至大の雷が冥界の空を染め上げた。
ゼウスの神雷。
宇宙をも粉砕するというギリシャ最強神の一撃だ。
まあ、もちろんそれは誇張である。さすがのゼウスも宇宙を破壊するなどどうあがいても不可能だ。
だが、それでも個人で冥界を滅ぼす事は不可能ではない。
ゼウスとはそれ程の力の持ち主なのだ。
にも関わらず。
「さすがに老体には堪えるぜぃ」
その男は未だにゼウスの前に立ちはだかっていた。
斉天大聖・孫悟空。
西遊記で語られる世界的に有名な猿神である。
彼は天帝の命でゼウスの足止めを行っていた。その目的はゼウスをオリュンポスに帰さない事である。
現在、釈迦天は世界の覇権を握る為、主神不在で大幅に防衛能力が落ちたオリュンポスを攻め行っているのだ。
欲深いと言うことなかれ、どの勢力も大なり小なり世界の覇権を握りたがっている。ただそれだけの事、それ故に釈迦天はオリュンポスを攻めるのだ。
「そこをどけッ! クソ猿ッ!!」
「ふふふ、それは出来ぬわいのぉ」
「そうか……ならば死ねッ!」
怒りを露わにゼウスが叫んだ。
ゼウスは大量の神雷を作り出し、それを悟空に放つ。
放たれた数千の雷弾は水面を泳ぐ蛇の様に、生物的な動きで孫悟空に迫る、追尾式の雷撃だ。
雨あられと降り注ぐ雷撃の弾幕。そこに避ける場所などないし、例え避けれたとしても追尾する、オマケに威力は一つ一つが馬鹿げた威力。
そんな理不尽極まりない攻撃を前に悟空はふっと笑みを浮かべた。
「おいおい、追尾ってのは扱いが難しいんだぜぃ、上手くやらんと力の無駄だ」
悟空がそう言うと、彼に迫っていた雷撃が彼を追う軌道から逸れていく、そして、雷弾が逸れた先にも “悟空” が居た。
それは悟空が予め作っていた分身の一体、彼は仙術で自身の存在感を薄める事により、雷弾に分身を悟空と認識させたのだ。
そして、数千の雷撃が
「チッ、小賢しいマネを」
「ハッ、そう言うお前さんは大雑把じゃの、頭が回るのは浮気の時だけじゃい」
「フン、ならばこれはどうだ」
ゼウスがクイッと人差し指と中指を揃えて天に向ける、次の瞬間、悟空を中心に直径数千メートル、F6を軽々と超えたトルネードが発生する。
更にゼウスが指を鳴らすと、トルネード内に凄まじい雷が発生、更に炎も巻き起こり、トルネードは雷走る火炎旋風へと姿を変えた。
魔王とて灰塵と化す超範囲の殲滅攻撃だ。高位の神でも炎と相性が悪い者なら数秒で焼かれ死ぬだろう。しかし、悟空は八卦炉に49日間入れられて生き残った実績を持つ。
この攻撃では決定打にはならない。
故に駄目押しにもう一つ攻撃を準備する。
ゼウスの全身から凄まじい神力が迸り、それ全てが右手に収束、彼の右手に極大の雷槍が形成された。
それは先の追尾雷撃を全て足してなお上回る極大威力超攻撃。
ゼウスが誇る必殺の一撃だった。
「消し飛べッ!
狙いを定め、解き放たれは神槍が大気を貫き雷速で走る。
風で動き縛り、炎で視界を塞がれ、飛び交う雷で軌道を悟れない、もちろん結界機能も備えてあり転移は不可能、そんな状態の悟空に迫る必殺の神滅の雷槍。
それは正に絶対絶命のピンチだった。
しかし、そこは孫悟空、天帝をして釈迦如来に泣きつくより他はなかった猿神はそんじょそこらの高位神とは格が違う。
悟空は結界外の分身と視界を共有、ゼウスの動きを見切ると、永きに渡る戦闘経験により培われた慧眼で神槍の着弾点とタイミングを完璧に予測した。
そして、悟空は全闘気を集中させた如意棒の石突きで雷速の神槍を弾き逸らし、雷霆で空いた穴から飛び出した。
恐るべき技の冴え、それは正しく神技であった。
だが、神技を使えるのは何も悟空だけではない。
何せこれは神対神の戦いなのだから。
お返しだとばかりに今度はゼウスが悟空の動きを先読みする。彼はこの展開を予知していたのだ。
つまり先の雷霆は囮である。
ゼウスは大技を凌ぎ、僅かに緩んだ悟空の心の隙を見事に突き、分身の死角を通り神速で移動、彼の背後に回り込むとその手に持つアダマスの大鎌を全力で振り下ろした。
「ぬぅ!?」
その一撃を悟空は直感だけで反応し受け止める。しかし、不十分な体制とゼウスのあまりの剛力に苦悶の声が口から漏れた。
「ガハハハハッ! 防いだか、やりおるわ」
「おいおい、ここは挑発に乗って力技で行くところじゃろ? 大神が小細工使うなよ」
「儂は戦術が得意な賢い主神じゃからな、当然、小細工も使うわい」
「ハッ、お前さんが得意なのは戦術じゃのうて、弱みに付け込む事じゃろうッ!」
鍔迫り合いの状況から孫悟空が如意棒を傾けアダマスの鎌を受け流す、顔面スレスレを通った鎌に悟空の体毛が僅かに切られ宙を舞った。
「フッ!」
「セイッ!」
そこから二人は瞬時に体制を立て直すと同時に攻撃に移る。
魔王領の上空で二神の武具が交差した。
刹那の間に幾度も放たれる攻撃は一撃一撃が山河を砕く超威力。両者が避けた攻撃の余波で都市のビル群が崩壊し、大神を見守っていた下級神が次々と消滅していった。
「避けるな、味方に当たる」
「ふん、それが嫌なら雑魚は下がらせな」
軽口を交わしながらも目敏く互いの隙を探す悟空とゼウス。両者の実力は拮抗している様に見えた。
しかし。
「(不味いのぅ)」
この現状に悟空は僅かな焦りを感じ始めていた。
戦いは拮抗している。これは間違いない。だが、実力まで拮抗しているかと言うとそうではないのだ。
両者の戦闘力を比較するとゼウスの方が悟空より確実に上だった。
流石はギリシャの主神と言ったところか? 技量と技の多彩さを除き、パワー、スピード、耐久力、その他全てでゼウスは悟空を上回る。
今、戦いが拮抗しているのは悟空が持久力度外視で全力を尽くしているからに過ぎない。
それがゼウスにも分かったのだろう彼は神らしからぬ邪悪な笑みを浮かべ悟空への攻勢を強めた。
鋭い斬撃に加え高出力の神雷が悟空を襲う、悟空は斬撃を刺突で逸らし、雷撃を仙術で防ぐ、だが、自力の差か、少しづつ防ぎきれなくなっていく。
「そら、そら、そらッ! どうした石猿ッ! そんなものか? その程度で天にも等しと名乗るのは少々驕りが過ぎるのではないか?」
「ふん、その石猿を押し切れぬ天空神に言われとうないわぃ!」
そう言い返すも悟空が不利なのは事実である。拮抗していた戦いもゼウスの激しい攻勢にどんどん劣勢へと追いやられ、今では攻撃を防ぐ事で手一杯になりつつあった。
このままでは不味い。
悟空は流れを変えるべく戦法を変えた。
悟空はゼウスの猛攻を冷静に観察すると、優勢になり僅かに乱れた斬撃を見切り、如意棒でアダマスの鎌を跳ね上げる。
そして、そのままゼウスに激しい炎を吹き掛けた。
「うおッ!?」
顔面に灼熱の炎を受けたゼウスが僅かに怯む。
それを機に悟空は攻勢に転じた。
一瞬千撃、仙術による身体強化を速度に極振りした悟空の超々高速のラッシュがゼウスの身体に突き刺さる。
だが、ゼウスが受けるダメージは軽微だった。
この連撃に重さはない、当然だ。これはあくまで速度重視、威力度外視の連撃である。腰が入りきらない突きの連打などゼウスからすれば小石がが当たる程度のダメージでしかない。
しかし、それで良いのだ。この連撃はゼウスを倒す為に放っている訳ではないのだから。
「ガハハハハ、無駄だ、この様な軽い攻撃、何億打とうが儂は倒れんぞッ!」
「ハッ、別に倒すつもりなんてないわい、儂が天帝に言われたのはお前さんの足止めじゃからな」
「ぬッ!?」
悟空の言う通り、この連撃は足止めが目的だ。
攻撃力が低い分、体力の消耗が抑えられる。そして、高い威力こそないが、絶妙なタイミングで放たれる如意棒がゼウスの攻撃に移る動きを尽く潰していく。
この展開は急いでオリュンポスに行きたいゼウスからすればかなり不味かった。
「こ、このクソ猿がッ! 勝ちを諦め足止めに徹するつもりかッ!!」
「最初から言ってんだろ、儂の目的はそれだと」
ゼウスは体制を立て直す為に一旦悟空から離れようとする。
しかし、悟空はそれを許さない。彼は先ほどゼウスに斬り飛ばされた “毛” を用いて分身を作り出す。力は弱いが悟空の技量を完璧に反映した分身が巧みな棒術と仙術でゼウスの動きを阻害する。
そして、四方を悟空に囲まれたゼウスは、そのままは何も出来ない状態で全身を打たれ続けたのだった。
「会長、お怪我はありませんか?」
そう、匙がソーナ・シトリーに伺う。
最初の救出作戦は無事成功、イッセー達はリアスもソーナを無傷で奪い返した。
これはギリシャが監視者の人数を減らす為に、出来るだけ一纏めにして監視していた故に割と短時間で救出が出来たのである。
リアスとソーナが別々の場所に入れば救出にはもっと時間が掛かっただろう。
「大丈夫です……ありがとう匙、本当に助かりました」
「ッ! 会長の眷属として当然の事をしたまでですッ!」
無事ソーナを助け出せた喜びと、その彼女に礼を言われた事により、匙は感極まって涙ぐんだ。
そして、匙とソーナの隣ではイッセーとリアスが似た状況になっている、まあ、こちらは匙達より少しばかり情熱的だが。
「そろそろ良いかな?」
そんな四人に少し冷めた態度でギャスパーが言う。彼もリアスを無事救出できた事を喜んでいる、だが、まだ仲間全員を助け出せた訳ではない。
何よりギャスパーは早くヴァレリーを助けに行きたいのだ。
「ええ、そうね、ギャスパー、あなたも」
しかし、何を勘違いしたのか、リアスはイッセーを離すと今度はギャスパーに抱き着いた。
どうも、リアスはギャスパーの言葉を「早く僕も抱きしめて」と認識したらしい。
イッセーが羨ましそうにギャスパーを睨む、それにギャスパーは溜息を漏らした。
「はぁ、まあ、少しくらいなら良いか……本当に無事で良かったですよ」
ギャスパーは渋々抱擁を受け入れると、小さく苦笑いを零すのだった。
「いい加減にしろッ!!」
長らく攻撃に晒され続けたゼウスが吼えた。
身体は傷つかずともプライドは傷がつく。
「ヌゥオオォォッッ!!」
本気でキレたゼウスは悟空の攻撃を無視して神力を溜め込む、そんな防御を捨てたゼウスに悟空は攻撃力重視に切り替えて連撃を打ち当てた。
しかし、ゼウスはそれさえも無視、彼は臨界まで高めた神力を雷に変換、全方位に解き放つ。
「消えろクソ猿ぅゥゥッッ!!」
ゼウスから放たれた絶大威力の神雷に悟空が弾き飛ばされた、更にゼウスの攻撃はこれだけに留まらない。
蜘蛛の巣の様にゼウスから放出された雷が天を埋め尽くすと、そこに雷雲が形成される。
雷雲の中で一気に力を増す神雷。
そして、ゼウスは天に掲げた両の手を勢い良く振り下ろす。
瞬間、雷雲から放たれたのは大瀑布の如き神雷だった。
荒れ狂う神雷が全てのモノを焼き尽くす。
山河は元より強固に作られた冥界都市を、囚われた悪魔達を、そして味方の下級神達を一挙に消滅させた神雷はそのまま勢いを衰えさせることなく地面に激突、直径数十kmの冥府まで続く巨大な穴を作り出した。
「はあ、はぁ、はぁ、はぁ」
流石のゼウスもあの攻撃には多くの力を裂かれたのだろう、纏う力が大きく減じ、激しく息を乱している。
「はあ、はあ……あのクソ猿めッ」
ゼウスが血走った目で大穴を見下ろした。
なぜすぐにオリュンポスに行かないのか? それはもちろん悟空にトドメを刺す為である、そう、悟空は生きている。ゼウスはそれを確信していた。
何故ならゼウスは見たのだ、神雷が当たる直前、悟空が強固な結界を張ったのを。
如何にゼウスの雷が強かろうと、先の攻撃は超々広範囲に放ったモノ、拡散する分威力は落ちる。つまりあの猿神を仕留めるにはいささかパワー不足だったのだ。
「…………」
無言で探索魔法を使うゼウス、その探索網に一つの反応が引っかかる。
大穴の底に生命反応あり、この特徴的な闘気は孫悟空のモノに相違なかった。
「……ふん」
ゼウスは鼻を鳴らし、宙を踏みしめる。
彼は地を蹴る様に加速、数秒で穴底までの到達すると、音も立てずに地に降り立った。
目の前には如意棒を支えに立つ悟空。その姿は完全に満身創痍である。
そんな悟空を見てゼウスに酷薄な笑みを浮かべた。
「クックック、好い様だな、孫悟空」
「……ふん、何が戦術が得意じゃ、こんな大味な攻撃なんぞしおって」
吐き捨てる様に言う悟空、ただし、その言葉に力はなかった。
「そいつは悪かったな、まあ、素直に褒めてやろう、お前は強かったよ、儂が今まで戦った中でも五指に入る」
「ふん、そいつはどうも」
「ガハハハハ、存分に誇るが良い……さて」
ゼウスは両手でアダマスの釜を持つと上段に構えた。
終わらせるつもりだ。
「儂を始末する気か? はは、そいつは欲張りだなぁ、儂を倒しただけで満足すれば良いものを、欲を張ると破滅するぜぇ?」
弱々しい言葉を発する悟空、その姿はまるで死期を悟った老人の様である。
「ふん、それは体験談か? だが、生憎と儂はお前と違う」
「そりゃそうだ、儂とお前さんは違う、儂の場合は更生したが、お前さんは無理だろうからな」
「……何を言っている?」
「つまり “次” が有るか無いかの話だ」
「HAHAHA! そういうこった」
その声にゼウスは驚愕、声の元から横っ跳びに距離を取った。
「遅いわい、天帝」
「ハハハハハハハハッ! 悪ぃ悪ぃ、まさか天下の孫悟空さまがそんなンなってるなンて知らなくてYO!」
そう言いながら天帝ーー帝釈天が悟空にフェニックスの涙を放り投げた。
「助かった、圧縮空間ごと焼き払われてしまっての、危うく本当に死ぬところだったわい」
悟空はそれを即座に受け取り自分に使う。
これで悟空の負傷が全快した。
「しかし、ソッチの命令で頑張った儂に嫌味とは、相変わらず性格悪いのぉ」
「そう言うなよ、助けてやったんだからさ、てか、その前にお前はお前が今までしてきた事を許した俺の懐の深さに感謝しろ………さて、ゼウス、準備はOK? お前も今の間にこっそり回復薬使たよなァ?」
「……オリュンポスはどうした? まさか、もう堕としたのか?」
ゼウスは回復薬の空ビンを、捨てながら鋭い視線で帝釈天を睨む、それを見て帝釈天はニンマリと口の端を釣り上げた。
「いんや、安心しろまだ墜とせてねェよ。だが、先にタルタロスに行ってお前のお父さま達を解放してやったZE、この意味分かるよなァ」
「……業突く張りのクソ仏が」
「ハッ、お前に言われたくねェな、欲張り大神、さあ、第二ラウンドと行こうか、まあ、今度は一対一じゃないけどYO!」
「フン、二対一でも儂は負けんぞ?」
「確かに負けちまうかもなァ、お前が万全だったらよ」
「…………」
帝釈天の言葉にゼウスは無言となる、心なしかその顔は青い。
「その様子だと、体調悪りぃンだろ? 分かるぜ、悟空は割とえげつねェからな、コイツ、強い癖に小細工が好きでYO、お前、効かないからってコイツの攻撃しこたま食らってたよなァ」
「見てたなら助けろ」
悟空がチャチャを入れる。
「……仙術か」
「そういうこった、傷は回復出来ても身体の気の流れは中々治らねェンだよ、仙術の強みだ……あとなかんちがいすんなよゼウス、だれが二対一って言った?」
その言葉と共に複数の神格がゼウスの周囲に現れる。
現れたのは持国天・広目天・多聞天・増長天の四天王、そして哪吒太子いずれも劣らぬ高位の神達だった。
「さて、勝負と行こうか大神ゼウス、HAHAHA! 悪りぃがこっちは7人がかりだけどなァ」
「…………………」
これにて決着、この日、また一柱神がこの世界から神が消えた。
誰が消えたかなど聞くまでもないだろう。
どっかの主神がログアウトしました。