ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー   作:夢の中の夢

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とりあえず投稿。


チュートリアル

 軽い衝撃が体を貫き、宙へと投げ出される。ほんのり橙色に染まりつつある空と草原が二転、三転し、視界の隅に貼り付けられたように固定されたHPバーがその身を縮めてその色を警戒色(イエロー)へと変化させた。

 

 上下が入れ替わる風景の回転が止まり、私は音を立てて地面に落ちる。だがそのまま寝ているわけにはいかない。すぐさま面の衝撃に耐えて起き上がり、周囲の状況を確認する。

 

 少し先で金髪を赤く染めつつある友人が剣を構えているのが見えた。その視線の先には先ほど私に見事な回転パノラマを見せてくれたフィールドボス《ブラックタイラント・キングウルフ》がうなり声を上げている。

 

 体高4メートルを超える巨体を持つその黒い狼は周りに小型の黒狼を数匹従えており、その存在はまるで赤く染まりつつある草原に一足早く落ちた夜の染みのように思えた。

 

 昼から夜へと移ろいつつある風景、自身の手に握られた簡素な剣。そしてこちらに向かって襲い掛かってくる黒い巨狼。

 

 これらはどれも現実のものではない。それは五感を通さず脳に直接情報を伝えることで現実と見間違うばかりの仮想世界を実現可能なフルダイブ型と称されるVR(仮想現実)技術によるものだ。

 

 そしてここはその技術を使った世界初のMMO-RPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)ソードアート・オンラインの中なのである。

 

 迫力満点に突進してくる取り巻きの狼を一閃してポリゴンの破片に変え、次に備える。見れば友人も同じく一匹を屠ったところだった。

 そのHPバーが3分の1を下回りつつあるのを見て、撤退の二文字が頭をよぎる。

 

 もともと想定外の戦闘である。取り巻きは後一匹、ボス自体もあと数撃で沈むはずだが、こちらの消耗も大きい。こちらが落ちる前に倒しきれるかは微妙なところだった。

 

 だがこちらを見た友人は首を振った。どうやらここで引くつもりは無いらしい。せっかくここまで追い詰めたという思いもあるのだろう。

 

(まあ、いいか。乗ってみよう)

 

 そう、気楽に決めて私も慎重に間合いを計った。一歩を詰めた時に飛び掛ってきた最後の取り巻きを友人との連携で仕留め、即座にボスに対して集中攻撃をかけようとする。

 

 だが最後の取り巻きを失った狼王は天を仰ぎ、草原に雄たけびを響かせ始めた。取り巻きの再召喚にしてはやや長く、その音量も大きい。

 

 今まで見た事が無いその行動に私は戸惑う。だが友人は好機と見たのか突撃を選んだ。それに釣られるように、私も残った間合いを一気に詰めるべく飛び出す。

 

 先に走りこむ友人がその勢いに重ね、このSAOの基本攻撃システムにあたるソードスキル、その一つである<スパイク>を発動した。

 青白い光に包まれてさらに加速した剣の一撃は無防備に吼えるボスの左腹へと突き立てられる。

 

 急所に攻撃を受け、苦悶の声を上げる狼王が技の反動で動けない友人に反撃するその直前。そのタイミングで斜めから突っ込んだ私が追撃を放つ。

 

 同じスキルで突撃したその一撃は今度は狼王の右腹を切り裂いた。少し後ろまで走り抜けた私は技の反動で動きが止まるが、その頃には友人がすでに動きの自由を取り戻している。

 

 友人に手によって至近距離から放たれる水平の斬撃、片手直剣用ソードスキル<ホリゾンタル>は狼王の急所を切り裂いてHPバーを削ると同時に、私を狙おうとした相手の行動を妨げた。

 

 その隙を突いて今度は技後硬直時間が終了した私が別の片手直剣用ソードスキル<スラント>を発動し、振り返ろうとして止められた狼王に袈裟切りの一撃を放つ。

 

 その一撃にも耐えた狼王だったが、死に体で返した最後の抵抗もいなされ、続く友人の一撃によってしぶとく残っていたHPを全て消し飛ばされた。

 

 一瞬の硬直の後に夕日を背に四散する狼王。それを確認し、友人と共に互いの健闘を称え合おうかとしてはたと気が付いた。

 何時の間にやら草原に出現する狼型モンスターに囲まれていたのだ。

 

「これって、さっきの咆哮の効果?」

 

 友人の言葉は正しいと思われた。どうやら先程の咆哮は自身の強化や取り巻きの召喚ではなく、周辺の狼モンスターの集合命令だったらしい。

 

 十を超える狼が己たちの主の敵に向かって突撃を開始し、消耗した私と友人にその鋭い牙を襲い掛からせる。

 

 

 

 

 

「うーん」

 

 気が付くと私は黒い大理石で出来た建物の一室に寝転がっていた。ここは数時間前に出立したはじまりの街、その中央に経つ黒鉄宮と呼ばれる建物の一角にある広い部屋である。

 通称「蘇生の間」を呼ばれるこの部屋はベータテスト時には何度もお世話になった場所だった。

 

 あの後数匹を倒した時点で力尽きて、正式版SAOプレイ初の死に戻りとなった訳である。滑らかな黒い大理石の床から身を起こし、軽く伸びをする。

 すると、すぐ近くで発光と共に友人が転送されてきた。だらしなく寝転がる友人を叩き起こし、あまり長居したくないこの場を後にする。

 

 

 

「やれやれ、あと少しで湖の町だったのに、スタートに戻るなんて」

 

 友人がそうぼやきつつ、カップに口をつけた。広場から少し離れたこの酒場は、ベータテスト時代に利用していたときと同じ内装と味を提供している。

 可もなく不可もない、無難の一言しかでない紅茶で喉を潤し(あくまでも精神的にだが)、口を開いた。

 

「まあ、突発的な遭遇とはいえフィールドボスを倒せたんだ、良しとするべきだろう。そもそも初めは隣村で剣を集めるだけってという話のはずが、思いつきで先に行こうなんて考えるからだ」

 

 途中から詰問する口調になった私に対し、友人は笑って言い返す。

 

「いやー。マスターと会ってさ、つい。先に行って自慢してやろうかと思って」

 

 満面の笑顔でなかなか腹黒い事を言う。そんな友人に私はぼやきを返した。

 

「それで危なくなっても退かなかったのか。なんとか倒せたからいいが、できればあんな綱渡りはもう御免だぞ。今回は生産系でのんびりやろうと思っていたんだから」

 

 全く悪びれない友人を前にそんな事を嘆きつつ、その発端となった数時間前の出来事を思い返した。

 

 

 

 

 

 アバターの容姿にベータテスト時とは大幅な変更を加えていたため、私がこのSAOにログインしたのは正式サービス開始から十五分ほど後のことだ。

 

 以前よりも高くなった視点と長い手足の扱いに多少難儀しつつ、私は友人との待ち合わせ場所に急いだ。

 だが待ち合わせの時間から五分ほどオーバーして到着するも、待ち人らしき姿は見当たらない。

 

「まだ、来ていないのか?」

 

 とりあえず、剣帯からはずした初期装備の片手剣を肩に担ぎ、来る途中で購入した皮の帽子をその柄に引っ掛けておく。

 事前に取り決めておいた待ち合わせの合図である。

 

 準備を終え、もう一度周囲を見回すが友人らしき姿はやはり見つからなかった。その事を確認した私はしばらく待つつもりで近くのベンチに腰を下ろし、ステータス画面を開く。

 

 インターフェイスのカスタマイズやスキルの確認を終え、取得するスキルについて思案中の時だった。突然後ろから蹴りを入れられたのは。

 

「誰だ!? こんなことをするのは、……って一人しか居ないか」

 

 待ち人の仕業と当たりを付けて振り返るが、後ろにいた下手人は想像とは違い小柄な女性プレイヤーであった。

 

 金髪の髪を後ろに流し、色白の肌と大きい緑色の瞳が目を引く女性である。全くもって見覚えは無いが、こちらを面白がってみている表情といい、彼女の仕草や雰囲気がなぜか待ち人のイメージと重なった。

 

「あー、もしかしてセキエイか?」

 

 確認の意味を込めて聞くと、目の前の彼女は黒さを感じさせる笑顔と共に頷きを返して来る。

 まず間違いなく本人である。ベータテスト時代の長身で精悍な青年の姿は見る影も無い。

 

(まさかのネカマプレイとは!)

 

 ネカマプレイとはMMO用語の一種で男性プレイヤーが女性プレイヤーを装ってゲームをプレイする事だ。理由は様々だが、中には他の男性プレイヤーを引っ掛けてアイテムやお金を貢がせたりする場合もある。

 

 無論ゲームでの知り合いなのでリアルの性別は知らない。しかしある程度の交流があって何度か話をしていれば大体検討は付く。

 

 その予想では私より少し上の男性だろうと思っていたのだが。まあ、目の前の友人は悪戯はともかく悪質な事はしないはずだが。

 そんな事を考えている私に対し、元セキエイは言った。

 

「そうさ、フツノ。むさ苦しいこの世界に、少々の潤いをもたらそうと思ってね。ちなみに名前はアネモネにしたんだけど、どう?」

 

「引っ掛ける気満々じゃないか!」

 

 アネモネの花言葉は確か「はかない恋」である。確信犯だろうか。

 

「あはは、冗談だよ。名前はクリスにしたんだ。石英と近似の水晶から取ったんだけどね」

 

「それはそれで嫌だな、おい」

 

 頼れる兄貴風から、小悪魔系美少女への変身である。一体何を考えているのだろうか。

 

 今までのMMOと違いアクション要素の強いこのゲームは体格によってプレイに影響が出る。

 データ的には差異は無いとされているが、大きければ当然手足のリーチも長くなり、より遠くから攻撃をする事ができる。

 無論小さければその分被弾面積も小さくなり、回避しやすいのだが。

 

 ベータテスト時の経験から、このゲームは間合いの取り方が特に重要だと感じていた。通常攻撃にシステムのアシストがほとんど無い上、ソードスキルの適正発動距離にも関わってくるため、戦闘の難度が高いのである。

 

 なにせどんな攻撃でも相手に当てなければ意味はない。また体格が小さければその分距離を詰めなければならず、被弾もしやすい。

 場合によっては狙う場所が高すぎて手が届かないなんて事もあった。

 

 戦闘にリアルを求めすぎた結果、かえってストレスを感じる。あるいは間合いが図りにくくてやりにくいといった点は、月額ゲームの癖に無料の倉庫が無い、MMOのくせにPTの扱いが悪すぎるといった事柄と併せてベータテストでも不満が噴出し、真っ先に改善が望まれた部分であった。

 

 当然、経験者のコイツもその事は知っているはずなのだが……。

 

(まあいいか。どうせ苦労するのは私じゃないし)

 

 そう結論付けて、本来の目的だったフレンド登録を済ませた。とりあえず用は済んだしじゃあまた今度といって別れようとする。

 その私の腕をクリスは掴んで言った。

 

「せっかくだし、一緒にどこか行こうよ。……具体的には隣村まで剣を取りにとか、どう?」

 

 体格差を利用した上目遣いで外見美少女、中身悪魔の要請を裏の意図まで考えて、私は尋ねた。

 

「それはアニールの剣クエのことか。資金稼ぎ?」

 

 次の村のクエストの報酬品であるその剣は、序盤では高い性能を持つこともあって、ベータテスト時も人気があった。

 レアモンスターから出るアイテムの納品がクエストの達成条件なので、そのアイテムを大量に集めて交換し、売りさばいて資金を稼ぐ。

 大方、そんな事を目論んでいるのだと思ったのだ。

 

「そうだよ。今なら人も少ないと思うし。……ねえ、頼むよ<幸運の星(ラッキースター)>」

 

 そういって彼女はベータテスト時代のあだ名を呼んで拝んできた。何故かやたらとレアアイテムに縁があったこともあってつけられたあだ名である。

 

 他にもPTメンバーのドロップ率があがる(様な気がする)となどといわれたことから、<幸運の御守り>、<PTメンバー運気上昇>などという名もあった。

 

 そのジンクスを見込まれ、目の前の友人やその仲間に高難度のダンジョンやクエストにベータテスト時代はよく連れて行かれたのもいい思い出である。

 

 当時の私はレベルもプレイヤースキルもそれほど高いわけではなかったが、友人たちの高い戦闘技術と的確なフォローのおかげで攻略の成功率自体は悪くなかった。

 また彼らの足を引っ張る事を良しとしなかった自身の性格もあり、己のプレイヤースキルを磨き、的確な状況判断力を身に付けるように特訓(友人談)を受けもした。

 

 生来の要領の良さと友人を交えての訓練の成果のおかげか、テスト終盤には多少レベルは低いがPTメンバーとして恥じない働きをすることが出来るまでにはなっていた。

 もっともその過程では酷い目に合わされたことも少なくは無かったのだが。

 

 ともかく多少の恨みはあるがそれ以上に恩が勝る相手の頼みである。それに何かと金がかかる生産職を目指す私にとっては初期資金は多ければ多いほうがいい。

 なので深く悩む事も無く私は二つ返事で了承する。

 

「それじゃあ、善は急げと言うし、すぐに行こう!」

 

 昔の重々しい口調と重厚な低音ボイスをすっかり忘れた友人を見て、なぜかため息が出た。

 

 

 

 途中、立ちはだかる敵をソードスキルの連携で蹴散らして進み、目的の村ホルンカに着いた。その時にはすでに時刻は二時を回っている。

 とりあえずポーションなどを買いこんで補充すると村の一角にある家を訪ねてクエストを受け、討伐に乗り出した。

 

 討伐目標の植物型モンスターが徘徊する森フィールドにはすでに何人かの先客がいた。彼らとなるべく重ならない場所を選別すると友人と二人で手分けして狩り始める。

 とにかく数を狩ってレアモンスターの出現率を上げる必要があるため、手早く片付けていく。

 

 場所が良かったのか、はたまた私につけられたあだ名の恩恵か、一時間半ほどで求めるアイテムを9個手に入れることが出来た。

 

 あるいは他のプレイヤーの迷惑にならない事を確認した上で破裂すると周辺のモンスターを集める特徴がある実付きを積極的に狙い、集まってきたモンスターを片っ端から友人と二人で協力して狩っていったのが功を奏したのかもしれない。

 

 当初の予定では互いに10個ずつ得るまで狩り続けるつもりだった。しかし時間が経つにつれフィールドが混雑してきたこともあり、最後に連続でポップしたレアモンスターを仕留めて途中で切り上げることにした。

 収穫は予定の半数といったところだろう。

 

「いやー、大猟だったねえ。おかげで笑いが止まらないよ。ハッハッハ」

 

 キャラ作り(ロールプレイ)のためにわざわざ勉強してきたというおしとやか風の言葉遣いを忘れ、欲にまみれた笑みを浮かべながら友人は言った。おそらくその頭の中ではすでにこの世界の通貨であるコルが大量に躍っているに違いない。

 

 対してこちらは少々嫌な予感を感じていた。

 

 運がいいほうだとは私も認めているが、だからといって不運とは無縁ではない。どちらかといえばその振り幅が大きいようでかなり悲惨な目に合う事もある。少し気をつけたほうがいいかもしれない。

 

 そんな事をつらつら考えながら森から村へ向かっていると、前方よりPTの一団がやってくるのが見えた。

 なんとなくその一団に見覚えがあるように感じて足を止める。その先頭に立つ人物を見た友人も浮かれた足を止め、私に聞いてきた。

 

「あれ、あの先頭の人。もしかしてマスターじゃない?」

 

 友人の指摘を受け、近づいてきたその人物を見れば、確かにベータテスト時代にお世話になったギルドのマスターに似ていた。

 よく見ればその一団の中の数人にも見覚えがあるようだ。

 

「ねえちょっと、声をかけて見ようよ」

 

 はにかんだ口調と表情で聞いてくる友人だが、その目は明らかに面白がっていた。向こうもこちらに気が付いたようだが、私も友人も二人ともベータテスト時とはまるっきり姿が変わっているので分からないだろう。

 

 友人に任せるとややこしい事になりそうなので私から声をかける。その友人は私の背後にその小柄な体を隠し、顔だけ出して一団を伺うようにしていた。何か仕掛けるつもりのようだ。

 

「あー、すいません。私フツノといいますが、そちらはもしかしてワイルドカードのタックさん?」

 

 ベータテスト時代と名前は同じなのでそのまま名乗り、相手の反応を見る。話しかけられた男性プレイヤーは一瞬戸惑った表情を浮かべた後、すぐに笑顔になって返してきた。

 

「ああ、幸運さんか。かなりアバターの設定を変えたんだねえ。うん、かっこいいよ。っと、御免。ええ元ワイルドカードのギルドマスター、タックです。最も僕のほうも改名してね……」

 

 友人が私の背後からするりと抜け出してマスターの前に立ったのはその時だった。にこやかな笑みと多大な好意を顔に浮かべマスターへと話しかける。

 

「あ、あの。初めまして。私、クリスって言います。フツノさんからお噂は聞き及んでおりました。これも何かの縁ですし、よかったらこの後……」

 

「ていっ!」

 

 元マスター相手にハニートラップを仕掛けようとする友人の頭を叩いてその戯言を断ち切ると、衝撃に視界がくらんでいる友人の前に立って代わりに紹介をしてやる。

 

「元ギルメンの<イケメン兄貴>セキエイです。もっとも今は見る影も形もありませんが。特技は純朴な人間にいたずらを仕掛ける事。マスターも注意して取り扱うようにしてください」

 

「ああ、うん、分かった。危険物と同じように扱えばいいんだね」

 

 困惑した表情を納得に変えて元マスターは頷いた。後ろで友人が文句を言ってくるが私も元マスターも一切無視する。

 

 一応、友人も悪ふざけの相手は選ぶのだが、それでもこの対応だ。何とも器が大きい人である。だからこそ曲者が多かったあのギルドのマスターを務められたのだろう。

 

「ところで、マスター達はこれからクエストですか?」

 

 プラスに加算されていく人物評を打ち切ってマスターに尋ねる。なお隣で悪戯を即バラシしたことを責めてくる友人の追及は完全に無視した。

 

「ああ、そうだよ。何人か新規さんを拾ったから、ついでにいろいろ教えてあげようかとも思ってね」

 

 のほほんとした顔で元マスターは言った。見ればPTの内二人は慣れない雰囲気でキョロキョロと辺りを見回している。

 おそらく彼らがそうなのだろう。あまりマスターを拘束しても悪いのでその場はフレンド登録だけ交わして別れることにした。

 

「君達はもう村に戻るようだけど、その後はどうするんだい?」

 

 別れ際にマスターにそう聞かれる。そういえばクエストの後のことは特に考えていなかった。この村に生産系の設備はないしはじまりの街に戻るか。いやせっかくだからアイテムの採取をしておこうかと考える私をよそに友人は言った。

 

「出来る限り先に行こうかと思ってます。せっかくだからデートついでにフィールドボスの1体や2体でも倒しておきたいなあ」

 

 前半はともかく後半は冗談であろう。とういうか私も一緒に行動する事になっているのはなぜだ。

 

 まあ、森での戦闘でレベルも上昇しているしボスは無理でも次の町には行けるだろう。もしかしたら生産系の設備も追加されているのかもしれないし、足を伸ばすのも悪くは無いかもしれない。

 そう決めて、私は友人の言に一応の同意を示した。断るのが面倒だったということもある。

 

「じゃあ、後で何処までいけたか教えてくれないかい。ついでにモンスターの情報とかもあると助かるよ。お礼にハーブとかを用意しておくから。どうかな? 良かったら頼むよ」

 

 こちらを見ながらマスターは言った。どうやら私が以前生産系をやりたいといっていた事を忘れていなかったようだ。

 確かにあの時、薬学スキルとかを取りたいとは言ったが、まさか覚えていてくれるとは思わなかった。

 

「いいですよ。ではそちらもクエ頑張ってください。あと体感ですが少し手ごわくなっているようなので新人さん達のフォローに注意を」

 

 了承を伝え、ついでに簡単なアドバイスをして別れた。一方は森へ、もう一方は村へである。喜々として足早にかける友人のあとを追って私も走り出した。

 

 

 

「その後、剣を手に入れて次の町へと向かったんだよねえ」

 

「ああ。そして途中でフィールドボスに絡まれてボス戦へと移行。取り巻きなんかに苦しめられながらもレベル差とスキルのごり押しで何とか勝利。しかし最後の召喚と包囲によって袋叩きにされたと。まさかベータの時と徘徊範囲や行動パターンがまるっきり変わっているとはなぁ。面倒なスキルも追加されていたし……」

 

「やっぱりベータテストとは違うねえ。システムなどのいろいろな面で酷評されたからかなあ」

 

 などと呟く友人に適当に相づちを打ちつつ、いい時間だしそろそろログアウトしようかと私は考えていた。

 

 いやその前にマスターに連絡をしようか、でもまだ狩りの途中かもしれないし邪魔しちゃ悪いかもしれない。

 

 そんな取り止めの無い思考をしていた時、にわかに店内の一角が騒がしくなる。見ればやたらと興奮した男が二人、入り口から入ってくるところだった。

 

 彼らは空いていた席に乱暴に座ると、話し出した。周囲を憚る余裕もないのかその声は迷惑に思うほどの音量だったが、耳に入ってくる会話の内容には聞き流せない一文があった。

 

「ログアウトが出来ない?」

 

 友人も聞いたのか、顔を怪訝な表情へと変えている。見れば店内のあちこちでも彼らに注目している人が増えた。

 注目されている事に気がついたのか、二人は声を落として会話を再開したため聞き取りにくくなる。

 

 その内容を漏れ聞こうと耳をすます私の向かいで、メニューを呼び出して操作していた友人が声を上げた。

 

「あっ! 本当だ。ログアウトボタンが無い」

 

 その言葉に私もメニューを呼び出して確認してみる。だが確かにベータ時代にあった場所からログアウトを実行するボタンは消えていた。

 

「仕様変更か? でもヘルプを見ても何処にあるのか記述されていないんだが」

 

 メニューを隅々まで調べるがログアウトボタンらしきものは見当たらない。

 

「緊急ログアウトはどう?」

 

 友人はナーブギア本体のメニューにある強制シャットダウンを示唆したが、私は首を振って答えた。

 

「駄目だ、ベータと同じでアクセスできないままだ。何度も要望が出されていたのに結局改善しなかったみたいだな」

 

 それを確認した友人がぼやきだした。

 

「VR技術に初対応のMMOだからって新要素や機構を盛り込むのに積極的なくせに、基本的なところはイマイチなんだよねえこのゲーム。ベータじゃ今後の改善に期待とか言っていたけど、正式サービスでもこれとか」

 

 

「世間一般の評価もVR初のMMOに対してであってMMO単体としては微妙だからな。生産系は充実しているが。まあ、始まったばかりだし長い目で見て行けばいいんじゃないのか」

 

 などと笑いながら会話していたが、どうも嫌な予感がしていた。メニューを調べる時間が長くなるにつれその予感も大きくなる。

 

 友人も手は休めないがそれを見る目つきには真剣さが見えるようになってきた。いつの間にか店の中も静かになっている。

 

 どれくらいそうしていただろうか。一通りチェックし終わって、見落としが無いかもう一度確認しようとしたときにそれは起こった。

 

「なんだ?」

 

 店内がにわかに騒がしくなった。疑問に思って辺りを見回す。すると視線の先に居た一人のプレイヤーが突如光に包まれて消失した。

 

「空間転移だって!」

 

 仲間が目の前で消えてパニックに陥る一団を見て友人が驚きの声を上げる。そして店内で次々と光の柱が現れ、そのたびに人数を減らしていった。

 

「なんだこりゃ」

 

 その疑問の声が消えないうちに今度は私の足元が発光し、光が沸きあがってきた。

 

「フツノっ!」

 

 焦った様にこちらに手を伸ばす友人が見える。だがその足元にも光が沸きあがってくるのを見た次の瞬間、私の前の景色は一変していた。

 

 

 




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