お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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不全を突く

「シュラ、どうする」

 

「ああ!?」

 

人数的には八対五。戦力的には八対三。割と動揺しながらも冷静に戦力差を掴んでいたシュラは、隣からかけられた声に対して苛立ち混じりの声を返す。

 

正直なところ、彼には全く余裕がなかった。流石の彼も八対三と言う凄まじい劣勢で慢心できるほど頑強な神経をしていなかったのである。

 

「援護をするか?」

 

いつも身に纏っている黄金の鎧を身体に沈め、両手でもって二丁のクロスボウの引き金に指をかけながらハクは問うた。

 

正規の弓ではないが、連射性ならば自動で次発装填が行われる機能のついたこちらが勝るだろう。

 

「……無いよりはマシだ」

 

「だろうな」

 

至極ごもっともなシュラの意見に頷きを返し、ハクは二挺のクロスボウを密集隊形をとるナイトレイドへと向けた。

ナイトレイドからすれば、防御に秀でた槍兵がいきなりガンマンスタイルに転職したということになる。

 

彼は先ず、少し驚いた。先の戦場たる竜船で槍兵としての優秀さを見を持って味わされていたからである。

 

まず、疑った。身体の調子が悪いのか、或いは何かの制約でもあるのか、ワイルドハントの手先となる事を良しとしていないのか、こちらを舐めているのか。

 

四つの内、まず四番目はありえない。他人を舐めてかかるような粗忽者であらば竜船でとっくに討たれていた。

 

そして、一番目もない。オネストの切り札の二枚の内一枚を、回復が不十分なままに送り出しはしないだろう。

 

そして、制約に関しては考えても仕方がない。誰に課せられたか、或いはどのような意図で己に課したのか。それがわからない内に判断すれば死を招く。

 

あるならば二か三番目だが、仮定できるのは三番目だろう。今までの良識ある行動を見るに、いくら嫌疑のかけられた罪人候補といえども取り調べと称して虐殺するワイルドハントには必ずしも好印象を抱いていないのは殆ど確実と言ってよかった。

 

「ブラート、レオーネ、タツミ、シェーレが抑えろ。スサノオはあの黒髪オカッパ腰カトラスを、アカメは侍を。大臣の息子はラバックが討て」

 

了解、と。輪唱するかのようにそれぞれの声が鳴り、止む。

革命軍は黒髪オカッパ腰カトラスことエンシンがセリュー・ユビキタスに完封負けを喫したことを知っていた。

 

セリュー・ユビキタスの帝具は、ナジェンダの帝具である『電光石火』スサノオの下位互換と言える。

 

無論、内部エネルギーを使うことで使い手に優しい設計になっている『魔獣変化』ヘカトンケイルの方がコストパフォーマンスに於いては優秀ではあるから一概に全てにおいて下位互換とは言い切れないが、少なくとも戦闘技能に関してはそうであった。

 

が、侍ことイゾウと大臣の息子ことシュラに関しての情報はない。イゾウは他国人だしシュラに至ってはどこにいたかすらわからない。

 

しかし、この情報のない状況に於いても確実にわかることは、ただ一つ。

 

イゾウに、帝具はないということであった。

帝具には独特の妖気のようなものがある。何というか、見たらわかるのだ。

 

イゾウの剣には邪気はあるが妖気がない。つまるところは帝具ではない。

帝具というそれだけで勝負をひっくり返しかねない不確定な要素がなければ、勝てる。

 

アカメに互する剣の使い手など、帝国にはエスデスしかいなかった。

 

「―――葬る」

 

「おぉ……江雪、今ナイトレイドの血を吸わせてやるからな」

 

帝国最高の暗殺者対、刀に魅入られた剣客。

 

「何だ、おっさんかよ……」

 

「髪が左右非対称だぞ、オカッパ」

 

元海賊対、生物帝具。

 

「チッ……面倒くせぇな」

 

「なーんか因縁感じるねぇ、あんたとは」

 

大臣の息子対、豪商の四男坊。

 

「何だ、スタイルチェンジか?」

 

「これが本職だ」

 

弓兵対、槍兵と獣人、大器と鎧に対するメタ帝具使い。

 

会話も対峙もそこそこに、一つを除いた全ての戦端がすぐさま切って落とされる。

 

情報収集の入念さと、相性の研究からのメタ。

両・質ともに勝っていても対策を怠らなかったナイトレイドのペースであった。

 

「ハク、久しぶりだな」

 

「ああ」

 

出会ったならばすぐさま殺し合いに発展する程の仲である二人の会話とは思えないほどの朗らかな語気に、タツミは僅かに驚く。

 

まだまだ未熟な彼には未だわからないが、心身まで戦士となっている二人だからこそ、わかり合えるようなところがあった。

 

「どうだ、調子は」

 

「悪くはない。戦略で負けている以上、勝てはせんだろうがな」

 

これまたあっさりと負けを認めるハクに対し、糸の帝具の罠を避けながら彼なりに最上の注意を周囲に張っているシュラは意識を裂かれた。

 

戦略的な敗北にあるのはわかるが、それを口に出すのと出さないのでは大きく違う。

その重みを与えるほどの重圧が、彼の言葉にあった。

 

「降るか?」

 

「有り得ん。戦略的には負けたが、一矢くらいは報いさせてもらわねばな」

 

両手に構えたクロスボウのトリガーに指を引っ掛けて一回廻し、ハクは緻密さと怜悧さを剥き出しにする。

お互い一歩動いたら、戦闘が始まるであろうことは明白だった。

 

本来ならば、ハクは動かずともよい。そもそもナイトレイド四人を釘付けにしている時点でその役割は存分に果たしていると言い切れる。

 

が、そうはいかないのがこの状況であることを、彼はまだ理解していなかった。

 

(やるか)

 

目の前にいる標敵四人は、このボウガンに備わった次発装填機能を知らない。

つまり、一発目を躱し、装填の時間を稼がせることなく一息に距離を詰め仕掛けてくるだろう。

 

敵は四人、クロスボウは二挺。誰を狙うかによってこれからの展望も変わり、誰を仕留めるかすらも変わってくることは間違いない。

 

誰を狙うか、誰を撃つか。或いはこのクロスボウ自体をフェイクにするか。

 

次発装填機能を早々見せてしまうのも手ではあるが、それは些か勿体ない。

 

「小手調べだ」

 

ハクは、決断した。

鎧が矢を弾くであろうブラートと、最高硬度の攻防一体の鋏型を持つシェーレを狙いから外す。

 

それは最安定の行動であり、ブラートならば読み切れる行動でもあった。

 

無論、そのことを彼と幾度となく槍を交えてきたハクはよく知っている。

 

「っぶねぇ!」

 

発射される前から走り出していたブラートが忽ちの内に矢を弾き、指で挟み込む。

 

クロスボウという形状でも、初速は弾丸並みかそれ以上。無敵の鎧の変形態の一つなだけあり、単純ながら強かった。

 

初速の速さと次発装填機能。光で編まれたクロスボウは、その『速さ』と『光は基本的にどこにでもある』という強みを受け継いでたのである。

 

「……ふむ」

 

やはり、ブラートの相手は弓ではキツい。全体的な反応速度が増し、強靭な防御力を誇るインクルシオは点で突破することが難しかった。

 

初戦で使っていたならば違っただろうが、あれからブラートは技量が、インクルシオは装甲や機動性、腕力強化の幅が成長している。

 

「やはり、強敵だな」

 

「その言葉、そのまんま返すぜ」

 

一切の肉体強化を施さず、強力な耐性を与えるのが腕輪の帝具・クンダーラ。鎧と本体の成長にその身一つで圧倒しているハクが異常だった。

 

ブラートを倒せずとも、疲労を誘うことはできる。

そう判断したハクは一先ず長期戦に切り替えた。イゾウないしエンシン、或いはシュラが援護にくれば一人くらいは瞬時に屠れるようにお膳立てしておくのが、今の自分の任務だと思ったのである。

 

彼は、大口を叩かない。故に大口とか法螺とかがわからない。

そして、大口とか法螺は嘘ではない。周りからすれば『法螺吹きやがって』とか『大口叩きやがって』というように見えるだけでいう本人は嘘だと思っていない。

 

つまり、彼はワイルドハントを信用していた。少なくとも一対一に持ち込んでやれば自力で策を巡らせ、相性不利を打開するだけの能力があると思っていたのである。

 

後から見れば、彼は短期戦を採るべきだった。短期戦を採り、四対一を覆してワイルドハントのメンバーの援軍に向かうべきだったのである。

 

「ハクさん、圧されてるよ」

 

「む?」

 

遠距離からの的確な射撃で消耗を最低限にして敵を抑えているつもりだったハクは、鎧を纏わぬ肩に止まった人語を解す鷹の言葉に驚き、窘めた。

 

「チェルシー、私は圧されてなどいない。敢えて硬直状態を作り、牽制に徹しているのだ」

 

「知ってる」

 

翼がはたりと右に向き、一つか二つの羽根が宙を舞う。

 

「葬る」

 

「……なるほど」

 

相対するイゾウを互いの刀が描く軌道の読み合いの末に討ち果たし、アカメが増えて五人になった。

 

即死刀をまともに喰らい、その身に呪毒を流し込まれればさしものハクとて無事では済まない。

 

左肩に止まっているチェルシーに負荷がなるべくかからないように頭を下げて避け、斬り掛かってきたアカメの腹に目掛けて矢を放った。

 

回避によって生じた隙を狙って攻めに転じたブラートの爪先にもう片手に持ったクロスボウで矢を突き立て、村雨によって防御されたであろう右のクロスボウの矢を自動装填機能を使用。再装填し直す。

 

奇襲を辛くも凌ぎ、アカメ・ブラート・シェーレによる果敢な攻めとレオーネ・タツミによる助攻を矢だけで十五分にわたって防ぎきり、彼は悟った。

 

「チェルシー、もしかするとの話だが」

 

「うん」

 

「……彼らは私よりも僅かに腕が劣るのか」

 

「そだね。比べんのも馬鹿らしいほどには劣るんじゃないかな」

 

クロスボウ二挺で何故前衛タイプ五人の波状攻撃を防げるのか。何故未だに無傷なのか。何故間合いに入らせたのがアカメの極限まで気配を殺した一撃だけなのか。

 

そんな気狂い地味た集中力とセンスが要求される戦闘を、ワイルドハントの諸君がこなせると思うのか。

 

チェルシーはそこのところを聞いてみたかった。軽く二時間は問い詰めたかった。

 

が、ここはぐぐっとその問いを呑み込む。

今は突っ込むべき時ではないことくらい、戦闘センスが皆無な彼女にすらわかっていた。

 

「さっさと鎧を着てさ、逃げようよ」

 

「鎧は質に出した。手元にあるのは腕輪だけだ」

 

「質ぃ?」

 

両手が塞がっているが故に、ハクは顎でシュラを指し示す。

つまり、くれてやったということであろう。

 

現に、シュラはラバックを圧倒し、且つ慢心していた。彼からすれば棚から牡丹餅式に究極の防具を手に入れたことになる。

 

「防御面が不安だから、と言ってな。頼まれたからくれてやった」

 

「所有者は、ハクさんのままだよね?」

 

「そうだな。彼は恩恵を得、私は負担を負っている」

 

現在の鎧は消費担当がシュラで、供給担当がハクであった。

 

こまめに攻撃を繰り出せ、且つ低燃費な形態であるクロスボウを選んだのにはそれ相応の理由があったのである。

 

「槍は?」

 

「一時的になら出せなくもないが、長時間となるとな」

 

お遊び嬲り殺しモードに移行したシュラに対して、この装備のあまりの貧困さ。

チェルシーは少し泣けてきていた。

 

「白兵戦に移行する。ボウガンも最早撃ち続けられん」

 

「鎧の維持コストって、全体の何割?」

 

「八割だ。非正規の使い手に遣ると消耗が激しい」

 

情けなさすぎる会話とは裏腹に、彼のとった行動は相変わらず強者の余裕めいた挑発の如きものであった。

 

―――最後の連射で五人を射竦めて戦線を戻した末にトリガーに指を甘く掛け、無言のままに地面にクロスボウを落とす。

 

『来い。お前らの間合いでやってやる』

 

そう言わんばかり不敵な挑発に、ナイトレイドは戦慄した。

 

彼の内情など、彼女らが知るはずもない。単純に、大火力を残したセーブモードで圧倒されているとしか思っていなかったのである。

 

シュラの纏う黄金の鎧は、茫洋とした守護の塊。実体としては視界に極めて捉えにくい形だったことも、この勘違いには幸いした。

 

未だ警戒を緩めるどころか強めたナイトレイドと、慢心気味なワイルドハント。

 

両者のぶつかりは、はじまった直後からその終わりが見えていた。




ワイルドハント

シュラ
HP:500/500
TP:600/600
特性:慢心(Level10)
自動回復(Level10)

エンシン
HP:400/400
TP:300/300
特性:剣戦闘(Level7)

イゾウ
HP:0/200
TP:0/0
特性:剣戦闘(Level9)

コスミナ
HP:0/200
TP:300/300
特性:人心掌握(Level3)

ハク
HP:900/900
TP:350/400
特性:??(Level10)

チェルシー

HP:20/20
TP:380/400
特性:危機回避(他力本願)


ナイトレイド

ナジェンダ
HP:300/300
TP:480/500
特性:指揮官(Level9)

スサノオ
HP:1000/1000
特性:自動回復(Level9)

ブラート
HP:510/600
TP:310/400
特性:近接戦闘(Level10)

アカメ
HP:290/400
TP:320/400
特性:剣戦闘(Level10)

ラバック
HP:150/450
TP:500/500
特性:抜け目なし(Level8)

マイン
HP:100/100
TP:720/800
特性:狙撃(Level10)

シェーレ
HP:210/300
TP:280/300
特性:ナチュラルボーンキラー(Level9)

タツミ
HP:320/500
TP:250/300
特性:大器晩成(Level10)

レオーネ
HP:628/700
TP:460/500
特性:自動回復(Level4)

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