これもダメか。
ジークフリートは最速で放った高位雷撃魔法があっさり無効化され落胆した。
転移妨害結界、言霊呪詛、その二つの時点でおおよそ見当はついていた。
……自分の魔法は勇真に殆ど通用しないと。
そもそも、悪魔になったとはいえ自分は勇真に作られたモノだ、そして自分が使う魔法は全て勇真の魔法力によって形成されたモノである。
故に自分が放った魔法の支配権を奪われ勇真に攻撃が到達する前にただの魔法力に戻されてしまうのだ。
たが、問題はない。
やりようならいくらでもある。
ジークフリートは雷撃を無視しながら高速で迫る勇真に複数の黒鉄のナイフを投げつけた。
魔法で軌道を修正し、それぞれ別々の速度、タイミングで黒鉄のナイフは勇真に迫る、これはむしろ完全な同時攻撃より対処が難しい。
だが、勇真は自身の前方に加速用の魔法陣を作り出すとそこに自ら突入、身体を捻り、正面から来る二本を躱すと側面、後方から来るナイフを引き離し、超高速でジークフリートに接近、剣の間合いまで距離を詰めた。
一瞬にして接近されたジークフリートだが彼は冷静だった。
勇真同様知覚速度を倍化しているジークフリートの目は超高速の勇真の飛翔も、幼子が投げた小石の様な速度に映る。
ジークフリートは突撃の勢いのまま刺突を放った勇真を躱すとその首目掛けてグラムを一閃する。
グラムは吸い込まれる様に勇真の首に迫る。
そして、グラムは空を斬った。
瞬間高速転移魔法! ジークフリートが使えぬ数少ない有用な魔法だ。
「……ッ!」
勇真が転移したのはジークフリートの右後方、つまり、今、ジークフリートが体制的にも視覚的にも最も対応し辛い場所。
ジークフリートは呻く。
それを合図に勇真の猛攻が始まった。
刺突から始まる高速連撃、ジークフリートは無理な体制を強いられながらこの聖剣乱舞に対処する。
防御魔法は意味をなさない。そんなものは勇真に接近された時点でレジストされた。
ジークフリートはレジストされつつある身体強化と飛翔魔法を必死に維持しながらこの不利な体制を立て直そうとする。
しかし、勇真はいちいち体制を乱す様な軌道で連撃を放って来る、こちらの “意” を読んだいやらしい剣捌き、その動きにジークフリートは確信を持った。
このままでは敗北すると。
たが、ジークフリートは当然そんな結末認めない。
彼は左手に黒鉄のナイフを作り出すとほぼ後ろを向いたまま、手首のスナップだけでそれを投擲する。
その至近距離からの投擲を勇真は当たり前の様に避ける。
だが、時間は稼げた……0.02秒に満たない僅かな時間だが、確かに稼げた。
ジークフリートは極限の集中力で刹那の間に黒鉄の盾を背後に形成、それを勇真に斬り裂かせる。
それにより生まれた更なる隙にジークフリートは一気に体制を立て直すと勇真を転移阻害の結界に閉じ込めた。
直径5メートル程の結界は勇真の魔法力で作られたモノではない、“ジークフリート” の魔法力で形成されたモノだ。
故に、先程までの裏技的な無効化は出来ない。
勇真が結界脱出に必要な予想秒数は約3秒、それはこの高速戦闘に置いてあくびが出る程の長時間だった。
ジークフリートはニヤリと嗤うと一瞬で勇真が魔法をレジスト出来ない距離まで飛翔、そこからクルリと振り向き黒鉄のナイフを形成、形成、形成、形成、形成、形成、形成。
僅か2秒で千の黒鉄のナイフと数千の加速魔法陣を形成、結界に囚われている勇真に全方位から魔弾の雨を掃射した。
当たれば必殺、逃げ場は皆無。
その最速の包囲殲滅攻撃に対し、勇真は心を落ち着けて対処する。
「フゥ……ッ!」
神器を完全稼働、身体強化を最大に、そして『天閃』を全力発動、この三重強化により勇真は一瞬だけ神話の英雄を上回る運動速度を得ると、初めに到達した魔弾に聖短剣の剣先で “チョコン” と触れる。
それだけで魔弾はあらぬ方向へと飛んでいく、いや、それだけではない、後続の魔弾を巻き込み、包囲網に小さな穴を開けた。
その小さな穴に臆せず勇真は飛び込んだ。
魔弾同士の衝突で砕けたナイフが多数の傷を勇真に刻む、だが、勇真は破片を出来るだけ体捌きで躱し、受けた破片は身体強化と障壁魔法、そして回復魔法で耐える。
そして、勇真はなんとか僅かな時間を稼ぎ転移する。
転移先は言わずもがな、大技で隙を晒したジークフリートの背後だ。
「ーーッ!?」
背後に転移した勇真にジークフリートは即座に反応する。
だが、僅かに遅い、極々短時間の事だがこの瞬間だけは勇真の方が疾い!
勇真の袈裟斬りがジークフリートの背中に大きな傷をつける。
それは致命傷ではない。重症だがまだどうにかなる負傷だ。
そう……勇真が回復魔法を阻害しなければ。
そこで、勇真二刀目、超速の斬り上げと、振り向きざまに放たれたジークフリートの横薙ぎが激突する。
それを皮切りに勇真とジークフリートの間で剣戟の嵐が巻き起こる。
聖短剣と魔帝剣が噛み合う度に衝撃で大気が揺れ、聖魔のオーラが迸る。
この斬り合い、押しているのはジークフリートだ。
聖魔の刃が噛み合うのは常に勇真の身体のそば、そう、勇真はジークフリートの剣撃を魔法障壁まで持ち出し辛うじて凌いでいる状況なのだ。
何故なら瞬間最大身体強化は既に切れている、三重強化から二重強化に、そして先程無理をした反動で勇真の速度は大幅に落ちている。
今の勇真の運動速度はジークフリートの半分、いや、ジークフリートの身体強化を邪魔しているにも関わらず三分の一程しかない速度だ。
だが……。
「………クッ」
呻くのは常にジークフリートだ。
確かにこの剣戟はジークフリートが押している、それは間違いない。
しかし、押し切れない、倍以上の速度差があるにも関わらず!
それは勇真の剣技がジークフリートを上回っているという事、更に彼が魔法障壁に加え防御主体で剣を振るっているからだ。
この現状にジークフリートは焦る、何故なら彼には時間がないからだ。
勇真はこの剣戟の中でも自身に回復魔法を掛け先の負傷を回復しつつある。
だが、ジークフリートは勇真に魔法を阻害され回復魔法どころか身体強化と飛翔術の維持で精一杯、ジークフリートの魔法力で回復魔法を掛けるもそれは治癒阻害の呪いに邪魔されてしまう。
つまり、このまま勇真に近くに居られるとジークフリートは傷を治せない。そして彼は今も絶えず血を流し続けていた。
「……ッ、いい加減に離れろッ!」
「フッ、男に言うのは気が気が引けるけど、君が “死ぬまで離れない”」
黒い笑みに呪詛まで込めて勇真は口撃を放つ。
その容赦ない姿こんな状況なのに思わずジークフリートは笑ってしまう。
ああ、流石によく似てると。
ジークフリートはここでちょっとした賭けに出る。彼はこの剣戟の最中、グラムのオーラを解放する。
それは当然大きな隙となる、そこに勇真の剣が襲い掛かった。
それをジークフリートはグラムを持たない左手に黒鉄の小盾を作り受け止める。当然、強化魔法を使えない現状、聖短剣の前では黒鉄の盾など紙切れの盾に等しい。
だが、紙切れも馬鹿に出来ない。紙だろう厚みがあれば多少は動きを阻害する。ジークフリートはその速度が落ちた聖短剣を左手で鷲掴みにした。
それによりジークフリートの左手は爆弾を握り締めた様に爆散する。
だが、これでいい、斬撃は止めた!
ジークフリートは解放出来るだけのオーラを解放すると至近距離からグラムの大斬撃を勇真に放った。
大ピンチ! この攻撃を勇真はギリギリの所で転移魔法で回避する。
これによって勇真の魔法妨害が一瞬切れた。
その瞬間、ジークフリートは最大速度の飛翔術で勇真から距離を取ると、転移を警戒してメチャクチャな軌道で飛び回り、海面に高速で突っ込んだ。
ミサイルが着弾した様な巨大な水飛沫が立ち昇る。
そして、ジークフリートは海中で身を潜めながら解呪魔法で治癒阻害を消しさり全力で回復魔法を自分に掛けた。
それからおおよそ2分、ジークフリートは勇真から逃げ切ると、左手まで再生させた完全な姿で勇真の魔法妨害が及ばないギリギリの距離で彼と相対した。
ジークフリートが逃げている間、勇真も回復に努めたのだろう、彼の姿も完全な無傷、これで勝負は振り出しに戻った。
ーー様に、“傍目からは” 見える。
だが、状況は圧倒的にジークフリートが有利だった。
「本当に強かったよ、流石は僕の創造主……でも、僕の、勝ちかな?」
「…………」
ジークフリートの勝利宣言に勇真は無言、彼の顔には戦闘開始から初めて焦りが浮かんでいた。
ここまでの魔法力の消費は勇真が1とするとジークフリートは3〜4だ。この数字だけ見れば圧倒的に勇真が有利なように見える。
だが、残りの魔法力量で見るとジークフリートは残り85%、そして勇真は残り10%と圧倒的に勇真が不利なのだ。
それはそうだ、ジークフリートの総魔法力量は勇真の20倍。多少のロスがあろうと先に魔法力が尽きる事はないのだ。
「さて、ここからはチマチマ削らせて貰うよ、あ、逃げたかったら逃げててもいいよ、もちろん隠れてもいい、結果は見えてるからね」
「……ハッ、人形が言ってくれるね」
勇真はそうジークフリートを嘲笑うが、その声に力はない。
それに対し、ジークフリートは口端を釣り上げる。
「いや〜ごめんね、造物主くん、映画の主人公みたいになっちゃって」
この会話の間も、ジークフリートは油断なく多数の黒鉄のナイフと加速魔法陣を作り出し、勇真を削る準備をする。
もう、ジークフリートは勇真に接近させるつもりはない、そして、逃げさせる気もない。この場で殺す、確実に消す、それだけを考えジークフリートは冷徹に勇真を削る手順を考え始めた。
そんなジークフリートの姿に勇真は溜息を吐くと諦めたように両手を上げた。
「……はぁ、降参、助けて下さい」
「却下です。というか降伏する気ないでしょ? 呪詛飛ばさないでよね」
勇真の降伏を蹴り飛ばし、ジークフリートは両手をあげる彼には複数の魔弾を極音速で放った。
それを勇真は体捌きで躱す、そこに更なる魔弾をジークフリートは放つ、数十、数百と放つ、勇真が避け辛い速度で、転移を使わざるを得ない量で。
これを何度も何度も繰り返し、ジークフリートは勇真を削り切るつもりなのだ。
そんなやり取りが数分続く。
「はッ、はあ、は、はぁーーッ!?」
勇真は息も絶え、辛うじてジークフリートの魔弾を躱し続ける、しかし、その動きは当初と比べかなり落ちている。
おそらく、あと1分、長くとも2分以内に勇真は完全に魔法力を使い果たす。
それが分かっていながらジークフリートは手を休めない、万に一つも逆転されない様に、逃がさない様に、確実に勇真を殺せる様に。
そんな時だった。
いきなり勇真の身体が輝いた。
「ッー?!」
そして、勇真の魔法力が回復する。
「これ、は、契約魔法ッ!?」
魔導人形などに使われるそれは術者の魔法力や属性を人形か、パスが繋がった相手に貸し与える魔法である。
この魔法が使えるのはこの世界でただ三人、勇真とジークフリート、そしてルミネアだけだ。
これにより一気に勇真の魔法力が全開近くまで回復する。
だが、だからと言って、それが良い事とは限らない。
状況は依然として勇真が不利だ。いや、違う、更に不利になった。
「ふふ、
ジークフリートは酷薄な笑みを浮かべ反転、勇真への攻撃を止めると一気に魔力反応があった場所に飛翔術で向かう。
「ーーッ!? 待てッ!」
「ハッ、そう言われて待った奴がいたかい?」
ジークフリートは一気に加速、勇真を引き離し、契約魔法が発動したと思われる地点へと急いだ。
勇真は飛翔術と瞬間転移魔法で追いかけるも瞬間転移は長距離を飛べないので飛翔術の速度差でどうしても追いつけない。
それでも勇真は諦めずにジークフリートに食らいつく。
全ては、彼を倒す為に。
見えた、僕の方が速い! ジークフリートはとある無人島の岩場にルミネアが居るのを発見する。
彼女は勇真の勝利を祈っているのか目を瞑り、手を組んでいる。
それは正に隙だらけだった。
ジークフリートは振り返り、勇真との距離を確認、自分の勝ちを確信した。
この距離差ならルミネアを人質に取る事は充分可能だ。
なんのつもりか知らないが、勇真はルミネアを命をに変えても守るという魔術契約を結んでいる。つまり、彼女さえ人質に取ってしまえば勝ち確定。
そして、ジークフリートは超速の飛翔術で彼女の背後に回り込むと、その首にグラムを添えた。
「僕の勝ちだ、勇真おとなし」
それはズブリという音だった。
何が起こったか、理解出来ない。
ジークフリートは呆然と自分の胸に刺さる聖短剣を……“ルミネアごと” 自分に刺さる聖短剣を見下ろした。
そんな、混乱するジークフリートを無視して、勇真は聖短剣を “捻る” これにより一気に傷口は広がり、更に治癒阻害と猛毒の呪詛がジークフリートの体内に送り込まれた。
そう、これは完全に致命傷だった。
「バ、カな、君は魔術契約でルミネアを傷付けられない、はずッ……どうしてッ!?」
「え、そんな魔術契約、結んだ覚えはないよ?」
先程までの焦燥が嘘のような顔でーーいや、嘘の焦燥の顔を脱ぎ捨て、勇真はジークフリートを嘲笑った。
「魔術契約についての会話を君と俺の間でしたかな? いや、してないよね、だって俺がそう錯覚する様に君に呪詛を掛けただけだから。最初の方に自分で言ってたじゃないか “小細工の準備は整ったかい?” ってね」
今だから言うけどけど、あの時点で準備万端だったんだ。と会心の笑みで勇真は言う。
「だと、しても、愛した女だろッ!!」
「あ〜……愛とか正直まだ分からないんだけど、確かに俺はルミネアが好きだよ、自分の命と同じかその次くらいには大事だ、でもね、俺はルミネアが好きなだけで彼女の人形まで好きになったつもりはないよ」
「人形、まさかッ!?」
その言葉と同時に “ルミネア” がドロリと溶けると、ジークフリートにへばりつき彼の身体を拘束する。
「ルミネアが自分の魔法力のほぼ全てを込めて作った魔導人形だ、外見、魔法力の性質、保有量、その全てが本物とほぼ同じ、君がルミネア本人と錯覚するのも無理ないよ、増してや俺の呪詛で魔法感知能力が低下していれば尚更ね」
「あ、この子名前はグィネヴィアちゃんね、彼女を介して契約魔法でルミネアから魔法力を貰ったんだ。あと、思い返してみなよ、なんで俺は君が逃げ回ってる時に後々不利になると分かっていながら逃げ出さなかったかを?」
確実に君をここで始末する為だよ? そう、言いたくてたまらなかった事を言えたようなスッキリとした顔で勇真はジークフリートの疑問に答えた。
「まさか、最初からッ!?」
「ご名答、ルミネアの位置が分かれば、俺が命に代えても守るなんて魔術契約を結んでいると錯覚していれば、必ず君は彼女を人質にする、そう、確信していたよ、だって俺が君の立場ならそうするし」
勇真の笑顔が会心のモノから冷酷な笑みへと変わる、それはあたかもラスボスの様な笑みで、少なくとも勇者が浮かべる様なものではなかった。
「クッソ、勇真ァァァァッ!!」
「はは、人形風情が気安く呼ばないでくれるかな?」
ジークフリートが血を吐きながら勇真に手を伸ばそうとする。だが、その努力も弱った身体と魔導人形の呪詛拘束の前には無意味だった。
勇真は聖短剣を引き抜くと、胸を突き刺さした時に奪い返した魔法力を左手に集中、動けないジークフリートの顔面に向ける。
「ありがとう、君のおかげで魔導人形の危険性がよく分かった、次からは絶対暴走しない様に多少スペックが落ちるとしても高度な知性なんて持たせない様に作るよ」
このグィネヴィアちゃんみたいにね。勇真はそう言って勇真は左手に灼熱の火炎球を作る……そして。
「さよならランスロットくん」
火球が放たれランスロットの顔面に直撃、彼が一瞬で炭化、蒸発するとほぼ同時に島全体を揺るがす大爆発が巻き起こった。
ジークフリート「……やっぱり主人公には勝てなかったよ」