お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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偽装を突く

彼女がまだ一役人でしかなかった頃。

彼女の出身地が地獄でしかなかった頃。

 

「太守殿。貴方には殺人罪・横領罪・窃盗罪・傷害罪など、計二十四件の嫌疑が掛けられている。速やかに憲兵の指示に従い、帝都に移動されるようにとの、エスデス様の御下命です」

 

自分が一応調べ上げ、提出した証拠と文書を一々並び立て、その男は現れた。

 

切羽詰まって『奴を殺せ』と命令した太守とその命に従って動いた取り巻きを力を利用して投げ飛ばし、銃撃をも軽々避けた彼が、その武芸の程に怯え竦んていた太守の方へと歩みを進めるだけで、地獄のような圧政は終わりを告げ。

 

自分は、その要点を抜き出す能力を買われて側近兼秘書とも言える侍女長に抜擢されたのだ。

 

それが、苦労の始まりだったが。

「まだ情報収集してるの?」

 

ともあれその頃から、根を詰め過ぎないようにするのがチェルシーの役目である。

 

「やる量が多いに越したことはない」

 

エア・ルナ・ファルの三人娘をしごき終えて完全に休憩モードに入ったチェルシーが執務室へと無断入室を果たし、これまた無断で置いていた棒付き飴を舐め始めてから、はや一時間。一度も周りを顧みず、ハクはひたすらに情報を整理していた。

最近三獣士がナイトレイドを釣る為に動き出している。即ち、大臣の策略で誘き出されるであろうナイトレイドとの対決が急速に近くまで迫ってきていると言えた。

 

その為には敵戦力の把握を正確に行わねばならず、ナイトレイドの情報を得るには些細な出来事・天誅を下されたと思われる悪徳貴族やらの死因から類推せねばならない。

 

「どうなの、今のとこは」

 

「ナイトレイドに殺られた被害者たちの死因は様々。呪毒、絞殺、刺殺、撲殺、銃愴、両断されたことによるショック死など、な」

 

呪毒ならば、分かり易い。帝国に嘗て所属していた元羅刹四鬼・ゴズキが回してきたババラと言う老婆の死体にそれらしき痕跡があったから、ナイトレイドの中には『一斬必殺』村雨の使い手がいると考えられる。

恐らくこれは『必殺刀』の使い手として名高いアカメの帝具。

 

ここまでは誰でもわかる。しかし、問題は他だった。

 

「銃愴はナジェンダ元将軍が持ち去った『浪漫砲台』パンプキンだろう。セリュー・ユビキタスの証言からそれが『マイン』と言う名であり、桃色ツインテールの少女だということもわかる。そして、両断されたことにショック死も、わかった」

 

「二年前に盗まれた『万物両断』エクスタスでしょ?」

 

流石に鋭い情報通ぶりに頷くことで同意を返し、ハクは紫色の長髪と眼鏡が特徴的な女性が描かれた手配書に『万物両断』、桃色ツインテールの少女が描かれた手配書に『浪漫砲台』、黒髪の少女が描かれた手配書に『一斬必殺』と書き込む。

 

後わかるのは、百人斬りのブラート。これは『悪鬼纏身』インクルシオでほとんど間違いはない。

 

「他がわからない。絞殺は糸で絞められたような跡があったから『千変万化』クローステールだろうが、使い手がな……」

 

「戦ったなら覚えてるんじゃないの?」

 

「振り向き様に石突を叩き込んだだけだ。視界の端に緑色が写った気もするが、それで無用の嫌疑をかけるのもどうかと思う」

 

疑わしきは罰せずがユビキタス父の信念であり、ひいてはその娘であるセリュー・ユビキタスの信念であり、ハクも大いに同意するところである。

無用の嫌疑を無辜の民にかけることは罷りならんと言うのが、帝都における新たなルールだった。

 

「絶対に悩むよりも早いだろうし、私が潜入してこようか?」

 

「危険だ、止めろ」

 

「バレない自信があるんだけど、駄目?」

 

寸暇の躊躇いもなく瞬拒され、チェルシーは不満げに口内で飴を転がす。

彼が慎重さと忍耐強さの男であることはわかっているが、少しの危険で莫大な情報アドバンテージと言う名の利益が見込めるならば、その僅かな危険くらいは負ってやろうという気持ちが、彼女にはあった。

 

「ああ、駄目だ」

 

「心配してくれてるのかな?」

 

悪戯っぽく、自身の持ち味を活かして挑発するように微笑むことで自信の程を伺わせても、返ってくる返事は不動不変のただ一言。

 

「その通り、お前の身が心配だ。だから行くな」

 

「………はーい」

 

面と向かって三度にわたってこう言われては、チェルシーも流石に引き下がるしかない。と言うより彼女は元来、真っ直ぐに正の感情をぶつけられることに弱いのである。

多少なりとも内部で屈折しているとは言えども真っ直ぐにしかぶつけてこない彼との舌戦での相性は最悪に近いほどに悪かった。

「念の為に帝具はここに置いておく?」

 

「信じている。持っていろ」

 

「……………あ、そ」

 

遂に抗する手段すら失ったチェルシーが珍しく黙ると、執務室には再びの沈黙が訪れる。

もっともこの沈黙の主要因は、チェルシーが勝手に地雷とじゃれ合っていたら案の定爆発した、というものでしか無かったのだが。

 

「……あ、エアたちに仕事教えなきゃいけないんだった」

 

「精が出るな。期待している」

 

明らかな棒読みによってやっと拓けた逃げ道を走っていたら後ろから投げ槍に貫かれました、とでも言わんばかりの完敗を喫したチェルシーがグロッキー気味にふらふらと執務室を後にすると、その場には彼女の舐めていた飴の甘い香りがふわりと漂っていた。

 

そんなことも関係なくハクはひたすらに仕事を進め、気づく。

 

「リヴァ殿か」

 

「相変わらず部下の命はとことん大事にするのですな」

 

含みのある言い方と共に現れたのは、リヴァ。三獣士筆頭にして、最近起こっている文官の連続殺人事件を引き起こしている人物である。

 

帝都警備隊と誼を通じておきながら、命令されたことを完遂するためには汚名を被ることも辞さないその姿は、エスデス軍の理想的な軍人だと言えた。

 

「大凡人である私に尽くしてくれる出来た部下だ。彼ら彼女らが尽くしてくれる分、私は彼ら彼女らを無為に散らさせてはならないという義務がある」

 

「なるほど」

 

彼女はペットとして目上から保護し、彼は協力者として対価として保護する。やってることに大差はないが、命を惜しませない為に様々な手を打っているエスデスと命を惜しませて生かして帰すことを再優先にしているハクとでは、内面的にかなりの違いがあった。

 

基本的に能力を磨いてやり、人柄を無意識に育てて外に出してやるハクと有能さを有能さとして手垢のつくほどに使い抜くエスデスとではそもそも論として目指す結末に違いがある。が、傍から見れば異様なほどに出て行く者の数が少ないのだから、あまり違って見えないのだ。

 

「戦力分析は出来ましたか、参謀長殿」

 

「そんな大層なものではないが―――暫定版ならば、な」

 

こちらが能力を割っていてそれを敵が知っている帝具の欄に、『万物両断』エクスタス、『悪鬼纒身』インクルシオ、『浪漫砲台』パンプキン、『千変万化』クローステール、『一斬必殺』村雨。

 

向こうが能力を割っている帝具の欄に、『水龍憑依』ブラックマリン、『軍楽夢想』スクリーム、『魔神顕現』デモンズエキス、『玄天霊衣』クンダーラ。

 

「奴等の情報元は、ナジェンダですか」

 

「共同作戦でおしみなく使用したのが仇になった形になる。裏切るとは思っていなかったことを併せれば仕方のないことではあるが……正面から奴らと相対すれば、不利な状況に陥るであろう可能性は否めん」

 

ナジェンダとの共同作戦で、三獣士はその帝具を遺憾なく使い敵を撃滅している。故に、彼女は三獣士の帝具そのものを知らずとも外見の特徴、或いは能力を知っているはずなのだ。

あとはそれを手掛かりに文献を漁っていけば自ずと帝具の利点・欠点に辿り着くだろう。

 

「竜船か寒村か……候補は二つに一つ。我らの動きは奴らに割れているだろうな」

 

「……ならば、裏をかきますか?」

 

「それはお嬢が決めることだ」

 

纏められ、綺麗にファイリングされた情報にサラリと目を通し、リヴァは一礼してその場を去った。

基本的にエスデスが政治的な公務の際に選ぶ副官はリヴァである。ハクは謂わば私設副官、と言ったところだろうか。

 

そうなった理由は言わずもがな、エスデスが暇さえあれば甘え、暇がなければ作るというような有り様で甘えすぎる所為である。

馴れ合いが職務上で起きてはならない、というのは国に仕えるものとしての基本であった。

 

「ハ―――」

 

「チェルシー、何をやっている」

 

リヴァと入れ替わりに再び入ってきた蒼銀の髪を持つ女性の表情や何やらの微細な違いを目敏く察知し、ハクは目線で悪戯好きの侍女長に変装を解くように促す。

 

そもそも彼女は、いくら見事にやり込められてもそうやすやすと引き下がるような玉ではない。何かしらの手段を用いて嵌めようとしてくるのは容易に想像がついた。

 

「げ……」

 

明らかな選択ミスに後悔の念を滲ませたチェルシーはエスデスの顔のまま表情を引き攣らせ、コルクを引き抜くような軽い音と共に本来の姿に還る。

具体的に言えば膝まであった蒼銀の髪が蜜柑のような橙色に変色し、僅かに短くなり、更には身長が十三センチほど縮み、 目つきも猫科の猛獣のような鋭さを失い、僅かに丸みを帯びた可愛げのある物へと変わった。

 

「何でわかったの?」

 

「滲み出る光彩が昏い。お嬢は透明さがあるが、お前にはないからすぐにそれと知れる」

 

例えるならば、エスデスは豹であろう。

しかし、チェルシーは頑張っても肉食獣のような猛気を出せない。自分を偽れば作れるが、長年見続けている彼からすればその猛気はハリボテにしか見えなかった。

 

彼に外見を用いた誘惑は効かない。彼が見るのは心の純度であり、光彩である。肌体も華服も、それを覆い隠す膜に過ぎない。心の純度とは誤魔化しの効かないものであり、ふとした挙措で顕れるだった。

 

彼が見れば外面を繕ったような美しさは醜く見え、光彩を放つ心の持ち主は美しく見える。人の心が放つ光彩に一つとして同一な物はなく、似通ってはいても一致はしない。

チェルシーとエスデスの心の光彩は似通うどころか、大いに違っていた。

 

故に彼に、虚飾は効かない。本質を剥き出さざるを得ない。

彼に、嘘は効かない。

 

「昏いって?」

 

「本質が仮面と混ざっている。中々本音が出ないし、気づかない。恐らくは、建前が多いのだろうな」

 

人の光彩の純度は在り方で決まる。元来狂っていようが、欲望のままに暴恣を振るおうがそれが自分の本質ならば透明に見え、隠す物があるならば昏く見えた。

即ち彼女は本質に気づいていないか、出ていないかだろう。

 

昏いのは、決して悪いことではないのである。

 

「……まぁ、かもね。エスデスに見せた時も『血色が良過ぎる。もっと人間味をなくせ』って言われたし……」

 

心を覆うのが、外見だ。巧みに覆ってもその光彩は隠せないのだから、自分の心には色が付いているといえる。

透明な心を持った者に外見を偽ってしまえば、人並外れた―――ハクの眼や、エスデスの勘と言った半ば超常的な―――感知能力を持つ者にたちどころに訝しまれてしまうだろう。

 

「幽鬼の如き、と言われてるだけのことはあるのだろう。自覚はないがな」

 

罹病しているが如き、病的なまでに血の気のない肌。

全く崩れない鉄壁の表情。

他者の真贋を見極め、射竦めるような鷹の目。

 

この組み合せほど、冷酷さとか怜悧さとかいった印象を与える外見はない。発言にも人としての血が通っていないような理性的な発言が目立つから余計に、だ。

 

外見をその不透明な白さを持つ心に染められた彼は、最後にゆっくりと頷いた。




チェルシー

統率78 武力21〜300 知力94 政治90 魅力97

必殺技:インドミサイル着弾観測

武力は今まで奥の手で戦闘力が変動しない奴ばっかり書いてきただけで、今回が正当。勿論通常時〜奥の手含み。知力は悪知恵含み。魅力はアニメ人気投票結果参照。

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