エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を 作:江藤えそら
全ての方に美味しさを保証できるものではありませんので、あらかじめご了承の上お読みください。
どうもこんにちは。
みんなのグルメアイドル・リュウです。
前回大好評だったということで、見事グルメ奇譚の続編製作が決定いたしましたことをここに報告いたします。
………
「映画かよ」
と、短いツッコミを飛ばすのは釜利谷三瓶。
そう、今日俺はこの男と休日を過ごすことに決めたのである。
「何が悲しくてむさくるしいオッサンみたいな奴と一緒に飯なんか食いに行かなきゃならんのか……」
「ふ、相変わらずの毒舌だな」
しかしこうは言っても、内心では誰かに飯を誘われるというのは嬉しいものなのだ。
そうだ、きっとそうに決まってる。
そうじゃなくても、そう思うことにする。
「お前と飯を食いに行ったことがなかったからな。たまにはよかろう」
「まあ、俺は普段の研究やら外来やらで忙しいからな…。せめて女子の一人でも誘ってくれりゃよかったんだが」
釜利谷は意外と女にがめつい。
その姿勢を隠そうとしないから大体の女子から距離を置かれてしまうのだが、どうもそのあたりはこの男は鈍感なようだ。
「女子にも何人か声はかけたんだがな……誰も来てくれなかった」
俺の脳裏に同級生の容赦ない言葉が浮かび上がる。
『アンタがいつも食ってるナントカマシマシ(?)みたいなのが食えるかっつーの!! ダンサーは体型が命なんだぞ!!』
『リュウ君は乙女心が分かっていません!! 山村巴のこの美しいくびれが損なわれてしまってもいいのですか!!?』
『むわはははっ!! 吾輩の胃袋では上の野菜も食いきれぬぞよ!!』
「お前、明らかに声かけるメンツ間違ってるだろ」
「そうか?」
どうやら、同級生の中では俺がヤサイニンニクアブラマシマシしか食わない人間だと思われてしまっているらしく、飯に誘ってもそんな反応ばかりされてしまうのだ。
というわけで俺に課せられたイメージを払拭すべく、今回はラーメンではないものを食いに行こうと思う。
そんな俺達が電車に揺られ、駅から歩くこと数分。
やってきたのはここ。
「……おぉ、牛丼屋か」
そう、ここは知る人ぞ知る老舗でも食〇ログで高評価を得る人気店でもない。
どこにでもある全国チェーンの牛丼屋である。
「なんだ、こんなモン学園の近くにもいっぱいあるじゃねーか。なんでここなんだ?」
「少しすれば分かるさ」
こういうのは口で長ったらしく説明するものではない。
自らの舌で知ることにこそ意味がある。
「いらっしゃいませー!」
アルバイトの人の元気いい挨拶が店内に響き渡る。
この店は街中から少し外れたところにあり、店内は広々としておりカウンター席と同じくらいソファー席も多い。
「ま、チェーン店なら俺らの身の丈には合ってるわな」
ソファー席にどっかりと腰を下ろしてメニュー表を一瞥する釜利谷。
「うわ、今すき焼き鍋とかやってんの? 悩むわぁ……」
「ゆっくり考えて構わんぞ。俺はすでに決めている」
そう言って俺は水を汲みに席を立つ。
十五分後。
「…で、結局普通の牛丼なワケ」
釜利谷が呆れたように言った。
そう、俺の目の前に置かれているのはメガ盛りの「牛丼」。
何のトッピングも飾りもない、普通の牛丼である。
一方、釜利谷の目前に置かれているのは、「牛たっぷりチーズカレー」。
牛丼屋に来ておいてカレーである。
「うるせぇな! カレーだって牛丼屋の醍醐味だろ! お前こそそんな面白みのないモン頼んでるじゃねーか!」
「面白み?」
分かっていないな。
食の美は、食す最中に付け足すこともできるのだぞ。
今から俺が、牛丼の美学というものを教えてやろう。
それでは今回も、全てに感謝を込めて。
「いただきます」
「いただきゃーす」
箸を持った俺はまず、ありのままの牛丼を一口かきこむ。
まずは調味料なしでそのままの牛丼を味わう。
「はふっ、はふっ、うめぇ!」
そんな俺をよそにカレーを豪快に頬張る釜利谷。
まあいい、俺は俺なりに牛丼レビューを続けよう。
チェーン店とはいえ、牛丼を軸に数十年の間店を発展させただけのことはある。
醤油と砂糖の効いた甘じょっぱいたれと牛肉の旨味、玉ねぎの甘みが絶妙なハーモニーを奏でている。
そう、これこそが牛丼。
牛丼の源流は、明治時代に外国より輸入された牛鍋の文化までさかのぼる。
その時代、日本に定着した牛肉食の手法として、牛肉をネギなどと同時に割下で煮つけるということが行われていた。
今でいうすき焼き鍋である。
それと並行して、牛鍋の具材を白米の上に乗せて食べるという行為も行われていたようだ。
これが牛丼の始まりである。
今、俺はその歴史を舌で実感しているのだ。
さて、牛丼の歴史に感動したところで俺はある行動に出る。
使うのはこれ。
牛丼と一緒に注文しておいた生卵だ。
まずは箸で器用に白身と黄身に分ける。
ここら辺は慣れ。
そして分けた白身を牛丼に流し込む。
冷えた白身と熱々の飯とが合わさって口に運ぶのにちょうどいい温度になるのだ。
こうして牛丼ごと、白身の滑らかな喉越しを楽しむ。
この淡白な味わいが第一の楽しみ。
白身を味わったところで本題に入る。
今日の主役はこいつ。
小皿に残しておいた黄身だ。
卵というものはまさに食べ物の王様だ。
そのまま食べてもおいしいしそのまま焼いてもよい。
工夫して焼いても美味いし蒸してもゆでても美味い。
しまいにはデザートにまで変身でき、それでいて栄養満点ときた。
卵の歴史は人の歴史。
それほど卵と人類の付き合いは長いのだ。
神が与えた食べ物と言うに相応しいだろう。
そんな卵の中でも、極上の旨味を持つのが卵黄だ。
独特の濃厚な味を持つ黄金の液体は、その外見だけで人々を魅了してくれる。
今回はこの黄身の旨味を極限まで引き立ててみよう。
小皿の中でプルンとした弾力をそのままに形を保っている卵黄。
その上に俺は調味料のおろしニンニクを小さじ一杯分落とした。
前回述べたように、俺はニンニクに心を奪われている。
ニンニクはこの世で最も優れた調味料にして食材だ。
まあ、ニンニクへの愛情は前回あれだけしつこく述べたので今回は口うるさく言わないことにする。
その上にラー油を三滴。
この三滴という量が絶妙なのだ。
辛いものが好きなものには物足りない量かもしれない。
しかし、それを求めるならばこれ、七味唐辛子を追加で振りかければ済む話なのである。
ラー油の正体は「唐辛子の辛み成分を溶かしたゴマ油」だ。
ラー油を使う上で留意せねばならないのは、「ゴマ油」という部分。
皆も知っての通り、ゴマ油は非常に香りが強い。
辛さを求めてラー油を入れすぎてしまうと、全体がゴマ油の香りに支配されてしまって主役の牛丼を覆い隠してしまう。
ゴマ油というものは隠し味程度に加え、匂いを嗅いだ時にほんのりと香るのがちょうどいのである。
ゆえに三滴。
この三滴は考え抜かれた末の三滴なのだ。
話が長くなったが、まだまだここで終わりではない。
ニンニク、ラー油、七味唐辛子が加わった卵黄に、さらに付け加えるのはこれ。
酢をたったの二滴。
ほんのわずかに酸味を加えると全体がさっぱりとし、濃厚なれどもしつこすぎない絶妙なバランスの味となる。
さあ、とうとうここまで来た。
仕上げは日本人なら誰もが好きな魔法の調味料。
醤油だ。
卵黄と醤油の組み合わせはまさに魔術。
ただの塩とは違う、旨味を携えた醤油の塩味が、卵黄の濃厚な味と抜群のシナジーを形成するのだ。
醤油の製造はとても複雑だ。
こんな製法を思いついた先人は本当に本当に偉大としか言いようがないのである。
醤油をたっぷり小さじ一ほどかけたら、これで準備は万端。
「お前、さっきから何一人でぶつぶつ呟いてんだ? 怖いぞ」
既にカレーを四分の三ほど平らげた釜利谷に言われ、俺は少し自分を恥じた。
でもそういう回なので仕方ないね。
「つーかさっきから何作ってんの?」
「前人未到の調味料、”
「は?」
一生懸命考えた名前なのに、そんな風に一瞬で切り捨てられるととても悲しいぞ。
ともあれ、俺はついに小皿に箸を向ける。
卵黄の膜の中で放出の時を今か今かと待っている卵液を、一気に開放するのだ。
目玉焼きを食べるときも、この瞬間は一番至高なのだ。
俺は精神を集中させ、一気に箸を卵黄に刻みいれた。
トロ~リと黄金色の卵液が小皿を満たし、醤油と混ざってゆく。
俺は迷うことなく箸で全体をかきまぜ、様々な調味料が入った小皿の中身を一体化させてゆく。
かくして”
待望のこれを、残った牛丼に回しながらかける。
「ほえー、なんか変なモン作ってんなー」
変なもんじゃない!
”
やっぱり恥ずかしいのでもうこの名前言うのやめます。
卵黄ソースをかけた牛丼を片手に、第二ラウンドスタート。
かきこんだ瞬間に、俺の口内を衝撃が走った。
これはすごいっ!!
明らかに今までの牛丼とはレベルが違うッ!!
ニンニクやラー油の香り、ほんのりとした辛みと醤油の塩味の中で、きちんと卵黄が埋もれずに己の味を主張しているではないか!!
そしてその中で牛丼が本来の味を奥ゆかしく醸し出している。
牛肉、玉ねぎ、たれ、卵黄、ニンニク、ラー油etc...
考えてもみれば、これだけの素材を使った食べ物がマズいはずがないのだ。
恐るべし卵黄ソース、これが奴の真の実力だというのかっ…!!
「何震えてんだよ」
既にカレーを食べ終わっている釜利谷が不気味そうに俺の顔を覗き込みながら呟く。
「なんか飯食ってる時のお前って何かに取り憑かれてるみたいだよな」
あながち間違ってない。
それだけ俺の食への執念は凄まじいのだ。
嗚呼、名残惜しいがもうすぐ牛丼も完食だ。
卵一つを付け加えるだけでこれだけの楽しみができるメニューはそうそうあるまい。
そう、最初に言った、「この店を選んだ理由」。
それは宅に置いてある調味料の豊富さだ。
今使ったものはもちろん、今回は使わなかった豆板醤、胡椒、漬物まで置いてあるのだ。
同じチェーン店でも、何故かこの店だけが豊富に調味料を取り揃えてある。
店長の意向だろうか?
ともあれ、これら恵まれた調味料によって、一見味気のないチェーン店のメニューもひと手間かかった匠の味に早変わりするのである*1。
そして締めは付け合わせの味噌汁。
日本の国民食と言っても過言ではない”原点にして頂点”なこの汁物で、口に残った油を一気に流し込む。
ワカメと油揚げを味わいつつ、椀を持って一気に汁を飲み干せば、今回の食事も無事終了である。
「ふう」と一息ついて、両手を合わせ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそさんっした~」
「はぁ~食った食った~」
会計を終えて外へ出るなり、釜利谷は大きく背伸びをした。
「普段簡単なものばかりで済ませてるけどよ、たまにはダチと食いに出るのも悪くねえな」
「ふ、それが分かっただけでもお前を連れてきた甲斐があったな」
俺は笑みを浮かべながらそう言う。
そう、飯というものはもちろん一人で黙々と食うのも乙なものだ。
しかし、こうして他者の存在を感じながら他愛ない会話に花を咲かせるのもまた乙である。
と言いつつ今回の俺はほとんど話さなかったが。
「そうだ、さっきお前が作ってた謎の調味料が何か教えてくれよ」
「ほう、あれに興味を抱くとはなかなか分かっているではないか。あれはな…」
こうしてレシピが共有され、多くの人に広がっていくのもまた楽しみの一つでもある。
この”美味しい”を俺だけではなく、あらゆるものに共有するのも俺の目標だ。
そんな折だった。
「見ぃつけたーーーーーっ!!!!」
街中にもかかわらず全くマナーを弁えない大声。
「あ? 山村?」
釜利谷があんぐりと口を開けて呆れたような声を出す。
声の主、山村巴は自動車も置き去りにするほどの猛烈なスピードで俺達の方に走り寄ってくる。
「リュウ君ったらこんなところにいたんですねーーーっ!!! 40㎞くらい走り回って探してたんですからね!!!」
「どうして居場所を尋ねるという発想にたどり着かないのか」
「だってリュウ君ったらもう三か月も未読無視するんですもの!!! でももう逃がしませんからねっ!!!」
山村は有無を言わさず俺の腕を掴む。
嗚呼、マズい。
この女に捕まったら俺に自由など存在しない。
最近は合わないように学校の後もすぐ逃げていたのに……。
「ふーん……じゃ、俺は希望ヶ峰に帰りまっす!」
察しのいい釜利谷はそう言うや否や即座に駆け出していく。
「待て釜利谷!! 俺を生贄にするつもりか!!」
「さようなら釜利谷くーーーん!!! さあこれで二人っきりですね!!!」
目を輝かせて鼻息を荒くする山村。
ああ…‥‥最悪だ………。
「これ、明日オープンするお寿司屋さんの予約券です!」
山村はそう言って二枚の紙切れを俺に渡す。
「寿司屋…?」
「はいっ!! 予約しないと入れないくらいの人気店らしいんです!! チケットを持っていた心優しいお兄さんに譲っていただいたんです!!」
嘘をつけ、絶対に
「待ってくれ、俺は寿司は――――」
「えぇ~~~~っ!!!!?!? 『二人っきりで食べに行こう』なんて、リュウ君ったら大胆~~~!!!」
もう駄目だ、メルヘンの世界に入り込んだ山村はもう誰にも止められない。
誰か助けてくれっ……!!!
「じゃあ明日の夜、六時に迎えに行きますからね!! まさかバックレたりしないですよね、リュウ君?」
赤いオーラをまとわせながら満面の笑みを浮かべる山村。
どうすればよいのだ……。
ただ山村と飯に行くだけならまだいい。
俺は生魚が食えないんだっ……!!!!!
次回、リュウ大ピンチ――――★