お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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銃士を突く 一

「お嬢、何でも望みを叶えてやると言われたら何を望みますか?」

 

「お前と組んで未来永劫、強敵と殺し合いたいな……」

 

バン族殲滅をやり遂げた後の仮設執務室で、エスデスは遠い目をしながらそう零す。

彼女の視線の先には、窓から見える仮設練兵場があった。

 

「……ハク」

 

「はい」

 

鬱屈し、溜まりに溜まった戦闘衝動が蒼い目に澱む。澱んだ目が書類に向けられ、更に澱んだ。

 

最早どうしようもなく、彼女は戦闘に飢えている。目の前に極上の相手が目の前に居るのに、彼女はどうしようもなく飢えていた。

 

「戦おう……」

 

「求められては是非もありません。お受けいたしましょう」

 

こうなることは、彼女にはわかっている。基本的に彼は幼い頃に自分が振った割と無茶な願いを聞いていた。頼みを断らないし、命令には逆らう気すら見せない。

 

時空すら凍結させるような冷気が周囲の大気中にある水分を凍らせ、ダイヤモンドダストが生成させる。

気が昂ぶり、利き手は既に細剣の柄に向いていた。

 

「――――いや、止める」

 

「そうですか」

 

窓際で余念なく日光浴をしていたハクを見、震えてすらいる利き手を柄から離す。

将軍としての仕事には忠実なのが、完全にアウトローな彼女の面白いところだった。

 

責任感が強い、と言うのか。部下の扱いもうまいし、情もかける。役割も基本的に万全にこなしてきた。

そんな彼女は、一見すれば帝国の忠臣であろう。しかし、趣味を知れば誰であろうとその評価を引っ繰り返してきた。

 

(その一事だけで、評を覆すにはまだ尚早であろうと思うのだがな)

 

ルーチンワークを苦手とする癖に真面目にこなし、命令には忠実に従う。やっていることは忠臣そのものではないのか。

 

無言でこなすべき書類の半分を取り、万年筆を一本拝借する。

 

「手伝ってくれるのか?」

 

「秘密ですよ」

 

「うん……じゃない。あぁ」

 

子供っぽい返事をしてしまった口を利き手ではない方の手で塞ぎ、ハクは割と慌てて訂正するエスデスをやけに温かい目で見つめた。

まだ子供の頃の癖が抜けきっていないところに、彼にしかわからぬ愛嬌がある。

 

「……それはそうと。最近給料が使い込まれているようだが」

 

「出征前にスラムや貧しい民から食べ物が欲しいと言われましたので南部で穀物を買い、送ったのです。その為に少し費用が嵩みました」

 

明らかに話題を変えたことに気づきながらも追求はせず、あくまでも真摯に真実を答える。

そんな想い人の発した言葉にエスデスの澱んだ眼が一瞬で澄み切り、呆れたような視線を向けた。

命令とあらば善悪問わず完遂するが、本質的には流されやすくてお人好し。そんな彼が、スラムや貧しい民やらを目にして何もしないでいられるかと言われれば、いられはしないと彼女は答える。

他人本位、というのだろうか。兎に角彼はお人好しだった。

 

「……帝国でも十本の指に入るほどの高給だぞ?」

 

「ありがたいことです」

 

国政を牛耳るオネスト、大将軍ブドー、将軍のエスデス・ナジェンダ・ナカキド・ヘミの四将。次いでハク。帝国の最高権力者を後ろ盾に持つオネストのお陰で、エスデスの宮廷内での地位は高い。つまり、要求も通りやすい。

彼女がハクが金を求めてせっせと軍務以外の仕事をしていることを聞いて、放置したままであることはありえなかった。

 

故に、給料を跳ね上げるように要求したのである。

 

「……使い切ったのか?」

 

「はい」

 

「食費は?」

 

「自分で狩って捌いて焼いて食います」

 

ないです。

言外にそう告げ、槍を持ち上げて狩りに行くことを告げたハクを見て、エスデスはこめかみを人差し指で抑えた。

 

これでは、お人好しも過ぎるというものだろう。

 

「……私が作ってやる。食っていけ」

 

「作れたのですか?」

 

心底驚いた、と言うような反応にエスデスの怒りのボルテージが一段階上がった。

目の前の男が下した自分への評価というものを知りたいものだと思う。

が、同時に既存の認識を超えていく自分というものも、彼女からすれば中々に悪い物ではなかった。

 

「……頑張ったんだ。そしたら出来た」

 

「流石です」

 

妹にでもやるように僅かに微笑みを見せた後に件の帽子に手を触れ、撫でる。

撫でる相手は今のところ自分に限定されているが、いつ誰にやるかがわからないのが彼女の悩みの種だった。

 

「……癖なのかもしれんが、他の女にはやるなよ?」

 

「癖ではありません。お嬢が『お前はわかりにくい。だから私を褒めるときは撫でろ。それでわかる』と言ったのではありませんか」

 

最後に一際強く撫でられ、ぽんぽん叩いて仕事に戻る。

そんなことを言ったような気がしなくもないとばかりに首をひねって訝しむエスデスは、数分の後に考えることを止めた。

 

仕事が溜まりに溜まっていたのである。

 

「苦行だ……」

 

「私はもう終わりましたよ」

 

一時間と保たずに愚痴を漏らしたエスデスをピシャリと黙らせるようなタイミングで、ハクは総量を半分に分けた書類を差し出した。

溜まりに溜まった一ヶ月分の仕事をさらさらと済ましてしまうあたり、良識派の文官や大臣派のコボレ兄妹から実務能力にも優れていると評されるだけはあった。

 

「同じパルタス族なのに、何故お前はそんなに素早く適確にこなせるんだ?」

 

「私はお嬢の補佐役なので、足りないところを補うべく色々と学びましたから」

 

基本的に矢面に立たされがちなパルタス族の舵をとっていた対外折衝役は伊達ではない。本気を出せば割と有能なのが、ハクの強みだろう。

 

必要に迫られないと他人の職務に干渉しようとしないのが玉に瑕ではあるが、偶にキラリと光るところを見せられるのはエスデスとしては楽しかった。

 

「エスデス様、お仕事終わったよー!」

 

「ご苦労」

 

完全に素が出ていたり乙女回路が全開駆動していたり―――つまり、二人でいるときのエスデスの声の音階から職務用の一音階ほど低い物へ変わった瞬間を耳で如実に感じたハクは、顔を出さずに少し笑う。

 

どこで学んだのか、或いは地位が学ばせたのか。人は地位によって自らを変えていくというよりは、地位が人をそれに相応しく変えていくらしい。

エスデスの卓上に置いた腕の右に積もった書類を左手を遣って半分ほど抜き取り、必要事項と体裁、内容を盛り込みながら、ハクはそんなことをそんなことを考えた。

 

普段からそうだが、彼はエスデスに気鬱になるのではないかと心配されるほどに思考に埋没するのを好む。

これは命令を下されたときの機械のような徹底ぶりの反動と言っても良いのかもしれなかった。

 

「ハク」

 

ドアの開閉音がほんの僅かな余韻を残して収まると、早速声音が一音上がる。見事すぎる切り替えに再び内心で笑いを見せながら、ハクは声の方向に振り向いた。

 

「……私はいつもお前を馬車馬のようにこき使ってきたが」

 

彼女の心を正しく言い表せば、こき使う気はなかったであろう。

ただ、正規の軍事教育を受けた幹部がリヴァ一人というこの軍で、何よりもハクの何でもソツなくこなす能力は貴重だった。故に、命令を下してから気づくのだ。

 

あ。また働かせてしまった、と。

 

「私がお嬢の役に立てるならば、こき使われることこそが我が本望というものです」

 

忠実すぎる従僕と自分の目があったことで聞く準備はできているということを覚ったエスデスは、いきなり本題を切り出す。

 

「更に働いてもらうことになる」

 

「御随意に」

 

そういったエスデスが広げたのは、帝国の地図。主な都市や山、川や湖や谷、地形の高低までが記されている、帝国のすべての地図と比べても極めて正確な部類に入るであろう地図であった。

 

「我々は現在は専ら南の移植統治に専念させられている。故にニャウとリヴァにスパイを放つように命令しておいたことは、知っているな?」

 

「はい」

 

ナジェンダ将軍が帝国で貧困に喘いでいた民を募って新天地である南方の豊穣な土地へと民を植えかえるという任務を全うし、その統治を任されたエスデスに全権を託す形で蜻蛉返りしてからしばらく経つ。

 

南部はまだまだ交通網なども張り巡らされておらず、戦禍によって破壊された邑も復興が完了しきったわけでもない。今は首都と副都とその周辺で経済圏を作り上げて穀物を作り、危険種を狩り、腐らぬように冷凍保存して帝都に送って金を稼いでいるだけであった。

 

「リヴァは副都で、ダイダラは治安維持の一環としてあちらこちらをまわっている。ニャウは復興の指揮だ。なにせ人手が足らん」

 

「……叛乱でも起きたのですか?」

 

配下にいる帝具使いの現状を淡々と述べているところを見るに、戦闘能力に優れた駒が必要である状況に反して誰も動かすことのできないという状態を説明しているように、彼には聞こえたのである。

 

「そうだ。ナジェンダが裏切った」

 

「ほう」

 

別段驚いた様子も見せないで諾々と事実を受け入れるハクに対し、エスデスはファーム山から南方に通じる通路を戦っている者とは思えないほど形の整った爪でなぞった。

 

「ファーム山は革命軍の前線基地。本軍は南方だ。ここらの街道は先行して足止めしろ。私も一隊を率い、引き継ぎが終わり次第すぐに向かう」

 

南方と一括に言っても、帝国は広い。エスデス軍はすぐさまナジェンダを含む叛乱軍に追いつけるとは限らないだろう。

だからこその、足止めだった。

 

「挟み撃ちの可能性もあるが、合流されては元も子もない。予期せぬ速度で迅速に行軍し、叩き潰した後に返す刀でナジェンダと合流しに来た叛乱軍を潰す」

 

「御意。すぐに向かいましょう」

 

「馬は居るか?」

 

北の精強な兵を多く率いているエスデス軍には産地を北とする良馬が多い。

電撃的な侵攻・大火力での制圧こそがエスデス軍の必勝パターン。馬を揃えることに関して彼女が手を抜くことなどありえなかった。

 

「いえ。私だけならば走った方が速いでしょう」

 

「まぁ、私の馬も軽々追い越していたからな……」

 

一番速いのがハクの脚。二番目がエスデスの馬。三番目がエスデスの脚で、四番目がエスデスの副馬だということは、行軍中に証明されていた。

 

「では、行って参ります」

 

「気をつけろよ」

 

水っけが豊かな土壌に右脚で踏み出し、少し爪先がめり込んだ瞬間に左脚を出す。

数秒とかからずに地平線の彼方に消えていく黒革の鎧が見えなくなるまで見つめ、エスデスは傍らの兵卒に声を掛けた。

 

「ショウイを呼べ」

 

帝都から派遣され、ハクとも仲の良い内政官ならば信が置ける。

 

ハクの帝具を使った実戦が速くもはじまろうとしていた。

 




エスデス
統率97 武力300 知力87 政治62 魅力100

ハク
統率91 武力305 知力88 政治89 魅力88

リヴァ
統率95 武力230 知力89 政治78 魅力79

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