お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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槍兵を突く 一

「……陽光を節約するのはいいけどさ、何で代わりばんこ?」

 

「私ばかりが楽をしていてもいかんだろう」

 

全長2500キロメートルに渡る大運河を滑るようになめらかにはしる巨大な竜を船首に備えた豪華客船の上を、ハクとチェルシーは遊弋している。

 

背中から伸びた燃える焔のように紅く揺らめいている蛇行した四枚の装飾から翼の如き光が漏れ、触れる物を灼き尽くすような苛烈な光の翼を生成していた。

背中には実際は鳥女でも何でもないのに変装時は基本的に鳥になっていることが多いが為に公的な呼び名もそうなってしまった、チェルシー。

彼女からすれば能力が誤魔化されているという点で寧ろ歓迎できる渾名なのだが、その実用性の反面尻の軽いような印象を与えるような気がすることも加味すれば、プラスマイナスゼロといったところだろう。

 

ではなぜその負のイメージを背負ってもまだなお鳥になるのかと言われれば、彼女が得意とする基本的に視覚に頼った情報収集をするならば人になる必要はなく、寧ろ周りを見ていても何らおかしくはない生物であることが求められるからだった。

人間とて周りを見ていてもおかしくはない生物だが、大仰な動作や繰り返される動作は不審を買う。鳥に注目する人間は少ないが、他人に注目をする人間は多いのである。

 

「と言うかさ。こんな距離離れてて見れるの?」

 

背中がすっごく暑いんだけど。寧ろ熱いんだけど。

 

最早主人に対する口の利き方でない投げやりさで問いを投げ、チェルシーは二人羽織の現状への対応策を口にするでもなく不満だけを言って押し黙った。

 

エスデスが見たら氷結からの即死コンボに繋がりかねない背中に引っ付いているその姿は、彼らからすれば正当な理由によるものだと言える。

 

詳しく言えば、まず彼はチェルシーとは違って危険種にはなれないのだから巨大化もできない。つまり背に乗せられない。

即ち、抱きかかえるしかない。

有事に備え、両手が塞がらない方法で抱きかかえるべきだろう。

 

結果、こうなった。

 

「熱いか」

 

「それはまぁ、いいよ。良くないけど。問題は視認できるかできないかでしょ?」

 

雲―――というか薄い灰色の幕に遮られるように、下界の景色は薄れて見える。これではとてもではないが援護などは出来ないし、自身という戦力を適切な時節に投入することも困難だろう。

チェルシーは、そう考えていた。

 

「私は一応弓使いでもあり、狙撃もできる。目はいい方だ」

 

「それにしたって、限度があるでしょうが……」

 

相変わらずどこか箍が外れた身体能力と天然な回答に頭を悩まされながら、チェルシーは同僚の顔と実質的に同僚みたいな某警備隊長を思い出す。

 

天然。

ドS。

殺し愛。

正義厨。

 

上司の上司を含み、周りにまともな奴がいない、と。

『他人を殺すことで世が良くなる』と言う世紀末救世主めいた考えを嘗て本気で信じかけていた現・常識人は嘆息した。

 

「どうなってる?」

 

「少し前とは違って甲板に人が一向に出てこようとせん。ニャウの笛の音が隅々まで響き渡り、浸透したようだな」

 

何故見える。

そんなごくごく真っ当な突っ込みをするべく手を上げ、下ろす。ここで突っ込み入れても咎められることはあるまいが、直せる素行などとは違い、天性と修練の賜物である身体能力に関してはもう仕方ないと割り切るしかなかった。

 

「交代だ」

 

「はいはい」

 

暫しの間だけ自由落下に身を任せた彼女は、スカートをさり気なく抑えながら懐から化粧用具を二つ出す。

 

箱ごと持ち歩かず、その時その場に必要なものだけを持ち歩く。

変装する為の化粧用品ならば本体の箱とは違って破壊されても替えが利き、収納機能及び収縮機能がついていないが故に持ち運びするにあたって嵩張ることこの上ない化粧箱の帝具・『変幻自在』ガイアファンデーションの、応用だった。

 

「見事」

 

「まーねー」

 

変化したのは、長大な体躯を持つ知性ある龍。即ち、オウムの如く人語を喋れる飛行生物。

最近の彼女のお気に入りは、危険種図鑑で見て以来ずっと肉眼で見てコピーしたかったこの生物である。

 

「竜船という退路のない場所で戦う以上、お前の帝具は不可欠だ。悪いが、頼むぞ」

 

「はいはーい」

 

返事は気楽に、視線は真面目に。態度の割りにはマメな性格をした彼女は、いち早く眼下の戦闘に気がついた。

 

「敵は―――金髪、紫髪、茶髪、インクルシオと牛角、ピンキー、それにナジェンダ元将軍。不利だね」

 

「退くことを前提に戦うことは変わらん」

 

ナイトレイドの戦力は、今が絶頂期。故に、削る。削った後に決戦がある。

 

「アカメは居ないよ。帝具を見るに、金髪が不明だった帝具、紫髪が『万物両断』エクスタス、黒髪リーゼントが『悪鬼纒身』インクルシオ、茶髪が『超力噴出』バルザック、ピンキーが『浪漫砲台』パンプキン。牛角はナジェンダ元将軍の帝具の生物型だとすれば、クローステールも居ないね」

 

「お前も大概だろう」

 

「この危険種が大概なの。私はまあ、あんま良くないよ。目」

 

時々縁が縞々の眼鏡を掛けているところを見るに、その発言は嘘ではない。原因は仕事のしすぎとか、目の使い過ぎとか。つまりは、ごく一般的な理由であった。

 

眼下での激突が始まりそうになった、このような日常の会話は終わりを告げる。程よく弛緩し、程よく緊張することが、この二人は自然と出来ていた。

 

「チェルシー。遊弋可能時間は後どれくらいだ?」

 

「うーん……三十分そこいらかな。正直に言えば、二十分以内に決着つけて欲しいなと思ってる」

 

身体的な体力と、帝具を使う為に使用される別な体力。決して容量が多い方ではないということを、彼女自身が一番よく知っている。

 

エスデスという桁違いの持久力と無尽蔵の容量を持つ女傑を間近で見ているからこそ、彼女はいい意味で自分の限界を的確に悟っていた。

 

「わかった」

 

そう頷くなり、ハクは頭から一直線に竜船目掛けて墜落する。

下手に加速するより、減速するより、落下に身を任せた方が慣れも相まって上手く行くだろうという計算の元の行動だった。

 

呆気にとられたような、半ば諦めたような雰囲気を漂わせるチェルシーを遥か上空に残し、彼の身体はほんの数秒で竜船へと墜落する。

 

果たしてそれは、上手く行った。

 

「来たな槍兵」

 

「ハンサ―――ブラート。それはお前にも冠されるべき称号だろう」

 

『悪鬼纒身』インクルシオを呼び出す為の剣を手に持ち、傍らには嘗て引き分けた牛角の戦士を相棒として置き。

 

再び、槍兵達は向かい合う。

 

「ダイダラは『万物両断』エクスタス、ニャウは『超力噴出』バルザック、リヴァは金髪。なるほど、一対一を貫くか」

 

無類の破壊力を誇る『二丁大斧』ベルヴァーグには絶大な切断能力を誇る『万物両断』エクスタス。

 

『水龍憑依』ブラックマリンに金髪をぶつけた意図はわからないが、『超力噴出』バルザックをニャウに当てたのはその高い白兵戦能力故だろう。

彼は元々支援系なのだから、白兵戦は得意ではない。

 

「おいおい、手配書には名前も書いてあんだろ。言ってやれよ、そんくらい。帝具が戦ってんじゃないんだぜ?」

 

「……そうだな。今のはこちらの過失だった」

 

手に持つ帝具が、一番の脅威。それを明確に認識する為の言は、ともすれば敵に対する侮りと映りかねない。

 

鎧を纏わず、翼代わりの背中の装飾だけの槍兵と、同じく鎧を纏わず、簡易のプロテクターと剣を手に持った槍兵と、遠く東方の服を思わせる服装をした、牛角の槍兵。

 

二人の槍兵が帝具を起動させ、生物帝具が得物を構えた。

 

「インクルシオォォォォォオ!」

 

白い怪物の如き巨大な体躯を持つ、龍の危険種・タイラントの肉体がブラートの背後に現れ、堅固な鎧が筋肉質な身体を包む。

 

形成された鎧は、嘗て見た白い鎧とは明らかな変化を見せていた。

 

「頼むぞ、クンダーラ」

 

全身に鎧に刻まれた太陽を思わせるの紋様が浮かび、その体内に沈めていた鎧がその紋様に沿って浮き上がる。

鎧が身体の一部となっていることが視覚的にも聴覚的にもわかるような非常に生物的な印象を持たせる鎧の浮き上がり方は、正に身体と鎧が癒着するように一体化していることを周囲へ如実に伝えていた。

 

ヒトの槍兵はお互いに帝具の名を呼び、ヒトならざる槍兵は静かに得物を構える。

 

二対一。防御力と防御力、再生力と再生力。二対一で漸く互角近くにまで持ってこれた戦いが、始まった。


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