目の前には雑音がある。
そんな状況では本来笑うべきではないのかもしれないけれど、笑ってた。
哂ってた、嗤うしかなかった。
可笑しいぐらいに愉快だ。体全身に力が巡り、暴れさせろと脳髄が吠える。
まるで獣になったかのような昂揚感が身を包んで、それが笑いを加速させる。
目の前にいるのは雑音の群れ、それがどうしたと――――愉快が止まらない。
戦え、潰せ、引き千切れ、目障りなものを全てミンチにしろ、破壊で快楽を満たせと本能が叫んでやまない。
この腕で、この力で動くもの全てに■を■け――――ッ!
「……おねえちゃん?」
「――――――ぁ」
――――違う、そんなことは、思って、ないっ!
女の子の声が聞こえた。
呆けるような、驚いているようななんでもない、普通の声。
だけどそれは私がするべきことを思い出させる声で、さっきまでの思いを消失させる声だった。
霧散して、消失して、其処にとって代わる様に現れたのは驚愕という感情。
「―――うぇええ!? な、なにこれこの格好ッ!?」
そう、冷静とは言えないけれど普通に思考できるほどに頭が動く様になれば覚えるのは今までの常識に捕らわれない出来事に対する衝撃、すなわち驚きの念しかない。
アニメとかよく見ない口だけどこの装束は日曜の朝にやっているヒーローとかに出てきそうなほどにSFチックだと感じる。
実際、それを裏付けるようにこの装束はかなり奇妙だった。
機械が付いているのに重くない、肌にぴったりとついて離れない、知らない音楽を流している。
どれもこれも何一つとったって全く訳が分からない。
――――けど。
「お姉ちゃん……かっこいいっ!」
目を向けた先には女の子がヒーローを見るような目で、ノイズに対する恐怖なんか忘れて私を見ている。
今はそれだけ分かっていれば十分。
さっきまで、驚愕より前にどうしてあんな感情を抱いたのかはわからないけれどこの姿は力だという事は理解させられた。
だから、言葉に出して明確にする。
「そうだ、何がどうしてなんだかわからないけれど今やらなきゃならないことはたった一つッ! この子を護らなきゃいけないってことッ!」
《撃槍・ガングニール》
言葉に反応するようにイントロ部分と思われる場所を流し続けていたこの耳に装着した機械はループを止め、一番へと入ろうとし始めていた。
気にすることじゃないかもしれない。
だけどその時、私は―――――
『―――――――――――――ッ!』
初めて聞く曲、当然そんな曲の歌詞も、どんなメロディなのかもわからないこの曲を、しかし確かな歌詞と、確かなリズムに合わせて口ずさみ始めた。
心から湧き上がる様に歌詞が頭に浮かんで、胸の鼓動から伝えられるそれをそのまま歌い続けながら女の子を抱えて、軽く建物の屋上から飛んだ。
「―――う、わぁッ!?」
飛び降りられるという予感に沿って屋上を跳ねた私は、予想の斜め上を突き進み、前に10Mほど飛んで、落ち始めた。
予想外のそれに対処する前に重力に捕らわれ落下して、背中から地面に叩きつけられる。
だけど痛みはない、地面に落ちた衝撃が体を揺らすけどダメージが入った感覚はない。
叩きつけられたその場所から普通にひょこりと起き上がって、それが痛覚の麻痺とかによるものでないと確認する。
「――――一体何がどうなって……ッ!」
理解の範囲外の事を理解しようとする時間はないらしい。
ノイズは落下するように此方を追いかけてきている。
だからさっきよりも強く踏み込んで跳ね――――20M位斜め後ろに飛んだ。
「う、そ、ぉおッ!?」
さっきより少しだけ力を籠めただけで空気を裂くほど加速して一気に飛び上がり、やがて何かの建造物に背中をぶつけることでようやく止まる。
先ほどよりも強い力だったからか肺から空気が抜けるような感覚を覚えつつ、落下する前に見えたパイプを咄嗟に掴む。
しかし、掴んだ瞬間鈍い音を立ててパイプは千切れてまた落下することになった。
「力が、強すぎっ……うぁ!?」
再び背中から落ちて、都合三度目の衝撃にむせ返る。
二度、三度と咳き込んで、収まってから顔をあげれば、突撃体勢に入ったノイズの姿があった。
――――ダメ、避けきれないっ!?
体勢が崩れた状態で動くことは出来ない、だからせめて抱いた腕の中のこの子だけは護れる様にと反対の腕を突き出してギュッと目を閉じてその時を待ち、軽く何かが当たったような感覚と共に予想した感覚は何時までも訪れなかった。
「――――ノイズが……灰に」
目を開けば腕に当たったらしいノイズが灰となって塵芥へと消えていく様が映る。
当たった腕は炭化しておらず、それはつまりノイズの事を倒せながら、ノイズによって灰にならない、ノイズの天敵だと言うかのような答えだった。
『――――――――――』
警戒しているのか、ノイズは再び私たちを囲むような体勢を取った。
人間サイズ以上の、20mを超えるようなソレまでやってきて、私とこの女の子を取り囲んでゆく。
私も女の子を抱えたまま、ジリジリと動いて道の真ん中で止まった。
見渡す限り、およそ100位いるノイズの群れ。
――――いける、かな?
そう思うも正直に言って分からない。
この力がどういう原理でどういう仕組みで動いているかわからない。
いつまでも続くなんて都合よくは考えられないからとりあえず早くここから逃げるべきなんだろう。
そう考え、行動に移そうとして―――――音を聞いた。
「――――今の、音は?」
最初は流れている曲でよく聞こえなかったけれどやがてそれは大きな音になって、バイクの排気音だと伝えてくる。
その音は私の後方からそれはどんどん大きくなっている。
振り向いて見れば、やはりノイズの群れがいる。
つまりそれよりさらに後ろから来てるってことで――――。
――――瞬間、振り向いた方向のノイズたちは何かに切り裂かれて炭化していき、その中を二人乗りのバイクが駆け抜けてきた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
特異災害対策機動部二課はその性質上隠しの出入り口などがたくさんある。
ノイズの出現時、人が逃げ惑う時に無暗やたらにその中を突っ切って混乱させたりしないように地下に通路を網目状に張って、内部を動いてから現地に行く方が圧倒的に効率的にも隠密的にもいいからだ。
その特徴を利用して、俺と翼さんはノイズ発生地のまでの最短ルートの出口に出た。
翼さんは直ぐ様バイクに乗る。
俺も直ぐにその後ろに座り、体を固定してヘルメットを被る。
同時にバイクは走り出した。
――――急げ、急いでくれよ。
逸る気持ちを唇を噛み締めることで我慢する。
バイク以上の速度を素で出すのはおそらく可能だが、それをやれば道路に尋常ではない被害が出ると予想されている。
情報操作などへの影響力などを考えたときそれは出来ず、かといって俺は免許を取得できる年齢じゃないからバイクでの移動時、自然と翼さんの後ろ、二ケツの構図が普通になった。
「――――間に合えよ……急いでくれ、翼さんっ!」
焦る気持ちが言葉になって出る。
自然と少し荒くなった言葉遣いに、平時ならば翼さんはたしなめ、緊急時ならば是と頷くのだが―――――答えない。
「―――翼さん?」
「―――――――て」
焦りながらもどうしたのかと疑問に思う。
何かを呟いているのが聞こえ、ヘルメット越しなれど耳を澄ませてみることにした。
「―――どうして、奏のギアをあの子が……だって、あれは奏の……」
それは自身に問いかけているように、疑問の答えを探すように呟かれていた。
自身以上に焦り、動揺していると、感じられた。
それに関して俺は何も言うことは出来ない。
知っているからこそ、知っているだけだからこそ口にできない。
奏さんに対して深く知っているでもない俺が口を挟むことではないから。
だから今は――――。
「翼さんっ!」
「―――っ!? な、何ッ!」
大きな声を張り上げて強制的に思考を中断させる。
それから少しボリュームを下げて、だけど聞こえるようにはっきりと言った。
「落ち着いてくれ翼さん、今は戦場に向かう最中だ。 迷うのは後にしてくれ」
「それって私の――――っ!」
戦場で迷うことがあってはならない、敵を認めたら目を離すなと言ったのはこの人だから、それを言った翼さんが今、この場で迷わないようにと言った。
理解して、落ち着いたのか、小さく頷くのが見えた。
「――――急ぐぞ」
「そうしてくれ……もうすぐだからっ!」
―――そう、落ち着け。
言った俺が落ち着いてなきゃ話にならないと、翼さんと話して少しだけ気分を落として、冷静になり、夜に近くなった街を、ノイズ警報で人がシェルターに逃げ込んで一時的にゴーストタウンになった街を180㎞を遥かに超える速度で突っ切り、ノイズが集まるその場所に着いた。
「一番槍は任せたっ!」
「――――言われなくてもッ!」
ギアを纏っていない翼さんは攻撃できない、故に既にボワ・ド・ジュスティスを起動させていた俺は足だけで体を固定し立ち上がり、力を放つ。
割撃の一撃はノイズを10幾何切り裂き、その向こうにガングニールのギアを纏った響と、その腕に抱えられている少女の姿を確認する。
「飛び降りて貴方は彼女の守護を、私はノイズを殲滅するわ」
「了解、任せたッ!」
バイクがそのまま進み、響の隣を過ぎた瞬間足を離してバイクから降りる。
多少前に滑るものの体で衝撃を抑え、響の前で止まる。
「えっ、嘘、お兄ちゃんに、翼さん?」
「ぼさっとするな、後ろに下がれっ!」
突然の事態に状況が呑み込めてないらしい響とその腕の中の子を抱きかかえ、後ろへとバックステップして5mほど距離を開ける。
「『
同時に聞こえてきたのは翼さんが歌う聖詠。
運転手がいなくなってそのまま直進したバイクがノイズに砕かれ爆発する中、光を纏い、青と白と黒の戦装束に身を包んた翼さんが地に降り立った。
《絶刀・アメノハバキリ》
一振りの剣となった翼さんの心象であるアメノハバキリの歌が流れ始める。
その時すでに、疾風をいる如き刃は既に抜き身の刀を手に、ノイズへと駆け出していた。
一瞬で、すれ違いざまにノイズを切り伏せ、そのまま両手を地に着け逆立ちしながら開脚をして両足首より刃を展開して独楽のように回転しながら敵を切り伏せて行く。
『――――――――!』
「凄い……」
響が思わずつぶやくほどに、実際それは凄い
刃は流麗にして鋭閃、一度も淀むことなく動いていく。
鋭く、重く、何より速く。
瞬く間にノイズを減らしていくその速度は翼さんの圧倒底な強さを示していた。
それを脅威であると認めたらしいノイズは翼さんの方に液体状の攻撃を仕掛け足止めを狙い、その間に此方を殺そうと判断したらしいノイズが10体ほど向かってくる。
「お、お兄ちゃん、下がってっ! 私、なんかなんとか出来るからっ!」
「落ち着け響――――任せろ」
「え、ちょお兄ちゃんっ!?」
慌てて、生身で俺が前に進むのを止めようと響が叫ぶがその前に駆け始め、右腕でノイズを殴り飛ばし、そのまま力を放出して切り裂く。
射線から逸れたのは5体。
その内もっとも近くに来た二体の内近い方に一足で0距離まで近寄り殴り飛ばして消滅させる。
殴った勢いのまま足を強く踏み込み、跳び膝蹴りをかまし2体、膝蹴りの姿勢から一回転して手から落ちて、その手で跳んで背後に控えていた二体をさらに蹴り砕く。
最期に残った一匹が悪あがきのようにこちらに突撃するが、虚しく体に衝突するだけでノイズだけが炭素へと変換されて崩れ落ちる。
全くにもって大した相手じゃなかったノイズを駆除し、後に残ったのは嫌な静寂。
―――自然と、沸々と、出撃前に感じていた苛立ちが、困惑が、溢れてくる。
「……お兄、ちゃん?」
どうしてここにいると言いたい、どうしてお前がそれを纏っていると言いたい、どうして――――。
「お前、なんでこっち側に来ちまったんだよ」
「それって―――どういう」
どうして、危険に合わせないと誓ったのに危険に出会っちまって、戦いに巻き込まないと言ったのに望まない覚醒をして戦いに巻き込まれてしまったのかと問いかけたかった。
ギアを解いたらしい翼さんもまた、戦闘の為に考えることを止めていたことが動き始めたらしく暗い表情をしていた。
――――こんなこと、誰も望んでいなかった。
「ああ、全く―――――俺達、呪われてんのかね」
救助班、及び事後対策班である人たちが場に集まるまでの間、誰も何も言うこともなくただ時が過ぎて行った。