エクストラダンガンロンパZ 希望の蔓に絶望の華を   作:江藤えそら

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2018/12/4 今更過ぎますが、他作を参考にして文字色やフォントなどを変更しました。よりゲームっぽい表現になったと思います。次話のオシオキ編も同様の変更を行っています。よろしければこれを機に読み返してみるのもいかがでしょう。


chapter1 非日常編② 学級裁判編

「なんだ、お前は…? モノパンダじゃ…ねえのか?」

 前木君が驚きの声を上げるのも無理はない。

 

 今目の前でエレベーターに乗っているヌイグルミは、モノパンダと違って斑模様がない。

 右半身と左半身で綺麗に白黒が分かれている。

 そして何より特徴的なのが。

 

『みんな、遅いじゃないか! 校長を待たせるなんてさ、ワイルドな不良道まっしぐらかよ!!』

 しわがれたような、それでいて耳に残る声だった。

 

「なんでモノパンダじゃないんだ…?」

『ん? どしたの葛西君? なに、僕がいちゃ不満? 校長より教頭の方が人気? いやいやいや、そんな教頭いてたまるかっ! 教頭ってのは学校の嫌われ者なの! 規則にうるさくて、神経質で、お堅くて、何かあったらすぐ隠蔽しようとしちゃう悪徳教師の鑑なんだからねっ!』

「い、いや……教頭にそこまで悪いイメージはないと思うけど…」

『ふーんだ! どうせ朝会のスピーチが長いのを恨んでるんだろ! 校長だって大変なんだからね! あの長いスピーチのテキストを頑張って作成してさ、……ってことは、あれ? 朝会って誰も得しないんじゃ……』

「ちっ……こんな時にベラベラと冗談かましやがって…。ある意味、モノパンダよりタチ悪いな」

 前木君が聞こえないように呟いた。

 

 やがて、エレベーター前に全員集まり、モノクマとやらの姿に各々驚いていた。

 

『はーい、全員集まったところでもう一度! ボクはこの特別分校の校長! モノクマさまだーい!!』

 

「なんだ、君は…? なぜモノパンダではなく、新しいヌイグルミが出てくるんだ?」

 夢郷君が不安そうに呟く。

「え? 大した理由じゃないよ。ちょっとした試運転……って夢をぶち壊しにするようなこと言わせるなってー!!』

 モノパンダからも聞いたような言葉を放ちながらモノクマは腕を振り上げる。

『って、こんなことしてる場合じゃないよ! さっさと裁判終わらせないと、みんなの大好きな津川さんの遺体が腐っちゃうかもよ? あ、焼死体だから腐らないのかな? 右手だけドロドロになっちゃう感じ? どっちにしろ絶望的だね! うぷぷぷ……』

「っ!! アンタ……!!」

 信じられないジョークを吐き捨てたモノクマに対し、亞桐さんが顔を真っ赤にして詰め寄った。

『おっとおっと、電子生徒手帳に書いてない? モノパンダと同じようにボクにも暴力はいけないんだからね! 教師に暴力なんて不良じゃあるまいし』

 ぐっ……と亞桐さんは悔しげな表情を浮かべた。

 

「…こんなところで問答していても仕方あるまい。少々癪だが…さっさとエレベーターに乗り込むぞ」

 リュウ君の一言でみんなはゆっくりとエレベーターに乗り始めた。

 

 

 いつもホール階との移動に使っているエレベーターとは思えないくらい、その中は不思議な空気に包まれていた。

 まるで、はるか上空で一本釣りにされたゴンドラの上に乗っているような、強烈な恐怖が充満していた。

 そしてこのまま地底深くまで落ちていくのではないかという気さえした。

 

『全員乗ったね! それじゃあホール階のさらに下、今限りの特別階!! 裁判階へとごあんなーい!!』

 扉が閉まると、チーンという音とともにエレベーターは下降を始めた。

 

「なんなのだ、これは」

 下降するエレベーターの中、俺の横から小さなつぶやきが聞こえた。

 安藤さんだった。

「なぜこんなことをしなくてはならんのだ……。誰が殺したとか、どうやって殺したとか。そんなことはどうだっていいではないか。なぜ、リャン様を弔ってやることもさせてくれないのだ。なぜ、こんなことをさせられるのか」

 濁った瞳で足元をおぼろげに見つめながら幾度となくそんなことを呟いていた。

 

 そう、彼女は誰よりも津川さんと仲が良かった。

 彼女のコスプレを見てはしゃぎ、コスチュームをリクエストするくらい気に入っていた。

 大声をあげて泣いていた亞桐さんよりも、強く感情をあらわにした伊丹さんよりも、誰よりもつらいはずだ。

 安藤さんにとって、謎解きなどどうでもいいのだ。

 犯人への怒りとか、恨みとか、そんなこともどうだっていい。

 ただ大切な友人の死を悲しみたいだけなんだ。

 

 でも、現実はそれすらも許さない。

 犯人を見つけて指摘しなければ、自分の命が危ないんだ。

 

 ”正しいクロを見つけ出せればクロだけが、見つけられなければクロ以外の全員がオシオキ”。

 

 もし、御堂さんの言うようにオシオキが死を意味するのなら……。

 

 

 もう二度と、この面子でここを出ることはできないというのか?

 悪寒が背を伝い、頭の芯まで登っていった。

 

 

「何を震えている」

 御堂さんの声が俺の耳に差し込まれてきた。

「恐れることなどあるものか。クロが死ぬ……ただそれだけのことだ」

「………」

「こんなところでへたばってもらっては困る。貴様はクロではないのだろう? だったら胸を張れ。堂々とこんな事件を起こしたクロを追い詰めてやれ」

 低く、重みのこもった声で御堂さんは告げた。

 

 それが正しいのだろうか?

 それが俺のなすべきことなのだろうか?

 分からない。

 分からないまま、始まってしまう。

 

 命懸けの騙しあい。命懸けの弁護。命懸けの追及。

 命懸けの学級裁判が。

 

 

 

 

 

 重い音を立てて扉が開くと、そこには不思議な空間が広がっていた。

 部屋を覆うように下げられた赤い横断幕。

 中央には円形に並べられた弁論台があり、奥には小さいが豪華な椅子。

 その椅子の上には……。

 

「ぎひゃひゃひゃひゃ! 裁判上へようこそーー!!」

 モノパンダが不敵に笑っていた。

『モノクマキーック!!』

「ぎゃああ!?」

 と、突如エレベーターから飛び出したモノクマがモノパンダに跳び蹴りを浴びせた。

「痛いっすよ校長せんせー!」

『このあほパンダ! なんでトラッシュルームの仕組みをあんな風にしたのさ! あれじゃ誰でも証拠隠滅ができちゃうでしょ!』

「で、でも……一応アクティブなエッセンスは加えておいたし……」

『”でも”も”しかし”も”however”もあるかーー!! そんなエッセンスいらないんだよ! 次からはちゃんと証拠隠滅に使われないように改造しとくんだよ! いいね!』

「合点承知の助です校長せんせー」

 そんなヌイグルミ同士の言い争いは無視して、俺たちは自分の名前の書いた紙が貼られた席に移動した。

 

 俺の席の隣は空席だった。

 と言っても、ただの空席ではない。

 その席には、満面の笑みを浮かべる津川さんの遺影が立てかけられていた。

 そしてその遺影には、赤いペンキで大きくバツ印がつけられていた。

「悪趣味なことしやがる……!」

 釜利谷君が敵意のこもった声で二体のヌイグルミを睨む。

 

『なんだよ! じゃあ君は津川さんをのけ者にした方がいいっての? まあいいや、さっさと始めちゃおうか、学級裁判をさ!』

「ドキドキワクワクだぜーーー!! ついにこの瞬間がやってきたんだなーー!!」

 

 

 

 

 

 【学級裁判・開廷!】

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、ボクの愛しい生徒諸君! さっそく自由に議論していいよ! クロ発見のため、頑張ってね!』

 モノクマが明朗な声で言い放った。

「で、でも……話し合いって……何から話し合えば……」

「事件の基本となる情報をおさらいするだけでもよかろう。そこから議題も発展できる」

 山村さんの問いに御堂さんが答えた。

「もうお通夜ムードは捨て去ってほしいものだな。私はこんなところでくたばれない。何か気になることがあったらすぐに言え。では始めるぞ」

 そうだ…。

 学級裁判はもう始まっているんだ。

 躊躇なんかしていられない。

 

 

【議論開始】

 

リュウ:「では、俺がモノモノファイルとやらを読み上げるとしよう」

リュウ:「被害者は津川梁。死亡推定時刻は午前二時頃。右手以外の部分は完全に炭化している。頭部に打撃痕あり。……以上だ」

土門:「聞けば聞くほど、酷い死体だな……」

入間:「それにしても、犯人はどのようにして津川様をこのような惨たらしい死体に変えてしまったのでしょうか」

丹沢:「抵抗する津川殿を無理矢理焼却炉に突っ込み……焼死させたのでしょう」

伊丹:「ゆ、許せない……!」

 

 

  「いや、それは違うんじゃないかな?」

 

 

【使用コトダマ:ザ・モノモノファイル①

 

 自然と声が出ていた。

 自分でも驚くほどに、ナチュラルに…丹沢君の言葉に隠された矛盾を打ち抜いていた。

 

「な、なんですと!?」

「見てほしい。モノモノファイルには、”頭部に打撃痕あり”と書いてある。その記述が真実であることはリュウ君が確かめてくれている。津川さんを焼却炉に突っ込んで殺すだけなら打撃痕なんて残らないよね。それに、生きたまま焼却炉に突っ込むなんて手法、殺害方法にしては雑すぎる気がするんだ。かなり抵抗されるし、助けを呼ばれる可能性も十分にあるし」

「な、なるほど……確かにそのようですな」

 丹沢君は何度も頷いて納得したようだった。

「私もその意見に賛成だ。恐らく津川梁は鈍器のようなもので撲殺された後、証拠隠滅もかねて焼却炉に投げ込まれたと考えるのが妥当だろう」

 御堂さんが俺の意見に賛成してくれた。

「じゃ、じゃあ……その鈍器のようなものって……?」

 小清水さんが発した問いに答えられるものはいなかった。

「思いつかないんならさ……この校舎にあるもので、鈍器になりそうなものを次々に言っていこうよ。みんな校舎の中を調べたんでしょ…? 何かそれっぽいものが浮かぶかもしれないじゃん」

 みんなは、その亞桐さんの提案に従うことになった。

 

 

【議論開始】

 

前木:「鈍器……鈍器……。カナヅチとか?」

夢郷:「うーむ……ホール階の廊下においてあるトロフィーも使えるんじゃないか?」

小清水:「逆に箒の柄とか?」

亞桐:「逆に、ってどういうこと…?」

入間:「椅子でガンッ! とやったのかもしれませんね」

 

 

  「小清水さんの意見に賛同したい」

 

 まただ。

 気づくと声が出ている。

 

「そもそも鈍器という前提が違っていたんだ。正確に言うと、箒じゃなくてこれのことだ」

 

【使用コトダマ:休憩室のモップ

 

「休憩室のモップが一つなくなっていたんだ。あれを凶器にしたんだろう」

「モップ…? あのモップで殴り殺したというのですか?」

 丹沢君が驚きの声を上げる。

「…不可能ではないな。あのモップの柄は十分に長く、強度もある。犯行後、恐らくは遺体と一緒に焼却処分したのだろう」

 またもや御堂さんが賛同してくれた。

 

「じゃあ、次は殺害現場か…。誰か、心当たりはないか?」

 釜利谷君が顎に手を当てて思考しながら問いかけた。

「…心当たりならあるよ」

 俺は慎重に言葉を選びながら答える。

「おそらく、殺人現場となりそうなのは…」

 

【提示コトダマ:完全防音の部屋

 

「休憩室か各個室。そこだけは完全防音で、中で何が起きても扉を開けない限りは絶対に中で何が起きているかは分からないんだ。凶器がモップだと仮定すると……犯行はそのまま休憩室で行われたんじゃないのかな?」

 これが俺の意見だった。

「齟齬はない……が、確証もない。ひとまずはそのセンで考えるとするか」

 リュウ君が告げる。

 

「えっと。一回まとめてみるね」

 と言い出したのは小清水さん。

「犯人は休憩室で、モップの柄を振り回してリャンちゃんを殴り殺して……証拠隠滅のため、リャンちゃんの遺体ごとモップを焼却炉に投げ込んだってことよね…?」

 小清水さんは全員の顔を見渡す。

 とりあえず異議はないようだった。

「でもさ、それだけじゃ犯人なんてわかるはずないじゃん……。何しろ、夜中の二時なんだからさ」

 亞桐さんがため息とともに呟く。

「誰か、その時間に出歩いていた人とかいないの? このままじゃ、真実が暴かれないまま終わってしまう…!」

 伊丹さんが焦りを内包した声で尋ねた。

 それでも”彼”は言い出せずにいる。

 ならば俺が。

 言うしかない。

 

【提示コトダマ:夢郷の証言

 

「いや、君は出歩いていたよね? 夢郷君」

「………ああ。そうだ。昨晩、少しだけ校舎内を散策していてね……」

 夢郷君は悲しげな表情で、静かに答えた。

「そして、僕は見てしまったんだ。休憩室の近辺をうろつく、ある人の姿を……」

 彼の表情からは、同級生を追い詰めるのをためらっているのがひしひしと伝わる。

 でも俺は知っている。

 彼の証言には明らかな矛盾があるということを。

「夢郷君。…もう一度、この場で、あの証言を言ってくれないか?」

「ああ……。分かった」

 彼の証言には、明らかな矛盾がある。

 それをここで撃ち抜くんだ。

 

 

【議論開始】

 

夢郷:「昨日の午前一時半ごろ……本を読んでいた僕は眠気覚ましもかねて一階の共用トイレまで歩いたんだ」

夢郷:「その時に…遠目だが、廊下を歩く山村君の姿を見たんだ。間違いない…」

山村:「えっ……?」

リュウ:「ほう……」

夢郷:「ああ。見間違いではないはずだ。そう願いたくはあるんだが……」

小清水:「ちょ、ちょっと待ってよ…。そんなのおかしいわ」

 

  「それは違うんだ」

 

【使用コトダマ:昨晩の山村の行動

 

「昨晩、山村さんが廊下を出歩いているのはどう考えてもおかしいんだ。なぜなら、昨晩山村さんはトラッシュルームに篭っていたのだからね。そうだよね?」

 俺が問いかけると、山村さんは黙ってうなずいた。

「…昨日、あの恐ろしい映像を見せられた彼女は、自分が誰かを殺してしまうんじゃないかっていう不安に襲われて、トラッシュルームに自分自身を閉じ込めたんだ。その際に睡眠薬も持って行ったらしい。小清水さんがはっきりとそれを確認してる」

「うん…。昨晩、私は巴ちゃんがトラッシュルームに入って、シャッターを下ろす瞬間まで確かに見届けた。そして、朝に遺体を見つけた時も確かにいたのを見た。巴ちゃんは間違いなく一晩中トラッシュルームにいたはずよ」

「なん……だって……?」

 小清水さんの言葉を聞いて、夢郷君の額に冷や汗が浮かぶ。

「じゃあ……僕は一体何を見たって言うんだ……? 寝ぼけて幻想でも見たというのか……?」

 

「運が悪かったな、夢郷」

 前木君の鋭い言葉が飛んできた。

「よりにもよって、お前が罪をかぶせようとしていた山村には完璧なアリバイがあった。お前の負けだな」

「な、なに…? 何を言っているんだ?」

 夢郷君の表情が見る見るうちに青くなっていく。

「だ・か・ら!! お前が犯人だっつってんだよ!! 嘘の証言なんかでっち上げやがって!!」

 前木君は証言台を強く叩きながら咆哮した。

「そ、そんな! 僕は犯人じゃない! 証言だって本当なんだ! 僕は本当に見たんだ!」

「黙れ!! 今更どうあがいたって無駄なんだよ! お前はここで終わりだ!」

 あまりにも凄まじい言葉のぶつかり合いに、一同は黙って見つめるほかなかった。

 それは、憎悪と生存本能の衝突。

 

 ”俺たちの中に犯人がいるなんて信じたくない。だから俺はそれを証明したいんだ”。

 そう言っていた前木君がこんなことになるなんて。

 やはり、彼も気付いているんだ。

 この事件は、モノパンダが起こしたものなんかじゃなく。

 俺たち同士のれっきとした殺し合いなんだと。

 

 

 だが、そんな中でも俺は真実の探求をやめなかった。

 

「(夢郷君は嘘を言っている? いや、そんなことはないはずだ。もともと夢郷君が疑われるような流れではなかったから、わざわざ疑われるリスクを冒してまで山村さんに容疑を押し付ける意味がない)」

「(彼の証言が本当だとすると、彼が見た人はいったい誰だったんだろうか?)」

 

「その時間帯にはいないはずの山村巴を夢郷郷夢は見た…。これが何を意味するか分かるか?」

 壮絶な言い争いを止めたのは、突然放たれた御堂さんの言葉だった。

「そもそも、夢郷郷夢が見たのは本当に山村巴だったのか? ……ここまで言えばわかるだろう?」

「(夢郷君が見たものは、山村さんじゃなかった…? じゃあ、いったい……?)」

 

 頭の中で、少しずつピースが組み合わさっていく。

 次々に浮かぶイメージ。

 その中から有効なものをふるいにかけ、さらにえりすぐり、最後に残ったピースを、パズルの欠けた一片に当てはめる。

 そこから生まれた答えは……

 

 

 

「”変装”。そうだ。夢郷君が見たのは山村さんの変装だったんだ」

「……まあ、その可能性が濃厚だろうな」

 またもや御堂さんの賛同をもらった。

 まるで、彼女に導かれているかのようだ。

「へ、変装だって? 誰かが山村君に変装していたというのか……?」

 夢郷君の驚きから察するに、よほどハイレベルな変装だったのだろう。

 だが、悲しいことに俺は知っている。

 それくらい高度な……遠目では本人にしか見えない変装ができる人物を。

 そして……あの人が変装したらしいという根拠もあるんだ。

 

 少しずつ見えてきた。

 辛く、悲しい現実……しかし、この命を懸けて暴かなければならない真実、その全貌が。

 

【提示コトダマ:不足したウィッグ

 

「そうか…。あの時感じた違和感はこれだったんだ。夢郷君が見たのは………”山村さんに変装した津川さん”だったんだ!」

 裁判場にどよめきが走る。

「つ、津川!? なんで津川が……」

「夢郷君が遠目で見ても分からないくらいの変装ができるのは津川さんだけだ。俺は捜査中、彼女の部屋に入った時、ウィッグが一つ足りないのを見つけたんだ。それだけだったら大したことじゃないかもしれない。でも、あの時俺は何か言いようのない違和感を感じていた。ようやくその正体が分かったよ。なぜなら、俺は……いや、少なくとも俺と安藤さんはそのなくなったウィッグを見ていたんだ」

「………!?」

 ここまで終始黙り込んでいた安藤さんは驚きの表情を浮かべる。

「そう……一昨日の自由時間、俺と安藤さんは”山村さんに変装した津川さん”を目の前で見たんだ。なくなっていたのはあの時付けていたウィッグだったんだ。恐らく、衣装も調べてみればわかる。山村さんが着ているものと同様の制服がなくなっているはずだ。それに……」

 あの変装にも弱点があった。

 ”腕の長さはごまかせない”ということだ。

 でも、それもあの状況を利用すれば……

 

【提示コトダマ:休憩室の光源

 

「事件時、休憩室は夜時間であり、照明がついていなかった。現場の光源はテーブルの上の電気スタンドだけ。そんな状態なら、間近で津川さんを見ても山村さんだと思い込んでしまったはずだよ」

 齟齬はない。

 そう考えれば辻褄は合うはずだ。

 

「…そうとは限らないんじゃないの?」

 重々しく口を開いたのは伊丹さん。

「津川さんのほかに、津川さんの変装道具を用いて変装することができる人がいると思うのだけれど」

「…それって、津川さんを殺害した犯人のこと?」

 伊丹さんは答えなかった。

 その代わり、憎悪のこもった強烈なまなざしでこちらを睨みつけてきた。

「い、伊丹さん……?」

「この中で、津川さんが山村さんの変装道具を持っていると知っているのは、安藤さんと葛西君。あなたたちだけのはずよ。他にみた人もいないようだし」

 ……!

 それって……

「俺と安藤さんを疑ってる…ってこと?」

「そういう可能性もある、というだけの話よ。……でも、ここまでのあなたを見ていると、どうも普段より積極性がありすぎる気がする。まるで、議論を自分の思い通りに押し進めているような……」

「そ、そんな……俺はただ…みんなの命がかかっているつもりで……」

「……いいわ。どちらにせよ、確たる証拠がなければ私は納得しない。まだあなたがやったという証拠などどこにもないのだから、この話はここで終わりましょう」

 そう言って伊丹さんは俺から顔をそむけた。

 彼女の体は小刻みに震えているようだった。

 津川さんを殺した犯人への怒りゆえか、同級生を追い詰めなければならないことへの恐怖か。

 それは本人にしか分からないことだろう。

 

「えっと……変装したのは犯人かもしれないって話だったよね?」

 小清水さんの言葉に俺は頷いて見せた。

「じゃあ仮に、山村さんに変装したのが犯人だと仮定しよう。津川さんを殺害した犯人は、津川さんの部屋の鍵を奪って彼女の部屋に入ったってことになるよね。そしてその恰好で津川さんの遺体をトラッシュルームに運び、変装道具ごと焼却した…」

「…やや無理があるのではないでしょうか? 犯人が山村様の格好をして出歩くのは津川様の部屋からトラッシュルームに行く間のみです。それ以外に犯人は、津川様の部屋に赴く際やトラッシュルームから自室に戻る際などに何度も廊下を行き来しています。わざわざ変装する意味などあるのでしょうか?」 

 入間君が顎に手を当てながら言った。

「確かにおかしいけど……だからって、リャンちゃんが変装してたって根拠にはなるの?」

 小清水さんの不安げな問いに対して繰り出された鋭い声は。

 

「簡単な話だ。津川梁は殺人を計画していたのだろう」

 御堂さんの、残酷なまでに現実味を帯びた言葉だった。

「は……? アンタ、何言って……」

 亞桐さんは言葉を失っていた。

「なるほど。それならば、津川が山村の変装をしていたというのも頷ける。つまり、休憩室で何者かを襲おうとした津川はモップで反撃され、殺害されたということか」

 リュウ君の導いた過程に不審な点はない。

 これまでの議論を振り返れば何もおかしな点はない。

 でも……。

 認めたくないものだ。

 他ならぬ津川さんが誰かを殺そうとしていたなんて。

 

「た、たわけ者めがぁ!!」

 突如、叫び声が響いた。

 声の主は…安藤さんだ。

「なぜそこまで死者を冒涜できる!? 反論できぬ相手に対して好き勝手言いおって!! 吾輩は断じて許さんぞ!!」

 涙をまき散らしながら、彼女は魂の叫びをリュウ君と御堂さんにぶつけた。

「なぜ……なぜ…リャン様は死んだ後まで苦しめられなければならぬのだ……。こんなの、おかしいではないか…」

「貴様の認める認めないに関わらず、事実はゆるぎないのだ。…まだ確定したわけではないがな。貴様の感情論など受け付ける気はない。分かったら口を閉じていろ」

 御堂さんの容赦ない言葉に安藤さんは閉口するしかなかった。

「お前もお前だよ…。もっと言い方があるんじゃねえのか」

 思わず前木君が反論すると、「ふん。議論を続けるぞ」と冷たくあしらった。

 

「まず一つ聞いておきたいことがある。小清水彌生。貴様は昨晩、夜時間まで食堂にいたそうだな? 誰といたのだ?」

 突然の質問に「…え?」と戸惑った小清水さんだが、すぐに頭に手を当てて思い出し始める。

「私と、莉緒ちゃんと……リャンちゃん。巴ちゃんのことがあったのは二人と別れた後だったから……二人とも知らないはずなんだけど」

「そこが聞きたいのではない。食堂を出た順番は覚えているか?」

「え、ええと……ごめん。思い出せない。莉緒ちゃん、覚えてる?」

「……さあ…。ウチが最初だったのは覚えてるけど……」

「もういい。恐らくは津川梁が最後だったのだろう」

 御堂さんは納得したような表情を見せた。

「奴が殺人を実行するつもりだったとすれば、当然凶器が必要となる。その凶器に心当たりはないか?」

 津川さんが持っていた凶器と考えられるもの……。

 ひょっとして、あれのことだろうか?

 

【提示コトダマ:厨房の包丁

 

「厨房の包丁が一つなくなってたよね。あれを持って行った…ってこと?」

「そうだ」と御堂さんは答える。

「厨房から包丁がなくなっていたにも関わらず、津川梁には包丁でつけられたような傷は一切見受けられなかった。津川梁が持ち出して殺害に使おうとしたということで間違いあるまい」

 安藤さんはもう反論する気力もないようで、弁論台に手をついてうなだれていた。

「…ああ。言い忘れてたけど」

 釜利谷君が言い出す。

「焼却炉の中には溶けてひん曲がった金属の塊が落ちてたな。そうだろ、リュウ?」

「ああ。あれが包丁と考えてよいようだな」

「……繋がったな。夜時間は食堂に入れない以上、犯人には厨房に包丁を戻すという選択肢はなかった。やむを得ず一緒に投げ込んだのだろう」

 御堂さんが満足げな笑みを浮かべる。

 

「…つまり、今回の事件をまとめるとこうなりまするな」

 つかの間の沈黙ののち、丹沢君が口火を切る。

「信じたくはありませぬが……津川殿はこの中の誰かを休憩室にて殺害するおつもりだった…。その方が今回の犯人となりまするね。罪を山村殿に着せるために彼女の変装をし、厨房から盗んでおいた包丁を手に休憩室に向かった。ですが、犯人は咄嗟にモップで反撃し、それが津川殿の頭部に命中……津川殿は命を落としてしまわれた。驚いた犯人は証拠品と津川殿の遺体を焼却したと……」

「で、でもよ…結局犯人につながる情報が何もないんじゃねーか!? 山村以外は全員可能性があるわけで…」

 前木君の言葉はもっともだ。

 殺害のトリック、それは見破ることができた…と思う。

 でも、肝心の犯人は分からないまま。

 結局議論の最終目的にはたどり着けないじゃないか。

 

「…目星は付いている。が、証拠が得られなかった」

 御堂さんは冷淡に告げた。

「なっ…!? 誰なんだよ!」

「馬鹿が。今言ったところで言い逃れされるだけだ。今はまだ情報が必要だ。……それに」

 彼女は一息置き、続けた。

「まだ明らかになっていない謎がある」

 

「まだ明らかになっていないことだと…? 犯人の足取りも大体の動機も分かってるじゃねえか」

 釜利谷君が怪訝そうに呟く。

「分からないのか? 貴様が発見したことではないか」

 御堂さんの言葉を頼りに、俺は自分の記憶をたどる。

「(釜利谷君とのやり取り……か。彼は死体の調査をしていた。そこで彼からもらった情報、そしてこまれでの議論では説明がつかないこと……)」

 一つしかない。

 

【提示コトダマ:津川の遺体

 

「彼女の右手にあった火傷……だよね?」

「フン、そうだ」

 御堂さんは不愛想ながらも同意してくれた。

「殺された後に焼却炉に突っ込まれたはずの津川梁の右手が焼却炉の外に出ているということは、犯人が遺体を投げ込む際に誤って右手だけをはみ出した状態にしてしまったということだ。トラッシュルームは仕組み上、すぐに鉄格子が降りる仕組みだったのだから、人を殺した緊張と時間制限の中、そのようなミスをすること自体はおかしくはない。

だが、それでは”はみ出した右手も若干ながら焼かれた”という事象の説明がつかない。津川梁の遺体が投げ込まれた後に何があったのか……そこに議論の余地があるだろう」

 

 焼却炉からはみ出した状態で放置された右手が少しだけ焼かれる原因…。

 なんだろうか…?

 ダメだ。思いつかない。

「やっぱり、山村が何かしたんじゃねえのか!」

 前木君が鋭い視線を山村さんに突き刺す。

「そ、そんな! 私は神に誓って本当に何もしていないんです!!」

「でも、鉄格子が降りた後の津川をあれこれできたのはお前だけだろ! どうなんだよ!」

「だからといって山村君が犯人にはならないだろう」

 夢郷君が重々しい表情で告げる。

「仮に津川君の遺体に細工したのが山村君でも、津川君を殺した犯人は山村君ではありえないんだ。今は犯人を突き止めるのが先決だと僕は思うぞ」

 

 

 

 津川さんを殺した犯人。

 

 全員が全員の顔を睨む。

 

 この中に、確かにいる。

 津川さんに命を狙われたとはいえ……初めから殺すつもりではなかったとはいえ……

 彼女を、手にかけてしまった人が。

 

「……ずーっと思ってたんだけどさ」

 亞桐さんが口を開く。

「リュウ、秋音ちゃん、あんたらのどっちかが犯人なんでしょ?」

「なんだと……! 明確な根拠はあるんだろうな」

「……俺を疑うか…」

 突然指名された二人の表情がこわばる。

「根拠!? そんなモン決まってんじゃん! リャンちゃんが……リャンちゃんが死んだっていうのに……あんたら二人そろって、なんにも感じてないような顔してさ! リュウなんて…何人も人殺してきたみたいな雰囲気だしさ! あんたらがやったんだよ、絶対!! そうに決まってんだ!!」

 感情のやり場を失った亞桐さんの悲痛な叫びが裁判上にこだまする。

「虫唾が走る言い草だな……。第一私は犯人ではないし、津川梁は殺人を計画していたのだぞ? 死体発見時は同情するといったが、今はそんな気にはなれんな」

「黙れ黙れ黙れ!! そんなのあんたらの推測でしかないんだよ! 護身用に持っていっただけかもしれないじゃん!! でっち上げだ! 勝手にリャンちゃんを人殺しにするなよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「もういい」

 

 

 

 

 感情を爆発させる亞桐さんを引き留めたのは、彼の静かな一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「津川を殺したのは…………ああ、そうだ……津川を殺したのは………俺さ」

 

 

 

 

 

 

 裁判場の空気が一気に凍り付く。

 

 

 そんな。

 

 そんな。

 

 

 

 

 

「だからさ………もう………」

 

 

 

 

 

 

 なんで君が。

 

 

 

「終わりにしよう……こんな裁判」

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰よりも前向きで明るかった。

 力強く、俺たちを支えてくれた……かけがえのない親友。

 

 

 

 

 なぜだ……

 

 なぜ、君なんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ”超高校級の建築士”、土門隆信君………!!!

 

 

 




多くの方にとっては「は?なにこれ?」という終わり方なのは承知してます。
ですが、こういう展開も一度はやってみたかったんです。ごめんなさい。
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