ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー 作:夢の中の夢
『To XX X
やあ、何時ものメールだけどちょっとばかり遅れてごめん。
もう知っているかもしれないけどちょっとばかり面倒なことになった。心配しているかもしれないけど、こっちは気楽に助けを待つつもりだから大丈夫。危ない橋を渡るつもりはないから安心して。
ああ、君の性格だと心配するよりも呆れているかもね。馬鹿な事をやっているからだって。もしかしたら愛想つかされるかも。
それならそれでも構わない。ほんの少しはそういう自覚も有るし。次に再会したときにでも存分に詰ってくれればいいよ。戻ったら一度は必ず会いに行くつもりだから。
まあ、そっちでどんな風に伝えられているか分からないし、そもそもこのメールだって出せるか分からない。ここまで書いておいてなんだけど。
とにかくそんなわけで、しばらく連絡はとれません。ついでに来月末の約束も果たせそうにないです。埋め合わせはちゃんとするつもりだから何か考えておいて。
それじゃあ、また。
XX XXX 』
カインが立ち上げた情報収集とその公開を主目的とする集まりは後に「サーチライト」と呼ばれるようになった。
誰が言い出したかは不明だが、暗がりを追い払い足元を照らしてその歩みを助けるという探索灯の名は確かにその活動を端的に表していた。
そのためかメンバー内に浸透するのにさほど時間はかからなかったようだ。
デスゲーム開始の翌日から始まったサーチライトの活動は多忙を極めた。はじまりの街周辺のモンスターのデータから危険スポット、店の品揃えから多種多様なクエストの攻略方法に戦闘のコツまでと集めるべき情報の範囲は広い。
それらに優先度をつけ、確度を検証して正確に広める。言葉にすれば簡単だが実際にそれを行うのは容易ではない。
だが泣き事を言う時間も立ち止まる暇もなかった。情報の公開と伝達が遅れれば遅れるほど、避けられるはずの犠牲者が増えていく。その事は協力を申し出たメンバー全員が承知していた。
すでにデスゲーム開始3日目には500人近いプレイヤーの名前が石碑から消されていた。初日に告げられた事が全て事実なら、すでにプレイヤー全体の5%以上がこのゲームから、そして現実世界からも退場させられているのだ。
今のところプレイヤーの大半は街に留まり必死で事態の見極めと今後の行動の選択をしようとしている。
安全圏に設定されている街中ならば死の危険はないだろう。だが引きこもりを続けるためには宿や食事のための費用がかかり、初期に与えられている資金でそれを賄おうにも限度がある。
金を稼ぐためには街の外に出てモンスターを狩るのが基本だが、当然死亡する危険も多くなる。そしてVRMMO初タイトルのSAOはその戦闘方法も従来のものとは大きく異なっていた。
「空腹や睡眠なんて面倒なシステム設定する暇があったら、戦闘訓練用のチュートリアルの一つでも作っておけや!!!」
などとメンバーの一人は怨みの声を上げていたが、その思いは私や友人達も同感であった。
おかげで必要な作業は増える一方である。
さてそういった作業を終えても、ただ情報の公開を行うだけでは意味がない。流言飛語によってシャレにならない被害が出る可能性がある現状では、受け手に対してその情報の重要性と信頼性も同時に与える必要があるからだ。
もしこれがベータテスターだけならばさほど問題にはならなかっただろう。彼らが持つこのSAOについての事前の知識や経験を元に、その正誤について大まかな判断を下すことは可能だからだ。
だがその二つを持たない大半のプレイヤーにとってはその判断基準すら不明なのである。これではその情報の何が正しいのかを知るのははっきり言って難しい。
したがって最優先で覚えるべき基本事項が軽視されたり、あるいは根も葉もない噂を鵜呑みにしたりする危険が高くなる。
そしてその行きつく先はたった一つしかない。
これは初日の夜の話し合いでも最も問題視された案件で、そのための対策もいくつか取られていた。例えば情報の重要性や信頼性にランクを付けての公開や、広場などを利用した衆人の中でのデモストレーションなどがそれである。
だが最も効果があったのは一部とはいえそのソースを明かしたこと。すなわち私や友人を含む数人とはいえ、ベータテスターからの提供であることを公開したことだった。
今現在、SAOについて詳しいのは一ヶ月のベータテストを体験したプレイヤーたちだ。正式サービスの際に多少の変更はあるが、それでもある程度の部分ではベータテストと同じであった事を利用し、その経験を生かして死が課された今のゲームにいち早く適応していったものたちである。
しかし彼らのうちの少なくない人はゲーム開始後、数日以内に街を出ていった。
そういった彼らの大半はベータの知識を使って他者に先んじ、己の強化に時間を費やして積極的に攻略を進め、茅場の言い残したクリアを達成してこのゲームからの脱出を目指す事を目的に掲げる者たちであったからだ。
彼らのその選択は別に間違いではないのだろう。デスゲームと化したSAOで自身の安全を最優先するのは当然であり、またいつ来るかもわからない救助をただ待つのを良しとしない考えも理解できる。
だが少なくとも私にとっては、その選択は決して正しいものとは思えなかった。自己の安全だろうと、ゲームの攻略のためだろうと、彼らがその他大勢のプレイヤーを見捨てたという事実は変わらないように思えたからだ。
他者に先んじるために自分たちの持つ情報を独占するということは、間接的にせよ茅場の犯罪に手を貸したとも言える。そしてそのことは例えこのゲームを無事にクリアできたとしても一生心に暗い影を落とすことになるだろう。
そもそもSAOはMMOである。いくらソロゲーなどと揶揄されようが、自分だけ強くなったところで一人でクリアできるわけがない。はっきり言ってしまえば、自分のレベルを1上げるよりも信頼のおける仲間を得るほうが戦力的にも将来的にも強くなるのである。
実際にディアベルは自分の強化よりも前線のプレイヤーやPTを巡って交流を深めることに力を入れているようだった。
まあ、茅場の言ったゲームに参加することを自分で決めて街を出ていった彼らについては正直知ったことではない。問題はそのことがその他大勢のプレイヤーに広まりだして、ベータテスター達への不信へと変わり始めたことだった。
そしてその事は私や友人を含む街に残ったベータテスターの安全以上に深刻な問題を引き起こす可能性を秘めていた。
現在サーチライトが持つ情報の多くは私たちベータテスターがもたらしたものが大半になる。またその検証や調査などの優先順位もベータテスターの情報や意見を取り入れて決定している。つまり当面の間、サーチライトはベータテスターを積極的に活用して活動を進めていくということになるのだ。
そしてこの事実は例え公開しなくても勘の良いものならば容易に察せられるだろう。
しかしソース元であるベータテスターへの不信が広がるということは、当然それを主要とするサーチライトの情報の信頼性が落ちるという事に繋がる。
そしてその信用の下落は発信する情報への疑いとなり、その結果として犠牲者の増加へとつながるのは明らかであった。
下手に隠したところで疑心や不信が強まるだけ。ならばまだその芽が小さいうちにこちらから明かしてしまったほうが良いのではないか、との意見が出され、紆余曲折のうち私や友人を初めとした数人のベータテスターが、コードネームとはいえその存在を明確に明かすことになったのである。
まだ不信の芽が小さい早期に実行されたためかこの策はそれなりの効果を上げた。
そもそもやり玉に挙げられるようなテスター達はそのころには大半が街を離れており、彼らに対する不満や怒りにしてもどちらかと八つ当たりの意味が強い。
この事態の元凶である茅場が初日の宣言以来雲隠れしてプレイヤーの前に姿を現さず、行き先を失った不満や怒りの矛先がベータテスターに向いた、というのが大元の原因なのだ。
(デスゲームへの強制参加だけじゃなく、その不満への<生贄>とか冗談じゃない!)
そんな憤りを胸に、ベータテスター達は自分たちが提供した情報だと明かしつつ、このSAOで生き抜くための知識や情報などをサーチライトを通して積極的に広めていった。
ベータテスターを責める一方で、彼らによってもたらされた知識には頼る、などといったことが出来るはずもなく、少なくともはじまりの街においてはベータテスターに対する不満や不信は小さくなった。
無論、中にはそれでも直接不満や憤りと共にぶつけてくるプレイヤーも存在した。だがそんな彼らには皆、こう返すのを常にしていた。
「何? 情報を抱え込むな。隠さず全部吐き出せだと! 確かに公開していない情報はあるが、それは別階層のものか、あるいはまだ確証が取れていないものかのどちらかだ。そんなにグチグチいうならお前の身でもって、その情報の真偽でも確かめてきてもらおうか。ただし、その情報の確認者として当然名前は公開させてもらうが。」
ソース元よりもその真偽確認を行ったプレイヤーの数や名前を重視して公開するという方法は、もともと情報の信頼付けの一環として提案されたものだが、予想以上によく効いた。
情報に付随して検証者の名前が公開される以上、適当な調査をして不十分な報告をしてしまえばそれはそのプレイヤー自身に対する信頼や評判を下げることになる。そしてそのことにしり込みするような程度の連中ならばそもそも相手にする価値はなく、逆に積極的に引き受けてくれるようならばある程度の信頼をもって協力を要請することが出来る。
この制度は結果として人手を集める大きな助けとなった。
またその裏で攻略に不参加なベータテスターの協力を得ることにも成功した。表だって名乗る勇気はないが、だからと言ってこのまま傍観していたくはない。そんなテスター達の中にはこっそりとサーチライトに接触し、己の持つ知識を持ち寄り、あるいは協力者として手を貸してくれるものが少なくなかったのだ。
彼らは調査や探索を行ったり情報の普及に努めたりといった活動を通じて街の中での知名度を徐々に上げていった。
このような事情もあり、カインの立ち上げた支援組織サーチライトはそのメンバーや協力者を瞬く間に増やしていく。
しかし三桁に届く協力メンバーを集めてもなお、人手不足が解消されることはなかった。
その理由はサーチライトの活動範囲の拡大にある。当初は情報の収集と公開が主目的だったが、その内他の問題への対処にも手を広げるようになったからだ。
それは初期から活動しまた人員も多かったことも関係しているだろう。そのためにサーチライトはSAO内に発生した様々な問題に遭遇する機会が多く、またその多くが放置すれば犠牲者の増加につながったり、あるいは将来の禍根となる可能性があった。
もしくは参加メンバーの多くがそれらの問題を見ない振りするのを良しとしない気質の持ち主だったからかもしれない。
例えばこんなことがあった。ディアベルを見送った翌日の夕方のことである。その時私は午後の探索から帰還し、夜間の訓練に備えて街の一角で数人の仲間たちと待ち合わせをしていた。
この夜間訓練はメンバーの戦闘スキル向上とそれを参考にSAOの基本的な戦闘方法やその応用などの情報をまとめる事を目的としたかなり重要な訓練になる予定であった。
しかし何故か待ち合わせ時間が過ぎても友人はやってこない。一応メールを送ってみるものの、なぜか返事はなかった。
「珍しいな? アイツ、時間にはうるさいはずなんだが」
「何か、あったのかもな。どうするフツノ?」
「もう少し待ちましょうか、それとも、先に行って後で合流してもらいましょうか?」
ふと漏らしたその私の呟きにメンバーの一人が声をかけてきた。同時に別の仲間から提案されたことについて少し考え込む。
ベータテスターといえど誰もが強いわけではない。私はそこそこ強いほうだろうが、友人はそれ以上、ベータでも特に強かった部類である。
一応今いるメンバーの中には私よりも強い仲間が何人かはいるが、事が事だけにできれば彼女の力も欲しいところだった。
「もう少し、待ってみよう。それでこないなら、仕方ないから先に行くか。まあ遅刻は嫌いな奴だし、どうせどっかでトラブルでも起こしたんだろうさ」
「おいおい、フツノ。それはちょっと薄情じゃないか?」
「かまわない、かまわない。アイツ見た目はあんなだが、中身はアレだからな。面倒ごとにはすぐに首を突っ込みだがる上に、火種を大きくするのも得意な奴だ。どうせどっかで道草でも食っているのだろう。あれじゃあ、まだ悪魔の方が可愛いげがある。だいたい……」
「お、おい。フツノ……、あっ!」
別に友人に対して含むとところはない。それでも長く付き合っていれば一つや二つぐらいは愚痴というものが出る。つい口が滑って彼女の過去の行状をこき下ろしだした私を仲間が止めようとした。だがふいに何かに気が付いたようにその言葉を途中で止めてしまう。
それがなぜなのかは背後からかけられた楽し気な声によってすぐに判明した。
「ほう? 誰が、なんだと? 面白そうだな、続けてくれ」
調子に乗った私の言葉を断ち切ったのは当然のごとく友人であった。そして同時に薄情な仲間たちは一斉に私から距離を取って危険から離れようと試みる。
一方、その中心に取り残された私はしかし、平然として後ろを振り返った。ここで動揺するのは負けと同じである。
「ああ、やっと来たか。いつもは時間に厳しいのに珍しいな。何かトラブルでもあったのか……!? おい、何をやらかした」
振り返りながら言った余裕をたっぷり含ませた友人への返答はしかし途中で止まってしまう。なぜならば視界に友人の他に、彼女と手をつないだ少女と、その後ろで上着の裾を握っている少年の姿を収めたからだ。
背の低い私と比べても優に頭一つ分は低いであろう子供を引き連れた友人へと私は強い口調で詰問した。
「その子たちは何だ? プレイヤーか? まさか誘拐とかじゃないよな」
「そんな訳ないだろう。ついさっき、近道しようとそこの裏道を走っていたら、道端にうずくまっているのを見つけたんだ。最初はNPCかと思って放っておこうと思っていたんだが、よく見ると初期装備だったから、もしやと思って声をかけたら、この通りだ」
そう言って友人は握った手を軽く振ってみせる。同時に手と裾を握る小さな手に力が入るのを見て、その言葉は本当だろうと判断した。
その必死な様子を見ながらも友人へと声をかける。
「随分と懐かれている、というよりは縋りつかれているか。にしても小さいな、何歳ぐらいだ?」
「確か、ナーブギアの年齢制限は12歳からだったような。でもそれより下のようにも見えますね」
仲間の一人がそう言いながら、友人に近寄ると裾をつかんでいる少年に向かって目線を合わせ微笑んだ。どうやら危険はないと知り、他の仲間も次々と距離を縮めてくる。
だが自分たちよりも背の高いプレイヤーに囲まれるのに怯えたのか、二人は友人の後ろへと姿を隠してしまった。
「こっちの女の子は先月12歳になったばかりで、後ろに引っ付いている男の子は11歳と半年だそうだ。……こらこら、怯えているだろう。離れたまえ君たち」
仲間の質問に答えた友人は珍しく優しげな顔で子供二人を気遣う一方で、いつものようにぞんざいに手を振って近づいた仲間たちを遠ざける。
それに従って皆が距離を取ると再び彼らは友人の後ろから顔を覗かせたが、それでもそれぞれの手はしっかりと友人を掴んでいた。
「随分と気に入られたな」
「ああ、そうみたいだな。何でだろう? 特に何かした覚えはないんだが」
その様子をからかうと、困惑を隠せない顔で友人は首をひねった。大方何時ものように無意識にたらしこんだろうと当たりをつけたが面倒なので黙っていることにする。
「それよりその子達はどうするんですか」
先程からしきりに目線を合わせて警戒を解こうと腐心していたメンバーが言った。面倒見がいいのだろう。その顔にはありありと心配の二文字が見てとれる。
対し友人は今一度子供二人を優しい笑顔でチラリと見ると難しい顔に変えて話し出した。
「今私達の集まりは人手不足でこの子達を養う余裕もない……何て言えるわけはないか。仕方ない、カインに相談してみよう。これからすぐに向かうつもりだから、悪いが今夜の訓練は不参加だ。君たちだけで何とかやってみてくれ」
「いや、他にも同じような子供がいるかもしれない。今夜の訓練は中止して街の中を探してみたほうがいいだろう。……多分これは放置していい問題じゃない」
友人の言葉を受けて私はそうメンバーに提案する。まだこの状況に対する認識力も判断力も充分とは言えない年齢だ。放置すれば迂闊に街の外に出て行ってそのまま、何てことにもなりかねない。そうなったら寝覚めが悪い何てものではない。
結局他の手の空いている者たちへも協力を頼んでメンバー総出ではじまりの街中を駆けまわる一方、私と友人は事の次第と今後の相談のためカインや他の主要メンバーの元へと向かうことになった。
一連の話を聞いたカイン達は最終的に彼らを保護することに決めた。話し合いの最中に街中で制限年齢前後のプレイヤーを見つけて次々とメンバーが拠点に戻って来たことが決め手だったのだろう。それにここで年端もいかない子供を見捨てるような連中ならばそもそも支援活動などやるわけがない。
「とは言っても養う程の余裕はなし。結局街の中限定で支援活動を手伝ってもらうことになってしまったか」
「まあ仕方ない。外でモンスター相手に戦わせるよりはよっぽどマシだ。ちょうど生産組合を作ろうとしていたオヤカタは人が増えて喜んでいたし。その分素材集めの要求は厳しくなりそうだが、まあ、がんばって何とかしようか」
友人のぼやきに私は慰めの言葉を重ねる。思うところはあっても、決して万能ではない私達は、それでも出来る限りの事をやっていく以外に道はないのだ。
さて制限年齢ギリギリのプレイヤーの保護以外にもサーチライトは活動の手を広げていた。
例えば先に友人が言及した生産スキル取得者を集めた組合の設立である。これは探索先で得たアイテムをより有効活用するために考えられたもので、スキル取得者が寄り集まって効率的に装備や
他にも同じように支援活動を行う集まりと交流をもったり、アイテムを一時的に預かる貸し倉庫を作ったり。果ては抱え込んだ不安を少しでも軽くするための相談所を設けたりと必要だと思える事にはなるべく手を尽くした。
自分達の手が回らない時は新たな協力者を募って担当させたり、あるいは他の組織に協力を仰いだりして、日々増え続ける犠牲者の数を少しでも減らそうと奮戦していた。
そういった中でも情報公開と並んでサーチライト活動初期から取り組んでいたものがあった。
発案者は元ベータテスターのパイル、初日の夜にカインを慰め協力を申し出た男性プレイヤーだった。
「戦闘に関しては知識を広めただけでは充分とは言えない。実際にそれをやって見せて、教える事も必要じゃないか」
彼はそう言ってベータテスト時代に知り合ったプレイヤー達に協力を頼んでは人を集め、私や友人をも巻き込んで、具体的な講習内容から場所の選定などを話し合った。
その議論に疲れ、休憩をとって各自の頭を冷ましているときの事だ。パイルが手元の教習要項の叩き台を目にしながら、ふともらした。
「しかし、フツノ。お前の発想は色々と面白いな。参考になる」
そこに記されていたのは私が先程提案した幾つかの事柄である。その多くにはバツが付けられていたが同時に採用を示すマルの数も少なくはなかった。
「面白い、というよりえげつないよな。良くもまあこんな外道な考えを次々に思い付くものだと感心するよ」
「うるさい! 思い付いて効果があるなら使わん手はないだろう。人を鬼畜みたいに言うな。一応ゲームの仕様とネットマナーから外れたことはしてないだろうが。第一お前にとやかく言われる筋合いはない!」
それを聞き咎めたのは隣でメモとにらめっこをしていた友人だった。その口から出てきた言葉に対し、すぐ様私は反論する。
たが友人はそのほっそりとした首をひねって思い返すように言った。
「いや、ベータの時からタブーギリギリの行為を堂々とやってのけてただろう。ボーダーを越えなければグレーゾーンだろとお構い無しどころか積極的に踏み込んでいったじゃないか。おかげで毎回毎回、君との対人戦は本当に苦労したよ」
「た、対人については人の事を言えないだろう。それ以上に外道な手で返して来たくせに」
「いやいや、君には負けるよ。到底敵わない」
「ふーん、ベータの時の様子か。興味あるな」
私と友人のそのやり取りに関心を覚えたのだろう。パイルが詳細を聞きたがった。他のメンバーも休憩にちょうどいいとばかりに寄って来たため逃げ場もなくなる。
「いや、大した話じゃ……」
「そうか、皆興味があるか。なら話さないとな。何から話そうか……」
私の静止の言葉は無視され、その場にいたメンバーは全員友人の話に耳を傾ける姿勢を取った。
「そうだな。例えば初対戦の時はひどかったな」
「あれか。ギルド入ってすぐにあった身内のPvP大会で戦った奴。……言っておくがあの時はまだレベルもスキルも低かったからだ。小細工に頼る以外どうしようもなかった」
もはや止めることは無理と諦め、それでも当時の自分に対し一応の弁護はしておく。まあ実際はちょっとした交流イベントだったのだが、ちょっとした賭けの対象になって本気で勝ちを狙わなければならない状況になってしまったのだ。
その元凶の一人はしかし、それを隠したまま語りだした。その言葉をなぞるようにその時の記憶が頭に浮かぶ。
あの時はまさかこうなるとは夢にも思っていなかった。それは友人も、元マスターや他のテスター達も同じだろう。
「ほう。それで、それで」
そんな思考に浸って私が黙ったことをいいことにパイルが先を促した。そのリクエストに応えた友人は大仰な仕草を加えつつ話を続ける。
「あの時はまだフツノは、私が当時所属していたギルドに加入したばかりで、馴染んでいなかった。そのため付き合いも浅く、直接の対戦も初めてだったんだ。とはいってもレベルは私の方が上で経験も豊富だったから、まあ胸を貸すつもりで戦うつもりだった。当時の仲間内ではそこそこ強いほうだったからね。正直負けるとは思っていなかったな」
そこに油断があったんだな、とため息をついて見せる友人だが、その割には本気で叩きのめしに来た気がする。あのフェイントなど手を抜いていると言われても信じられない。
もっともその認識は彼女だけではなく、他の仲間や元マスター、そして私にも共通するものだったが。なにせ対人では当時の仲間内で一、二を争う勝率を叩き出していたのだから。
些細な予兆すら見逃さない見切りと僅かな隙にもやすやすと入り込んでくる鋭い一撃を起点にした猛攻を武器に、圧倒的な力を見せつけていた友人に対し、本気で勝ちを取りにいかねばならなくなった私は当然頭を抱えた。
正攻法では絶対勝てないと早々に諦め、半場自棄になって私が挑む場面へと友人の語りは入る。
「さて、話を続けよう。当時の私は両手剣使いのカウンター型。相手の攻撃を誘ってはそれをいなしつつ強烈な一撃を叩き込む戦闘スタイルだった。対するフツノの戦闘スタイルは今と同じ一撃離脱型の短剣使いだったんだが、デュエル開始から武器を前に構えつつもゆっくりと距離を詰めてきていた。そうして互いに牽制しつつも近付いて、ちょうど私の攻撃範囲に入る直前の事だったかな。いきなりフツノが手に持った短剣を投げつけてきたのは」
「あれ、それって武器の短剣ですかい? 《投擲》カテゴリの武器ではなくて」
そこまで語ったところでメンバーの一人が待ったをかけた。確かに手に持った武器を手放せば他の武器を呼び出すまで丸腰である。当然ソードスキルも使えず、相手に有効なダメージを与えることも難しくなるためその疑問は当然の事だ。
「いや、本当にただの短剣だった。当時のフツノはまだ《投擲》スキルを持っていなかったし、全くのノーモーションからの攻撃だったから、何のソードスキルも使っていないことはすぐに分かった。しかもその狙いが顔面といやらしくてね。虚を突かれた私はそれを大剣で払うのに気を取られてしまったんだ」
そこで一度、言葉を切った友人は聴衆の関心を煽ると話を再開する。
「短剣を払ったため、ほんの一瞬とはいえ私はフツノから注意を外していた。その姿を再びとらえたときには、彼は既に私の懐まで飛び込んで来ていたんだ。とっさに剣を振るおうとしたんだが、それよりも先に、彼は私の腕を抑えつけて武器を封じた。ならばと体当たりを仕掛けて突き放そうとしたら、そのまま腕を絡めて首元を掴むと投げ飛ばしてきたんだ。見ていた観客は見事な投げっぷりだったと後で感心していたよ。」
オーバーアクションで語る友人の言葉に皆が驚きの視線を向けてくる。まあここで終わっていればその称賛もおかしくはないのだが、あいにくとこの話には続きがある。
「地面に叩きつけられた私はそれでもすぐに起き上がろうとした。フツノは丸腰だったし、私はまだ武器を手放していなかったからね。彼が武器を持つ前に立ち上がって無防備なところに一撃を加えれば私の勝ちなのは明らかだった。ところがそれを行動に移す前にいきなり彼は踏みつけてきたんだ。しかもまた顔面狙いで。一瞬にして暗くなる視界。それが再び開けたとき、フツノは悠々と予備の短剣を取り出して私の首に当てながら、こう言ったんだ。『はははっ。どうだ見たか。私の勝ちだ』、と。その時私が見たのは唖然とする他のメンバーと、上を仰ぐマスター、そして勝ち誇るフツノの顔だった。」
最後の言葉以外はおおむね正しい。実際はもう少し謙虚な言葉だったはずだ。先程とは別種の驚きの視線を向けてくる聴衆と、それから目をそらす私の様子に一笑いした後、友人は話を締めに入る。
「まあ当然再試合になって私が勝利したのだけれど、その反則さえしなければ何でもやってやろうという戦いぶりに皆、恐れをなしてね。彼と戦おうとするものは、ほとんどいなくなったんだ。」
そう痛まし気な顔で話を終えた友人だったが、その再試合の時にいきなり大剣をぶん投げてきて、私がしたのと同じように背負い投げをかましてきた奴のいうことではなかった。
その後も何度も勝負を持ち掛けてきたために、実戦形式で私のプレイヤースキルの練度が急速に上がったという事実は余談だろう。
ともあれ、そんな会話を挟みつつも、訓練のための計画は着々と組まれていったのだ。
サーチライト主導による初めてのビギナー向け戦闘訓練が実施されたのはデスゲーム開始より四日目の朝であった。初回ということもあり教導役は元ベータテスターなど特にSAOの戦闘に慣れたもの達で構成されていた。当然、私や友人も参加である。
早朝から広場を中心に参加を募ってみたが、闘いへの恐れや多少なりとも参加費がかかることなどからだろうか。前日から告知していたにもかかわらず初回の参加者は定員の役半分、30人強に留まった。
この参加費は回復薬や戦闘方法などについてまとめた羊皮紙などの配布物にかかる費用である。実際にはモンスターを一体を倒せば賄える程度の金額なのだが、手持ちの資金を減らす事に抵抗があるプレイヤーは予想以上に多かったようだ。
二日目以降は徴収を演習後としたり内容を見直したりと参加しやすい環境を整えるように努力していったため、徐々に参加者も増えていくのだが、結局初日の参加者は予想の7割を下回ることになる。
だがそのことはおくびにも出さず教導役のリーダーであるパイルは訓練を進めていった。
まずは、昨晩遅くまでかかってまとめた基本の戦闘方法やマップ、モンスターのデータをまとめた資料を配布ししっかりと目を通してもらう。
その後、街の一角に設けられた訓練場へと移動し、無数に立てられた案山子を相手に得た知識を今度は体に教え込むことにした。
ここで戦闘の基本となるソードスキルの試し打ちやモンスターの攻撃ターゲットの受け回しを想定した連携などの指導に一時間ほど費やす。
ある程度参加者が慣れたところでいよいよフィールドに出てモンスターと戦闘する段階へと入る。対象となるモンスターは周辺のフィールドで最も弱く、数も多い《フレンジーボア》に設定した。こちらから攻撃しなければ襲ってこないノンアクティブ属性であり、またその攻撃方法も突進のみで相手をしやすいからというのが理由だ。
まずはリーダーのパイルとその相方が基本的な戦闘を見せる。教える効率と参加者の安全を考えてこの演習では主にペアを基本として教えていくことに決めていた。
盾を構えた相方が、イノシシ型のモンスターに攻撃を仕掛けてそのターゲットを取る。そして相方が引き付けている間に、パイルが無防備な方向から攻撃を仕掛けてその攻撃ターゲットを引き取った。
ベータテストにおいてはスイッチと呼ばれていたこの交互のタゲ回しで危なげなく、そして参加者に分かりやすいようにイノシシを翻弄していく二人に対し、少なくない感心の声がもれる。
参加者たちに基本的な戦闘方法を存分に見せつけたパイルは相方と共にモンスターを片付けると一旦退いた。そして私と友人を呼び、例の方法を見せるようにと指示を出すと参加者たちに向き直って言った。
「さて、ここまでは基本編。そしてこれからが応用編だ。少々難度は高めだが、これが出来ると例え強いモンスター相手でも安全度はぐっと上がる。それじゃあ、二人とも頼んだ。」
その言葉と共にパイルは場を私たち二人に明け渡した。下手に説明するよりは直接見せたほうが早いという考えからである。なので早速実践へと移った。
まず友人が適当な一匹へ攻撃を加えて引き付け、私は攻撃役としてソードスキルを発動させた。
ここまでは先程の二人と同じである。だが私の放った短剣用のソードスキル<クイックエッジ>は当てやすい《フレンジーボア》の体ではなくそれを支えている右前脚へと叩き込まれた。
関節部を狙って放たれたその一撃によってイノシシの右足は根元から少しを残して切り離され、ポリゴンをまき散らして四散する。
今の一撃ではHPを全損しなかったそのイノシシはターゲットを友人から私へ移し、反撃しようとした。だがその隙をついて左側面に回り込んだ友人が思いっきり脇腹へとその長い足でケリを入れる。
足を一本失っていたイノシシモンスターは当然あっさりと地面に転がされ、さらなる友人のケリによって仰向けにされた。
参加者たちがあっけに取られる中、空しく残った足をばたつかせるそのモンスターに対し、私と友人は各々の武器でメッタ刺しをしていった。碌な抵抗もできず瞬く間にそのHPを失ったイノシシがポリゴンの破片となって消滅する様を見せつけた後になって、ようやくパイルが口を開く。
「とまあ、こんな風にモンスターにはそれぞれ急所や部位が設定されている。今のようにそういった部分を集中的に狙うことで敵の機動性や攻撃手段を封じることも可能だ。これが出来れば多少時間はかかっても戦闘の難度は低くなるから、余裕が出来たら試してみるのもいいだろう。」
ことに今の方法は強いモンスターや長期戦においては非常に役立つ。ベータ時代に考案された手法だが、手間がかかるため身内にしか広まらなかった。
だが効率よりも安全を重視するべきこの現状では危険を避けるための一助となるはずだ。
一通り見本を示した後はいよいよ実習へと入る。まずは参加者を幾つかのグループに分け、指導役とパーティーを組んでもらう。後はそのPT内で二人、あるいは三人で分かれてもらいそれぞれモンスターと対峙する流れであった。
指導役はその間を見回り、アドバイスを与えたり、危なくなったら介入して参加者の安全を確保できるようにしておく。そうしてパーティーメンバーのHPに気を配りつつ、七割を切ったら後ろに下げて休ませたりしてモンスターを討伐していった。大体一人当たり5,6匹のモンスターを倒したあたりで訓練は終了となる。
再びパイルの先導で全員が街に戻ったころにはすでに正午に近かった。大体3時間といったところだが、特に大きなトラブルもなく初回としては上々の結果だろう。
最後にパイルが参加者達を集めて訓練の締めの言葉を告げる。
「さてこれで訓練は終わりだ。最後に一つ、常に安全第一で戦うこと。やりすぎなぐらい気を付けておくぐらいのほうが、このゲームで生き残るのはちょうどいいだろう。さっきも言った通り残りHP7割を切ったら撤退を頭に入れて、半分を切ったらすぐさま撤退。3割以下ならすぐにその場から離脱するようにと頭に入れておけばいい。とにかく死なないことを第一に行動だ。それでは解散!」
この言葉をもってパイル達教導班の役割は終了となるが、サーチライトの活動はまだ終わらない。
二次の募集に備え、休息をとりに広場を出ていった彼らと入れ替わるようにやってきたのは生産スキル取得者を率いたオヤカタであった。
厳つい名前に似合わず、気風の良いその女性プレイヤーは解散しようとする訓練参加者たちを大声で呼び止めると交渉を持ち掛ける。そしてアイテムの買い取りや武器の修理、また生産依頼などを共に来た組合員たちと一緒になって受付始めた。
ある参加者は消耗した片手剣の耐久度を回復してもらい、またあるものは先程の戦闘で得た毛皮アイテムを使って川装備のブーツを生産してもらう。また《料理》スキル取得者に頼み、《ボアの肉》を串焼きへと加工してもらうものも多かった。
初回の訓練直前にカインが思いついたこの組合員の生産スキルの練度向上を兼ねての参加者達へのアフターケアはその後も続けられた。その内に訓練参加者以外のプレイヤーも生産以来やアイテム買い取りの持ち込みをしてくるようになる。
またはじまりの街にあるいくつかの広場で生産組合員を数人常駐させるようになったのも間もなくのことであった。
支援組織サーチライの協力者の中で、生産スキルの取得希望者は次第に増えていった。。協力はしたいが、出来ればなるべく戦闘は避けたいと願う彼らは当初、街中での情報収集や、集めた情報の整理などを手伝っていた。
しかしメンバー向けの戦闘訓練の経験者が増えるにしたがって、なるべく戦闘は避けつつもフィールドに出てアイテムを収集してくる採集班と、それらを使って武器以外のスキルスロットを生産スキルで埋める職人達へと別れていくことになる。
生産スキル取得者は《片手剣制作》などの武器や防具制作スキルのほか、回復薬などを作り出せる《製薬》スキルや入手しやすい革や木材を使う《裁縫》スキルや《木工》スキルを選択するものが多かった。
しかし中には《料理》スキルなどの他の生産スキルを習得したり、あるいは《商人》スキルを習得してアイテムの代理購入・販売を行うプレイヤーも少なくない数が存在した。
一層において、武器や防具制作の材料となるインゴットは他の武器のリサイクルによるものが主な入手経路となるため、これらのスキルの取得者は街の門の内側に陣取ってフィールドへと出入りする他のプレイヤーの装備の修理や強化を行うことでその熟練度を上げていった。
一方で供給量が限られる《製薬》などのスキル取得者は組合の方から人数制限が課されたり、自分たちで直接入手したり、他のプレイヤーから生産依頼を受けたり、買い取りを行ったりして仲間内でやりくりしていった。
また《料理》スキルなどの生産スキル取得者と《釣り》などの採取スキル持ちが組んで共に互いのスキルレベル上げに勤しむものもいた。
他にも店売りアイテムの値引きが可能な《商人》スキル取得者は代理購入の他にも、露店アイテムを手に入れて店を開き、他の生産組合員が作り出したアイテムの委託販売も受けてその熟練度を稼いでいった。
私や友人といった調査担当者も探索先で得たアイテムの大半のうち、生産に仕える者は組合へと寄付し、残りは《商人》スキル持ちに頼んで代売りをしてもらう。そしてそれと引き換えに装備や回復薬などのアイテムを融通してもらっていた。
人が増えるにつれ情報部門も生産組合も大きくなっていたが、互いの協力関係はますます強固なものとなっていった。同時に活動の規模も拡大し、より積極的な活動にも手を広げていく。
しかしそれは何もサーチライトに限った話ではなかった。
取りあえずここまで。次は来週中には上げたい。