマを弾劾するための裁判をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のオシオキはいろいろ今までと違う試みをしました。
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