お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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拮抗を斬る

槍を構えたハクに、隙はない。

節約の為か、鎧もない。

 

普段の彼女ならば、ここでおかしいとか気づくであろう。何せ最強クラスの強者とも言える彼が、己と唯一互する敵に対して手を抜いてかかっているのだから。

 

が、今の彼女は頭に血が上っていた。端的に言えばキレていた。

 

正常な判断力は保持していたものの、その最大の持ち味とも言える未来予知めいた直感が、沸え滾った理性を冷ますことにリソースを割かれていたのである。

 

故に、気が付かなかった。

 

「勝負を急くとはらしくないな、エスデス」

 

彼が甲板に張り巡らせた、一度限りの奇襲攻撃に。

 

甲板が黄金の光を洩らして消え、一段落ちて火に変わる。同時に炎剣が四方八方から降り注いだ。

 

甲板を鎧でもう一枚作り、瞬時に解除することによって足元を潰すと共に大火力で四方八方から同時攻撃を行う。

 

単純なタネだが、バレなければ有効であると言えた。

 

(前にも喰らったな、これは)

 

エスデスは迫りくる炎剣を周囲に氷壁を張ることで防ぎながら、自分の失態に臍を噛む。

先の雪原での戦闘でも、彼は先に待っていた。先に待って、こちらが攻撃に転じた瞬間にこの焔の奔流と炎剣の雨を喰らわせてきた。

 

今回はそれを、前とは違い開幕にもってきたのだろう。

 

ここまで考え、エスデスは心中で首を振った。

 

(いや、違う)

 

こちらが散漫だったからこそ、奴は二度目の仕様に踏み切っている。ならば、ハクにも僅かながらの油断があるのだ。

 

それを前提とするという、油断が。

 

余程巧妙に戦いを組み立てない限り、二度同じ手は通用しないという法則が実力の伯仲した両者の戦いでは適応される。

 

つまりこれは、妙手に見えた悪手だった。

 

――――返してやろう。

 

意地の悪い思考で、エスデスは炎剣と丁度相殺できる程度の氷の盾を周囲に構える。

 

発生したのは、先ほどと同じく水蒸気。霧のごとく視界を遮る白の万幕。

 

「……なるほど」

 

ここにきてハクも、隙をついたと思われた自分の一手が悪手とかしたことに気づいた。

並の敵―――否、エスデスレベルの敵でなければ確実に仕留められていたであろう必殺の不意打ちですら、彼女との対戦では悪手となりうる。

 

反射神経のみならず、僅かな間によって思考能力をも計算に入れねばならないこの一瞬とは言い難い数秒のせめぎ合いにおいて、彼の選択はあまりに安直過ぎた。

 

そう気づき、鎧を纏う。

 

「流石に速いな」

 

後方にまわり、彼女の得物である細剣で首筋を狙った突き。

エスデスの奇襲は、鎧を纏いながら正中線を斜めに遮るようにして後ろ手に構えられた槍に弾かれた。

 

この後方からの奇襲が失敗したらどうなるか。そんなことは彼女も知っている。

 

最早思考というものの範疇ではなく、彼女は本能でわかっていた。

 

だからこそ、迫りくる石突を半身になって躱せたのである。

 

「そうでもないらしい」

 

「謙遜するな。私が更に速いだけだ」

 

石突での反撃を起点に身を後方に翻し、次いで槍の穂先による石壁の如き連撃を放つと言う文字通り怒濤の迫撃を凌ぎ切ったエスデスは、その繰り出した主であるハクに凄絶な笑みを見せた。

 

一瞬の読み違い、一瞬の反応の遅行が命取りになる。

それは帝具の効能でも何でもない。ただのヒトが練磨し切った技術によって、その致死の一撃は繰り出されていた。

 

「……速さ、か」

 

常人には捉えることすらできず、達人にも霞すら見せない音速の攻防が、しばらく続く。

 

こう言った至近距離での技の競い合いになった場合、肉体の性能的にはエスデスが有利であった。何せ、『魔神顕現』デモンズエキスによる底上げと天性の勘を持っている。

 

が、技術と経験に於いてはハクが遥かに上を行っていた。故にこの二人が雪の中で行った前回の戦いは決着がつかなかったのである。

 

この二人にはそんなことはわかりきっていた。前回の攻防の半ばで、既に薄々感づいていた。

 

気づいていて、今回までに改善しておかないわけがない。

 

「そら!」

 

エスデスの周囲に八本の刀剣の類に加工された氷刃が生成され、発射される。

前回は寸合の遅れが命取りのこの戦いにおいて互いに『目の前の敵の攻撃をどう避け、どう起点していくか』を考えるに留まっていた。

 

だが、今のエスデスは違う。彼女は先読みするという思考を放棄し、その分のリソースを帝具に回した。

 

つまり、三手目なるまでに帝具で無理矢理に隙を作り、それを活かせなければ死が確定しているということになる。

 

その一か八かの現状打破を掛けた八本の刀剣は、やはり思うようには飛翔しなかった。裂いている思考リソースが狭すぎるが故に、その命中精度は低いのである。

 

内四本が途中で脱落し、二本が致命傷には至らない部位に翔び、一本が鎧に舐め溶かされ、結局首元に翔んだのは一本のみ。

 

だが、ハクの注意はエスデスの細剣以外に八分割された。八分割された注意力は文字通り散漫であり、どれがどこにくるかを判断するに数秒のラグを必要とすることになる。

 

結果、彼はエスデスとのせめぎ合いを圧し気味に展開しながらも自分の脅威となりうる一本が急所に向かっているという事態を『なるべく隙を見せずに』対処せねばならなくなった。

 

つまり、どう動こうが隙になる。

 

ハクは、思考を変えた。

 

「隙があるぞ!」

 

彼は、誘いに乗った。

僅かに槍を動かして氷の剣を弾いて致命傷を防ぎ、間合いを一歩詰められる。

槍は、間合いを詰められたら弱い。普段の間ならばハクの人が使えるとは到底思えないほどの大槍が圧倒的な優位を誇るが、近距離になればなるほど小回りの利く細剣の方が有利なだった。

 

詰められた間合いからすぐさま細剣が弧を描き、手元に戻そうとしていた槍の柄を叩く。

 

ハクの表情は、変わらない。エスデスの巧みな技巧によって槍を弾かれ、懐にもぐり込まれても変わらず、続けざまにバツを描くように二太刀を叩き込まれても変わらなかった。

 

凄まじい二重ねの斬撃に二歩後退したところを更に一太刀加えられ、ハクの肉体と一体化した鎧から火花が散る。

 

「鎧に刃が立たんが、槍は弾けるだろう?」

 

氷の魔神の空いた片手に氷の粒が集い、束ねられた。

手に生成されたのは、剣。攻めている間は守りよりも思考リソースが空く。彼女にとってはこのような造形など他愛もないものだった。

 

唐突に生成された武器による一撃に不意をつかれてか、ハクの手から槍が落とされる。

空いた細剣が肩に叩きつけられ、彼はたまらず姿勢を崩した。

 

たまらずと言った形で、背中を見せる。

 

自分が隙を作ったように、彼女には見えた。

しかし彼女はこの隙を作るが為に自分の一撃によって間合いを広げてしまった形になる。

生成可能な大槍は、彼が所有する父譲りのものに日輪の槍を掛け合わせた一本のみ。そうわかっていた彼女は一気に間合いを詰めた。

 

前回、前々回と二度に渡る戦いで必中を誇り、苦渋を飲まされ続けてきた件の武器出しカウンターはない。

 

隙を逃さないとわかっていたからこそ、ハクの策は成功した。

 

背中を向けて隙を見せていた身を、翻す。

剣を持っていたならば疾駆する彼女の持つ速度だけで腹部に丁度突き刺さるであろう位置に、左手が構えられていた。

 

鞘から精練された剣を抜き放つような音をさせ、ハクの手元から唐突に剣が顕れる。

 

別に彼は槍だけしか出せないとも槍しか使えないとも言っていない。

 

「ぐッ!?」

 

だが流石の反応の速さか、エスデスは腹部に硬質な鎧の如き氷を纏わせて致命傷を防いだ。

 

臓物を揺さぶられるような衝撃は来るが、臓物を串刺しにされるよりはマシであろう。

 

「…………」

 

息を吐くと共に低く呻るような音を上げ、ハクは剣を斜めに突き出すように我流で構えた。

 

下腹を襲った衝撃に思わず手をやったエスデスの右肩を斬り離すべく真下に振り下ろし、横に移動して避けたとわかるや右肩から左腹へと斜めに斬り、左腹から右肩へと手を返す。

 

もう一通りの斜め斬りを繰り返すといつもの癖で肘を伸ばした手を手元に戻し、尖い突きを胸部に放った。

 

ガチリという鈍い音と共にエスデスの身体が後方へと弾かれ、地面に転がりながら更に距離をとる。

 

「やるな」

 

「それはこちらのセリフだ、ハク」

 

突きを放ち終え、たまらず転がって距離をとったエスデスに彼は心からの賛辞を送った。

これまで彼が放った攻撃は、紙一重のタイミングで生成された氷の鎧によって悉く防がれ、その身から血を一滴も流させてはいない。

 

正に強敵、というのか。達人を束にして殺しかねない凄まじい攻防すら、その身に傷を負わせるには至らなかった。


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