お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
炎上。
開戦した当初はあったであろう竜船への配慮をかなぐり捨てた打ち合いが始まり、ナイトレイド側にもかなりの疲弊が見えはじめた。
距離を詰めれば槍で圧され、唯一鎧を通る攻撃である『万物両断』エクスタスには遠距離からの光線や爆炎で距離を取られ、的確に敵前衛の力を削る。
しかし、ダイダラを倒して合流したシェーレを矛に、優れた自動回復能力を持つスサノオと堅牢な鎧を身に纏うブラートを盾に、ナイトレイドは果敢に攻めていた。
「万物両断……か。厄介な物だな」
思わず言ったと言うような言い方で、ハクの口から感想がこぼれる。何というか、帝具の相性が良くないのだ。
殆ど完全な耐性と防御力を誇る『玄天霊衣』クンダーラだが、やはりと言うか、弱点はある。
というよりは始皇帝によって作られたといった方が正しいかもしれない。
まず、第一に。鎧の強度が落ちている。本来はエクスタスでも切断による破壊が困難だったのを攻撃にリソースを裂くことで劣化させ、全身を覆うような鎧の一部を引っ剥がして露出部分を作った。
つまり、『攻撃性能は余熱のみ、ただし絶対的な防御性能と内部からの毒のたぐいを灼き尽くす耐性』が『攻撃性能は光と炎、プラス極めて破壊が困難だけどしようと思えばできなくもない防御性能と呪毒以外の毒耐性』になったのである。
それはピーキーな性能を丸くし、バランスをよくしたとも言えたが、弱体化していることは間違いない。何せ呪毒を体内ごと灼き尽くした毒耐性とエクスタスを弾き返した防御性能を棄てているのだ。
始皇帝は明らかにその帝具が敵になった時の対策としての弱点を作りたいが為に改造したのだろう。
因みにデモンズエキスにはそのような弱体化は施されていない。あれはただの純粋な生き血である。
つまり、操作できる光の全てを呼び戻しても嘗ての鎧には届かない。
そもそも彼は鎧があまり好きではない。主の敵を討つのみの槍が守ってどうするのか、という心情もあった。
故に、呼び戻した光は専ら攻撃性能の強化に割り振られることになる。
その防御を顧みない超人的な勇敢さと殆ど無敵の耐性、自動回復の優秀さがこの帝具と使い手とをこれ以上ないほど噛み合わせていた。
帝具自身は無敵でも、使い手は無敵ではない。首は露出しているから、ある程度の腕と痛みに耐えうる根性とがなければやすやすと攻略されてしまうだろう。
(どうするか)
三獣士とナイトレイドとの地力の差。数の差。それは長期戦になればなるほど浮き彫りになった。
こちらは『万物両断』エクスタス、『浪漫砲台』パンプキン、『悪鬼纒身』インクルシオ、『電光石火』スサノオ、『超力噴出』バルザックを相手取っている訳だが、こうも連携と防御を最重視されてしまえば迂闊に踏み込めば手痛い反撃を喰らう。
(……友軍がいないのが一番の難点だな)
槍は一本、腕は二本。同時に対処できるのは二人か三人。致命傷になり得る攻撃を受ける役割を致命傷にならない盾役で受けてくるから一向に敵が減らない。
腕があと一本あれば何とかなりそうなものだが、再生とも表現できる程の回復力を持っていても腕は生えてこないのだ。
インクルシオ、スサノオ、バルザックの三人が前衛、後方支援がパンプキン、必殺の匕首としてエクスタス。未だに無傷なのがおかしいほどの重厚な布陣である。
「天叢雲剣―――!」
左方向から一閃が入り、背後には透化したインクルシオ。正面からはバルザック。右からはパンプキンの狙撃が首元目掛けて迫り、エクスタスの姿が視界から消えた。
天叢雲剣の、その威容に目が惹かれる。その一瞬で死角に消え、それを誤魔化すべく透化しながらもわざと気配を滲ませて背後から。退路を塞ぐために正面と右から攻め、退路を限定。
「……不利、か」
一撃を喰らうことを覚悟する。
向かうは右。狙撃手を消すことを優先することこそが、多対一での定石だ。
籠手部分でバルザックを付けたタツミの斬撃を、石突による牽制でインクルシオを纏ったブラートを、天叢雲剣を屈んで躱す。
『浪漫砲台』パンプキンは、ピンチになるほど火力が増すという厄介な帝具。だが、この多数で一を囲んでいる状況はとてもではないがピンチであるとは言えない。
寧ろ、危機の渦中にあるのはハクの方だった。
(雨か)
鎧の輝きが曇り、傍目に見ても激しい劣化が見て取れる。
(機だな)
最低限の勝利を手繰り寄せる為に狙撃手を狙うと言う作戦を放棄し、ハクはエクスタスの刃の平の部分を蹴り上げて件の放送施設を背にするように立った。
「ヤバいんじゃない?」
雨を受ける度に黄金が曇り、味気ない土気色へと変色する。水苔とかではなく、純粋に効力が低下してきているのだ。
これが始皇帝の対策の一つであることは言うまでもない。
そして危険が間近にまで迫った放送施設から翔び立った一話の梟がチェルシーであることもまた、言うまでもない。
「その癖お前は逃げないのか?」
「いやまぁ、逃げたいけどさ。ここで見捨てたら…………ほら、目覚めが悪いし?」
いつもと変わらぬ調子に、いつもと変わらぬ変装対象。軽口の裏にある確かな忠誠心と殉死の精神があることを一瞥したのみで悟り、ハクは距離を取ったまま動かないナイトレイドの方を真っ直ぐに見ながら、命を下した。
「リヴァを回収して帝都へ帰還しろ」
「はいはーい、と」
含みのある笑みを浮かべたチェルシーは天へと舞い上がり、黒い雲間に姿を隠す。
後は、彼が時間稼ぎをするのみだった。
「……さて、ナイトレイド。今の私に鎧は無いぞ」
土気色の鎧が肉体に染みるように消えていき、黄金の鎧無き身体が露わになる。
黒い革鎧が包むのは、肉体の一部が削られたのかと思われるほどの痩身矮躯。少なくとも一般人から見れば、この不健康・貧弱・痩身矮躯の三拍子揃った男を見て強者だとは思わないだろう。
「日光を原動力としているのは、間違いない情報だったようだな」
「それは正しい。どこからの情報かは知らないが、素晴らしい情報屋を持っているものだ」
槍を構え、戦いを再開せんとしたその瞬間。
空が割れ、明らかな強さを纏う長大な巨躯が姿を現した。
「リヴァさーん、撤退」
「私より向こうを優先すべきでは―――」
至極真っ当な反論を弁駁する時間すら無駄だとばかりに無視し、龍尾の一閃で獣人らしきナイトレイドの一員を弾き飛ばし、鉤爪で両肩を掴んで飛翔する。
咄嗟に反応したブラートとスサノオの反応速度をゆうに越える速度でハクが動き、わざわざ広げた距離を詰めた。
「甘いな」
完全に虚を突かれた彼らに鎧を失ってもなお衰えぬ槍撃が繰り出され、まるで振り出しに戻したかのように近接戦闘の雄である二人が仲間の元へと弾き飛ばされる。
その両者の動きに始まった時のキレはなく、ブラートの帝具も使用限界を向かえつつあることが見て取れた。
「……そちらも消耗しているようだな」
「お前ほどではないがな」
そう勝ち気に返すナジェンダにも、かなりの負荷がかかっている。これまで味方の数々の危機を救ってきたマインのパンプキンも撃てる残数が片手で数えられるようになり、スサノオの再生能力も衰え、後方支援組のナジェンダとマインを除けば皆が皆満身創痍。
槍に身を刻まれ、炎に焼かれ、光に灼かれ。全力で戦える者など一人も居ない。
対する槍兵は帝具の使用権を失ったものの無傷であり、その技の冴えに曇りはない。彼が雨によって帝具を失っていなければ、誰もが絶望に目を染めていたであろうこの状況で、彼らの身体は高揚に満ちていた。
――――エスデスの右腕をもげば、革命軍数万人。いや、組まれた時の脅威と暴威を加味すれば、十数万の人命が助かる。
その確信が、彼らの希望となっていた。
「私は退いても構わない。戦っても構わない。ナイトレイド、貴君らの判断に委ねよう。
どうする?」
「…………愚問だな」
――――無論、お前を殺す。
――――やってみろ。
焔塊に遮られ、再び距離を取ることで遮られ。
四度目になる激突が、始まった。
「いくぜッ、ハク!」
「来い、ブラート」
ノインテーターと、無銘。
白と黒、二色の槍が火花を散らし、他のメンバーが散開する。
ここで初めて、ナイトレイドは防御を捨てた。攻撃に徹し、包み込むように圧し潰さんと一大攻勢を掛けたのである。
嵐の如き攻勢は、雨という幕の内で一時間にも及んだ。
陽は隠れ、沈む。
完全に不利な状況下で、ハクはまだなお五分五分の均衡を崩さずに戦っていた。
「本当に、人間かよ……ッ!」
少年タツミが仮面の内から漏らした声こそが、ナイトレイドの誰もが心に秘めた感情だっただろう。
エクスタスに胸を貫かれ、ノインテーターに腹を穿たれ、天叢雲剣に肩から袈裟がけに斬られ、パンプキンに左腕を焦がされ、眉一つ動かさない強靭な意志と戦闘続行への精神力。
「いい守りだ」
右腕一本で手繰る大槍は、疲弊と驚愕に鈍ったブラートの防御を打ち砕き、インクルシオを強制解除に追い込み、余勢を駆るような槍捌きでスサノオを腰から上下に両断。
エクスタスを躱し、パンプキンを焦げた左腕で受け、タツミの剣を槍で弾く。戦闘続行が不可能となる傷を負わせる一撃を的確に見極めて防ぎ、ハクは敵戦力を削っていた。
「タツミ、レオーネ、合わせてください!」
「了解!」
「わかった!」
再生中のスサノオに代わってシェーレが前衛となり、真っ先に切り込む。
エクスタスは、鋏型の帝具。その最大にして最速の攻撃は、刃の開閉である。
だが、この満身創痍の男はそれすらも避けた。
そして反撃の一撃を迫りくる天敵に向かって放とうとし、止まる。
「私も相当しぶといけど……あんたには負けるよ……!」
槍を小脇に抱え、歯を食いしばりながら金髪の獣人・レオーネが攻撃動作を遅らせる。
その遅れた、一拍の間。
「エクスタス!」
首を伐採する直前で虚しく空を切ったエクスタスが、突如煌々と光り輝いた。
敵の動作を逃すまいと見開いた目に光が突き刺さり、不死身の槍兵の視界を奪う。
奥の手・金属発光。つまるところは盲まし。他の派手な奥の手と比べて地味だ地味だと言われるこの奥の手は、この期に及んでは最良のものだった。
視界に頼らずとも、戦闘はできる。
だが、咄嗟に他の五感に切り替えるには如何な達人でも僅かの間が必要不可欠だった。
「終わりだ!」
タツミ。そう呼ばれた少年の剣が、硬直した槍兵の胸に突き刺さる。
人体の急所を穿った感触が刃から伝わり、思わずタツミは顔を顰めた。
圧倒的なまでの実力を持つこの帝国の英雄を、殺した。そんな慚愧とも達成感とも言えない感覚が身体を満たす。
「やっ……た?」
後方からマインの声がし、タツミは静かに剣を胸から引き抜く。
敵は、立ったまま死んでいた。
「…………よくやったな、タツミ」
ブラートの寂寥感が滲む声が、ナイトレイドにとっての終戦の号だった。
しかし。
「油断をするな、首を刎ねろ」
「ボス、そこまでしなくても―――」
ナジェンダは、知っている。彼がエスデスの命令の忠実な履行者であるということを。
彼が死ぬなと言われたことを。
そして何より、バン族との戦いで部下を庇って三度の瀕死の重傷を負いながらも涼しい顔で最前線に身をおいて戦い抜いた不屈の勇者であるということを。
「……わかったよ、ボス」
一番近くに居たレオーネが槍から手を離し、地面に落ちたベルヴァーグを持って槍兵へと歩みを向けた、瞬間。
「…………まだ」
事切れたはずの口から、普段と変わらぬ言葉が漏れる。
「まだ、斃れるわけにはいかん」
自由になった槍を廻し、自らの動作を戒めていたレオーネの腹部を串き、穿つ。
圧倒的なまでの、意志の力。それのみが瀕死の身体を立たせていた。
「あの重傷で膝もつかねぇのかよ……!」
「私が膝を屈する存在は、この世に一人しかいないのでな」
槍を構えたその姿に、死の気配などは微塵もない。
ただ、陽炎のように燃え立つ意志のみが彼の身体を屹立させていた。
「それにしても、少年。先程は見事な一撃だった」
「褒めてる場合でも容体でも無いでしょうが!」
空からの声と共に、ハクの身体が船上から消える。
超高速で往復した火龍―――チェルシー変身体―――の鉤爪に攫われる形で、両者の死闘は幕を閉じた。