この話を見る前に前話の蓮君の部分を大幅に改定しました。
その部分を確認したうえで見ていただけるとありがたいです。
カタカタとした原始的な打鍵音ではなくピピピピと電子的なタッチ音が高速で響き続ける。 一種のメロディーのようにキーを打ち、常人には到底理解できないことを目の前に映る画面に叩き込んでいる彼女、櫻井了子はかれこれ三十分以上、一時も休むことなく打鍵を続けている。 0.5秒単位で20文字一段が次々埋まっていく姿は彼女が自らを天才と自負させるのを当然と思わせ疑わせないだろう……否、ごく一部の妬みやっかみをこじらせた人間であれば理路整然としてない適当に文字を打ち込んでいるだけだというかもしれない。
「―――計測装置、完成ね」
だが彼女のその言葉と共に画面上に展開される映像と、それの周囲に浮かび上がるグラフなどが計測しているという現実を読み取ることが出来れば彼女が真に今まで打ち込んだプログラムだということは愚者でも理解できるだろう。
「さて……どうかしらねぇ?」
全ては終えたと言わんばかりに椅子に腰かけ、息を深く吐いてリラックスし、彼女は画面に映し出された映像と、グラフを見続ける。
[――――
映像は動き続ける。
それは四日前の戦闘の映像であり、場面は立花蓮が
敵である少女が今にも攻撃を当てようとする中腕を顔の前で交差させ、そのワードを口にしようとしていた瞬間だった。
[――――『
この瞬間、彼女は目を細め、黄金へと変え、食い入る様に画面を見つめていた。
黒赤の腕の模様が輝き、ギロチンが降り落ち、形を成して現れ出でる瞬間を。
そしてその瞬間、ほんのミクロ、マイクロ秒単位の刹那に起きたその事象を、立花蓮に起きた、その刹那だけの変化を彼女、了子の瞳は捉え、停止ボタンを一ミリのずれもなく押し、グラフにもその刹那の変化の訪れが記録されたことを確認して――――
「ク、ハハ、ハはハ、クフハハはハハハははハ―――――!」
彼女は内側から来る衝動を抑えきれず、抑えようともせずに狂ったように笑い出した。
腹を抱えて、人目もはばからず、瞳もアメジストと黄金が目まぐるしく入れ替わり、混ざるほどに、焦点すらぼやけ、定まらないままに狂ったように彼女は笑いを続ける。
その全ての行動は一つの感情、ありふれた物であり、一般的であるはずのソレ、しかし同時に一般を逸脱したレベルにまで至ったごく普通の
「やったッ! やったぞッ! ああ、ああッ! 計画は滞りなく、予想は最大の良好な結果を持って現実となったッ! 予想通りだろうなぁ、ザマァみろ■■■■■■ッ! 私の
口から溢れ出る狂いに満ちた言語、ノイズさえ走るそれにさえ彼女は目を輝かせ、狂ったように笑い続ける。 なにか切欠が無ければそれこそ永劫に笑っているのではないかと感じられるほどに、笑いは一秒たりとも途切れることはなく――――端末が振動した瞬間に止まる。
「……あら、もうこんな時間。 急いで準備しなきゃ不味いわねん」
先ほどまでの狂騒が嘘のような静けさで、平時の櫻井了子のテンションで独り言を漏らしながら彼女は準備を始めた。
「――Sieg Heil Viktoria! 私は必ず目的を果たして見せる―――第二段階だ」
目の前の画面を落とす前に、最後にそう呟き、彼女は画面を消した。
そして部屋を出た彼女は近くに止めてあった自動車にキーを差し込み、その場を離れた。
「さぁーって……劣等共から物を回収しなきゃねん」
扉を閉じる前に少しだけ呟いて彼女は部屋を去る。
草木も眠る丑三つ時、彼女の言葉を聞き届けた者は―――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
口内に入れた瞬間に広がる生地の柔らかさとキャベツの甘み、アクセントの天かすと肉の油に合うように作られたソースと鰹節の味に舌鼓を打ち、嚥下する。 前に来た時も思ったけれどやはり此処のお好み焼きは美味いと改めて思いながら食べ続けておよそ20分。 一枚目をとうに平らげ二枚目も中程まで食べている途中、それでも飽きない味を楽しんでいる最中、ポケットの端末が振動する。
「―――ん?」
二度、三度と揺れても続く振動は電話であることを示し、取り出した端末に掛かれている名前が師匠であることから急いで口の中の物を飲み込み、おばちゃんに一言告げて外に出てから電話に出る。
「立花です」
『蓮、俺だ。 今何処にいる?』
「リディアン近くの飯屋です」
『そうか……悪いが緊急事態だ、直ぐに来てくれ』
師匠がそう言い切って直ぐに通話は途切れた。 かなりの急いだ様子と緊急事態ということから理由は分からないがただならぬ状況であるという事はとりあえず察し、故に直ぐに店内に戻り、残った半分を一気に食ってから手を合わせる。
「御馳走様でした」
「お粗末様。 急ぎの用かい?」
「ええ、ちょっと仕事で急用が入りまして」
「そうかい……今度は妹さんかあの黒髪の子でも連れてきて食べにきな。 サービスするよ」
「ええ、そうさせていただきます」
おばちゃんと話を終えて会計を済まし、扉を開けて直ぐに二課へと向かう。 近くの隠しの出入り口から本部直通の道を急いで渡り―――足場を壊さない程度に全速力で走って大体10分で本部に到着し、司令部へと直行する。
司令部の扉を開いて、中に入ると同時に電話に対応している師匠の姿を捉えた。
「遅くなりました」
「いや、よく来てくれた……直ぐに用件を話したい所だがまずは椅子で待っててくれ」
促された通りに司令部の椅子がある場所へと目線を向けて、
「……響?」
「あ、お兄ちゃん! えっと……身体大丈夫?」
其処に今の時間帯に本来いる筈のない響がいて、向こうは此方に気付くやいなやこちらに近づくなりそう尋ねてきた。 正直に言ってどうしてここにいるのかと考えながらもとりあえず身体は問題ないと返した。
「よかったぁー……大丈夫って聞いてたけどそれでも平気かなって気になってて」
本当に良かったよと若干大げさに息を吐く響に手を伸ばして頭を撫でる。 くすぐったいと言いながらも抵抗しない響にそのまま指を頭に乗せ、そう言えばと口を開いた。
「ああ、心配かけて悪い。 ……所で、最近未来から学校をサボってるんだけど知らない?ってメールが来てたんだが、まだ正午過ぎのこの時間帯にここにいる件について何か弁明はあるか?」
「あ」
疑問の声に響が油が切れた人形みたいにポカンと口を開け、その後すぐにやばといった表情に変えて一歩後ずさろうとして、それより先に頭に沿えた手の五指に力を籠める。
「いたたたたっ! ギブ、ギブッ! マジ痛いっす! ほんと痛い!
「――――ったく」
言葉ではそう言いつつそれでも逃げないのは悪い事はわかっているからだろう。 呆れ交じりに息を吐き、力を緩めて手を降ろす。 若干涙目になりながらゴメンナサイと謝る姿に別にいいと返して、改めて問いかけた。
「で、なんで響はここにいるんだ? 昼休みに抜けてきたっていう感じじゃないんだろ?」
「えっと、実は最近ししょー、弦十郎さんに弟子入りしててそれで――「はぁ!?」うぇッ!?」
話の途中、ぶった切る様な形になったがそれでも正直に言って言葉を漏らしてもしょうがない。 というより予想していなかった疑問の答えに何よりも驚愕を禁じ得ない。
弟子入り?
師匠に弟子入り。
誰が?
響が。
「あ、あー、あぁ……映画見てその後ひたすらトレーニング?」
「う、うん。 どうして知って……て、そう言えばお兄ちゃんもししょーって呼んでたよね」
自身がかつて師事した時の師匠との修行の日々が脳内に巡る。
―――改めて響と顔を見合わせ、視線を交わした。
―――かなりキツイよな、アレ。
―――かなりキツイよね、アレ。
考えるな、感じろを地で行く極限までの身体トレーニング。 目で見て、捉えたことを感じてソレを自身に反映しながらひたすら師匠に指示される通りにするだけのごく単純だけど濃度という一点に置いて他のトレーニングを圧倒するある種の極地に至ったアレ。
「……それって俺が入院してた4日の間ずっとやってたのか?」
「うん。 最初は辛かったけど今はへいき、へっちゃらだよ!」
若干遠い目になりつつもそこまできつそうに見えず、むしろ笑顔な辺り、もうすでに大分調整が済んでいると理解する。 原理は知らんが師匠の元であの修行をやり続けると想像以上に鍛えられるのは身を持って、それこそ実体験で知っている。 アレを受けたのなら……しかも俺と違って4日間集中して受けていたならそりゃ学校も無理なはずだと納得してしまう。
ただ―――。
「未来にはなんていえばいいんだろうな」
「……うん、なんで話してくれないのってちょっと怒られた」
知っている方から見れば納得出来るけれど知らない側から見たら説明するのは難しい。 当然だが、故にどう伝えればいいのかわからず、また伝えていいものでもないという事実故にまた未来に隠し事をする羽目になったとため息を吐く事しか出来なかった。
「二人ともいいか、ってどうした? 疲れた顔をして」
そんなタイミングで説明の準備を終えたらしい師匠に対して、二人そろって少しだけ顔を背けて何ともないですと返す事しか出来なかった。
「ならいいが―――いいか、落ち着いて聞いてくれ」
響と一瞬視線を合わせて姿勢を正すようにと合図する。 姿勢を正した上で目を真っ直ぐに向け、頷いた。
「―――凡そ一時間前、広木防衛大臣がその護衛を含めて暗殺された」
「「ッ!?」」
広木防衛大臣。 その名の通り日本の防衛大臣にして二課の支援を一身に引き受けていてくれた人だ。 寧ろその人のバックアップがあったからこそ二課は前面に押しでていた部分があるといっても過言ではないほどに。
当然日本政府にとっても重要人物であり、故に護衛だっていたはずだ。 なのに殺されたという事は大掛かりな事件背景があったとみて間違いないだろう。
「―――犯行声明は?」
「世界各地の犯罪組織から上がっている。 だがこれほど大掛かりなこととなるとかなり大きい裏があるとみて間違いない。 さらに――――」
歯切れ悪く一旦止め、少し逡巡してから師匠は口を開いた。
「直前まで了子君が広木防衛大臣の元を訪れていた。 そして今現在了子君と連絡が取れていない」
「そんなッ!?」
「――――っ」
了子さんと連絡が取れない。 その事実に響が最悪の想像をしたのか顔色を蒼くする。
「生きている可能性は?」
「死体の確認はされていない。 それに了子君は聖遺物研究の一人者だ。 生きている可能性は高い。 だが拉致されている可能性が高い以上捜索はまだ続けられる」
よかったと喜ぶべきなのか、とかく生きている可能性が高いことに響は安堵しているが、依然拉致されている可能性は高いということで気は抜けないというのが現状だ。
「二人は別命があるまで待機していてくれ。 相手の目的として二課の聖遺物の可能性がまだある以上目の届く所にいて欲しい」
以上だと師匠が言い終えた所で響があのと声を上げた。
「何か出来ることはないですか?」
「――待っていて欲しい。 了子君は俺達の仲間だ。 必ず助ける。 だから今は信じて待っていてくれ」
いいな? と笑いかけながら問いかけた師匠に響は頷いた。 多少不安そうではあるものの、今は信じて待つと。
「蓮もそれでいいな?」
俺も師匠の問いかけに頷いて返した。
―――正直に言って俺は了子さんが無事じゃないという様相が想像できなかった。 ただ単にそう言うのが想像できない人だからとかじゃなく。 どこか底知れない所があると知ってしまったから、あの人がそう簡単に死んだり何かするような奴じゃないと確信していたのかもしれない。
ただ————。
「あ、ごめーん。 壊れてたみたい」
そういいながらあっけらかんと、のほほんとした様子で帰ってきた了子さんを見てそういった考えは思い違いだったかもしれないとも思った。