お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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配属を突く

「不幸だなぁ……」

 

不運と言う名の陰を背負い、チェルシーは林檎を片手に歩いていた。

 

奥の手と偽りながらも堂々と変身行程を一からスロー再生の如く遅らせてやることで、彼女は黒髪オカッパ腰カトラスことエンシンの追跡を逃れることに成功した。

 

恐らく黒髪オカッパ腰カトラス―――本名はエンシン―――は駆けつけてきた帝都警備隊隊長殿に捕縛され、連行されていることだろう。何せ、帝具の相性が極めて悪い。

 

片や、切断型に分類される殲滅力に欠ける帝具。

片や、生物型に分類される殲滅力がなければ突破困難な帝具。

 

真空の刃をいくら飛ばそうが、『再生・自己強化』に特化した帝都警備隊隊長セリュー・ユビキタスの帝具『魔獣変化』ヘカトンケイルは突破できない。

 

そこまで考えて、彼女は三種の笛からセリュー・ユビキタス呼び出し用の物を吹いたのである。

 

「む、チェルシー。無事だったか」

 

「……その言葉は素直に嬉しいんだけどさ。踵から出てる煙って、何?」

 

突然目の前に現れた鎧もしていないハクは息こそ切れていないものの、一目で全速力で走って来てくれたのだとわかる格好をしていた。

 

踵に於いては、特にそれが顕著であると言える。まあ、実際煙が出ているのは土踏まずから指にかけての平な部分なのだが。

 

「……ああ、これは全速力で走ってきたが故の弊害だな。許せ」

 

「ふーん…………ま、許してあげる」

 

すまんな、と謝る彼と少し開いてしまった距離を詰め、チェルシーは彼の右横に僅かに寄った。

悪い気はしない。悪い気はしないのだ。

 

「どうした」

 

いつもの間合いをとっていたはずが、あからさまにその間合いを詰められたことに対して訝しげな声を上げる。

鉄面皮に疑念を浮かべながらそんなことを言ったハクに、チェルシーは柄にもなく声を上ずらせながら弁明した。

 

「いや、ほら。襲われたから、ね?」

 

「らしくもないな。お前ならば敵を馬鹿にしつつ逃げてきそうなものだが……いや、まるっきり嘘でもなく、半分と言ったところか」

 

図星を突かれ、ウッと詰まる。現に彼女は、ハクがふらりと現れるまでは普通に余裕だったのだ。

 

そもそも、黒髪オカッパ腰カトラスことエンシンごときでは潜入捜査という一歩間違えれば拷問死確定な仕事を好んでこなしている彼女の持つ中々の強心臓は破れないであろう。

 

「ほら、やっぱり直接な戦闘になると怖さが増す、みたいな?」

 

「……どうにも胡散くさいが、案ずるな。私は部下を見捨てはせん」

 

やはりそれほど恐怖を覚えていたなかったことが見て取られたのか、ハクはどうにも解せぬというような顔をしながらもフォローに回った。

 

追求の手を緩めることを彼はエスデスに情け容赦ない追撃をし続けた末に、やっと学んだのである。

 

「つまり?」

 

「む?」

 

一言足りない、と。暗にそれを含ませたような問いを、チェルシーは投げた。

 

不幸の後にはそれ相応の褒賞があって然るべきだというのが、彼女の持論である。

 

「……呼ばれれば、助けよう。頼まれれば、叶えよう。呼ばれずとも、駆けつけよう」

 

「よろしい」

 

韻を踏むようにして言われた補足は、その彼女の持論を満たすに足りた。寧ろ、望んでいたもの以上であるとすら言える。

 

チェルシーは頬を赤く染めながらも、ひとまずご満悦だった。

 

一方、隣を歩いていた朴念仁は首を傾げた。今のやり取りに赤面すべき箇所も満悦すべき箇所も見当たらなかったのである。

 

一旦見つければ鋭いが、見つけていない状態では打刀にも劣る鈍さしかないのが彼の過欠であった。

 

「……そう言えば。朝から居なかったみたいだけど、何してたの?」

 

前にも何回か触れてはいるが、彼女は侍女長である。副次的に家宰のような役割もこなしているのだから侍女長である、と言い切るのは些か語弊があるかもしれないが、一応は侍女長ということになっている。

 

その彼女が、ハクの動向に着目しないわけがなかった。

 

「エスデスが西に行ったからな。私は彼女に貸した愛馬の代わりに徒歩で出向いて危険種を狩っていた」

 

「あー、可愛そうな烏煙ね」

 

エスデスは、西に行っている。具体的に言えば西の国境を越えて攻め入ってきた異民族を踏み潰しにいっているのだ。

 

一応軍隊同士の戦いであるが故に、その帰還の目処は当分つかない。例の戦争狂の悪いくせも出ているらしいし、いくら攻めの戦では有能だと言っても時間稼ぎくらいにはなるだろう。

 

そしてエスデス・ハク両将の対抗馬であるブドーも地方軍の糾合に行っている。つまり、珍しくハクは帝都を開けていてもいいのだ。

 

因みに。エスデスに貸した烏煙と言うのは彼が調教した馬型の超級危険種である。

 

その特徴はただ一つ、脚が速い。というか、速さとは突き詰めれば明確な脅威であるということを彼に学ばせた偉大な危険種であった。

 

「可愛そうな、と言うがな……」

 

「……実際そうでしょ。馬に乗ると速さが落ちる奴って、この世に早々いないと思うよ」

 

馬も代替わりし、帝国俊足ランキングの内一体が危険種になったりしたが、彼の一位は揺るがない。エスデスは烏煙に大差で負けたが、彼女は腕力ではハクにも勝つ女であるから、対した弱点とも言えないだろう。

 

第一、一位二位が文字通り人外なだけで彼女も充分に素早い。ただ、どうしても霞むだけである。

 

「……まあ、走り込みは大事だろう。が、私の真価は磨き抜いた馬術と弓術。槍術と走力は天然を多少磨いたものでしかない」

 

「あ、そ」

 

多少磨いたものでしかないと言っても、その多少は他人にとっては地獄の如きカルマであろうことが、彼女には容易に想像できた。

 

そして、またしてもふと疑問が湧いてきたのである。この二人の会話は、話題が定まらないことに定評があった。

 

「何で弓と馬なの?」

 

「パルタス族の男児が最初に習うのは皆ダヌ……弓なのでな。年季の差だ。馬はまあ、パルタス族からすれば危険種からの逃走手段としての嗜みのようなものだ。自然と身につく」

 

パルタス族は、意外となの知れた戦闘民族である。

本来は狩猟民族だが、傭兵として雇っても非常に優れた資質を発揮したが故に対外的には『戦闘民族』の名で通っていた。

 

性質朴で武技に優れる―――つまり、従順素直な強者が多いのである。例外的な存在であるドSもいるし、皆が皆こんな性格ではなかったが、だいたいこんな感じがパルタス族の典型な性格であった。

 

まあ、辺境出身者の常として強欲ではあるが、そこは目を瞑っていれば傭兵としては最適な民族であろう。

 

すなわち、強欲・吝嗇でありながら質朴であり、なおかつ優れた武技を持つのがパルタス族だと言ってよかった。

 

「付かなかったら?」

 

「死ぬだろうな」

 

そして彼らは、生死にシビアである。死ぬときは死ぬ、というのか。しぶとくはあるが生き汚くはない。寧ろ、死の直前に悟るような割り切りの良さがある。

 

強欲さがなければ飢えて死に、吝嗇さがなければ付け込まれ、田舎であるが故に質朴で、置かれた環境が劣悪であるが為に武技に優れるのだ。都会にはない人格の典型というべき物が生まれてもなんらおかしくはないだろう。

 

「次に習うのは?」

 

「チェルヴァディ、カタラム、ゲットゥカリと続く」

 

「短棍、短剣、棍、ねぇ……」

 

健気にもパルタス族独自というべき言語にまで学問の手を伸ばしていたチェルシーには、彼の非常にさらり混ざった異言語を解すことなどは容易だった。

 

なんだかんだで器用な女なのである。

 

「私は結局クンタムまでしかやらなかったが、長はトリシュールまでを修めていた」

 

「……なるほど」

 

クンタムは槍、トリシュールは三叉の矛というべき代物。つまり、クンタムまでが基礎講座とでも言うべきな代物で、トリシュールまでになると色物が増えてくるのだろう。

 

彼は飛ばしたが、槍を学ぶには曲棒・丸盾・長刀という工程を踏まねばならなかった。いずれも癖のない単純さを持つ武器である。

 

「でもさ、長は戦斧を使ったんじゃなかったの?」

 

「トリシュールは三叉だから壊れやすくてな。その時運悪く破損していたんだ」

 

弓は遠くから敵を狙い撃ち、力なき子でも狩りの手助けをさせる為。

 

短棍は将来の主武器になるであろう長物を体に馴染ませる為、短剣は得物から素材を剥ぎ取る為、棍は短棍から更に身体に長物を馴染ませる為だった。

 

中々に考えられたカリキュラムなのである。

 

「エスデスは?」

 

「エスデスは型にはまらないからな。最初から長剣と短剣を振り回したりしていた」

 

二人揃って林檎をシャクシャクと齧りながら歩くこの二人は、幸運値が人それぞれに設定・その場の変動なしに固定されているならば間違いなく下から探した方が速いであろうことは確実だった。

 

二人分を足してもエスデスどころかオネストにすら、いや、皇帝にすら届かないであろう。それほどに不幸な二人だった。

 

「……なんかさ、私達って不運だと思わない?」

 

「私は幸運な方だし、お前は決定的に間が悪いだけだろう」

 

不幸を不幸と思わないような男に話題を振ったのがチェルシーの失敗であろう。

 

何というか、彼は思考回路がズレていた。

 

「……いやまあ、そうかもしれないけどさぁ」

 

「要は見方の違いだ、チェルシー。不幸だと思い続ければ不幸しか舞い込んでこないが、幸運だと思えば変わる物もあろう」

 

なるほど、と頷けるところもある台詞である。

 

あるものをあるものとして受け入れ、嘆いていても何も変わらない。変わらない物を見方を変えることでその現実を変えようとする方が建設的であった。

 

「で、自分もそれをしてるの?」

 

「いや、私は幸運な方だから、要は助言のようなものだな。お前は不幸なんだろう?」

 

食べ終わった林檎の芯を灰に変え、ハクは纏おうとすれば重そうな鎧を纏ったままに首を傾げる。

 

見栄えからすれば、重そうには見えない。が、実際は極めて動作の枷となるような重量があるのだ。

 

胸にめり込んだ血の如き赤石と、光を織った鎧と紅光煌めく三枚の灼熱の翼。籠手と脚甲には銀と金の光彩を放つ光を編み込み、身体と一体化していることを示すように関節部分にも外甲がある。

 

「……重くないの?」

 

「体重の三倍だ。重くない訳がないだろう」

 

骨と皮だけみたいな痩せっぷりとはいえ、一応彼も成人男性。筋肉も一応それなりにはついていた。

 

それの、三倍である。

 

「重いね」

 

「まあな」

 

それでも尚常人より速く、身体強化機能も何もついていないのだから、基礎のスペックも非常に秀でていることがわかった。チェルシーも、一応彼に変身したことがあるから、その重さもわかっている。

 

「……でさ、超級危険種を狩った後に宮殿に行ったんでしょ?」

 

「辞令ならあった。キョロク行きだ」

 

キョロクといえば、リンシ・カンタンと共に東方の大都市トライアングルを形成する宗教都市だった。西方にはキョロク並みの経済的意義を持つ都市はゴロゴロあるが、東方では少ない。

 

何よりキョロクには、とある宗教が根を這っていた。

 

「安寧道だ。あくまでも、援軍としてだがな」

 

「だろうね。新三獣士は?」

 

「帝都警備隊を動かすわけにはいかん。内政官を動かすわけにもいかん。お前だけだな」

 

犬担当、鳥担当は動けない。ネクロマンサーは自宅療養中。

 

残った最後の動員兵力は変色竜な彼女しかいない。

 

「慣れない任務だろうが、できないこともないんだろう?」

 

「バッチリバッチリ。くだらないところで奥の手使わなくてよかったよ」


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