お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
ナイトレイドでも一二を争う戦力である二人を最高戦力であるハクに配し、押し込む。
その間に三獣士を他のメンバーに討たせ、ハクを倒せぬまでも軍の運営にその思考リソースを省かせることによってエスデス軍を鈍化させるというのが、ナイトレイドが革命軍から受け取った司令であった。
革命軍も、無能ではない。必死に活路を見出すべく奮励努力し、大将軍派と大臣派―――清流派と濁流派との抗争を激化させ、オネストの登場以来常に劣勢に立たされてきた清流派の中核となり得る元大臣・チョウリを全力で護衛。これを帝都に安全に送り届け、一気に抗争を五分にまで持ち込ませたのである。
チョウリの政治手腕を得た清流派は濁流派が画策した帝具持ち八人を集めてナイトレイドを一挙に覆滅させる計画を全力で阻害し、これ以上の濁流派の勢力拡大を制限。戦力を削ったところを革命軍に情報を流し、濁流派の武官を潰しにかかったのだ。
革命軍からすれば革命実行時最大の脅威を排除でき、清流派からすれば濁流派の武官勢力を慚減できる。両者の利害は一致していた。
故に、ナイトレイドがここで殆ど全力を以って潰しにかかれたのである。
「守ってばかりでは勝てんぞ、ナイトレイド」
一つ柏手を打つ間に、七十八発。
スサノオが経験し、皆の前で忠告した明らかに誇張や法螺の類であろうと一笑されてもおかしくはない連撃が全く虚偽ではないと、ブラートはその身を以って味わっていた。
小回りが利かず、複数を相手するには到底向かない大槍を使いながら、二人の最高戦力と相対するハクは未だその身に傷ひとつつけられていない、全くの無傷。
攻撃は鎧で防ぎ、槍は攻撃と敵の思考の誘導に使う。
鎧も、無敵ではないのだ。肉体と癒着しているとはいえ、甲に覆われていない箇所を狙えば肉体に傷はつけることはできる。
だが、狙わせない。優れた敏捷性と巧みとしか言い表せない体捌き、更には攻撃の誘導によって、彼はこの激しい打ち合いを支配していた。
「オォッ!」
スサノオには力で負け、ブラートには僅かに技で負け、されど速さは誰にも負けず。
その評価が間違いでないことを示すようにスサノオの一撃を軽々躱し、更にはブラートの一撃を手甲で受け、この一瞬の攻防においては未だ振るわれていない槍がブラートの右肩を貫かんと繰り出された瞬間。
「そこ!」
鋭い射撃音と、鈍い音。腹を覆う鎧に消し飛ばされながら、パンプキンの射撃が攻撃動作を一瞬遅らせた。
ダメージはない。パンプキンから放たれた光の弾は黄金の鎧を貫くには至らず、表面の薄い光の膜を貫通したのみで止まる。
が、光の弾に込められたベクトル―――当てた時に受ける衝撃が殺され切るわけではない。
身体の中心部分、謂わば幹である胴体の中央部が、腹。そこに移動する為にかけたものと逆のベクトルをぶつけられれば、勢いを殺すまではいかずとも減衰させることができることは明らかだった。
「ナイス援護だ、マイン!」
「当たり前でしょ!あたしは射撃の天才なのよ!」
自らを鼓舞するかのように、或いは共に戦っている味方を盛り上げるように、ナイトレイドは積極的に声を出す。
それは連携に便利だからという合理的な理由もあるが、案外彼らの熱い気性によるものなのかも知れなかった。
三獣士は基本的に喋らないし、連携というほど協調性に優れているわけでもない。
だが、個々の苦戦具合を見るにその差が明確に現れていると言えるだろう。
彼らの連携は相互に寄るものではなく、一方的な―――即ち、苦境になった誰かをその場で手の空いていた誰かが援護するというものであり、援護があることを前提として戦おうとしない。つまり、連携に於いては明らかにナイトレイドに劣っていた。
「……なるほど、他を始末するまで時間を稼ぐ気しかないようだな」
「これも立派な戦術だ。卑怯だなんて言ってくれるなよ?」
「ああ、言わん。それは至極真っ当な判断だ。
しかし―――」
一段、纏う空気が重くなった。
まだまだ底が知れない力量を感じ、流れる冷や汗が頬を伝う。
奴はまだ、槍と鎧しか使っていない。光を攻撃に使っていないし、武器に焔を纏わせてもいない。その身、その技量だけで帝具使い三人を相手に受け身になることなく攻め続けていたのだ。
「―――こちらものうのうと見ているだけが能ではないのでな。その守り、貫かせてもらう」
「だろうな……―――来いよ」
「やってみろ」
援護射撃が放たれ、相対する二人が啖呵を切る。
漏れ出す光に注視しながら、三人の槍兵が織りなす絶技の狂宴が再開された。
そうして再び幕を開けた最高戦力同士の戦いが硬直状態にある一方で、三獣士たちもまた戦っている。
ダイダラは『二丁大斧』ベルヴァーグを巧みに操り、『万物両断』の名の通り全てを斬り裂く鋏型帝具・エクスタスの唯一の斬れない部分である平の部分に斧を打ち付けて体勢を崩させ、隙ができれば片方を投擲。
投擲した方の斧に敵の注意を向けつつ自分の手元にある方の斧で投擲され、旋回する片方が両断されないように牽制し、帝具の相性の悪さを覆しながらも互角の戦いを演じ。
ニャウは未だ『超力噴出』バルザックを使いこなせていない茶髪の少年相手に速さで圧し、或いは躱すことでこれまた硬直状態に持ち込み。
リヴァは常日頃から指摘されてきたペース配分に気を使い、最低限の量の水を巧みに操作。本来はその癖である大技の連発する間にある隙を狙いに来たであろう肉弾戦特化の金髪の女性をいなし、痛打を与えながら長期戦の構えをとっていた。
人数から見れば、圧倒的に不利である。帝具を使用する為の体力の総量からしても、圧倒的に不利なことは変わらない。
だが、その危うい均衡を保ち続けているところに三獣士の意地と底力があった。
ここに均衡を天秤ごと破壊するエスデスがいれば、間違いなく勝っていたであろうと思わせる見事な釣り合いを見せる戦い。
この『硬直』という一言で表される戦いから『派手』という印象へと変えたのはやはりと言うか、最高戦力同士が火花を散らす、二対一の戦闘においてである。
「ブラート、右だ」
右手の光線、左手の爆炎。
槍を扱いながら左右交互に打ち分けてるハクの器用としか言えない戦い方に、彼らは圧されつつあった。
「右がピンポイント狙撃、左が大火力、挙句の果てには無謬の連撃かよ……」
「左右打ち分けによって役割を分け、発動までのラグを極限まで削っているのだろうな」
槍から逃れ、光線を躱し。一箇所に集まって考察と対策を練ろうとした先に爆炎が翔ぶ。
流石に自重しているのか、甲板を焼き尽くすほどではない。
が、ポツポツ足場が脆くなり始める程度には火力があった。
「いけっ!」
「無駄だ」
大槍でブラートを庇いに立ちはだかったスサノオの左肩から先を灰へと変え、その隙を穿ちに来た光弾をピンポイント狙撃によって相殺し、後ろに回って刺突を放ったブラートの愛槍・ノインテーターが背中に触れる前に石突を以ってインクルシオを突き飛ばす。
マインが光に視界を奪われ、ブラートが鳩尾に喰らった衝撃で目が眩み、スサノオの意識が自分の左肩から先に集中した、一瞬。
その一瞬が終わり、彼は無傷で立っていた。
本当に、本当に傷がつかない。攻撃が生身の箇所に当たらない。
尽きぬ闘志を持っていても、無傷の男に対する本能的な怯みまでは消せなかった。
「……どうした、降参か」
再生を終えたスサノオも、インクルシオを纏ったブラートも、パンプキンを構えたマインも。
警戒と怯みがないまぜになって一向に打ちかかってこないことを不審に思ったのか、三人が構成する三角のラインの中央に立ち彼は静かに意志を問う。
これで終わりなのか、と。
「そんなわけ無いでしょうが!」
勝ち気なマインが侮蔑とも取れる本心からの疑念に反応し、大火力の一撃をパンプキンから撃ち出した。
次いでブラートが上段から、スサノオが下段から打ち掛かることで、中段のパンプキンと組み合わせ、咄嗟の判断による上中下三方向からの攻撃を束ねた『一撃』が繰り出される。
人の形をしたものならば確実にどれかは喰らうであろう必殺の一撃に相対して、その男は笑った。
おかしい、と。彼との戦闘経験があるブラートの脳内に疑念が過ぎる。
あの男は、あんな軽い笑いを浮かべるような奴だったか。どんな苦境に際しても涼し気な風貌は崩さなかったが、ああいう風には笑わなかった。
おかしい。
頭が僅かな疑念を憶えて停滞したのとは裏腹に、一度解き放たれた肉体は一直線に獲物へと向かう。
そして。
「バーカ」
悪戯が成功した悪餓鬼のような含み笑いとぽんっ、という破裂音。
軽い音と白い煙がハクの居た場所に立ち昇り、彼らの連携攻撃は悉く空を切った。
ブラートも、マインも、スサノオも。ほんの一瞬ではあるが、思考が止まる。
今まであった姿が、消えた。そんな異常現象が生死が賭かった極限状態で発生して、淡々と思考を巡らすことができるほど、人は万能ではない。
故に、煙からごくごく仔猫が猫のくせに脱兎の如くその場から走り去ったことにも、気づかなかった。
そして。
「頭上注意だ、悪く思え」
太陽を背に構えた槍の切っ先が向く竜船の船首部分に誘導された三人に向けて、空から焔塊が降り注いだ。