お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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自称を突く

「チェルシー、今は夜だな」

 

「それがどーかしたの?」

 

一時間前だろうか。変身に変身を繰り返し、危険種として身体を酷使し続けたが為に流石に疲弊し切ったチェルシーは半ば墜落するようにして地上に降り立った。

 

そこが、危険種の巣であるとも知らずに。

 

決して運の良い方ではないチェルシーと、自称かなりの幸運のポジティブシンキンギスト・ハク。彼らが二人揃えば不幸の方に針が傾くことは、誰にでもわかる。だが、これはあまりにも酷かった。

 

しかし、そこは無駄に実力はあるハクである。

不幸に負けず―――最も彼は『食料が手に入った。幸運だな』と思っていたが―――瀕死ながらも元気に特級危険種を槍にかけ、指から今の彼の生命力のように弱々しい火を出して肉を炙っただけの野戦料理をもぐもぐと二人が食べ終わった、その時。

 

ハクはポロリとアレな台詞をこぼした。

 

「私は朝帰りは禁じられている」

 

相変わらず、その身に鎧はない。そして負った傷は薄い膜に覆われている程度しか回復しておらず、いまだに危篤の状態である。

 

そのような状態にあってもなお、ハクは常日頃と変わらなかった。

 

「へぇー……」

 

濃い上司・更に濃い上司の上司・濃い同僚兼部下にサンドイッチを喰らった彼女が身につけた必須技能である素晴らしいまでのスルースキルが発動し、天然発言を水に流す。

 

彼女は地面に右脚だけで半分胡座を掻いた後に左脚の膝を地につけて爪先を手で持ち、延髄のあたりにまで伸ばしていた。

 

彼女は、趣味のヨガで忙しかったのである。

 

「あぁー……効く……」

 

「……どうしたものか」

 

リヴァはもうとっくに帰っているだろう。すぐさま復命に帰らねば臣下としての礼を失するし、何より出会い頭に掌底を打ち込まれかねない。

 

が、彼に朝帰りは禁じられていた。

 

「私が戦闘詳報送っといたから心配しなくていいんじゃない?

ま、胸に剣がぶっ刺さった辺りで自動的に送るように組んでたプログラムごと放送施設が粉微塵になったからきちんと遅れてないかもだけどさ」

 

「……そうだな。ならば着いたら昼まで時間を潰すとしよう」

 

今度は右半分だけではなく、完全に胡座を掻きながら両腕を膝に触れさせるように肩から斜めに伸ばしているチェルシーの凄まじくアバウトな戦闘詳報に全てを任せ、ハクはあっさりと決断する。

 

朝帰りはしない、と。

 

「ハクさん、紅茶飲みたい。ヨガの後の一杯がチェルシーさんは欲しいなーって、思います」

 

「……紅茶か。どこかの邑に突き当たればあるのだろうが、今からならば徒歩だろうな」

 

殆ど同年代とは思えない程の年の差を感じさせる会話と容姿は、目撃されていたならばかなりの困惑を呼んでいたであろう。

何せ童顔の方が年を喰ったような趣味をしていて、年を喰ってそうな方が軽い無茶ぶりをかまされているのだから。

 

逆だったら周りに与える違和感は少ないのだろうが、逆でないが故にそうはいかなかった。

 

「……歩くか。野宿は嫌だろう」

 

「そうねー……歩きますか」

 

「厭はない」

 

噛み合ってないようで噛み合っている会話をしながら、二人はふらふらと立ち上がる。

瀕死の重傷者と、見た目と中身と年齢の全てが釣り合わない少女は、墜落した時に視界が眩み、最後らへんは適当に飛行していたが為に帝都を過ぎてしまい、すぐ東に目的地があることも知らずに、一路西へ西へと歩み始めた。

 

「おー、着いた着いた、着きましたね」

 

「そのようだな」

 

例に漏れず、相も変わらず、時化ているものは時化ている。実際貧しい。どうしようもない。職もない。金もない。人もいない。助けもない。

 

帝都の近くなのにこれはどうだろうか、とチェルシーが首を傾げる程度にはこの都市は貧しかった。

 

何せ西部異民族との最前線に近いのだから、税も厳しいし男手も必要とされる。

彼らは帝都の付近だと信じて疑っていないから疑問に思うが、場所さえわかれば得心することは間違いなかった。

 

「うーん……帝都の近くに不時着したからそこそこ栄えてるはずなんだけどなぁ……?」

 

「どこも貧しいのだろう。内政官及び、我ら高給取りの失策だ。こうなると、革命軍の理念もわからなくはないな」

 

見た物を理知的に観察してから理解しようとするチェルシーとは違い、見た物を見たままに理解するハクは、この光景になんの疑問も懐かない。ただ政治的失陥を読み取り、今度の施しはここでやろうかな、と考えて終わりである。

 

「それにしても、貧しいにも限度っていうものが……」

 

「貧困に限度などあるまい。貧しいものは貧しい。それだけだ」

 

最近帝都と周辺十二都市を環状経済圏とし、悪官汚吏の総入れ替えを行ったばかりだし、何回かした巡察では順当に発展しているように見えた。

あの笑顔と清潔さ、火事にまで配慮した街並びの良さと活気が嘘だとは思いたくないのが、チェルシーの本音であろう。

 

「ハクさんが立案して、実行したんでしょ?」

 

「ああ。あくまでもお嬢名義でだが……巧くはいっていないようだがな」

 

とことん無感動な反応につまらなさを覚え、チェルシーはリボンを風に靡かせながらあたりを見回し、気づいた。

 

「ねぇ」

 

「何だ」

 

「ここさ。コウノウ郡じゃない?」

 

経済圏政策が行われたのはケイヨウ・ヘイイン一帯。米どころで著名な俗に言うゴウソウ地帯であり、コウノウではない。

 

つまり、まだ未着手なここら一帯は貧しくて当然なのである。

 

「……だからと言って貧しいのを善しとする訳ではないがな」

 

「知ってるけどさ。死ぬほど苦労して通した政策が無為に終わるって何かこう、虚しくなったり、悲しくなったりしない?」

 

「虚しさに浸り、悲しむ情や暇があるならば過欠を見つめてそれを直し、成功するまでやればいいだろう」

 

ド正論を返されて黙りこくって民上調査に入るチェルシーと、民の苦境をつぶさに聴き取り、後の政策の糧とするハクは、あることをすっかり忘却していた。

 

紅茶が欲しくて彼らはここへ来たのである。そのことをチェルシー自身が記憶の彼方から抹消してしまっていた。

 

そしてハクは、純粋な善意で瀕死の身体を引き摺って政務の糧を得ようとしている。

チェルシーも別段止めず、自分も精力的に働いた。彼女も貧困を善しとできるほど割り切れていないところがある。

 

「―――つまりそもそも福利厚生が足りていないし公共事業もなければ、職もない。役所は何もしてくれない、と」

 

「どうしようもないね。なんかもう、どうしようもないね……」

 

下手したらエスデスよりも心理的には打たれ強いチェルシーが遠い目になって同じ言葉を繰り返すだけになるほどの腐りっぷりに、ハクは少し瞠目した。

 

「腐ってるわぁ……改めてまともところから目を離すと、腐ってるわぁ……」

 

ハク領エイの旧太守の人狩りを見て以来の負のオーラを放出しながら、チェルシーは重圧に沈むように儚く染まる。

軽い調子を装っているわけではない。彼女の嘘偽りない素であった。

 

だが、その一方で何となくナマの人らしさがある。一般的な倫理観と、正義感があった。

 

だからこそ、魔神・幽鬼・大狸の揃った大臣率いる濁流派で変な愛嬌と可愛さがあると言える。

 

「……腐ってるからこそ、治さねばならないのではないか?」

 

「わかってますよ、ハクさーん……」

 

ヘッドフォンについた蝶を模したリボンまでをも萎れさせ、チェルシーはいつになく沈んでいた。

人の手の届く範囲、というのか。それには確かに限界があり、のうりょくのあるものが如何に足掻いても救えるのはその両腕に抱えられるだけなわけで。

 

「革命に光を見たな、チェルシー」

 

「え、ぇ!?」

 

いや別に、全然そんなことないよ、と。図星を刺されたチェルシーは慌てて弁明し、手を振って無実を示す。

だが、彼に装飾や嘘は通じない。彼は見ようとしない限りは常に本貫のみが眼前に見えていた。

 

「無理からぬところだ。セリュー・ユビキタスにも言ったが、今の時は蒙い。これを開き、万民に新たな光をもたらそうとする革命軍は正に希望だろうからな」

 

「……私が寝返ってもいいのかな?」

 

「国の仕組みにおいて、主人は給金と恩徳を以て配下を使役する。だが、我々配下にも主人を選ぶ権利はある。

思想の差異はどうあれ、その選択は尊重されて然るべきだろうと、思う」

 

からかい半分の戯言に、相変わらず血の通っていない正論を述べ、今なら何も見ていませんよ、とばかりに彼は部下に背中を向ける。

一度も敵に背中を見せていないが無いが故に、背中部分に傷やほつれは全くと言っていいほどなかった。

 

「じょーだん。裏切らないよ」

 

「お前は思想的にそちらへ傾くと思ったがな。どうやらこちらが量り違えたようだ」

 

降参とでも言わんばかりに側頭部まで掲げた手を動かし、戯言を下げる。

ハクは、驚いた。単純に、彼は部下に忠誠を強要していない。裏切ったならば自分の器に収まらない程の大器だっただけのことであろうと、さらりと諦める。

そんな彼にはチェルシーもまた一角の才を持っていることが彼にはわかっていた。

 

故に、磨いた。磨き切ったら自分の元から離れるとしても、それが他者の役に立つならばそれでもいい、と。

 

故に彼女の思想や願望と似通ったものを持つ革命軍に内偵させ、選択肢をやったのだ。

 

『君を引き止めはしない。好きに動け』と。

 

故に彼女は選択する。

 

「チェルシーさんはハクさんの気遣いを読み取れないほど鈍感じゃないし?」

 

いつも口に加えている飴の新品をバックから取り出し、包装を解いて彼の口元につき出す。

 

「わざとらしかったか。すまないな」

 

「うん。らしいからいいよ」

 

心の中に在る、二つの選択肢。

その内の一つが燃え落ち、消えた。




終戦時

エスデス軍

ハク
HP:1/800
TP:0/300
特性:戦闘続行(Level10)

エスデス(欠)

HP:400/400
TP:1500/1500
特性:自動回復・TP(Level10)

チェルシー

HP:20/20
TP:180/400
特性:危機回避(他力本願)

リヴァ

HP:190/350
TP:110/400
特性:連発(Level8)

ニャウ

HP:0/250
TP:300/350
特性:楽師(Level7)

ダイダラ

HP:0/300
TP:280/300
特性:脳筋(Level10)



ナイトレイド

ナジェンダ

HP:250/300
TP:90/500
特性:指揮官(Level9)

スサノオ

HP:50/1000
特性:自動回復(Level9)

ブラート

HP:70/600
TP:0/400
特性:近接戦闘(Level9)

マイン

HP:20/100
TP:20/800
特性:狙撃(Level10)

シェーレ

HP:120/300
TP:200/300
特性:シリアルキラー(Level8)

タツミ

HP:110/500
TP:30/300
特性:大器晩成(Level10)

レオーネ

HP:60/700
TP:220/500
特性:自動回復(Level4)


HP……体力。
TP……帝具ポイント。

現在

ハク
HP:1/800
TP:40/300
特性:戦闘続行(Level10)

チェルシー

HP:20/20
TP:50/400
特性:危機回避(他力本願)

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