エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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お久しぶりです。最近お仕事が繁忙期できついです。


Chapter6 非日常編④ 再生編

 

 ◆◆◆

 

 

 俺は山村さんの力を借りて裁判場に戻った。

 中央に空いた穴はそのままに、瓦礫が散乱し、勢いを失いつつも未だ建材の一部を侵食する炎が赤々と舞台を照らしている。

 俺達がいない間に急ごしらえで直したであろうボロボロの裁判台が、裁判に参加する人数の分並んでいた。

 

『ふぅーっ! やっと……やっとこの時が来たね!』

 煤だらけになった玉座に腰かけるモノクマが俺達を出迎えた。

「最終決戦の場にしては随分と粗末なのね」

 目の前に置かれたボロボロの裁判台を見て吐き捨てるように小清水さんが言う。

『いやいや! これまでの戦いの熾烈さを物語るようにボロボロの裁判台、炎に包まれた舞台、数々の戦いを生き抜いた戦士たち! まさに最終決戦って感じじゃないか!』

 子供のようにはしゃぐモノクマとは対照的に、俺達は神妙な面持ちで互いを見つめていた。

 

「いよいよだな……」

 重い口調で前木君が呟く。

「これに勝てば、あちき達はこのタワーから脱出できる……」

 未だに自分の状況が信じられないと言った表情で吹屋さんは自分に言い聞かせる。

「死んでいったみんなの想い……無駄にするわけにはいきません」

 山村さんは強い目つきで拳を握り締める。

 

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 

 この戦いの結末がどうであれ、俺が生きてここを出ることはない。

 この戦いは、俺の短い人生の最後の大舞台。

 

 俺はこの場所で命を燃やし尽くす。

 

 

「生意気ね」

 ふと小清水さんが俺に向かって言葉を放つ。

「下で何があったか知らないけど、そんな覚悟を決めたような顔をして…。見てると腹が立つ。…あなたごときの力に期待なんてしていないわ」

「そうか。でも俺は君を頼りにしてるよ」

 小清水さんは俺の表情から何かを感じ取ったのだろうか。

 けど……俺はもうモノクマに自らの運命を託している。

 もう後には引けないんだ。

 

 

 さようなら、小清水さん……。

 君のことを完全に許せたわけじゃないけど、最後の戦いを君と一緒に戦えることを誇りに思うよ。

 

 

「…その達観したような顔が無性に腹立たしいって言ってるのよ」

「分かったから。ほら、裁判台について」

 どこか落ち着きを失っている小清水さんにそう呼びかけ、裁判場の中央へと視線を戻した。

 

 

 俺は息を吸い、そして一気に言い放つ。

「さあ、始めよう。俺達と”奴”との最終裁判(けっせん)を」

 

 

 

 

 

学級裁判・開廷!

 

 

 

 

「……で、何から話し始めればいいんだ?」

 前木君が切り出すが、答えた人はいない。

「情報が多すぎて何から整理していけばいいのか……」

『じゃあさ、現時点で分かってることから整理していこうよ!』

 と、突然口を挟んできたのは他ならぬモノクマだった。

「なんでありんすか!! モノクマは裁判の内容には直接口を出さないはずでありんしょ!!」

『それは今までの裁判での話だよ。ボクと君達の決戦なんだから、ボクが同じ決戦の舞台に立つのは当然でしょ? そのためにあれだけのことをして”フェア”な戦いにしてあげたんだから!』

 モノクマが言う”あれだけのこと”とは、捜査の前に起きた一連の出来事を指しているのだろう。

「何がフェアだ。不正に不正を上塗りして無理矢理正当化しただけじゃないか」

『そんなことないよ。小清水さんに薬やら銃やらを隠し持たれたまま裁判になったら、仮に君たちが勝ったとしてもその場で小清水さんに全員殺されるかもしれないでしょ?』

「…………」

 小清水さんは腕を組んだまま何も言わない。

『最後の決戦は思い残すことなくみんなが最高の状態で議論をぶつけあえるようにしたいんだ。だからこそ、ボクもこの裁判に参加している間は”才能”をオフにしておくことにしたんだ』

「才能をオフですって…?」

『”君たちが何を言うのか、どんな議論をするのか”…その演算は即座に行えるけど、それをしないよう機能にロックをかけたってこと。この裁判は、ボクがもともと持っている記憶と知識だけで参加するって言ってるんだよ。そうすれば、初めてフェアな戦いになるでしょ』

「…でも、別にお前を言い負かさなくったって、この学園やお前の目的を暴けばそれで勝ちなんだろ…?」

『そうだよ。だけど、ボクも議論に茶々を入れたりして裁判を盛り上げたいからさー! あ、一応言っとくと、あまりにも議論が停滞してしまったり、袋小路に入り込んで結論が出そうにないとボクが判断したらそこで議論はオシマイ。そこらへんの判断もフェアにやるからビビらなくていいよ』

「なんて言うか……結局全部モノクマ任せなんでありんすね……」

「まあ、このコロシアイ自体モノクマのワンマンショーなわけですし…」

 山村さんの言うとおり、最後までモノクマのゲームに付き合わされる形になっているのは癪に障る。

 けど今は、モノクマの言う通り議論をぶつけ合ってモノクマに勝利するしか道はない。

 このタワーが完全に破壊されてしまう前に……。

 

「…みんな、今は時間がない。議論を進めよう。まずは今分かっていること…。例えば、土門君の処刑の後に知らされた”このコロシアイの場所”…とか」

 俺は手を叩いてみんなの思考の矛先を議論に向けさせる。

「そこから振り返るのか? えっと……ここは土門が建てた”絶望タワー”なんだよな。屋上に何度も行ってるし、伊丹がああいう死に方をした以上……ここがタワーなのは間違いないよな」

 前木君の言葉に沿って俺は四回目の事件の後の議論を思い返す。

 

「おそらく、このタワーは希望ヶ峰学園の施設として建てられている。いくらモノクマといえど、校舎設備やプールを1から自前で建設できるとは思えないから、これらの施設は元からこのタワーに備わっていたモノと考えられる」

「つまり、ここは本当の意味で希望ヶ峰学園特別分校だったってことですか…?」

 山村さんの言葉に俺は頷く。

「希望ヶ峰のシンボル兼新しい教育施設として土門君が設計したんだろう。結果的には外界と隔絶されていてコロシアイの舞台に最適と判断されてしまったわけだけど…」

 その判断を下したのが過去の自分だと思うと腹立たしいやら悲しいやら、複雑な気分だ。

 

「…じゃあ、あちき達はいつからこのタワーに来たんでありんすか? あちきに至ってはずっとあの監獄部屋に閉じ込められていたわけでありんすけど…」

「…それを推察するには、まず今この世界が大局的にどうなっているのかを知らなきゃいけない。信じがたいことばかりだけど、俺達が見つけてきた情報は紛れもない真実だ」

『オッケー、流石ボクだね! じゃあ次は”この世界と希望ヶ峰学園に何が起きたのか?”をテーマに話し合ってみよう!』

 黙れ、と口には出さず目線でモノクマに伝えた。

 

 

【ノンストップ議論開始】

 

 

山村巴:「確か第四の裁判が終わった後…」

山村巴:「モノクマがこの裁判場の壁を透明にして」

山村巴:「外の世界の景色を見せてくれましたよね!」

前木常夏:「その時見た下界は信じがたいほど荒れていたな…」

小清水彌生:「下界で何か破滅的な事態が起きたのは間違いないようだけれど」

前木常夏:「にわかには信じがたいことだな…」

吹屋喜咲:「あ! あの時見せられたのは外の景色じゃなくて…」

吹屋喜咲:「壁に映し出されたホログラムっていう可能性もあるでありんすよ!:」

 

 

「小清水さんの言うとおりだ」

 

【使用コトダマ:外界の真実

 タワーの下界は絶望に包まれた世界と化しており、無秩序な破壊や殺戮が繰り返されている。

 

「吹屋さんの言うことを信じたい気持ちはあるんだけど、残念ながら俺達があの時見た光景は真実と思わざるを得ない…。俺達の記憶が数年間失われていた以上、何か世界に大きな変化があっても不思議じゃない」

「…何より、最初の動機が世界の異変を何よりも如実に物語っていますよね」

 山村さんの言葉で一同は再び最初の動機へと記憶を遡らせる。

 あの時、家族の身に何かが起きたことを証拠付きで示された。

 ここにいた15人の家族に同時にそのようなことが起きたのだとしたら、それはもう世界そのものに何か重大な変化が起きたとしか思えない。

 

「でもよ……そんな状態に世界が陥ったのっていったいどうしてなんだろうな…。まさか核戦争とか?」

「そんなことになってたらそもそも街もこのタワーも消し飛んでるでありんすよ!」

「でも、それくらいの惨劇か天災でもなければあれほど街が荒れ果てることに対して説明がつかないと思うんですが……」

 

 それを説明できるのは、あの情報しかない。

 にわかには信じがたいことだけれど……。

 

【提示コトダマ:人類史上最大最悪の絶望的事件

 このコロシアイの少し前に希望ヶ峰学園本校舎で起きたとされる生徒の大量殺人事件。この事件を機に世界に絶望が蔓延したとされる。

 

 

「実は……世界がこうなってしまった原因は他ならぬ希望ヶ峰学園にあるみたいなんだ…」

「……は? マジで言ってんのか?」

 前木君が思わず身を乗り出す。

「あちきが見つけたあの資料でありんすね。希望ヶ峰学園の本校舎で悲惨な事件が起きて、それを機に世界に絶望が広がっていったって……」

「…なんだか漠然としてますけど……それ本当なんですか…?」

 山村さんが怪訝そうな顔で尋ねる。

 

『それについてはボクから補足! ごめんね、その資料くらいしか情報与えられなかったコッチも悪いんだけど、その事件が起きたのも、事件から世界中が絶望に包まれたのも本当だよ! そもそも希望ヶ峰には”予備学科”っていうのがあって、高い授業料を払えば才能が無くても希望ヶ峰のネームバリューを得られるんだけど、そこで本校舎に対する”パレード”っていう名の……あーもうめんどくさい!! ここらへんはカット!! とにかく、その事件によって世界に絶望が広がったってことだけ分かればいいよ』

 急に何かを語りだしたかと思うと、飽きて説明をやめてしまうモノクマ。

 本当にコイツの考えることは全く分からない。

 

「…モノクマが真実と言うなら真実なんだろう。今度こそこいつがズルをしてないのなら…な」

 前木君がモノクマを睨みながら言った。

「あんなことをしてまで俺達と対等にしたんだ。今更嘘は言わない…と思うしかないね」

 俺はそう言いながらモノクマに付けられた腹の傷を撫でる。

 モノクマからの攻撃と小清水さんの反撃が脳裏をよぎる。

 モノクマは自分が犯した不正を帳消しにするために俺達の攻撃を誘った。

 そして今は自らの才能にロックをかけている…。

 そうまでして最終裁判に臨んでいるモノクマの言葉なら、ひとまずは信用してもいい…のだろうか。

 

「しかし……その”人類史上最大最悪の絶望的事件”が本校舎で起きたことと、俺達がこのタワーでコロシアイをさせられたことがどう関係してくるって言うんだ?」

 そう―――一見無関係に見える二つの事象。

 だけど、たった一人の人物を挟むだけで、その事象は綺麗に線でつながってしまうのだ。

 

 

【提示コトダマ:”超高級の絶望”江ノ島盾子

 ”人類史上最大最悪の絶望的事件”を巻き起こしたとされる希望ヶ峰学園78期生の生徒。”超高校級の絶望”の中では神格化されており、多くの信者が存在している。

 

 

「…みんな、”江ノ島盾子”っていう人に聞き覚えはある?」

「え…? 中学生の身でファッション誌に引っ張りだこのギャルですよね」

「そういえばさっき捜査してる時もその名前を出してたな。何か関係があるのか?」

「この写真を見れば分かるでありんす!」

 吹屋さんは先ほどの書斎から持ってきた江ノ島盾子の写真を掲げた。

「ほら、ここの…髪留めのところ」

「……ん? モノクマ……?」

「つまりその女が”超高校級の絶望”―――釜利谷三瓶や伊丹ゆきみ達の頭目だったってことよ」

 痺れを切らした小清水さんが付け加える。

「…えぇ!? 大人気ギャルが”絶望”の頭!? 絶望に指導者がいるとしても、もっとヤバい独裁者みたいな人かと思ってました……」

「山村の言うとおり、ピンとこない話だが…。今は時間がないし、とりあえずそれが本当だとして話を進めよう。で、その江ノ島盾子ってのは具体的に何をしたんだ?」

 

「…資料によると、彼女は”超高校級の絶望”の中で神格化されていたカリスマ的存在で、”人類史上最大最悪の絶望的事件”を巻き起こした張本人らしい。つまり、世界に絶望をバラまいた元凶ということだ」

「…たった一人の少女がそんなことをしでかすなんて……まさに人類史上最大最悪の悲劇でありんすね……」

「話の本質はそこじゃないでしょう。結局、私達がさせられているコロシアイとその女がどう関わっているかというのが主題のはずだけど」

 テンポよく話を進めないとますます小清水さんが腹を立ててしまうな…。

 結論を端的に示さなきゃいけないな。

 

 

【ノンストップ議論開始】

 

山村巴:「江ノ島盾子という人と私たちのコロシアイの関係性、ですか……」

葛西幸彦:「中学生時点でそれだけ有名な人なら…」

葛西幸彦:「きっと高校に上がった後に希望ヶ峰にも呼ばれていたんだろうね」

吹屋喜咲:「希望ヶ峰にいる間にあちき達と何かあったとか?」

前木常夏:「仮に何か関わりがあったとしても…」

前木常夏:「記憶を消されている以上分かりようがないよな」

小清水彌生:「そう決めつけるのは尚早だと思うけど」

小清水彌生:「私たちの中に潜んでいた”絶望”が何をしようとしていたのか…」

小清水彌生:「そこに焦点を当てればおのずと答えは見えてくるはずよ」

山村巴:「私たちの中の……?」

 

 紛糾する議論。

 未だ答えは見えないが―――。

 ここでモノクマに負けるわけにはいかない。

 見つけ出せ。

 コトダマの中に隠れた答えを。

 

前木常夏:「俺達の中ってことは…」

前木常夏:「伊丹や御堂、三ちゃんのことか?」

吹屋喜咲:「もしかしたらサンディは…」

吹屋喜咲:「盾子ちゃんの命令でコロシアイを起こそうとしたとか!?」

山村巴:「江ノ島さんが…?」

前木常夏:「いや、そういえばさっき見つけたアレに…」

 

 

「吹屋さん、それは違う……けど、限りなく惜しい」

 

 

【使用コトダマ:釜利谷の手記

 このコロシアイの主催に協力した釜利谷が残した手記。江ノ島盾子が起こそうとしているコロシアイの内容を参考にし、これを再現するために葛西に協力を求める旨が書かれている。

 

 

「さっき荷物集積所で山村さんが見つけた釜利谷君の手記…。そこにその謎の答えが隠されているはずだ」

「えっと…私が‥? どんな内容でしたっけ……」

 顎に手を当てて思い出そうとする山村さんの言葉を聞いて、前木君が実物の手記をポケットから取り出す。

 

『信頼できる筋から盾子様のコロシアイ計画を入手した。これをそのまま脚本の舞台として使用したい。ルールの詳細を送るのでそちらはシミュレート結果を送るように』

 

「その手記から読み取れることは三つ」

 と小清水さんが説明を付け加える。

「一つは、釜利谷三瓶と江ノ島盾子は直接やり取りできる関係ではないということ。もう一つは江ノ島盾子もコロシアイを実行する予定だったこと……というより、文脈を見る限り江ノ島盾子が先にコロシアイを立案したようね。そしてもう一つは、その内容を未来予知の才能を持つ葛西幸彦の能力でシミュレートしたこと」

『お見事! そもそもこのコロシアイのシステムやルールは江ノ島さんが最初に考えたものであってボクはそれをそのまま使わせてもらっただけなんだよね~』

 玉座に胡坐をかきながらモノクマが述べる。

 

「つまり釜利谷君は、江ノ島さんが行うつもりだったコロシアイの情報を先取りして、かつての俺と共にコロシアイを模倣したんだ。……自分たちのクラスメートを使って」

 そして、俺がそう結論付ける。

 一体、過去の俺は何をしようとしていたのか…。

 それをこれから解き明かしていこう。

 

 

『いいねー! ここまではいいテンポだよ! その頑張りに免じてボクも張り切って話題を振ってあげましょう!』

 真実に近付くということは敗北に近づいていることのはずなのに、何故かモノクマは楽しそうに見える。

『次は”このコロシアイの黒幕”について話し合ってちょーだい!』

「コロシアイの黒幕……? アルターエゴⅢに移された昔の葛西……じゃないのか…?」

「つまり葛西幸彦という人間に関する謎を解けということでしょう。ここにいる葛西幸彦はなんなのか……とかね」

 前木君の疑問に小清水さんがそう付け加える。

 

 ここにいる俺……。

 俺は一体何なのだろう。

 今までに分かったこと、今の俺自身の記憶や意識と対話しながら議論を進めていこう。

 

 

【提示コトダマ:超高校級の脚本家・葛西幸彦

 アルターエゴⅢに人格を移植してモノクマを動かし、このコロシアイを取り仕切っていた首謀者。記憶を消される前の葛西本人。

 土門隆信を仲間に引き入れ、”超高校級の絶望”と協力関係を築くことでコロシアイの実現を達成した。

 

 

「既に示された通り……そこにいるモノクマの中身は俺、葛西幸彦だ……。記憶が消されている以上、昔の自分が何を考えていたかは想像に頼るしかないけど…。釜利谷君たちと協力関係にあったことだけは確かだ」

「……でも、第二の事件の際、リュウ君からの呼び出し場を貰ってはいなかったんですよね…? ということは…‥葛西君は絶望の一員ではなかったということですか?」

 

 

【提示コトダマ:超高校級の絶望

 78期生の江ノ島盾子を中心とする、”絶望”を至上の喜びとする集団。釜利谷、伊丹、御堂の三名がこの組織の一員として活動していた。

 

 

「うん。恐らく絶望に所属していたのは釜利谷君、伊丹さん、御堂さんの三人だ。土門君と俺は”絶望”とは別の枠組みで動いていたんだと思う」 

 だからこそ、俺は釜利谷君に依頼して江ノ島産のコロシアイ計画を入手させたんだろう。

「ここから考えられる事実は―――」

 

 

 

 

「葛西、残酷なことを言っていいか?」

 

 

 

 

 

【前木常夏の反論】

 

 

 

 俺の議論を止めたのは前木君の鋭い声だった。

「…残酷なこと?」

「ああ。お前が黒幕だって分かってから……ずっと思っていたことだ。できればこの意見を通したくはないが…」

 

 

「お前が自分を信じたいのなら、この意見を断ち切ってほしい」

 まるで論破されることを望んでいるかのように、前木君は重苦しい声で呟いた。

 

 

 

前木常夏:「葛西、お前はひょっとして……」

前木常夏:「黒幕としての記憶が残っているんじゃないか?」

前木常夏:「だってさ、お前には脚本家としての才能があるんだろ?」

前木常夏:「その才能があれば、今までの事件だって裁判なんかしなくても楽にシミュレーションできたはずだ」

 

 

【反論コトダマ:葛西幸彦の才能

 ”超分析力”をもって人物の思考や物理現象等を看破、与えられた知識に基づいた未来を正確に予測する。

 偶然による変動や前提知識の誤り等によっては正確に予測できない場合もあり、未来予測は本人が数分間思考するだけで完了する。

 アルターエゴⅢにも正確にその能力が受け継がれている。

 

 

前木常夏:「だけどお前はコロシアイの中でそういう風に脚本を即座に組み立てた様子はなかった」

前木常夏:「せいぜい、謎解きを率先して進めてたくらいだ」

 

 

【反論コトダマ:コロシアイ生活における葛西の才能

 コロシアイ生活において葛西は、与えられた情報を元に思考を繰り返し、率先して事件の脚本を組み上げていた。

 ただしアルターエゴⅢが持つ完全な”超分析力”には遠く及ばない能力である。

 

 

前木常夏:「お前は自分の脚本通りにコロシアイを進めるために…」

前木常夏:「敢えて才能のことを隠していたんじゃないか?」

前木常夏:「そして、アルターエゴとなった過去の自分と共謀して…」

前木常夏:「あたかも希望側であるかのようにふるまっている」

 

前木常夏:「どうだ? 何か反論の余地はあるか?」

 

 

 

「―――分かった、言わせてもらうよ」

 俺は待っ正面から前木君を見据え、そしてその反論を切り裂いた。

 

 

【使用コトノハ:伊丹の新薬

 伊丹ゆきみが生前開発していたという、”記憶を制御する薬”。記憶だけでなく、人格や才能など脳機能に付随する能力をそれぞれ抑える種類の薬がある。

 ただし釜利谷の記憶制御ほど完璧に制御することはできず、ある種の刺激や衝撃などで封じた機能が復活してゆくことがある。

 

 

「俺の才能が発現していないことは俺自身の認識でしか分からないから君にそれを伝えることはできない…。けど、理論的に”才能を封じる手段がある”ことを伝えることはできる」

「才能を封じる手段……?」

「君が見つけたじゃないか。釜利谷君の研究室にあった伊丹さんの新薬の資料だよ」

「新薬…ですか……?」

「…ごめん、前木君以外にも分かるように話さなきゃいけないね」

 そして俺は試料から得た情報をみんなに語りだす。

 

 

『(名前が書いてあるが解読できない)  伊丹ゆきみが開発した海馬もしくは前頭葉に作用する抗生物質。物質の組み合わせにより効能を変えることができ、(黒塗り)が発見した”才能発現因子”に対しても限定的に作用し、その人物が持つ才能を発揮不能にすることが可能。ただし未だ技術が完成していない部分があり、なんらかの精神的・身体的ショックやダメージの積み重ねで効能が薄れる場合がある』

 

 

「ふぅん。つまり伊丹ゆきみは人の才能を一時的に封じる薬を開発していたということね」

「…じゃあ、今のユキマルはその薬を投与されて才能を発揮できない状態にされたってことでありんすか…?」

 …そう、解釈するしかない。

 だからこそ、自分にそんな才能があると知った時は驚きを隠せなかったんだ。

 

「…そうか……。分かった。葛西…今はお前を信じることにするよ。…反論してくれてありがとう」

 前木君は俺にそう言った。

 彼も、俺を信じたい気持ちだったのだろう。

 

「…いい加減にしてほしいわね。また議論の主題がズレてる。葛西幸彦の才能が封じられたことが重要なのではなく、封じられた才能が()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが重要なのよ」

「……???」

 小清水さんの言葉に吹屋さんが首をかしげる。

「確かに、今までの事件のほとんどで葛西君が一番に謎解きを進めてくれていました…。まるで事件という名の脚本を組み上げるかのように……」

「…………」

 今までに組み上げてきた真実の脚本の数々。

 それ自体、隠された俺の才能のヒントとなっていたわけだ…。

 

「…思えば、後の事件になるにつれて鮮明に事件の内容を頭に組み上げられるようになっていた。さっきの裁判の時も、直感的に入間君が犯人だって分かっていたくらいだったから…。ここで起きた数々の事件が衝撃となって、徐々に新薬の効果が薄れてきたのかもしれない」

 

 以前から折に触れて俺を襲っていた頭痛も、この新薬の副作用と考えれば辻褄が合う。

 俺はずっと――――自分の才能でこの裁判を戦ってきたというのか。

 

 でも、仲間達の未来が俺の頭に浮かんでくることはない。

 まだこの才能は完全に目覚め切っていないのだ。

 目覚めれば黒幕への勝利をより盤石にできるかもしれないのに…。

 

『その通り! 伊丹さんの薬の絶妙な効き具合がこの脚本には欠かせない存在だったんだ。葛西君(ボク)がいなかったらとっくの昔に裁判で詰んで終わってただろうからね! うぷぷぷぷ…』

 

 じゃあ、今ここにいる俺は、脚本を成立させるために……?

 

「そんな……。昔のユキマルにとっては、自分自身さえも脚本を作るための道具に過ぎなかったってことでありんすか…?」

 吹屋さんが震えた声で言う。

「いくら脚本の予言があるとはいえ、完璧に予言通りに事が運ぶとは限らないのは今までに証明されたとおりだ。一歩間違えれば葛西はどこかで殺されていたかもしれない…。そこまでのリスクを負ってでも、お前はこの脚本を作りたかったっていうのか……?」

『もちのろんだよ。ボク自身の命なんて、脚本の成就に比べれば安い代償だよ』

 モノクマは平然とそう言い放つ。

 

 自らの肉体と命を使い捨ててでも脚本を完成させようとする意志…。

 今俺が真実の脚本のために命を捧げようとしているのとまさに同じだ。

 気に入らないが、やはり”奴”は俺なんだと実感させられる。

 

「…こんなことでお前に”自分らしさ”を見出したくはなかった」

 モノクマにしか聞こえない小さな声で俺は吐き捨てた。

 

『もう分かったでしょ? これが”葛西幸彦”という人間の全てだよ。ボクは”絶望”と共謀してこのコロシアイを主宰し、記憶を消した自分自身にその脚本の主人公となってもらったんだよ』

「………」

『この脚本はボクによる、ボクのため…ではないけど、ボクの脚本ってわけ。めちゃくちゃ多くのスポンサーが付いたおかげでやっとここまで来られたよ。本当に感謝だね! もう誰も生き残ってないけど!』

「俺の……脚本……」

 

 モノクマはさらりと、俺という人間を語り終える。

 覚悟を決めて断ち切ったはずの、”自分”に対する不気味さと罪悪感が再び体を這いずりあがってきた。

 俺は思わず裁判台に両手をつく。

 

「…反吐が出るわね。ずっとあなたの一人芝居に付き合わされたかと思うと」

『うぷぷぷぷ…。そうは言うけどね、小清水さん。君も存分にこの脚本を楽しんでいたじゃないか』

「………」

 小清水さんは小さく舌打ちする。

 ”一人芝居”という言葉が俺の胸に突き刺さる。

 

「…俺が一番知りたいんだよ……。どうして俺はこんなことを……。同級生をこんな目に遭わせて、あんなにたくさんの地獄を作り出して……一体何が得られたって言うんだ……」

「葛西君………」

「これから謎を解いて……その答えが得られたとしても……俺はそれに納得できるのか……?」

 

 いや、できないだろう。

 このコロシアイにどんな理由があっても、死んでいった同級生たちの命に勝る価値があるわけない。

 だからこそ、俺はこの裁判に命を殉じることを決めたのだ。

 それでも償いきれる罪ではないけど……。

 

「葛西、お前のつらい気持ちは分かるぞ。でもな、今は倒すべき敵が目の前にいる。明かすべき真実が手の届くところにある。やってやろうぜ…。あいつを倒して、新しい自分に生まれ変わるんだ」

 前木君の力強い言葉に俺は短く頷いた。

「大丈夫ですよ! もしまたあいつが襲ってきてもその時は私が食い止めますから! 謎解きもここでいっぱい経験を積んで、少しはやれるようになったんですよ!」

「ユキマルにはあちきがついてるでありんすよ! ここでサクッと勝って、昔みたいにあちきの噺を聞きに来てほしいでありんす! …って覚えてないでありんしたね…」

 口々に発せられる仲間たちの言葉に、俺は再び勇気づけられた。

 あの地獄を五回生き延びてきた仲間たちの言葉は説得力が違う。

 

 

「そうだね……。みんな、ありがとう。まだ謎は残ってる。一つ一つ、確実に……希望に向かって進んでいこう」

 俺は深呼吸してみんなに礼を告げた。

 

 

 

 

 

 そんな俺達を待っていたのは―――。

 

『じゃ、ボクの役目はここまでだね』

 

 

 ―――モノクマの予期せぬ言葉だった。

 

 

「役目……? どういうことだ」

『ボク……葛西幸彦の出番はもう終わったってことだよ』

「何故ですか!? まだ謎はたくさん残っていますよ!」

 山村さんの言うとおりだ。

 ここで”奴”が勝負を投げていいはずがない。

 

「今更勝負を放棄するなんて許されないぞ、モノクマ!」

『放棄するなんて誰も言ってないよ。最終裁判はまだ続く。ただ、ボクの出番が終わったってだけ』

 モノクマはその言葉と共に玉座に深く座りなおす。

「……? どういうことでありんすか…?」

 

 

『もし、君達が本当の”真実”に向き合う覚悟があるのなら――――』

 

 吹屋さんの問いに答えることなく、モノクマは意味深な言葉を言い放つ。

 

『最終裁判を続けようじゃないか。いいよね?』

 

 

「覚悟…? 今更何を」

 俺はモノクマを睨みながらそう吐き捨てる。

 

 俺はもう、真実のためにこの命を投げ打つ覚悟を得ている。

 これ以上、何を恐れろと言うんだ。

 

『そう。本当に後悔しないんだね。まあ、今更勝負を降りられないのはそっちも同じか。…じゃあ、始めようか』

 

 モノクマはそう言って玉座の上にゆっくりと立ち上がる。

 

 その時、裁判場が大きく揺れ動く。

「危ない! 下がってください!」

 山村さんの怒声が響くが早いか、モノクマが座る玉座のすぐ後ろで、燃え盛る瓦礫が大きく崩れ落ちた。

きゃあ~!!

 吹屋さんが甲高い悲鳴と共に俺に飛びついてきた。

 

「落ち着け! こっちは大丈夫だ!」

 前木君が言うとおり、俺達が立っている場所には瓦礫は降り注いでいない。

 とはいえ、こっち側もいつまで建物がもつか……。

 

 

「………え?」

 

 

 モノクマの背後、崩落する赤い瓦礫の中で……。

 俺の視界が何かを捉えた。

 

 

 

 紅炎の中で蠢く影。

 

 瓦礫をかき分けて何かがやってくる。

 

 

 

「嘘だ」

 

 

 

 意識したわけでもなく、その言葉が俺の口から洩れていた。

 

 

 

 

 

 その影が、俺の記憶の中に存在する”あの姿”と合致していたからだ。

 

 いや、と俺は首を横に振る。

 ありえない。

 

 

 ―――だったら、俺が見てきたものは……。

 

 あの墓場で誓ったことはなんだったって言うんだ。

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 前木君が素っ頓狂な声を出す。

 

 

 

 

『これが、君達が望んだ真実。そして―――”再生”だよ』

 モノクマはニンマリと笑って高らかに言い放つ。

 

 

 

 

 再生。

 その言葉の意味は一瞬にして俺の脳内で実体を得た。

 

 

 

 

 

 そう、”再生”なのだ。

 

 

 

 

 

 

 荒れ狂う炎の中から蘇る様はまるで不死鳥のようで―――。

 しかしその奇跡は、今確かに俺達の眼前で起きている。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「嘘だ………」

 俺は再びそう呟いていた。

 

 

 地獄のような業火に巻かれ、絶望の権化たる絶叫と共に現世から消えたはずの少女。

 その本人が同じような紅蓮の炎の中から蘇り、俺達の目の前に”再生”した。

 

 

 

 

 時が止まった裁判場の中で、少女は一人歩みを進める。

 

 

 

 

――――スクエナイ

 

 

 不気味なほど透き通った美しい声が、俺の脳の奥底にまで響き渡る。

 

 

「スクエナイ世界。スクエナイ人間。スクエナイ希望。スクエナイ。何もかも、全部……スクエナイ」

 

 俺の記憶の中の津川さんからは想像もつかないほど低く、落ち着いていて―――しかし全ての核心を突いているような重みのある口調。

 

 

 

「………リャンピー……?? え……?」

 吹屋さんの震える声が聞こえる。

 

「……本物、なんですか……?」

 半ば呆然と山村さんが呟く。

 

『それはこれから君たちが確かめるんだよ』

 モノクマの声も今の俺達には届かない。

 

 

 

 

「私は……このスクエナイ世界をスクウために全てを捨てた”希望”」

 

 

 

 そう言って津川さんはその手を自らの頭に回す。

 そして、するりとその髪留めをほどいた。

 

 

 

 金色の髪が熱風になびかれて宙を舞う。

 

 

 

「”超高校級のコスプレイヤー・津川梁”だったモノ」

 

 

 

 炎に明るく照らされて黄金に輝く髪と、全てを諦観したような物悲しい表情は―――。

 

 

 

 

「私は――――」

 

 

 

 

 ――――この世の終わりと見紛うほどに、美しかった。

 

 

 

 

 

「――――”超高校級の希望”、家定霧雨(いえさだ きりう)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

こんな時だからこそ笑うのだ!

 

 

 

 笑って  やり過ごす  のだ! 

 

 

 

 

 それ   こそ    が !

 

 

 

 

 

 

  愛と  希望  の   戦士     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホー   プ 

 

 

 

 

 

   仮 面の  

 

 

 

 

  生き  様 

 

 

 

 

                                   だッ  ‼︎    』

 

 

 


 

 

 

 もう、彼女は笑わない。

 

 

 

 

 

 

「―――今度こそ、スクウ。希望無きこの現世(うつしよ)。絶望を彷徨う人の子達。今度こそ全てをスクってみせるなり。例え()()()()が無理だとしても、()()()()()は必ず……」

 

 

 

 

 ”家定霧雨”と名乗った少女は静かに告げる。

 ()()()のような屈託のない笑みではなく、この世の全てを憐れむような悲しい表情を浮かべて。

 

 

 

 

 

「……さあ、全部終わらせるなりよ。()()()()の大好きな、スクエナイ仲間達―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学級裁判・中断

 

 

 

 

 

 




昔のスチル描きなおしたいなあ…。
キャラ立ち絵リメイクもちょいちょい進めていかねば。

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