エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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このところ私情で忙しく、投稿がかなり遅れたことをお先にお詫び申し上げます。早いところChapter1の終わりまで投稿しちゃいたいですね…。


chapter1 (非)日常編③

 

 ◆◆◆

 

 こんなに楽天的でいいのかと思い悩んでしまうほど穏やかな朝がやってきた。

 

「おはよう、オメーラ!7時だぞ! 起床時間だ! 今日も頑張れよな!」

 穏やかな朝を飾る音声は、小鳥のさえずり…ではなく、あの耳障りなモノパンダのアナウンス。

 まだこうして迎える朝は二回目だというのに、そして状況が状況だというのに、やけに心は落ち着いている。

 まるで、何年間もこの部屋で過ごしていたかのような不思議な安らぎを感じる。

 

 

 ……などと、のんきなことを言っている場合じゃないんだ。

 本当に、ここに助けは来るのだろうか?

 携帯もいつの間にか奪われていて連絡もつかないのだし、もうそろそろ家族が不審に思っていてもおかしくはないはずだが……。

 

 

「あ、葛西。おはよー」

 食堂に入ると、亞桐さんの挨拶で迎えられた。

「おはようございまする」と丹沢君、「おはよう」と笑みを浮かべるのが小清水さん。

「よお」と元気に手を上げて挨拶してくるのが土門君で、「おはようござます!」と一礼するのが山村さん。

「おっすおっす」と安藤さんが一風変わった挨拶を飛ばしてくる。

 

 なんでだろう。

 この挨拶の光景も、不思議と慣れているように感じてしまうのは。

 まだ三日目なのに、ずーっと一緒に暮らしているような錯覚。

 これはいったい何なんだろう?

 

 …と、何気なく食堂を見回すと、離れたテーブルではあるが御堂さんも座っていた。

 椅子に深々と座り、足を組んで休憩室にあったと思われる工学系の雑誌に目を通している。

 昨日は全く姿を見かけなかったので少し心配だったが、普通にしている彼女の姿を見て安心した。

 と思ったのもつかの間。

「物珍しそうにじろじろと見るな」と雑誌から目を離さないままの彼女に凄まれ、俺は慌てて目線をそらしたのだった。

 どうやって俺の視線に気づいたのだろう…?

 

「おはようございます!」と厨房から顔を出したのは入間君だった。

 また料理の担当を買って出たようだ。

「先日はフレンチをお届けした私ですが、今回はなんと! イタリアンをご提供いたします! 濃厚なピッツァにフレッシュなサラダこそ朝食にはふさわしいでしょう?」

 朝からピザというのも中々お腹には重たいと思うが…。

 そんなこんなで入間君のイタリアンがテーブルに並べられた。

 前も言ったが、彼の料理は決して味は悪くないのである。

 むしろ一般のレストランと比べても遜色ないくらいには上手だ。

 チーズの良い香りが鼻をつく。

 それに呼応するように胃がグーと音を立てる。

 

「おい、どういうつもりだ」

 背後から棘のある言葉が飛んできた。

 振り返ると、御堂さんが目の前に立つ入間君を睨みつけていた。

「どういうつもり、とは? あなたの分のイタリア~ン!を運んだだけですが」

「私は私の作ったものを私のタイミングで食べる。貴様から恵んでもらういわれなどない」

 御堂さんは明らかに苛立った口調で入間君を威嚇するが、彼はお得意の高笑いでのらりくらりと怒りをかわしている。

「おやおや、それではなぜあなたはここにいらっしゃるのですか? 皆様と一緒にお食事に興じたいのではないので?」

「ふん、誰が。貴様らの他愛ない会話から少しでも脱出の手がかりを得ようと思い立っただけのことだ」

「はっはっは! では私から情報を得るための秘訣をお教えしましょうか? それはトーク、そしてスキンシップですよ! 他人との関係を良好にしてこそ核心に触れることができるのです。お分かりですか?」

「私に向かって説教か。実に忌々しい男だ。私には私のやり方がある」

「そうおっしゃらず、せっかく作ったのですから食べてくださいよ、ね?」

 入間君の執拗なアピールに根負けしたのか、御堂さんはため息をついて「分かった」と答えた。

「ならばお前が先に毒見をしろ。私の目の前でな。この中に殺人を目論む者がいないという保証はないのだからな」

 御堂さんが不愛想に放った一言は、その場を凍り付かせた。

 

 そう。 

 俺たちは殺人を強いられている。

 誰かを殺さなければここから出られないというモノパンダの言葉が脳裏によみがえる。

 忘れてはいけない。

 それが現実なんだ。

 

「バカみたい」と口を開いたのは、伊丹さんだった。

「そんなルール気にしてるの、あなただけよ。誰も信じられず、殺人なんて概念に怯えてるなんて、可哀想な人」

「”あらゆる可能性を加味する”のが貴様の信念ではなかったのか? まあ、一番毒を盛りそうな疑いがあるのは薬剤師に間違いないだろうがな」

「あのさぁ…ほんと勘弁してよ、そういうの」

 亞桐さんが呆れと怒りの混じった声で注意した。

「全くだよ。そういうこと言わなければ誰も殺意なんて芽生えないだろうによ」

 前木君がそれに続く。

「能無しどもめ…。昨日一緒になってバカ騒ぎしていた友人の姿が本当の姿だと思っているのか?」

「おいおい、そりゃどういうことだ」

 土門君が不審げに尋ねると、御堂さんは不敵な笑みを浮かべた。

「昨日、お前たちはそれぞれ数人で群れて騒いでいたようだが、そうやって騒いでいる間にもそいつらのうちの誰かが殺人の計画を考えていたかもしれないと言っているんだよ」

 御堂さんの言葉が俺の胸に突き刺さった。

 そして俺は、昨日一緒に過ごした人たちの顔を見ていた。

 

 彼らのうちの誰かが、昨日一緒に過ごしたあの楽しい時間の合間に……誰かを殺す計画を着々と練っていたというのか?

 

「バカじゃないの? 群れることすらできない人の負け惜しみにしか聞こえないけど」

 伊丹さんは毒を吐きながら平然と紅茶を啜っている。

「そう思いたいなら思っていろ。どちらが本当の馬鹿かは、お前が死んだときに判明するのだからな」

 

「ストップストップストーーップ!! この話題はおしまい!! はいはい、やめやめ!!」

 またもや丁度いいタイミングで入間ストップがかかった。

「要は、わたくしがあなたの食事を毒見すれば済む話でしょう? 構いませんよわたくしは! さあさ、そうと決まればわたくしは御堂様の目の前で食事をいたしましょうか!」

 そう言って入間君はそそくさと自分のプレートを御堂さんのテーブルへと運んでいった。

 

 まさに冷や汗もの、一触即発の状況だった。

 また俺は何も口出しすらできなかった。

「両者の迫力に気圧されて仲裁すらできませんでした…。いやはや恥ずかしい限りです」と反省する丹沢君を責めることはできない。

 どうしたら御堂さんは俺達に心を開いてくれるんだろうか……。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 食事が終わり、再び各自解散して自由時間となった。

 

「葛西殿、それに釜利谷殿と安藤殿。お時間はございまするか?」

「うん…? 大丈夫だけど…」

 丹沢君に呼ばれ、連れていかれた先は……なんとトラッシュルームだった。

 

 入り口からすぐのところにシャッターが下りており、それ以上先に進むことができなかった。

「モノパンダからこの場所の説明を依頼されました。お三方とも、まだ自室の部屋のゴミを捨てたことがないでしょう?」

「あ……」

 すっかり忘れていた。

 はじめはモノパンダが勝手にゴミを持って行ってくれるのではないかと淡い期待を抱いていたが、まったくそんなことはなく、今となってはゴミ箱の横には満杯のゴミ袋が並んでいる…。

「うぬぬ……仕事が忙しくて忘れておったわ…」

「はー、ゴミ捨てとかメンドクセー。誰かやってくれればいいのにな」

「そうおっしゃらずに! ここはモノパンダの悪意に溢れた部屋なのですから!」

「モノパンダの…悪意……?」

「その通りです!」と丹沢君は横の壁に取り付けられたスキャナーのような装置を指さした。

「まずはあの装置に電子生徒手帳をスキャンします。このように」

 そう言って丹沢君は自らの電子生徒手帳をスキャナーにあてた。

 すると、スキャナーについているライトが緑色に光り、シャッターがゆっくりと上がり始めた。

 

 シャッターの奥には、焼却炉と思われる大きな機械が鎮座していた。

「なるほど、あれにゴミを放り込むのだな!」

 安藤さんが納得したようにうなずいた直後、「詰めが甘いですぞッ!!」と丹沢君の怒号が飛んできた。

「ゴミを放り込むのは正しいのですが、油断していると……ほら!」

 丹沢君が言うと同時に、シャッターがゆっくりと降りてきた。

「ええ、こんなに早くシャッターが下りるの!?」

「それがこの場所の恐ろしいところです! 一旦閉じ込められると他の人に開けてもらわない限りここから出ることができないのです! どういう意図かは知りませんが、まことに厄介なものです…」

 

『失礼なーっ!!』

 聞きなれた、しかしもう聞きたくはない声が響いた。

「ぬう!? モノパンダ!? 出て参れ!」

 安藤さんが変な構えをとりながら叫ぶ。

「もう出てますよーだ!!」

「うわっ!」

 いきなり背後で言われたので、俺は驚いて振り返った。

 目前には、確かにあの忌々しいヌイグルミ……モノパンダがいた。

 昨日一日姿を見なかったせいで若干印象が揺らいでいたが、俺たちに殺人を起こさせようと企む悪の権化であることに間違いはない。

 今にも踏みつけてやりたいが、そんなことをすれば命の保証はない。

 それが余計に腹立たしい…。

 

「あのなぁ、これはオイラの心遣いなんだぞ? 退屈な共同生活で飽き飽きしないように、日常の何気ないところにアクティブなエッセンスを加えてあるの! その方が楽しいだろ?」

「確かに!」と即同意する安藤さんも安藤さんだ。

「なんと! それだけのために昨日入間君は五時間もここに閉じ込められる羽目になったのですか!? 何と許しがたき所業か!」

 丹沢君は右手を握りしめてそう言……って…

 入間君が閉じ込められた?? 五時間も??

「あー、そうだったな。ほんと、身をもってこの部屋のルールを示してくれたんだもんな! 感謝するよ」

 ケラケラと笑うモノパンダを蹴飛ばしてやりたい。

「ちっ……さっさと消えろよ、クソグルミが…。気分が悪くなんだよ」

 釜利谷君が低い声で威圧すると、モノパンダはがっくり肩を落としながら「分かったよ。どーせオイラは誰も見に来ない田舎の動物園のパンダのように一匹寂しく笹を噛んでるのがお似合いってことだろ…?」と伝わりづらい例えを残して去っていった。

 

「ここの説明はもうねえだろ? 俺は部屋に帰るぞ」

 その言葉と一度の舌打ちを残して、釜利谷君はさっさとトラッシュルームを後にした。

「えーと…用が済んだようでしたら…拙者もこのあたりで」

 丹沢君も去ってしまい、去るタイミングを見失った俺と何やら考え事をしている安藤さんだけが残った。

「…あー、じゃあ俺も失礼して」

「思い出した! 葛西殿!」

 突然素っ頓狂な声を上げられ、「はい!?」と裏声で答えてしまった。

「一昨日の夜の恩返しが用意できたのでな、吾輩の部屋まで来てたもれ」

 …一昨日の夜?

 ああ、そういえば黄金銃をあげたんだっけ。

 撃てもしない銃のどこに魅力があるのかは知らないが、ひどく喜んでいたっけ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 そうこうしているうちに俺は安藤さんの部屋まで連れてこられた。

「おじゃましまーす……って」

 ……うわぁ。

 想像はしていたが、あちこちに紙屑が散らばったひどい状態の部屋だ。

 二泊しかしていないとは思えない。

 どうやったらこれだけのボツ原稿を部屋にばら撒けるのだろう?

「いやあ散らかっていて申し訳ない。ベッドにでも座ってたもれ」

 足の踏み場に気を付けながらベッドに座ると、「ほれ」と一枚の色紙を渡された。

 手に取ってみると、そこには見たことのない男性キャラクターが…メガホン?を振りかざして何かを叫んでいる絵だった。

「いやあ…吾輩もモノモノマシーンを引いたのだが、メダルが一枚しかなくてな…。出てきたのがサインペンだったのだが、それを送るのもどうかと思い、いっそのことそのサインペンで何か作品を描こうと思って」

「え…? これサインペンで書いてるの…? 線細すぎない…?」

「むわっはっは、吾輩の技術を馬鹿にしてもらっては困るぞ! そこに描かれておるのはお主…つまり葛西幸彦その人じゃ!」

「ええええええ!!? これ俺なの!!?」

 興奮のあまり唾を飛ばして叫んでいた。

 このかっこいいキャラクターは俺なのか。

 コンビニの店頭に並んでいる漫画雑誌の表紙のような絵柄に自分が入り込んでいるという事実には興奮せざるを得ないだろう。

「左様……。そうさな、葛西殿の能力は”メガホンを通して喋った事象が現実となる”能力でいかがか?」

「へ?」

 能力? どういうことだ?

「つまり、吾輩の次回作に葛西殿をモチーフにしたキャラクターを登場させようというのだ!!」

「えええええええええ!!??」

「いや、待てよ。メガホンで叫んだだけで実現するのは強すぎる。”台本に書き込んだ事象が実現する”とした方がよいか。その上で”専用の台本があり、それ以外に書き込んでも作用しない”という制限と”『無敵になれる』などのように整合性と因果性のない事象は実現しない”という制限をつければ丁度良いか。…ではメガホンにはどういう用途を与えようか…?」

 あまりの超展開に事態が呑み込めない俺をよそに、安藤さんはじっと顎に手を当てて熟考していた。

 内容は違えど、その様子は夢郷君にも似ている。

 

「ってゆーか…その能力、落ち着いて考えたらちょっと性能の落ちた”あらかじめ日「言うなァ!!」

 安藤さんのストップはいりました。チョップもらいました。

「吾輩とて、パロディなどという無様な行いはしとうない。この案は考え直しじゃあ!!」 

 そう言って安藤さんはメモ書きをクシャクシャにして紙屑の山に投げ捨てた。

 ああ……こんなにあっさり大作への出演のチャンスを逃すなんて。

 

「っていうか……安藤さんってバトル漫画とか描くんだね。てっきり女流漫画家っていうから…その、恋愛漫画とか描いてるのかと思ってた」

「なぬぅ!?」と安藤さんは突然俺に顔を寄せてきた。

「恋愛など現実でもできるではないか!! 吾輩はしたことないがな! 吾輩はもっと超現実的で超絶燃える展開を描きたいのだ!! 濃厚な男同士の友情など…燃えるではないかッ!!」

 ……なんだか変な方向の話題に聞こえてしまうのは気のせいだろうか?

「ゆえに吾輩はバトル漫画のみを専門としておる! 漫画は楽しいぞ! 退屈な現実世界の日々を忘れ、自分の思い描いた通りの世界に精神を運ぶことができる…。そこでは物理法則など関係ない。己の気の向くままに氣功を操り、思念を具現化し、ドラゴンを駆る!! 仲間との協力、仇敵との確執、そういったものを経て大いなる器へと成長を遂げ、最後には全世界の救い主となるのだッ!!」

 入間君を連想させるほど大げさなジェスチャーを作りながら安藤さんは熱心に自分の信念を語った。

 

「時に葛西殿、吾輩の作品は読んだことはおありか?」

「もちろん。有名雑誌に載ってるやつなら大体。個人的には『ジェジェの微妙な冒険』が好きかな。豊富なキャラとか名言とか。あれを一人で考えてるのはすごいよ」

「いやあ、名言なら葛西殿の映画の方が多い気もするぞよ?」

 そうかな……? 自作のことはあまり印象に残っていない。

 安藤さんほどの大物に褒められるとなんだかこそばゆい気分だ。

「吾輩の作品を読んでいただけるとは嬉しい限り。だが、吾輩はまだ自分の作品に満足しきれてはおらん」

「…まだ? あれほど面白い物語が描けるのに?」

「成功してきた話だって、一度で成功したわけではない。この部屋の紙屑の量を見れば一目瞭然であろう? 何度も何度も添削と書き直しを繰り返し、それでも納得いかず時間をつぶしてしまうなどは日常茶飯事。今までの作品はそうやって築き上げてきた。しかし、まだ吾輩は自作を完璧と感じることはできずにいる」

「…安藤さんにとって完璧な作品って、どんな作品なの?」

 俺がそう尋ねると、安藤さんはまた顎に手を当てて考え込む。

「なんなのだろうな。熱い作品…には間違いないのだろうが。それだけではやはり足りん。分からぬ。吾輩には分からぬ。だが、それが分からぬまま描くのもまた一興であろう。これだから漫画は楽しい」

 そう呟く安藤さんの顔つきは、まさしく「超高校級」そのものだった。

 彼女も間違いなく、自分の職分に対してどこまでも真面目なプロフェッショナルなのだろうという確信を持った。

 

 その時だった。

 安藤さんの部屋のインターホンが鳴った。

「うん? どなたかな?」

 安藤さんはすぐに扉に駆け寄り、ぐい、と開いた。

 

「……え、ちょ」

 安藤さんは驚きの形相で一歩後ずさった。

「なに? どうしたの?」

 そのただならぬ様子を見て俺も彼女のもとに駆け寄り、そして……

 

 

 足が止まった。

 

 

 部屋の前に立っていたのは。

 

「オイ………」

 

 

 山村さんだった。

 ただし……

 

 

「オレはいつになったらここから出られんだよ?」

 

 

 関わっちゃいけない時の彼女だったのだ。

 

 

 

「山村殿覚醒キタコレ(二度目)!!」

 

 ええ!? 感動で後ずさってたのか!?

 いや、笑っている場合じゃないぞ。

 

「なあ、答えろよ……なんで助けは来ねえんだ?」

「最高じゃあ……もっとそのオーラを近くで見せてたもれ…」

「ちょっと、近づいたらまずいよ!」

 俺は一生懸命安藤さんを部屋の中に引きずり込んだ。

 ずん、と彼女は部屋の中に一歩入りこんできた。

 

「ああ……そうだった…忘れてたよ」

 ふと山村さんは呟く。

 

 

「……誰か殺せば、出られんだっけ?」

 

 

 ………最悪だ。

 

 俺と安藤さんの二人がかりでも、山村さんに勝てるはずがない。

 どうすれば?

 

「あれ、なんだか、山村殿……」

 

 どうすればいい??

 

 助けて……

 

 

 誰か……

 

 

 

 

「腕、短くね?」

 

 

 安藤さんのその一言が山村さんの足を止めた。

「あ……え……ほ、ほんとだ……」

 

「ぐ……!」と今度は山村さんが後ずさる。

 

「そ、そうか……腕の長さは考慮してなかったなり……」

 彼女の口から飛び出てきたのは、どこか聞き覚えのある口癖。

「なんだ、お主だったのか」

 すべてを悟ったかのような口調で安藤さんは笑いかけた。

 

「そう…アタシは……」

 

 

「リャン様なりーーー!!!」

「うわああーーー!!」

 なんだか茶番のようだが、一応リアクションはとっておいた。

 

 

 山村さんの髪型を再現したウィッグを外すと、津川さんはベッドにちょこんと座りこんだ。

「いやあ、一時は本当に騙されたぞい。すごいものよ」

 安藤さんが感服の意を述べると、津川さんはえへへ、と照れ笑いした。

「よく山村さんの衣装用意できたね。自分で作ったの?」

「いやいや。前にも言ったなりよ? リャン様のお部屋には現在三百着の服があるなり。制服なら七十着ほど、その中にたまたま巴たんと同じ制服があったなりよ! ウィッグもまた然り!」

 津川さんはそう自慢げに述べた。

「そういえば……今は腕の長さで看破できたが、身長はどうしておるのだ? たしか、お主と山村殿は20cmほど差があった気がするが……」

「にゃははっ!! 身長はこの”超厚底ブーツ”で好きなだけ補えるなりっ!!」

 そう言って津川さんは履いている長いブーツを見せてきた。

 彼女がブーツから足を外すと、確かに足の長さよりはるかに長いブーツであることが分かる。

 まるで竹馬のようだ。

「すごいね…。こんなアイテムもあるんだ」

「リャン様は生まれつき背が低いから、特注で作ってもらったなりよ! おかげで大人の人にも楽々化けられるなりっ! でも腕の長さは不覚だったなり。やはり身長差10cm以内の人じゃないと無理があるかも…」

 うーん、と考え込む津川さん。

 

「……あのさ、津川さん」

「うん? どうしたなり?」

「こういうのって…言わない方がいいのかもしれないけど。一昨日のこと…もう気にしてない? 大丈夫?」

 傷口を開くようなことは言いたくないのだが。

 無理をして明るく振る舞っているのではないかと心配だったから、あえて聞くことにした。

「うむ? 一昨日のこととは…?」

 安藤さんが不思議そうに尋ねてくる。

「あ、いや、ちょっと…伊丹さんにキツめのことを言われて…落ち込んでいたみたいだから…」

「あ、ああ……伊丹殿か…」

 そういえば、安藤さんも一昨日の食事の時に怒られて憔悴してたっけ。

 津川さんの心はよく分かるのだろう。

「…え、えへへっ。もう大丈夫なり。ちょっと傷ついたけど…ゆきみたんの言ってることは何も間違ってなんかないなりよ」

 津川さんは恥ずかしそうに頬を赤らめながら呟いた。

「それに、ゆきみたん、あの後ちゃんと謝ってくれたし。もうこの件はこれで解決なり」

「…そうか。それは良かった」

 どうやら杞憂に終わったようだ。

 悪いこと聞いちゃったかな。

 

「リャン様…。意外とナイーブなのですな。これがギャップ萌えというやつか?」

 安藤さんが呟くと、津川さんは少しうつむいて「リャン様はね……たまに自分がすごく嫌になるなり」と呟いた。

「体がちっちゃくて、体力もなくて、頭もそんなに良くなくて。何の取り柄もなくて、友達もあんまり多くなくて。何のために生きてるんだろうって思うことがよくあったなり」

 それは、初対面の彼女からは想像もつかないほど後ろめたい言葉の数々だった。

 やはり、こちらが彼女の本性なんだろう。

「…でも、コスプレをしてる時だけは違って。みんなと一緒に騒げるし、みんながリャン様を必要としてくれて。コスプレとの出会いがアタシを変えてくれたなり」

「ふむふむ。好きこそものの上手なれとはよう言ったものよ。コスプレしているときのリャン様はこの上なく輝いて見えるのはそのためであったか」

 安藤さんは感慨深くうんうんと頷きながら言った。

「その通りだね。これからも君に好意的でないことを言う人はたくさんいると思うけど、負けちゃダメだよ。君は君の生きたいように生きればいいんだから」

 俺も俺の思ったことを告げた。

「二人とも…ありがとうなり!! そうと決まれば、早速本題に入るなりよ!」

「うん? 本題とな?」

「当然なり!! 今この部屋に来たのはちゃんとした目的があるなり!! 一昨日の約束、みー様はもう忘れたなりか?」

 

 そういうが早いか、津川さんは山村さんの制服をその場で脱ぎ捨てた。

 すると、そこから現れたのは……

 

「トリャーーー!! リャン様婦警モード、参上ぉぉぉぉおおお!!」

 

 婦警らしくない謎のポーズを決めた津川さんだった。

 

「ぬおおおおおお!! なんという完成度の高さか!! 近う寄れ近う寄れ!!」

 安藤さんは大興奮しながら津川さんの姿を間近で眺めている。

「ああ…。そういえば婦警姿を見せるとか約束してたなぁ」

 伊丹さんたちとの出来事でオジャンになったかと思っていたが、津川さんはちゃんと覚えていたらしい。

 

 

 そんな微笑ましい二人とともに午前を過ごしたのだった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 そのまま安藤さんの部屋で倉庫と売店から持ってきた食べ物で昼食をとり、二人と別れた俺は一息つこうと休憩室を訪れた。

 すると、そこには先客がいた。

「…あ、丹沢君に入間君」

 

 優雅に足を組んでソファーに腰掛ける入間君。

 その様子をじっくり見つめながらスケッチブックに絵を描く丹沢君。

 両名がそこにはいた。

 

「…おや、葛西君ですか。どうなされました」

 丹沢君が入間君から目を離さないまま尋ねてきた。

「…いやあ、どうしたということもないけど。そっちこそ、何してるの?」

「見ればわかるでしょう、スケッチでござりますよ。このたび拙者、入間君本人をフィギュア化する仕事を承ってござりまする」

 俺の知らないところでそんなビジネスが進んでいたとは。

 どうでもいいといえばどうでもいいのだが。

「…ってゆーか、入間君が一切喋らないなんて珍しいね。ひょっとして寝てる?」

「そんなことはありませぬ。『描いている最中は一切動かないように』と拙者が命じましたので、口を動かすことすらタブーと化しているのですよ。呼吸も最低限になさってくれているようでござります」

 今に始まったことではないが、彼はあまりにもノリが良すぎて恐ろしい。

 毒見をしろと言われてツッコミもせず応じたのもそうだ。

 簡単に詐欺なんかに引っかかりそうで不安だな…。

 

「ふむ、これくらいでよろしいでしょう。動いてよろしいですよ」

「ぷはぁーーーっ!!」

 丹沢君が言い終わると同時に勢いよく入間君は息を吸い込んだ。

「いやあ……小一時間…呼吸と姿勢を制限するのは……流石に…ハアハア…」

「だ、大丈夫?」

 入間君は辛うじて笑顔を浮かべてはいるが、その顔は真っ赤だ。

「いやしかしそのおかげで良いスケッチが描けましたぞ。ほれ、ごらんなさい」

 そう言って丹沢君が見せてきたスケッチブックには、入間君そのものが入り込んでいた。

 正面だけでなく、横、後ろ、上など様々なアングルのスケッチがあったが、そのすべてが現実の彼と瓜二つである。

「す、すごい……。君、絵もうまいんだね」

「なあに、この程度。慣れですよ」

 丹沢君はスケッチブックをパラパラとめくりながら答えた。

「残念ながら、今は部屋に必要な材料がないのでフィギュア制作に取り掛かることはできませんが、ここを出た暁にはすぐさま手を付けましょう。あなたの名声ならば数万体は売れるでしょうな」

「なんと! これ以上私のファンが増えてしまっては身が持ちませんね」

 入間君のコメントはともかくとして。

「丹沢君ってアニメキャラだけじゃなくて、実在の人をフィギュア化することもあるんだね」

「無論。拙作の主なテーマは”次元の超越”であります。フィギュアとは二次元と三次元の境に位置するのです。二次元のキャラクターは二次元ですが、フィギュアは三次元の物体です。拙者はフィギュアを通じて二次元と三次元の架け橋を作りたいと考えておるのです。そのためには三次元の人物をフィギュア化するのも大切なことです」

「そ、そうなんだ……。なんだか、難しい話だね」

「素晴らしいではありませんか!! このわたくしが二次元のキャラクターと肩を並べてフィギュア化など、胸が躍る気分ですよ!!」

「拙者の仕事仲間である山田一二三先生には『二次元と三次元を混同するんじゃない』と怒られましたが…。まあ、人には人の考えがあります。拙者自身、山田先生の『性の向こう側』というテーマに魅了されて彼の作品を愛読するようになったわけですし」

「山田先生と言えば、『今夜も揉み揉み♡ イケナイぽちゃ姉』をフランス向けに翻訳したことがありますよ!! いやあ、わくしも翻訳していて男子の欲求が収まるところを知りませんでした! あれほどに肉の質感をエロく描ける作者がいるなど……」

 なんだか恐ろしい次元で話がかみ合っている。

「…葛西殿は同人誌などには縁がないのですかな?」

 

「えーと…そういうオタク系の読み物はあまり分からないかな……」

「ふーむ……」と顎をさする丹沢君。

 

「オタク系、ですか……。葛西殿はオタクというものをどのように考えますか?」

「え……? それは…うーん……なんだろう。人とはちょっと変わった趣味を持つ人…かな?」

「もっとはっきりおっしゃって構いませんよ。”気持ち悪い人たち”と思っているのでは?」

「いやいや! そんなことは微塵も思っていないよ! 本当に!」

 俺は慌てて否定した。

 そんなことを面と向かって言ったら、もう彼から口をきいてもらえないかもしれないのだ。

「わたくしも同意見ですよ! 世の中の人は皆なにかしらのオタクと言いますしね」

 

「ふむ」と頷いて丹沢君はメガネに指をかけ、語り始めた。

「拙者は中学生の頃、オタクに対する偏見を人一倍嫌っておりました。同じ人間なのに、なぜオタクだけを違う生き物のように扱うのか、と。オタクだって他の人と同じように扱われるべきである、と。

 ……しかし、忘れもしない中学二年の夏。フィギュア製作者としてある程度知名度を上げた拙者は自作の展覧会…まあ、コミケと言った方が近いでしょうが……そういった趣旨のイベントを開催いたしました。そこで拙者は驚くべき光景を目にしたのです。公共の場であるにもかかわらず、大音量でゲームをする者。周囲を顧みず、大声で話し込む者。歩きながらゲームやスマホに没頭する者。そこにはモラルなどありませんでした。

 もちろん、マナーをわきまえる良識ある人もいました。……いや、良識ある人がほとんどでした。だからこそ拙者はそれがない人たちが許せなかったのです。これがオタクの姿なのか、と。そのような行為をしているから周りから差別されてしまうのではないか、と。常識のない行為で迷惑をこうむる一般の方々も立派な被害者ですが、一番の被害者は、良識があるのに差別をされてしまう善良なオタクたちです。

 ですから拙者は誰よりも”清く、正しく”生きることを決めたのです。一人のオタクとして、それ以前に一人の人間として。そして悪しきオタクたちを更生し、世にオタクたちの本当の姿を知らしめたいと願う所存です」

 淡々と、冷静に丹沢君は自らの胸の内を語った。

 

 ぱちぱちと入間君が拍手を送った。

「素晴らしいですね。世の中には、偏見を浴びるのが嫌でオタクでないふりをする人もいます。そんななかであなたはオタクであることを自認している。そして自認しながら真っ向から問題に立ち向かおうとしている。並大抵の根性じゃあありませんよ」

「いえいえ、”超高校級”の名を背負うからにはそれぐらいのことは当然の義務でござるよ」

 丹沢君はそう謙遜する。

「…そっか。丹沢君は同年代のオタクたちの希望を背負っているんだもんね。丹沢君の努力が報われるといいね」

「ありがとうございまする。精進させていただきます」

 外見ではおかしな人に見えるかもしれないけど、誰よりも常識人で確固たる目的を持った丹沢君。

 彼の悲願が達成されることを願うばかりだ。

 

「偏見、ですかぁ。いえね、わたくしも様々な国を渡り歩く商売柄、そう言ったものはよく目にしますよ」

 入間君が珍しく真面目な顔になってそう言った。

「たとえば他国の戦争の停戦調停のために翻訳を行うこともありましてね。そう言った場合は互いに互いへの偏見に満ちているわけですから、言葉をつなぐのはとても大変です。一方が言ったことをただ翻訳するのではなく、もう一方が穏便に意味を受け取りやすくなるように、意味はそのままに少し言葉を変えてあげる必要があるのですよ」

 なるほど……。

 いつもへらへらしている彼がそんな修羅場をくぐってきたなんて想像できない。

 やはり彼も超高校級と呼ばれる人間の一人には間違いないようだ。

「ですが、対立する両者を分かり合わせるのはそれだけでは足りません。さて、一番大切なものは何でしょう?」

「ずばり、エロトークでござりましょう。性欲は万国共通でござりますからな!」

 いや、丹沢君…それはちょっと……。

「正解でございます!!」

「ええーーーっ!?」

 どこまで俺の想像を裏切るんだ、この人は。

「具体的に言いますと、エロトークも含めスキンシップ全般ですよ! どんな国のどんな人でも、言葉が通じれば分かりあえるんです。ですからわたくしは双方の使者と個人的に友好を深め、笑って語り合える仲になるのです。そうすれば、お互いが憎みあっていたとしても、二人ともわたくしには笑顔を振りまいてくれます。そして、気付いたらいつの間にかその笑顔は三つ巴になっています。これにて和平は見事成立するのです!」

 入間君は恒例の大げさなポーズで決め台詞のように言った。

 言い方はともかく、言っている内容は実に平和的で尊敬できることである。

「トークは人間を切り開きます。もちろん嘘をつく人も世の中にはたくさんいますが、誠心誠意を込めたトークに嘘は通用しません。話すことで、人間は互いのすべてを理解し、協力することができるんですよ。だからわたくしはこの仕事に命を懸けているのです」

 そう語る彼の姿は、いつしか輝きを帯びているようだった。

 これが、トークで世界をつなぐ男、入間ジョーンズの真の姿なのだろう。

「……そうだったんだ。なんだかちょっと…申し訳なくなってきちゃった。ちゃんとした理由があるのも知らず、ふざけた人だとばかり思ってて……」 

「はっはっは、ふざけた人なのは違いないですよ? ただわたくしはどんな状況でも皆様が笑顔でいられるように、大真面目にふざけているのです」

「感服させられるばかりですな。どれ、ふざけついでに三人でカラオケなどいかがでござろうか? 拙者のアニソンメドレーを披露したく存じまする」

 へえ、それは楽しみだね……って。

 一昨日の夜に既に経験したんですけど…?

 死ぬほど疲れたんですけど??

「ほほう、それは興味深い! ではわたくしは『外道天使☆もちもちプリンセス』の主題歌『りばうんどっ!』をノヴォセリック語で滑らかに口ずさんでみましょうか?」

 なんだか特技の披露勝負のようになっているが、俺からしてみれば辛いだけだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 結局、逃がしてはもらえなかった。

 夕食までカラオケに付き合わされた。

 なんだかもう、死にたい……。

 

「どうしたの? 具合悪そうだけど」

 小清水さんに聞かれたが、「大丈夫だよ…。私情だから」と答えておいた。

「そう、ならいいけど。私ね、今日莉緒ちゃんにブレイクダンス教わっちゃった」

 小清水さんは照れ臭そうに笑った。

「あはは。彌生ちゃんセンスあるよ。覚え早いし、綺麗に逆立ちできてたし」

 亞桐さんがそう言うと、小清水さんはますます照れ臭そうに頬を赤らめるのだった。

「彌生ちゃんみたいなリケジョがブレイク踊れてたらカッコいいよね。ギャップ的な?」

「…そ、そうなれればいいんだけど……」

「きっと慣れるって。はじめは辛いかもしれないけど、慣れれば楽しくなるから。楽しくなっちゃえばこっちのもんよ。やってるのが苦じゃなくて楽になるからね」

 へえ、そうなんだ。

 俺もちょっとだけ、教わってみようかな…。

「葛西君も、一緒にやってみない?」

「…え?」

「一人だと…いろいろ大変だし。ね?」

 ……おっとっと。いけないいけない。

 なにをどぎまぎしているんだ。

「うう~ん…。ブレイクダンスは俺の体力だと難しそうだし、もうちょい体鍛えたらやってみようかなって…」

 これが俺の出した答え。

 緊張のあまり彼女を忌避してしまったのか、それとも自分の身体能力を鑑みて正直に言っただけなのか、自分にも分らなかった。

「……もう。男のくせに」

 小清水さんはつまらなそうにため息を吐いて、黙々と食事を再開するのだった。

 ああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 そんな様子を見て、亞桐さんはひたすら笑いをこらえていた。 

 

「……あれ?」

 半ば開き直って箸を進めていた俺は、今まで見たことのない人影がその場にいることに気付いた。

「リュウ君。もう大丈夫なの?」

「ああ。箸も問題なく動かせる」とリュウ君はカチカチと箸を鳴らして見せた。

「ほんと、一昨日のお前凄かったよな。あんなスピードの槍、どうやって見えたんだ?」

 土門君が尋ねると、リュウ君は「慣れだ」と短く答えた。

「…槍が飛んでくるシチュエーションに慣れることってあるのか…?」

「槍じゃなくてもいいさ。身の回りにある速いもの。例えば、プロ野球選手が投げる球の軌跡とかだな。そう言ったものを常日頃から眺めて、動体視力を上げておくのだ。やがて拳銃程度の弾ならはっきり見えるようになる」

「頼むからお前の才能教えてくれ!土下座でもなんでもするから!!」

「断る」

「こらこら前木殿!! 特に口調に特徴のないあなたが会話に割り込んだらややこしくなるでござりましょうが!! それに男の『なんでもする』など誰得でござりまするか!!」

 よく分からない会話に苦笑い。

 

 

 

 よく分からないと言えば、この状況そのものがそうなのかもしれない。

 とてもじゃないがこの雰囲気が殺し合いを強要されている人たちの集まりとは思えない。

 それに、俺はこれまでの行動でみんなから聞いたじゃないか。

 みんながそれぞれ胸に抱いている希望を。

 

 こんな状況でも、みんな確かに希望を持ち続けている。

 誰一人として絶望などしていない。

 だから誰も言い出さないのだ。

 

 なんで三日目にもなるのに、誰も助けに来ないのかという些細な疑問を。

 

 

 その疑問を口にして、希望が絶望に転ずるのをみんなは恐れているんだろう。

 俺もそうだ。

 だから何も言わない。

 でも、きっと最後は希望的な結末になるはずだ。

 俺だったらそういう脚本を描く。

 

 

 食堂に響き渡るみんなの笑い声が空虚ではないことを信じつつ、俺は希望ヶ峰学園特別分校における三日目の生活を終えた。

 

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