「……おかしいな」
そう、不審そうに与える者ーーに扮した勇真が呟いた。
そんな勇真に十数体の天使が同時に襲い掛かる、そのいずれも10枚羽、つまり、セラフィムに近い力を持った天使なのだ。
まあ、だからどうしたという話だが。
「ーーふっ」
鋭い呼気と共に勇真の腕が消える、いや、消えた様な速度で動く……少なくとも天使達には見えない速度で。
そして、消えた手に持たれた聖短剣と魔帝剣が天使達の四肢をバラバラにし、その胸元に大きく切り裂いた。
殺さず、それでいて戦闘不能になるような絶妙な手加減(再起可能とは言ってない)である。
凄まじいが、当然の結果だ。この程度の相手、今の勇真からすれば雑魚に等しい。例え千体来ようと鎧袖一触、無傷で倒す事が可能だろう。
だが、それは良い、それは良いのだ。
勇真が不審に思ったのはそこではないのだから。
地に堕ちた天使達が、手足の再生を始める。まるでトカゲの尻尾の再生映像を早送りにしたような回復力ーーこれが明らかにおかしかった。
「…………」
無言で指を鳴らす勇真、それを合図に、勇者がつけた傷口から凍りつき氷像と化した天使達、勇真が良く使う氷結封印だ。
「……ねぇ、サマエルさん」
勇真は前を向きながら同行者の一人、サマエルに問い掛けた。
「……なんだ」
「天使ってこんな再生能力持ってましたか?」
「持ってなかったな」
「……そうですか、じゃあ、もう一つ、知ってたら教えて下さい」
「今の天界ってこんなに戦力豊富でしたか?」
勇真はそう言って天使の軍勢を睨みつけた。
ここは天界の第一階層、俗に言う第一天。
第一天は七階層ある天界において前線基地の役割をしている。軍勢が居るのは至極当然の事であり、その数が10万を越えようと不思議はない。
問題はその “質” だ。
本来、軍勢の大半を占める筈の下級天使、それが何処にも居ないのだ。
天使達全員が例外なくが6枚羽以上、そして、中には12枚羽の天使もちらほら……どころか軽く数十は混じっている、それはもう、あり得ない戦力だった。
「最近の事は知らん、だが、戦争前の全盛期と呼ばれる頃でも、この数の高位級天使が第一天に居ることはなかった……しかし、それよりおかしいのはこいつらが生まれたての天使だという事だ」
「生まれたての?」
「ああ、間違いない、この意思が薄そうな瞳は創造されて直ぐの天使特有のものだ」
なるほど確かに。勇真は天使達の目を見て納得した。ガラス玉のような、寝ぼけているようなその瞳には強い意志があるようには見受けられない。
まるで、喜怒哀楽が薄い赤子の目だ。
「しかし、神が消滅して純粋な天使は生まれなくなったはずでは?」
「その通りだ。だが、例外は何時でも起こる。それに方法がないわけでもない。例えばお前が持つ『幽世の聖杯』などを使えば可能だろう、もしかしたら人類滅亡により新たな神滅具級の創造系神器が発見され、それを天使が使っているのかも知れんな」
『幽世の聖杯』しかり『魔獣創造』しかり、創造系の神滅具は笑えない戦力を創り出す、使い手次第では、それこそ、個人で一つの勢力を殲滅出来る軍勢を創り出す事さえ可能だった。
「なるほど、チート神器ですか、十分あり得る可能性ですね面倒くさいーーしかし、まあ、ラッキーですね。超強い数体の天使を作るのではなく、雑魚を大量に創ってくれたのは有難い」
「……雑魚、か。高位の天使、それも熾天使級も混じっているのだが?」
「ええ、熾天使級が最高戦力で助かりましたよ」
「…………」
高位の天使が千体来ようと勇真の敵ではない。問題は千体分の力を持った一体が来ることなのだ。
もちろん12枚羽ーー熾天使級は魔王と同等、それなりに強いだろう。
だが、その熾天使すら今の勇真の敵ではない。
今の勇真の “敵” になるにはせめて熾天使級の数倍、神格級の実力が必要なのだ。
もっとも一体にそれ程の力を注ぐのは至難、それは勇真も良く知っている。いくらポリタンクに水が大量に入っていても注ぐべきコップが小さければ意味はない。
おそらくこの天使の造物主は大きなコップを作るのが苦手なのだろう。
「さて、こんな無駄話をしているのに襲って来ないのは最初の十数体が瞬殺されたからですかねぇ」
「それもあるだろう、だが、それよりも経験不足だからだな。でなければもっと早く遅い掛って来るはずだ」
そう勇真とサマエルが会話をしている間にもボトボトと堕ちていく天使達。これは勇真の言霊呪詛である。
生まれたて故に対応力が低いからか? 半分近く堕とされてようやく勇真の呪詛に気付いた天使達。彼等はこのままでは不味いと呪詛で鈍った身体を動かす。
動ける全員が右手に光力を集中し、大きく振り被る。
そして、天使達は示し合わせたように、同じタイミング、同じ動作で光の槍を投擲した。
その人形染みた動きに勇真は失笑を漏らす。
ああ、なんて捻りのない攻撃だと。
「ラードゥン」
『ハッ』
呼び掛けに応え、ラードゥンが勇真の前に出る。
そして、ラードゥンは透明な障壁を張った。
同時に降り注ぐ光槍の雨、それが透明な障壁に激突し、アッサリと砕け散る。呪詛で弱った天使の攻撃など物の数ではないのだ。
そのままラードゥンは結界を維持、それから数秒、放たれ続けた数十万の光槍は一発たりともラードゥンの障壁を超えることが出来なかった。
『勇真様には指一本触れさせません』
そうどこか天使達と似通った虚ろな目で言うラードゥン、勇真はその姿に満足そうに頷いた。
「ありがとう、ではラードゥン、グレンデル、二人は力を倍化し俺に譲渡を」
『『了解いたしました……Boost Boost Boost Boost‼︎』』
声を揃えるラードゥンとグレンデル、彼等は偽赤龍帝の籠手と魔獣派で見た獣達を参考に聖杯の力で倍化能力を付与されているのだ。
『『
二体による同時譲渡に勇真の力が何倍にも跳ね上がる。
その力を両手に圧縮、勇真は一つ魔法球を作り出した。
「ふふ、上出来だ。では天使諸君、しばらくお休みなさい」
笑顔で勇真は魔法球を放つ。
瞬間、多数の天使ごと第一天が丸々氷漬けとなったのだった。
「……凄まじい威力だな」
サマエルが氷漬けの天使達を見て呆れたように口を開いた。
彼が呆れるのも無理はない、なんせ、たったの一発で熾天使級を含めた天使の軍勢10万を凍結封印してしまったのだから。
しかし、勇真はそんなサマエルの言葉に誇るでもなくただ苦笑し肩を竦めた。
「いえ、別に大した事ではありません。倍化譲渡があってこその威力ですからね」
確かにその通りだろう、勇真の言う通りこの威力と規模は倍化無しでは出せないものだ。
だが、それを差し引いても恐ろしい。
譲渡有りとは言え、この空前絶後の大魔法を、主神級が力の大半を込めてようやく出来るレベルの封印魔法を楽々行使してしまう魔法技能と魔法力。
人類の範疇を軽く千歩は逸脱した力である。
「…………」
「どうしました?」
「……いや、なんでもない、それよりもなぜ天使達を殺さないのだ? てっきり殲滅するとばかり思っていたのだが」
聖杯を使わせる為か? そう問うサマエルに勇真は首を振った。
「アジトでも言いましたが俺の目的は人類の救済ですよ? 世界滅亡とかを企んでる訳じゃないんです、ならば殺しは避けるでしょう?」
もっともな言い分である……説得力はあまりないが。
「しかし、封印よりも殺した方が危険も減るし楽だろう?」
「まあ、そうではありますがあまり天使は殺したくないんですよ」
「それは何故だ?……まさか、キリスト教だからとかは言わんだろうな?」
「それこそまさかですよ、俺が宗教をやってる様に見えますか?」
さあ、想像して下さい、と不敵な表情で両手を広げる勇真。
自然と纏う強大な魔法力も相まって、その姿は信仰心がある者には見えず、むしろ何処ぞの邪神かナニカにさえ見える始末だ。
「……あり得ないか、むしろ、お前が祈っている姿すら想像出来ん」
「でしょう? 俺は無神論者ですからね、まあ、神が実在していると知ってはいますが」
「そうか、で、結局、なぜ殺さないのだ?」
「それはこれから俺が生き返らそうとしている人々が全員漏れなくキリスト教信者だからですよ」
「まあ、天界に居る魂を生き返らせるのだからそうだろうな」
「はい、で、彼等を生き返らせた後に導く者達が必要だとは思いませんか?」
「お前が導くのではないのか?」
「まさか、俺がそんな事するわけないでしょう、俺はリーダーシップとかないんですよ」
「………そうか?」
間が良いのか悪いのか、サマエルはまだ、勇真がサボっている姿を見た事がない。
それどころか積極的に聖杯と自身から抜き出した毒を使い、従順な邪龍を創り出す姿と、自ら前線に立ち天界に攻め入っているアグレッシブな姿しか知らないのだ。
故にサマエルの認識は何か良からぬ事を企む。圧倒的な力を持った人間である。
「そうです。で、せっかくキリスト教信者なんだから天使達に導いて貰いたいんですよ、だって復活当初は色々と大変でしょうし、しばらくは誰かに導いて貰わないと人間社会が回らないと思うんです……まあ、この生まれたての天使達を見ると導けるか不安になりますがね」
コンコンと、勇真は氷像と化した天使をノックした。
「……それならば、やはり、天使達を皆殺しにしてお前が人類を導けば良いと思うのだが?」
「絶対に嫌です。人類を導く? ハッ、誰がそんな面倒な事をしますか、俺は毎日、家でゴロゴロしたいんですッ! 働きたくないんですッ! てか、正直、この頃働き過ぎだから、さっさと人類を復活させて休みたいんですッ!!」
「と、言う事で別に邪悪な事を考えている訳ではないのでそこを通していただけますか?」
そう、勇真は第二階層に続く扉から出て来た複数の天使達に言った。
「…………」
しかし、彼等は無言で光剣や光槍を作り構える。
侵入者と話す気がないのか、あるいは初めから話す機能がないのか、勇真はどちらかというと後者の様な気がした。
「はぁ」
勇真は面倒くさそうに溜息を吐く。その溜息が呪詛と化し、天使達を一瞬で呪い動きを封じる、そして勇真は動けない天使達を遠距離から氷結封印。
僅か数秒の早業だった。
「会話すら出来ないんですかね? それなら流石に欠陥品だと思いますが、天使って最初はみんなこうなんですか?」
勇真は呆れたように真偽を問う。
「いや、違うよ、彼等は練習作、天使を創るのは久しぶりだからね、出来が悪いのは見逃して欲しいな」
勇真に答えたのはサマエルでもラードゥンでもグレンデルでもなかった。
「え?」
思考が停止し、口から間抜けな声が漏れる。
だが、思考は止まっても身体は止まらない。驚愕に支配された頭とは裏腹に培われた戦闘経験が自然と身体を前方に運んでいた。
そして、振り返る勇真。
彼の視界に入ったのは悠然と佇む一人の男だった。
「こんにちは、随分と暴れたみたいだね」
男は慈愛に満ちた声と笑みで勇真に語り掛ける。
そんな男に勇真は驚愕と共に身震いした。
何故なら男の周囲にはバラバラとなった、サマエル達が転がって居たのだから。
「(バカな、たった数秒であの三者を殺した、のか? 俺に気付かれる事すらなくッ!?)」
戦慄を禁じ得ない。
まさか、この至近距離まで存在を悟らせないどころか、同行者全員を始末してしまうとは。
明らかな格上だ。
「…………」
「うん? 聞こえなかったかな、こんにちは、宮藤勇真くん」
「……こんにちは」
勇真は挨拶を返すと、刺激を与えないように男を観察する。
容姿は黒髪黒目、だが、それはどうでもいい。
重要なのは男の力量とそのタイプだ。
男から感じるのは龍気と神力、割合は龍気が1000に対し神力が1。だが、決してこの神力が弱いという訳ではない。
むしろ1の神力ですら強大過ぎる、その総量はおそらく倍化前の勇真の最大魔法力に匹敵する。龍気に至ってはあまりにも膨大過ぎて本当に1000程度で済んでいるのか判断出来ない。
張られた障壁の数は数千枚、一枚一枚は半透明で紙より薄く、傍目にはとても頼りなく見える。しかし、緻密に練られた術式は勇真ですら完全には理解出来ない程高度で、そこに込められた力はあり得ないほど強大。
試すまでもなく分かる。最大倍化した勇真の魔法でも揺らぎもしないという事が。
「さて、挨拶もしたし、そろそろ始めようか?」
「…………」
タイプは後衛型魔法使い。
暫定戦闘力は主神級………の数百倍〜数千倍。
勝ち目はない。
勇真は目の前の脅威に、引き攣った顔で冷や汗を垂らすと、静かにグラムを構えるのだった。
勇真「……\(^o^)/」