お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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ナイトレイド編(IF)
因果を斬る


「久しぶりだな」

 

「雪原を互いに分かってから三ヶ月も経ってはいないだろうに、白々しいモノだ」

 

ナイトレイドの名を騙った、良識派文官の連続殺人事件。

これによりナイトレイドの、ひいては革命軍の名声を低下させることが目的であろうこの行動を起こした主犯格の挨拶に、ハクは素っ気無く応じた。

 

ナイトレイドがこの行動に対して何の策も講じることなく動かねば、その名声を低下させることができる。

一方で、動けば確実にナイトレイドを釣り出すことができる。どちらに転んでも旨みのある計略に、革命軍はそうとわかっていても動かざるを得ないような状況に追い込まれた。

 

名声目当てで切り捨てるにしてはあまりにも惜しい戦力であるし、切り捨てずとも最終的にその対処の任を負うのはナイトレイドだから、革命軍の懐は痛まない。

そんな思惑の元に、この竜船上での警備は実施されたのである。

 

「白々しいのではなく、待ち遠しかったんだぞ、私は。一日万秋というヤツだった」

 

仕掛け人は無論、この女。自分がアクティブに動いているときは抜群の戦術眼を持つエスデスであった。

 

「物は言い様、か」

 

「その通り。さあ、やろうじゃないか」

 

エスデスの背後には、三獣士。彼女の率いる軍の大幹部と言っても良い三人組の帝具使い。

 

ナイトレイド側はハクとブラートの双璧。プラス新入りの少年タツミ。戦力としてはまあ、互角であろう。

 

「ブラート、どうする」

 

「こっちは三人でいい。それで釣り合う」

 

三獣士の内一人とエスデスを相手にしては流石に分が悪いと見たのか、ブラートは敢えての苦戦を受け入れた。

自分とインクルシオでは、エスデスに傷をつけることはできても倒すことはできないだろう。が、その可能性を濃厚に持つのがこの隣に立つ相棒なのだ。

 

「わかった。任せる」

 

「おう、任せられた」

 

約十センチほど違う二人の拳ががちりとぶつかり、互いに笑い合う。

交わった視線はすぐさま前の敵に戻され、次いで一歩。

 

この二人は、前に出た。

 

「タツミ、お前は俺達の戦いを目に焼き付けとけ」

 

「おぅ、兄貴!」

 

入って以来、アジトでの鍛練で幾度となくこの二人の卓犖とした戦いぶりを見てきたタツミは、何の疑いも懸念もなく頷く。

外見からはそうは見えないが絶武とすら言える技巧の繰り手と、全幅の信頼を於ける最高の兄貴分。

 

この二人でかかれば敵せる者などないと、少年はそう考えていた。

 

「名は、要るか?」

 

「知り過ぎるほどに知っているさ」

 

互いに、最早名乗りは要らない。ただ、殺すのみである。

三対一と一対一。暗黙の内につくられたルールに従うように、四人と二人は帝具を手に持ち駆け寄った。

 

そして。

 

「頭上注意だ、悪く思え」

 

火焔の隕石。

正にスケールが違う一撃が、開戦のゴング代わりに四人の頭上に降り掛かる。

 

だが、この四人は避けようともしない。反応すら、示さない。

 

敵する二人の槍兵の遥か頭上から斜線状に降りてくる焔塊が通る一点を狙い、氷の隕石が斜線を描いた。

 

「そちらができるということは、こちらもできるということだぞ」

 

火焔と氷塊がぶつかり合い、一瞬の内に水蒸気へと変わる。

水蒸気は霧の如き迷彩となって辺りを包み、暫しの間船上の七人の視界を潰した。

 

こうなることは、ハクにはわかっている。焔塊を打とうが氷塊が迎撃するなどわかりきったことではないか。

では、何か。

 

視界を潰すことで有利になる。そんな伏兵が、あるとしたら。

 

「リヴァ、ダイダラ、ニャウ!」

 

奇襲用の駒を、奴は隠し持っている。

一秒にも満たない思考の末に、エスデスは素早くその意図を見抜いた。

 

視界を潰し、咄嗟の対処ができなくなった時点で奇襲用の駒を投入、こちらの戦力を削る。

自分かリヴァが防がねばやられていたし、例えリヴァの帝具を使っても結果は同じだった。

 

何をやろうと、逃げられないような罠がそこにはある。

 

「後ろだ!」

 

確信を込めて、鋭く叫んだ。現にそれは正しい。ハクは背後に伏兵を配置していたのだから、もしもその駒がただの駒でしかなかったならばここで奇襲は失敗していただろう。

 

が、その駒は頭が回る質だった。

詳しく言うなれば、その駒は主の攻めに対する戦術眼にどこか抜けたところがあることを知っていた。

 

「ブッブー!」

 

一番反応の速かったダイダラの首、人体の急所に針が深々と突き刺さる。

突き刺さった急所から素早く引き抜かれて宙に血の色で半円を描く針とは対照的に、ダイダラの身体は地に崩れ落ちた。

 

「チェルシーさんの読み勝ちだね」

 

そういう彼女も、割りと抜けているところがある。

殺した後の残心が長いというのか、成果に浸りすぎだとでも言うのか、兎に角彼女は標敵を殺し終えた後にかなり致命的な隙を見せてしまうという悪癖があった。

 

その癖は視界が無に等しい状態で、更にはドサリという重い音だけでどこで誰がやられたかわかるほどの獣じみた知覚を持つエスデスを敵として戦うには致命的なものだったのである。

 

何の予兆もなく足元から生え始めた氷石に姿勢を崩され、霧を凝固させた部位を起点に生えてきた槍の如き氷柱が串刺しせんとチェルシーに迫り、右方で霧を突き抜けて助けに動こうとしたブラートをリヴァの水龍が阻んだ。

 

ハクの姿は霧に包まれて見えず、死を自覚すらすることなく死という結果を叩きつけられそうになった瞬間、彼女の腰へ凄まじい推進のベクトルが掛けられる。

 

「チェルシー、油断は禁物だと言っただろう」

 

「ごめーん」

 

腰から『く』の字に折れて緊急退避させられた彼女の抱かれ方は、いつもの如く俵持ち。色気も気遣いもない、実用性と運び易さ一点張りの抱き方である。

 

いつもならば『えー、横抱きにしてよ』などと言うのだろうが、彼女も流石に空気を読んだ。

 

しかし。

 

普段読もうとしないだけで普通にしていれば優等生な彼女とは違い、この抱いている方の男は空気が読めない。愚直であるとすら思える場違いな順守性を持っている。

 

「そう言えば、いつだかこちらの方にしろ、と言っていたか」

 

「はい?」

 

まるでお手玉でも投げるようにして、上方向と推進方向からなる二つのベクトルを掛けられながら腰に回した手を離されたチェルシーは、一瞬宙に浮かんだ。

 

そして、運動神経のなさを露呈するように受け身も取れずに背中から落ちてきた彼女は、すっぽりとハクの両腕に収まる。

 

横抱き。所謂、お姫様抱っこの恰好であった。

 

「どうだ。一応練習したのだが」

 

何故か僅かに自慢げに、されどハクはいつもの如くチェルシーを優しげに見下ろす。

その上にこの時、考えられる限り最悪なタイミングで霧が晴れた。

 

「……………ほォ」

 

「どうだ、チェルシー」

 

目の前には今や気の弱い者ならば視線だけで殺せそうな帝国最強と、空気の読めない槍使い。

 

チェルシーは、己の身の不運を呪う。

 

『何故こんな目にばっかりあうのか』と。

 

そして同時に、思った。

 

『このままではヤバい』と。

 

因みに彼女がこうなったのは大体が自業自得であり、因果応報である。別に不運なわけではない。

 

不運というのはどうしようもなく理不尽な形で理不尽な悲劇が起こることであり、別に彼女の悲劇のように変な形に欲をかかねば回避できたことは含まれないのだ。

 

「おいハク」

 

「む」

 

ハイヒールの爪先で甲板を叩きながら、明らかに苛立ちを混ぜた声が耳朶を打つ。

ハクは、繊細なガラス細工でも扱うようにチェルシーをお姫様抱っこしながらそちらに振り向き、ごく微量な返事代わりの呻きを漏らした。

 

あまり敵としたしげに話すのも、どうかと言われたことがあったのである。

 

「そいつは何だ」

 

「彼女は、嘗ての貴女に対する嘗ての私だ」

 

副官です。

 

そう一言で事実を端的に言い切れるのに、他者の想像に任せるような言い方をするから誤解を招くのだと、この時の彼はまだ知らなかった。

むしろ、聞かれたことに対してそのまま答えをぶつけるよりも自ら想像の芽を膨らませるようにしてわからせるのが為になると思って疑っていなかったのである。

 

「……………おい、女」

 

「は、はい?」

 

凄まじい殺気とドス黒いオーラに圧され、チェルシーは明らかに引きながら敬語を使った。

いつもふらふらと煙に巻いたり流したりする彼女が敬語を使わざるを得ないと確信するほどに、今のエスデスは凄まじい暴威の化身だと言い切れるほどの圧があったのである。

 

「どこまでいった。こいつにどこまで、何をされた」

 

変なところで察しのいいハクは、この質問が男女の関係がどこまで発展したかの質問であると目敏く察知した。

そして明らかにビビっているチェルシーに代わり、答える。

 

「見ればわかるだろう。抱くところまでだ」

 

と。

 

無論、彼の言いたかったことは『横抱きをしただけです。キスも性交にも及んでいません』ということであった。

というより、『抱く』のような紛らわしい隠語を勘違いを避ける為に使わないようにしている癖に、それが主因で表現自体の紛らわしさを生んでいるというところに、彼の救いようのなさがある。

 

つまりこの場合は、『今の我らを見たらわかる通り、コレ止まりだ』というのことに他ならない。

 

が、エスデスから見れば『今のお熱そうなやり取りとこの恰好を見てわからないのか。やるところまでやっている』となった。

 

「………………そうか」

 

「そうだ。別に驚くようなことでもないだろう」

 

戦闘中に無理矢理躱させる為には、こうした方がいい。というよりはこうする他に術がない。

 

紛らわしくもなんともない言葉が、一言足りないがために勘違いを生む決定的な瞬間を見たチェルシーは、補足をしようとして黙り込む。

 

眼光を視覚化すれば何かが出せるのではないかというような、凄まじい視線が彼女を貫いていた。

こんな視線と暴威に曝されながら話せるほど、彼女の肝は太くない。

 

「そいつは、殺す」

 

「護るべき者を、殺らせるわけにはいかん」

 

いつしか言われた『助けてハクさーん』を順守すべく、ハクはチェルシーを静かに降ろして槍を構える。

 

勘違いだらけの頂上決戦が、はじまった。


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