ソードアート・オンライン Daydreamers ー牢獄に咲く花ー 作:夢の中の夢
湖畔の町、メダイは浮遊城アインクラッド第一層のほぼ中央に位置している。小川によって南北に二分されたこの町は、ありがたいことに簡易とはいえ生産系の設備がいくつか追加されておりベータテストの時よりも拠点としての機能をより向上させていた。
もともとこの町を拠点にしていたプレイヤーは百人足らずであったが、幾度にもわたる大移動の結果、現在ではおよそ十倍近いプレイヤー人口を抱えている。
移動が完了するまでの間、は友人や他の仲間と共に、集団の先導や護衛として何度もはじまりの街とメダイを往復していた。
最も道中の危険地点や出現するモンスターに関するデータはすでに揃っており、またアイテム稼ぎを兼ねてそれらの障害の排除に手を貸してくれたプレイヤーも多かったためか、さほど問題は起きなかったが。
一方、本隊を引き連れて町に入ったカインは南部の通りに面した二階建ての建物を購入すると、当面の拠点として手を加えつつ、速やかな組織の再編を始めた。
活動当初のようにただ情報の収集と公開を専門とする組織としてだけではなく、組織形態や協力関係を見直してより柔軟な協力活動が出来るように作り変えていったのだ。
大まかに言えば、今までと同じような活動担当として情報の収集と確認を他の組織や外部の協力者と共に行う実行部門。得られた情報を選別、分析、検証して各部に送る情報部門。そして確定した情報の公開を行う広報部門の三つが設立され、まとめられた。
またその活動をバックアップする生産部門なども同時に組織、再編される。そしてこれらの部門の上に本部を置いて統括することになった。
私の身近な例として近いものを上げるならば、学校における生徒会と委員会の関係に似ているだろうか。
カインは本部の長として引き続きサーチライトの代表を務め、活動の核となる情報部門を直轄に置く。また広報部門、生産部門などはそれぞれ今までと同じようにブックワームとオヤカタといった活動初期から携わってきたプレイヤーをトップに起用してスムーズに活動を再開させた。
そして最も人数の多い実行部の代表は情報提供と検証者として一定の評価を受けていた友人が就任した。またその下には同じくすでに公開システムによってある程度の信頼を得ていた私やパイルといった面々、特に戦闘技能の高いメンバーが配置される。同時に新たに作成された実行班を率いる事になった。
基本的に六人構成のフル
これらの調査では調査シートとよばれる項目や基準などにそって進められ、なるべく情報収集の条件が同じになるように努められた。
このようにして実行部や協力者によって集められた情報はまず本部直下の情報部に送られる。そこで選別、分析されたのち重要性や信頼性などによって優先順位がつけられていく。
仮ランク付けされた情報は実行班や信頼のある協力者達に依頼され、最低一度は検証される。
こういった段階を経て一定の確度を信用度を得た情報は最後のランク見直しを受け、本部のデータベースに加えられた後に、広報部へと引き渡された。
渡された情報は各村や町に設けられた出張所や掲示板、生産部門下の露店先などを通じて公開される。そして求めるものへメールや羊皮紙、製本などのいくつかの手段によって配布や売買が行われた。
またそれらの情報は公開以後も、再度の検証などによってそのランクや信頼性などが定期的に見直され、度々更新されていく。
各地で開かれたや出張所や露店などの存在はプレイヤー間の噂話を集めたり、また一般プレイヤーの情報の提供や取引のための窓口にもなっていった。
その取引の対価はゲーム通貨であるコルよりも別の情報や生産アイテムなどで取引されることが多かった。入手が限られる情報や生産アイテムを得る方法として利用されることが多かったためだろう。
そうやって得られた膨大な量の情報は情報部に集められ、調査基準にそって見直された後で実行班が収集した情報と同じように処理される。
そして実行部はその確認と検証のために走り回り、広報部は送り返された情報を公開一覧に加えて、他のプレイヤーや組織に提供するのだ。
本部が扱う情報は膨大で、公開までの手順もいくつかの段階がある。しかしそれを支える実行部も200人弱、信頼できる協力者も合わせれば300人以上のプレイヤー達の頑張りのおかげだろうか。サーチライトは収集から遅くとも数日以内の公開ができる程度の迅速さを保つことに成功していた。
それでも収集から公開まで多少のタイムラグは消えなかったが、カインはそれを短縮するためにメンバーや協力者に負担をかけ過ぎることを良しとしなかった。
「重視するべきは短期の効率ではなくメンバーの負担が少ない能率です。」
速さよりも確実さを、短期よりも長期的な活動をというのがカインの考えだった。
「焦る必要はありません。効率重視で無理をした結果、ただでさえ厳しい状況で少ない余裕を失ってしまえば、かえって能率は落ちてしまいます。それに情報を精査する手間も惜しまれるようになれば、結局意味は無くなってしまうでしょう。なるべく早く情報を届けたい気持ちは当然ありますが、それで誤った情報を広めて取り返しがつかなくなってしまっては本末転倒です。迅速な公開は他の情報屋さんに任せましょう。」
「慎重すぎるぐらいに調査してから公開したほうが確実に犠牲は減らせますし、その情報が出回るまでは一般プレイヤーも軽率な行動に出ることは控えるようになることも期待できます。誰だって命は惜しいですから。」
「それに私は皆さんを犠牲にしてまでこの活動を続けたいとは思いません。善意で協力してくれる人を使い捨てにするのはあの茅場と同等の悪行です。どうか忘れないでください。サーチライトの活動はプレイヤーの犠牲を減らすこと。そしてその対象には当然メンバーの皆さんも入っているのですから。」
などとカインは事あるごとに語り、焦りがちなメンバーのブレーキ役を担ってサーチライトという組織を上手くまわしていった。
このやり方には内外で賛否両論があったが、しかし例え他人に何を言われようとも、彼は全力でこの方針を貫いた。
そのおかげだろうか。サーチライトのメンバーはそれなりに忙しい日々を送りつつも、追い詰められるほどに心の余裕を失うことは稀だった。
そしてそれは多くのメンバーがこのデスゲームを乗り越えるための力につながっていく。 そしてサーチライトは最後までその導きの灯を絶やすことは無かった。
タイミングを見計らって右に体をずらした。一拍遅れてその場所を青白い光に包まれた刃が通過する。必殺の一撃を見事に回避された《ストレイソード・コボルトウォーリア》は代償としてその動きを止めた。
ここでソードスキルの一つでも放てば、この哀れな人形はすぐにポリゴンとなって己の本分を思い出すのだろうが、今のところはその気はまだ無い。
「縦、発動まで一秒弱。硬直は二秒ぐらいか。次はダメか。変わってくれ。」
「分かった。後は頼む。」
後ろで今のソードスキルのデータを取っていた盾持ちの戦士に声をかけられた。それに返事を返しながら、相手が固まった隙を利用して戦闘の場所を彼に譲る。
やがて硬直から開放され、叫びを上げる亜人型のモンスターに即座に攻撃を加えた彼は私からその
「グアァー。」
「うるさい。吼えてないでさっきのをもう一度撃って来い。」
咆哮と同時に次々と放たれるコボルトの攻撃を右手のバックラーで裁きつつ、クガネは言葉でのみで相手を切り捨てる。その挑発が通じたわけではないだろうが、コボルトはソードスキルを発動しようとした。しかしその構えは先ほどのそれとは違う。
その途端に今まで沈黙していたクガネの左手が閃いた。半分の月の形を写し取ったような湾刀が、一撃でもって構えた錆びだらけの剣を下に弾く。
「それはもういい。横じゃなくて縦だ。縦切り。そっちを出せ。」
体勢を崩され、スキルの発動を阻止されたモンスターにクガネは言葉だけで追い撃ちをかける。対する《コボルト》は右手に握った刃こぼれの酷い片手剣を振りかざして襲い掛かった。
だがその攻撃も適当にあしらいつつ、クガネは次の機会を待つ。
それから数合ほど打ち合い、ようやく《コボルト》が再び待ち望んだソードスキルの構えを取った。その時になってようやく盾持ちの曲刀使いは防御の構えを取る。
数瞬で打ち込まれた縦の一閃は盾に阻まれたもののクガネのHPの一割ほど削った。しかし
「HPのダメが320ほど。盾の耐久が4減少。まあまあだな。後、他に何かあるかよ。」
「威力はそこそこだが、モーションは大きいしクールタイムも多いのか。まあこのレベルのモブならこんなもんだろう。もういい。知りたいことは全部分かった。後はいつものように処置をしてから仕留めろ。」
「了解だ、フツノ班長。」
クガネの報告で私は頭の中のチェックリストをすべて埋める。そのを告げるとクガネはこれまでの鬱憤を晴らすかのように攻勢に転じた。
左手に握る半月刀の刀身が二度、三度と閃き、その度に毛むくじゃらな亜人の首筋や右手に深い傷が連続で刻まれていく。そこからさらに足払いを加えてモンスターの決定的な隙を作りだしたクガネは左手の湾刀を肩に担ぐように構え、ソードスキルを発動した。
片手曲刀系ソードスキル《クレセント》は5割近く残っていた亜人モンスターのHPの大半を一撃で吹き飛ばす。しかし右に少し外れたためか、数ドットを残してそのHPバーは下げ止まった。
すぐさま《コボルト》は叫びを上げ、眼前で
だが振るわれたはずの攻撃は無防備にさらされたクガネの首を狩るどころかその盾にすら届かなかった。当然そのHPを減らすこともない。
その理由は簡単であった。横薙ぎの剣撃を振るったはずのコボルトの右腕から先はすでに失われていたからだ。そしてクガネのソードスキルによって腕ごと切り飛ばされた安物の片手剣は今、毛むくじゃらの手首に握られたまま、私の目の前に転がっている。
それを拾い上げた私は邪魔なものを投げ捨てて、その柄を握った。そして攻撃の手段を失って闇雲に暴れるだけしかできない《コボルト》を盾で壁に押さえつけたクガネに向かって声をかける。
「もういい。もうそいつに用はない。」
その言葉の返事とばかりにクガネは刃を一閃させ、刻んでいた深い傷を利用してその首を切り離した。ドッジボール大のその物体が洞窟の床に落ちるよりも先に《コボルト》は破砕し、二ヶ所でポリゴンの欠片を散らす。
同時に使い手を失った片手剣の所有権は私へと移った。手にしていた追加ドロップをストレージにしまい、クガネに近づいた私はお疲れの意を込めてその肩を軽く叩く。
それを終わりの合図と見たのだろう。少し離れた場所で別のモンスターに当たっていた班員達が寄って来た。
「お疲れ様、二人とも。ちょっと長くかかったね。」
そう言って声をかけてきたのはこのPTの攻撃担当の1人、コイヌールだ。淡い金髪のポニーテールを振り回し、手に持った大降りの曲刀で先ほどまでワーム型モンスターを実際にも、データ的にも解体していた女性プレイヤーである。その彼女は軽やかなステップで私とクガネに近づくと、そのまま頭を撫でてきた。
この状況下でも人懐っこいさを失わないせいだろうか。彼女はことあるごとにこういったスキンシップを取りたがる。
あんまりにも無造作に接近してくるので最初は私もクガネも避けたり、逃げたりしていたのだが、今では諦めて黙って受け入れることにしていた。そのほうが互いの精神の負担にならないのだと気がついたからだ。
時折やりすぎと思うこともあるが、その時は同じPTメンバーであり、彼女の友人として同時期に加入してきたドーラが諌めてくれる。最も言われた方はあっけらかんとしてその言葉を退けることが多かったが。
「どうせ、偽者の体でしょ。何が減るわけでもないし。別に自慢できるスタイルでもないし、この程度じゃ過剰とは言わないよ。」
というのが彼女の言い分だった。それでも親友の言葉はある程度のブレーキとなっているようで、スキンシップ自体も問題視するほどのものにならずに抑えられている。
その親友である無口で無表情な盾剣士は少し離れた場所で周囲を警戒しつつ、私達のやり取りを見て呆れたようにため息をついて見せた。
これぐらいは許容範囲ということだろう。ため息と飛ばした視線だけで警告するにとどめている。
初日の強制外見変化に対応するために、表情を消すのが癖になってしまったというこの女性プレイヤーはそれでも親友に関することだけは例外になる傾向がある。
現に今もショートカットの黒髪の下でこちらを見る表情は複雑で、危うさを抱えている親友を心配する感情が容易に伝わってきた。
その彼女の近くではディアベルより面倒を見ることを頼まれたバールとパスカルの気圧単位コンビが今の戦闘で得たデータをまとめていた。元マスターの頼みを果たそうと友人がはりきったため、戦力としてすっかり頼れるようになってしまったが、結果として危険度の高い調査に当てられる班に分けられてしまったことについては多少の後悔がある。
最も当人達に言わせれば、私や友人と同じ班のほうが安心できると言っていた。おそらく気を使われているのだろうが、それでもありがたい。
なお共に気をかけてくれるよう頼まれた最後の1人、テナーは製薬スキルを取得し、今はオヤカタの下で回復ポーションなどの生産に勤しんでいるはずだった。
最も戦闘力の高いメンバーでまとめられた友人率いる1斑。主に長期の活動のため耐久と防御を重視して組織されたパイル率いる2班。そして機動性を重視し、フットワークの軽さを維持するために比較的軽装のメンバーで構成された私率いる3班。さらに戦闘力にアイテム収集、所持能力を加えた4班。
この四つの班とバランスのよいメンバーでまとめられた5,6,7班がとりあえずはサーチライトの実働部隊の精鋭として難度や危険度の多い調査に駆り出されていた。
他の実働班は上位班の調査を引き継いだり、比較的容易な調査に当てられたりして調査班としての地力をつけている最中である。
そのためそれなりに忙しくはあるが、他にも初期から手を貸してくれる協力者達やカインの配慮のおかげかそこまできつい状況にまでなっていないのは幸いだった。
今、調査しているこの洞窟型ダンジョンは正式サービス時に追加されたようで、ベータテストの頃にはなかったものである。
攻略ルートから外れていることと、事前にクエストを達成していなければ入れないためだろうか。今、私達以外に人気はなかった。
拠点からは近く、出現するモンスターも一部を除いて相手取りやすいのだが、得られる経験値やドロップの効率はそこそこでしかない。
そのせいか、他のプレイヤーはもっと効率のいい狩場である近くの荒野フィールドに集まっているために情報が少なく、今回たまたま近くで手が空いた私達の班が派遣されたのだった。
プレイヤーの人気がないため他に気を使うことなく楽に調査をできるのは正直ありがたかった。人気の狩り場はもたらされる情報も多いのだが、その検証などを行うときには他のプレイヤーに迷惑がられることもあるからだ。
そういった時に上手く相手を巻き込んだりして穏やかに解決できればいいのだが、全てがそう上手くはいかない。
特に前線に近づくにつれ、滞在時間の長い調査班を忌避するプレイヤーも多くなり、面倒も置きやすくなるようだった。
そのため最前線付近の調査はディアベルや他のゲーム攻略を目指す数人の協力者とその間で飛び回る個人の情報屋に頼っている。
そう言った事情があるため今回のダンジョン調査は楽な部類であった。最も今までの調査の結果、いくつかのクエストと併用すればそれなりに効率は改善されることが分かったため、今後はどうなるか分からない。村とダンジョンの往復の手間さえ惜しまなければ、今後は利用するPTも増えるかもしれない。
昨日始まった調査ですでに村や周囲のフィールドについては調べ終わり、本命のダンジョンの調査に入ったのは今日の午前中のことだった。
数時間かけてこのダンジョンのマップ構造から出現モンスターや収集アイテムのデータの他、戦闘に向き、不向きな場所や危険度が少ない具体的な戦い方などを探りながらダンジョンの攻略をついでに進めていく。
一口に調べるといっても簡単ではない。モンスター一体とっても名前、レベル、ドロップアイテム、攻撃方法、攻撃範囲、弱点など設定された無数の調査項目をしっかりと調べる必要がある。
その調査にしてもただモンスターと戦って倒せばいいという訳ではなかった。先ほどの私のようにひたすら回避に徹して行動パターンやソードスキルなどの準備動作、硬直時間などを観察したり、クガネのようにわざとダメージをもらって相手の攻撃力の高さを計ったりする必要もあるからだ。
調査には相手の些細な動作や兆候を見逃さない観察力と危険と安全の境界を瞬時にそして的確に判断する状況判断力、そして勇気と根気、忍耐力が要求される。
しかしそれを怠れば待っているのはこの世界からの退場であり、それが調査班の育成がなかなか進まない理由でもあった。
その日は夜までかかってダンジョンの一切を調べ上げ、最奥に居座る《ストレイコボルト・チーフ》をさんざんにいたぶってデータを搾り取尽くしたのち、ようやくトドメを刺した頃にはもう外は暗くなって久しい時間だった。
「結構時間がかかっちゃったね。」
「……ストレス発散とかで無駄に長引かせていたから。反省して。」
「だってあんまり強くないくせに無駄にスキルを出し惜しみするんだもん。おまけに復活するまでの時間も長いし。」
「それはダンジョンボスだから仕方ない。愚痴なら後で好きなだけ聞いてあげるから。」
四肢と首を落とされてようやくポリゴンに変わる事を許されたコボルトの首領を前に、コイヌールとドーラが和やかに会話している。それを横目に得られたデータをまとめていた私にクガネが話しかけてきた。
「どうする班長。もう時間も遅い。これから村まで帰るか。」
「今からか。入り口まで戻って、そこから村に戻った頃には日が変わる。しょうがない、今日は安全地帯で野営しよう。」
クガネに今晩の宿について問われ、少し考え後に答える。
現在地はダンジョン最奥のボスの間でメンバーも少なからず疲労が見える。今からダンジョンを出るとしても当然帰り道でも戦闘はあるだろう。
ダンジョン内のモンスターのデータは揃っており、疲労を考えても深くを取ることなどまずありえない。しかし別に無理をする必要もなかった。何より疲れた体にムチを打って、わざわざ粗末な宿に戻るのは正直面倒くさい。
そんな思惑から生まれた提案だが、班員達にはあっさりと認められた。
「半日以上薄暗い洞窟の中に篭りっぱなしでみんな疲れている。賛成だ。」
「うう。ベットも恋しいけど今は何より早く休みたいです。あと眠い。」
「パスカル。こんなところで寝ないように。かくゆう僕もふらふらなので賛成です。」
クガネが真っ先に同意し、次に気圧コンビもそれに追従した。冷静沈着な青年も元気娘も真面目少年も今はその疲れた口調を隠さず、率直に意見を伝えてくる。
このPT結成時に言った「下手な遠慮はしないように」という私の言葉を素直に実践しているためか、危険度の調査に当たる実行犯としては時々雰囲気が緩く感じることもある。しかし適度に肩の力を抜くこともまた必要なので緩み過ぎないように注意しつつも、放置していた。
聞けば他の上位班も似たりよったりらしい。当分はこのままでいいだろう。
結局コイヌールとドーラもこの提案に賛成したため、すぐさまボスの間を出て安全地帯に向かった。襲ってくるモンスターを適当に叩きのめしながら、今夜の野営地を目指して元来た道を最短で進んでいく。
ダンジョンなどには時折モンスターが出現しない場所や部屋がある。安全地帯などと呼ばれるそれらではある程度の安全が確保されているため、安心して回復やアイテム整理が出来る休憩ポイントとして利用されることが多い。
また徘徊するモンスターの足音やダンジョン内にいるという状況さえ気にしなければ一晩か二晩ぐらいならば野宿もできる。
最も快適性は決して期待してはいけないが。
このダンジョンの安全地帯はダンジョンの三分の二の位置にある十メートル四方の空間だった。ちょうど通路が横に広くげたようなその空間の床は緑のコケで覆われているために堅い地面に比べて柔らかい感触を足に返してくれる。
また部屋の片隅には水場として利用できる小さな泉が沸いており、他の場所に比べれば十分安らぎを感じさせてくれる場所であった。
高い天井がこのダンジョン洞窟全体に見られる光るコケのようなものでびっしりと覆われているためか、それなりの明るさが確保されているのもありがたい。最も暗くなくては眠れないという数名には不評のようだが。
「あれ、先客がいますね。」
「ホントだ。昼間は見なかったからプレイヤーさんかな。」
その安全地帯に入った途端に気圧コンビが疑問の声を上げる。その視線の先を見れば、なるほどフードを頭からすっぽり被った人が壁にもたれていた。
昼間来た時にはいなかったため、NPCではないだろう。ボスの撃破によって新しく生えてきたという可能性もあるが、すぐにその可能性は否定された。私達が入り口から入ってくるのにあわせ、そのフードはすぐさま距離をとるように移動したからだ。
こんな風に他のプレイヤーに対してあからさまな警戒をとるNPCなぞ今までお目にかかったことはない。間違いなくプレイヤーだろう。
私達が入ってきたのとは別の入り口近くに移動したそのプレイヤーは再び壁に背を預けて座った。しかしこちらに見せ付けるように細剣を手元においている。どうやらかなり警戒心が強いようだ。
「ちょっと、おじゃまするね。何か用があったら気兼ねせずに話しかけてきて。」
コイヌールがそう言って遠くから一声かけても反応は無い。とはいってもこういう反応はよくあることだった。情報交換等が出来るのならばありがたいが、こうもあからさまに警戒しているプレイヤーに下手に近づくのは互いのためにならないだろう。
そんなわけでひとまず交流を取ることを諦めた私達はフードプレイヤーについては気にせずに離れた場所で今夜の野営の準備を始めた。
コイヌールとパスカルがメニューを操作してテントを選んでオブジェクト化する。生産部門のメンバーが<針子>スキルによって製作したこのテントは三人で使うには少々小さいが、あまりストレージを圧迫せず、携帯性は高い。また厚手の生地が使われているためか、それなりに耐寒性と防音性に優れている。
二つ並んだテントの前には小型の携帯炉が置かれた。それを利用してPTの武器や鎧の修理を担う気圧系コンビがドロップした武器などを取り出して、持ち運びしやすいインゴット化を行っている。
その向こうではコイヌールとドーラが期限の迫った食料アイテムを選んでは床に広げた厚布の上に並べて夕食の準備をしていた。
クガネは横でストレージ内の整理をしており、私は本部に送るための報告書の内容について頭を悩ませていた。
まだいくつかの調査項目は残っているが、それでも大半は今日までの探索で終わっている。それに空いた時間を見つけて、まとめておかなければ、後で未処理の報告書の山に苦しむことになることもいい加減学んでいた。
なるべく時間は短くいきたいが、かといって手を抜くわけにもいかなかった。それは検証者として公開されるはずの私達の班への信頼の失墜につながり、ひいては犠牲者の増加につながるからだ。
そういった事情もあり、大分慣れてきたとはいえ報告書をまとめるためにはまだそれなりの時間がかかのである。
最も他のメンバーに言わせれば、なんでそんなに早くまとめられるのかということらしい。なぜその短時間で精度の高い調査結果をだしてくるのかとたまに尋ねられる。
友人はこの手のことは苦手らしく、報告は遅めである。たまに溜め込んでは私や他のメンバーに手伝わせることもあった。最も調査にかかる時間が早いため、結果的には私達の班よりも完了までの時間は短い
一方でパイルは仕事が早く、報告はほぼ調査終了と共に送ってくるらしい。
別に時間を競うわけではない。しかし精度を落とさずに報告を早めにだせれば情報の公開も早まる。なにより調査依頼は増えることがあっても減ることは中々ないのだ。
そのためにメンバーは精度を保つ事を前提に調査にかかる時間を減らせないかと頭を悩ませていた。
侘しい夕食と明日の行動確認などのミーティングも済ませば、長かった1日も終わりである。いつもならば火を囲んで雑談タイムがあったりするのだが、今日は疲れていたのか皆、早々にテントの中に潜り込んだ。
とはいえ例え安全地帯でも、何かあったときのために見張りは必要である。また心理的な要因としても見張りがいるのといないのとでは休息の質に差が出ることはこれまでの経験から分かっていた。
故に常に1人は見張りを立てておく事を決めており、今夜は私が最初の番となる。
最も現状で警戒するべき対象であるフードプレイヤーはじっと壁際にうずくまったまま動きはない。夕食の間にも何度か視線は感じたが、特に何かあるわけでもなかった。
そのおかげで見張りに立つその時間を使い、報告書をあらかた片付けることが出来た。
残る調査項目の確認とその進め方にもある程度目処をつけると手持ち無沙汰になる。とりあえず今後のステータスやスキル構成について少し考えようとした時だった。いきなり部屋の隅から声をかけられたのは。
「楽しそうね。」
不意に響いたその声は女性のものだった。語りかけるというよりも、ただ思ったことが口から出たという感じだ。
聞き覚えはなく、なにより今うちの班の女性メンバーは全員後ろのテントで眠っているはずなので、間違いなく発言者はあのフードプレイヤーだろう。
そのフードプレイヤーは壁に背を預けたまま、顔を上げてじっとこちらに視線を向けてきている。しかしフードの奥に隠され、その表情は見えない。
一瞬、返答するかどうかに迷った。顔は見えずとも声に込められた感情は暗く、今になって話しかけてきた意図が友好的でないものだとすぐに分かったからだ。疲労があるこの状況で十中八九面倒になるであろう会話に付き合うのは正直億劫だった。
かといって情報収集の機会をみすみす逃すというのも勿体無い。そんな言い訳を心に私はフードプレイヤーに声を返した。
「ああ、楽しんでいる。ゲームなんだから楽しめなくてどうするんだ。それにどんなにつまらないものにでも何らかの楽しみを見出すのは私の特技の一つだしな。」
遅れて出された返答がつい挑発的なものになってしまったのは疲れていたからだろう。それに向こうも友好的とは言い難いのだ。ならば遠慮はするだけ無駄である。
「楽しい?こんなゲームに閉じ込められて、知らない内に命まで賭けさせられて。助けが来る気配はないし、犠牲者はもう千人を超しているのに?それなのに未だにクリアの条件の一つも達成していない状況で一体何が楽しもうっていうのよ!」
心の中に溜め込んで醸成したドロドロしたものを一気に吐き出すかのようにフードプレイヤーは言葉を叩きつけてきた。絶望の沼の底から噴き出すかのような声だったが、すでにこの手の言葉はいい加減聞き飽きている。なので今更それに当てられることもなく私は答えた。
「成る程、確かに酷い状況だ。右を見ても左も見ても絶望で、目の前に垂らされた希望の糸だって幻同然だ。」
とりあえず一旦は現状を正確に認識しているらしい相手の言葉を肯定しておく。事実を否定することはできないし、それに最初から言葉を拒絶してしまえば、そこで話は終わりだからだ。
こうしておけば、とりあえず会話は続く。とはいえただ不満をぶつけられるだけのサンドバックになるだけでは意味は無い。そのためにはこちらも相応に返さなくてはならない。
「ただ、偽者だらけのこの世界で数少ない本物である自分を腐らせる気にもなれなくてな。喜怒哀楽の感情だけは働かせるようにしている。それに絶望も嘆きもこんな見た目だけ取り繕った世界に敗北宣言するようで嫌だしな。」
投げ返した私の言葉にフードプレイヤーは沈黙した。しかしすぐに皮肉を上乗せして言い返して来たところを見ると、まだ骨の髄まで負けてはいないようだ。
「随分と余裕がありそうね。状況の認識が足りてないんじゃないの。」
「状況なら十分に理解している。あんたよりもよっぽどな。それに余裕を生み出すのは状況じゃない。へこたれない心の強さだ。」
シチュエーションで言えば深夜に女性と二人だけで会話である。しかしその内実は到底甘くはない。言葉の刃で互いに切りつけ、いたずらに心の傷を増やしているだけだ。
とはいえ相手を対面に座らせることには成功した。後は不毛な傷つけあいではなく、建設的な話し合いに移行するだけである。
「なあ。いい加減つまらない愚痴の言い合いはなしにしないか。やるならもう少しお互いに利益のある話合いをしよう。具体的には情報交換とかどうだ。第一、いくらこの世界がつまらないものだからといって私たちまでそれに付き合うことはないだろう。」
頃合を見計らって出された私の言葉にフードプレイヤーは少し躊躇ったものの、最終的には乗ってきた。これ以上無駄な争いで心をさらに荒ませることに意味はないと分かったようだ。
「……いいわよ。それでどんな話をするの。」
渋々といった体の返答だったが、そこに先ほどまでの暗さがないことを知り、心の中で密かに手を握った。
それから先の会話は平坦だった。初めの話題にこのダンジョンを選び、それから話を広げていく。基本的には互いに知りたい事、望むものを言い合い、それに対して答えるか、拒否するか、保留するかで進めていく。
フードプレイヤーは情報の他に、消耗した武器の修理を求め、私は彼女のストレージを圧迫していたいくつかのアイテムを受け取った。出来るならば引き渡した情報の検証も頼んでおきたかったのだが、どうやらこのフードプレイヤーは初心者らしい。
基本的なMMO用語も知らず、このSAOに対しても知識は穴だらけではっきり言って危なっかく、無用な危険を負わせるわけにはいかない。諦めるしかなかった。
その代わりに手元にあった初心者用のマニュアルやら用語集やら基本データまとめなどを渡しておく。
これらの最重要とされたものは最近は各村や町で無料で配られているはずなのだが、目の前にやってきたプレイヤーは持っていなかった。
「全く。なんで初心者がこんなとこまで。」
「基本の基本」と題された羊皮紙の束を渡しつつ、呆れの言葉を呟く。しかし当の本人はそれを無視したまま、一心に手に入れたばかりの本や紙を読み漁っている。
一通りに情報交換が終わるとまた静かな時間が訪れた。フードプレイヤーは再び元の場所に戻り、ついでに貸してやった毛布に包まって微動だにしない。対する私も携帯炉の炎を頼りに手持ちの情報のチェックをしたり、今後のスキル構成や成長方針などを考えたりしていた。
やがて交代の時間がやって来るとクガネにフードプレイヤーとの約束を忘れずに伝えて当番を引き継ぎ、テントの中に入って床に敷かれた寝袋の中に潜り込んだ。
隣でぐっすりと眠っているバールの様子を確認してから、静かに意識を沈めていった。
翌朝、目覚めた時にはもうフードプレイヤーの姿はなかった。とりあえず朝食当番のドーラとパスカルに挨拶をする。
「おはようです、フツノ班長。頼まれたとおり、修理はやっておきましたよ。」
「おはよう。そうか、ありがとう。面倒をかけた。」
開口一番にパスカルが元気を取り戻した口調で教えてくれた。どうやらしっかりと約束は果たしてくれたらしい。後で埋め合わせの一つは必要だが、とりあえず今は頭を下げるだけで許してもらおう。
顔を上げた後はその後について聞いてみた。
「それで、あのフードプレイヤーはもう行ったのか。」
「はい。朝食にも誘ったけど断られて。武器の修理が終わるとすぐにいなくなりました。」
「そうか。分かったありがとう。」
「いいですよ。じゃあ私はこれで。」
パスカルが向こうに行くのと入れ違いにドーラがやってきた。いつもよりもやや不機嫌そうに見えるのは朝が苦手だからだろうか。そんな彼女は私の前に来るといつものように頭を軽く下げて挨拶の代わりにした後で、珍しく口を開いた。
「……お人よし。」
朝一番に言われるにしては中々に衝撃的な言葉だ。とはいえそれが昨日のことを指しているのもすぐに分かった。手段はともあれ暗に非友好的なプレイヤーに手を差し出したことを言っているのだろう。
「聞いてたのか。それはともかくその言葉は見当違いだ。私は別に優しくも善人でもない。」
何度かそういった評を受けたことはある。ただし、私本人はそう思ってはいない。動くのに理由を必要としたり、最後まで面倒を見ることもない私がそれを受けては、真のお人よしに対して悪いだろう。
それを素直に伝えたのだが、彼女の意見は違うようだった。
「特に考えず面倒な相手でも手を差し出そうとするだけで十分お人よし。……ただフツノは甘くないだけ。」
お人よしだが、甘くはない。初めにそういったのはアイツだった。現実では遠くの地に行って、定期的にやり取りしようと約束した彼女宛のメールは出せないまま私のメディアストレージに溜まっている。
「……フツノ?」
「悪い。なんでもない。」
一瞬、思考が
(しっかりしろ。現実に戻るのは当然。それ以上に自分であることを捨てるな。今居るのは偽者しかない仮想の世界だ。
心の中で気合を入れ直す。意識を分散したままでは私も他のメンバーも危険になる。他人の命を預かっているのだ。それをないがしろにしてはそれこそアイツに合わせる顔がなかった。
とりあえずは隣にいる仲間に向き合うことにした。目に疑問の光を浮かべたドーラはこのPTを守る前衛の1人だ。余計な憂いは取り除いておかないといけなかった。
「すまん。ちょっと考え事をしてた。それはともかくお人よしか。それに値するのはカインやパイルだと思うけどな。」
話題を戻しつつ、本心で答えた。私がお人よしだと思うのはカインや仲間の他の数名だ。彼らは完全に私心なしで人を助けようと全力を尽くしている。
他で言えばディアベルだろうか。彼もまた誰も引きたがらない貧乏くじを積極的に引いては、他の前線にいるプレイヤーとの交流を通じて今後のボス攻略のための土台作りをしていると聞く。
そういった面々と比べられるとどうしても違和感が拭えなかった。とはいえされて気持ちの悪い勘違いではない。少なからずその一面があるのは自覚している。故に肩をすくめてその評価をおとなしく受け入れた。
「正直過大評価だと思うが、ありがたく頂こう。聞きなれていてもつい耳を貸してしまう性分なのは事実だしな。といってもあの分だとそれも無駄になりそうだが。」
私の言葉にドーラは表情を少し険しくした。私が何を言わんとしている事を察したのだろう。
多かれ少なかれ今の状況に対する怒りや嘆き、絶望といった暗い感情はこの世界に囚われたプレイヤー達に共通するものだ。そしてそれはいつも私達を「死亡」の二文字の方向へと引き寄せようとしてくる。
あれだけ深く囚われていればそれに捕まるのも時間の問題だろう。生きようとしなければ容易く、退場へと押し流され、助けようと手を差し出したところで相手がその手を取ってくれなければ意味はない。
最終的に自分を生かすも殺すも決めるのは自分であり、どこまで行っても他人はそれの手助け以上のことはできないのだ。
「無駄なお節介と言われればその通りなんだが。それでもやりきれないよな。」
私の言葉に何の反応も示さないドーラだが、その心の内はおそらくは今の私と同じだろう。なんとなくだがそう思った。
キリトのように踏み込まなかったため、特にドラマもなく別れました。まあ一番キツイ時期に遭遇したので当然ですが。ここから精神が擦り切れてややマイルドになった状態が原作での登場になると仮定しています。