お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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欺瞞を突く

北方城塞が陥落してから、七日後。

 

エスデスが帝都を留守にしている好機を逃さずに跳梁し、市民と悪徳貴族や腐敗官僚を震え上がらせる暗殺集団・ナイトレイド。

革命軍の裏部隊として暗躍し、その蜂起を確実に成功させる為に地盤を固める傍ら民を苦しめる腐敗官僚と悪徳貴族の天誅も下している彼らに、その届いて欲しくない報が届いた。

 

「集まったな、皆」

 

四人の女性と四人の男性。自分を含む全てのメンバーがこの場に集まったことを確認し、一人一人の目を見るように視線を遣った後に責任者であるナジェンダは口を開いた。

 

「悪い知らせが三つある」

 

その重い口調に何かを感じ取ったのか、その場に集まった全員の口元が結ばれる。

悪い知らせ。そこから連想される物は当然ながら軽やかな物ではない。重く、辛く、厳しく。絶対的な不吉の予感が皆を照らした。

 

「まずは一つ目。エスデスが北方を制圧・宣撫を終えて南方へ帰還。本人と三獣士は帝都に残ったようだ」

 

「予想より遥かに速いな……」

 

角が生えているという一目でわかる特徴を持つ男性が無感動に呟き、正統派な髪型からリーゼントヘアーへと悪夢のイメージチェンジを果たしたブラートが首肯する。

 

「半年以内に潰しきるだろうってことはわかってたが……速いな」

 

行われた宣撫が物理的な物なのか、それとも真に宣撫と呼ばれるものなのかはわからない。が、北の備えが低練度の帝国兵だけでこなせるようになってしまった事実のみが革命軍には突きつけられていた。

 

「……三人揃って左腕と本体は帝都。で、右腕は何処にいるんだ?」

 

「それが、二つ目の悪い知らせに繋がる」

 

野性味溢れる金髪の美女・レオーネの質問に、ナジェンダは手を組んで肘を卓上につきながら答えた。

 

「革命軍に内通していた村五つと、一邑が陥された。文字通り全滅で、な」

 

「……全、滅?」

 

信じられない、と。一人の少年が内心が透けて見える驚愕を見せる。

新人であるタツミが表立って見せた驚愕は、こういった不測の事態に慣れている他のメンバーにも共通する感情であった。

 

「前に私は、至高の帝具の下に三つの帝具があると話したな」

 

四十八の帝具には、格付けがある。一番上には至高と呼ばれる帝具。その下には無から有を生み出す三つ、更にその下には武具型の帝具や、生物型……と言ったように、一口に帝具と言っても様々なものがあるのだ。

 

エネルギーの充電が必要とはいえ、リスク無しに雷を操る帝具・『雷神憤怒』アドラメレク。

飲むと狂うと言われた曰く付きだが、無から氷を生成できる帝具・『魔神顕現』デモンズエキス。

同じく曰く付きの使うと一回で灰になると謳われた、光を織る帝具・『玄天霊衣』クンダーラ。

 

至高の帝具に次ぐ三つはパイルバンカー・血液・腕環と様々だが、極めて強力だという点では共通している。

 

「その内の一つだ。適合しないと光に灼かれて灰になるが、究極まで適合すると使い手と融合すると言われている」

 

「能力は何なの?」

 

片腕を亡くし、使用することができなくなった彼女の帝具『浪漫砲台』パンプキンを受け継いだツインテールの少女・マインが投げた問いに、ナジェンダは姿勢を崩さずに陰鬱としながら答えた。

 

「文献によれば、光を織る能力―――らしい」

 

「光を織るぅ?」

 

何とも抽象的な表現に相貌を疑念に染めるマインに、ナジェンダは少し頷く。

彼女が体験したのは鎧のみ。突然現れた理由も光を主材料にしているならばわかるが、彼女には他に何をしてくるかが皆目見当がつかなかった。

 

「とにかく、城郭都市と村を灼き尽くす火力と異常な防御力を持っていると考えればいい」

 

「じゃ、じゃあ。戦うことになったらどこ狙えばいいんですか、ボス?」

 

タツミの一言に沈黙した皆の重苦しさを打ち砕くように、角の生えた男性が手を上げる。

 

「何だ、スサノオ」

 

「逃げた方がいいだろう」

 

スサノオと呼ばれた彼はナジェンダの新たな生物型の帝具であるが、同時にナイトレイドでも一二を争う強者であろう。

その彼の発した逃亡推奨は、取り除かれた重苦しさ以上の重圧を皆に与えた。

 

「マインとシェーレが暗殺帰りに帝都警備隊の隊長と戦い、逃げに徹して引き分けたことがあっただろう」

 

「あの時は危なかったです……」

 

ほんわかとした空気を纏う長髪の女性・シェーレが感想を漏らし、その緊張感のなさが空気を弛緩させる。

弛緩させ過ぎると、注意力を失う。

緊張させ過ぎると、柔軟性を失う。

 

組織を管理するにあたって、この丁度良さが難しかった。

 

「お前たち二人を逃がす為に殿を務め、逃げ切ったと思った時に立ち塞がられたからわかる。

あれは本体も相当やるぞ」

 

「どれくらいに、だ?」

 

主の問いに答えず、スサノオは少し考えて両手を打った。

乾いた音が響き終えた、その時。

 

「この一音の間に、俺が捌けただけで七十四からなる無間の連撃が来た。奴曰く、七十八らしい。なるほど、受け切ったはずの俺の身体には四個の孔が空いていたわけだから嘘はついていないのだろう」

 

「……俺と戦った時から、二年経ってないぞ?」

 

「己の未熟さを痛感した、らしい。俺と戦い、夜明けまでに倒しきれなかった時もそう言っていた」

 

ブラートの引き攣ったような問いに静かに答え、スサノオはまだ僅かに痛む手を見やる。

三日経とうが、あの強烈な打ち込みの痺れは引かない。力では僅かに自分が上だろうが、技量では遥かに劣っていた。

 

「俺も鍛え直しだな」

 

「付き合うぜ、スサノオ。このままじゃ俺も歯が立たないかも知れねえからな」

 

「訓練は後にしろ。三つ目もある」

 

焦りと共に訓練場へと足を運ぼうとした二人を引き止め、ナジェンダは手短に切り出す。

彼女にも、時間が足りないことはわかりきっていた。

 

「地方チームが壊滅した。これも大炎上していること、南部にあったことを加味すると奴にやられたのだろう」

 

悪い知らせの全てがエスデス軍によるものとわかっては、修羅場を潜ってきた流石の殺し屋たちも言葉を失う。

これからは安易に酷吏や腐敗官僚や悪徳貴族などを暗殺しに行くことが相当難しくなるであろうことは、誰にでもわかっていた。

 

「なんつーか……今までは俺は一般人だったから純粋に『エスデス軍って凄いな』って思ってたんだけどさ」

 

華美な鎧と優れた武装、優秀な下士官に三獣士と呼ばれる三人の幹部。見目麗しい美将を支える地味な副将に、氷の魔神。

 

主将は一兵卒からの成り上がりであり、身分容姿問わず出来る者を取り立てる新進気鋭の軍。

 

「敵に回すと、よりそのヤバさがわかったよ……」

 

「お前……言いたいことそれだけ?」

 

ラバックは二年ほど前の対戦では石突で振り向きざまに突き飛ばされると言う不覚を演じ、そのヤバさをまさに身を以って知った。

と言うかこの中で痛い目に遭わされていないものの方が少ない。新人であるタツミの感じるヤバさを、彼等は生々しいまでに感じている。

 

しかし、それでもやらねばならないのだ。

 

「いや、そうじゃなくてさ。説得できないのか?」

 

「誰を?」

 

「副将。うまくいってないような話が結構伝わってきてたから、いけるんじゃないかなー、と思ったんだけど」

 

同僚のノウケン将軍に絡まれた時に『欲望を表に出し、満たし続ければ必ず滅ぶ。さしずめあなたは、女で滅ぶことになるのではありませんか』と言って激昂されたり、ブドー大将軍に『地位の重みが人の重みになっては地位に呑まれているということでしょう。一度地位に呑まれているということを自覚してみたら如何ですか』と言って不興を買い、その毒舌をよくよく知っていた大臣に『私の前では喋ることは不要です』と言われれば『それはいいでしょう。が、人の口をふさぐということは水を堰き止めているのと同じこと。あなたの好むこの方法をとっている限り、塞がれ、鬱屈した民意と言う名の洪水に押し流されるのではないでしょうか』と言って言葉を失わせ。

主君であるエスデスに『あなたは欲望のままに生きている。欲望のままに生きることは楽しいでしょうが、いずれ必ず滅びます』と言ってみたりと、傍から見れば到底うまく行っているとは思えないし、他者に好意を持っているとも思えない。つまるところは言い方に思いやりがない。

 

「関わっていないとそう感じるが、奴は人が大好きだ。思いやりとは真実と欠点を見せ、直してやることだと思っているだけで、嫌っているわけではないと思う。刃のような率直さは毒を含んでいるかのように身に痛いが、傷つけようとしているわけではないとも、な。

容れる度量があればこれ以上ない薬になる」

 

「…………つまり?」

 

「凄まじく不器用なだけだ。その率直さを容れたエスデスには多少なりとも気を使って話すらしいが、な」

 

その代わりによく凹むらしいがとは、言わなかった。

 

そして。

 

「…………容赦をくれ」

 

「容赦とは?」

 

空からの爆撃を完遂して帰還したハクは、彼が留守中に業務を代行してくれた仮副官にぶつけた理不尽な命令の数々を指摘し、相変わらずの刃を放っていた。

事実だからこそ辛い言葉の刃にグサリと刺されたエスデスは、いつも通りに凹む。

 

無表情無感動の口調での指摘ほど、辛いものはないというのが彼女の持論だった。

 

「もう少しこう、温かみのある言い回しを―――」

 

「温かみのある言い回しとは具体的には何度ですか?」

 

無論彼は、天然である。


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