ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー 作:夢の中の夢
「確かに頼んだ品は全部受け取ったよ。お礼にこの釣竿をあげよう。古いけどまだ十分使えるはずさ!」
そう言って爽やかな笑みと共にNPCが釣竿を差し出してきた。それがストレージへと格納されたのを確認し、その場を後にする。
頭の中のリストにチェックを入れながら、私は記憶を反芻して覚えているクエストを探った。
酒場を出た後、私や友人は手分けして道端や辻に固まって話している集団に混じってその会話を聞いてみたりしながら、いくつかのクエストをこなしていた。
実際にクエストを受け、それをベータテストの時と比較してどれ位の差異があるか確かめようとしていたのだ。
ただし実際にこなしたのは手持ちで足りる納品系やアイテム等を届けるお使い系のクエストが中心で、夜間に街の外に出る討伐系は一応受けるだけで即座に破棄していた。
無用の危険は避けたかったし、スタート地点の街だけあって討伐系以外のクエストも豊富だったからである。
最も私も友人もいくつかのスキルの習得やアイテム、経験値の取得といった事前に目をつけていたクエストぐらいしか覚えていなかったため、記憶の中にあるクエストのリストを埋めるのに時間はさほどかからなかったが。
大体二十ほどのクエストをこなしてみて分かったのは、<製薬>や<針り子>などスキル習得やお使いなどのクエストなどは基本的にベータ時のままだったが、納品や討伐など一部のクエストでは必要なアイテムや討伐モンスターの種類や数が変更されていたりするなどの差異があることだった。
結果としてベータの知識を頼りにするのはやはり危険だという事がはっきりした。
「大体はベータと同じだが、比較的難度が高めのクエストのほうが変更されている傾向があるな」
分かった事は雑貨屋で購入した羊皮紙に書き込みつつ、街中を回る。おそらく友人も同じように別の場所で調査を重ねているはずだ。
その友人から緊急のメールが届いたのはちょうど道端にたむろしているプレイヤー達に混じり、その会話を聞いている最中であった。時間をみれば午後8時も半ばを過ぎたころだ。
合流予定の時間にはまだ大分早い。慌ててメールを開いてみればそこに記されていたのは簡潔なメッセージのみだ。
「……、『至急展望台に来い』だと、何かあったのか?」
とりあえずその文面にしたがって街外周部に設けられた展望台へと向かう。嫌な予感に歩みは自然と速くなった。
このSAOの舞台、アインクラッドは虚空に浮かんだ百層からなるとされる城である。その最下層にあたる第一層は直径約十キロと、SAO内で最も広大なフィールドに設定されているらしく、その内部には森や湖、山や渓谷といった様々な地形が盛り込まれていた。
ここはじまりの街はその端にあり、層外とも接しているその外周にはいくつかの展望広場が設けられていた。
友人が私を呼びつけたのはその内の一つ、最も大きい広場だ。外側に大きく張り出したその石畳の広場の向こうには、暗く染まった空と、底を見通せない闇が広がっている。
広場の入り口に近い場所に立っていた友人はすぐに私を見つけて駆け寄ってきた。
「待たせた。一体何があったんだ?」
私の問いに友人は答えず、代わりに広場の中の人だかりを目で示す。
「あれは、何の騒ぎだ? けっこうな人数が集まっているが」
さらに尋ねる私に友人は肩をすくめて今度は言葉を返した。
「脱出する方法がある、いやないって話さ。知らせたほうがいいと思ってメールした」
その『脱出』というキーワードに、私は思わず視線を友人からその集団の中心へと向ける。そこには痩せ型で小柄な剣士と槍を背負った長身の優男がいた。どうやらこの二人がその脱出方法について話しているようだ。
友人に誘われ、その人だかりに分け入る。会話を一語一句聞き逃さないような位置を確保した上で、その議論に耳を傾けた。
どうやら脱出方法を主張しているのは剣士のほうで、それを槍使いが諌めている構図のようだ。本当にここから脱出できるならば試してみたい。
だがその詳細を知るにつれ私の興味は次第に疑念へと変わっていった。
「ここから飛び降りればHPをゼロにせずログアウトできる、か。そう言えば確かにベータだとそんな事もあった気がする。だがそれは……」
剣士の男の話を聞き、ベータテストのときに誰かから聞いた話を思い出す。確かそのときにはこの層の下に落ちるとHP半減で直前までいた場所に戻されてから、ログアウトの選択が出てくるらしかった。
高所恐怖症気味の私にとっては、いくらゲームだろうと層外へと飛び降りをする気にはなれなかったため半分聞き流していたのだが、おそらくあの男もその事を知っているのだろう。となれば私や友人と同じベータテスターの可能性が高く、それなりにこのSAOについての知識を持っているはずだ。
彼は次第に集まってくる観客にも気にも留めず、己の主張を続けた。内容としては私が二時間ほど前に友人に語った考えと相違ない。つまり茅場の言う事はハッタリであり、この方法ならばHPを確保したままその真偽を確かめられるということだ。
「なるほど。外部からの情報遮断が成されているなら、それが本当かどうか確かめる術はない、か。要は私達にそう信じさせればいいだけなのだから、わざわざ本当に脳を焼く必要もなしと言う意見には頷けるかな」
友人が感心するように言った。確かに私もその意見は一理あると思うが、彼と言い争っている槍使いにとってはそうではないようだ。
「第一いくら茅場昭彦がナーブギアの開発者だからってこんな危ない仕様をそのまま市販なんて出来ると思うのか! 脳への出力なんて真っ先に安全性が確認される部分だぞ! それに市販されてから一年も経っているんだ。本当にそういった危険性があるなら、とうの昔に誰かがそれを指摘しているさ」
「落ち着いてください。そもそも開発者だからこそ、こんな事態を仕組めるんじゃないですか! 確かにあなたの言うとおり、今の私達には奴の言葉の真偽を確かめる事は出来ないけど、もしそれが本当だったら死ぬんですよ! あなたの言うのも奴に良識あればこそで、こんな事態を引き起こした奴にそんなものを期待するのは危険です。」
そう声高に告げる剣士に対し、宥めるような論調で槍使いは返した。そのやり取りを聞き、ようやく元凶について思い出す。
「ああ。どっかで聞いたことがある名前だと思っていたが茅場ってあのナーブギアの開発者だったのか。特に興味がなかったから知らなかった」
ナーブギアが発売されたときは部活や高校受験の方に意識を割かれていたので記憶が薄い。今私が現実で被っているのも購入したものではなく、昨年末に息抜きに参加した何かのくじ引きで当てたものだった。
そもそもこのSAOのベータテストに参加したのも高校入学後に知り合ったゲーム好きの友人に頼まれ、一緒に出したベータテストの抽選に受かって興味を持った事が切っ掛けだ。
私を誘った友人も運よく抽選に当たったのだが、残念ながら合わなかったらしく付加されていた購入優先権で得た正式版もとっととネットオークションで売っていた。
儲けたぜ、といって笑っていたが彼だが、今頃は大層青くなっているだろう。まあ現実にいる彼のことより虜囚となった私のほうが遥かに不味い状況なのだが。
脱線した思考を元に戻し、私は熱量を増している議論へと注意を向ける。すでに互いの主張はなされ、もはやそれをぶつけ合うだけのものになりつつある。
「話は分かったかい。慎重派の私としては槍使いに味方するが、君はどう思う?」
友人がこの議論について意見を聞いてきた。どうやら私の見解を知りたいらしい。慎重派と言うところに引っかかりを覚えたが、とりあえず考えをまとめて口に乗せる。
「そうだな。さっき言ったとおりあの盾剣士の言う事も一理ある。それにベータのときはそういう仕様だったと聞いたこともある。だが今もそうだとは限らないし、何より失敗したときのリスクが大きすぎる。……やっぱり無しだ。別に無理をして結論を出す必要も無い。安全第一で地道に救援を待つ方がいいだろう」
奇遇にも槍使いが似たようなことを言って反論していた。見れば周囲を取り巻いていた人垣の多くもどちらかと言うと慎重に重きをおく槍使いの主張に賛同するようだ。
その雰囲気に負けじと剣士も己の考えを主張するが、周囲を味方に着けつつある槍使いに押されぎみである。
「……少しやばくないか?」
「ああ、ちょっと頭に血が上りすぎているように見える」
視線の先で大きく息をしながらも声を盛んに張り上げて己の意見の正しさを主張する剣士の顔は焦りで歪んでいた。その顔に余裕の二文字は全くない。
形勢不利な議論と増え続ける観客の視線によって刺激されるプライド。それらが産み出す熱が彼を縛り、この場から引く事を許さないのかもしれない。
それに気が付いたのだろう。のっぽの槍使いが場所を移そうと提案した。
だがすでに議論の熱は彼の冷静さを十分奪っていた。そして議論相手のその対応は剣士はかえって最後の一線を越えるに足る衝動を起こしてしまう。
「ああ、分かった、分かったよ! こうなったら俺自身で証明してやる!」
突然、剣士は激情のままそう告げると槍使いの男を押しのけて走り出した。その先にあるのは転落防止の柵と既に日も落ちて久しい暗い空、そして底の見えない深い闇だ。
あっけに取られる人々を掻き分け、置き去りにする剣士の目的を即座に理解したのだろう。すぐに体勢を立て直した槍使いがその背を追いながらも叫ぶ。
「駄目です! 誰か、誰か彼を止めてください!」
その声に私や友人のほか、数人が剣士を追って観客の中より走り出していた。だが騒ぎを聞いて集まった人の群れが壁となって立ちはだかる。
剣士が走り出した方向とは逆にいた事もあり、すぐに距離を詰めることができない。
立ちはだかる数人を高い敏捷力と慣れた身のこなしでかわしたその剣士は、すぐに広場を横断した。そして外を隔てる手すりに取り付くと、一気にその体をその上へと引き上げる。
今にもその外に落ちようとする彼に一番近いのはすぐに追従した槍使いだが、それでもまだ数秒では詰められない距離が残っている。
私や友人他はさらにその後方にいて、到底彼が手すりを乗り越えて身を投げる前に辿り着くのは間に合いそうも無い。
このままでは不味いと判断したのだろう。槍使いが最後の望みとばかりに悲愴な叫びでもって引きとめようとする。
「待って、待ってください! 早まっては駄目です」
その叫びに剣士は一時、振り返るが、ただ焦りと悲哀の入り混じった声で答えるだけだった。その口調は弱弱しく、先程の議論にあった熱と強さはもう欠片も感じられない。
「……駄目なんだ。明日は大事な日なんだ。次はもう無いんだ。……だから、行くしかないんだ!」
その言葉は必死の形相で迫る槍使いに向けられたものではなく、彼自身に向けられたものであった。諦観と絶望が混じったその言葉を最後に、剣士はその身を虚空へと投げ出した。
「ああっ!?」
槍使いが手すりにようやく辿り着いたのは剣士がその視界より消えた数瞬の後だ。身を乗り出してその身体を掴もうとする手を伸ばす槍使いだが、その手はただ空を掴むのみだった。
それでも諦めない槍使いは大きく手すりの外へと身を乗り出し、手を伸ばす。今にも落ちようとするその身体に取り付いたのはようやく追いついた私や友人他数人であった。
数を頼りに暴れる槍使いを広場の内へ引き戻した後、手すりの外を覗き込む。
だがそこにあの剣士の姿はなく、ただ底の見通せぬ闇と泣いているような笑い声が響いてくるだけであった。それもしばらく後には途絶え、辺りには静寂が戻る。
その熱が去って静かになった広場に残されたのは、未だに事態を把握できない大半の観客達と、理解しながらも間に合わなかった私や友人を含む十数人。そして呆然とした表情で座り込む槍使いの男だけだ。
私や友人の視線は広場の中心へと向けられていた。もしベータテストと同じならば、そこにあの剣士が現れるはずだったからだ。私や友人の他にも何人かが同じ場所を注視しているが、彼らもおそらくはそのことを知っているベータテスターなのだろう。
だがそこにあの剣士が現れる兆しは一向にない。その代わりに状況に追いつき始めた人が増え、ざわめきが増すだけだった。
「おい、待て。何処へ行くんだ!?」
突然槍使いの男が立ち上がって走り出した。戸惑う障害を掻き分け、跳ね飛ばして広場の外、街の中心へと向かっている。
「追おう」
私の言葉よりも早く友人は駆け出していた。すぐ後に続くのは私だけではない。およそ20人ほどが槍使いを追って広場から飛び出す。
「どこに向かっていると思う?」
速度を上げて槍使いの背を視界に収めた後、併走する友人へと問いかける。私の言葉よりも早く駆け出した友人には何か心当たりがあるのだろうと見当をつけたからだ。
その問いに友人は少し逡巡したのち、短く答えた。
「さっき、街で<黒鉄宮>の噂を聞いた。もしかしたらとは思うが……」
見れば確かに槍使いはその場所を目指しているようだった。道行くプレイヤーも視界に入らないかのように走る槍使いとその後ろに続く2、30人ばかりの集団。奇異な目で見られるその追いかけっこが終了したのは間もなくの事だった。
「目的地はお前の言った通りか」
そう呟く私の視界の中、槍使いは速度をさらに上げてその長い階段を一気に駆け上がった。内部に飛び込むと方向を変えてつい数時間前に私や友人が出てきた広間、すなわち蘇生地点へと駆け込む。
数時間ぶりに見るその場所には変化があった。部屋の中央に大きな黒い石碑が重々しく雰囲気を纏って居座っていたのだ。その表面には無数の文字が刻まれている。
槍使いはその目前で急停止すると、落としきれなかった勢いで体勢が崩れるのにもかまわずにその両の目を石碑の表面に向け、必死の形相で何かを見つけ出そうとする。
その姿には確認したい衝動と、見たくない気持ちの葛藤が見てとれる。
気になって私も石碑へと意識を向けた。そしてすぐにその石碑の表面に何が刻まれているのかを理解する。一歩引きつつ、私は傍らの友人へと問いかけた。
「この石碑は……」
その言葉に友人は答えず、ただ軽く頷いただけだ。その表情にはやりきれない思いが浮かんでいるように見える。
やがて槍使いは石碑の上のある一点に目を止めると、動きを止める。そして顔はそのままに崩れるようにその場に膝をついた。
感情が振り切れて無表情となった顔と視線の示す先を追い、私や友人他、この場に来た者達全員がそこに刻まれているものを読み取った。
そこに刻まれていたのはおそらく先程広場から身を投げたであろう剣士の名前らしき文字列と、「高所落下」の単語、そして少し前の時間を表す数字。
そしてそれが何を意味しているのか、それを理解しない者はいなかった。
誰もが言葉を発せない空気の中、槍使いの嘆きだけが、ただ冷たい石碑へと投げかけられている。
本日三度目の来訪となった酒場はすでに人もまばらであった。時刻はすでに十一時を回っており、今も少し離れたテーブルで会話していた一団が議論に疲れた表情で、外へと出て行くところだ。
一般的なMMOならば人も増えてこれからが本番となる時間であったが、今は皆ねぐらに戻って明日からの事を考えているのかもしれない。
VR技術とはいえ、それを見せているのは私達の脳である。機械と違って当然休まずにはいられない。
ふと見れば友人があくびをかみ殺しているところだ。かくいう私もさっきから眠気が少しずつ意識を侵略しているのを感じている。
できれば確保した宿に行ってこの身を寝台に委ねたいのだが、まだ私も友人もその欲求を受け入れる訳にはいかなかった。
「……、ありがとうございました。おかげで少し落ち着きました」
そういって対面に座る私達に頭を下げたのは先程の騒動の中心にいた槍使いであった。その顔には後悔と悲嘆に影が落ちている。
あの後、石像のように動きを止めた槍使いを放って置く気にもなれず、私と友人はひとまず彼をこの店へと連れてきた。一緒に外周から追ってきた一団も、その半数は男を連れてくるのに助力してくれ、今も近くのテーブルから成り行きを見守っている。
「いや、結局見ていることしか出来なかった。だから礼を受ける資格もない」
「そうだね。だから頭を下げなくてもいいさ。ええと……」
気遣いの言葉が見つからず、短くぶっきらぼうな物言いになった私に途中でかける言葉を見失い語尾を濁す友人。何と言えばいいか分からず無難な受け答えしか出来ない私達に、少し落ち着いた表情で槍使いの男は口を開いた。
「カインといいます。いえユザン、彼を止められなかった私が悪いのです。あそこまで熱くなるべきではなかった」
力の無い口調であったが、一応受け答えはしっかりしている事から自暴自棄になったりはしていないようだ。今も表情は暗く心の内の後悔も顔に出ているが、先程までの苦悶と嘆きの彫像のような状態に比べれば遥かにマシだった。
油断は出来ないがとりあえず一山超えたと感じ、ほっと心の内で胸を撫で下ろす。
自分を善人という気は無いが、だからといってあそこまで危うい人を放っていられるほど強くも薄情でもない。それは周囲で見守っていた人も同じなのか少し張り詰めていた空気が緩んだ気がした。
見れば目の前の男カインもその雰囲気を感じ取ったのか申し訳なさそうな表情を浮かべて目の前の飲み物に手をつける。先程私が注文しておいたお茶だ。この世界では文字通りの気休め以上の意味は無いが、無駄ではなかったらしい。
そのことは彼の顔がわずかに覗かせた、ほっとしたような表情から分かった。
律儀にも礼を言ったカインはしばし、手の中の紅い水面をじっと見ていた。波紋の無い水面に映った自分の顔をただ眺めているだけの様子にはまだ安定と余裕の文字は見つからなかったが、それでも周囲の気遣いにも目が向けられるようになったのはいい傾向だと思われた。
しばらくの自問自答の後、カインは先程の騒動についてポツリ、ポツリと話し出す。興味はあったが、無理に聞きだすつもりは無かった。
だがおそらく他者に話す事で先程の一件に対し、ひとまずの心の整理をつけようとしているのだろう。ゆえに私も友人もそれを遮るような事はせず、ただ黙って聞き役に徹した。
議論の内容から薄々と察していたがやはり発端は今後の方針を巡っての事だったらしい。慎重に事態を見定めようとするカインと、早急な脱出を図ろうとする剣士、ユザン。
カインがフィールドの外で戦いの要領を掴めず、モンスターから逃げ回っていたところを見かねて助けてもらった事が切っ掛けで行動を共にしていたようだ。
ユザンと気があったカインが彼に色々教わりつつも交流を深めていこうとした矢先にあのゲームが始まる。考える方針は違うが、かといって互いに無視できるほど薄情になれなかったのが先ほどの一件に繋がったらしい。
冷静に考えればやはりカインの方に分があるように感じるが、どうやらユザンは何やら現実のほうで外せない用事を数日後に控えていたらしく、それが焦りにとなってあの行動に出たのだろうと言う事だった。
相手の危険な行動を無視できずに意固地になり、自分が理で持って追い詰めた事がかえって彼の背中を押すことになってしまったのだとカインは項垂れた。
「私が悪かったんです。私の一言が彼を余計追い詰めてしまった」
そう言って声を詰まらせるカインに対し、私はきっぱりとそれを否定する。また危険な状態に戻られては困るので強い口調でもって言葉を放った。
「いいや、そんな事はない。悪いのはこんな状況を仕組んだ茅場ナントカに決まっている。奴がこんなふざけたゲームを開かなければ、そのユザンさんは追い込まれることも無かったし、あなたが気に病むこともなかった」
少々無茶とも言える内容だったが、本心でもあった。見れば隣の友人もウンウンと頷いている。多少大袈裟なのは、カインの罪悪感を軽くするためだろう。成り行きを見守っていた人たちもそれに乗り、口々に茅場をこき下ろし始めた。
当然だが、皆命が賭けられたと思しきゲームにだまし討ち同然で強制参加させられたことに不満と怒りを持っているのだ。
広場の続きを始めるかのように茅場を罵り始めた友人の口を騒ぎになる前に抑えようとする私達のコントじみた行動が凍り付いていた笑いの感情を刺激したのか、カインはふと笑みをこぼした。先程までの暗い空気も店の隅へとに押しやられ、ようやく息が軽くなる。
その様子からもう大丈夫だろうと判断し、そろそろこの場をお開きにしようと提案した。すでに日も変わりつつあり、色々な事件の影響もあって少なくな疲労感を感じていた。
また明日は早くからフィールドに出て討伐と採取のクエストを中心に今日の続きをしようと考えていたので、なるべく休息を取りたいといった個人的な事情もある。
特に強制した集まりでも無いが、周囲の人たちもそれに同意する。精神的な疲労を抱えているのは皆同じで、休息をもとめる欲求に抗いがたくなっていたのだろう。念のためフレンド登録をしてから解散と言う空気になりつつあった。
「待ってください! もう少しだけお付き合いいただけませんか」
その流れを止めたのはカインであった。先程までうちひしがれていた発言者と、その覚悟を決めたような強い口調に皆の視線が集まる。その困惑の視線にも負けずにカインは話し出した。
「先程今回の事件を思い返すと同時に考えました。ユザンさんがどうなったのか、茅場が言った様になったのか、それとも彼の考えどおり生きているのかは分かりません。そして先程の騒ぎを聞きつけて彼のような行動に出る人がいるかもしれません。生きていてほしい、そして出来れば彼にまたあってさっきのことを謝りたい。そう思っています。ですがもしそうでなかった場合、犠牲者が増えるだけです。詳しく事情を知っているのはここにいる皆さんだけですが、先程の騒ぎを見ていた人が勘違いして万が一にも脱出法として飛び降りが広まってしまうかもしれません。そうならないように今回の事件の顛末の詳細を街中に広めて、後に続く人が出るのを止めるのを手伝って頂けないでしょうか」
そこで一端言葉を切ったカインはやがて苦しげな口調で内心を吐き出した。
「無理を言っているのは分かっています。ですがこのような状況での流言飛語は危険で、とてつもない被害を引き起こすかもしれません。そしてその原因は自分にあるとしたら……、とても耐えられないんです」
そこまで思いつめなくてもいいという友人の気遣いだけを受け、カインは絞り出すように言葉を続けた。
「ありがとうございます。ですが続けさせてください。さっきも言いましたが現状での流言の類は危険です。それを鎮めるには正確な情報が必要です。それの収集と公開でもってこれから出るであろうユザンさんのような人たちを減らしたい。私一人では無理でしょう。なので厚かましいお願いなんですが協力して頂けないでしょうか。無理にとは言いません。出来れば今回の事件の事だけでも広めてくださればありがたいです。どうかよろしくお願いします。」
そういって頭を下げたカインに対し私も友人も、周囲の人も何も言えなかった。どうやら落ち着きと冷静さは取り戻したようだが、その分罪悪感と責任感から脅迫的ともいえる使命感をも呼び覚ましてしまったらしい。
自暴自棄になられるのも困るが、だからといって思い詰めすぎるのも良くは無い。もうしばらくは目を離さないほうがいいかもしれない。
ちらりと友人を見ると、小さく頷きを返してきた。考える事は同じらしい。
「分かった。どこまで出来るかわからないが協力しよう。特にやる事も決めてなかったし、かまわない」
なるべく気楽な口調で答えたつもりだが、果たしてどこまで誤魔化せただろう。涙を目端に滲ませたカインが何度も感謝の言葉と嗚咽を繰り返すのを聞きながらそう思った。
とはいえ、彼の提案は別に悪くない。危険を避けるには正確な情報が必須だし、その情報を集めるにも、正確さを検証するためにも人手は多いほうがいい。
また公開に関しても問題は無かった。本気で奴の言ったゲームの攻略を目指すならば得た情報を自分やその仲間で独占し、他者に先んじての強化などに利用する手もあるだろう。
だがその気が全く無い私や友人にとっては全く痛手にはならない。
それにカインのいったとおり正確な情報が広まれば犠牲者も減らせるのは間違いないだろう。現在このSAOの情報を多く持っているのは私や友人のようなベータテスターだが、その数は千人を下回る。つまり残りの九千人近いプレイヤーは右も左も分からない状態から始めており、少なくない犠牲が出る事は容易に想像がついてしまう。
積極的に人助けするほどの善性を持っているとは思わない。だが確実に出るであろう犠牲から目を反らして平然としていられるほどに自分を貶めたいとも思わなかった。
何より黙って傍観すると言う事は、つまりあの狂人に手を貸すようで、はっきり言って我慢がならない。
「アイツだったらお人好しめって言って笑うかもなあ」
三月ほど会っていない彼女の顔と声を思い浮かべつつ、周囲を見れば友人を含めすでに何人かが強力を申し出たようでかなりの騒ぎになっていた。
考えてみればここまでここまで付き合うようなプレイヤーは善人かお人好しぐらいしかいない。当然の成り行きかもしれない。
感謝と礼で頭を下げっぱなしのカインを見て友人が笑みをこぼす。気がつけば私も笑っていた。思えば茅場にデスゲームを宣告されて以来初めての笑いである。
それがいつまで続くのかは分からないが、これだけは最後の最後まで奴にくれてやるつもりは無かった。
すでに日も変わっている。だがこれからの具体的な活動方針やその手法といった事が話し出される。飲み物に夜食も新たに注文され、皆テーブルについて長くなるであろう話し合いに臨む姿勢を見せていた。どうやら今夜は徹夜のようだ。
SAO正式サービス開始の初日。そして命が賭けられたゲーム開始の最初の夜はまだ終わらない。
展望広場のやり取りには後で修正をいれます。とりあえずはこんなところ。