お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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槍兵を突く 三

灼く。それだけに特化した焔の塊は、エスデスの氷塊の如く竜船の船首部分を質量で圧し潰し、灼く。

 

だが、その灼かれて崩落する船首の上に三人の姿は無かった。

スサノオがそれにいち早く反応し、ブラートとマインを引っ張って跳躍していたのである。

 

無論、その動作はは天から見下ろすハクの視界に入っていた。

 

「避けたか」

 

生物型、鎧型、銃型。それら三個の帝具に相対する彼が使う帝具は、腕輪。

 

―――クンダーラ。その名の通り腕輪の帝具。超級危険種タイラントが突然変異し、その新たに生やした翼が一度羽撃けば雨は枯れ、土地は罅割れると言われるほどの高熱を纏った上に再生能力を得るという超級危険種の歴代の怪物たちの中でもトップクラスにヤバい個体の生き血を賢者の石に注ぎ込んで結晶とし、背骨を溶かして加工することで腕輪とした帝具である。

 

その素材となった超級危険種の実力の程といえば、一つ羽撃けば日は隠れ、土地は氷に閉ざされると謳われるほどの冷気を纏った超級危険種―――デモンズエキスの素材―――とのいつもの決闘の最中に雷雲から現れた龍と北方異民族の土地を一線を境として焔と氷と紫電が踊り狂うと言う地獄に変貌させるほどの三つ巴の死闘―――俗に言う頂上決戦―――を繰り広げた挙句、横入りしてきたパンプキンとエクスタスに重傷を負わされ、三匹揃って帝都目掛けて一直線に侵攻。

他の四十五帝具総動員でやっと雷龍を斃し、斃した雷龍を使った帝具でやっと死んだと言うほどの化物であった。

 

つまり、帝具の中でもトップクラスの力を持つ危険種を素材にしていると言える。

 

「チェルシー、来たのか」

 

パタパタと翼を懸命に動かしながら空を翔け、チェルシー変身体である雀は彼の肩にやってきた。

基本的に福籠に梟になることが多い彼女が雀と言うのは非常に珍しい。が、状況によってはないことはなかった。

 

「……手紙か」

 

脚に括りつけられた手紙を慎重に取り、抓むようにして広げる。

 

『避難がしゅーりょー。

空舟は解除してよし。

奥の手を使わざるを得ない』

 

手紙に記された三行が、チェルシーの意思であった。

 

「……使うな。危険だ」

 

「えー……ケチー」

 

喋れるにもかかわらずわざわざ手紙を書いて脚に括りつけてから変身するという手間をかけ、その茶目っ気をいかんなく発揮したチェルシーは、不満と嬉しさがないまぜになったような声色で拗ね、翔び立つ。

 

無論その間にも、断続的に焔塊は降り注いでいる。それは嘗て帝具の素材となったタイラント・亜種が現出させた地獄の風景。その三分の一にして、劣化だった。

 

「ハンサ―――ブラート、スサノオ、行くぞ」

 

「その前にこの惨状を何とかしろ!」

 

既に船首を潰されたか燃やされたかわからない方法で失い、沈みかけの竜船である。これ以上の焔塊の雨には耐え切れそうもなかった。

 

だがその正当なツッコミも虚しく焔塊の飛来音に呑み込まれ、消える。

 

「おい、お前!」

 

「何だ、少年」

 

目に正義感を、声色に憤怒を。

総合的に表すならば義憤ともとれる感情を露わにした少年に向け、ハクは幽鬼のようなと形容される血の通っていない色をした白面と、冷徹さを感じさせる静かな声を以って答えた。

 

その怜悧な刃のような雰囲気に圧されながらも、ニャウを討って三人の援護に向かおうとしていた少年は、更に詰問する。

 

「船ごと沈める気なのかよ!」

 

「必要ならば」

 

彼が任務を受諾するにあたって命令されたことは二つだった。

 

一つは、敵勢力の慚減。

二つ目は、自身の生還。

 

如何に罵られようと、この二つを遂行する為ならば彼は汚名を着るのも辞さない。最優先となる目的を主が定めたならば、その目的を貫き穿つのが槍たる己の役割であると、彼は端的に理解している。

 

だからこそ、怜悧に見えた。冷血に見えた。彼が巻き起こす大体の誤解の元は一言の足りなさだが、次点はこれであろう。

 

今回もまた、一言足りていないのだが。

 

「人が乗ってんだぞ!何百、何千ものだ!」

 

非常な正論であった。何千とまではいかないが、確実にこの船が出港時に載せていた人の命は五百は越える。

だが、それは通じない。

 

「いや、それは違う。この場の争いの種を作り出したのはお前たちだ。国が定める法に違反している賊である貴君らが大人しく縄についていれば竜船が沈むこともなかっただろう。

まあ、そもそも大臣が苛政を敷くのが悪いのだがな」

 

そもそも論で行くならば、この場合は大臣が全て悪いということになるだろう。何故ナイトレイドがこの場に来たかと言われればそれは清流派の文官を守るためだし、何故清流派の文官を狙うのかと言われればそれは、オネスト大臣が邪魔に思うからであった。

 

だが、その『邪魔だから殺す』という論理は元が原始的な感情から発せられたとはいえ、ハクを動かす為の筋道が立っている。

 

オネストが、立てた。その舟に居る文官の過去の経歴を洗い流して公にし、些細なことから罪を抽出したのである。

 

彼に命が下って出発する、ほんの僅か前である今朝に。

 

だが、そんなことは問題ではない。問題はエスデスが命を下したことにある。

 

「じゃあ何で―――」

 

「お嬢が我が主だからな。貴君らの持つ一般的な価値観で悪だと言われようが、裏切る訳にはいかん」

 

少し目を瞑り、苦労人の風格を滲ませながらハクは首を一つ縦に振る。

それだけで非常な同情を得られるほどの悪い顔色であり、目の下に隈でもできていたら即病院に担ぎ込まれているでろう病弱さを彼は自然と身に染ませていた。

 

「我が主は理性と理屈では動かん。己がしたいからやるのだ。したいの思ったからやる。それだけだ。

獣の理屈、強者の傲慢でしかなく、理論とも言えない理論だ。どうしようもなく、己が己であることに固執する。幾度試みようと他者からでは曲げられん頑固者だし、何より自分で日常生活を営もうという気がない。それもそれでありだが、一般的な規範からは外れているし、これを以って我が主は人間失格だと断言できる」

 

が、それでもいい。個人の感性や趣味に感想は言っても口には出さない。

 

自らの心情を口にし、されどその口調に厭味ったらしい陰鬱さは無く、寧ろカラリとした風韻がある。

だがそれでもなお、その感想に度々ダメージを喰らっている被害者に対して手痛い酷評とも取れる言い方で更なる死体蹴りを敢行しながらハクは静かに頷いた。

 

趣味は拷問。特に引き出したい情報がなくとも暇潰しに拷問。狩りが終わったあとにやはり拷問。拷問が終わったら健啖家らしく大量の飯を食い、他人を抱き枕にして爆睡。一生の九割五分をやりたいことしか費やしていない。

 

最近は拷問好きも収まりを見せているが、いつ再発するかはわからないと断言できるだろう。

 

「……でもさ、ほら。それほど酷くは」

 

「実体験だ。間違いはない」

 

思わず敵もフォローするほどの評判倒れな内情をつらつらと聞かされ、タツミは鋭利に尖った怒りを丸めてフォローに入った。

 

何というか、無感情の如き平坦さでひたすら感想を述べるその姿は、主と上手く行っていないような印象を与えているのも宜なるかな、というところである。

 

『はいはーい、ナイトレイドの皆さーん』

 

驚異的な強運さで直撃どころか掠りもしなかった放送施設に引っ込んだチェルシーが適当に選んで変装したであろう誰かの姿で放送を開始し、聴き慣れた調子の聴き慣れない声が竜船を包んだ。

 

『案の定ハクさんが一言足りていないので補足しますが、竜船に御乗船なされた皆さんの避難は済んでいますので御安心を。あと―――』

 

何かを言い掛けたその瞬間に放送施設のラッパ型の拡音素材に金髪の獣人らしきグラマラスな女性が乗り、それを追跡したであろう水竜が派手に拡音素材を水圧で圧し折る。

 

放送施設に直撃しなかっただけマシだが、良い所で媒体を壊されたチェルシーが苛ついて放送機材を放り投げたことだけは確かだった。

 

「……それとなく、言ったつもりだったのだがな」

 

「全く伝わらないぞ」

 

困惑の色を強めた仮面・鎧・銃士・生物帝具の四人を代表し、生物帝具が否定の意を伝える。

 

竜船が、沈むことはなかっただろう。

 

そう言ったから人は沈まないということは気づくであろうという画策は露と消えた。と言うかこれで気づくのはエスデスくらいなものであろう。

あと、ギリギリチェルシーが気づくか気づかないか。それくらいだった。

 

「ともあれ、ナイトレイド。今までは操れる光の半分を舟に回していたからろくに武装も使えなかった。が、最早手加減はせん」

 

炎熱の槍と、黄金の鎧に、光の翼。死ぬべきではない等価の命を送り届けた舟が消え去り、光の粒子となって翼に集う。

 

「改めて名乗ろう。エスデス様の従僕、パルタス族のハクだ」

 

黄金に覆われた脚が曲がり、爪先に力が篭った。

ふわりと舞った埃だけを残滓に、ブラートの纏うインクルシオ目掛けて大槍が振るわれ、肩の装甲を舐め溶かす。

 

「避けたか」

 

「……本気出してなったのかよ」

 

「全力は尽くした。今までの私の全力が、あれだ。今からの私の全力が、これだ」

 

熱に舐め溶かされた装甲を周りの装甲が庇うように延び、穴を塞いだ。

 

まだ素材となった危険種が生きているからこそ、帝具の自動修復。

 

「スーさん!」

 

背後で、力が膨れる。

 

潜在能力を引き出す帝具、『超力噴出』バルザック。その使い幅は極めて大きい。

スサノオのような奥の手によって本来の力を引き出せる帝具に使えば、そのデメリットを打ち消すような形でその必要とされたエネルギーを補填し、奥の手を発動することができるのである。

 

無論、これは反訴だ。故に奥の手ほどの威力は出せない。

 

しかし、主の生命力の三分の一を吸い取ることでしか真の力を発揮できないスサノオにとっては、それでも充分だった。

 

「―――天叢雲剣!」

 

遥か東方の国の、帝具と比肩する三つの武器。俗に神器と謳われた三種の内の一つの名を冠す剣が、腰から上下に両断すべく振るわれた。

 

絶対的な防御には、絶対的な攻撃を。

 

「やるな」

 

だが、私には届かん。

 

言外にそう言い捨てるように、剣は粉々に砕かれ、灰となって土に還る。

 

槍に纏わせた光炎による盾と、盾で勢いを殺してからの一薙ぎの通常攻撃。

 

「いい斬撃だ。惜しみない賛辞を贈りたい」

 

「……有り難く受け取ろう」

 

嫌味の一切ない賛辞を冷や汗と共に受け取り、スサノオは灰となった柄だけの剣を見つめる。

 

空は、曇り始めていた。




戦況。

エスデス軍

ハク
HP:800/800
TP:108/300
特性:自動回復(Level10)

エスデス(欠)

HP:400/400
TP:1500/1500
特性:自動回復・TP(Level10)

チェルシー

HP:20/20
TP:280/400
特性:危機回避(他力本願)

リヴァ

HP:330/350
TP:220/400
特性:連発(Level8)

ニャウ

HP:0/250
TP:300/350
特性:楽師(Level7)

ダイダラ

HP:210/300
TP:280/300
特性:脳筋(Level10)



ナイトレイド

ナジェンダ

HP:300/300
TP:280/500
特性:指揮官(Level9)

スサノオ

HP:560/1000
特性:自動回復(Level9)

ブラート

HP:400/600
TP:180/400
特性:近接戦闘(Level9)

マイン

HP:100/100
TP:520/800
特性:狙撃(Level10)

シェーレ

HP:300/300
TP:290/300
特性:シリアルキラー(Level8)

タツミ

HP:150/500
TP:100/300
特性:大器晩成(Level10)

レオーネ

HP:400/700
TP:480/500
特性:自動回復(Level4)


HP……体力。
TP……帝具ポイント。

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