これは、某四月馬鹿ネタです。
バッドエンドと言えばそうでしょう。
あまり後味の良くない、本編打ち切りネタ。
閲覧は自己責任でお願いします!!
エイラは一人、ベッドに仰向けに寝転がる。
胸には枕を抱いて、ただただ、中空を見つめて。
枕は、何の変哲もない、安物の白い枕。
しかしてそれは、万百の普遍に在って、唯一のモノ。
皆同じモノに在りながら、その内包する「想い」「願い」は決して混じらない。
窓から射す日差しは憎らしいくらいに強く、抱いた枕とその両腕をこれでもか、と焦がす。
反対に、エイラの容貌は、日陰に隠れて尚、昏い。
ふ、と草花を揺らす程度だが、風が窓を伝って部屋の澱んだ空気を掻き乱す。
すると、小さく、弱々しく――鈴の音がするのだ。
ちりん、
ちりん、
ちりん――
緩慢な動きで、その音を発する方向を見る。
そこには、黒岩の部屋にある風鈴が窓からぶら下がっていた。
そう、ここはエイラの部屋ではない。黒岩 五十鈴と言う少女が居た部屋だ。
つい先日、任務中行方不明(MIA)とされ、居なくなってしまった、エイラの友人の部屋だ――
その日、エイラはけたたましい警報音に叩き起される。
夜間の任務を終え、深い眠りについていたところだった。
何事か、ネウロイでも出現したのか。そんな事を考えながらも、同室で寝ていたサーニャを起こし、ハンガーに向かう。
途中、極めて難しい顔をした坂本に出会う。
怒り狂っているような、悲しんでいるような、そんな複雑な顔だ。
着いてくる様に言われ、分からずもその背を追う。何が起きているか問おうにも、その背は一切を拒否しているような威圧感があり、聞くのも躊躇われた。
そうこうして、辿りついた先は、滑走路だった。
大勢が居る。ウィッチも、整備士も。全員が集まっている、そう考えていた。その時は、まだ。
人垣を超えた先に、奇妙なモノがあった。
手を後ろ手に縛られ、俯いている女性だ。
何だろう、と思いながら、暫く見ていると、その女性の視線が上がる。
交差する視線。昏い瞳の色に、一瞬たじろぐも束の間、白い歯を覗かせながらも、禍った下限の月のような口の形で、見た事もない壮絶な笑みを浮かべる見知らぬ女性。
「よ、寝坊が過ぎるんじゃないかな? イッルさん?」
初対面なのに、気さくに声を掛けてくる見知らぬ女性。ましてや“イッル”などと呼ぶ者は、この501では黒岩だけだし、スオムスでもそれほど多くはない。それだけに、見知らぬ者に、そんな気軽に呼ばれる筋合いはない。エイラの視線も険しくなって当然だった。
「わたしは、オマエのこと知らないぞ」
「あたしは、オマエのこと知ってるぞ」
言葉の謎かけでもあるまいに、然も可笑しそうに小馬鹿にした笑いを続ける見知らぬ奴に、警戒心は限界値に達する。
「いい気味だね。友人がMIAになったときに、のうのうと寝てるんだからさ」
えっ、とその言葉が理解できずに間抜けな声を出してしまう。そんなエイラの顔が余程ツボに入ったのか、声を殺しながらも、身を捩るようにして笑う見知らぬ奴。
その時、エイラの視界に一瞬にして人影が割り込み、鈍い打撃音がする。
視界を滑るようにしながら、見知らぬ不愉快な奴が転がって行く。その左の頬は朱く腫れていて、そこで漸く件の人物が誰かに殴られたと理解する。
「トゥルーデ!」
すぐさま殴った人物は捕らえられ、地面に伏せられる。
理解が追いつかない事象を続けざまに見せられ、どこを凝視していいのか分からず、伏せられた人物を認識するのに時間がかかった。
伏せられた人物は、あのバルクホルンだった。余程腹に据えかねたのか、伏せられながらも、懸命に顔を引き起こそうと足掻いている。
その上にミーナ、坂本、シャーリーが覆いかぶさり、懸命に押さえ付けていた。
声を発したであろうハルトマンは、普段見せないような蒼白な顔でバルクホルンを見ていた。
視線を“奴”に戻すと、暫くそのままで身動ぎすらしなかった。人が簡単に吹き飛ぶくらいの打撃を受けて、そんなにすぐに起き上がれる筈もない。ましてや、バルクホルンの拳だ。よくよく状況を鑑みてみると、バルクホルンの頭部に動物の耳が見える。つまり、そのウィッチとしての力で以て、“奴”を殴ったのだ。それを考えると、エイラでも恐ろしくなっていく。果たして死んでいないのかどうか……
不愉快な奴ではあるが、流石に死ぬほど憎いとは思わなかった。
――そう、この時は、まだ、だ――
501の基地に営倉はない。元々が軍事用の基地では無いからだ。
営倉として利用している、簡易の倉庫はある。日の光が殆ど刺さない暗い倉庫が。
僅かな光の中で、じめっとした澱んだ空気と、誇り臭い部屋の中で、女性が一人荒い息を吐いて居る。
ふーっ、ふーっ、鼻腔から息を吐き、口に頻りに指先を咥えて。
歯を剥き出しにし、自身の親指を強く噛み、その血で歯を赤く染めている。
鼻息だけでは抑えきれない興奮に、その指先分しか空いていない口から、血の混じった涎と息を零しながら。
膝立ちで上半身を仰け反らせ、股座に右手を寄せて喘ぐのは、つい先日ブリタニアに着いたばかりの「東海林 昌子」その人だ。
「すずぅ、すずぅ……っ!」
頻りに、喘ぎの合間に零す、その音は――よくよく聞いてみれば、黒岩の愛称だった。
東海林は、居なくなってしまった黒岩に想いを馳せる。
通信機越しに聞くその可憐な声は、一等記憶に残っている。
劈く様な悲鳴、助けを呼ぶ声――
その有様を見れない分、想像を掻き立てて止まなかった。
「鈴は、どんなふうに殺されたのだろう?」
そう考えると、体の中心から熱を帯び始め、興奮を抑えられない。
『ネウロイはどうやって鈴を殺す?
先ずは指先か。あたしならそうする。
じわりじわり、小さく毟り取るように』
そう考えると、居ても立っても要られず、自らの指を噛み始める。
整備士の東海林には、ネウロイの事など分らないが、自分がネウロイなら――と、その想像を無限に広げていく。
堪らない。まさか、あんな声を出すとは思わなかったし、聴ける日が来ると思わなかった。
出来ればもっと聞きたかったし、どうやって嬲られるのか見てみたい。叶うのなら、この手で嬲ってみたい。
興奮が頂点に達すると、もう思考も放棄して、我武者羅に熱く熟れた股座も弄り始める。
「……随分とお盛んだな。東海林」
そんな東海林に、冷水の如く冷たい声色で声を浴びせる人物が居た。
声のした方を見ると、そこには坂本と――その後ろに、頬を赤くしたバルクホルンと、その両脇をミーナ、シャーリーが固めていた。
いつの間にか扉を開けて入ってきていた、そんなことに気が付かない程、熱中していたようだ。
楽しみを邪魔されて、細い糸目を薄らと開き、ぎょろっとした眼で睨みつける。
それも一瞬止め、普段のようなけらけらとした薄ら笑いで出迎えなおす。
「おやおや、乙女の痴態を盗み見るなんて、イケナイことしちゃダメ……って、“鈴”に言われなかったのかい?」
「貴ッ様ァ……ッ!!」
“鈴”と名前が出た瞬間。バルクホルンが猛る。すぐさま両脇の二人に動きを封じられ、激情に歪んだ顔のまま、東海林を睨みつけてきた。
バルクホルンも分かってはいるのだろう。激情に任せて殴りかかっても、何の解決にもならないし、五十鈴が戻ってくるわけでもない。故に、ただ歯を食いしばって身体を突き動かす怒りに耐えていた。そんなバルクホルンの姿を見ると、また体が熱を持ち始める。飼い犬が噛み付かんと睨み、唸り、飛び掛ろうとしながらも、鉄の鎖に繋がれてその間を詰められずにいる。
そんな様は愉快だ。挑発すればする程に、相手の苦渋の表情が見れる。見せ付けるように身体を開いても安心だ。檻の中の獣を眺めるのと何が違うでもないが、獣が理性と言う内に在る枷で己を縛る“ヒト”であるから――それはどんな珍獣にも敵わない極上の見世物として在る。
勝手に己を納得させて、恰も理解したと言わんばかりに、その激情を抑制する。
ヒトにしか現れない、ヒトが持つ魅力に東海林のココロは獸(ケダモノ)のように、その躯の箍を外す。心臓は早鐘を打っているし、血管を無理矢理押し出されるように突き進む血液は体中を朱く染める。神経が狂ったのか、興奮は性的な作用を促し股間も熱い。
坂本が眉根を詰めながら、そのまま東海林を見る。眼帯に隠れないその左目は鋭く、まるで視線でヒトを射殺せそうだ。
「一つ尋ねる。黒岩を敵地へ強行偵察させたのはお前か?」
ぼう、とした思考では、何と言っているのか一瞬で判断できなかった。数瞬反芻して、言葉を咀嚼すると、興奮して唾液で溢れながらも、カラカラに乾いた喉に、一緒に飲み込んでやる。
「強行偵察なんてさせてないさ、百偵の試験運用だよ。ミーナ隊長の許可も貰ってる」
然も当然のこと、と素知らぬ顔で返す。それにミーナが普段は見せない程に眉間の皺を詰めて睨む。嗚呼、堪らない。直接動物的に手を下せないから、ヒトはいつもそうやって間接的に訴えてくる。特に表情の変化が堪らない。怒りに歪んだ顔は醜い、なんて誰かが言っていたが、笑顔が可愛い等と言う殺し文句と同じくらい、呪詛でも乗っているかと錯覚しそうな眼光を携えたヒトの表情は、ココロを揺さぶって仕方ない。
それがまた箍を一つ外してしまう。東海林の口元が、知らず知らず、禍った弧を描く。
それを見て、一番接点の無いシャーリーが得体の知れないモノを見るような目つきになる。不気味さに怯え、身体を縮こませて。
「ふん。仮にそうだとして、だ。ネウロイに襲われるように仕向けたのはお前なのだろう?」
最早確定していると言葉の至るところに滲ませて、お前が犯人と突きつける。
本来なら否定でもするのだろうが、生憎、東海林は否定しない。
「まあね。まさかあれだけで襲ってくれるなんて思わなかったけどさ」
「どういうことだ。詳しく聞かせてもらおう」
言い訳も嘘も聞かぬ――そう視線に籠めて、坂本が問う。背負った扶桑刀を抜き、足元に突き立てて。
脅しているのか、逃げられんぞと威圧感でも演出しているのか。東海林にとってはどうでもいいこと。吐く言葉で、その表情が歪むのを楽しむのが今の、歪んで、霞んで、滅茶苦茶な思考で導き出せる答えだ。
「モリブデンって知ってるかい?」
「……なんだ、唐突に」
怪訝な顔で東海林を見る4人。これからもっと表情を変えてやれると思うと、堪らず喜悦に頬も緩んでしまいそうになる。
「エンジンオイルの添加剤の一種さ。元々鉱物で、細粒化してオイルに混ぜて使うのさ」
「それが、一体なんだと言うんだ」
「いいから、続けるよ? ネウロイって奴はさ、金属を喰らうらしいじゃないか。オイルに混ぜれる添加物の金属なんて、どうなのかな?」
「オマエ……ッ!」
怪訝な顔を一様に怒りに。まだ大したことは言っていない。ただ、想像を煽るように言葉にしただけ。ヒトは頭の回転が速い奴ほど、断片的な情報から答えを引き出そうとする。勝手に盛り上がっている4人に、東海林のカラダは熱くなるばかりだ。
そして、集まる視線に重なるように、胸元から首飾りを引き出す。
真朱の球体――いや、雫が零れ落ちる様を表しているような形のソレ。
まるで、それは大粒の血が溢れているようにも見える。
「ブラッドストーン?」
シャーリーがそれを見て、自身に思い当たる名前を口にする。
「いいや、こいつは“賢者の石”さ」
それに驚いた顔を見せる。それはそうだろう。賢者の石なんて物は実在するかも分らない、迷信じみた眉唾モノの存在だし、そのくせ魔女である彼女たちには真偽は兎も角、その認知度は比較にならない程に記憶に刻まれているのだから。
「嘘だと思うかい? これが強ち嘘じゃなくてさ――ああ、御免、やっぱ嘘」
ころころと言葉を違えると、ころころと魔女たちの表情も変わる。糸で操る人形劇はつまらなかったが、言葉で操る人情劇は面白可笑しい。
「そんな顔しなさんな。賢者の石って呼ばれてるのはほんとさ。ただ、その効果は全くのデタラメ。嘘八百――と言うのも言いすぎか?」
含み笑いで説明。古人はいいようにこの“賢者の石”に踊らされ、今は賢者の石を餌に“東海林”に踊らされている。
辰砂と呼ばれるこの賢者の石の加工前の鉱物。それは極端な言い方だと「水銀」だった。
真朱とは、赤褐色のまるで「血のような鮮やかな朱」を言い、その真朱に染まるこの石に、古人は不老不死を夢見た。
加熱すると液状に、暫くするとまた朱い石に。繰り返し変化しながらも、元に戻る血の色をしたこの石に、永劫を夢想したのだろう。
さらに言えば、この辰砂は水銀でも「硫化水銀」にあたり、卑金属を「恰も金に見える金属」に変化させることができた。正確には、鉛との化合物が黄色だったが故で、辰砂が金に変えた訳ではない。が、「辰砂を使った結果で、金に近い物質ができた」ことが問題だった。
さらに、厄介なことは、鎮静、睡眠の為に薬物として実際に使われたことが問題だった。
効能がはっきりと出たのか、人体を静止させるような自称が現れたのだから、これが「真朱の貴石」として持て囃されたのは仕方ない。
「待て、水銀などを人体に対して服用するなど……正気か!?」
「それは、現代の人間だから言えるのさ。だから“問題だ”っていっただろ?」
不老不死と銘打ちながら、その実人体に毒素を入れているのだから始末に負えない。
「……それで? 一体それがなんなのだ?」
一人、冷静に意見を述べる坂本。その冷めた言い様に、期待通りにならず東海林の目が薄く開く。普段が糸目故に、あまり開いて見えないので、果たしてそれに気付いた者が居たかは分らない。
「言わなかったかい? 『加熱すると液状になる』ってさ」
鉱石として安定した状態の辰砂。それを高熱を発するエンジン近辺に置いたら?
『尤も、高熱で水銀化したからってそれが器官に混入するとは限らないんだけどね』
最後まで答えを返さない。そうやって想像を煽って、煽って。実際に仕掛けもしたが、それで何が起きるとも限らない。水銀に充てられて、ネウロイが襲う――なんて保証も無い。ただ、そう云った「可能性がある」と云うだけで、もしかしたらと言う「最悪の想像」を浮かび上がらせるのだ。
「ま、そんなことどうでもいいんだけどね」
「『なっ!?』」
「極論言っちゃえばさ、ネウロイに襲われたのなんて、所詮偶然なんだよ。
少しは煽るような事したけど、それが効果あるか――なんて確証もない」
ここで“落とす”。先程まで躯に巣食っていた興奮も、些か覚めてしまった。
大凡の原因であるアレについては触れない。あまりに馬鹿らしく、想像力も働かない簡単なトリック。そんなものを引きずり出してまで、こんな会話は続ける気も起きない。
実のない会話では、折角疼いた性衝動も枯れてしまう。やはり、五十鈴のことを想いながら耽っている方が躯もココロも喜ぶ。
「嗚呼、鈴に逢いたいなぁ」
思わず溢れたその言葉、それに過敏に反応する者がいる。
「貴様が! その名を呼ぶなぁ!!」
鬼の形相。そんな言葉が似合いそうな程に、その端正な顔を怒りに歪めて叫ぶのはバルクホルンだった。
「わかっているのか!? 貴様が殺したようなものだろう! その癖に逢いたいだと?
知ってるのか、あいつには故郷で待つ妹たち、家族が居るんだぞ!!」
「――知ってるよ」
そう、知ってる。一度だけ、五十鈴の妹に会ったこともある。
静かに、吐息するように小さく言葉を吐く。
先までの怒りに突き動かされたままのバルクホルンは、その言葉に止まる。
「知っているなら、その妹が『姉が友人と思っていた人物に殺された』と言われたら、どう思うか――」
「――知ってるよ、それも。あたしも、こう見えて“妹”だからね。
不思議に思わないかい? 幾ら魔力があっても、大した能力も無い整備兵が、なんでいきなりストライカーなんて履いて空飛べるのさ。
陸戦の方が採用率高いはずだろ? 普通、それなりに高い資質が無いと空戦ユニットなんて頂戴出来ないものさ。
それが、たった一年かそこらで空戦用ストライカーユニット? なんだそれ」
その東海林の投げかけた言葉。それによって場は静まる。
確かに――そうやって裡に芽生えた疑念が急に大きくなっていく。その疑念が東海林の言葉を求めてる。「早く続きを話せ」、と。
「ある日、姉(あね)さまが居なくなったのさ。初めは疑問なんて無かった。
でも、ある日を境に、鈴がストライカーでの訓練を始めた。それも空戦用のさ」
疑念はさらに膨らむ。欧州での“特殊任務”で命を落としたとされる姉。だがその詳細が全く言い渡されない。
――極秘任務――
それしか言葉を知らぬのか、と問い詰めたくなるほどに一点張りに返され、不信感は募るばかり。
なのに――
「――なのに、鈴は翼を貰った。まるで姉さまから奪ったかのようにさ」
二人で階級も上がり、不思議なことに、五十鈴と東海林の行動制限が緩和されていた。階級が上がった為、と言うには不自然なくらいに。
五十鈴は整備兵から「本人の意思で」飛行隊へ転属。それに着いていこうと駄目で元々と進言すると、あっさりと受理されたこと。
「百偵専属整備士? それがあたし? 偶然でそうなるわけないだろうさ」
要らぬ筈の専属員。態々扶桑から「偶然に」東海林が選ばれて。
「軍部も扱いに困ったんじゃないかな? ほら、考えてみな。遺言でも何でも、故人に『こうしろ』って言われたら、無理じゃなきゃ尊重するだろ?
でもさ、それが永続的に有効なら?」
我侭放題されて、そのくせに鬱陶しい。痛くも痒くもないが、目障りで、大して役に立たず。
軍と無縁なら良かった。しかし、軍内部に在って「自由」など程度の差異があっても煩わしい事この上ない。
「あたしはさ、憎らしく思えてきたよ。姉さまは帰ってこないのに、こいつはなんて自由なんだ、ってさ」
黒岩の部屋。夕刻の赤らんだ光が窓から入ってくる。
昼間の強い陽日と違い、夕日は淡く、屋内ではその光量を半減させてしまう。
薄暗くなってきたその部屋で、エイラは未だにじっとしている。
膝を抱え、ベッドに座り込んで。
姿形が違うだけで、動く様が見れないのだから、それは「じっとしている」と言っていい。
コンコン――ドアを叩く小さな音。反射的にエイラはそちらを見る。先程までの姿からは想像もできないほどの速さで。
「エイラ、みんな心配してる。行こ?」
「――なんだ、サーニャか」
酷くがっかりした様子に、サーニャの表情も曇る。普段のエイラには見られないその様子に、サーニャの心も影をさしてしまう。
「五十鈴さんのこと?」
サーニャが何気なく言った一言に、エイラは肩を震わす。
泣きそうになるのを懸命に堪えたような顔で、サーニャを見つめていた。
「アイツ、いつになったら帰ってくるのかナ。やっぱり、探しに行ったほうがいいか?」
「エイラ……」
「馬鹿、だよな。迷子にでもなってるんじゃないか? こんな時間まで、何処、ほっつき歩ってるんだよ」
「エイラ……」
「ミーナ隊長も意地悪だな。ちょっとくらい、探しに行かせてくれても――」
「――エイラッ!」
独白を続けるエイラに、サーニャの方が耐えられなくなってきた。
黒岩が居なくなったことに、エイラはまだ受け入れられないでいる。それが悲しくて、見えない何かに縋ろうとするエイラを止めたくて――何より、自分を頼って欲しくて、サーニャは普段からは想像もできないほど強くエイラの名を呼んだ。
エイラは大切なヒトだ。だから、もう苦しんで欲しくない。
「エイラ、私は何処にも行かない。ずっと、一緒だから」
黒岩は居なくなってしまった。でも、私は何処にも行かない。そう、心から想いを乗せて。
「サーニャ……サーニャぁ――」
サーニャは腕を広げて、エイラを迎える。
エイラは、サーニャに縋るように、その胸に顔を埋めて、泣く。
朱く、朱く、血のように朱く――
夕焼けの大空に、消えた友人を想い――
泣いて、嘆いて、喚いて、叫んで――
ただ、エイラは、大空に啼いた――
1944年。8月。
戰場に散った乙女が居た。
そう、居たはずだ。
しかし、後に残された資料には何も書かれていない。
ガリア開放の立役者達“11人”に、欠員は出ていない。それが真実だ。
今も、“11人”の乙女たちは戦っている。誰も欠けることなく、生き延びて、人類の敵と戦っているのだ。
――それが、“真実”だ――
いまだ、世界は怪異に脅かされている。立ち止まってなどいられない。
乙女達の戦いは、まだ、始まったばかりなのだから――