お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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策戦を突く

「……ホントに二手に分かれたね、このチーム」

 

「定石だ。仕方があるまい」

 

ロマリーの街での情報収集の結果、シュラ率いる秘密警察ワイルドハントはナイトレイド一行が二手にわかれたという情報を掴んでいた。

 

ナイトレイドのボス・ナジェンダ率いる一隊は南―――即ち革命軍の本拠地へ。

 

ナイトレイド一のアサシン・アカメ率いる一隊は北―――即ち安寧道が本拠を置くキョロクへ。どちらに向かわれてもきな臭く、如何にも何かありそうな雰囲気である。

 

革命軍の本拠地へ向かわれたならば更なる増援とこれまでナイトレイドが経てきた戦闘で得た経験値すべてが革命軍の首脳にも共有されることになるし、安寧道の本拠地へ向かわれたならばこちらの護衛対象であるボリックが危うい。

 

安寧道は、広く民衆に知られた新興宗教である。『現世で徳行を積めば死後に安寧がもたらされる』という―――つまりは現世がろくでもなく、苦しいが為に来世や死後に願いをかけるといった思想が流行りやすい傾向にあるのだ。

 

これまでも多かれ少なかれこのような思想を持つ宗教はあったが、安寧道はその完成形であり、最大勢力であると言っていいだろう。

 

「あの、さ。戦力は小分けにせずに集中運用した方がいいって前に言ってなかった?」

 

「それも定石だ。どちらを取るかは指揮官の自由だが、私ならば戦力は小分けにせずに使うといっただけに過ぎん」

 

要は二兎を追うか一兎を確実に仕留めるかの差でしかない。前者は投機的な作戦であり、後者は堅実さを感じさせる作戦と言えた。

 

前者を採り、なおかつ分割した二隊が敵の撃滅に成功すれば敵の連絡線をも破壊することができる。後者を採れば連絡を許し、更には大勝を得られないものの確実に敵の分割した一隊を磨り潰すことができるのだ。

 

功を焦っているシュラや自分の腕に絶対の自信を置くエスデスならば前者を採る。

功績よりも敵戦力を慚減することを優先し、自分の腕にそこまでの信頼を置いていないハクやそもそも弱者なチェルシーからすれば、後者が魅力的に写る。それだけのことであった。

 

「チェルシーさんも分割させないかなー……」

 

「何故だ?」

 

「そりゃ、全員集めても100パー勝てる訳じゃないからだよ。200パー勝てるなら分割するけどさ」

 

石橋を叩いて渡る質なチェルシーからすれば、前述の通りにシュラの採った作戦は危うく見える。

そもそも敵を侮ってもろくなことはない。骨身に沁みさせるが如く恐れ、心胆の底から相手を怖がり、自分と相手との決定的戦力差に泣きながらも、どうにかして勝たねばと言って脳髄を振り絞って考えるのが彼女の戦いだった。

 

このような、不確定な侮りを基盤にした作戦には到底命を預けられない。

 

「勇気にもなるが蛮勇にもなる。それが若さというものだろう」

 

「ハクさんって、まだ23だよね?」

 

老将の如き呟きを漏らしたハクにすかさずツッコミを入れ、彼女は取り敢えずおし黙る。

詰まりは、次の彼の言葉を待つことにした。

 

「まあ、私は生まれた時から生命の危機に晒されてきたからな。死は僚友のようなものだ」

 

「というと?」

 

「未熟児だったからな、私は」

 

パルタス族は、戦闘民族である。産まれた時に戦闘に耐えられそうな身体を持つ赤子のみを育て、他は殺した。皆が命を張って狩ってきた獲物を無償で食すには、将来齎されるリターンの大きさが必要不可欠だった。

 

女の未熟児はその『選別』の対象にならないが、男の未熟児は対象になる。

産まれた時、彼の意識すらないときに彼は初めて死に直面していた。

 

「じゃあ何で生きてるの?」

 

「父が槍の達人だった。もっとも、父はこの槍が似合う巨躯の持ち主だったが」

 

彼の台詞を補足をするならば、彼は父の『パルタス族随一の槍使い』という威光で生かされたのである。

某かの才能の欠片でも受け継いでいればと淡い期待もあったし、彼の父が自分で彼を食わしていけたことも彼が生かされた理由の一つだった。

 

「四歳から七歳になるまで死にかけていないことはなかったし、七歳からはパルタス流の戦闘訓練を受けていたからな」

 

無論、この訓練についていけなかった子らは慈悲などかけられずに殺される。

 

死んだのは、弱いからだ。

 

それで全てが許されるところにパルタス族の凄まじさと環境の厳しさがあった。

 

「父から学んだことは、二つ。『死のうと思わねば死なない、斃れるのと死とは同義』ということだけだ」

 

因みにこの二条は彼の父のあまりのスパルタぶりを諌めに来たエスデスの父に彼の父が言い放った言葉である。

このやり取りがあった時、例によって例の如くハクは死にかけていた。

エスデスの父はこの時にエスデスを帯同させていたのだから、帝国最強を誇る二人の出会いは決してよいものではなかったろう。

 

「じゃあ、その親父は生きてんの?」

 

「いや、死んだ。超級危険種に腹を食いちぎられて、な」

 

死のうと思わねば死なないと息子に教えておきながらそれはないんじゃないか、と。チェルシーは静かに突っ込んだ。

 

何というか、やけに達観した視点を持っていたり我欲が乏しいのは、あれだろう。

幼い頃に死域を何回か彷徨ったからではないのかとすら思えた。

 

「……変装しろ」

 

「あ、はいはい」

 

広範囲を見渡す超視力に何かが引っかかったのか、ハクは馬の尻に乗っけていたチェルシーに鋭い語調で変装を促す。

 

シュラが引き連れてきたのはイゾウ・コスミナと、黒髪オカッパ腰カトラスことエンシンの三人。

 

買い出しに行く時の素顔のチェルシーから髪の色やら顔形やらを変装していたが為に特に何の諍いもなくここまでこれたが、はっきり言って彼女はワイルドハントにいい印象を抱いていない。

 

故に、シュラが未だ伏せられた敵に気づいていないことを、ハクに言って注意を促すように言わなかった。私情が多量に混じっているが、殺されそうになった挙句に誘拐・陵辱の最悪なコンボを食らいそうになった彼女からすれば、

 

『勝手に死ねばいい』

 

というのが正直なところであったろう。

 

「シュラに注意を促そうと思うが、どうか」

 

「チェルシーさん知らなーい。というか、あんだけ大口叩いたんだから気づいてんじゃないの?」

 

いつものからかうような語調とは別な、悪意を毒棘に含ませたような割と辛辣な言い方をしたチェルシーに、ハクは僅かに眉をひそめた。

 

基本的にはシビアな現実主義者ながら、どこかに甘さと優しさがある彼女の冷めきったような態度を見るのは、これがはじめてだったのである。

 

「……いやに冷たいな。どうした」

 

「べっつにー?」

 

ハクは、彼女がエンシンに襲われたことを知らない。知っているのは『襲われ、笛を吹いた』という事実だけに過ぎない。

 

つまり、彼はチェルシーがここまでワイルドハントに対して怜悧さと毒棘を見せる理由を知り得なかった。

 

「……まあ、気づいているならばいいがな」

 

「そーだね。いいんじゃないの?」

 

死ねば。

彼の言葉足らずとは違う敢えての言葉足らずの辛辣さに、思わずチェルシー自身が辟易した。

 

他者に恨みを抱き、それを発散しないままに反芻するとそれは濃くなる。どうしようもないが故に、身体に溜まる毒が増すのだ。

 

「…………チェルシーさん、ちょっと黙るね」

 

「どうした。具合でも悪いのか」

 

「強いて言うなら……気持ちの整理、かな。具合は悪くないから気にしないでいいよ」

 

いつもの如く鳥になり、ハクの肩に爪のついた脚を喰い込ませながらチェルシーはむっつりと黙りこくった。

彼女は黙ることで思考を一旦冷却させて、入れ替える。

 

喋っている内に恨みやなにやらが雪だるま式に肥えていく質であるが故に、本来は喋らないことによって思考に意識が偏重し、逆効果にしかならない『黙る』という行動も彼女にとっては有効だった。

 

「はい、完了」

 

「切り替えが速いな。流石だ」

 

「まね」

 

軽さを象徴するかのような略語で褒め言葉に対して『当然だ』と言わんばかりの発言を返し、彼女は辺りを見回す。

 

何か、進むに連れて嫌な予感がしてきていた。

 

「ハクさん、嫌な予感しない?」

 

「ああ」

 

ワイルドハントのメンバーは全帝具の中でも五本の指に入る性能を持つ帝具・『次元方陣』シャンバラを持つシュラ。

 

帝具を使わない侍・イゾウ。

 

超音波で敵を内部から破壊する『大地鳴動』ヘヴィプレッシャーの使い手、コスミナ。

 

後は真空の刃を飛ばす『月光麗舞』シャムシールの使い手の黒髪オカッパ腰カトラスである。

 

一方、ナイトレイドは鉄壁の防御力と身体強化、トリッキーな奥の手を併せ持つ説明不要の強者・ブラートの使う『悪鬼纒身』インクルシオ。

 

ナイトレイドの希望・アカメの使う一斬必殺の名に恥じぬ性能を持つ一撃必殺の帝具『一斬必殺』村雨。

 

ナジェンダからマインが継承したピンチになればなるほど火力が上がり、如何なる難局でも突破可能な『浪漫砲台』パンプキン。

 

パンプキンと入れ変わるようにナジェンダに適合した、未だ奥の手を使わずにいる火力不足なワイルドハントの天敵、生物型帝具の最高峰、『電光石火』スサノオ。

 

元ナジェンダ軍のラバックが使う応用力の高さが自慢な糸の帝具『千変万化』クローステール。

 

潜在能力は将軍級のタツミが使う、持ち主の潜在能力を引き出す仮面型の帝具『超力噴出』バルザック。

 

肉弾戦特化なレオーネが使う、高い治癒力と身体能力を使用者に与えるベルト型の帝具『百獣王化』ライオネル。

 

そして、シリアルキラー・シェーレの全ての物質を斬ることのできるシンプル且つ厄介な帝具である『万物両断』エクスタス。

 

ワイルドハントは、使い手の質でも量でも、帝具の質でも量でも負けていた。

 

「…………これ、どーすんの?」

 

「お前は私が命を懸けてでも守り抜く。心配はするな」

 

率直な言葉は屈折させようと努力している彼女の心を見事にぶち抜く。

チェルシーは、思わぬ不意討ちに倒れた。

 

「………………」

 

「どうした。まだ心配か」

 

チェルシーは鳥から前段階の人間変装態に戻ってしまう程度には動揺している。というか、後一寸自制心が弱かったならば彼女は素顔に戻っていた。

 

割と殺人的な台詞を軽々と吐くのが、彼女の上司の難点である。

 

「……も、元々。元々心配はしてないから」

 

「そうか」

 

鋭さを増した鷹の目がある一点を捕らえ、離れる。

 

チェルシーは最早鳥になる気力もなく背中に力なく己の身体を凭れさせ、ただ馬の尻に乗る人と化していた。

 

「来るな」

 

「何が?」

 

目の前を通る、一筋の閃光。コスミナがこめかみを撃ち抜かれて倒れ、前方に八人の影が現れる。

 

槍。

刀。

棍。

手甲。

剣。

無手。

鋏。

 

それぞれ持つ得物は違うが、纏う殺気の質は同じだった。

 

「ナイトレイドだ」




ワイルドハント

シュラ
HP:500/500
TP:600/600
特性:慢心(Level10)

エンシン
HP:400/400
TP:300/300
特性:剣戦闘(Level7)

イゾウ
HP:200/200
TP:0/0
特性:剣戦闘(Level9)

コスミナ
HP:0/200
TP:300/300
特性:人心掌握(Level3)

ハク
HP:900/900
TP:400/400
特性:自動回復(Level10)

チェルシー

HP:20/20
TP:380/400
特性:危機回避(他力本願)


ナイトレイド

ナジェンダ
HP:300/300
TP:500/500
特性:指揮官(Level9)

スサノオ
HP:1000/1000
特性:自動回復(Level9)

ブラート
HP:600/600
TP:400/400
特性:近接戦闘(Level10)

アカメ
HP:400/400
TP:400/400
特性:剣戦闘(Level10)

ラバック
HP:450/450
TP:500/500
特性:抜け目なし(Level8)

マイン
HP:100/100
TP:720/800
特性:狙撃(Level10)

シェーレ
HP:300/300
TP:300/300
特性:ナチュラルボーンキラー(Level9)

タツミ
HP:500/500
TP:300/300
特性:大器晩成(Level10)

レオーネ
HP:700/700
TP:500/500
特性:自動回復(Level4)


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