お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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叛逆者を突く 四

「いい加減拗ねるのをやめていただけませんでしょうか?」

 

「…………ふん」

 

くるくると万年筆を玩び、未だに少し拗ねた様子のエスデスはそっぽを向いた。

渡河作戦の後、首都をチョウコウを利用して水浸しにして住民諸共葬り去り、逃げた先にあった副都も氷漬けにして潰し、全部で二十五万を捕虜に。周辺諸都市をリヴァ・ダイダラ・ニャウの三獣士とハクが丹念に磨り潰して周り、合わせて十万を斬獲し、十五万を捕虜として帰還。

 

リヴァの帝具『水龍憑依』ブラックマリンを使用した水攻めに、ダイダラの大砲並みの突撃能力、ニャウの『軍楽夢想』スクリームで混乱させる。

帝具の力を存分に生かして戦う三獣士と、勘と経験で培われた用兵で敵を踏み潰していくハク。中核としたエスデス本軍の周りを廻る衛星の如く四軍が敵を片っ端から薙ぎ払ってまわる方式は、三人の帝具使いと精鋭を雍しただでさえ高い攻撃力を持つエスデス軍の攻撃力を飛躍的に増大させた。

 

何となく突如現れて溺愛されているハクに蟠りを持っていたリヴァ以外の三獣士の内二人もこの戦法を提案した者がハクだとわかると、その実績と実力を認めて僅かに態度を軟化させたのだが。

 

「……私が悪いのですか?」

 

「当たり前だ」

 

エスデスはまだ、拗ねている。

 

「何が悪いのですか?」

 

「自分の胸に手を当てて、私の帽子を見てよく考えてみろ」

 

そっぽを向いた顔を一瞬だけ正面に戻したエスデスは、少しの逡巡も見せずに頭に乗せた帽子を掴んで放り投げた。

彼女の狙い通りに顔に当たるであろう軌道を描く帽子を片手で柔らかく掴み取り、形を崩さないように軽く撫でつける。

 

これは普通に主の持ち物に対する配慮であったのだが、エスデスからすればそうは映らない。

 

「やっぱり返せ」

 

一瞬で嫉妬メーターが振り切った彼女は引き千切るような速度で掻っ攫い、帽子に憤懣遣る方無い気持ちを乗せて地面に叩き落とす。

 

物にすら嫉妬をしかねないという程の深い執着心と、執着心よりも深い支配欲。

更にその支配欲より深く、暴走しがちな愛が全て、哀れな帽子に向けられていた。

 

「私の帽子は可愛いのか」

 

声色でそれとわかるほどの昏い嫉妬と、可愛さ余って憎さ百倍ならぬ恋慕余って憎さ百倍な雰囲気を全身から滲み出しながら、エスデスは極力平静を装い、問う。

 

「はい」

 

三獣士たちの必死の口パクも虚しく、基本的には嘘を吐かないハクは、あっさり逆鱗を撫で始めるという身の程知らずの所業に出始めた。

 

それでもエスデスは、ここで耐えた。物に嫉妬するなど、よくよく考えれば大人気ないのではないか―――そんな思考が脳裏を過ぎり、逆鱗を撫で始めた馬鹿一人に更なるチャンスを与えた。

彼女は寛大なのである。

 

「私は?」

 

必死の形相でカンニングペーパーを指し示す三獣士を一瞥し、エスデスの方へと視線を戻し、ハクは言った。

 

「いいえ」

 

遠い目をしながら側に居た三獣士が脱兎の如く逃げ出すレベルの殺気を放ったエスデスに、ハクは更なる追い討ちをかける。

 

「質問の流れから察するに、ここははいと言う流れなのでしょう。しかし、私はあなたに嘘をつきたくありません」

 

「…………」

 

無言で決死の逃走を開始し、裏口から素早く各獣士が指揮する軍の本営へと戻ろうとする三獣士の背を追うように、エスデスの異様に凪いだ声が背に掛かった。

 

「リヴァ」

 

「ハッ」

 

流石、と言うべきだろう。彼女に仕えると決めた時から身命を賭してことにあたる覚悟を決めていたリヴァは悲壮の雰囲気を納め、優雅に一礼をする。

リヴァの尊い犠牲に涙ぐみながら逃げ散った二人が視界から消える頃。

 

「…………私は可愛くないのか」

 

「…………」

 

乙女回路がオーバーヒート気味な主の様子に瞑目し、覚悟を決めてリヴァは問いに答えた。

 

「……可愛い、と言うには適さない容姿であるかと思われます」

 

「………………………そうか、下がれ」

 

目に見えて落ち込んでいる主に再び一礼し、リヴァは長い灰色の髪を靡かせて身を翻す。

自分の起こした火は、自分で消してもらわねば困る。

 

水使いらしい思考の元、彼はその場を後にした。

 

「……私のことを可愛いって言ってくれたじゃないか」

 

「九年前ですから。容姿は歳月を経て変わるものです」

 

白布の如く他人の色に染まり易いが故なのか、或いは意識的にやっているのかはわからない。が、現にエスデスばりの容赦ない追撃を加えたハクは、何かに当たるまで止まらない黒い憤怒のオーラを納めさせるほどにまで凹ませている。

 

主導権を握ろうともせず、一切を受け身になっていながら主導権を握れてしまうあたりは流石のストッパーとしての適正であると言えた。

「小さい頃は背丈も相まって可愛いと評しましたが、背も高くなった今としては綺麗が適切かと」

 

いつもの如く適切な箇所で無意識のフォローを入れ、ハクは一礼した後に外へと歩みを進める。

 

エスデスが予め『合う』と予測し、要求した帝具が届いた今となっては、その能力を十全に発揮できるように準備をせねばならない。

強力な代わりに色々と厄介な制約を背負っている以上、全力を出せるように制約を満たすことが肝要だと、数時間前に受け取ったばかりの彼は考えていた。

 

「……待った」

 

「はい?」

 

「もう一度言え」

 

熱帯気候特有のキツい陽光を浴びながら胡座を掻き、瞑想しながら備えているハクの肩を無理矢理に揺らす。

何故か最近になって趣味の瞑想を邪魔される傾向にある彼は、嫌な顔一つせずに再びゆっくりと口を開いた。

 

「今は可愛いと言うよりは、綺麗が適切かと」

 

「…………帽子を被ると?」

 

「可愛いと綺麗で半々……くらいにまで変化する感じです。私見ですが」

 

言い終えてからすぐさま瞑想に移ったハクの肩を思いっ切り叩き、再び無理矢理に目を開かせる。

二度あることは三度ある。二度瞑想を邪魔されたならば三度目もまた邪魔されるのは最早定めであった。

 

「なぁ、ハク。もう一度言え」

 

隣で膝をつき、黒い髪の色とあいまって色白さが目立つ顎を指で持ち上げ、顔を覗き込むようにして命令を下す。

病的なほどではない程度の色白さは、パルタス族の特徴的であった。

 

「綺麗ですよ、お嬢」

 

顎に掛けられた白魚の指を柔らかく取り除きながら帽子に手を乗せる。

 

一度、二度。痛みを感じない程度に叩き、撫でる。

エスデスは少しくすぐったそうに目を閉じ、両手を地についてその感触を楽しんでいた。

 

「……隣に居てもいいか?」

 

「構いませんよ」

 

猛虎を仔猫のように躾け、あやしているかのようなこの状況に疑問符を浮かべる周囲に反し、二人はいつになく静かに時を過ごす。

朝方から日が昇り切るまで大樹を背にして橙色の光が漏れる夕刻までひたすらに日光浴と瞑想を併用して続け、陽が沈み切った瞬間にハクはゆっくりと立ち上がりかけ、止まった。

 

「お嬢、起きていただきたい」

 

「ん……?」

 

黒い革鎧に覆われた肩に凭れ、目を瞑って静かに息をしていたエスデスを少し揺らして起床を促す。

割と寝起きのいい方の彼女は、それだけで睡眠中の酩酊から覚醒した。

 

「……あぁ、終わったのか?」

 

「終わったというよりは、陽が沈み切ったので終わりにせざるを得なかったという形です」

 

特徴的な目の縁を擦り、背伸びをしてから立ち上がる。

この程度の時間では、まだまだ制約を満たすには足りなかった。

 

「一石二鳥の方法を採っても、まだ足りないのか?」

 

「はい」

 

胸の鎧に一瞬浮かばせた紅玉が、まだまだ満ち足りないとばかりに鈍く光り輝く。

強いことには強いが、非常に使い難い上に一度使ったら外せない。そんな曰く付きの帝具こそがエスデスがそうであろうと覚り、彼が適合性を示した物だった。

 

「……使おうとすれば使い難いが、使わずとも効力はある。だからこそ私はこれを薦めたんだ」

 

「白兵戦を主力とする私にとって自然治癒力の底上げは役に立ちます。助かりました」

 

身体に取り込み、一体化するタイプの帝具は何かしらの恩恵を使用者に与える。エスデスの帝具である氷を操る帝具・『魔神顕現』デモンズエキスは危険種の生き血。これを呑むことで身体能力の底上げに狂化による戦闘本能を鋭利にするという恩恵があった。

彼女の場合は狂化のデメリットを捻じ伏せたが故に戦闘本能は研ぎ澄まされなかったものの、身体能力は底上げされた。彼の場合は自然治癒力が大幅に上がったということになる。

 

白兵戦で、軽微な負傷は付き物。実力が同等の場合はその積み重ねが勝敗を分ける要因になることが多い。

その影響を受けないとなれば、その恩恵は計り知れないところがあった。

 

「命令だ。死ぬな」

 

「…………嘘は付きたくないので、最善は尽くします。が、永劫死なぬことはお約束できません」

 

黒い槍を一つ廻し、掌を僅かに斬ると数秒の後に血が滲み、止まる。

断裂した皮膚が癒着するまでに、一分たりともかからなかった。

使えないが、使える。奇妙な帝具であることに変わりはないが、優秀であることは確かだった。

 

「犬死にはしないことは、約束致します」

 

「……そうか」

 

死にそうにはないが、何か。

何か致命的な感覚が欠けているような気がする。

 

「……何か粗相を致しましたか?」

 

そんな思いを見透かしたかのように問いを投げるハクを見つめ、彼女は一回首を振った。

自分を負かした男の強さは伊達ではない。虚飾もない実のみの槍は、極めて高い階悌にある。欠けている感覚は、自分にもあるのだ。欠けているからといって負けるとは限らない。

 

「私は戦闘に於いて何が欠けている?」

 

「緊張感と慎重さでしょう。狩人故の油断、とでも言うのか……そこが欠けていると思います」

 

「お前は?」

 

「…………総て、でしょうか」

 

人の『今』はよく見ている。が、自分に求める技術を見ているが故に今を見ていない。つまり、総てに於いて未熟であるというように見えてしまうのだ。

だがこの視点の高さは嫌いではないし、欠点であるとも思わない。高みを目指せと言ったのは自分であることだし、彼女は別段そこを欠点としても見ないだろう。

 

が。

 

「……私に死ねと言われたら、お前は死ぬか?」

 

「はい」

 

「それは何故だ?」

 

「お嬢ですから」

 

つまりそれは忠誠心だ。欠点ではない。

 

(近い所を突いたと思ったんだがな)

 

未だ欠点はわからない。しかしその欠点が致命的な欠陥であり、命取りになりかねないような懸念が彼女の頭を去らなかった。

 

 

 




帝具の相性:ブドー→ハク→エスデス→ブドーの三つ巴。

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