そこまで読む必要はないかも?
空を飛びながら痛む身体を抑えてやっとたどり着いたアタシの帰る場所。
城見てぇなそこはアタシの拠点で、アタシを待っている人がいる所だ。
中に入って地に足を着けると同時に胸部の裂傷の痛みが酷くなり、堪えきれず倒れ込んだ。
ネフシュタンの鎧の力で傷は癒えているはずなのに痛みはジクジクと熱と共にアタシに苦痛をもたらし続ける。
「なんだよこれ……痛すぎんだろっ」
「――――当然よ、『ボワ・ド・ジュスティス』は完全聖遺物、その性質は人を殺すことに特化している、首ではないからまだマシな方よ」
痛みに毒づいただけの言葉、それに対する回答は本来得られないと思っていたけれど、アタシを待っていてくれた人は気付けばアタシの前にいて、そう教えてくれた。
流れる絹糸のような金髪、宝石みてえなアメジストの瞳、凍るほどに無表情なその人こそがアタシを救ってくれた、アタシの願いを手伝ってくれる人。
「フィーネ……っぁ」
「失敗したようね。 でもまだいいわ、チャンスはあるもの『――――――』」
どんな仕組みかわかんねえけどフィーネがアタシの胸に腕を翳した瞬間複雑怪奇な模様みてえのが浮かび上がり、光が発生したと思ったら痛みが和らいだ。
「―――随分昔に『魔女の鉄槌』と『大淫婦』から聞き齧った魂魄面での治癒魔術だけど上手く作用したみたいね。 でも気を付けなさい、あれはネフシュタンの天敵よ」
「わかったよ……次は必ず成功させる」
「ええそう、いい子よ―――――じゃあ、鎧を脱いで除染を始めましょうか」
除染―――そう言えばまだ鎧を着たままだったと頷いて、ネフシュタンを脱ぎ捨ててアタシは素肌を全て晒して器具に磔にされる様に固定される。
「いくわよ?」
フィーネが確認を取る様に言って、でも返事を言う前にレバーを引いた瞬間、全身に高圧の電気が流れ始める。
「―――――っぁぁぁああああああああああッ!!!」
「ふふ―――耐えなさいな、ネフシュタンは魂と繋がらず、損傷が肉体に影響されない代わりに身を喰らって鎧を直す、鎧に汚染された部位の除染をしない方が後々辛いのだから」
「っあああああ!! あ、あぁぁあがああああああああああああッ!!!」
今はまだ、痛みが増えていくだけ。
だけど、それでも目的のためにならアタシは頑張れる。
今は辛くてもアタシが望んだ未来、そのためならこんな痛み大したことねえ。
身体に来る先ほどまでの痛み以上の刺激に絶叫したとしても、その先に気絶したとしても、目標のためになら我慢できる。
だって――――痛みだけがアタシとフィーネを繋ぐ絆だから。
――――そして、電気に悶える中何かがバチンと何かが嵌る様な音と共に
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――夢を見ている。
そう判断できるのは
だから
また黄昏か、それとも学校とか教会とかなのだろうかと思いながら落ちていった。
そうして開けた世界は――――
オレンジ色の髪の中学生くらいの子供が二人いる、片方はいかにも怒っていますと言った様子で、もう片方は死んだように大人しい―――――
夢と言っても
「お兄ちゃん、今日こそ私と話してもらうよ」
「――――悪い、俺そろそろ用事あるんだ」
「そーいって最近またいなくなったよね? 二日くらいしたら帰って来るけど……すっかりお兄ちゃんたら学校サボったり不良になっちゃって」
―――
自然とそう思い
もうずっと前にも思える中学三年生辺りの頃の記憶。
二年前のライブ会場の後――――響が学校に再び来るようになった後の事だ。
「大体お兄ちゃんは――――」
「ん、未来が来たぞ、ほら行って来い――――じゃぁな」
「あ、ちょっとお兄ちゃんッ!」
世間は敵だった、ライブ会場にいた俺と響は殺人鬼だなんだと学校や近所の人たちに言われ迫害染みた行為をやられていた時の記憶。
このころは家と学校、共通して結構離れた場所で響は未来と落ち合って帰っていた。
俺は師匠に鍛えられたり、家周りを汚されては片付けたりとかし続けながら必死に耐えていた。
そして――――。
「―――――――っ!」
唐突に投げられたそれを避けず、受けるとそれは多少の衝撃と共に弾け、中身が零れ落ち、生卵だと知る。
物を投げてきた方向へと目を向ければ人を殺せそうな目つきの若年の男女が4、5人並んで立っていた。
「この人殺しがッ!」
「なんでまだ生きてんのよっ!」
「さっさといなくなっちまえッ!」
そして浴びせられるのは罵倒、聞き慣れた罵声。
ワンパターンの言い回しなそれに大仰に溜息を吐いて――――嘲笑う。
「言いたいことはそれだけか? 暇人共、お前達よくこんな時間あるよな、さっさと家に帰って勉強したらどうだ――――ってああ悪い、お前達どうせ底辺か」
至って稚拙な売り言葉、相手の沸点が容易くキレ、実力行使に出るのも直ぐの話。
拳を振るわれ、足を出され、道具を持ってきたときはそれだけ対処して―――――
そうなりゃ家族にも迷惑がいく、だから我慢しなきゃならないと思っていた。
――――今になってみりゃ馬鹿らしいこと、だけど当時はそれが最善だと信じていた。
ひたすら自身にヘイトを集めて―――だけど響たちに被害が行かないように必死に調節して――――破綻した。
―――夢は、まだ覚めなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
夜も更けたどころか深夜間近。
病院の通路、其処の一角にある椅子に座って息を吐いて私、立花響は強い自己嫌悪を露わにする事しか出来なかった。
「私……なにやってるんだろう」
―――何も出来なかった。
そう私には何も出来なかった。
翼さんが歌って、お兄ちゃんがあの子を撤退させた―――あの時私は戦いを止めようと思った結果、気持ちだけが空廻ってただ二人の荷物になっているだけだった。
「どうすれば―――よかったのかな……?」
皆戦って欲しくない。
痛くて、辛くて、苦しくて。 そんな思いを皆に味わってほしくなくて、翼さんとあの子が戦うのを止めようとして、二人にふざけるなと言外に言われた。
「ふざけてなんか、ない」
殴られたら痛い、傷つけられたら痛い、罵倒されたら痛い――――だったらそんなことせずに、話し合って分かり合えたらいいと思う。
それは本心から言い切れることだ。
―――そしてその結果がこの様。
「大切な人、憧れていた人が入院―――予断を許さない状況」
翼さんは体への負担が大きすぎて緊急入院、しばらくの間到底戦場には立てそうにない――――お兄ちゃんはそこまで酷くないけどやっぱりまた身体面での負荷が大きすぎて意識を失っているらしい。
それが現実、私がいたからこうなったという罪の結果。
私を護るために翼さんは歌い、お兄ちゃんは退かずに戦った。
私が弱くて、何も出来なかったから。
「駄目だよね……私じゃあ」
身体を抱えて俯いて、自然と漏れた言葉――――当然返す言葉は誰からもなく、
「貴女が気に病むことではありませんよ」
しかしその当然を覆すかのように突然背後からそう声を掛けられた。
ちょっと驚いたけれど、その声の主を知っているからあまり驚かず――――代わりに気が重くなった。
「……緒川さん」
緒川慎次さん。
翼さんのマネージャーで、弦十郎さんの補佐をしている人。
そんな緒川さんが無表情のままそこにいて、口を開いた。
「翼さんは使命を果たすために歌いました、蓮君は自身の大切なものを護るために戦いました―――そこに貴女の気に病むべき要素はありません」
緒川さんは私の隣を通ってそのまま自販機へと歩を進め、飲み物を買いながらそう言った。
「でも―――思います」
それを私は納得することは出来ない。
楽になることを許しちゃいけない、だって私は当事者だったから。
私が足を引っ張ったのは事実だから。
そんな私の答えに緒川さんは少しだけ苦笑した。
「御存じとは思いますが翼さんはかつてツヴァイウイングというアーティストユニットを天羽奏さんと組んでいました――――今は貴女の胸に残る『ガングニール』の奏者であった、奏さんと」
「――――――」
自然と胸に指を這わせる。
脈打つ心臓の上に刻まれた音楽記号のような痕―――傷痕。
強く、今も残っている奏さんとガングニールの址に。
「あの時、二年前のライブコンサートの時、ノイズの大群による被害を抑えるために奏さんは絶唱を放ちました」
「絶唱……さっきも翼さんが歌って……ボロボロになった」
「はい。 奏者の負荷を全く考えず、聖遺物の力を最大に放出する一撃、それが絶唱です。 ……奏さんはあの時、絶唱で命を燃やし尽くしました」
「それって――――」
あの時、あの場所、最後まで残って居たのは私とお兄ちゃんだけ。
奏さんが死んだ原因は人を護るためで――――つまり私とお兄ちゃんを護るため。
そういうことなのかという問いに、緒川さんは黙ってコーヒーを啜るだけで―――それが答えだった。
口を湿らせて、緒川さんは此方を見てまた口を開く。
私にはそれが自身の罪を突きつけられているようで―――酷く辛かった。
「ツヴァイウイングの解散後、僕たちがメンタルケアなどをする前に翼さんは欠けた穴を埋めるように腕を磨きました。 一人でも戦えるように遠近問わず戦えるように極めようと。 まるで奏さんの分も戦うというかのように――――蓮君もその時に入って、当初は翼さんと仲違いしつつも必死に努力して、違う方向に磨きをかけて今に至ります――――二人とも、其処までに普通の学生が経験するような日常を放棄して」
「―――――っ」
「不器用ですよね――――でもそれが、僕が二年以上もの間見続けた風鳴翼と、立花蓮の生き方です。 ……響さん、僕たちは貴女にそんな生き方を強要しないですししたくありません」
緒川さんは言葉を区切った。
話は終わりと言うように。
そして全ての話を聞き終えて私の頬には気付けば熱いものが滴っていた。
翼さんに刃を向けられた時、あの時お兄ちゃんに言われた言葉が今が理解できる。
理解できるからこそ雫は零れて止まない。
「――――私、何やってるんでしょう」
「―――――――」
「何も知らず代わりになるなんて言って、翼さんの気持ちも分からずに無神経に言って、お兄ちゃんがどれだけ頑張っていたのか知らずに危険に身を突っ込んで―――人は誰の代わりにも成れない、私は私でしかないのに」
私は私でしかない――――私は立花響以外の何者にも成れない。
でも―――
だからこそ、ようやく一つだけわかったことがある。
涙を拭って、緒川さんを真正面から見据える。
真っ直ぐと視線と視線を貫き合わせて、口を開いた。
「私、逃げません、戦います」
「それは贖罪の為ですか?」
「違います、私が私だからです。 私は、立花響は立花響にしかなれない。 だから―――私は私の戦いをするためにギアを纏います。 奏さんの様に守りたいから戦うんじゃない、私が守りたいから私は戦うと決めます」
試すような緒川さんの瞳が射抜き、毅然と睨み返して――――ふと緒川さんは表情を緩めた。
「そうですか――――響さん、貴女は強いですね。 僕はとてもそんなふうには出来ない」
「そんな……緒川さんも十分に凄いですよ」
まさか、と緒川さんはそこで今、初めて笑った。
「僕はずっと戦うのは怖いと思っています。 いつも怖くて、逃げたくて仕方がないと思っています。 『恐怖とは生きるために必要不可欠である、努々忘れてはならない。 強さには敏感で、臆病だからこそ私たちのような存在は生きられる』 それが僕の師の教えです」
「緒川さんのお師匠さん?」
「ええ、今は現役を退いていますが、それでも隠密系統では勝てる気がしません、僕が司令と同格に尊敬する唯一の人ですよ」
緒川さんと話をする機会がもともと少なかったからそうやって子供の様に目を輝かせてそう言う姿に少しだけ新鮮味を感じて―――そうだと気付く。
「お師匠―――そうだ、お師匠さんだッ!」
「ひ、響さん?」
「ありがとうございました緒川さんッ! 私、決めましたッ!」
そう私に足りないこと、それは沢山、いっぱいあって、それのなかでも今一番必要なものを教えてくれるであろう人―――つまり師匠にするべき人が立ったいま見つかった。
「私―――弦十郎さんに弟子入りしてきますッ!」
それは自身でも名案と思えるぐらいの、珍しいと思えるぐらいの良案だと確信できて―――そうと決めれば一直線に私は駆け出し始めていた。
緒川さんのお師匠については笑顔が似合う紅い蜘蛛みたいな人です。
蓮君の回想はプロローグのⅥで語られていたところの掘り下げですね。