食料がほしい、ゼニーがほしい、モンスター素材がほしいと、
人によって様々な望みがあることだろう。
だが、私の望みは得ることではなく消し去ること。
不快な雑音を消し去り、静寂の中で思考を巡らせることができるのならば、
他には何も望まない。
そうだな、峡谷に現れた騒がしい黒狼鳥を何とかしてくれたら、
私が蓄えた鳥竜種の素材や、飛竜種の素材を譲ってもいいだろう。
素材を手放し、雑音を消し、残るのは静寂。それが私の望む生き方なのだ。
~読書愛好家より~
ああ、うるさい…… 今日もまたあいつの叫びが響く。
せっかく静かに思考できる場所まで移り住んできたというのに、どこまでも忌々しい奴。
しかし、奴に関わっている時間すら惜しい。私はまだ、あの日の答えを見つけてないのだから……
爆発、轟音、悲鳴。たった一匹の禍々しい体色の鳥竜によって私の家と、その周辺の家々は火の海。
私は居合いを習っていて太刀でその鳥竜に斬りかかったが甲殻が尋常でないほどに堅く、太刀が刃こぼれするだけだった。
為す術のない私は背後で倒れる二人の女性を抱えて逃げることを考えるが、俊敏性の高い鳥竜から女性とは言え、二人を抱えて逃げるのは無理だ。
私の背後の女性、一人は最近、出産を終えて母になったという隣家の女性。
もう一人は…… 私の恋人。
私は恋人を選ぼうと思った。
しかし、いつも泣き虫だったはずの彼女の、その時の瞳は私に強く何かを訴えかけてきて、
だから私は ――― 私は ――――
私は一人を抱えて逃げ出した。一刻も早く抱える女性を安全な場所まで送り、すぐに戻ってもう一人を救出したかった。
抱えて逃げ出す途中に背後から爆音が響いた。
それでも振り返らず抱える女性を安全な場所まで運び、もう一人を救出しに向かうと、すでに、そこに鳥竜の姿はなく、彼女の泣き声も 聞こえなかった。
私はあの日の答えを知りたくて人里離れた、集中して思考できるところへ移り住むことにした。
移り住む前に、居合いの師に別れの挨拶に行ったところ師は、居合いは無にあらず、無より生み出す術、とだけ言って私に背を向けた。
あの日、私の選択が正しかったのか、もっと良い結末があったのではないかと、私は問答を繰り返す。
今日もまた多くの物語を読み、物語の中から答えを探そうと試みる。
静寂の中で思考を繰り返し、あの日の答えを探し続ける。
そんな日々を送っていたところ、いつかの鳥竜が私の住処の近くに出没するようになり、まるで私が答えに辿り着くのを阻むかのように叫びをあげて思考の邪魔をする。
私は不快な雑音に耐え切れず、ハンターズギルドに鳥竜の狩猟を依頼したが、かつての私と同じく、堅固な甲殻に歯が立たず、依頼は失敗。
私は仕方なく雑音の中で思考を巡らせていると、師から手紙が届き、協力してほしいことがあるので戻ってこいとのことだった。
渋々ながら師の下へ行くと、師の娘夫婦水入らずで過ごさせるために、しばらく孫の面倒を見てほしいと頼まれ、恩のある師の頼みをむげにできず、引き受けることにする。
師の孫は可愛らしく、よく笑う女の子で特に面倒なことにはならなかったが、師が何故私に世話役を押し付けたのかが分らなかった。
数日経ち、これといった変化の無いまま、師の孫の両親が帰ってきたので、私は宿屋で一泊してから住処に帰ることにした。
夜、宿屋で眠りについていると、突然、爆音が鳴り響いた。
この雑音には聴き覚えがある。
私はすぐさま宿屋を飛び出し、爆発の起きた場所へ急ぎ駆けつけると、そこには因縁の鳥竜と、倒れる師の娘と孫の姿があった。
今は爆発で半壊している家の中にあった物なのか、足元に転がっていた太刀を拾い上げて、
無駄と知りつつも鳥竜に対して構えを取る。
いつか見た光景、凶悪な鳥竜、燃える家々、そして、背後で倒れる ――――
ああ、あの日の答えが求められている、今度はどうすればいいのだ。
背後で倒れる二人を見ると、母親の方は、あの時の恋人の強く訴えかける瞳と同じで、
だから私は ――― 私は ―――――
そこで私は、その先の光景が浮かび、はっと気付いた。
少女を抱え、逃げる私。背後で巻き起こる爆発、そして訪れる ―――――
私が忌々しく思っていたのは、恐れていたのは音だったのだろうか。
いや、静寂へと誘う爆音、そして、全ての音を消し去る静寂。
【全ての音を掻き消す音】【何も聞こえない静寂】 【壊したい】
もう一度、彼女の泣き声が 聴きたかった。
大きく息を吸い、今にも火炎のつぶてを吐き出そうとする鳥竜。
「その全てを掻き消す静寂を許しはしない!沈黙を斬り裂け!」
鞘から沈黙を斬り裂く一閃が抜かれた。
「結局は片目を斬って撃退するのが精一杯でした……」
私は恋人の仇を取れなかったことに落胆する。
「いや、奴に致命傷を与えて追い返しただけでも十分だ、娘と孫を助けてくれたこと、心から感謝する。何か礼をしたいのだが……」
師が何か礼をと言い出す前に、私はそれをさえぎり、
「報酬なら既に貰いました。あの日欲しかったものを」
片目を裂かれた鳥竜が逃げ出した後、助かった師の娘と孫は互いを抱き合いわんわんと泣き出した。
私はそれを聞いて、あの日の答えに近づいたようで少しだけ胸のつかえがとれたような気がした。
「良い顔つきになったな、あの日の答えとやらは出たのか?」
師の問いに私は首を振る。
「いいえ、分りません。どちらを選ぶのが正しかったのか、あるいは二人を救う方法があったのか。それとも悩み続けることが正しいのか。……でも、今度は前に進みながら悩んでみようと思います」
弟子が去った後に師は一人、独白し始める。
「あの日、恋人を助けられなかったお前に師として何一つしてやれなかったことを許してくれ。恋人より私の娘を助けてくれたことに感謝すらした私に、お前を導く資格などなかったのだ」
道場の外で元気よく遊ぶ孫娘を見て、
「お前に孫の世話を任せたのも、お前のやったことは決して無駄なことではなかった、孫は母を失わなかったおかげで、あれほどまでに元気よく笑ってられるのだと伝えたかったのだ……」
師が独白していると、
「あ、師匠! 今度またこっちに住むことにしたの伝えてませんでしたね!いや~、すみません!」
師はずっこけた。この弟子が恋人が亡くなる前はどこか抜けたお調子者だったことを忘れていた。
師はまた賑やかな日々が訪れるのだろうなと苦笑した。