お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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告白を突く

強者。強者だ。彼は強者だ。

 

三度心の中で呟くほどの、甘美な感動を齎す芸術的な勝ちっぷり。

初戦の勝利と言う疵を無理矢理に手で開き、拡大させる形で追撃戦を展開し、遂には北方城塞にまで追い詰めた。

 

戦に勝ち、一騎打ちにも勝ち。全てにおいて彼は北の勇者に勝る。というか、勝った。

 

「ハクが、敵ならな……」

 

「お望みとあらば、革命軍にでも寝返りましょうか?」

 

いつもの鍛練から帰還した彼の身体には、黄金の鎧。どうやら常時展開し続け、刻一刻と貪られていく消費量に身体を慣らすことにしたらしかった。

 

「それは一緒に居られないから嫌だ」

 

敵として相対し、殺し合いたい獣の本能とずっと一緒にいたいという切な望み。

完璧に矛盾する想いを抱えながらも、エスデスは狂おしい程の愛おしさを感じ、胸に手を当てる。

 

敵になると思うだけで、獣の本能が狂喜する。しかし、喜びと同じくらい女としての自分が悲しみ、泣きそうになっているのが彼女にはわかっていた。

 

「すみません」

 

「……いや、お前は悪くない」

 

二律相反する望みを抱える自分が悪いことを、彼女はよく知っている。

だからこそ、時折全てを彼に任せたくなる。全てを支配したくも、されたくもある。

 

ふと気づいてしまえば、後は速かった。

 

「おかしいのは私だ。

矛盾している。お前に側にいてほしい。でも、敵として殺し合いたい。味方であれば最も頼れると同時に、あまりにも魅力的な敵であり過ぎる」

 

今だって、胸に顔を埋めて甘えているのだ。

なのに、その敵とするに魅力的過ぎる強さに囚われている。

 

ぐらり、と。彼女の中の天秤が揺れた。

 

「矛盾はそのまま受け入れてこそ解決を見ます」

 

「うん……」

 

「私は、あなたの意志に従いますよ」

 

優しい。

エスデスは、自分でも自分が今相当に不安定な存在であるとわかっていた。天秤が常に揺れているような危うさすらあると、思っていた。

それはハクもわかっている。わかっていて尚恐れないし、見捨てない。

 

(素晴らしい戦士だ)

 

鋭利な光が、眼に宿った。

 

(狂おしい程に、お前が好きだ)

 

その鋭利な光は一瞬で収まり、情の滲み出るような女の眼になる。

 

強烈な二面性が、矛盾を自覚した彼女の前に立ちはだかっていた。

 

「私には全ての人間が等しく見えます」

 

エスデスは、甘えて逃げようとしている自分を目敏く見つけて嫌悪し、呆れながらも少し頷く。

彼女には自分の命を含む、全ての人間の命は等価値であると言われた経験が何回かあった。何の質問をしたのかは触れないが、そういうことがあったのである。

 

「ですがあなたは別です。正直に申しますと、私にはあなたに対する妙な執着がある」

 

「…………」

 

「あなたも私に対して強烈な執着があるのでしょう。ですが私は自身の執着に対する答えを見つけるまでは知らぬ存ぜぬで突き通すつもりでした。自己催眠というやつです」

 

人の心理を読んでズバズバと諫言を呈していく男が、朴念仁である筈がない。

言われれば当たり前のことだが、言われるまで気づかなかったのも事実だった。

 

「私は、あなたへのこの執着が何だかを知らなければあなたへの思いを表明できないと思ったからです。即ち私も矛盾している。等価値だと自然に思いながらも、あなたに偏っているのです」

 

「……うん」

 

「誰しもこの自己矛盾を抱えています。それを恥じることはありません。寧ろ自覚し、真剣に向き合ったことを誇るべきです」

 

矛盾のない人間はいない。故に恥じることはない。問題は気づかずにいたり逃げたりすることで、真剣に向き合ったことは誇るべきだ、と。

 

誠心誠意、自分にも相手にも刻みつけるように、彼は言葉を紡ぐ。

 

「あなたは私をどうしたいのですか?」

 

「……女として、愛して欲しい。戦士として、満たして欲しい。ずっと側にいて欲しい」

 

それに応えるように、エスデスは必死に言葉を選んだ。

何の飾りもないその言葉と彼女の在り方と被っているあたり、本音のみをぶつけたのだろう。

 

求愛と、戦闘欲と、所有欲。この三本柱が今の彼女の全てだった。

 

「私もあなたのことは嫌っていません。寧ろ、好きです」

 

真っ直ぐ見つめてくる蒼眼に対して誠意を示す意味も込めて、ハクは同じく見返す。

彼もまた自己矛盾を抱える一人でり、他人にとやかく言える立場にはない。

しかし、エスデスの突発的に発生する自己矛盾に苦しむ姿を見ていられないのも事実だった。

 

「ですが嫌わないのは私のスタンダードな姿勢であり、あなたの求める物とは種類が違う。

しかし、特別な執着があるのもまた事実です」

 

「わからないから、応えられない」

 

彼が無言で頷くのが、彼女にはわかる。

 

「私はあなたの天秤が完全にどちらかに振り切れた時にしか、答えが出ないと思います。

女としてのあなたが勝てば、その愛を受けた時にわかる。戦士としてのあなたが勝てば、戦って決着がついた時にわかるのでしょう」

 

「告白は」

 

しただろう。しかも相当頑張って。

 

続けようとした言葉を唇に当てられた一本の指が阻み、強く掴めれば折れそうなほど華奢な腰に回された腕に力がこもる。

肩にももう片方の腕が回され、彼女は初めて抱きしめられていた。ここで初めて、受け身になった。

 

たったそれだけで天秤が女の方に傾いてしまう辺り、彼女は相当に戦士と女との間を絶妙なバランス感覚を以って渡っていたのだろう。

故に、その矛盾を指摘されるまでは釣り合ってなどいないことに気づかない。指摘する者がいなければ死んでもなお気づかないかもしれない。

 

が、それは仮定の話である。今の彼女は矛盾を知ったし、受け入れた上で解決しようとしている。

 

「あれは相談として受け取りました。あなたが矛盾を受け入れ、決着がついた後に改めて気持ちを聞きたいのですが、よろしいですか?」

 

「……うん」

 

驚くほどあっさりと、女の方に傾いたエスデスは頷いた。

本来単純な性格である彼女に、その心理を読んで的確なフォローと誘導を行うハクは天敵であろう。今の今まで気づかなかったし、今も気づいているかどうかと言われれば疑問符が残るが、天敵であることに間違いはない。

 

「ハク」

 

「はい」

 

カチッ、と。硬質な物同士が当たった時のような音が響き、背伸びした時に彼の額に当たってズレた軍帽が地面に落ちる。

氷の美将と讃えられる彼女は思いの外、燃えるような熱い血流を持っていた。

 

「……初めてか?」

 

「まあ」

 

唇から僅かに血を流しながらもあくまでも余裕な素振りを崩さない彼の態度で、エスデスは自分の上がりっぷりを自覚する。

彼女は、身体が硬直しかけるほどに緊張の極にあった。

 

「……私もだ」

 

「わざわざ言わずともあんな無茶な突進をかまされた後に『経験済みだ』とは思いませんよ」

 

一言多い。

熱を持った唇を少し抑え、紅潮した頬を隠すように顔が見えなくなるくらいにまで堅い胸に埋める。

何度やっても、温かい。その温もりが好きだった。

 

「マーキングだ」

 

「?」

 

立ったまま寝たのかと思う程の長い沈黙の後、エスデスは少し甘すぎるほどに甘い声で囁いた。

 

「お前は私のだ」

 

「今更過ぎますが、当たり前のことです」

 

遂には耳まで朱に染めたエスデスの頭に触れながら、あやすように背中を撫でようとして、止まる。

 

「…………離すな、と?」

 

「…………」

 

腰に回された腕は、どうやらお気に召したらしい。

幼い頃に『疾走感が欲しい』と言う理由で走る時には俵持ちをしていたわけだから、彼の腰持ち履歴は長いのだ。

だから、しっくりくるのかもしれない。

 

黄金の鎧をデフォルト装備にすべく常日頃から展開し続けている槍兵は、そんな的外れな思考を巡らせながら再び華奢な腰を抱く。

 

「よく折れませんね」

 

「……五十四あるからな」

 

耳にまで上がった血が薄紅色になるまで薄まったエスデスは、次の一言で一気に冷めた。

 

「二十七、三十一の差があれば細く見えますし、感じますよ」

 

待て、と。

むりやり押し倒そうかなとすら思っていた、エスデスは思考を冷却させた。

 

「……私のスリーサイズを、知ってるのか?」

 

「反問は無礼ですが、軍服の新調を『手続きが面倒くさい』と言って私に丸投げしたのはどこのどなたでしょうか?」

 

軍服は、基本的に彼女の体型を浮き立たせるように寸法されている。というか、彼女自身がハクにアピールする為に普段着たる軍服を特注でそうした。

 

つまり。一言で言えば知る必要がある。

 

「…………ハク」

 

「は―――」

 

言い切る前に、無言の掌底が繰り出された。

振動と、氷。腹を物理的に貫く一撃に、流石のハクも眉を僅かに動かす。

物理攻撃はカット出来ても、浸透剄には対処法がない。

 

図らずとも、彼はこのことを今思い知らされた。

 

そして、数秒後。

 

「では、戦士としてのあなたの出番です」

 

「ああ、わかっている」

打撃から立ち直った彼は腰に回した腕を肩にやり、己の方を向いていたエスデスを敵の陣へと向かせる。

自己矛盾に対しての懊悩から自分を素早く切り替えることができるあたりに、彼女の危うさと個性が表れていた。

 

「『ああ』が戦士で『うん』が乙女。中々にわかりやすいですね」

 

「…………何?」

 

「なるほど、無自覚ですか」

 

帽子の膨らんだ部分を掌が潰し、八センチ高い身長が頭を撫でる。

潰した先には、絹のように柔らかな蒼銀の髪があった。

 

「……お嬢」

 

「なんだ」

 

「別に知られて恥じるような数字ではないと思いますが、どうなのですか?」

 

再び彼女が彼の為に開発した掌底を繰り出したのは、言うまでもない。


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