白い部屋、大きな部屋の真ん中に立ち、上着を脱いでシャツを晒した状態で目を瞑り、深呼吸をする。
一度、二度と息を整え―――落ち着いた所で内側に潜り込むように瞑想する。
思い出すのはこうする直前に言われた了子さんの言葉。
それすなわち聖遺物の起動方法。
『いい? 聖遺物ってのはね、適合者の波動と放つ思いに、求める心に、渇望に反応し、共鳴し、共振するの。 つまり強く聖遺物を望む心が起動に必要ってこと。 だからまず蓮君はどうして戦うのかをよく思い出して、何も考えないで場所も何もかも気にせずに吼えちゃいなさい、余計な雑念なんか交えちゃだめよ?』
スピーカー越しに言われた言葉を反芻して、苦笑する。
自分が戦おうと思った理由、そんなのは直ぐに思い出せるし、思い出せなくてもここに来る間、家にいるときに固めたソレだからだ。
「―――響を、家族を護る」
母さんは、お祖母ちゃんは、親父は本来浴びる筈のない悪意を受けていた。
響は俺を助けようとしたせいで瀕死の重傷を負った。
それを引き起こした原因は自分だ。
自分が弱かったから守れなかった。
―――まず最初に感じた物は『悲憤』。
そう、犠牲になる人々の声に悲しみを覚えたあの瞬間、何よりも自身に対しての憤りを覚えていた。
だからこそ、あのライブ会場での事は少したりとも忘れておらず、自分を憎む影となっている。
―――求めた力は停止の力。
時間が止まればいいと思った。
流れていく響の命の証、どうしようもなく力がなかった俺が望んだのはそんな響の体から血が流れるのを止まれと、時間が響を殺すなら時間が止まってしまえばいいと思った。
―――そして、同時に芽生えたのは憎悪の感情。
ノイズを許さない、許せるものか、あの雑音のせいで俺の、俺達の日常は奪われた。
ああ、ふざけるな。
ふざけるなよ。
なんでお前達みたいなただの化物に、何の感情も持っていないお前らに俺の大切なものを奪われなきゃいけないんだという怒りと憎しみの塊。
「――――せるか」
―――手に入れたのは断頭の刃。
聖遺物『ボワ・ド・ジュスティス』、俺の右腕の肘から先を形作っているギロチンの刃。
俺だけが、扱うことが出来るらしい完全聖遺物。
―――
これがあれば響を家族を護れる、そしてノイズを倒して、これ以上奪わせることがなくなる。
「―――奪わせるか」
ドクン、と心臓が一度跳ねた。
体全身が熱い。
まるで暖房器具にでもなったかのように体の奥底から熱が発せられて放出する場所を求めているかのようだ。
耐え切れず口を開けて、息を吐き出す。
その息さえ外気との温度差に白い霧のようになって吐き出された。
―――でもそんなことはどうでもいい。
今重要なのは熱くなっていること。
体全身から暴れ出そうとしているこの熱を放出する場所を作る事。
それに最適なのは――――右腕だろう。
前に突き出し、左腕で抑えて、歯を食い縛り、きつく目を閉じながら力を籠めて―――吠えた。
「―――これ以上、あんな奴らに―――
ドクンともう一度、一際熱く鼓動が鳴り響いた。
同時に脳内の奥にガチリと嵌ったまま動かなかった歯車が動き出すようなイメージと共に、明確なスイッチのような物が出来上がった気がする。
体全身五臓六腑を駆け巡っていた熱が順当に循環していくような感覚を覚えながら目をゆっくりと開ければ、そこには明確に変状した右腕が、肘から先が黒く染まり、幾何学的な文様が浮かんでいる右腕がそこにあった。
「――――これは」
『アウフヴァッヘン波形の反応増加を確認、並びにフォニックゲインの増加を確認したわ。 起動できたのね、蓮君』
「ああ……これが聖遺物『ボワ・ド・ジュスティス』」
全身に力が回っているのが分かる、そしてその扱い方さえ身に染みて理解できる。
まぎれもなく、間違いもなくこれは――――
「俺の力―――護るための力だッ!」
『理解したようで何よりよん、これからそのまま扱う訓練に移りたいんだけどいけるかしら?』
「ああ――――問題ない」
むしろ好都合だ。
力が溢れていて発散させたいと願うほどに身体の奥底から熱い熱が、力が滾々としている。
逆に発散させなかったら暴発さえしてしまいそうな気がする。
『威勢のいい返事も聴いたことだしいくわよぉッ! 今から出す鋼鉄製ターゲットマーカーを破壊して頂戴、数は30ッ!』
了子さんの発言と同時にターゲットマーカーが三十個壁からスライドするように飛び出てくる。
それに対して少しだけ――――物足りないと思いつつ右腕を正面の三十個のターゲットマーカーに向けて構えて、力を放出した。
ズガンッ! と高い音を響かせ、ターゲットマーカーが二十近く砕け散る。
―――今ので理解できた。
マーカーの砕け方は真っ直ぐ切断。
それすなわちこの腕から撃ち出せる力は不可視の斬撃波。
割撃の一撃だ。
しかしもう一度撃つには少し時間が必要だと感じる。
故に力を籠め、床を踏み込み一足で自身から見て一番遠いマーカーとの距離を10M縮めて間にあるマーカーを拳と腕で砕く。
―――痛みはない。
この程度では痛いとは感じない。
拳にも、足にも傷一つさえない。
故に躊躇なく振り回し―――最後のターゲットマーカーを正拳突きで撃ち砕いて終了となる。
それはあっという間の出来事。
そう、それこそ――――。
『測定終了――――5秒ね。 稼働率1%未満でこれとは――――流石完全聖遺物、恐れ入るわぁ』
刹那ともいえる短さで実験は終了していた。
当然、少しとは言わず物足りなかったと思う。
だけど今は力を手に入れたことで満足できていた。
満足したから、少し気が緩んでいた。
だから――――。
「すまない、ちょっといいかしら」
そう言って彼女が入ってきたことに気付かなかったし、彼女が誰かと気付いて心底驚くことになった。
「風鳴翼っっ!?」
其処にいたのはライダースーツのトップアーティスト。
俺があのライブの時心惹かれた曲を歌っていた二人の中の一人。
160後半程の高い身長に長い青い髪の毛が特徴的な鋭い目つきの女性。
ツヴァイウイングの片翼がそこに自然体で立っていた。
「貴方が『ボワ・ド・ジュスティス』の適合者、立花蓮ね――――ちょっと、確かめさせてもらっていいかしら?」
「――――何を」
違和感を覚える。
不穏な予感を感じる。
嵐の前の静けさのような、あの時ノイズが現れる前のような―――――。
「貴方の力を―――『
その予感は的中した。
目の前で紡がれた言葉の意味は分からないが結果は分かる。
否、分からない奴はいないだろう。
今目の前で、輝きの中で装甲を身に纏っている風鳴翼の姿が見えているのだから。
そして現れるは青と黒の戦装束を身に纏いし一振りの剣ともいうべき出で立ちの彼女。
そう、その装束は知っている。
弦十郎に聞いたしあの時実物を目にした以上忘れるはずがないそれ。
「――――それがアンタ、翼さんのシンフォギアッ!」
「そう、これが私のシンフォギア、絶刀『アメノハバキリ』。 貴方の『ボワ・ド・ジュスティス』とは違って不完全な聖遺物」
そう言う彼女の表情には影が映る。
浮かぶのは悲しみ、悲嘆――――いや違う。
「先に謝っておくわ、ごめんなさい。 これは八つ当たりみたいなものだって、私自覚しているから。 ――――いざ、参るッ!」
言葉と共に彼女は踏込の構えを見せ、歌いだした。
《絶刀・アメノハバキリ》
『――――――――――♪!』
「――――っぉあッ!?」
音楽が鳴り響いている、歌声が響いている。
聞き惚れるような、魅了されるようなその音楽にしかし耳を傾ける間もなく、息を吐く間もなく一足の元距離を詰められ、刀を振るわれる。
全力で後ろに飛んでソレを避ける。
翼さんとの間に十、二十ほどの距離を開けて体勢を立て直そうとして、彼女が剣を巨大化させエネルギーの刃、何もかもすべて切り裂くような一振りの剣から放たれたソレを放出したのを見せ、横に飛んで当たらぬようにどうにかする。
避けきった時、息を吐く間もなく歌いながら翼さんは再び此方の懐まで踏み込んできていた。
「―――ッ!」
『―――――――♪ッ!』
唄いながら剣を振るう彼女、その刃は真剣であり、当たればただでは済まない。
だが今度は避けることなどは既に不可能な距離であり、右腕で掴み刃をギリギリ指で挟むように止める。
―――――抑えきれず浅く切れ込みが入り、血が腕を濡らした。
「―――っいってぇ……ッ!」
痛みに顔を顰めながら言葉を漏らす。
相対する翼さんはその言葉に顔を不快そうに歪め、吼えた。
「その程度なのかしら、その完全聖遺物の力は―――――だとすれば、ふざけないでッ!」
間奏の間に紡がれたその言葉には抑えきれぬ感情が篭っていた。
怒りで刃が研ぎ澄まされ、肌に食い込もうとどんどん指の間に近づいていく。
「ッォア―――――!」
「甘いッ!」
右腕に力を籠めて押し返そうと吠えた瞬間、不意に力を抜かれ前のめりにバランスを崩した、その明確な隙に彼女は膝蹴りを俺に中てた。
「がッ!?」
その威力は体格で劣るとはいえ男である俺を宙に10m浮かせるほどの威力。
口から漏れた空気と腹に響く痛みがその威力を正確に算出させなくても物語る。
それでも空中で体を一回転させると言う曲芸染みた行為をして、下に目を向ける。
そうしなければやられるとこの一連の動きで理解した故に。
予想通り彼女は剣を構えていた。
見えて、落ちるまでに時間があるのであれば対処は出来る。
全力で見て、掴んで避けて、一発当てる。
それだけで十分だ。
中てるために神経を研ぎ澄ませ、未だと思った瞬間。
―――彼女は剣を投擲した。
「―――んなッ!?」
それでも咄嗟に避けられたのは今までの戦いで慣れていたからか、紙一重で剣の軌道を身きり、体を逸らして避ける。
結果、彼女から視線が逸れ、動作に気付くことが遅れた。
そろそろ地に着くという瞬間、彼女は逆立ちをし、足より展開した剣をこちらに向けていた。
それに対処するには時間がなく、避けることは不可能だった。
それでも刃に直撃するのは不味いと判断した直感が体を無理矢理動かす。
足が落ちるなか刃を蹴り、一拍前に進み、結果刃の内側、すなわち足に胸部を穿たれ吹き飛ばされる。
「グッ………カハッ――――っぁ」
壁に激突すると同時に肋骨が数本折れる音が響いて口から血を吐き出す。
呼吸の邪魔になりかけていた血を吐き出したことで気道を確保して、何とか生きている状態を保つ。
だが距離を開けられたが故に、こちらも攻撃の手筈が整った。
「こ、のぉッ!」
右腕を前に向けて加減なく不可視の斬撃を放出する。
不可視であるが故に避けられるはずもなく、また速度も一瞬であるが故に避けられる道理はなく。
―――しかし上より巨大な剣が俺と翼さんを分け隔てるように地に突き刺さり、斬撃を彼女に届かせない。
「―――盾だとッ!?」
「否――――剣だッ!」
巨大な剣は形を小さく変え、彼女の手の内に戻る。
それは先ほど投擲された剣と全く同一であり、攻撃を読まれていたことを意味していた。
「――――っ、冗談キツイっての」
「冗談だと思うのであればここで散ることになるが――――覚悟はあるか?」
鋭い刃のような声が此方を射止める、少しだけ逃げたいと思う心が表に出かけるも、相手はまだ健在、無傷で此方へと武器を構えている。
故に止まる事などできやしない。
痛みを堪えて、ふらつきながら立ち上がり、歯を食い縛る。
胸部と腹部の痛みは徐々に引いて、体が徐々に勝手に治っていくのに身を任せて、身構える。
「―――流石に頑丈ね。 けどその程度の力でこの力を、シンフォギアを、絶刀『アメノハバキリ』を、防人の剣を手折れると思わないで頂戴ッ!」
「―――は、こんなもんじゃねぇよッ!」
吼えながら右腕を構える。
その刹那に彼女、風鳴翼は踏込み、一足で距離を0間際に詰め寄っていた。
それに対処するために逆に前に出て剣を振ろうとする腕の手首に右手をぶつけ合わせた。
「ッォオ―――――!」
「ハァ―――――!」
剣と拳の間で火花が散る。
このまま押し切れば力を籠めようとした瞬間、まるで蛇のように腕が腕に絡み付き、片手で地に投げ飛ばされた。
「ぐぅ――――っな」
痛みに顔を顰めながら起き上がろうとして、唐突に体の自由が利かなくなる。
まるで固められたかのように一切の反応が出来ない。
理由を探し、視界に微かに映ったのは影に突き刺さる小刀。
「影縫い―――相手の足を止める技。 ――――貴方、本当にこの程度の力しかないの?」
冷静に説明する声と、落胆の声が響く。
視界の端に移る翼さんは俯いていた。
そして、憎悪の視線が此方を射抜いた。
「奏が残した、奏が必死に頑張って起動させた、奏の後に入るという貴方は不完全な聖遺物を用いている私と違って完全聖遺物なのに――――歌うのを途中でやめて、本来の力が出せないシンフォギアを身に纏う私以下の力―――その程度の力しか出せないのッ!?」
「―――――っ!」
稼働率。
1%未満だとさっきのアナウンスで了子さんが言っていたのを思い出す。
同時に、完全聖遺物は本来起動すれば100%の力を扱えるとも。
それが出来ないのは考えられるのは俺に原因があるからで――――。
その結果歌が必要なシンフォギアで歌を唄っていない状況の翼さんにすら負けている。
「ふざけないでッ! その程度の力で戦場に立とうなどッ! 人々を護る防人の剣であろうなどとッ! 私と共に並ぶなんて―――――認められるものかッ!」
吼えて彼女は再び剣を宙に投げ、大剣へと形を変えた。
そのまま彼女は剣の柄へと飛び、蹴りで此方へと押し込んでくる。
―――ヤバい、避けなきゃ死ぬ。
理屈で考えなくても分かる当然の事。
直径10M、厚み50㎝以上の剣で貫かれたら当然死ぬ。
故に避けようと動こうとして、しかし影縫いで動けない。
時間は止まってくれず。
そのまま彼女の剣が俺を刺し貫くコースを取り―――――。
「オラァッ! ! !」
そんな威勢のいい声と共に俺の目の前に立ち塞がった男の拳で一撃で粉々にされる。
「えっ、きゃぁぁあああッ!!?」
悲鳴と共に翼さんは吹き飛び、地にべしゃりと落ちて、歌わずに動く限界だったのか身に纏ったシンフォギアが解除されようとしていた。
「っ……叔父さん」
「――――やれやれ、了子君に呼ばれて来て見れば……いくらなんでもやりすぎだぞ、翼」
呆気にとられたように翼さんが言う中、ため息と共にその男、弦十郎は呆れたようにそう言い返した。
剣を殴りつけたはずの拳には傷一つなく、代わりに地が衝撃を肩代わりしたかのように弦十郎を中心に半径5M程抉れ、ついでに俺を束縛していた小刀もそれが原因で抜けていた。
弦十郎はそれにたいして頓着せず、翼さんに近づいて行った。
「何が原因かはわかる、だが彼は――――」
「わかっていますッ! でも――――理屈じゃぁ、一人じゃあ慟哭して吠えるしか出来ないんですッ!」
翼さんはそう言い残してこの場を飛び出して行った。
残されたのは――――俺と、弦十郎の二人だけ。
「――――すまんな、蓮君。 アイツは……」
「言わなくていい」
詳しい理由は知らなくていい。
彼女の思いは、感情は、歌と剣を通して確かに伝わっていた。
だからこそ――――。
「―――もっと強く、ならなきゃいけない」
力を使えただけで強くなったつもりだった。
でも違う、力を使えるだけでは強くなったわけじゃない。
それが理解できた。
だからこそ、護るためにも、貫き通すためにもまずは力を扱えるようにならねばと理解した。
故に――――。
「なあ、弦十郎……さん」
「ん? なんだ?」
「――――俺を、弟子にしてくれないか?」
てっとり早く現状最強らしいことを見せつけたこの男に弟子入りしようと、そう思った。
今回で二年前編は終わり。
次回からは本編に入れると思います。