ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー   作:夢の中の夢

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久方ぶりの更新です。

……実を言うと、随分前に書き上げていたんですが、かなり内容がアレなので、投稿に迷ってました。

そんな訳で、前回以上にキツイ話になっています。

別名「キバオウ、フルぼっこの回」。それではどうぞ。


フロアボス攻略会議

 最初のフロアボス攻略会議が開かれたのはそれから5日後、ちょうどデスゲーム開始から一ヶ月が過ぎた日のことだった。

 すでに前日までに迷宮区の攻略は最終層の半分まで完了し、残りも会議には不参加のメンバー達の手によって探索が進められている。

 

 また生産部門を拝み倒して、ディアベルや彼の仲間達のために一部の装備やアイテムも融通してもらった。

 流石に無料で供与というわけにはいかず、こちらについては割引価格でもかなりの資金がかかったようだ。とはいえ通常ドロップや店売り品とは一線を画すその高い性能に、ディアベルとその仲間達は概ね満足だったらしい。

 

 会議の場所に選ばれたのは最前線に最寄の町トールバーナの中央広場が選ばれた。小さな町ゆえさほど広くはないが、開始予定時刻間際でもそこに集う人の数はさほど多くはなかった。

 

「おいおい、全然人がいないぞ。来ているのもディアベルが声をかけてOKをもらった奴がほとんどだ」

 

「今後のための見学者すらほとんどいないのか。どうやら彼の言ったことも大げさじゃなかったらしいな」

 

 小さい広場の過疎ぶりに、サーチライトの面々は呆れた表情で感想を口にした。まばらな広場の一角に陣取った私や友人を含むサーチライトの選抜メンバーとその協力者、そしてディアベルの仲間達だけで、この場に集った人数の半数を超えているのだ。

 

「これはフルメンバーで挑むのは無理だな。編成を考え直さないと……」

 

 昨晩決められた編成表を片手に、パイルが顔をしかめながら修正案を作ろうとしている。

 

 今、この場にいるのはサーチライトやその協力者達の中でも、戦闘に長けている連中だ。あくまでも補助に徹するべきという点から総勢で15人ほど。それ以外は主にバックアップに回っている。

 

 この人数で、攻撃と防御に主眼を置いたPTをそれぞれ一つずつ作る。そして残りのメンバーはディアベルの仲間と組んで、支援妨害用のPTをさらに一つ構成する。

 この3PTにディアベルとその仲間達から成る攻守1PTずつを足した計5PTが今回のボス攻略の主力となる予定だ。

 

 これに彼が声をかけた、とりあえずは信用しても良さそうな連中で攻と支援を担うPTを一つずつ編成し、さらに新規参加枠の1PTを加えて連結(レイド)パーティーを作る。あぶれた残りの参加者は、補欠や本体支援のために当てるつもりだったのだが……。

 

「新規の参加者は二人だけ。……どうするつもりかな」

 

 ガタイのいいプレイヤーと何か話しているディアベルを見ながらの友人の呟きは、暗い先行きへの不安を内包していた。

 

 

 

「はーい。それじゃあ五分送れだけど、そろそろ始めさせてもらいまーす」

 

 結局開始予定時刻になっても、新たな参加者は現れなかった。少し開始を送らせてみたようだが、見学者が少し増えた程度だった。

 

 前線のプレイヤー達は、本当にこのゲーム攻略をする気があるのだろうか。以前から思っていた疑念がますます膨らんでいくのを感じる。

 

 あまりにも消極的で情けない前戦プレイヤー達の現状に、ディアベルも内心では大いに嘆いている事だろう。

 

「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう! あらためて自己紹介をしとくな! オレの名前はディアベル。職業は、気持ち的にナイトやってます!」

 

 しかし、そんな思いを微塵も感じさせない明るい口調で、彼は発起人として攻略会議の開催を宣言した。

 

「ちょっとヤケ入っていないか ディアベル」

 

「期待が外れてガックリきているのを、無理やり持ち上げているんだろう。痛々しいを通り越して悲惨としか言いようがない」

 

「知らない人なら、あのテンションが常なんだと誤解しそうだなあ」

 

 私のささやきに隣にいた友人と近くにいたベータテストの時の知り合いであるハルトラが答えた。何とか必死で会議を盛り上げようとしているかつてのギルドマスターに援護を送りつつ、その様を見ていた友人はポツリと呟く。

 

「……やっぱり無理してる。どうするかな」

 

 その言葉を聞かなかった振りをして、私は会議の進行具合に意識を集中した。とりあえず最初の雰囲気作りは上手くいった様で、広場の雰囲気は和やかだ。

 

「よしっ! あとはこのままの空気を上手く維持していけば……」

 

 私の近くにいたディアベルの仲間の1人が、そう祈るように呟いた。その周囲では、彼の仲間達が、広場中央で奮闘する自分達のリーダーへ、軽いいじりや合いの手を入れて、会場の雰囲気を必死に保とうとしている。

 

 しかし彼と彼の仲間たちの努力は、すぐに踏みにじられることになる。

 

「ちょおっと、待ってくれへんか。ナイトはん」

 

 いよいよ会議の本番に入ろうというその時になって、進行に待ったをかけたのは厳つい顔をした一人の男性プレイヤーであった。

 

 押しの強そうな声で、関西弁を話すツンツン頭のその男の発言でせっかく維持していた流れは中断されてしまう。

 明らかに空気の読めないそのプレイヤーへと、ディアベルは困った顔で聞き返した。

 

「えっと、……なにかな?」

 

 この場にいる参加プレイヤーのほとんどはディアベルの仲間か、彼の協力要請に応えたもの達だ。そのために互いにはなくとも、ディアベルとは面識がある。

 良く見れば、そのプレイヤーは会議の開始前にディアベルに話しかけていたプレイヤーだった。当然、ディアベルは彼のことを知っているだろう。

 

「わいはキバオウってもんや。会議を始める前に、ちょおっと言うておきたい事があるんやけどな」

 

 多少強引にディアベルから発言の許可をもぎ取ったキバオウと名乗ったプレイヤーは、その厳つい顔で広場をぐるりと見回して、言った。

 

「こんなかに5人か10人は、みんなに詫びを入れなあかん奴がおるはずや」

 

 その言葉は発せられるや否や、和やかだった広場の雰囲気は霧散した。だが特に心当たりがないサーチライトのメンバーは、互いに顔を見合わせては首を傾げている。

 一方、ディアベルの仲間達は何か思い当たることがあるのか、深刻な表情で主張を続けようとするキバオウと、困惑顔を貼り付けた自分達のリーダーを見ていた。

 

「……それはベータテスター達の事をいっているのかい?」

 

 固い声でディアベルはキバオウへと問いかける。陽気な声色は崩れていないが、その内にある緊張は、何かの禁忌に触れたような、ひやりとしたものだ。

 

 一方、問われた方のキバオウは、逆立った髪から怒りを発散させながら、己の主張を大声で述べ始めた。

 

「ベータテスターの連中はこのゲームが始まった瞬間から、はじまりの街に残る連中を見捨てて、その日のうちに姿を消しおった。そんで上手いクエストやらアイテムやらを独占して、自分達だけでおいしい思いをしといて、後はどんだけ犠牲者が出ても知らんぷりや。この場にもそうゆう連中が何人かまざっとるはずや」

 

 ベータテスターの独善的な行動を非難するキバオウの主張が進むにつれ、広場の空気はすっかりと重くなっていった。

 広場に集ったものは表向きは平静を保っているようだが、内心の動揺や、疑心、憤り、苦悩といった感情が漏れでてくるのを、完全には止め切れていない。

 

 軽く目を瞑ってキバオウの話に耳を傾けているディアベルもまた、その内心は大いに荒れ狂っているのだろう。近くに集まる彼の仲間達も、先ほどとはうって変わって表情を消した顔でただ耳をすませている。

 

 しかしサーチライトの面々は白けた顔で、熱心にベータテスター達の悪行を語っているキバオウを見ていた。

 

「はっ、成る程。自分勝手な奴らってこういうことか……」

 

 はき捨てるような口調で出されたパイルの呟きが聞こえる。うつむいたその表情は見えないが、どんな顔をしているのか想像するのは難しくない。

 

 最も今の私にはそれを確かめる余裕もなかった。数人と協力して、広場の中心で妄言を垂れ流している愚者を、その口ごと切り捨てようとする友人を押さえるので、精一杯だったからだ。

 

 

 長々と続けられるキバオウの主張にはベータテスターに対する怒りが端々に表れており、その内に溜め込んだ激情のほどをうかがえる。しかし……。

 

「これから皆で仲良く協力してボスを倒しましょうっていう時に、あんな事を言ってどうするつもりだ、あの阿呆。烏合の集をさらにバラバラにして、始める前にこの会議を終わらす気か?」

 

 歯に物着せぬもの言いでクガネが言った。それを聞きとがめたのか、主張を続けつつもその方向をギロリとキバオウは睨みつける。しかしクガネは鼻で笑ってその刺すような視線をはねのけてみせた。

 

「成る程、話は分かったよ。キバオウさん。……それで、あなたはその人たちにどうして欲しいんだい?」

 

 注意がそれたその隙を、主張に一区切りとみたのか、介入したディアベルが尋ねる。対するキバオウはヒートアップしたまま、望む処遇を言い放った。

 

「そんなん、決まっているやろ。奴らが溜め込んだアイテムやらなんやらを全て吐き出させて、みんなの前で土下座させてやるんや。死んだ連中に詫びいれさせてからでないと、会議もクソもあらへん」

 

 その一言が耳から入るのと同時に目の前の風景が遠くなった。だみ声で息巻くキバオウの様子も、腕を組んだ姿勢でなだめようとするディアベルの姿も遠のき、代わりに浮かんできたのは、この一ヶ月間にあった様々な出来事だ。

 

 肩を落として黒い石碑をただ見つめるカイン。献花台に花を捧げて、うつむいて唇をかみ締めるパイル。手の内の波紋を揺らしてどこか遠くを見ている友人。静まった酒場の片隅で泣きつかれて眠るセレス。涙をこぼさないように夜空の星を眺める振りをして上を見ているゴギョウ。

 

 次から次へと浮かんでくるのは、サーチライトのメンバーや知り合ったフレンド達がここ一ヶ月あまりの時間に垣間見せた、数々の悲哀の場面だった。

 

 私達の活動が無駄だったとは言わせない。少なくとも出来る限りの事をやってきた。それでも一千人を超える犠牲者を生み出したその一因には、確かに私達の無力さがあるだろう。しかし……。

 

 ――お前達に、その犠牲を語る資格はない。

 

 ふと気がつくと、広場の喧騒は消えていた。先ほどまで声を荒げていたキバオウも、それを宥めようとしていたディアベルも、そしてざわついていた広場の面々も、皆静まり返っている。

 

 それをもたらしたのは広場に響く笑い声だ。けして大きくないにもかかわらず、その笑い声は今や広場中の耳を占領している。

 

 そこに込められている感情は嘲り、軽蔑。――そして怒り。

 

 その対象は、あきらかに先ほどまで広場の中心で熱弁をふるっていたプレイヤーへと向けられていた。

 

「っつ、何や! 何がおかしいんや!!」

 

 耐えかねたようにキバオウが怒りの声を上げる。だがそれもただ嘲笑の音量を大きくするだけだった。

 

(? 一体、誰が笑っているんだ?……あれっ?)

 

 視線を感じ、その方向を向くとなんともいえないような表情でパイルが私を見ていた。隣の友人に目を向けると、こちらは先ほどまでの怒りもどこかに、面白そうに私を笑っている。

 

(あれっ!?)

 

 視線を再び前に戻すと、広場の中央に立つキバオウとディアベルもまた、私のほうを見ていた。前者は怒りも露わに、後者は懇願に近い表情で私を見返している。

 

 この二人だけではなく、広場にいる全てのプレイヤーの視線が私に集まっている事態に気がついたところで、ようやくこの広場に響く嘲笑が、ほかならぬ私の口から発生している事実に理解が追いついた。

 

 同時に、熱くなりすぎて分からなくなった激情が、残っていた思考すらも押し流す。

 

 止められない激しい衝動に突き動かされたまま、私は勢いよく立ち上がると、叩きつけるような足音を立てて広場へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

「何をやるつもりだ、フツノの奴」

 

「まあ、黙ってみておこう。これからが見ものだから」

 

 訝しがるかつての仲間ハルトラにそう声をかけ、フツノの友人ことクリスは視線を広場へと戻した。

 

 壇上に上がってくるフツノに対し、先ほどまで自分勝手な妄言を垂れ流していたキバオウが声を荒げて突っかかっている様が見える。

 しかし当人はその苛立ちを加速させるように、嘲笑をたっぷりと響かせながらゆっくりと広場の中を歩いていた。

 

 その光景を見ていると、クリスの中で荒れ狂っていた怒りが心の奥に引き込まれていくのを感じる。そしてその代わりに、あそこで喚き立てている馬鹿を待ち受ける暗い未来についての悪い喜びが、口元を歪ませた。

 

「な、なあ。アイツを止めたほうが良くないか」

 

 そういってサーチライトのメンバーに話しかけてきたのは、かつてのマスターの仲間の1人だ。この正式サービスが始まってからの仲間だからだろう。

 フツノを知っているかつての仲間達が諦め顔で事態を見守っているのに対し、腰を浮かして実力行使に出ようとしている。

 

 それを止めたのは、横から聞こえてきたパイルの冷たい言葉だった。

 

「無理だな。見れば分かるが完全にキレてる。今更止めようたってもう遅い」

 

「えっ!? いや、でも……」

 

「……ついでに言えば、俺達もキレそうだ。あんたらが止めに入るよりも先に、あの金髪関西弁男をぶちのめそうとするから、下手に動かないほうがいいぞ」

 

「あのアホを叩き潰す役に加わってほしいなら、遠慮なく言ってくれ。喜んで引き受けてやる」

 

 続くメンバーの物騒な言葉に、彼らは慌てて注意を広場から、隣の爆発寸前な協力者達へと向けたようだ。すでに発動してしまった爆弾の処理は頼れる自分達のリーダーに押し付ける事にしたらしい。

 

 一方、広場ではちょうどフツノとキバオウが対峙するところだった。狂気にも似た笑いを響かせるフツノに対し、顔を真っ赤にして食って掛かろうとするキバオウ。

 

 だが広場中の視線を集めるその両者よりも、クリスの視線は悲痛な目をしたかつてのマスターへと引き寄せられていた。

 

 フツノが激昂した理由は理解できる。しかし同時にかつてマスターと慕った男の苦労を考えると心が痛んだ。

 

 ましてこれからフツノがキバオウをどういう手法で叩き潰す気なのかを考えれば、すでに頓挫しかけた会議が無事に終わるは、かなり怪しい。

 

 あのキバオウを許すことは出来ない。しかし同時に彼が苦労してこぎつけたこの会議をご破算にしてほしくもない。

 それは怒りに燃えているフツノにも分かっているはずだった。

 

(……無理を言って悪いが、頼むぞ。親友)

 

 儚い願いを胸に、クリスは広場の状況を見守った。

 

 

 

 怒りのままに行動を起こした私だが、流石に広場に上がる頃には、暴走している頭も少しは冷えていた。元凶の後ろから、すがるような目をしているかつてのマスターの姿を見れば、踏み出す足も少しは遅くなる。

 

 協力を請われ、承諾した日から5日。そしてそれ以前からディアベルはこの攻略会議の開催とフロアボス打倒のために奔走してきたのだ。怒り狂うキバオウの後ろで立つ彼は無表情だが、こちらに向けられた目にはあの日と同じ苦悩の光が宿っている。

 

 ――君の言いたいことは分かる。でもここはこらえてくれ。この会議が終わってしまう。

 

 そんな感情がひしひしと伝わってくるようだ。

 

 しかし以前とは違い、私はその懇願を受け入れなかった。ゆっくりとした歩みで広場の中心へと進み、睨みつけてくるキバオウの後ろの彼へと目を向ける。

 

(すいません。ディアベル。……でも、あなたが固い決意でこの場にいるように、私にも譲れないものがある)

 

 心の中でかつてのマスターに詫び、しかし口からでたのは別の言葉だった。

 

「すまない、ナイトさん。私からも言わせてもらっていいか」

 

 その言葉の中の謝罪の意味を理解したのだろう。私の心中を察したディアベルは一瞬だけ絶望と苦悩の表情をのぞかせる。

 しかしすぐにそれを押し殺し、困ったような笑顔に変えたディアベルは答えを返してきた。

 

「うん、キバオウさんに何か言いたいことでもあるのかな。なら構わない。……ただ、時間も押しているから手短に頼むよ」

 

 やや本音をにじませた言葉を受け取った私は、軽く頷いて了解の意を示す。最も、それが出来るかどうかは目の前の馬鹿しだいだが……。

 そして会議が無事に終わるその可能性は、下がることはあっても上がる事はないだろう。

 

(……さて、と)

 

 とりあえず前段階を終えた私は、気持ちを切り替えてようやく本番のキバオウへと向きあった。再び嘲りの笑みへと顔を戻した私に、不満を隠さないキバオウは勢いよく口から唾を飛ばすように問いかけてくる。

 

「何や、お前。何か言いたいことでもあるんか?! なら言ってみいや!!」

 

 己の主張を笑い飛ばし、ノコノコと広場までやってきた私にキバオウは敵意を向けてくる。対する私はキバオウに抱いていた疑念が確信へと変わるのを感じていた。

 うすうすと感じていたが、だからこそ彼はこんなことを大声で恥ずかしげもなく主張できるのだ。

 

(なら、遠慮はいらない。無知な分のツケはしっかりと払わせてやろう)

 

 まずは先制攻撃とばかりに私は口を開いた。

 

「私の事を知らない? なら名乗るか。……私の名前はフツノ。ベータテストでは”幸運の星”、ラッキースターとも呼ばれていたプレイヤーだ」

 

 私の言葉が届くのと同時に広場にいたプレイヤーの多くは驚愕に支配された。

 

 彼らからすれば、暗黙の禁句となっていたベータテスターを批判したキバオウ以上に、それを認めた私の言葉は天地が引っくり返るほどの事態かもしれない。

 

 それでも私の仲間は当然として、何人かはそこまでの反応を見せていなかった。ディアベルやその仲間達も同じように驚きの表情を浮かべているが、その半分は演技であると私は知っている。

 

 先ほどまで息巻いていたキバオウも流石に予想外だったのか、あ、だの、う、だのと言葉にならないうめきを上げるだけだ。

 

 強烈すぎる先制攻撃が十分に広場の中に浸透したのを待った後、場の主導権を握った私はキバオウを叩き潰しにかかった。

 

「……ふん。どうした。わざわざ出てきてやったのに、何で馬鹿面をさらしているんだ?」

 

 とりあえず軽い追撃を打って、軽く飛んでいたキバオウの意識をこの場に引き戻す。嘲りを隠さない私の言葉に釣られたのか、キバオウは混乱を残したまま私に向かい合う。

 

「……ほ、ほんまか。ほんまにあんたは、ベータテスターか」

 

「これだけ近くに聞き逃したのか、この阿呆が。私の名前はフツノ。ベータテストでは”幸運の星(ラッキースター)”とも呼ばれていた。……同じ事を何度、言わせる気だ?」

 

 強烈な先制でふらふらになったところを叩き起こされた相手にさらに一撃。このまま怒涛の勢いで一気に終わらせることもできるが、今後のことも考えれば、きっちり叩き潰しておいたほうがいいだろう。

 

「な、なんやて……」

 

「どうした? 何か言いたいことが有るんじゃなかったのか。さっきのくだらないご高説をもう一遍、繰り返してみろ」

 

 十分にダメージを与えたところで、相手に発言を投げてみせる。最も会話の主導権はこちらが握ったままだ。

 それに気がついていようといまいとキバオウはこの誘いに乗るしかない。

 

「……そ、そうや! あんさんがベータテスターなら、さっきも言ったとおり、ワイらに侘びをせい。あんさん達のせいで千人以上が死んだんやぞ。皆が苦しんでいるのを知らん振りして、自分達だけいい思いをしてきた罰や! 今すぐに溜め込んだアイテム吐き出してから、この場で土下座して謝れや! さあ!!」

 

 話しているうちに調子を取り戻したのか、先ほど以上の勢いでキバオウは私に向かってまくし立てた。

 その勢いに押される風を装いつつ、私は目の前の男を含む馬鹿共をさらに深みに引きずり込むために口を開く。

 

「謝罪しろというのは、さっき言ってたとこか?……ベータテスターたちが情報を独占したり隠したり下せいで、千人以上の犠牲者が出た。もし彼らが手持ちの情報を分け与え、あるいはビギナーたちに手を差し伸べていたら、その犠牲はもっと少なかったはずだ。だから不正に貯めこんだものを全てこの場にいる者たちに供出した上で侘びを入れろ。そうでなければボス戦には参加させない。……お前の言いたい事はこれであっているな?」

 

 先ほどのキバオウの主張を確認するように淡々と語る私の様子に、ベータテスターの非を認めさせたのだとでも思ったのだろう。

 キバオウは鬼の首でもとったかのように勝ち誇った口調で肯定した。

 

「はっ、そうや。分かっとるやんか! ……なら、すぐにやりぃ! そうすれば許したる」

 

 そこで私から目を離し、広場の中をぐるりと見回しながらキバオウは言葉を続けた。途中、ところどころでその動きが止まるのは、おそらく私以外のベータテスターらしきもの達を睨みつけているからだろう。

 

「あんただけやない。この広場にいるクソったれなベータテスター達全員やで。……さあ、すぐに出てきいや……」

 

 キバオウの言葉は続いていたが、私は視線を彼から外して広場にいるプレイヤー達を見回す。知己のメンバーを除く大半はキバオウと同じように私に敵意を向け、残りの少数は緊張を隠しながらも、事態を静観するようだ。

 

 またディアベルの仲間達の中からも批判的な視線を感じていた。こちらは現在進行形で会議を妨害している私とキバオウの両名に向けられたものだろう。

 そしてそのリーダーはもはや諦め顔で、ただ黙って事態の成り行きを見守るだけだった。

 

(出来ればもう少し引っ張りたかったが、そろそろ限界か。これ以上伸ばすと、会議が流れるだろう……)

 

 これ以上の中断は危険だと見極め、私は完全に敵を叩きのめすべく反撃に出ることを決めた。

 

「……おい!? どこを見とるんや。ワイの話を聞いとるんか!?」

 

 私の意識が自分から逸れている事に気がついたのか、キバオウが荒い口調で声を叩き付けてきた。

 対する私はその言葉を、今度こそ冷徹に切って捨てる。

 

「はっ、聞くわけないだろうが! そんなふざけた戯言を」

 

「な、なんやと?……いまさら責任逃れするつもりかい、この卑怯もんが!」

 

 私の反撃が思いがけなかったのか、キバオウは一瞬うろたえるも、すぐに語気を取り戻して私を責めようとする。

 しかしもう私には、その自分勝手な話に付き合う気は一切ない。

 

「千人以上の犠牲者が出たのはベータテスター達のせいで、お前達も被害者だと!? よくもそんなことが言えたもんだな、この恥知らずが!! まるで自分達には責任がないとでも思っているその言い分、反吐が出る」

 

「なっ!?……ワイらのどこが恥知らずや。いい加減なことを言って責任逃れしようとしても無駄やぞ!」

 

 責めているはずの相手に逆に責められたためか、キバオウは私の言葉を苦し紛れの言い訳と断じたようだ。

 だから私も遠慮なく言ってやることにした。彼らの愚かさを、逃げ場も許さずその迂闊な頭にしっかりと叩き込むために。

 

「まだ、気がついてないのか。……ならいい、教えてやる。確かに情報不足だったり、支援の手が届かなかったりして多くの犠牲者が出たのは事実だ。……だがな、それは別に()()()()()()()のせいじゃない」

 

「なっ!? そ、そんな訳あるか。詰まらん言い訳を……」

 

「言い訳だと。馬鹿ここに極まれりだな。……いいか! お前の主張通りなら多くの犠牲者が出たのはベータテスターが他のプレイヤーを見捨てて、自分達の強化のためだけに手を尽くしたからだったな。そいつらが最初から他のプレイヤーのために手を尽くしていれば犠牲はもっと減っていただろうと」

 

「ああ、そうや。間違ってないやろうが。何がおかしいんや?」

 

 ようやく何かおかしいと気がついたのか、キバオウは少し声のトーンを弱めて問いかけてきた。心なしか私に向けられてくる敵意の視線も揺らいできているようだ。

 

 一方で、これ以上は止めてくれという視線を同じ舞台上から送ってくるものがいる。だがそれに応じる気のない私は躊躇なく、決定的な一言を放った。

 

「なら、お前やこの場にいる連中はどうなんだ?」

 

「……なんやと?」

 

 私の指摘の意味が分からなかったのか、キバオウは困惑した言葉を口にした。広場に集まるプレイヤーの多くも、その意味が分からず、戸惑いが広がっていく。

 例外なのはその事を承知しているサーチライトのメンバーと固い顔で肩を落とすディアベル及びその仲間の一部、そして顔を蒼白にしたごく一部のプレイヤーだけだ。

 

 だから私は言葉を続けた。それがこの場にいる大半のプレイヤーを根本から叩き潰すことになると知っていてもだ。

 

「……フロアボスは階層に出現するモンスターの中でも最強だ。だからこのボス攻略会議に参加している連中や、今回は参加を見送っても前線で活躍している奴らは、このSAOに囚われたプレイヤーの中でもトップクラスなのは間違いない……」

 

 そこで言葉を切った私は嘲りの笑みと共にキバオウに問いかけた。

 

「なあ、キバオウ。教えてくれないか。……()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あ、それは……?! ま、まさか……」

 

 そこまで言われてようやく気がついたのか、怒りで赤かったキバオウの顔が一瞬で青ざめた。いや、それはキバオウだけではない。意味を図りかねていた広場にいる大半のプレイヤー達にも共通していた。

 

「ようやく気がついたか。……ああ、そうだ。他人のことなど気にも留めず、ただひたすらに自分や仲間達の強化に集中していなければ、前線やこの場にいることは難しい。お前がさっき説明してくれたベータテスター達のようにな。……なのに彼らだけは批判して、同じ穴の自分達はそうじゃないだと。おまけにアイテム、資金すべて自分達に供出しろとか、厚顔無恥もここに極まれりだな、ああ!?」

 

「あ、……う、……、ち、ちがうんや」

 

「何が、違う? そもそもゲーム攻略を目指して強くなることを選ぶその時点で、お前らは他のプレイヤーを見捨てているだろうが!! それにこの場にいるんだ。この一ヶ月の間にお前らだってそれなりの情報を得ていたはずだが、それをお前は他のプレイヤーに伝えたのか?」

 

「そ、それは……」

 

「ああ、そうだろうな。伝えている訳がない。そんな事をしていたらお前のいう悪どいベータテスター達に出し抜かれるからな。……第一お前の言っていたおいしいクエストや情報なんてのが重要なのは攻略のために自己の強化に熱心な連中だけだ。それ以外の連中にとっては効率よりも安全重視で、ある程度の稼ぎが出れば文句はないんだよ」

 

 結局のところキバオウの言うベータテスターの二つの悪行、『他のプレイヤーを見捨てて知らんぷり』と『事前知識でおいしい情報やクエストを独占』というのが意味を持つのは前線の連中だけなのだ。

 前者についてはそもそもゲーム攻略を目指す全員がやっているであり、後者についても自己強化に積極的なプレイヤー以外にはさほど重要ではない。

 

 彼らが求めているのは安全でそこそこの稼ぎであり、効率を追求して危険を冒す必要がないのだから。

 

 それが私達サーチライトやゲーム攻略を選ばなかったその他大勢のプレイヤー達の認識である。むしろ彼らからすれば、ゲーム初期から積極的に情報の信頼性のために存在を公にしていたり、公開せずとも検証などで知名度を上げているベータテスターは非常に重い存在なのだ。

 

 そういった彼らは活動の初期から自分達の持つ事前知識を生かして、調査や検証などで精力的に活動しているものが多い。

 また長期間の活動を通して自分達のもたらす情報とその信頼性が他のプレイヤーにとってどれほど重要であるかを知っている。

 

 だが他のプレイヤーに気を回さず、ただ犠牲を数字で捕らえ、そして自己の強化に専念していただけのこの男に、その事実は受け入れがたかったらしい。

 

「嘘や!! あんさんは嘘をついとる。ワイらに責任なんて……」

 

「お前が言ったことだろうが!! 他の連中を見捨てて、自分のことだけしか考えてないクソタッれな連中が悪いとのたまったのは! なのに自分だけは例外だと? 随分と自己中な話だな……」

 

「あ、あんさんはどうなんや? あんさんだってベータテスター……」

 

 あくまでもベータテスターを悪者にしたいキバオウは見苦しく抵抗するが、そもそも前提が間違っていることをこの男は気がついていない。

 

 事前だろうと、新たに得たものだろうと所詮知識は知識でしかない。ベータテスターであろうと、そもそも他人を助ける意思があるなら、支援活動に積極的に参加するだろう。

 逆に知識がないからという程度の理由で、他人に手を差し伸べることさえしない連中なら、例え逆の立場だろうとそういった活動に加わることはない。

 

 結局のところ彼らの主張は、他人を見捨てた後ろめたさを隠すための言い訳であって、決して他者に手を差し伸べられない理由ではない。

 

 そもそも他者への支援で必要なのは、知識の有無ではなく、助けたいと思う個人の意思だろう。

 

「ベータテスターかどうかは関係ないとさっき言っただろう。重要なのは他人を助ける気があるかどうか。ただそれだけだ。……その証拠に、私は確かにベータテスターだが、ゲームの初期から支援活動に携わっている。情報支援組織『サーチライト』情報部門副部長、フツノ。検証者”幸運の星”といえば、それなりに知られているはずだがな……」

 

 無論それをキバオウたちが知るはずがない。私達の情報は主にはじまりの街や中堅当たりのプレイヤーに向けて発信されているのだ。

 自分達が見捨てたプレイヤーのことを気にかけている奇特な連中以外、私の名前を知る機会などないはずだった。

 

「……多くの犠牲者が出たのは、確かに私達の力不足のせいかもしれない。だがそもそも助けようともしなかった貴様らに、犠牲について語る資格はない!!」

 

「……」

 

 トドメを刺され、反論の言葉も尽きたのか私の冷たい視線からも目を逸らすキバオウ。とりあえず考えなしの阿呆は叩き潰せたようだ。次は、ボスを前に深い亀裂が発覚したこの最悪の場をどうにかしておかないといけない。

 そのために私は、容赦のない言葉を続ける。

 

「何か勘違いしているようだから、教えてやる。そもそも攻略を目指すといったところで、他のプレイヤー達にとっては、ベータテスターだろうとビギナーだろうと自分達を見捨てた奴らには変わりない。ゲームを攻略するといいながら、仲間割れに囚われ、時間を無駄にしている口先だけの利己主義者たちの集まり。それが前線に対する大半のプレイヤー達の共通評価だ」

 

 広場に向けて放たれたその言葉に抗うかのように、何人かのプレイヤーが強い視線を返してきた。大方後続のための自己犠牲だの、本気でゲームの攻略を目指しているとかのつもりなのだろう。

 

「何人か不満がありそうだから、ついでに言っておこうか。ここにいるプレイヤーで自己犠牲精神にかられてだの、本気でゲーム攻略を目指しているからだのという奴はほとんどいないぞ。そういう精神の持ち主は当の昔に支援活動に参加しているか、強化は二の次にしてクリアのための戦力を減らさないように専念しているはずだからな」

 

 他人のために捨石になる気があるなら、そもそも攻略など選ばない。狂人の言うことを信じていつ成るか分からない攻略に挑むより、支援活動の一つにでも専念していたほうが、よっぽど他人のためになる。

 第一、一千人以上の犠牲者という事実に何の危惧も抱かない奴の何処を探せば、自己犠牲精神とやらが見つかるのだろう。

 

 将来を見越して、などとという建前も同じだ。ろくにまとまりのないここの連中を見れば、その先見性とやらもたかが知れている。

 

 MMOは確かに他者とのリソースの奪いあいという側面を持っている。それはベータテストでも同じだった。だからこの場のプレイヤーが、効率重視で自己強化に励んだり、あるいは他のプレイヤーを競争相手と認識したりするのは別におかしくはないかもしれない。

 

 だが今のSAOはもう、ただのゲームとは違うのだ。たった一度のミスで、積み上げてきたレベルや装備のみならず命まで消えてしまうデスゲームに従来の考えは当てはまらない。

 前提が変わった今の状況では、自己強化一つとっても危険がつきまとう。それを思えば、かつてのように攻略のための戦力が自然に沸き出てくるわけがない。

 

 そもそも攻略を目指すというプレイヤーの数自体、決して多くはないのだ。その少ない戦力候補すら省みない連中が、一体どの口でゲーム攻略などと言うのか。

 

 そんな事を懇切丁寧に説明してやれば、向かってくる批判的な視線はあっさりと弱まった。この程度の反論にも耐えられないらしい。随分とぬるい覚悟でこの場にいるようだ。

 

(なら退路を断って、不退転の覚悟を決めさせてやろう)

 

「勘違いするなよ。お前らは別に英雄でも勇者でもなんでもない。他人を見捨てた挙句、その事実からも目を背けているようなクズ共だ!……それは私だけじゃない。お前ら以外のプレイヤーの共通認識だ。今更、お前達が違うと喚いたところでそれはもう覆らない。それでも違うと言いたいなら、せめて建前に掲げたゲームクリアでもやってみせるんだな! それが出来ないなら、お前達はいつまでも最低のクズのままだ。それを馬鹿な頭にしっかり刻んでおけよ、役立たず共!」

 

 まあ期待はしてないが、という言葉で結んで私は主張を終えた。当然広場に落ちる空気は最悪のままだったが、退路を断ってやったので、覚悟だけは決まったはずだ。

 この期に及んでそれすら持たない連中なら、付き合いきれない。申し訳ないが参加は止めにさせてもらおう。

 

「……長々と会議を中断させて悪かった。ディアベルさん、後は続けてくれ」

 

 とりあえず、言いたいことと最低限のフォローはしておいてから、ディアベルへと主導権を戻す。散々に打ちのめされたキバオウも、もはや呻き声の一つ上げる気力はない。

 そのため移譲そのものはスムーズに進んだ。最も雰囲気は相変わらず最悪のままだが。

 

「……あ、あー。そ、そうだ、みんな! はじまりの街にいる彼らのためにも。そして、俺達自身の尊厳のためにも。ボスを倒して、一層の開放を成し遂げよう。この世界でも希望はあるってことをほかならぬ俺達自身の手で証明するんだ!!」

 

 最悪のバトンタッチを受けても、かつて問題児を多く抱えていた集団をまとめていたリーダーは何とか場を建て直そうと、奮闘を始めた。

 

 その必死な声を後ろに聞きながら私は元の場所へと戻る。そして非難と賞賛の視線を気にせずに小さく呟いた。

 

「……やばい。やりすぎた」

 

 

 




キバオウ「犠牲者があんなにでたんは、全部ベータテスターが見捨てたせいや!あいつらが悪いんや!」

キリト(ベータテスターだって、犠牲を払ってるんだぞ!1)

エギル「ベータテスターからの情報はあったんだ。ベータテスターが悪いわけじゃない」

フツノ「いや。ベータ、ビギナー関係なく攻略を言い訳にして他人を見捨てた奴がクズなだけだ。助ける気がなかった奴が何、言ってんの?」



キバオウどころか攻略組フルぼっこの回でした。

溝があるなら、全力で両者を叩き潰すことで埋めてしまおう。ついでに諍いなんて起こす余裕がないように退路を断って追い詰めてやれば完璧。

今回の話を要約するとこうなります。

ボス攻略に参加するとはいえ、フツノたちはあくまでも非攻略組の立場です。原作だとキリトを初めとした攻略組の見方での話が進んでいきますが、傍から見たらベータだろうとビギナーだろうと同じだろう、という発想の元に今回の話は出来ています。

あと補足として、主人公がぶち切れた理由は、攻略組批判ではなく自分の責を棚に上げてベータテスターを詰ったキバオウの振る舞いが原因です。

ゲーム攻略については、個人の選択の範囲だから(自分達の邪魔にならない限り)好きにすればいい。ただし選択の責任だけは最低限負え、というのが主人公のスタンスです。


次回は近日中に投稿予定。

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