お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
「何故、エスデスがこんなにも早く来れるのだ……!?」
辺り一面銀世界。
蒼と銀のみが姿を見せる地表に変え、目の前の敵の畏怖などを歯牙にも掛けず、彼女は槍兵の方へと歩み寄った。
「ハク」
「命令を完遂いたしました、お嬢」
少し心配そうな、普段の声より一音高く思えるような濡れたような声色で名を呼ぶエスデスに向けて、ハクは静かに頭を下げる。
命令を第一とする彼にとって、心配されようが何をされようが報告こそが一番にこなさねばならない事案だった。
「ああ、ご苦労」
限りない安心と敬意。それに絶大な愛情を軽く抱きしめて示した彼女は、すぐさま敵へと向き直る。
氷の魔神。そう言われるに相応しい暴威を、彼女は登場して瞬時に躊躇なく振るった。
ハクの苦戦の一因となっていたナジェンダ軍の兵卒を氷漬けにし、残党を率いてきた千人に狩らせ、帝具持ち四人とその他との分断を一瞬で終わらせてしまったのである。
これは大火力や地形を変えるような帝具を持たない―――ポテンシャルはあっても帝具の扱いに習熟していないが故に使えない―――ハクではなし得ないことだった。
彼はまだまだ自身の帝具を使うことに慣れていなさすぎたし、そうなった理由はといえば軽々使えるものでもないが故に慣れるまで使い続けることができないのが要因に挙げられる。
つまり、ひたすら使って戦い続けるしかない。
これに対してエスデスの帝具は市街地でも使えるし、消費コストも軽い。実戦以外で熟練度をコツコツ上げていくにはこれ以上ないほどに優れている帝具と言えた。
「……いい動きをするな、インクルシオ」
「どーも……」
手痛い一撃を喰らった身体を休ませることすらできずに駆け、ナジェンダとその副官を両手に抱えて跳んだブラートは、咳き込みながらそう返す。
ラバックの回収がまだだが、自分の身体は二つもない。身体能力が上がっていたとしても、分裂することなどは不可能なのだ。
「ハク、様子見の結果は?」
「ナジェンダ将軍のパンプキンはピンチを火力に変えることができ、ハンサムことブラートの帝具・インクルシオは透明化。あの仮面は身体能力を上げるものかと。後ろの少年は糸の帝具でした。一撃を喰らい、喰らわせた為、詳細まではわかりません」
怜悧な雰囲気を漂わせる眼差しで、ハクは淡々と報告を行う。
帝具を使わずとも、分析はできる。元来、敵戦力を正確に把握し切る眼こそが彼の強みだった。
「よし、ハク」
「はい」
「帝具を使え。熟練度を上げるには実戦しかないのだろう?」
命令の中に、私情が混ざったような温かみが含まれている。
そんなエスデスの一言に、敵する四人の帝具使いが冷や汗を流した。
その理由は言わずもがな。
帝具を『持っていないから使っていない』と思っていたハクが『持っていながら使っていない』の間違いであると証明されたからである。
「……一番得意なのは何だ?」
「戦車です」
ここで言う戦車は鉄の車に砲塔を乗っけて放つそれではなく、二頭の馬に鉄の車を曳かせて槍やら矢やらで攻撃する旧代の武器のことだ。
彼は調教が得意であり、つまるところは馬術が巧みであると言える。故に戦車の操縦を得手としていたのだが。
「不得意なのは?」
「鎧です」
「ならば鎧でやれ。使いこなせれば無敵だろう、あれは」
彼女は一戦目の敗北から自分を鍛え直し、帝具を手に入れてから数日後の二度目の模擬戦でこれを使うことを要求。二連敗の憂き目に合う。
厳しい制限時間があるとはいえ、その制限時間内の速攻で完膚なきまでの敗北を喫することになった主要因たる鎧を、彼女は再び要求した。
「御意」
粛々と受け入れ、ハクは静かに半歩踏み出す。
人より常に半歩前に出て在れ。それが勇気というものであると言うのが亡き父からの教えであった。
「我が身に纏え」
黒い革鎧の胸部装甲の中央部に紅い石が浮き上がり、白と金で造られた彩色鮮やかな鎧が浮き出るようにして展開。黒い革鎧を地の色として白と金とが混ざり合い、四肢を覆う。
黒い大槍にも血のような紅と金の彫刻が施され、質実剛健といったような黒づくめの武装に紅・金・白の三色を加えることによって華と実を兼ね備えた武人らしい彩りを持たせていた。
「それは―――!」
「時間がない」
流石に叛乱を起こそうとする前に役に立ちそうな情報を調べ尽くしていただけあって知っていたのか、ナジェンダが驚愕の声を上げる。
だが、最早彼に律儀に応じている時間はなかった。
彼が動き出すより少し前に動き出していたエスデスを追い越し、未だ健在のブラートへと迫る。背後の少年にとどめを刺すよりも、脅威を排除することを彼は選んだ。
「……来るか!」
「ああ」
ナジェンダとその副官を素早く降ろし、ブラートは自らの得物であるノインテーターを中段に構える。
まずは小手調べ。防がれることを前提とした突きを胸部の狙うにあたってのよい目印となっている紅い石へと繰り出した。
が、ハクは防ぎすらせずにひたすらに前方へと驀進する。
傍から見れば完全にヤケクソになったかのような無謀な突進を続けるハクの胸部にノインテーターが突き刺さることであろうと、誰もが思った。
その帝具の凄まじさを知る三人以外の、誰もが。
ノインテーターの刃が触れる。
ハクは、なおも減速する気配すら見せずに驀進を続けた。
ノインテーターは強化されたブラートの筋力とハクの突進の勢いそのままに鎧にその鋒を喰い込ませ――――粉微塵に、砕け散る。
「なっ――――!?」
「ブラート、右に跳べ!」
『浪漫砲台』パンプキン。ピンチになればなるほど威力を増す彼女の帝具は、エスデスの来襲とハクの接近によって最大にまで高まっていた。
通常攻撃ならば効かないかも知れないが、これならば。
柱の如く太い光弾が遥かな尾を引いてハクに迫る。
彼のとった行動は、両手を交差させたのみ。
殺った。
自身の俊敏さが災いして自ら光に包まれていくハクを見た誰もが、そう確信した。
あんな大威力のパンプキンなど見たことがなかったナジェンダもまた、自らが置かれていたピンチの強大さに恐れを抱きながら、そう確信する。
その、時だった。
「いい攻めだ」
光芒の過ぎ去った後からまるで無傷で、その男は槍を手に持って現れた。
すぐさま横に向き直り、ブラートを槍で突き飛ばしたその動きからして、外部に出ていないだけで内部にが損傷がある、という希望があるとは到底思えない。
そして。
「ナジェンダ。私のものに手を出すとは―――全く、いけない腕だな」
ハクを盾にした後に踏み台にし、跳躍することで全くの認識領域外から現れた氷の魔神が、彼女の利き手を掴む。
氷に覆われていき、温度を失いつつある腕を、彼女はただ見つめることしかできなかった。
「―――そんないけない腕は、いらないな」
止めようと奔った仮面の副官の首を細剣で跳ね飛ばすと、エスデスは硝子で出来た彫刻を握り砕くようにして潰す。
氷漬けにした腕は、肉片と血の欠片とならしめて四散した。
地に転がったパンプキンと凍った肉片をつまらなさげに目の端で見つめ、エスデスは休むまもなく次なるは標的へと動く。
帝具インクルシオ。ブラートである。
「後何秒だ?」
「二十と少しかと」
槍を身体で受けながら攻め続けるハクに対して守り一辺倒になっているブラートの腹に狙いを定め、エスデスは瞬時に蹴りを放った。
その予備動作が見えた一寸前に防御に動こうとしたブラートの槍を大槍で弾き飛ばしたハクもまた、ほとんど同時に蹴りを繰り出す。
「やはり最高だな、お前は」
「お嬢こそ、合わせやすいことこの上ありません」
同時の蹴りを下腹部に喰らい、宙を舞ったブラートが立ち上がった瞬間に脚を氷が固め、両腕を炎が縛った。
「また一緒に狩りに行こう、ハク」
「仰せのままに」
凄まじい熱を帯びて赤熱化し、鎧を吸収して更に威力を高めんとする大槍と、冷気を宿して蒼く光り、正反対に霜を降ろす細剣。
槍と剣から開放される即死級の一撃の同時攻撃がブラートに放たれようとした。
しかし、彼女らは何故か一旦つけた照準を外して背後を振り返る。
「チッ」
「タイミングのよいことです」
背後から響く馬蹄と、無数の足音。姿を現した革命軍の本隊に向けて照準をあらためてつけ直し、彼女らの最大火力は理不尽な威力と合理的な判断を以って放たれた。
荒れ狂う冷気と、拡散する氷。
触れる物全てを灰にする一刺しと、踊り狂う焔。
明らかに対人に於いて使用するには不釣り合いな同時攻撃は革命軍本隊の先陣五万を消し飛ばし、爪痕を遺して速やかに消え去る。
「……兵を無闇に殺すわけにはいかんな」
「…………建前ですか」
退却戦用の余剰分だけを残して力を使い切ったエスデスと、制限時間を過ぎそうになった鎧を構成する分の光を攻撃に転用して挙げ句にすっからかんになったハク。これ以上の戦闘続行は、難しいことは確かだった。
だが、殺せないことはないだろう。特に片腕を亡くしたナジェンダや、見動きの取れないラバック・ブラートなどは。
だというのにすぐさま撤退を決め、来た時同様疾風の如く去っていくエスデスは来た時には居なかった男に向け、実に愉しげに声を掛ける。
「一人と片腕は潰した。帝具は残念ながら回収できず、またもや我らは強化された敵と戦わなければならなくなったな、ハク」
「はい」
「しかたない。兵の命が最優先なのだからな。しかたないことだ」
あのハクが、白兵戦で負傷した。
強化の帝具を使えば、奴らでも自分たちと渡り合えるらしい。
そのことを瞬時に察し、互角に渡り合える者との闘争に焦がれた彼女は、大臣に悟られぬように仮面の副官を殺した。
だが、帝具は置いてきた。つまり、またその適合者を見つければ革命軍はまだまだ捨てたものではなくなるだろう。
「ハク、実に愉しみだな」
互角に渡り合える敵に飢えた獣の笑みを浮かべる彼女の軍帽を軽く撫で、呼ばれた彼は少し微笑んだ。
「まぁ、それもありでしょう」
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