ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー   作:夢の中の夢

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半年ぶりの更新になります。お陰でストックにはかなり余裕が出来ました。ではどうぞ。

追記
サブタイトルを変更しました。


選択

 翌日早朝からメンバーは活動を開始した。

 

 情報とは鮮度と確度が命である。まして昨日の宣言通り、本当に命が賭けられているのならば、動くのが遅くなれば遅くなるほど犠牲者は増えるだろう。

 事実、朝一番に見た石碑のリストには昨晩最後に見たときよりも線で消された名が明らかに増えていた。

 

 そのためメンバーは短い睡眠の後、眠気を強引に追いやり活動に望んだ。とはいっても人手も準備も、それに資金も十分では無い以上、出来る事はそう多くは無い。

 

 せいぜいが一層における危険地帯を加えたマップ情報にSAO独特の戦闘システムの心得やコツ、それに昨晩の飛び降り事件の詳細なあらましと後に続かないようにという警告ぐらいである。

 これらを広場に面した掲示板などを借り受けて書き込んだ。本来はパーティー募集を意図してのものなので人目につきやすいはずだ。

 

 その一方で、広場や外周の展望台に人を配置してこれらの通知と呼びかけを行ない、なるべく多くのプレイヤーに伝わる事を期待する。

 

 それと平行して新たな情報の収集や確認も必要だった。とはいえ今のメンバーだけでは到底手が足りないので新たな人員や協力者も同時に募ることになる。

 こちらは誰彼というわけにもいかないため現在のメンバーの知己や知り合いを中心に声をかけていくことになった。

 

 そうやってカインをはじめとした仲間達が走り回っている一方、私や友人を含む何人かは宿のベットの上で夢の中にいた。とはいっても別にサボっているわけではない。

 

 現実だろうとゲームだろうとなにかを始めるに当たっては先立つものが物を言う。活動拠点や掲示板を借りるのにも金はかかるし、正確な情報の伝達にはビラ等の記述物も欠かせない。

 情報や協力を得る対価としても資金稼ぎは必要だった。

 

 そのためには街の外に出てモンスターを狩るのが一番である。また街中で得られる情報には限りがあるし、早急に必要な街周辺の詳細なマップやモンスター分布といったものも実際に足を運んで確かめるしかない。

 

 だがこのSAOの戦闘に不慣れな人に危険を負わせるのは問題外である。となればそれなりに慣れている者達が街の外へ情報収集兼資金稼ぎに出ることになる。

 

 つまり私や友人のようなベータテスターや、デスゲーム開始前になんとか戦闘に慣れた者達がその役を担当することになったのだ。

 

 探索の予定は午後からで、それまでは各自休息を取ることに決まった。

 

 私や友人は昨日の暴走のおかげで既にレベルは5になっており、他のメンバーも幾つかレベルアップを経験している。

 ベータテストならば街周辺でも安全なはずのレベルだが、昨日の一件で過信や油断は禁物と思い知らされていた。

 だからこそコンディションはなるべく整えておきたかったのだ。

 

 明け方近くまで話し合いや準備をしていため、探索予定組はベッドに倒れこむや否や深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 目が覚めたのは昼に近い時間であった。寝ぼけ眼をこすって時間を確認してみれば、アラームをセットしておいた時刻よりも大分早い。

 

 集合時間までは大分余裕があったが、二度寝をするにはやや足りない。目覚めも悪くなかったので階下の酒場で朝食兼昼食を取ることにした。

 

 睡眠時間の割りにはしっかりした足取りで酒場に降りると隅のテーブルに友人の姿を見つける。他の探索メンバーは別の場所で宿を取っているが、おそらくまだ夢の世界にいるはずだ。そのためこの宿屋を利用している仲間は友人だけのはずだった。

 

 ちょうど向かいの席が空いているようなので相席しようと声をかける。

 

「おはよう。ここ、相席いいか?」

 

「ん、ああフツノか。構わないよ」

 

 答えた友人の顔は物憂げで何か悩んでいるように見える。

 

「一体どうした?」

 

 その表情が気になり、冷たい水を一杯飲み干して意識を切り替えると、料理を注文しながら尋ねてみる。

 

「朝一番にマスターからメールが届いていた。会って話したいことがあるらしい。君のところには届いていなかったのか?」

 

 既に食事を終えたのか飲み物だけを注文した友人は答えた。履歴をみれば確かにマスターからのメールが来ている。しっかり睡眠を取ろうと着信アラームをオフにしていたために気がつかなかった。

 慌てて内容を開くとそこには至急会って話したいという短い文面があった。

 

「なるべく早い返信を、か。もう返事は出したのか?」

 

 マスターからのメールはベータテスト時には何度も受け取ったことがあるが、このような簡素で簡潔な文面は初めてだ。

 友人に聞いてみると、既に会う時間を指定して送ったという。探索に出るまであまり時間がなかったのだが、すでに他のメンバーには遅れて合流するという根回しまで済んでいた。

 

「いつ会う予定なんだ?」

 

 私の問いに友人は軽い口調で答えた。

 

「午後1時に何時もの西の小広場で。あと30分しかないから、付いてくるなら急いで食べてくれ」

 

 

 

 

 

 友人に急かされたこともあって目的の広場に着いたのは約束の時間よりも5分ほど早かった。待ち合わせ相手のマスターは几帳面な性格なので、すでに来ているはずだ。

 

「いた! 多分あの人だ」

 

 そう言って友人が指差したのは広場の中心にある騎士を象った石像の辺りだ。あの付近はベータテスト時代、ギルドメンバーの集合場所としてよく利用されていた。

 

 その像の台座に見覚えのある姿勢で腰掛けたプレイヤーが一人。その脇に置かれた剣の柄には皮帽子が引っ掛けられている。待ち合わせの目印からあの青年がマスターだと判断し、話しかけた。

 

「お待たせしました、マスター。フツノです」

 

「どうも、マスター。クリスです。おや、中々の色男にイメチェンしましたか。でも顔が暗いから台無しですね」

 

 残念美人を地でいく友人の言葉に顔を上げマスターは苦笑する。変身といえば私達のほうが変化は大きいのだが、マスターはそれには触れず軽い驚きのみに留めていた。

 

「やあ。呼び出して悪かったね、二人とも」

 

 急な呼び出しを謝罪したマスターと再度自己紹介を交わし、互いの名前と顔を一致させる。たがそこで沈黙の時間が訪れた。

 

 呼び出した側のマスターが何度も口を開いては言葉に出来ず、閉じるといった行為を繰り返している。それだけで私も友人もこれから伝えられるであろう用件の重さを知るには充分過ぎた。

 

 やがて短くない葛藤の後、重い口調でマスターは本題へと入った。

 

「このゲームを攻略したい。力を貸してくれないか」

 

 再び訪れた沈黙は先ほどよりも重さを二人分、増していた。

 

 

 

「……本気ですか?」

 

 ようやく絞りだした私の問いは、しかし恩人に対するものではなかった。相手がマスターでなかったならば、「正気ですか」と尋ねていただろう。だかその問いにマスターは重く、しかしはっきりとした言葉で答えた。

 

「ああ、本気だ。僕は本気でこのゲームの攻略に参加したいと思っている」

 

 そこには何時も聞いていた穏やかで優しが感じられる響きはなく、ただ強い意志と覚悟があった。

 

「っつ!? 分かっていますよね、マスター。奴がいったゲームがどれだけ無茶苦茶で無謀なものか。 仮に奇跡が起きてそれがなったとしても、騙し討ち同然でゲームに強制参加させた奴に本当に解放する気があると、本気で思っているんですか? そもそもクリアするよりも先に救援が来るほうが早いだろうってことも。なのにリスクが高いだけのクソゲーに本気で挑もうって言うんですか。こんなのに参加するのは、英雄願望に取りつかれて事態を甘く見た馬鹿か、投げやりになった自殺志願者ぐらいですよ!!」

 

 酷い物言いだが、引く気はなかった。引けば目の前でうつむいているマスターは高い確率で死んでしまうだろう。そう昨日の夜、あの広場から飛び降りたカインの友人のように。

 

 MMOに限らずゲームとは挑戦と失敗の繰り返しだ。それらを積み上げて解法を探る、それが基本である。それは攻略方法なりスキルなりと色々だが、共通しているのは失敗なくしてそれらを得ることは出来ないということだった。

 

 無論初見で突破出来ないわけではない。たがそれを為すにも難度や類似の経験、参考に出来る情報などが前提にある。

 

 そしてこのSAOはVR技術に対応した初のMMOであり、従来のそれとは大きく異なっている。つまり既存のMMOの常識や経験が何処まで役立つかは不明であり、唯一頼りになりそうだったベータの情報もすでに信頼できない状況だ。

 そして多人数が同時に遊ぶことが前提のMMOの難易度が低い訳がない。

 

 最悪死というリスクを背負って手探りでの攻略を強いられる以上、安全を確保しながらでは膨大な時間がかかる。自然とレベル差に頼った攻略になるが、ほぼ手探りの状況で進めるそれでは序盤、中盤はともかく終盤で行き詰まるのは容易に想像がつく。

 

 そしてそれらの難関を越えたところで立ちはだかるのはこの事態の元凶である茅場である。狂人に信など置けるわけがない。

 

 高いリスクとそれにまるで見合わないリターンのゲーム。そんなことはマスターも十分承知のはずだ。実際今も私の発言にも訂正を入れず、ただ黙って聞いている。

 

 たがそれでもゲームに参加する意思に変わらない。

 

「……何故だい? 何故そこまで分かっていながら奴の言ったゲームに参加しようと思ったんだ?」

 

 今まで黙っていた友人が尋ねた。その口調は怖いほど平淡だったが、かえって内心の動揺がうかがえる。

 

 マスターの気持ちも分からないでもない。何時来るか不明な救助をただ漫然と待つよりも自ら積極的に動いて脱出を目指そうという考えは理解できるし、そのために信頼できる仲間が欲しいというのだって頷ける。

 

 特に後者は死が賭けられたこのゲームにおいては重要だ。レベルやプレイヤースキルは時間を費やせば身に付けられるが、背と命を預けられるほどの信頼は容易には得られない。

 

 いくらソロゲーと揶揄されようと、このSAOにも複数人で戦う事が前提のモンスターは少なくない。そして個人で相手取る事が出来ない強敵に挑むに際し、レベルもスキルも一級だか信頼のおけないプレイヤーと、その二つは心もとないが信頼できるプレイヤーとでは後者に重きを置くのは当然だ。

 

 誰だって仲間を置き去りにして逃げだしかねないプレイヤーと組みたいと思う訳が無い。

 

 私はマスターとは浅くない付き合いだったし、友人に関しては彼が最も信頼するプレイヤーであった。だからこそ協力してほしいと強く思っているはずだ。

 それに攻略への参加を要請するのは地獄への道連れになってくれというのと同義である。生半可な気持ちで言えるはずがない。

 

 

 

 私と友人の強い疑問の視線を受け止め、何度か言葉を探しては口を閉ざすマスターだが、やがて静かな口調で話始めた。

 

「分かっている! 確かにこの条件でクリアを達成するのは厳しいだろう。……でもたとえ不確かでも解放される手段が示されているならそれを無視するのは賢い選択だとは思えないんだ。それに今僕達は奴に生殺与奪を握られている。少なくともその危険がある以上はそれなりの人数が奴の言った通りに踊らなきゃいけないんじゃないか。たとえ、奴の言ったことが嘘だったとしても、時間を稼ぐ意味でも、攻略する姿勢だけは、絶対に見せておくべきなんだ!」

 

 苦悩と共に吐き出された言葉に私も友人も答える術はなかった。マスターがいったことは確かに私も心の奥で危惧していたものだ。

 

 命を人質に訳の分からない理由でゲームに一万人近くを監禁する奴である。思い通りに動かない人形に配慮してくれる可能性は極めて低い。

 

 それでも一応の目算はあった。

 

 あのチュートリアル宣言の中にあった死というペナルティが与えられる条件は、外部からの強制排除かHPが0になることでのアバターの死亡の二つである。つまりこの世界での生死は自分達の行動の結果によるもので、奴自身が関与する事例については言っていなかった。事が事だけに流石に言い忘れという事もないだろう。

 

 それがこの状況の観察のために関与をしないという思惑なのか、それとも直接自分で手を下したくないという姑息で卑劣な思考の結果なのかは不明だが、ともかく現状ゲームに参加しないデメリットについて言及されていない以上その危険は低いはずである。

 

 もちろんこれは希望的観測を多く含んだ推論だ。これだけの事態を引き起こしているのだから、場合によっては躊躇なく全員の脳をチンするかもしれない。

 あるいは途中で条件が変わったり、あるいは隠していたりなどという落とし穴も考えられる。

 

 だがそんな前提すら途中で変えるような奴が作ったゲームならば、そもそもクリアを目指そうと考えるだけ無駄である。自分が始めに設定したルールすら守れない奴のゲームなぞまともにクリアできる訳が無い。

 

 結局のところ、ゲームに参加しようとしまいと死というリスクは回避できないのだ。ならば私としては奴の望み通りに躍る気も、躍らせるつもりも無かった。

 

 例えつまらない意地だろうが、すでに私の心は決まっている。偽りのこの世界の生のために唯一の本物たる自分を偽るならば、現実に戻る意味もなくなってしまうだろう。

 

 故に溜め息一つと共に、マスターにその心の内を述べた。

 

「すいませんがマスター、私は奴の言うゲームに参加する気は全くありません。奴の思い通りに動いて命を散らすなぞ御免です。……それに私は今、ゲームの情報を広めて混乱を抑え、犠牲者を出さないようにしようとする人たちに協力しています。多少このゲームに慣れている私たちのようなベータテスターはともかく残りの9000人のプレイヤーは右も左もわからない危険な状況に追い込まれていると想像がつきますから。善人を気取るつもりはありませんが、だからといってその危険を黙って見過ごし、一生消えない後悔を抱えていくような生き方をするつもりにはなれないんです」

 

 強い口調でマスターの頼みを断った私だが、内心では自嘲していた。なにせ見ず知らずの大勢に迫る危険を見過ごしたくないと言いつつ、危険に立ち向かおうとする目の前の友人の手を振り払おうとしているのだ。一体どの口がいうのだろう。

 

 だがそれでも私はマスターと共に行くことはできない。どうしても奴のいう事を信じきれない私では、それを成すための攻略に、決して本気になることはできない。

 そしてそれは私のみならず彼らの足をも引っ張ることになるだろうということも確信していた。

 

(結局、どっちの道を選んでも後悔か。なら少しでも全力を尽くせるほうを選ぼう)

 

 苦悩を何とか内に押し込めながらも答えを述べた私にマスターはただ、そうかと力なく笑うだけだった。彼も自分の頼みが無茶なものだとは知っているのだろう。

 

 そんな彼から目を離し私は隣でまた沈黙した友人を見やった。今までのはあくまで私の意見であり、友人に付き合わせようとは毛ほども思っていない。

 

 正直マスターとしてはプレイヤースキルが高いと言えない私よりも腕も人格もより信頼できる友人の協力の方がほしいだろう。カイン達の手伝いもそれは私がいれば何とかなるはずなので、友人がマスターと共に行っても問題はないと判断する。

 どちらを選んでも誰も責めることなどできない。そして、そのことは友人もわかっているはずだった。

 

 しばし思考に没頭していた友人は、私とマスターの顔をもう一度見ると、固い口調で己の選択を告げた。

 

「……すまない、マスター。やっぱり私も協力はできない。あなたの考えも思いも理解はできる。だが既に先約を交わした以上、一度決めたことを途中で投げ出すような真似はしたくない」

 

 その重く響く言葉はそのままマスターとの決別を意味していた。その言葉を受け取った彼はしばらくの沈黙ののち、顔を上げて苦笑し、言った。

 

「……そうか。悪かったね、時間を取らせて。……うん、わかった。お互い大変だけど頑張ろう!」

 

 その言葉と共に見せた頼りない笑顔は、先程まではなかった私たちとの隔たりを示しているかのように感じられた。

 

 

 

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。みんなを待たせるのも悪いしね。ああ、そうだ。厚かましいけどさっきとは別の頼みがあるんだ。憶えているかな、昨日の新人さん? 攻略にはあまり気のりはしてないようだから、無理に危険に付き合わせたくなくて、この街に残すつもりだったんだ。それで、よかったら面倒を見てあげてくれないかな。もし彼らが望むなら、君たちの手伝いに使ってくれてもかまわないから」

 

 そういうと元マスターは後ろを振り返って広場の端にいた十人ほどの一団を手招きした。それに応じてやってきた彼らと途中で合流した彼はしばし仲間と話し出す。その中にはこちらに覚えのある視線が何本かあった。おそらくはベータテストの知己だろう。

 その少なくない彼らの存在に私は安堵と後ろめたさの気持ちを同時に覚える。

 

 しばしの話し合いのあと、元マスターは三人のプレイヤーを伴って私と友人のもとへやってくる。男性二人に女性が一人。年齢は多分私よりと一つか二つ下くらいだろう。

 

「こちらがバール君。それでこちらの子がパスカルさん。昨日の新人さん達だ。そしてこのバンダナをしている子がテナーくん。今、君たちのことを話したら協力してもいいって言ってくれた。良い子たちだし、面倒を見てくれないかい」

 

「ええ、それならば喜んで。人手が欲しいのはこちらも同じですから」

 

 今度は二つ返事でOKをだす。マスターのお墨付きだから、信頼はできるはずだ。そんな私と黙ったまま他の友人に対し、おずおずと三人は挨拶をしてきた。

 

「えーと、バールです」

 

「こんにちは! パスカルです。よろしくお願いします」

 

「……テナー。お世話になる、……なります」

 

 少々表情が硬いのはまだこちらを警戒しているからだろうか。そんな彼らに別れの言葉をそれぞれかけた終えたマスターは私と友人に向きなおると今度はいつもの、そして見慣れた笑みを浮かべて言った。

 

「じゃあ、僕たちはこれで。……そうだ。最後に一つだけ。いいかい、僕がいうのもおかしいけど、接待に命を粗末にしないでくれ! マスターとして最後の願いだ。それじゃあ……」

 

 その言葉を置き去りに仲間のもとへ歩き出したマスター。しかしその歩みを止めたのは友人だった。

 

「ちょっと待ってくれ。マスター達はこの後、どこへ行くつもりなんだい?」

 

 途中で呼び止められ、問いかけられたマスターは振り返ると訝し気な表情になりながらも答えた。

 

「早速攻略を、といきたいけど……。うん、ますは昨日のクエストの続きかな。自分の無茶に付き合わせるからにはせめて装備だけでもいいものは揃えてあげたいからね。ただもうかなりのプレイヤーが向かっているようだからもしかしたら数日は足止めを食うかも……」

 

 仕方ないと笑うマスターの言葉に、友人は少し何かを考える。やがて左手を振ってメニューを呼び出し、いくつかの操作をすると、腰に装備していた剣を鞘ごと引き抜いた。そしてそれをマスターに差し出して言った。

 

「なら餞別としてこれを渡そう。どうか上手く使ってほしい」

 

 友人の顔と差し出された剣を交互に見てマスターは困惑しながらも言った。

 

「ありがたいけど、いいのかい?」

 

「かまわない。まだ予備はあるし、どうせ売るつもりだったから。それに私よりもあなたの方が必要なはずだ」

 

 笑顔で返す友人に、マスターも感謝しつつ受け取り、トレードを成立させた。それを見て私はふとあることを思いつく。

 

「マスター。それならば私の分も持って行ってください。予備はあったほうがいいでしょう」

 

 そういいながら私はストレージより昨日入手したアニールブレードの大半を選択してトレード画面を立ち上げる。どのみち慣れた短剣に戻すつもりだったため、この剣はメンバー分をいくつか残して活動資金用に売り払うつもりだった。

 しかし見知らぬ他人に売りつけるよりは恩人の前途を切り開く一助になってもらうほうがいいだろうと思い直す。

 

「いや。でも、それは……」

 

 流石に過剰と感じたのか、目の前の青年は私の申し出を断ろうとする。だがそれを遮って私は言葉を続けた。

 

「構いません、対価はもらいますから。……そうですね、今後マスターが得た情報で返してくれれば結構です。あと、昨日私たちが集めたマップデータや攻略情報も渡しておきます。ベータと色々変わっているところもあるので、知らないで進むと危ないですよ」

 

「ああ、うん。そういうことなら受けさせてもらおうかな」

 

 私の提案をマスターは苦笑しつつも承諾した。序盤では重宝する剣だが今後の投資と考えれば惜しくはない。

 

 そんなことを思いながらも友人と合わせて昨日作成したマップデータを渡す。まだ整理もしていないが、この青年ならば問題はない。ベータで効率の良いマップの作成方法や戦闘スキル習熟などを私に教えてくれたのは彼なのだから。

 

「……うん、これなら大丈夫そうだ。ありがとう、二人とも。おかげで予想以上に早く攻略を進められそうだよ。こうなれば善は急げだね。みんな、準備を終え次第すぐに出発しよう!」

 

 渡されたデータの内容をチェックして、予定の前倒しを決めた彼はすぐに行動するべく、仲間達へと声をかけた。

 そして再び私たちへ向き直ると今度こそ別れの言葉を告げる。

 

「いろいろ、ありがとう。それじゃあ」

 

 そう言って笑う彼に見送りの言葉をかけようとして、思いとどまった。共に行くのを断った今の私にはもう彼を「マスター」と呼ぶ資格はないだろう。

 

「気を付けてください、ディアベル」

 

「何か助けが必要になったら遠慮なく連絡をしてきてくれ、ディアベル」

 

 私と友人の呼び名の変化から、その意味を感じ取ったのだろう。振り返ったときに見せた彼の笑顔はさみしげだった。しかしそれをすぐに明るいものに変えると手を振りながら彼は言葉を送り返す。

 

「ありがとう。君たちも元気で。僕たちがクリアするまで頑張ってくれ!」

 

 その言葉と共にかつての私たちのギルドマスターであり、今はディアベルという攻略者になった彼は旅立っていった。




プログレッシブ登場時と性格が違うのは、あれが意図的に作られたものだという判断からです。(実際、キリトも最期の時まで正体には気が付いていなかった。)

わさわざベータテスターからの知り合いの名前を曖昧にしたのはこのためだったのですが、どうも上手くいったとはいえず反省。

次は近日中に上げられそうです。
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