お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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二輪を突く

『はい、こちらハイドレンジア社機巧部』

 

鳥から黒服を着た壮年の男に変身したチェルシーは、ナイトレイドのアジトを崖下に見下ろしながら連絡用の機器であるヘッドホンからマイクを伸ばしてその聞き覚えのある声に答える。

 

「私だ」

 

バリトンより僅かに高い美声が、変身したチェルシーの口から漏れた。

彼女の背後には、仮にも一国の宰相の如き権力を持つハクとそのハクの後ろ盾を務めるオネスト大臣の強力なバックアップがある。

 

情報を統括・収集する為の大企業を維持するだけの絶大な権力と抜け目のない性格、割となんでも出来る能力の優秀さがあいまって、彼女には帝国で一二を争う大企業の社長という裏の顔があった。

 

無論、素顔は晒さない。未だに男社会な帝国に於いて、なめられやすい女の顔ではいつクーデターを起こされるかわからないからである。

 

起業してから情報を集めるのではなく、情報を集める為に起業するという逆転の発想と天然の経綸の才が、帝国の秘密警察が持つ情報網をかるく凌駕する綿密且つ巧緻な情報の網を編み、維持することを成功させていた。

 

「そう、完成した一台を回してくれ。場所はキョロクだ。そこまで飛ばしてくれたら後の誘導はこちらでする」

 

無策で突っ込むような馬鹿はしない。散々迂闊迂闊と嗜められてきたのだから、完璧な体勢で攻勢をかけて鼻をあかしてやり、思う存分褒めてもらおう。

 

三ヶ月かそこいらの差で某槍兵より一年年下なことを全く感じさせない稚気を漂わせ、チェルシーは胡座をかいて瞑目した。

 

瞑想で集中力を高め、戦闘になった時に出るであろうポカを少なくしなければならない。

彼にヨガを推奨されてから、何度となく繰り返してきた作業である。流石に瞑想で意識を内に沈めるまでは速く、且つ深かった。

 

これからの戦闘で起こりうることと、敵の戦力データはもう頭にある。

ブラートとスサノオという特級の危険も、データを加味した事前の計算によって無効にできる、ハズだった。

 

「来たか」

 

相変わらずのハクめいた口調と、黒服。美男子に分類されるであろう威厳のある相貌が、近場に降り立った大型二輪に向けられる。

 

内部にまで完璧に秘匿していた彼女の愛車は、その銀色の巨体を草原に悠々と鎮座させていた。

 

「さて、行きますか」

 

アジト周囲には、糸の結界。空にも微量ながら糸の警戒網が存在しており、侵入者への警戒の色が極めて強いことを、鳥となった彼女は早々に察知している。

もっとも自分が侵入するだけならば結界などあってなきようなものだが、それでは退路を確保することができない。逃げるときは逃げることに集中しなければ、後ろからバッサリとかブッスリとか、回り込まれてザクッとやられかねなかった。

 

やはり功績をパッパとあげたいならば結界をすり抜けてメンバーの一人に化けて殺すのが一番だが、バレた時の死亡率が実に九割を越す。

 

ならば、どうするか。

 

「ふーふふーん」

 

ご機嫌そうに二つの円形のハンドルの中央を割るようにして通された取手を片手ずつで握り、推力・浮力を調節しつつ機体を空へと駆けさせた。

 

水・陸・空。三界制覇のこの二輪の火力スペックを紹介しておくと、先ず鋭角になっている先端部分に十六機搭載のミサイルが左右に一つずつ、車体の先端部分からドアまでの区画に20センチの連装砲をこれまた左右一門ずつ、後部座席には収納式の機銃が三門付いている。

 

速さにおいては音速に迫るというハイスペックは、無論現代の技術ではない。ハクの帝具の一形態である馬車から技術を盗み続け、馬の代わりに光で動くエンジンを搭載した代物であった。

 

砲やミサイルなどは舟から技術を盗み、これまた大幅な火力アップを果たしている。

 

言うなれば、擬似帝具であり擬似臣具であると言えた。

 

「こんな簡単なものが何故操縦できないのやら……」

 

両手に持った操縦桿を小刻みに動かしつつ、チェルシーは右操縦桿と左操縦桿の間にあるガラスに左操縦桿から離した指を触れさせ、タップする。

 

十字のスコープのような形に組み立てられた照準光がガラスの中をプログラム通りに動き回り、タップしたナイトレイドのアジトに照準が向いた。

 

「爆破ぁ!」

 

先端部分が左右に大きく開き、ギッシリ詰まった十六機、左右合わせて三十二機が並行に飛び、飛び終わって先端部分が閉まった瞬間に二門の砲から光が迸る。

 

計三十四発の超火力が次々とアジトに着弾し、ナイトレイドは一網打尽、爆発四散すると思われた。現にこれをすべて叩き込まれては、幾ら百戦錬磨のナイトレイドいえども肉片が残ればいい方だっただろう。

 

が、ナイトレイドには奴がいた。

 

「って、鏡!?」

 

ミサイルの半分と二門による砲撃がそっくり跳ね返された光景を見て、彼女は思わず狼狽する。

 

帝具スサノオの奥の手である『禍魂顕現』によって使えるようになるのは三つ。

 

ロマリーの街付近における戦闘に於いて使われた盾の鏡。

これも同じくロマリーの街付近における戦闘に於いて使われた八尺瓊勾玉。

船場の死闘及びロマリーの街付近における戦闘で使われた天叢雲剣。

 

合体技時に使われたことは、わかっていた。が、難なくぶち抜けた為に彼女は『なんてことはない、超火力でいけば勝てるただの盾』だと誤解していたのである。

 

その実、鏡が持つ真の能力は『飛び道具の完全反射』。苦し紛れに物理攻撃に使ってもある程度の効果は得られるが、それはあくまでおまけに過ぎない。

 

そのおまけに過ぎない性能だけで立てたチェルシーの計算が、今完璧に覆された。

 

「……まあ、二手目と行きますかね」

 

消耗を防ぐ為に普段の自分に戻り、機体のエネルギーを三割使う。

エネルギーはすなわち、件の鎧を編んでいた光そのもの。如何様にも姿は変えられる。

 

ただし、編んでも定着させることができないがためにやはり本家の無敵っぷりは再現できなかったが、それでもこの技は彼女の誤算を埋めるには充分な性能を持っていた。

 

編んだ光は一時的に機体を円錐形に覆い、穿孔するかの如く直進する。

 

空気を切るような排気音と車輪の駆動音が一時的に活発化し、突撃への僅かなラグが生じた。

 

「とつ、げきっと……」

 

推力に極振りし、浮力は維持できる程度にまで抑え、斜線を描くようにして突き進む。

流星の如く黄金の尾を曳きながら、二輪は瓦礫の塊と成り果てたナイトレイドのアジトへとひたに進んだ。

 

音の壁を突き破り、鏡の盾すらぶち破る。

 

遂には盾の持ち主であったスサノオをもぶち破り、脇に避けたナイトレイドのメンバーを風圧で弾き飛ばし、チェルシーはそこで急制動をかけた。

 

勢いを極力殺さぬようにUターンし、彼女は八咫之鏡とスサノオを穿った後に突撃前の如く再度ナイトレイドと対面に向かい合う。

 

「久しぶり」

 

「シェーレを殺した―――」

 

再度左手を離し、ガラスの画面に表示されたコンソールを操作。敵の前口上など更々聞く気になれないチェルシーは、ミサイルを再装填して照準を合わせた。

 

「で、いってらっしゃい」

 

怒りを見せた者から負けを見る。そのことを、彼女はハクを通してよく知っている。

彼と戦う者は、大抵怒りに燃えていた。仲間を殺されたり、挑発めいた言動を喰らわされたりとその要因は様々だが、怒った者は悉く太陽に灼かれて灰と化している。

 

その点では。

 

「頭に血が上らせたら負けだぜ、タツミ」

 

爆炎ともうもうとした煙の中で、仲間を庇ってなお無傷の白い鎧がそこにはあった。

 

「男は燃える心でクールに戦え。心は燃やすが、頭は冷やせ」

 

仲間を殺されてなお激情を秘めているこの男の方が、怖い。

 

チェルシーは鋭敏な危機管理を完璧に行ってきた自分の脳がそう言ったのを、確かに感じた。

 

彼女の『怖い』は、大体当たる。

何せ、太守のお付をしていた時に近寄ってきた実力の片鱗を見せる前のハクにすら、彼女の『怖い』は反応した。

 

あれは敵にするには恐ろしすぎる、と。彼の天然の実力隠蔽を、彼女の危機管理力は看破したのである。

 

(怖さは初対面時のハクさん以下ではあるけど、それってなんの安心材料にもならないんだよねー……)

 

暫し思考を巡らせ、チェルシーは一先ず後ろに下がった。

二輪ではありえない変態機動にさしものブラートすらもド肝をぬかれたのか、非常にスムーズに距離が開く。

 

だが、この程度であのブラートの裏をかけるはずがない。

 

その答えは、頭上から来た。

 

「仇、取らせてもらうわよ!」

 

スサノオに救われてから咄嗟に動き、高台に陣取ったピンクの少女。

手に持つ帝具は『浪漫砲台』パンプキン。精神力を弾丸として打ち出すという異色の帝具が、割りと壊れやすい機体を壊すべく放たれていた。

 

「おー、怖いことだねぇ」

 

ポツリと本音とも挑発ともつかぬ一言を漏らし、チェルシーは操縦桿を握り締める。

ハクの戦車の御者として鍛えられてきた操縦技術を駆使しなければ、この連続射撃は防ぎきれない。

 

前輪を狙った一弾目を後方に更に下がることによって避け、それを予期していたか如く放たれた後輪への一弾を機体を浮かせ、左に四十五度操縦桿を切って逃れる。

 

この二秒ほどの攻防で、狙撃手であるマインはこの二輪の機動性が尋常ではないことを早々と悟った。

ホバー移動と高速旋回。突撃時の音速の突撃に、収納式の大火力。

 

帝具であるとしか考えられない性能だった。

 

左に回転した瞬間を狙い、操縦席にいるチェルシー目掛けて弾を放つ。

旋回中に旋回の軸となっている操縦席を無理に動かすことは、どんな曲芸師でも実行は不可能。

駄目押しに後輪目掛けて射撃を行い、マインは鷹の目を鋭く瞠った。

 

どうやって避けるか、或いは仲間がどのように援護するか。

 

巨体であるが故に小回りが利かないであろう機体にここまでする必要はないように見えるが、相手は訳の分からない帝具を使う。

初めて見た時にシェーレを殺害した透明化らしきもの、二輪の戦車にしての変態機動。

 

もう、油断はできないというのが正直な共通意識だった。

 

「はぁ!?」

 

旋回中の前輪を無理矢理急制動で軸として固定し、そこから半回転して操縦席に迫っていたレオーネを後輪で横撃して撥ね跳ばす。

更に後輪に迫ってきたブラートを後方にある機銃で迎撃し、側面の砲を地面に向けて発射。無理矢理浮力を得てナイトレイドの包囲陣から逃れた。

 

「おー、やるね」

 

チェルシーは褒めるような口調に皮肉を三割混ぜたような声色で迎撃した二人に向けて二輪の正面を向け、再装填されたミサイルを三度解き放つ。

 

残りエネルギーが減少していく中、如何に敵を削るか。

 

それがチェルシーの思考だった。




ワイルドハント

シュラ
HP:500/500
TP:600/600
特性:慢心(Level10)

ハク
HP:1000/1000
TP:300/400
特性:加速(Level10)
:庇う(Level10)

チェルシー

HP:20/20
TP:795/800
特性:はりきり(Level10)
:騎乗(Level10)
:???(Level15)

ナイトレイド

ナジェンダ
HP:300/300
TP:400/500
特性:指揮官(Level9)

スサノオ
HP:400/1000
特性:自動回復(Level9)

ブラート
HP:900/900
TP:480/500
特性:近接戦闘(Level10)

アカメ
HP:400/400
TP:400/400
特性:剣戦闘(Level10)

ラバック
HP:450/450
TP:500/500
特性:抜け目なし(Level8)

マイン
HP:300/300
TP:840/900
特性:狙撃(Level10)

タツミ
HP:600/600
TP:400/400
特性:大器晩成(Level10)

レオーネ
HP:640/700
TP:490/500
特性:自動回復(Level4)

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